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2012年1月 5日 (木)

この年末年始

恒例の帰省から戻ってきた。

戻ってきてから読んだ北海道の友人からの年賀状には、この冬の北海道の寒さが厳しいことが書かれていたが、信州の寒さも例年になく厳しいものだった。昨秋の11月までの暖かさから一転して急に冷え込みが強まったので、身体が寒さ慣れしていないのも余計寒さを痛感する要因のようで、ヒートテック系の下着など防寒対策をしていても相当応えた。

短い休暇のため、いつも通り、駆け足で自分の実家と妻の実家を回ってきたのだが、雪を降らせた後の湿気のない関東地方的な空っ風の寒さ(東信地方)と、雪雲を湛えた日本海側的な冷たい湿気を含んだ二種類の寒さ(北信地方)では、後者の方が身に応える。信州の方言では、非常に寒いことを「しみる」と表現するのだが、寒さが沁みとおるような語感だろうか。ちなみに凍り豆腐(高野豆腐)のことを、しみ豆腐とも言う。本当に、しみた年末年始だった。1月1日の気温は、6時半頃目が覚めたので軒先の寒暖計で見たらマイナス6度か7度ほどまで下がっていた。近隣の佐久市の最低気温は、31日時点でマイナス9.8度だった。例年なら大寒の頃の冷え込みで、その頃になると日足も伸び、光の春到来で縁側などが暖まるのだが、この時期ではそれも期待できず、日の当たらない廊下や北に面した部屋の冷たさといったらない。北海道の近代住宅は防寒対策がなされているが、東北地方や信州の住宅は冬の寒さだけでなく、夏の暑さのための風通しも要求されるので、古い建築だと、その温度差はひとしお身にしみる。

*改めて調べてみたところ、「しみる」は、「凍みる」という字が当てられていて、

「こおる。こおるように冷たく感じる。《季・冬》「凍みる夜」*源氏‐若菜上「朝夕、涼みもなきころなれど、身もしむる心ちして」

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

とあるように、古語が方言として残ったもののようだ。

長野新幹線が開通して10年以上経ち、ドアツードアでも片道4時間程度の行程なのだが、心理的な距離は気温差ほどあって、なかなか縮まらず、本当に盆正月に両親に顔を見せる程度だ。(昨年の夏は、痛風もあり帰省しなかったし。)

四泊五日で、大みそかのお歳取りの料理、正月の御節料理を食べてきたわけだが、野沢菜、たくあん、白菜、キャベツなどの豊富な漬物類を別にして、正月料理には、山国信州でもたんぱく質系が豊富なので、今回はわけを話して、できるだけこれまでの野菜中心の食生活を維持し、縁起物の鯉や鮭などはつまむ程度にとどめたので、正月太りは避けられたようだ。増えてもせいぜい1kg程度だった。アルコールも御屠蘇程度で、ビールは飲まなかった。まあ、この微増は、明日からの1日遅れの仕事始めで、解消していきたい。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、久々に実家で見たが、少々マニアックな知識を持つ解説陣が加わって少々煩わしく感じたりした。今年は、BSでの同時中継放送はなかったのは不思議だった。

指揮のマリス・ヤンソンスは、アムステルダム・コンセルトヘボウと、バイエルン放送響という二つの名門楽団の指揮者としてすっかり欧州の重鎮らしくなり、これが2回目の登場で余裕の指揮ぶりだった。しかし、美麗なバレエ中継を別にして、黄金のホールのけばけばしさを見て栄華を極めたハプスブルク王朝の資金源はどこにあったのだろうかなどと会話したりするなど、享楽的で楽天的なウィーン音楽は正直あまり楽しめなかった。恒例の日本人リスナーの和服姿もちらほら見かけたが、人それぞれだなと思うなど、見ている方のこちらの心境の変化なのだろうが、少々否定的な受け止め方になったのかもしれない。

3日には、久々に善光寺に初もうでに出かけてきた。昨年は善光寺の住職の資質を問うような訴訟沙汰などもあり、由緒ある大寺院ながらありがたみは薄れているような感じではあるが、善男善女が多数詰め掛けていた。

2012年。今年は家族旅行、演奏会を聴きに行くのがレジャー面での予定だ。

健康面では、現在の食事療法を継続して、尿酸値を基準値上限より低くなるように努めたい。

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2012年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

本年が皆様にとってよいお年となりますようお祈り申し上げます。

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2011年12月31日 (土)

2011年のおおつごもり

2011年も最終日となった。大みそかとは言うが、樋口一葉の小説にもあるおおつごもりという言葉は使われなくなった。

平成23年は、3月11日の大震災と大津波、そして原子力発電所のメルトダウン事故と、その後の放射性物質による広範囲な汚染いうことで歴史に記録される年となるだろうが、上半期のこの大事件から9カ月を過ぎ、喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざ通り、新しい年を迎えることで、記憶的に薄くなってしまうような危惧がある。しかし、記録文学として、吉村昭の「三陸海岸大津波」(文春文庫)を読むと、明治29年、昭和8年、昭和35年に三陸海岸を襲った大津波が現地の聞き書きを元に克明に記録されており、これを5月に読んだときには、日々のニュース、新聞報道と重複するような生々しさを覚えるほどのもので、ショックを受けた。われわれ一般民衆向けのニュースには載らない描写がこの小説にはあり、今年の大津波はさらにむごたらしい被害があったのだろうと想像する。

人間の本性は、記憶し、都合の悪い記憶は忘却するところにあると言われているが、この大震災と大津波、それに続く原子力災害と、それが露呈させた政治や企業のゆがみやもろさ、その反面の人々のたくましさを、記憶し、ゆがみやもろさを是正することが後世にとっての責任なのだろうと思う。

個人的には、父方の伯父と伯母(伯父の奥さん)が相次いで亡くなった。父方の本家を継いだ伯父で、第二次大戦では航空機の整備兵として霞ヶ浦や厚木で勤務したという。終戦を厚木で迎えたが、マッカーサーが占領軍として厚木基地に来る前の、旧日本軍による反乱計画などの不穏な状況も味わったという話だ。戦後は、伯母と一緒に、菊の生花農家として活躍し、多くの賞を受賞もした。幼児から中学生ごろまでは、よく父親の実家ということで盆正月に遊びに行き、よい思い出も沢山ある。伯父の葬儀には参列できたが、伯母の葬儀には痛風の影響もあり参列できなかったのが、悔やまれる。改めてお礼を申し上げ、ご冥福を祈りたい。

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2011年12月26日 (月)

5ヶ月継続した食餌療法と健康診断結果

既に、冬至とクリスマスも過ぎ、今週で仕事納めになるところまで来た。

内外ともに多事多難な2011年も暮れようとしている。

12月、年賀状は、今年購入したPCへ年賀状ソフトとプリンタドライバの移行も比較的順調にいき、古いHPのプリンタへのエコインク注入などにてこずったが、例年より早く12/15の投函受付前に準備を済ませた。19日には、定期健康診断(人間ドック)を受診した。この間ブログからはなんとはなしに離れてしまった。

個人的には今年は7月と8月に痛風発作が10年ぶりに起きたことが、大事だった。水分を多く摂取する程度でなあなあで付き合ってきた高尿酸値血症だが、ニ度に渡っての発作、それもこれまで起きていなかった左足親指にも発作がおきて、相当不自由を強いられ、痛風腎など老年に向けての健康不安も大きくなったので、今度こそと一念発起して大幅な食餌(食事)療法に取り組んだ。

1.飲酒をまったくしなくなった。
飲み会があっても、アルコール不耐性の人と同様、ソフトドリンクだけにした。周囲の理解が肝心。

2.動物性たんぱく質(肉、魚類)をほとんど食べないようにした。
いかに肉や魚を当たり前のように食べているかが分かり驚いた。昭和30年代生まれの山間部の農村地帯育ちなので、小学生の頃は肉や魚類はそれほど食卓には上らなかったものだが、現代の食卓は野菜類よりも圧倒的にタンパク質源が多い。個人史単位の狭い見聞の中でも急激な食生活の変化を経験していることになる。自分は食生活を大幅に変えたが、妻や子ども達は比較的野菜料理が多くはなったとはいうものの、肉、魚類はこれまでと変わらず食べてはいる。タンパク源としては、プリン体の含有量としては多いほうだが、納豆は食べ、豆腐製品はそれなりに食べている。納豆は肉や魚ほど大量に食べられるわけではなく、多くても一日一食程度。

  参考:高たんぱく食とクエン酸など
http://hobab.fc2web.com/sub4-sutamina.htm

3.野菜料理をほぼ主菜として食べるようになった。
むしろ、現代の食生活では、野菜を食べることの方が面倒になりつつある。それでも我が家は、実家の父母が趣味で家庭菜園をやってくれて宅配便で送ってくれることもあり、多くの新鮮な無農薬野菜を豊富に食べられている。ただ、日常的には、手軽に摂取できる野菜としてキャベツの千切りを「発見」した。大型のピーラーで丸ごとのキャベツを削るようにすると千切りが手軽に簡単にでき、半分ほどの量を一食でポン酢やウースターソースなどで食べてしまう。また、食用油を多く使った野菜の天ぷらも旨いのだが、揚げ物系はほとんど食べず、野菜炒めなどで食べるようにしている。

4.牛乳が飲めるようになったのは我ながら驚きだ。毎日200ml飲むようになった。飲めないものとあきらめていたが、なぜかこの夏から飲めるようになったのだ。強い空腹感のときに飲むと癒されるので、特に効果があるようだ。カルシウム源、タンパク源となってくれている。

5.夕食後、薄めた酢を飲むようになった。これはクエン酸の摂取により尿酸由来の結石を作らないため。

6.コーヒー、緑茶、紅茶は飲む。午後は、コーヒーはノンカフェイン。

7.水分を沢山取るようになった。(職場の机の下に廉価な2リットル入りのペットボトル常備)

8.7月以来、昼食はオニギリ2個と牛乳で済ませるようになった。それまでは普通の弁当を食べていて、その前は外食だったので、大幅に摂取カロリーは下がっているはずだ。デスクワークなので一日2000kcalほどに抑えているつもりだが、レコーディングダイエットのような詳細な記録はとっていない。

第6次改定日本人の栄養所要量について

生活活動強度別 エネルギー所要量 (kcal/日)

年代別で見ると 生活活動強度低い1750kcal やや低い2000kcal となる。

http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s9906/s0628-1_11.html

やや低い:通勤、仕事などで2時間程度の歩行や乗車接客、家事等立位での業務が比較的多いほか大部分は座位での事務、談話などをしている場合。

9.間食(カキノタネやセンベイ、チョコレートなどの菓子類)をほとんど食べなくなった。

10. 故郷からの季節の贈り物のリンゴは10月ごろから朝夕に食べている。

以前にも書いたが、この食事内容は、海外でも流行しているという日本発祥の菜食主義であるマクロビオティックに近いようだし、よくよく考えると自分の先祖達が摂取したきた(摂取せざるを得なかった)菜食中心の食事に通じるものだ。遺伝的な体質からは逃れられないということを考えると、ほんの数十年前の山国の農村の米食・穀物・野菜中心の食生活に戻るのがいいのかも知れないと思えてくる。(参考:痛風その後

日本食が健康食とは、以前から言われているが、これが遺伝的素質を異にする他の民族・人種に適用できるかどうかは分からないのだが、それでも、今年健在ぶりをテレビで見た指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットの80歳を越えての矍鑠振りが、恐らくその菜食主義に支えられているのではないかということを知り(鶴賀『ヴァイオリニストは目が赤い』 新潮文庫)、それにも後押しされた感じだ。ブロムシュテットは今年の来日でのN響定期でも、長身痩躯だが、血色のいい顔色で、1時間を超す大曲を平然と立ち通しで指揮しており、とても80歳代には見えなかった。せいぜい60歳代というところだ。長老指揮者では、アンドレ・プレヴィンはものすごく太りすぎても元気ではあるが、ブロムシュテットは老齢の指揮者が椅子を使うどころの話ではない健やかさなのだ。

さて、7月以降の自分の変化はいい面も悪い面も含めて次の通り。

1.体重が毎月約1kgずつ減っている。8月に計測したときから、約6kg減量できた。

2.尾篭な話だが、排泄では下痢をしなくなった。形状が太く長くなった。このため、ビオフェルミンなどの胃腸薬を服用しなくても済むようになった。

3.排尿 勢いがよくなった。一時期アルカリ性食品などというものは無いなどという愚論を信じたことがあったが、それは誤りだった。尿の酸性度を弱める(アルカリ化する)食品(酸性度を中和する)が重要なのだ。
http://tufu.sakura.ne.jp/arukarisyokuhin.html

4.睡眠 寝つきはよくなったが、あまり変化はない。夜中に目が覚めるのは食事以外の原因だろう。

5.気分 昼食を減らしているので、夕食前に空腹になると少々イライラすることが少々増えた。これは何とかしなくてはならない。

6.12月に受診した健康診断の数値がほとんど改善した。

高尿酸血症により、特に腎臓が心配だったのだが、クレアチニンの値も(以前が悪かったわけではないが)よりよいほうに変わったので、相当ほっとした。

ただ、今回の食餌療法の目的だった血清尿酸値は通常範囲(6.9mg/dl)までは、もう少し下げる必要があることが分かった。尿酸値と中性脂肪との関連は過去の健康診断の結果では、中性脂肪が高いとその翌年の尿酸値が高くなっているというように時間間隔をあけての連関性があるようなのだが、食事で体重(中性脂肪)を減らすだけでは限度があるようだ。2009年並に体重は減ったのだが、腹囲はそのときよりも数センチ上回ってメタボ基準のギリギリにひっかかっていた。また中性脂肪が100以上あるので、まだ内蔵脂肪が蓄積しているものと思われる(CTで診察したわけではないが)。おそらく、内臓脂肪によってまだ尿酸値が高めになっているものと思われる。

内臓脂肪を減らすには2009年に体重を減らした時のような有酸素運動が有効なことはわかっているが、これを一年以上続けるようなのは、前回の経験からして、日常習慣にするのは相当困難なので、日常的に継続できる食餌療法で対応してみたい。

7.運動で減量したのではないため、手や足の血液の流れ自体がよくなっているわけではないらしく、この冬の厳しいさむさに、手足の冷えが気になる。

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ところで、痛風に関連して調べているのだが、カフェインはプリン体と相当化学構造が似ているのだという。ただ、カフェインの摂取は尿酸値とは関連性がどうやらなさそうだ。

また、腸内細菌や、外から取り入れる乳酸菌、納豆菌などの醗酵食品に含まれる微生物にもそれぞれの細胞ごとにプリン体を含んでいるはずで、そうだとすると膨大な量のプリン体源のはずなのだが、これが体内での代謝によって尿酸に変わらないものかどうか、疑問に思うようになった。20歳代からずっとヨーグルトを常食してきたのだが、これは高尿酸血症に影響を与えたということはないだろうか?ざっと調べたところでは、善玉の(大)腸内細菌は、尿酸値には関係がないようだが、本当のところはどうなのだろうか。もっと詳しく調べてみたいものだ。それに関連して、ビオフェルミンなどの乳酸菌胃腸薬の影響も気になる。この夏の発作まで、ビオフェルミンを常用していたので。

皮下脂肪と、内臓脂肪については、内臓脂肪が尿酸値に直接影響している。このあたりの理屈にも興味がある。

http://allabout.co.jp/gm/gc/299355/

http://allabout.co.jp/gm/gc/299214/

http://allabout.co.jp/gm/gc/298773/

http://allabout.co.jp/gm/gc/299212/

年末年始の運動不足と食べ過ぎに注意して、冬を乗り切り、内臓脂肪を減らして、尿酸値がどこまで下がるか試してみようとおもう。

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2011年12月 5日 (月)

吉村昭『海の史劇』(新潮文庫)

司馬遼太郎の『坂の上の雲』の裏面史的な作品だが、読み応え十分だった。

世界初の大艦隊によるヨーロッパから極東への大航海、それも特に英国には寄港妨害もされ、熱帯の暑さに苦しみ、日本海軍の出没の噂におびえ、そして第二次艦隊との途中合流など困難な課題を抱えながら、よくもまあ日本海沖までたどり着いたものだという苦難の航路だったようだ。

この12月の日曜日に、とうとうスペシャルドラマ「坂の上の雲」が203高地の奪取、奉天会戦、そして日本海海戦を描いて終結する予定だが、司馬流のヒーロー史観も楽しみつつ、吉村昭の淡々とした実証的な歴史小説で、裏面から同じ歴史を読むのはとても面白い。

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2011年12月 3日 (土)

グレゴリー・ソコロフ ライヴ・イン・パリ 2002/11/4 シャンゼリゼ劇場

ソコロフのライヴ・イン・パリのDVDが届いた。注文した時点ではHMVでは入手困難で、amazonを見たところ取り寄せ可能だったので、注文。1週間ほどで日本郵便で到着した。今朝見ると、amazonでは1点在庫となっていたが、まだ別の出品者からは新品が入手可能のようだ。また、HMVでも入手可能となっている。

すでに9年前のリサイタルのライヴ映像だが、画質、音質は大型LCDテレビで見ても問題はない。音質は、CDで聴くことができたソコロフ独特の美しいピアノの音をとらえており、ホールトーンも適度に入っている。

映像は、ロシア人的な大柄な体躯にもかかわらず、意外にもそれに比べて小さめな手が鍵盤の上で見事に駆使されるのをじっくり見ることができる。その反面、ペダルはあまり映されない。

ピアノは、Steinway & sons。英語のwikipedia か何かだったが、ソコロフは製造されてから年数の若いピアノを使用するとのことだった。ヴィヴィッドな音色の秘密はそこにも隠されているのかもしれない。

ベートーヴェン:ピアノソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1
ベートーヴェン:ピアノソナタ第10番 ト長調 Op.14-2
ベートーヴェン:ピアノソナタ第15番 ニ長調 Op. 28「田園」
この3曲は、曲間に間を入れず連続で演奏。初期の9番と10番が見事。「田園」は、見事な演奏だが、第1楽章では短いフレージングが曲調と少し合わないか?

コミタス・ヴァルダペット Komitas Vardapet(1869-1935)
ピアノのための6つの舞曲
1.エランギ
2.ウナビ
3.マラリ
4.シューシキ
5.エト-アラッハ
6.ショロール
アルメニアの作曲家ということだ。アルメニと言えば、ヘルベルト・フォン・カラヤンの祖先もアルメニア系ということではなかったろうか?語尾がアンと付く姓は、アルメニア系に多いということだが、コミタスの場合はそうではない。

単旋律的な民俗音楽で、ちょうどバルトークのピアノ曲に通じるものがある。中近東的なエキゾチシズムが感じられる音楽で、単音ゆえのピアノの音の美しさも味わえる。あまり知られていないアルメニアのクラシック音楽への関心を高めるデモンストレーションになっているのではなかろうか?

プロコフィエフ:ピアノソナタ第7番「戦争ソナタ」
若きポリーニの画期的な録音がある作品だが、はるかにダイナミックでライヴとは思えないほどの打鍵の精度の高さだ。冷静な演奏態度ではあるが、集中力がすさまじく、初めてこの作品を聴き入ったような気がする。

―アンコール―
ショパン:マズルカOp.63-3

クープラン:ティク・トク・ショク、またはオリーブしぼり機(Le tic-toc-choc, ou Les maillotins)    (クラヴサン第18組曲ヘ短調 Ordre No.18 1722より)

クープラン:修道女モニク(Soeur Monique)  (クラヴサン第18組曲ヘ短調 Ordre No.18 1722 より)

2曲のクープランは、とても同じピアノから奏でられた音には聞こえない。すばらしく多彩なタッチのレパートリーを持ち、それを的確に使っていることが分かる。

ショパン:マズルカOp.68-4

ショパンの2曲のマズルカは憂いを籠めた近代的なピアノの音色になっている。少しリズムが重く感じるが、深い演奏だ。

バッハ/ジロティ編:前奏曲ロ短調(BWV855aによる) ギレリスのアンコールの録音を聴いたことがある。ロシアピアニズムの先輩ジロティ(シロティ)へのオマージュ的演奏だろうか? 

一家に一枚ではないが、CDで聴いたときもそう思ったが、現代ピアニズムの極致の一つのように、大げさに言えば言いたくなる凄いものだ。

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2011年11月24日 (木)

『下町ロケット』(池井戸潤)

今年上半期の直木賞を受賞した話題作。企業小説を書いている作家らしいが、読むのは初めてだった。

『宇宙兄弟』から始まり、はやぶさの帰還や、日本人宇宙飛行士の活躍、同郷の宇宙飛行士の誕生など、自分が子供時代のアポロ計画以来の宇宙ブームになっていることもあり、タイムリーな興味もあって、これまた妻が借りてきた図書館本だが、読みだしたら止まらず、夜更かしをして一気に読み終えてしまった。

細かい設定(主人公がロケットエンジン技術者時代が若すぎるのでは?部品開発の特許性、悪辣な企業内法務の活動、銀行の貸し渋り、三菱重工をモデルとした会社の論理、納品ミスの対応など)に茶々を入れれれば、いろいろあるが、勧善懲悪的なカタルシスが得られるストーリーで、これも『舟を編む』同様、良質の情報小説で、エンターテインメントだった。

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2011年11月22日 (火)

グレゴリー・ソコロフのショパン

先日は、簡単にソコロフのベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」の録音について触れたが、その後、ショパンの「ピアノソナタ第2番」「練習曲集作品25」(1985年)、「前奏曲集」(1990年)の録音を聴いた。

グリゴリー・ソコロフ、ナイーブ・レーベル全録音(10CD)

すでにこの録音は20年ほど以前のもので、ネットでもいろいろな批評が読めるけれども、現代ピアノの表現力の粋とでも言うような凄い演奏と録音だと思う。

ピアノの音色の透明感と多彩さ、ピアニシモからフォルティシモまでのダイナミクスの大きさ、集中力の高さ、全盛期のポリーニやアルゲリッチもかくほどと思われるほどの指捌きの精妙さとスピード感とリズム感、なめらかななレガートと、驚くほどスピード感のあるノン・レガート、深く重厚な和音、それらを駆使した表現力で、評判通り確かに凄いピアニストだ。

フランスのマイナーレーベルというが、このナイーブというレーベルの録音も素晴らしい。それゆえに、ダイナミックの幅の広さと、ピアノの透明感、音色まで味わえるのだということが言えるのだろうが、他の演奏者の録音ではどうなのかが分からないので、少々保留気味となる。

1991年の来日時、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の実演を聴いたのだが、その演奏の細部の記憶は相当薄れてしまっている。ずんぐりと太っていたという容姿と、軽々とこの難曲を弾いていたのは記憶にあるのだが、音楽自体の印象はほとんど残っていない。

ショパンの曲の中で、LP時代からおそらく最も回数を聴いたのがポリーニの「前奏曲集」で、「練習曲集」の後に録音されたものだが、玲瓏としたピアノとルバートなどのテンポの変化の少ない端正な解釈の演奏だった。

それに比べると、ソコロフの演奏は、テンポの伸び縮みを避けず、その点ではロマンチックな解釈なのだが、湿度は低く、センチメンタリズムは排され、冴え冴えとした印象を与える。とは言え、一曲一曲の描き分けは的確で、タッチから音色までそれはそれは多彩な演奏だ。本当に久々に感心しながら聴き惚れている。第16番の目覚ましさなど、これまで聴いたことが無いほど。

「ソナタ」も間然するところが無く、真情と精密さとダイナミックさが兼ね備わっている。練習曲集も、作品10に比べるとそれほど熱心に聴くことの無い作品25だが、冴え冴えとしたテクニックを見せるだけでなく、音楽の魅力も伝える。

このほかにも、バッハ、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、スクリャービン、プロコフィエフ、ラフマニノフと、10枚組の集成だけあり、贅沢なラインナップとなっているので、聴くのが楽しみなのだが、現在ソコロフはこのほかにパリ・ライブのDVD(12/1入手済み)がある程度で、ライヴ録音の音源はナイーブが沢山所有しているにも関わらず、発売を了承していないというもったいないことになっているようだ。

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ソコロフ関連の記事

*島田彩乃さん(ピアニスト)のブログ (気まぐれ日記)

 思えば、コンセルヴァトワール関係を調べていたときに、この方がネットに留学情報を出されていて、そのとき、ソコロフの記事を読み、実演を聴いたことを思い出したのだった。

*高橋多佳子さん(ピアニスト)のブログ(「!」な毎日)

 先日、この人の演奏で、NHKBSのクラシック倶楽部で、ショパンの珍しい連弾曲を聴いた。

*Yoshimi/musicaさんのブログ(気ままな生活)

 ピアノ演奏のCDのブログとして素晴らしい充実度で、時折訪問させてもらっている。

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*Wikipedia (英語)

*Grigory Sokolv - the great Russian pianist - (英語)

*AMC Grigory Sokolov page (英語)

最新のリサイタル予定

Date City Place Time Program
23.11.2011 BERN Kulturcasino 19.30
26.11.2011 PARIS Théatre Champs-Elysées 20.00
02.12.2011 WIEN Konzerthaus 19.30
03.12.2011 Bratislava Music Festival 19.30
09.12.2011 LUXEMBOURG Philharmonie 20.00
12.12.2011 GENOVA Teatro Carlo Felice 21.00
01.02.2012 TORINO Lingotto
10.02.2012 Ludwigshafen 20.00
14.02.2012 Zaragoza
16.02.2012 San Sebastian
Grigory Sokolov
Date
City
Place
Time
23.11.2011
BERN
Kulturcasino
19.30
Program J.S. BACH
Klavierübung Teil II (1733-34):
Concerto nach Italienischem Gusto BWV 971
I (without indication of tempo)
II Andante
III Presto

Ouverture nach Französischer Art BWV 831
(Ouverture)
Courante
Gavotte I. Gavotte II
Passepied I. Passepied II
Sarabande
Bourrée I. Bourrée II
Gigue
Echo

P A U S A

J. BRAHMS
Variations on a Theme by Handel Op. 24. (1861)

Three Intermezzi op. 117 (1892)
Andante moderato
Andante non troppo e con molta espressione
Andante con moto

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2011年11月21日 (月)

『舟を編む』と『まほろ駅前多田便利軒』(三浦しをん)

妻が、三浦しをんに注目しているらしく、借りてくるので、ご相伴で読ませてもらっている。

直木賞を受賞した『まほろ駅前多田便利軒』は、町田市が舞台の便利屋コンビが主人公の小説。シリーズ物ではないらしいが、連作短編集。「まほろ市」という架空の地名設定にしているが、町田界隈を知っている人には、実在の町田市をそのままモデルにしていることはすぐ分かるようになっている。鶴見川の水源などもご丁寧に出てくる。この著者らしい実在感のある人物像と設定の細やかさが面白かったが、他の作品に比べて少々類型的なストーリーのようにも感じた。別にこの作品に直木賞を贈らずとも、別の作品でもよかったのではなかろうか?

良質なエンターテイメントで知的な情報小説でもあるのは、最新の『舟を編む』。以前、音楽青春小説で 藤谷治『船に乗れ!』に似た題名で混同しそうだが、こちらは辞書編纂の話。長編小説だが、それほど長くもなく、とても読みやすく、辞書への関係者の思い入れや周辺人物の設定も巧く、これは誰にも薦められるいい小説だった。

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2011年11月20日 (日)

吉田修一『平成猿蟹合戦図』

話題になった同じ作家の『悪人』は読んでいないが、今回も妻が図書館から借りてきたのを借りて読んだ。

登場人物が多く、場面転換の多い作品で、一応「神の視点」から叙述されているが、少々読みにくい書き方だった。映画化を前提としているのだろうか?

タイトルがおとぎ話からのインスパイアだと告げている通り、現代の政治的な御伽噺だった。

最後まで、結末が読めず、そういう点では、サスペンス的な読ませる力はあった。

週刊誌連載だったようで、こういう書き方がそれに対応した現代作家の手法なのだろうが、一度読むと「ネタバレ」となってしまい、二度三度読みたいという興味を失わせる傾向があるようだ。

方言によるモノローグ(文字のフォントを変えてある)は、面白い試みだと思った。

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2011年11月19日 (土)

光速よりも速い素粒子の再実験で、また光速超え?

台風ではないが、時折猛烈に発達する低気圧(嵐)があるが、今日の嵐もその類だったようだ。徳之島では、突風か竜巻かで、痛ましいことに家が吹き飛ばされ て三人が亡くなったという。台風のときにもめったに無いことだが、温帯低気圧のときには突風、竜巻の発生がみられることがあるようだ。いつも書いている が、気象庁やマスメディアはもっとこのような嵐には注意を喚起すべきだと思う。

さて、先の日本チームの実験の再実験の結果が注目されていたが、また光速を超えたということだ。

http://www.cnn.co.jp/fringe/30004648.html

ニュートリノ、再実験でも光より速い

(CNN) スイスにある欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際共同研究グループOPERAは18日、素粒子ニュートリノが光より速く飛んだとする実験を再度実施し、同一の結果が得られたと発表した。

今 年9月の最初の実験結果を受け、科学界で疑問が出たことなどを踏まえ再び行ったもので、実験装置を厳密に点検したほか、速度測定に工夫を加えるなどした。 これらの実験結果が事実なら、光より速いものはないとするアインシュタインの相対性理論を覆す大発見で、現代物理学の根底を揺るがす可能性がある。

ただ、OPERAは再実験の結果が同じだとしても、実験の正しさなどの最終証明には中立的立場のほかの科学者の立証が必要であることに変わりはないとしている。

(以下略)

サイエンスの世界観が大きく揺らいだことになる。コペルニクス的転換と言われたが、今度はどのような名前で呼ばれるのだろうか?

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2011年11月15日 (火)

近況

久しぶりのブログ更新。

11月に入って、特に忙しいというわけでもなく、比較的淡々と過ごしている。年賀はがきの発売が始まったり、お歳暮のカタログが届いたり、街にはクリスマスセールの飾りが見えるようになったりで、11月に入ると一気に年の瀬が近付くように思う。

先日、大阪に日帰り出張に出かけてきた。今年の初め以来で、前回はホーライの肉まんをお土産に買えなかったのだが、今回は肉まんとシューマイを購入できた。551という数字が入ったお土産袋を、最寄りの新幹線乗り換え駅の在来線ホームでよく見かけたときは、何だろうと思っていたが、東の崎陽軒、西の蓬莱と言うそうで、注目していた。

シューマイを(高尿酸血症のための生活改善中なので)1個だけ食べてみたが、サイズも大きく、たっぷりとした食べ応えで美味しかった。崎陽軒のものよりも相対的に廉価に感じる。551の数字は、由来的にはモーツァルトの交響曲第41番ハ長調(「ジュピター」)K.551とは特に関係がないそうだ。

行きの新幹線は、朝早かったが、曇り空だったため富士山側に座ったのだが、雄姿は望めなかった。前回は、関ヶ原の通過に注目していたのだが、今回は石田三成の佐和山城跡の看板と、京都の梅小路機関区が車窓から望むことができた。

引っ越し以来、CD入りのダンボールを開封しておらず、もっぱらPCオーディオで聴いているのだが、このところHMVとアマゾンからCDを取り寄せて聴き始めた。やっぱり新しい刺激がほしくなる。

最近購入したCD

◎K.ザンデルリング ベルリン交響楽団 ブラームス交響曲全集

 ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/B004E52MRG/ref=ox_ya_os_product

K.ザンデルリングのブラームスは、シュターツカペレ・ドレスデンとの録音が有名だが、こちらの1990年のまとめての録音は、長年の手兵の東ドイツのベルリン交響楽団を指揮したもの。文春新書で、最大級の誉められ方をしていたので、相当売れた物らしいが、これまで聴く機会が無かった。amazonでとても廉い(1300円ほど)という情報を得たので、思わず買ってしまった。中では、アルトラプソディーがとてもよかった。以前ベーム/VPOでじっくり聴いた曲だが、この全集の独特の音楽作りがとてもこの曲に合っているようだ。

◎トスカニーニ NBC交響楽団 ベートーヴェン 交響曲全集

 ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/B0000CNTLU/ref=ox_ya_os_product

こちらは、以前から欲しかった全集で、上のセットを購入したときに目に留まった、思わずクリックしてしまった。これも2000円弱で購入。これに割引が付き、2セット合わせて3,000円せずに買えてしまった。リマスタリングで、以前聴いていた第九と比べると、音の鮮度が向上し、干物のような音楽ではなくなり、ずっと聴きやすくなったので、その音質からトスカニーニを敬遠していた自分にとっては、とてもうれしい買い物だった。

グリゴリー・ソコロフ、ナイーブ・レーベル全録音(10CD)

 現存するピアニストの中で、最高峰の一人だが、最近来日しないためか、日本では幻のピアニストになっている。過去の録音の集成がまとめられたもの。ディアベリ変奏曲を聴いてみたが、とてもライヴとは思えない完成度と緊張度の高さと、多彩な表現力で、長大なこの曲を飽きさせずに聴かせてくれる。

ヴァイオリン協奏曲、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 フランチェスカッティ、セル/CLO, シッパース/NYP

ミトロプーロス/NYPとの協演で、フランチェスカッティはこの2曲をモノーラル録音しているが、そのLPでこの2曲に入門したこともあり、フランチェスカッティの美音と節回しがとてもしっくりくる。Youtubeでもアップされているセルとのメンデルスゾーンだが、あのイタリア交響曲と同様の引き締まったオーケストラとパガニーニ直系のフランチェスカッティの協演で、ポルタメントの耽美性を帯びながらも品位を失わない理想的な演奏になっている。夭折したシッパースの指揮するニューヨークフィルをバックにしたチャイコフスキーも、第1楽章にカットはあるものの、襟を正した感のあるメンデルスゾーンに比べると、余裕のある演奏で、その上手さと美しさに陶然とする。こちらも、主観的にはトップクラスの録音だと思う。

交響曲全集 ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(5CD)

N響に客演するなど、現在、モダンオケでも活躍中のノリントンの初期の録音。ホグウッドと並んで、ピリオドアプローチのベートーヴェンの早い例で、このほかにはグッドマンとハノーバーバンドもあった。楽器バランスなど荒削りだが、その若々しいアプローチが、結構面白い。

交響曲全集、ピアノ協奏曲全集 クレンペラー&フィルハーモニア管、バレンボイム

分売を何枚か買って感心したクレンペラーの全集。こちらはノリントンの実験的な試みとは違い、熟成したモダンオケによるアプローチの一つの極致だと思う。古いEMI録音ながら音質的にも聴きやすく、テンポは遅いのだが、遅く感じない奇跡的な演奏を聴くことができる。

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2011年10月31日 (月)

書店店頭ワゴン売り315円のロイヤルフィルシリーズ

1. ホルスト 「惑星」「セント・ポールの組曲」 (ヴァーノン・ハンドリー指揮)1993年録音

2. ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」、「謝肉祭」序曲、スケルツォ・カプリチオーソ (パーヴォ・ヤルヴィ指揮) 1994年録音

3. チャイコフスキー 「ロメオとジュリエット」序曲、「イタリア奇想曲」、「エフゲニー・オネーギン」からワルツとポロネーズ、 「1812年」序曲 (ユーリ・シモノフ指揮) 1994年録音

4. R.シュトラウス 「ツァラトストラはこう語った」、「ドン・ファン」、「ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら」 (チャールズ・マッケラス指揮) 1995年録音

オーケストラは、いずれも ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

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1 評判を目にして、最寄りの書店のワゴン売りの棚を探したら売っていたので、購入してみた。相当以前から目にしていたシリーズだが、あまりに廉価なのと、当初はなぜ指揮者名がクレジットされていないのだろうと思って胡散臭く感じていたので、安かろう悪かろうだろうと購入をためらっていたものだったが、実際に聴いてみると、上質な演奏と録音で、驚かされた。また、指揮者演奏家も分かりにくいが印刷されていたのが分かった。

結構華やかな音がするという評判で、それは確かだったが、ドンシャリ、中抜けというわけではない。質感のあるしっかりした音で、むしろ鮮明で透明感があり、ダイナミックな録音だ。演奏は悪くないどころか、スタンダードと言ってもよいほど、堂に入ったものだ。

2 現在、名門パリ管の音楽監督で、ブレーメン・ドイツ・カンマーフィルやシンシナチ交響楽団を率いての来日で、すっかり実力者として評価されるようになったパーヴォ・ヤルヴィ(ネーメ・ヤルヴィの息子)の「新世界から」は、とても気に入った。これまで耳にしなかった細部の副次的なモチーフが聞こえたりする譜読みの工夫やティンパニ、金管の強調も面白いが、全体として気品のある交響曲になっている。フィルアップの謝肉祭もスケルツォも手を抜かずに快調な演奏ぶりだ。

3 ユーリ・シモノフは、ちょうど10/26再放送された名曲探偵アマデウス「くるみ割り人形」で、20年ほど前のN響を指揮した指揮者だった。譜面を捲り間違えたりして、結構オッチョコチョイな面もあるのかも知れないが、ワルツの指揮ぶりなどは優雅で少々キザな動きをしており、ロシアの指揮者の面白いところだろう。このCDは、以前から1812年の大砲、銃、花火などの効果音が激しいことで有名だったもののようだが、他の曲も迫力ある演奏で、ロメ・ジュリは、カラヤン/VPOよりもしっくりくる演奏だった。

4 ヤナーチェクのオペラのスペシャリストで、近年はUKでも活躍していたマッケラスのR.シュトラウス作品集は、この中では大人しい演奏、録音だったが、これも悪くはない。

ロイヤルフィルの録音は、プレヴィンが常任を務めていた時代のテラーク録音や、デュトアのデッカへの協奏曲録音の録音が数枚ある程度で、地味なオケだと思っていたが、このシリーズは全体的に透明感のある録音で、強奏も迫力はあるのだが、うるさくなく、ダイナミックな腕達者なオケだという印象になった。

これで315円は廉すぎる。げんにHMVなどでは、別レーベルからの発売の輸入品は1,000円ほどの値段が付けられている。

シモノフの「春の祭典」などの注目盤が見当たらないのは、現在の発売会社が販売権を引き継げなかったのだろうか?

今の世の中、値段の付け方がもうめちゃくちゃになっているが、これもその表れのひとつだろうと思うと、少し暗澹とした気分にもなるが、面白いと言えば面白い。

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2011年10月26日 (水)

どくとるマンボウ 北 杜夫 逝去

どくとるマンボウで知られる北杜夫(斎藤宗吉氏)が逝去された。享年84歳だったという。

中学生の時に、確か教科書に「どくとるマンボウ昆虫記」の一節が載っていた記憶がある。そこからこの作家、自伝的エッセイストの作品との付き合いが始まった。当時、私の周囲では、どくとるマンボウシリーズは、静かな人気を博していて、級友や従兄弟姉妹などと面白さを語り合ったものだった。躁鬱病を知ったのもこの作家のエッセイからだった。また、北が影響を受け、そのペンネームの元になったトーマス・マンの「トニオ・クレーゲル」や「ヴェニスに死す」を読んだのも、エッセイに影響されてだし、北の松本高校の同窓生で親友だった辻邦生を読んだのも、エッセイのおかげだった。

何の偶然か、先日子どもが、「どくとるマンボウ航海記が面白いと言っていたけれど、こっちにおいてあるの」と尋ねてきたので、古い文庫本は全部、祖父母の家の本棚においてあるため、新しいのを買ってやったところだった。

処女小説「幽霊」と時期が重なる「昆虫記」、続く旧制松本高校と東北大学医学部を舞台にした「青春記」、船医時代の「航海記」など面白くて、何度も読みふけったものだった。時代は隔たっているが、弊衣破帽のバンカラ学生の精神に憧れ、自分の進学先を決めるのにも多少の影響はあった作品群だった。その他「南太平洋ひるね旅」「白きたおやかな峰」など。

意欲作「夜と霧の隅で」は、フランクルの「夜と霧」やフロムの「自由からの逃走」と並んで専攻した西洋政治学史の勉強の副読本的な位置を占め、「楡家の人々」を読んで、茂吉の「万葉秀歌」も手に取った。

この10年ほどで新しく読んだのは「医局記」だけだったが、いろいろな意味で、楽しませてもらい、影響を受けた作家だった。

初期の作品集だったか、「青春記」にだったか、SP盤でバンカラ学生が聴く場面が当時読んだとき、意外でありかつとてもしゃれていたと感じた「牧神の午後への前奏曲」を聴いて、冥福を祈らせてもらおうと思う。



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2011年10月21日 (金)

村山斉『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)

3日前に本屋店頭で見かけて購入。

2日前に、BSテレビの放送大学を付けたら、ちょうどこの本の内容と同じような講義が行われていて驚いた。名古屋大学の教授だったと思う。

宇宙誕生137億年。できたときは、10次元だったが、6次元は宇宙ができてすぐに丸まってしまった。強い力、重力、電磁気力、弱い力は、宇宙が開始した直後(ビッグバン直後)は統一されていたが、宇宙が現在のようになるにつれて、分化していったものと考えられる。宇宙の始まりは無だったと考えられるが、それを人間は理解できないのかも知れない。ダークマターとダークエネルギーが全宇宙のエネルギーのほとんどを占めるというのは、新書の解説だったか、この講義の解説だったか?

そのほかに、クォークやひも理論のことも解説されていた。

放送大学は、知識を整理して伝達することが目的のようで、聴講生が考えることを要求していないようであり、その点が刺激的ではなくて、毎日のように放送されているが、これまでまともに見たことが無かったが、今回は、この新書のおかげで少し面白く見ることができた。

新書の方を読み進めているが、正直途中から、仮説的な説の積み重ねになってきて、理解したのかしていないのかも分からなくなっている。本来は厳密な数学で裏付けがなされているのだろうが、そのあたりは高度過ぎて分からないので。

また、最先端の理論の部分では、演繹的な推論とでもいうのだろうか。今ある現象について、このような設定をすれば説明ができるので、その設定がおそらく正しいというような議論の立て方が、素粒子物理学では多いのだろうか。また、既知の中性子に電子をぶつけるというような自己言及的な方法を用いて、物質が何でできているのかを探索する方法に誤りはないのだろうか?

さまざまな疑問は湧くが、物理学、宇宙学の最前線が、尻尾を飲みこんだ蛇のように結びついている姿自体が面白く、刺激的ではある。ミクロとマクロの出会いというやつだ。

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