2008年5月11日 (日)

アシュケナージのチャイコフスキー『四季』

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)

四季-12の性格的描写(Les saisons - 12 Morceaux caracteristiques*)Op.37bis(1875~76)[p][12曲]
1月「炉ばたで(Au coin du feu)」 2月「謝肉祭(Carnaval)」 3月「ひばりの歌(Chant de l'alouette)」 4月「松雪草(Perce-neige)」 5月「白夜(Les nuits de mai)」 6月「舟歌(Barcarolle)」 7月「草刈り人の歌(Chant de faucheur)」 8月「収穫(La moisson)」 9月「狩り(La chasse)」 10月「秋の歌(Chand d'automne)」 11月「トロイカで(Troika en traineaux*)」 12月「クリスマス(Noel*)」

題名:http://www.interq.or.jp/classic/classic/data/perusal/saku/index.html 参照

併録: 瞑想曲Op.72-5, 少し踊るようなポルカ Op.51-2, 熱い告白、やさしい非難 Op.72-3,
子守歌 Op.72-2 (Op.72 は『18の小品』)

アシュケナージ(ピアノ) 
〔1998年12月12-13日 ドイツ ベルリン、テルデックスタジオ、1998年9月26-27日 ギリシャ アテネ ディミトリ・ミトロプーロス・ホール(メガロン・アテネ・コンサート・ホール)〕POCL-1903 (466 562-2)

アシュケナージのデッカ録音はどうも音色が自分好みではなく、これまでもあまり積極的に聴くほうではなかったが、チャコフスキーのこの「四季」の曲集を持っていなかったので、店頭で目に付いたこのCDを購入した。

比較的新しいアシュケナージの録音だが、この録音は響きの点でもにじむような不満がなく、アシュケナージの多彩な音色を味わえるものだった。

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2008年5月 6日 (火)

『名曲探偵 アマデウス』 シューベルトの弦楽四重奏曲『死とおとめ』(事件ファイル#5)

日曜日の深夜11時半から放送のものをビデオ録画しておいて5月5日の月曜日に鑑賞した。

5月4日の日曜日は、ちょうど「藤子F不二夫」特集をやっていて、その大ファンの長男が是非行きたいといっていた杉並アニメーションミュージアムを見学に行ってきた。中央線の荻窪駅で下車し、北口を出て、青梅街道に沿って西へ約1.5kmほど歩いて、荻窪警察署の信号を左に折れると杉並会館という区立の会館があり、その3階にこのミュージアムがある。入場料は無料。http://www.sam.or.jp/ 展示品を見たり、アフレコを体験したり、トレースで絵を描いたり、DVD室で好きなアニメを見たり、映写室で藤子F不二夫の作品(チン・プイ)を見たりして半日ほど楽しめた。

翌5月5日は、天気もよくなく、一日家で過ごし、子ども達は休み中の宿題を全部終わらせたが、ちょうどお昼ごろ、事件ファイル#5を楽しんだ。

題材は、『死とおとめ』の第1楽章と第2楽章。第1楽章では、わずかの小節数の間に、何と6回も転調をしているということがこの音楽の特徴として指摘されていた。また、有名な歌曲『死と乙女』の冒頭の葬送行進曲的な音楽をテーマにした変奏曲だが、短調の部分から急に長調に転調するときの「属9の和音」?の使い方の素晴らしさが指摘されていた。通常、短調から長調に転調するときに使われるこの和音は、フォルテやアクセントなどで強調されるのだが、シューベルトは、ここでデクレッシェンドの後に大変ひっそりと奏でるように指定してあるということが、玉川大学の准教授(先日の悲愴でも登場)が語っていた。

この曲を書き始めた頃のシューベルトは、不治の病梅毒に自分が冒されたことを意識しており、体調も悪かった。絶望的な気分で作曲を始めたが、次第に死と正面から向き合い、それを受け入れるようになっていったというようなストーリーだった。

この曲は、これまで非常に不吉な音楽として捉えていたのだが、今回のような「前向き」の捉え方ができるというのはこじつけとも思えず、参考になった。

女性三人、男性一人(チェロ)の古典四重奏団という団体が演奏を担当したが、なかなか巧い演奏だった。

ディスクでは、非常にスケールの大きいように聴こえてしまい苦手だったアルバン・ベルク四重奏団のものと、「シューベルティアーデ」のセットで、往古の名盤のブッシュ四重奏団のものを持っているがこれまであまり熱心に聴いていなかった。少し前向きに聴いてみよう。

5月6日(火)連休最終日は、久しぶりの好天に恵まれ、湿度も非常に低く爽やかな初夏の一日だった。大山詣でをしてきて、リフレッシュでき、体調は非常に快調だ。

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2008年5月 3日 (土)

『物理が苦手になる前に』(竹内淳 岩波ジュニア新書)

高校になって習った物理の授業は、非常に無味乾燥だった。中学までは理科少年でもあり、また伝記が好きで科学者の伝記などをよく読んでおり、原子物理学などにも興味を持っていたのだが、そのような想像をしていた物理と高校物理はまったく違っており、むしろ化学の方が周期表などで元素を扱っており面白かった。『相対性理論』の一般向けの解説書などは、それなりの興味を持ってその後も読んだりはしたが、いわゆる「物理」からはすっかり離れてしまっていた。

これもたまたまブックオフで見つけたのだが、カバーの裏側に「物理という科目や数式へのアレルギーをとりのぞき、教科書だけでは絶対に味わえない物理学の魅力的な世界に誘います」とあり、この本の出版時は早稲田大学の理工学部の応用物理学科の助教授の著者が前書きで「高校二年でこの科目に出会ったときに大嫌いになりかけた。責任転嫁をするつもりではないが、ある程度努力しても分からないというのならそれは教科書や教育方法などのどこかにも相応の責任があるはずだ」と共感を覚える本音が書かれていて、読んでみようと思った。

力 F , 質量m, 加速度 a とすると F=ma の式が成り立つ などと言われてもチンプンカンプンで、複雑な現象をなぜそんな単純な式で一律に表現ができるのかという疑問が湧いてしまうのだが、それを超短詩型の俳句の背後に広がる深遠広大な世界や、野球のピッチャーの投げるボールのスピード、F1カーのスピードなどから速度、加速度と説明していき、微分、積分までうまく説明している。私には慣性の法則(惰性)は、躓きの石ではなかったが、加速度がなぜ重要視されるのかが、高校時代にはよく理解できていなかったようだ。自然落下運動の重力加速度 g についても 9.8m/秒の2乗 という数値について記憶が戻ってきた。 

ただ、慣性の法則が理解されるようになったのは、6世紀の疑問の提示から17世紀のガリレオまで約1000年かかったという記述は、科学史の結果だけを教育しようとしている現代の教育の欠陥をあぶりだしているように思えた。

同じことがp.81には、「慣性の法則、力=質量×加速度、作用反作用」をニュートンの運動の第一法則、第ニ法則、第三法則と言い、ニュートン力学の真髄はこれで終りだが、これを高校では2、3時間で学んでしまう。しかし、人類が最初に手がかりをつかんでからこの法則性を浮かび上がらせるまで優に十世紀以上を要したとされているのも面白い。

ただ、 F=ma については、力(物理力とされる)が、質量と加速度との両方に比例関係にあることはなんとなく分かるが、なぜその二つの要素を掛け合わせる式になるのかはよく分からない。どうもこの辺がごまかされたような気になってしまうのだ。そして、それらの数式を数学的に組み合わせて式を整理して結論を導き出すやり方には、さらに論理の飛躍があるような気がしてごまかされているような感覚がさらにする。

作用、反作用については、実感からは分かる。衝突の物理も、自動車事故から野球のボールをバットで打つときの衝突、ラグビーやサッカーのフィジカルコンタクトなど興味深い題材を使っている。

8のコペルニクス的転回については、以前小学生が地動説を理解していないということが大々的に報じられたときに自分でも記事にしたのとほぼ同じ趣旨のことがより分かりやすく整理された形で書かれており我が意を得たりという感じだった。

9ニュートンのりんご 10神のジグソーパズル についても要領よくまとめられており、この辺の宗教史、科学史の部分がより面白い部分だ。運動方程式を使えばあらゆる力学的な運動が予見できるという信念がその後の技術発展を支え、そして、電磁気学、相対性理論、量子力学についても触れられている。

私自身も、責任転嫁になってしまうが、先日の三角関数の余弦定理にしても、これらのニュートン力学の三つの法則にしても、文系的な人間には背景にある数学史、科学史の説明が授業のリードなどにあればもっと興味を持てただろうと思う。ともあれ、面白い本だった。三日坊主ではないが、すぐに忘れてしまってあいまいになってしまうのだが。

p.s. この本の著者は、現在早稲田大学の教授であり、講談社ブルーバックスの『高校数学で分かる』シリーズで評価の高い教育者でもあるようだ。教育者と言えば、哲学者ヴィトゲンシュタイン(ウィトゲンシュタイン)の小学校教師時代のエピソードは非常に示唆的だ。また、物理学、数学と言えば、半可通的な言い訳になるが、カール・ポパーの反証可能性のことを思い出してしまう。大学時代の友人がポパーを信奉していたのを思い出す。彼は数学教師の息子だった。


 

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リヒテル、ボロディン四重奏団の『ます』五重奏曲

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シューベルト
ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D.667 「鱒」(ます)

スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
ボロディン弦楽四重奏団員
 ミハイル・コペルマン(ヴァイオリン)
  ドミトリー・シェバーリン(ヴィオラ)
 ワレンチン・ベルリンスキー(チェロ)
ゲオルク・ヘルトナーゲル(コントラバス)

13:27/8:28/4:24/7:38/9:55
〔1980年6月18日、オーストリア、シュロス・ホーエネムス〕

熱狂の日(La Folle Journée au JAPON)というフランス生まれの音楽祭が日本でも開催されるようになってこれで4回目(4年目)らしい。ベートーヴェン、モーツァルト、「民族のハーモニー」についで、今回はシューベルトとのこと。今年は実家にも帰省しないので、行こうと思えば聴きに行けるのだが、どうも出不精なので足が向かない。訳の分からないチケットの入手が一番面倒だ。チケット前売りや当日券の有る無しに思い悩むのは精神衛生上、私にとってはよくない。

それでも、シューベルトが注目されるということで、この曲を。新緑の季節は、ちょうどこの五重奏曲にふさわしいということもあるが、今日の憲法記念日は昨日からの雨が残っている。朝8時ごろ、ようやく空が明るくなり始めた。

さて、以前からエアチェックで親しんできたこのリヒテルとボロディン四重奏団という超ド級のイメージのある演奏の録音が、シリーズものの超廉価で入手できたので、聴いてみた。

河島みどり『リヒテルと私』にも登場したが、このボロディン四重奏団は、リヒテルが主宰したフランスのツール音楽祭でも常連メンバーで、いわゆるリヒテルファミリーの一員だったとのこと。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の全曲録音で知られたクァルテットなので、リヒテルとのアンサンブルは超ド級というイメージがして派手で大味な演奏の記憶があったのだが、聴きなおしてみると意外にも気心が知れた同士の親密な演奏が楽しめた。

相変わらずシューベルトにおけるリヒテルのピアノの音色は輝かしく美しい。

なお、楽譜を確認したわけではないがリヒテルはフィナーレのリピートを行っているようで、タイミングが非常に長くなっている。

リヒテル盤 13:27/8:28/4:24/7:38/9:55
ホルショフスキー盤 9:21/7:43/4:05/8:16/6:44
ブレンデル盤 13:25/7:05/3:54/7:42/6:10

 

参考記事:

2006年3月16日 (木) ホルショフスキー、ブダペストQの鱒五重奏曲
 

2008年1月16日 (水) シューベルト ピアノ五重奏曲『ます』 ブレンデル、クリーヴランド弦楽四重奏団員

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小笠原流の蕎麦の食べ方

日経BPNETがクラシック音楽など多彩な情報発信をしているのでたまに見るのだが、トレンディーネットのライフクリエイティブサイト L-Cruise という少々優雅で縁のなさそうなページに、面白そうな記事が載っていたので読んでみた。

武士の礼法で知られる小笠原流が今でも現存し、その宗家は女性で小笠原敬承斎という方らしい。その人の談話をまとめた記事が「和食を楽しむ(1) 蕎麦を品よく粋に食べる」というもの。

いわゆる小笠原流は、幕府の高家の系統の小笠原流 (弓馬術礼法小笠原教場 小笠原流礼法)と、豊前小倉藩主(明治維新後伯爵)の系統の小笠原流礼法 があるようで、なかなかややこしい。上記の和食の記事は、後者の宗家によるもののようだ。

「お蕎麦は音をたてて食べる」は間違い とのことである。

池波正太郎『男の作法』には、「そばは、二口、三口かんでからのどに入れるのが一番うまい」とあり、「クチャクチャかんで食べる」のを戒め、また「藪」のような濃いおつゆの場合にのみちょっとつけるのが美味しく、普通の薄いつゆの場合にはどっぷりつけてもよい、とある。作法としては、美味しく食べることが主眼のようで、音をたててすすることについては触れられていない。

いわゆる江戸落語では、蕎麦の食べ方は、すすりこむように、手繰るように食べるとされているようで、「時そば」などの演目を話す際には、その独特な音を立ててすすりこむ食べ方がよく知られているので、蕎麦のすすりこむ食べ方としてはその影響が結構強いのかも知れない。

ちなみに、wikipedia の 蕎麦の食べ方では、

そばの香りや喉越しを楽しむために食べるときに音を立てることが許され、その点で世界的にも稀有な食品である。

多くの蕎麦好きは、蕎麦の香りを重要視する。新蕎麦の季節ともなれば尚のことである。そうした蕎麦の香りを存分に味わうには、空気と一緒に啜り込み、鼻孔から抜くようにして食べるのが最良である。結果として音を立てることになるが、なんら恥じることはない。

とある。特に第一段落は、ここまで言い切るのも微妙ではあるが、おおやけの場で音を立ててもいいということが常識として黙認されているのでそのような言い方もありなのかも知れない。そういえばお茶漬けなどは音が立ちやすいが、感覚的に人前で音を立てて食べるのはあまり行儀がよろしくないような気もするし。

ただ、香りを味わうためだけなら、茹でて水にさらす蕎麦切りよりも熱湯で蕎麦粉を捏ねるだけなので味も香りも濃厚な蕎麦がきという食べ方もある。

自分自身は、ざる蕎麦、盛り蕎麦などの冷たい蕎麦の場合には、自然にすすりこむので音が立つように思う。長野県の戸隠神社の中社で秋分の日に行われる蕎麦食い競争に出場したことがあるが、ぼっちと呼ばれる一口大に丸めた蕎麦をそれはそれは猛烈な勢いですすりこんだ。ただ、その食べ方だと胃に空気が溜まりやすいようで、優勝した人は、後でテレビニュースの映像で確認すると、すすりこまずに上品に「モグモグ」噛んで飲み込んでいた!

盛岡のわんこ蕎麦は、朱塗りのおわんに一口だけそばつゆ付きの蕎麦が入れられるのですすりこむというよりも飲み込む感じだった。

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2008年5月 2日 (金)

ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏曲第4番 ルビオ・クァルテット

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ショスタコーヴィチ

 弦楽四重奏曲 第4番 ニ長調 作品83(1943年)

  ルビオ・クァルテット

  〔2002年4-9月、ベルギー、Mullemの教会での録音〕

  1.Overture (moderato con moto)    8:03
  2.Recitative & Romance (adagio)   10:53
     3.Waltz (allegro)                          5:59
     4.Theme & variations (adagio)      10:47   

 

まだ、ホームページを更新していた2003年に購入したもの。それ以来積んどく状態が続き、まだ全曲を聴いていない。バルシャイの交響曲全集も寝入りばなの睡眠導入でようやく全曲聴いたのだが、全部が全部きちんと音楽に向き合って聴いていない。ショスタコーヴィチの生誕100周年の2006年にも聴こうと思いつつ結局聴かず仕舞いだった。

今回4月の4番という自己流の企画で、これまで未聴だったり、まともに記事を書いていない音盤を聴きなおしており、先日カラヤンのブラームス交響曲第4番から三回連続で結構重い内容の音楽を聴いてきたので、この辺で少し気分転換をしようと思い、いくつか棚から取り出して来たうち、これを聴いてみようと思った次第。

ただ、聴くと言っても、まったく耳なじみのない曲ではあるし、楽曲解説もこのCDに付いている英文のものしかないので、把握という点ではひどく心もとない。バルトークの場合は、結構聴いて理解したいという動機付けがなぜかあったのだが、ショスタコーヴィチにはあまりそのようなものがない。ただ、交響曲が、公衆に向けての作曲家のメッセージであるとしたら、弦楽四重奏曲は、個人的な心情の吐露であるとも言われるが、ショスタコーヴィチのような立場の作曲家の場合、それが許されたのだろうか?シンフォニーとクァルテットをちょうど同じ数、15曲残したこの作曲家の場合、ソ連の歴史と絡めて時系列的に追って行く聴き方で、何かを聴けるかも知れないとは思うし、看過できない存在ではある。

というふうに書いてきたが、いつの間にか5月に入ってしまった。ハイティンク指揮の交響曲第5番、第9番をゲットして聴いたところ、なるほど指揮者、オーケストラによって同じ曲でも聴きやすさが違うなと思い、またショスタコーヴィチへの興味が湧いてきた。まったくこの曲については触れていないが、この辺でアップしよう。

 

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岡田暁生『オペラの運命』(中公新書)

『西洋音楽史』よりも前に書かれた本だが、『西洋音楽史』を読了後に購入。これも非常に面白い。快刀乱麻的に明解に書かれているが、あまり強引さを感じず、納得させられる部分が多い。まとめ方のうまさだろうか?先日、NHKの『魔笛』を題材にした番組の折にこれを引き合いに出したが、ようやく読了した。『音楽史』はほとんど一気読みだったが、こちらは少々時間がかかった。『音楽史』に登場する器楽曲に比べて、オペラはなじみがない作品が多いからだろう。何しろ、モンテヴェルディの『オルフェオ』も『ポッペア』も『ウリッセ』も、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』も、ロッシーニもヴェーバーもヴェルディもプッチーニも、ヴァーグナーも、オペラ史に残る作曲家、作品のほとんどが未だまともに聴いたことのないものだから。

目次のようにざっくりまとめると、

絶対王政の王家の祝典としてのバロックオペラ、オペラセリア。

啓蒙時代のブルジョア階級の台頭、斜陽貴族とモーツァルトなどのオペラ・ブッファ。ロココ趣味。

フランス革命後のブルジョアとフランス・グランド・オペラ(マイヤベーア)。最大の娯楽産業、カジノ・売春・さくら(宣伝)。

ドイツ・東欧の「国民」オペラのイデオロギー性(イタリア統一とヴェルディ)と異国オペラ(アイーダ、蝶々夫人、トゥーランドットなど)、中南米のオペラハウス。

ヴァーグナー 王になった作曲家。

ヴァーグナー以降、オペラのライヴァル映画の登場。そしてエーリッヒ・コルンゴルド、マックス・スタイナー、ニーノ・ロータ、ジョン・ウィリアムズの映画音楽。ベルクの『ヴォツェック』、ショスタコーヴィチの『鼻』。

日本におけるオペラについては触れられていないが、ある意味、独墺オペラの総本山の一つ、ヴィーン・シュターツ・オーパーに東洋人の小澤征爾が音楽監督として就任しているのも、近現代文明の源流であるヨーロッパとアメリカの文化による世界の席巻過程の果てと、その終りの始まりを象徴するのかも知れない。

日本人は、このような重層的な歴史把握が苦手で、多くの古典が同一平面に並べられる傾向があるが、そのような音楽実践と受容自体、また現代を象徴することなのだろうな、などと思った。


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2008年5月 1日 (木)

池波正太郎『真田太平記』を10年以上かけて読了

池波正太郎『真田太平記』新潮文庫版 全12巻

1. 天魔の夏
2. 秘密
3. 上田攻め
4. 甲賀問答
5. 秀頼誕生
6. 家康東下 ここまで1990年代に読んだ。 その当時、これ以外の真田ものはほぼ読了。上田市の池波正太郎真田太平記館も訪れ、旧真田町(上田市)の国道は生活道路で、真田本城、真田屋敷、ゆかりの寺院、角間温泉、鳥居峠、沼田なども訪れ、真田10万石の城下町松代も生活圏の一部だった。信之の菩提寺も訪れ、廟所にも参拝した。

その後、中断。最近は池波正太郎の剣客商売、鬼平犯科帳、梅安を読了。

そしてようやく。

7. 関ヶ原   ここから2008年3,4月に読んだ。
8. 紀州九度山
9. 二条城
10. 大坂入城
11. 大坂夏の陣
12. 雲の峰

最終巻の解説を読むと、作者は約9年を掛けて週刊誌に連載してこの大作を完成させたのだという。

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2008年4月29日 (火)

レオナルドのヴェッキオ宮殿の壁画が発見!?

日本テレビ 2008/4/29 19:00-20:54  

ダイワハウススペシャル 天才ダ・ヴィンチ 伝説の巨大壁画発見!

 フィレンツェのヴェッキオ宮殿の広間に描かれた後、失敗作として放棄されたと伝えられたレオナルドの『アンギアリの戦い』が隠されているのが発見されたらしい。アメリカのカリフォルニア大学のサンディエゴ校の工学博士でフィレンツェ出身のマウリツィオ・セラチーニによるとのこと。あの「画家伝」のヴァザーリが隠したらしい(ヴァザーリのフィレンツェの他の教会でもマザッチオの祭壇画を保存のためか?隠したらしい)。

ただ、またニッテレなので眉唾も必要かもしれない。例のたけしとアイルワースのモナリザを制作放映したのも日本テレビだったので。

BGMでは、レスピーギのローマの松や泉、メンデルスゾーンの『イタリア』などが用いられているが、これも何だかな。レスピーギなら「古風な舞曲」ではなかろうか?

追記:その後、ネットで検索してみると、例のNHK地球ドラマチックで2006年に既にセラチーニによる『アンギアリの戦い』の捜索が海外ドキュメンタリーとして放映されていたのに気が付いた。たけしの『もう一つのモナリザ』でもそうだったが、またもやニッテレによる「新発見」ものは、過去にマスコミが取り上げたもの(モナリザではニッテレが過去に取り上げたものだった!)のいわゆる「焼き直し」だった!? 

『ダビンチ捜査官~消えた名画を追え!~』 2007年11月17日(土) 10:00~10:45

原題:The Da Vinci Detective
制作:Darlow Smithson Productions

とは言え、このような番組はついつい見てしまうのだから、私も懲りない。ただ、この番組で「新たに」新発見とは言っていなかったようだし、CGにより有名なルーベンスの模写の周囲の絵までも再現して、いわゆる完成版を復元して見せたのはこの番組の手柄なのだろうか?

ちなみにアンギアーリの闘い(La Battaglia di Anghiari, Battaglia d'Anghiari)の Anghiari の場所はGoogle mapで、Italy Anghiari で検索すると表示される。フィレンツェの東南東約65kmの地。ミラノからは300kmもある!

参考ページをいくつか探してみたら結構あった。

イタリア語:http://www.artive.arti.beniculturali.it/Disegni/Battaglia%20d'Anghiari/Frame%20Anghiari.htm

http://www.anghiari.it/italiano/s0/da4.htm

wikipedia イタリア語

イタリア Nazione紙のサイトの記事 セラチーニのことが特集されている?2008年3月3日のものなのでまだ新しい。 La ricerca della 'Battaglia di Anghiari' raccontata in un documentario

英語: wikipedia 英語 セラチーニのことも記述されている( Possible recovery)

日本語: 不埒な天国 (フィレンツェ市在住の日本人の方らしい)

2005年06月23日 失われたダ・ヴィンチのフレスコ画を探す鍵

2007/10/30 数字で見るイタリアの常識・非常識 vol.226

2008年04月29日 TV「ダビンチ巨大壁画を今夜発見」 

 今回の「発見」も2005年頃にも日本でも報道されていたらしい。

YouTube: Il mistero della Battaglia di Anghiari (2007) 短編ドキュメンタリー

p.s. フィレンツェは、新婚旅行のローマからのオプションの日帰りツアーだったが、ミケランジェロ広場、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、サンタ・マリア・デル・フィオーレ、シニョーリア広場、このヴェッキオ宮殿、アカデミア美術館、サンタ・クローチェ教会、そして駆け足で回ったウフィッツィ美術館をみて回ることができた。アメリカ人の団体客と、日本人の女子学生たち、それに我々夫婦という構成のバスツアーで、ガイドさんは日本にも滞在したこともあり、長野オリンピックの前だったが長野のことも知っていた若い女性だった。英語、日本語、イタリア語を駆使して案内してくれた。当時はフィレンツェに関する予備知識がほとんどなかったので、帰国後様々なフィレンツェ関係の本を読み漁った。塩野七生『わが友マキアベリ』が面白かったし、和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』も面白かった。実際に自分が体験した風景を思い浮かべながらそのような書籍を読むのは非常に面白いものだった。

なお、先日関口知宏のファーストジャパニーズ(FJ)という番組で日本人カバン職人がフィレンツェで独立して工房を開いたことを特集していたが、フィレンツェの裏町の石畳の風景が懐かしかった。

P.S. 「弐代目・青い日記帳

にトラックバックさせてもらった。本館の BLUE HEAVEN も凄い美術サイトだ。

追記:2008/05/03
 他の番組の関係で全部見れなかったため、ビデオ録画をしておいたが、ようやく今日の憲法記念日の休日に見ることができた。最初の方のモナリザの眉毛の復元は結構面白かった。これが最新の映像技術による発見。眉毛があるのとないのとではまったく印象が違う。ずっと若々しく見えた。これは何しろ、ラファエロの白黒の模写には眉毛があり、またいわゆるラファエロの円柱があるのだからそれなりの蓋然性はあるのだろう。色調の明度についての復元も面白い。例のアイルワースのモナリザには眉毛がなかったように見えるが、ルーヴルのモナリザに眉毛の跡があるというのが面白い。

次に、「最後の晩餐」に隠された音符について。これは,WIKIPEDIAの英語版からのリンクで、この番組で紹介された音楽家についての記事を読むことができ、その音楽家がREQUIEMのようだと言う音楽も聴くことができる(英語版)。ただ、手とパンに音符を当てはめるというのはあくまでもそのように読むこともできるという解釈の可能性の類で、偶然、左から音符を読むをそれらしい音楽に聞こえるというだけで、(これが音符だとして)和声的な書法と三拍子という見方は、15世紀末から16世紀初めに活躍したジョスカン・デプレなどの音楽の様式とは違うのではないかと思わせられた。なおその「曲調」からRequiem らしいというのもあまりにも「ロマンチック」な見方ではなかろうか?

暗号の「求めよ、されば与えられん」の発見は、画期的だったが、Masaccio の サンタ・マリア・ノヴェラ教会の三位一体の壁画がヴァザーリによって「なぜか?」隠されており、その隠し方がちょうど500人広間の壁画の隠し方と似ているということ。2008年の7月、8月には、電子的・原子的な透視のような手法で、現在のヴァザーリの壁画の裏にあると想定されている「アンギアリの戦い」が「見える」かも知れないという。復元については、各地に残るデッサンや下絵の原画(オックスフォードの Ashmolean Museum アシュモレアン美術館所蔵には驚かされた)そして日本にあるという彩色付きの模写から、それらしいものが提示されなかなか面白かった。

番組の作り方が日テレのこの種の番組的にチープだったが、「啓蒙的」な番組としては、私のような興味だけはある素人にはそれなりに面白かった。

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名曲探偵アマデウス 第4回 チャイコフスキー交響曲第6番

前回の『ゴルトベルク』に続いて、今回はチャイコフスキーの交響曲第6番 『悲愴』だった。

今回の探偵事務所に相談に来たのは根岸季衣が扮する未亡人。夫が遺した本格的なフルスコアがチャイコフスキーの交響曲第6番。その表紙に「君に贈る」というように書かれており、スコア内部には多くの書き込みが・・・。これは一体誰に向けたどんな意味のメッセージなのか、というのが話しの発端だった。

筧利夫が演じる天出臼夫(あまで うすお)という指揮者兼探偵が、助手の響カノン(黒川 芽以という女性シンガーらしい)とその謎を解き明かす。

夕食後、日曜日の夜11時から11時45分に放送されたもののビデオを家族で見たのだが、さすがにこの曲は最近あまり聴いていないこともあり、子ども達は ほとんど初めて聴いたと言っていたが、それでもチャイコフスキーのバレエ音楽に似た部分もあるね、などと言って興味をもったようだった。いわゆるニック ネーム付きの交響曲で広く知られた名曲でもあり、私も中学生の頃からカラヤンとベルリンフィルの1960年代の録音のLPをそれこそ擦り切れるほど聴いて 親しんだものだが、ある時期からほとんど聴かなくなってしまった。いわゆる縁起を担いでというような消極的な気分も少しはある。

今回の演奏は、渡邊一正指揮のNHK交響楽団。どこかのスタジオでの収録らしいが、コンマスは、マロ殿だった。ファゴットのppppppも実際に演奏したり、第四楽章の冒頭の第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを分奏させてみたりと、結構番組に協力的だった。

専門家としては、玉川大学の准教授が出演。チャイコフスキーに詳しい人らしい。大学の電子ピアノ(笑)を弾きながら、解説していた。特に有名な名旋律として知られる第1楽章の第2主題は、曲中3回姿を変えて現れるが、そのときどきで付けられている和音が異なり、第1回目では確か減九の和音が使われているのが、特徴的というようなことを説明していた。

今回の番組でも自身の指揮による初演のわずか9日後にチャイコフスキーが急死してしまったことは述べられていてその悲劇的な死との絡みでも「悲哀」を表したものと考えられがちだが、実はということで、自筆譜のフランス語の表題「Pathetique」から日本語でも『悲愴』と訳されているが、ロシア語の表題 パテティチェスカヤの訳語には、直接「悲哀、悲しみ」という訳はなく、いわゆるギリシア語のパトスの訳にあたる「(元来は揺り動かされた心の状態をさす)知性に対して、一時的で感情的な精神。激情。情熱。情念。」(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988より)の訳語に当たるものしかないとされるというような説明がなされていた。

しかし、この説明は、語源であるギリシア語のpathos に遡り、そこから派生したヨーロッパの各国語ということを考える必要があり、露和辞典の記述に『悲しみ』がないことで、それがその言葉にその意味がないと考えるのは早計だと思える。英語のpathetic の語源として、「後ラテン語←ギリシャ語 pathetikos (pachein苦しむ+-ikos -ic=苦しみやすい→同情心をもちやすい)Progressive English-Japanese Dictionary, Third edition ゥ Shogakukan 1980,1987,1998/プログレッシブ英和中辞典  第3版  ゥ小学館 1980,1987,1998 とあり、pachein = suffering 苦しみ が語源であるからだ。フランス語にしても、英語にしても、ロシア語にしても、日常的な用法は別として、芸術的・文学的な用法ではこの原義が失われることはないだろうと思う。一時期、パテティチェスカヤにこだわって『悲愴』と訳すのは誤りだという主張もあったようだが、逆に考え直す必要があるのではないか、とテレビを見ながら思った。参考になるのが、このページの解説だ。

パトス pathos
〈受動的状態〉〈感情〉〈情念〉などを表すギリシア語。英語ではペーソス。人間精神の能動的・習慣的・理性的契機としてのエートスやロゴスに対比されるとともに,実体に対する属性,さらには激情や苦悩,受苦,受難などの意でも用いられるようになった。

平凡社世界大百科事典

番組は、この曲の第1楽章と、第4楽章を取り上げ、第2、3楽章は割愛されたのは残念だったが、番組の時間的制約からは仕方がないとは言え、この曲の解説としては十全のものではなかったのが、少々残念だった。

ディスクで以前記事にしたのは、ジュリーニとロスフィル、マルティノンとヴィーンフィル程度だが、名盤とされるムラヴィンスキーとレニングラードフィルのDG盤、カラヤンとベルリンフィルの70年代録音、小澤征爾とパリ管のものが今手元にあり、久しぶりに聴いてみたいと思った。

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2008年4月28日 (月)

小澤/SKO ブラームス 交響曲第4番(1989年)

Brahms_14_ozawa

ブラームス 

 交響曲第4番 ホ短調 作品98

  小澤征爾指揮 
    斎藤記念オーケストラ

12:03/11:05/6:18/9:45

〔1989年9月15-16日、ベルリン イエス・キリスト教会〕


参考:
ベーム/VPO〔1975〕13:18/12:06/6:42/10:23
カラヤン/BPO 〔1977〕12:48/11:05/6:04/9:57

C.クライバー/VPO〔1980〕12:45/11:49/6:04/9:12
ヴァント/NDR〔1985〕11:51/10:46/6:24/9:28

先日、この曲の聴き比べをしたが、少し食傷気味になったので、間を空けた。

今度は、独墺系の大指揮者、名門オーケストラによるブラームスの第4の中では、異彩を放つ小澤征爾指揮斎藤記念オーケストラの演奏。

この「七夕」オーケストラの意味や演奏の特徴については、同じブラームス交響曲全集の第1番の記事で書いたが、記憶力が悪いので繰り返しになったり矛盾するようなことも出てくるような危惧がある。

参考: 2006年8月30日 (水) ブラームス 交響曲第1番 小澤/サイトウ・キネン・オーケストラ

斎藤記念オーケストラの欧州楽旅の最初の頃の現地収録で、録音場所は、旧西ベルリン地区のイエス・キリスト教会。1950年代から1960年代のBPO(最近「放送倫理・番組向上機構」Broadcasting Ethics & Program Improvement Organizationの略称としても使われるようになったが)の録音が多く録音された教会で、カラヤンのLPの多くはここで録られた。先日のベームのフィガロもここで録音されている。小澤征爾もBPOとの録音(チャイコフスキーの交響曲第4番のCDを持っているがここでの録音だ)で、カラヤン・サーカス(フィルハーモニーホール)ではなく、この録音会場を使っているので、勝手知ったるお気に入りの場所としてここを選んだのだろうか?

木管や打楽器には小澤征爾の個人的な知己であるライスターや工藤重典、宮本文昭などが名を連ね、桐朋学園メソドの履修者では必ずしもないが、弦楽器はそのほとんどが桐朋学園出身のソリスト級の名手達だ。メンバー表を見るだけで、戦後の日本の弦楽器演奏での躍進が見えるようだ。そして、小澤征爾は斎藤秀雄の指揮メソドの一番弟子。

小澤はフランスのブザンソンでの優勝もあり、またミュンシュに私淑し、ストラヴィンスキーにも誉められ、メシアンの信頼を得たりしたこともあり、近現代ものが得意ということになっておりまた実際そうなのだが、斎藤秀雄からはもっぱらドイツ音楽を叩き込まれたのだという。そこで、斎藤記念オケの欧州楽旅では、ブラームスを集中的に取り上げたのだと、かつてテレビのインタビューで語っていたのを記憶している。

ブラームスの1番の時には、結構違和感を感じたのだが、この4番は結構抵抗なく聴くことができて意外だった。どこが、どうということが肝心なのだが、素直に感心したというわけではないため、感動をそのまま文字にすればいいというわけではないのがつらいところだ。

この演奏も、第1ヴァイオリンが音量的にも音色的にも表情的にもがんばり過ぎ、他の弦のパートが立体的に聴こえないのがやはり気になりはしたが、それでもその不満があまり違和感につながらなかったのは音楽の性格だろうか。

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2008年4月27日 (日)

「ゴルトベルク」変奏曲を聴く

先日のテレビ番組に刺激されて、久しぶりにグールド晩年のゴルトベルク変奏曲全曲をじっくり聴いた。

アリアのテンポは非常にゆっくりだ。グールドのつぶやきや鼻歌が聞こえる部分では、一緒に聴いていた長男も驚いていた。

先日の番組の作品解説により、30の変奏が、3グループに分かれるということに気づかされて改めてそのグループ分けに注意しながら聴いてみた。現在演奏されている変奏番号が何番かということは、最初のアリアの番号1をプレーヤーに表示されるindex番号から引くことで当然分かる。その番号の数を3で割り、その余りの数で第1グループ、2、3グループと分類すると分かるわけだが、音楽を聴きながらその単純な計算をするのが結構面倒で、第1グループが性格的な舞曲(メヌエット、ジーグ)など、第2が技巧的な音楽、第3が1度ずつ音程がずれていくカノンのグループと暗算するのは結構難しかった。特に、第3グループの変奏は、index番号4のものが、1度のカノンとなり、7のものが2度のカノンなるのだが、今演奏されているのが何度のカノンかと考えるのはちょっとした頭の体操だった。たとえば、index 28 は、(28-1)÷3=9 で余り0なので、第3グループ(カノンのグループ)となり、商が9なので9度のカノンとなる。書けば単純なのだが、音楽を聴きながらだと、混乱してしまう。お恥ずかしい話だ。それでも、このように整然と曲が作られているのがわかったので、3度のカノンだと主題の3度上で追いかけ主題が提示されるのが分かる気がするし、2度や4度、7度だとよく不協和にならずに作曲できたものだと感心するなど面白さがわかるように思う。

また、そのテレビ番組で、変奏が30のため、第16変奏から後半になるというようなことを言っていたかは忘れたが、第16変奏は、管弦楽組曲の序曲と同様のフランス風舞曲になっており、これまで意識しなかったが、この曲はまさに後半の始まりを告げる序曲の趣が強い。

それにしても、私も妻もそうだが、このゴルトベルク変奏曲は、演奏には難しい曲だろうが、比較的に短い特徴的な変奏が次々に登場するためか、何度も聴いているうちに、それぞれの変奏がいつの間にか記憶に刻まれやすいようで、つい演奏を聴きながら指が動いたり、鼻歌を歌ったりしてしまう。そのために余計、伝説とは異なり、「眠れなくなる」覚醒作用のある曲なのだということがあるような気がする。

なお、今晩の「名曲探偵」は、23:00 クラシックミステリー名曲探偵アマデウス “交響曲第6番 悲愴”~遺された楽譜の謎 とのことだ。

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北京オリンピック聖火リレー 長野

昨日の土曜日に行われた聖火リレーは、1998年の長野オリンピック冬季大会を顕彰して行われたものだろう。これまでアジアで行われたオリンピックは、東京、札幌、ソウル、長野の4箇所しかないのだから、北京市としても最も最近に行われたアジアのオリンピック開催都市としての長野を選んだのだろうと思う。

長野大会は、政治問題こそなかったものの、バブル経済に踊った金満日本が金で買ったオリンピックとしてそれ以降のソルトレークシティーオリンピックなどでIOCの金銭的なダーティーさが暴かれるきっかけになった大会で、その意味で世界の拝金主義を象徴するかのようなものだったが、今度の北京大会は、膨大な人口を抱える多民族国家を一党が独裁する国で行われるという点で、今後の世界情勢を占うような大会であるとも言えるのかも知れない。冷戦終結後の世界は、宗教間、民族間の紛争が激化しており、また情報化IT化によって、情報が一瞬の間に世界を駆け巡るものになっており、中国はある意味でその象徴のようなものだからだ。

昨日の聖火リレーは、UKやフランス、アメリカなどの西側諸国のリレーに比べて、中国人の「留学生」の愛国心の圧倒的なディスプレーの場となったこともあり、チベット支持派との小規模な小競り合いや、妨害はあったものの、日本の警察の威信をかけた警備もあって、大混乱にはならずに終了した。表面的には、それなりの成功だったのだろうが、テレビでところどころ生中継されたり、ニュースで何回も流された画像により、日本人にとって結構ぬぐいがたい影響があったのではないかと思う。

それは、中国人の「留学生」たちが組織的に行った、五星紅旗(五黄星旗とも俗に呼ばれる?)を振り回しての沿道での愛国的な活動が非常に奇異に感じたことだ。Free Tibet を叫ぶチベット支持派もチベットの旗を振ってそれに抗議していたが、東アジアにおける政治対立が、鄙びて平和な仏都のお膝元で繰り広げられるのは、もやもやした反発心や違和感を植えつけられたような気がしてならない。

日本に留学してきた中国人「留学生」たちは、江沢民時代の愛国教育(反日教育)にも拘わらず、敢えて日本を留学場所に選んだ親日派の学生なのだろうが、彼らの聖火を守りオリンピックを成功させようというパフォーマンスは、決して多くの日本人の共感を誘わず、却って反感を買ったような気がする。


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2008年4月26日 (土)

モーツァルト 『フィガロの結婚』 3種類のベーム指揮を聴く

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1956年4月16日から22日 ヴィーン ブラームスザールでの録音。モノーラル録音。

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ヴィーン交響楽団、合唱:ヴィーンシュターツオーパー合唱団、チェンバロ:ピルス

アルマヴィーヴァ伯爵:シェフラー、伯爵夫人:ユリナッチ、ケルビーノ:ルートヴィヒ、フィガロ:ベリー、スザンナ:シュトライヒ、マルチェリー ナ:マラニウク、バルトロ:チェルヴェンカ、バジリオ:マイクト、ドン・クルツィオ:ディッキー、アントニオ:デンス、バルバリーナ:シュヴァイガー、村 の娘:マイクル、フラス

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1968年3月12日から20日 ベルリン、イエス・キリスト教会での録音。ステレオ録音。

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱:同合唱団(コーラスマスター:ヴァルター=ハーゲン・グロル)、チェンバロ・音楽助手:ヴァルター・タウジッヒ

アルマヴィーヴァ伯爵:フィッシャー=ディースカウ、伯爵夫人:ヤノヴィッツ、ケルビーノ:トロヤノス、フィガロ:プライ、スザンナ:マティス、マルチェリーナ:ジョンソン、バルトロ:ラッガー、バジリオ:ヴォールファールト、ドン・クルツィオ:ヴァンティン、アントニオ:ヒルテ、バルバリーナ:フォーゲル、村の娘(二人の少女):ドル、ギーゼ

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DVD
音声:1975年12月ヴィーンでの録音。映像:1976年6月ロンドンでの収録(演出:ジャン=ピエール・ポネル)

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団、合唱:クレジットなし、チェンバロ:フィリップ・アイゼンバーグ

アルマヴィーヴァ伯爵:フィッシャー=ディースカウ、伯爵夫人:テ・カナワ、ケルビーノ:ユーイング、フィガロ:プライ、スザンナ:フレーニ、マルチェリーナ:ベッグ、バルトロ:ラッガー、バジリオ:ファン・ケステレン、ドン・クルツィオ:キャロン、アントニオ:クレーマー、バルバリーナ:ペリー、村の娘(二人の少女):クレジットなし

『モーツァルトはオペラ』という本を最近読んだが、私にとっては『モーツァルトのオペラはフィガロ』という感じだろうか。といっても『フィガロの結婚』に一番最初に触れたのは、このオペラそのもでもなく、有名な序曲でもなかった。モノーラルのラジカセでたまたま録音できたヴェントという音楽家が編曲した管楽合奏(ハルモニームジーク)のための『フィガロの結婚』だった。中学生の頃だったので、今から30年以上も前だ。今検索してみると、「モーツァルト ハルモニームジークのための作品集 ドイツ・カンマー・フィルハーモニー・ブレーメン管楽ゾリステン」というハイブリッドCDも出ているようだが、当時の演奏はどこの団体だっただろうか?フィリップス=小学館の全集の別巻「モーツァルトとその周辺」には、モーツァルト自身の編曲による『後宮からの誘拐』、トリーベンゼーという人の編曲の『ドン・ジョヴァンニ』、ヴェント(?)編曲のこれまた『後宮からの誘拐』が収録されているが、『フィガロ』は残念ながら含まれていなかった。

外国語の含まれた音楽は、我が家の子ども達もそうだが、器楽に比べて比較的若い頃はなかなか馴染みになれないようで(どういう理由だろう?)、私もその例に漏れず、オペラにはなかなか馴染めなかったが、ハルモニームジークによる有名なアリアのメドレーは、大変親しみやすく、その刷り込みが強烈だったため、『フィガロ』に最も親しみを感じて今にいたっているのかも知れないなどと思っている。勿論、上記のDVDに収録されているものが20年以上前の正月にNHKで一挙放映され、それまでオペラに興味がなかった私の母なども3時間を越える長尺モノにも関わらず、最後まで飽きることなく見入っていたほどなので、やはり原作の戯曲、歌劇台本、そして音楽(加えて演出、映像、演奏、歌唱)が飛びぬけてすばらしいのだろうとは思う。

最上段のフィリップス=小学館の全集の全巻予約プレゼントのCDについては、以前触れたたことがあった。1955年ベーム62歳の時の録音で、モーツァルト生誕200年の1956年に合わせて録音されたもの。フィリップスレーベルへの録音のため、デッカと専属契約をしていたヴィーンフィルは使えず、そのデッカはこれまた名盤の誉れの高いエーリヒ・クライバー(カルロスの父)がヴィーンフィルを振ったステレオ録音が同じ1955年に収録されている(10CDセット所収。LPでも保有)。ベームは、やはり10CDセット所収の『コシ・ファン・トゥッテ』を同じ1955年に今度はヴィーンフィルを使って1955年にステレオで録音している(ここでは上記のフィリップス盤の伯爵を歌ったシェフラーSchoefflerが、ドン・アルフォンゾを歌っている)。

ちなみにエーリヒ・クライバー盤のキャストは、以下の通り。

アルマヴィーヴァ伯爵:ペルPoell、伯爵夫人:デラ・カーザ、ケルビーノ:ダンコ、フィガロ:シエピ、スザンナ:ギューデン、マルチェリー ナ:レッスル=マイデン、バルトロ:コレーナ、バジリオ:ディッキー、ドン・クルツィオ:マイヤー=ヴェルフィング、アントニオ:プレグルホフ、バルバリーナ:フェルバーマイヤー、村 の娘:クレジットなし、合唱:ヴィーンシュターツオーパー合唱団 (ベーム盤とはディッキー Murray Dickie と合唱が重複している)

その下のベルリン・ドイツ・オペラ盤(1968年、ベーム74歳の頃の録音)はまだ書いたことがなかったが、CDとしては、これで一番回数を聴いた。F=ディースカウの伯爵と、フィガロのヘルマン・プライは、DVD盤と共通だが、DVD盤の録音よりも8年前。

そして、一番下のものが、歌手達が自分達で歌った歌の録音に合わせてポネルの演出で演技したもので、NHKの放送の頃はVHSヴィデオやレーザーディスクで発売され、今はDVDで入手できる。1975年の録音は、ヴィーンフィルとの伝説的な来日公演後、ちょうどブラームスの交響曲全集を録音した年の録音で、1894年生まれのベームは既に81歳だったのだが、そのような年齢を感じさせないのが驚異的だ。ちなみにカラヤンが同じVPOとデッカに入れた録音は1978年

どの録音も、ベームのモーツァルトへの畏敬を表すかのように、少々生真面目さが窺がわれ、ブッファ的な軽やかさがもう少し欲しい部分もあるが、モーツァルトオペラを知り尽くしたベームの作り出す音楽は格調の点ではどれもすばらしい。1975年録音は、念願のVPOとの共演でもあり、しなやかさ、軽やかさが比較的多く感じられる。

映画『アマデウス』では、この『フィガロの結婚』の第4幕(終幕)のクライマックス(フィナーレ)である伯爵の謝罪の場の音楽(マリナー指揮)を何度も使っていた。それまでのCDでの鑑賞では、例のハルモニームジークの影響で有名なアリアが出てこないドタバタした長大なフィナーレはそれほど注目せずにいたのだが、この映画によって「狂おしい一日 または フィガロの結婚」の見方の力点が変わった。ベームの音楽作りでは、この部分はそれほど大仰にはやられていないが、こちらの受容の姿勢が変わることで充分感動的な場面となる。

ベームのフィガロは、このほかにも1963年日生劇場杮落としのために来日したベルリン・ドイツ・オペラ公演のCD1966年のザルツブルクでのDVD1980年のVPOとの来日公演でのDVDが音盤として入手可能のようだ。

なお、VPO(ヴィーン・シュターツ・オーパー、ヴィーン国立歌劇場)のフィガロでは、戦前のブルーノ・ヴァルター(ワルター)によるアセテート録音があり、●2003年9月6日 (土)  歴史的録音(1937年ザルツブルクライブ ワルターのフィガロ)で記事にしたことがある。意外なほどすっきりした演奏だ。

ちなみに、オペラ『フィガロの結婚』初演は、1786/5/1 ヴィーンのブルク劇場なので、もうすぐで初演222年になる。

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2008年4月25日 (金)

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 デュプレ(Vc) バレンボイム/CSO

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ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 作品104

ジャクリーヌ・デュプレ(チェロ)  
ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

15:21/13:11/13:27   〔1970年、シカゴ〕

併録 ハイドン チェロ協奏曲第1番 ハ長調 H. Ⅶb:1   同上チェロ、同上指揮、イギリス室内管弦楽団

(新・名曲の世界73 HCD-1369)


2006年5月22日 (月) ドヴォルザークのチェロ協奏曲 フルニエ、セル/BPO の記事で、かつてよく聴いたエアチェック録音ということで、「ジャクリーヌ・デュプレは、夫君バレンボイムとシカゴ交響楽団がオケを務めたもので、デュプレの凄絶とも言えるソロに比べてオケが凡演とされるが、デュプレのソロはその通りとしても、オケはそれほどひどいだろうか?切々と訴えかけるようなソロには抗し難い魅力がある。」と書いたもの。これが、新・名曲の世界シリーズで入手できた。

デュプレについては、2006年6月 5日 (月) 「風のジャクリーヌ」で、彼女の姉と弟による生々しい回想録によって、それまでの薄命の天才チェリストという聖女のイメージが相当修正された。それ以後初めてディスクで聴くデュプレの演奏だ。この本が映画化されて日本でもヒットした頃には、一般のCD店にもデュプレのボックスセットなどが相当数陳列されていたが、最近はブームも去ってしまったようであまり見かけない。彼女のために書かれたと言われるほどのエルガーのチェロ協奏曲もまだ入手できていない。

さて、このドヴォルザークは、エアチェックでカセットテープに録音して聴いたもので、この曲としては私にとっての刷り込みなのだが、それほど細部まで覚えていなかった。デュプレの自由闊達なソロはところどころ聞き覚えがあるようには感じるのだが、上で書いたバレンボイムの指揮するシカゴ響がこういう演奏だったということは今回じっくり聴いてみて改めて驚かされた。

デュプレは、バレンボイムと1966年に21歳の若さで結婚、1970年のこの録音の時期はまだ25歳。しかし1971年頃から多発性硬化症が発症し始めたというから、この頃は万全な状態での最後の頃だったのだろう。

16歳で公式デビューを飾ったのだから、このときわずか25歳と言っても逆に驚くに足りないかも知れない。

テンポの主導権は夫と妻、どちらのものだったのだろうか?フルニエ、ロストロポーヴィチの録音に比較しても全般的にゆっくり目だ。しかし、この独奏の密度はその遅めなテンポでも緊張感をそぐことはまったくない。よく女性演奏家が、驚異的な集中力と表現力を示す際には、巫女的なトランス状態に比せられるが、この演奏もそのような女性的なテンペラメントを感じさせる部分もあり、音楽と楽器を完全に自分のものとして、音符を正確になぞるのではなく、自分の中から音楽が生まれてくるような感じを抱かせる演奏だ。

それに比較すると、バレンボイムの作る音楽は、セルとBPOのいい意味でドヴォルザークではないような剛毅で精密でソリストと一緒に音楽を作っているオーケストラとは違い、完全にデュプレに主導権を握られているように感じる。病気への予感があったかも知れないデュプレと、幸福な未来を信じていたバレンボイムとの差かも知れないが、切迫感が違うとも言える。

参考

デュプレ(Vc) バレンボイム/CSO 〔1970年録音〕  15:21/13:11/13:27

フルニエ(Vc) セル/BPO  〔1962年録音〕            14:44/11:25/12:20

ロストロポーヴィチ(Vc) 小澤/BSO 〔1985年録音〕 14:38/11:48/12:19

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2008年4月22日 (火)

NHKBS11『名曲探偵 バッハの魔法を解け』

先日、NHKの『その時歴史が動いた』でのモーツァルトの取り上げ方に苦言を呈したが、日曜日の夜11時から NHKの衛星放送第2(BS11)で放送された『名曲探偵』は、なかなかよく出来た内容だった。題材は、J.S.バッハのGoldberg変奏曲。ゴールトベルクと英語、独語チャンポンの名称で語られていたが、これは日本の楽曲名でこのおかしな表記が通例になっているからやむを得ないとも言えよう。

NHK クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス 第3回。ちなみに第1、2回は見逃した。)

さて、探偵ドラマとしては少々チープな舞台設定ながら、演奏は豪華だった。熊本マリがゴルトベルク変奏曲をこの番組のために、レクチャー的に弾いてくれたのだった。モンポウの演奏で知られる美人ピアニストだが、このゴルトベルクについても日本の女性ピアニストとして全曲録音を行ったのは彼女が初めてだったという。それだけのことはあり、非常に掌中に納まった感じで、自由自在という感じの演奏だった。

番組も、このバッハの名曲の構造を分かりやすく説き起こし、冒頭と最後に主題(低音部が主題だが)となるアリアを配し、その間を30曲の変奏でつないでおり、その第1変奏から始まる1+3nの数列のグループ、第2変奏の2+3nのグループ、第3変奏の3+3nのグループが、それぞれ舞曲などの性格的な音楽、次第に複雑化するトッカータのような技巧的な音楽、1度のカノンから始まり2度、3度と次第に主題と応答の度数が増えていく超絶的な作曲技巧のグループに分けられていることを要領よく説明してくれていた。特に熊本マリによるカノンの解説は分かりやすかった。また、アリア主題のトリルの意味を実演で比較してくれたのも得がたい内容だった。

また、この曲には欠かせないグレン・グールドの初期の録音と晩年の録音についても触れていた。

まともに作ろうと思えば、このような正攻法でも音楽的な興味を逸らさない番組もできるのにと、あの「その時」と比較して感じたものだった。ヴィデオ録画を子ども達とも一緒に見たのだが、比較的とっつきにくいこの曲を子ども達も興味を持ったようだった。

なお、宇宙物理学者?の方が、このゴルトベルクには宇宙的なフラクタル性を感じると言っていたが、バッハの超精密な音楽作りには、物理学徒を引き付ける誘引力があるのかも知れない。ゲーデル・エッシャー・バッハではないが、エッシャーの騙し絵も紹介されていた。

P.S. 小説家の島田雅彦が登場したが、印象に残らなかった。というよりも、このストーリーへの登場の必然性が感じられなかった。とは言え、30曲の変奏というのは、月齢に関係するのかも知れない。ミサ曲ロ短調などの象徴的な数字などとにかく、バッハは数字に強かったらしいから。

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2008年4月19日 (土)

Mozillaより「フォクすけ」来たる

2008年3月 1日 (土) Firefox 2 の使用感はなかなか という記事 を書き、Firefox2を導入して使い始めたが、その後安定動作して大変使い勝手がよい。No Scriptという Javascriptを制御できるアドオンも付け足してみているが、BlogでもJavascript を結構使っているのがよく分かる。

さて、使い始めてFirefoxの使い方などを調べていると「フォクすけ」というFifefox のマスコットキャラクターのぬいぐるみプレゼントキャンペーンが行われており、結構ぬいぐるみが好きな我が家なので、ものは試しに応募してみた。

忘れていたことろ、Mozillaからメールが届き、当選しましたという。それも忘れていたところ、今週「有限責任中間法人」Mozilla Japan からヤマト宅急便で少し小さめの荷物が届いており、開いたところフォクすけのぬいぐるみだった。キャラクターシールも同封されていた。Mozilla Japanさん、どうもありがとう。

P4190017 フォクすけ正面の図。普通に可愛いが...






P4190018 フォクすけ側面の図。Fire の尻尾に驚かされる!

 

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2008年4月15日 (火)

相倉久人『新書で入門 ジャズの歴史』(新潮新書203)

岡田暁生『西洋音楽史』でジャズの歴史をコンパクトに分かりやすくまとめていたので、もう少し詳しくそれについて知りたいと思っていたところ、やはり新書で『ジャズの歴史』が目に留まり、読んでみた。

ジャズの音楽家は、断片的な固有名詞とその音楽をわずかばかり知るだけ。ただ、フュージョンやクロスオーバーとか呼ばれている時代がちょうど学生時代の同時代だったことで少し聴いてみたことがある程度で、ジャズの歴史の概観などはほとんど知らなかったので、非常に面白かった。

コルトレーンとしては非常に例外的に親しみやすいとされる『バラード』しか聴いたことがないので、そのフリージャズの極致を聴いてみたいと思わされた。

また、奴隷としてアフリカ大陸から連行されてきたアフリカン・アメリカン(黒人)の文化・伝統とヨーロッパの文化・伝統が時に交じり合い、時に対立しながら、ジャズという音楽ジャンルが変貌を遂げて来たという概観的な流れは、いろいろな意味で面白いものだと思った。

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2008年4月14日 (月)

ベーム/VPO ブラームス 交響曲第4番(1975年)

Brahms_symphonies_boemvpo ブラームス 

 交響曲第4番 ホ短調 作品98

  カール・ベーム指揮 
    ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団

13:18/12:06/6:42/10:23

〔1975年5月、ヴィーン ムジークフェラインザール(交響曲第1番、第2番と同時期の録音)、第3番は同年6月〕

cf )C.クライバー〔1980〕12:45/11:49/6:04/9:12
ヴァント/NDR〔1985〕11:51/10:46/6:24/9:28
カラヤン/BPO 〔1977〕12:48/11:05/6:04/9:57

同じVPO、録音会場で、同じレーベルでの録音だが、カルロス・クライバー盤で感じた違和感はこちらにはない。

こうなると、自分はいわゆる伝統的、保守的なブラームス解釈の方に共感を覚えているとも言えようか。そのため、クライバーの方の少々強引なドライブによる斬新な演奏、解釈の新鮮さ・ユニークさは薄っすらとは感じつつ、新しいブラームス像というような評にある良さに共感できないということも考えられる、などとこのベームの録音を聴きながら思ったりした。

私のブラームスの「刷り込み」が、ベーム/BPOの第1番と、セル/クリーヴランド管の第4番というどちらかと言えば引き締まった職人肌のザッハリヒな演奏だということが相当影響しているのかも知れない。柔和でロマンチックと言われる演奏の典型とされるバルビローリとVPOの演奏を聴いたことがないので、なんとも言えないのだが。

ベームのこの全集は、ベーム初来日で人気が極致に達していた頃のもので、確かレコード芸術誌のレコード・アカデミー賞を受賞したのではなかったろうか。少々緩いという評も聴くのだが、私にとっては、このベームの指揮によるブラームスは充分満足の行くものだ。所要時間からは、少しユックリ目の演奏のようにも思えるが、遅すぎるという感じは受けない。

参考記事 2006年10月 4日 (水)ベーム/VPO ブラームス 交響曲第1番

バーンスタインとVPOによる交響曲全集は、1981年から1982年にかけてムジークフェラインザールで「ライヴ」収録されている。カルロス・クライバーによるブラームスの4番の録音の一年後だ。(2006年10月 9日 (月) バーンスタイン/VPO ブラームス 交響曲第1番 2005年9月30日 (金) バーンスタイン/VPO のブラームス交響曲第2番

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2008年4月13日 (日)

『NHK その時歴史が動いた』でのモーツァルトの『魔笛』

第321回 音楽の市民革命 〜神童モーツァルトの苦悩〜

本放送  平成20年4月9日 (水) 22:00〜22:43 総合
全国 再放送 平成20年4月15日(火) 3:30〜4:13 総合(近畿ブロックのぞく)
平成20年4月15日(火) 16:05〜16:48 総合・全国
平成20年4月19日(土) 10:05〜10:48 総合・近畿ブロック(神戸・奈良のぞく)

本放送をヴィデオ録画しておいたこの番組を今日鑑賞した。このシリーズは、ある歴史的な出来事まであと何日というのが番組の作り方で、それに向けて歴史的な出来事がどのように推移していったかを説明するようなプログラムになっている。(梅干博士樋口清之氏の『逆・日本史』と同じ発想だ。)

この番組は、『魔笛』の初演日1791年9月30日までに、モーツァルトが貴族達とどのように戦い、ついには市民階級向けのオペラである『魔笛』をどのように作り上げ、それがどのように市民の間で大人気を得たかというストーリーだった。

その前史として、『フィガロの結婚』がモーツァルトの貴族からのそれまでの差別・抑圧の鬱憤晴らしのために作曲され、貴族の鼻を明かし、溜飲を下げたということが語られていた。確かにモーツァルトは、この番組で「ザルツブルクの領主である伯爵」と紹介されたヒエロニムス・コロレドと対立して独立しはしたが、そのことによってヴィーンでコロレドの仲間の貴族たちから音楽活動を邪魔されたということはあったのだろうか?むしろ、そのようなフリーランスの音楽家自体当時のヴィーンでは相手にされなかったのが当然だったように思う。

また、貴族達が使っていたイタリア語で書かれたオペラという指摘があったが、オペラはイタリアが本場で、ヴィーンはその影響下にあったがゆえにイタリア語が用いられたので、モーツァルトはイタリア語オペラをいやいや書いたというようなコメントは、まったく事実無根のように思う。作品解釈の要点だが『フィガロの結婚』の最終場での伯爵の謝罪は、貴族が恥をかかされて面目丸つぶれというものではなく、心からの謝罪ではなかったのではないかとも思うし。ただ、1789年のフランス革命に対するモーツァルトの反応として、近年発見された『賢者の石』という市民向けの合作歌芝居のことを紹介していたのは面白かったが、モーツァルトが果たして市民革命への賛同者だったかどうかは分からない。

モーツァルトは、職や収入を得るために、レオポルト二世逝去後の後継者の『戴冠式』に自費で駆けつけ、そこ