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2004年6月の22件の記事

2004年6月23日 (水)

夏至の夜

2004年の夏至は6月21日(月)だった。この日、台風6号が四国の室戸岬方面から関西地方を北上し、日本海に抜けたため、一日中強風が吹き荒れ、午後には風雨も強くなり、夜には雨はやんだが、風が吹き荒れた日だった。そんなわけで、「A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM」の関係で少々注目していた夏至の日の夜は、特に意識しないまま過ぎてしまった。

その前の土曜日に父の日にちなんで、子ども達の通っている小学校の地域開放があった(今はいろいろな家庭環境があるから、単純に父親参観日とは言えないらしい)。

午前中の3時限の授業を参観しての帰り道、ちょうどお昼どきで快晴だったので、子ども達が自分たちの影の短さに驚いて聞いてきたので、ちょうどいい機会だと思って、(北半球では)今頃が一年で一番昼が長く、太陽が一番高く上る季節だということを説明した。見上げたら、太陽はほとんど天頂近くにあった。

中学時代の理科、特に天文関係は得意だった(はずなの)だが、夏至の南中高度の計算式をすっかり忘れていたので、大体あれは何度くらいの高さなんだよ、と教えることができなかったが、その後サイトで調べたら見つかった。入試関係のサイト天文関係のサイト

公転面に対する地軸の傾きが23.4度ある。春分、秋分のときは、90-緯度=南中高度だが、夏至のときは90-緯度+23.4=夏至の南中高度、冬至では90-緯度-23.4=冬至の南中高度となり、なんとその差は46.8度もある。ちなみに
北緯35度付近では、夏至の南中高度は78.4度にもなるため天頂(90度)との差はわずか11.6度にしかならず、ほぼ天頂近く見えても不思議はないのだ。

昨日は、夏至の翌日で、台風一過の青空と、台風が衰えた低気圧への南からの風の吹き込みがあいまって30度Cを越す暑さだった。

ちなみにGOOGLEで 夏至 南中高度で検索すると多くのページがヒットするが、

昼の長さと夜の長さはなぜ変わるのというよくできたページもあった。ネット界では気象、暦関係の好きな人は多いようで、数多くのよくできたサイトがあるのは不思議だ。

ちなみに23.4度に該当する陸地
日本にあるのかどうかは分からないが、沖縄の竹富島あたりでは、夏至の太陽の南中高度はほぼ天頂になるようだ。

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2004年6月21日 (月)

発言小町

読売新聞のYOMIURI ONLINE に 大手小町という女性向けのサイトがあり、その中に、タイトルのBBSがある。担当者によって発言が管理されているので発言がアップされるのが非常に遅いのと、ツリー式になっていないので、何がどこに載っているのかが分からないが、他の掲示板と違い、真摯な意見の交換が多いので、参考になる。

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ファインディング・ニモのDVD

6月18日(金)はファインディング・ニモフライデーだとテレビコマーシャルが歌っていたので、金曜日の会社帰りにDVDをゲットした。1割引きとポイント付き、それに先着旬でニモの団扇とマーリン・ニモ父子のキーホルダーがおまけについてきた。

昨年末、ロードショーで公開されていたこの映画を父子3人で見に行ってきたが、そのとき女房は少々体調不良で一緒にいけず、そのうち貸しビデオで見られるからそれまで待つとのことだった。まあ、そのお願いをかなえてやったということにもなる。この映画は大人気で、同じ時期に公開された他の子供向け映画の観客動員数を相当減らしてしまい、一人勝ちだったらしい。「ハム太郎」も「あたしんち」も苦戦したようだ。

映画は、サンゴ礁の美麗な色彩と海の生き物たちの滑らかな動き、子どもを持つ父親の琴線に触れる感動的なストーリー。スリルも満点で、息をもつかせぬ迫力。

しかし、残念なことに、というか、皮肉なことに、カクレクマノミの人気がヒートアップし、各地のサンゴ礁では、カクレクマノミがダイバーたちに乱獲されているという。

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2004年6月18日 (金)

テレビ

少し前NHK BS で放送していた海外ドラマ(USA) の「ALIAS 偽名 二重スパイの女」は、1stシーズン(というのか)、一区切りついたところで、終わってしまった。ヒロインの母親、ソ連のスパイだった女性がどうやら黒幕らしいことを匂わせたところで。USAでは結構評判らしいし、相当面白いのだが、続きの放映は未定だとか。このドラマをやっているころは、例の「白い巨塔」も放映中で、結構ドラマづいていた。そういえば、「てるてる家族」も面白かった。土曜日のまとめ放送を楽しみにしていた。「ロッカーの華子さん」もなかなかだったし、昨年になるが、「高原へいらっしゃい」もよかった。

最近見ているのは、「光とともに 自閉症児をかかえて」と先週から見始めた「離婚弁護士」くらいか。昨夜のミムラさんは相変わらず表情は魅力的だが、出番が断片的で少々不満だった。ヒロインの弁護士役天海さん(自分と共通の遺伝子を持つ女性を求めてロシアと中国を巡ったドキュメンタリー以来だ)がキリっとしているので、対象的なおとぼけキャラもなかなかいい味を出しているのだが、もう少し演技をみてみたい。なお、司法浪人が弁護士事務所の事務員として働いている設定が出ていたが、法科大学院もスタートしたことだし、設定は変えるべきではなかったのだろうか?合格まであと一息というようなセリフがあったが、今更居酒屋で「らくらく合格」(?)というようなチープな参考書を読んでため息ついている段階じゃないだろうと突っ込みを入れたくなってしまった。

ところで、水曜日には、「ためしてガッテン」で「痛風対策を特集した。食べ物は特に気をつける必要はない。しかし、尿をアルカリ化する食品(牛乳、海草類、野菜類)は摂るべし。尿がアルカリ化することによって尿酸結晶が溶けて排出されるから。ビールは悪人呼ばわりされるが、ビールだけではなくアルコール飲料自体控えた方がいい。それは、激しい無酸素運動を避けるべきなのと共通する。アルコールを肝臓が懸命に分解する過程でプリン体が生成されるらしい。またストレスもよくない。水分はたっぷり取ること。

追記2007/07/11

NHKのリンクが切れていたので、検索してみたら この番組内容に対して下記のように冷静に反論するブログを発見した。

極東ブログ 痛風、ためしてガッテンは間違い? 

なお、NHKのページを見ると、「きょうの健康」で、痛風・高尿酸血症の合併症は? で、腎障害、尿路結石が紹介されていた。実はこれが危険なのだという。「高尿酸血症の状態が続くと、腎臓に尿酸の結晶が沈着し、腎臓の働きが徐々に低下してきます。これを「痛風腎」といいます。痛風腎になると、尿酸が排出されにくくなり、さらに尿酸値が高くなるという悪循環が生じます。ほうっておくと、腎臓の機能がさらに悪化して、「腎不全」になることもあります。」「尿酸は腎臓でろ過され、尿とともに尿管、ぼうこう、尿道を経て体の外へ排出されます。高尿酸血症の状態が続くと、この尿の通り道(尿路)のどこかに尿酸の結石ができます。これが「尿路結石」です。結石は腎臓や尿管にできることが多く、痛みや血尿を引き起こします。痛風をもつ人の約30%にみられます。」とのこと。気をつけたい。

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2004年6月17日 (木)

@HOME PAGEとココログとグーグルと

私のホームページは、なぜかトップページがグーグル八分になってしまう。サブページは登録されているのだが。

しかし、このココログは、開始後すぐにグーグルに登録された。

本当にグーグル八分なんていうものがあるのだろうか?ホームページの方は、特におかしなタグは書いてないはずなのだが。

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電車男 後日談 あり

Google で 毒男 電車男 2CH で検索してみたら、電車男その後という後日談が目についた。この前読んだ、エルメス子さんの「いい人たちですね」で終わっている話しかと思ったところ、「事実」は小説より奇なりの様相をますます呈してきているようだ。元ログは読んではいないけど。

Graphic Wizard's Lair

日常/非日常Blog

いくばくかの・・・・

ひどく個人的な記録

ここまではじけていると、正直食傷してしまった気分だ。この部分はネタだと信じたいけど・・・。

「後ろから撃たれるスレ」の他のエピソードも読んでみたが、上手くいったのもそうでないのも、非イケメン男性への若く可愛い女性側からの積極的なアプローチのパターンが目立つ。自分も毒男だったとき、女性からの告白を受けることを妄想したことがあるし、恋愛シミュレーションもののゲームや、青年向けアニメでは、その手のパターンが多いような気がする。そうなると、数々の「爆撃」も少々眉唾な気がしてくる。性悪女にもてあそばれる純情な毒男の話しは実話かとは思うけれど。

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2004年6月16日 (水)

LINUXと電車男とネットの善意と(改稿)

後ろから撃たれるスレ被害者友の会 記帳所というのを見つけた。電車男ログをまとめた「中の人」の立ち上げたBBSだ。これを読んでいると、ふと、タイトルのようなことを思いついた。LINUXがネット界の互いに名前も知らぬ善意の人々が寄り集まって生成され、されつつある「無償」OSであるように、電車男のログの生成及びそこから派生しているブログやBBSでの反響の広がりは、ネットに接続しコミュニケーションを交し合う多くの人格によって生成されているものだろう。

ネットの匿名性にはエログロ暴力犯罪的な負の側面が現れやすいが、その一方で、人々は無償の善意の発露を求めているのではなかろうか?ふとそんなことを考えさせられた。

・・・と、昨日(6/16)書いたが、本日とんがり帽子をくれたムーミンというコラムを見つけ、「まとめログ」と「生ログ」の格差を認識しなくてはならないものだと思い返した。(トラックバックを返しました。)

「まとめログ」は上澄みで、実際の生ログには闇鍋的に雑多な材料が投げ込まれているのがネット、2CHだよな。「まとめログ」は、著者「中の人」の作品であるということはいろいろ指摘されてるが、まさにそういうことなのだろう。

「まとめログ」では、「ムーミン」エピソードは出てくるが、たまに他のブログ等で言及される「とんがり帽子」が何を表しているのか分からない。さらに、中年婦人3人組からの礼状についても触れられていない。

「荒らし」のような「ノイズ」はほとんどカットされているが、そのような嫉妬、悪意、罵詈暴言のたぐいもネット参加者の本質ではある。そういう意味で「電車男」物語を、「ネットの光と影」の「光」の典型だと二者択一的に断ずるのは、表面的な見方だ。反省した。

エルメス子さん視点からのノベライズ版では、脚色者(と呼ぶべきか)の asagi さんによる取捨選択、補筆追加が行なわれている。そして、そのノベライゼーションを多くの人が読み、自分自身もよく書けていると関心している。

小学校時代に多くの人が実験的に体験したと思われる「伝言ゲーム」という遊びがあるが、それは伝言というものの不正確さを実体験させるものだった。しかしそれが情報伝達の本質のひとつだろう。神話、昔話、伝説などフォルクローレの類は、(このような文字伝達ではなく、口承がその特徴ではあるが)核になる物語からこんなふうにして換骨奪胎されて生成されていくものなんだろうな、という現場に立ち会っている気がする。

ネットの文字というのは、配付されるために印刷された文字とは違い、口承的であり、流れに浮かぶうたかたのようなものだよな。

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なお、7/6に確認したら 八丈島から発信!にこの記事が紹介されていた。

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ココログ人気すごすぎなのか?

(少々2CH風に)
漏れは、10年以上前からNIFTYのユーザで、フォーラムやホームページで参加してきたが、ココログは便利だよ、ホント。これが無料で利用できるんだから利用者は増える罠。
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2004.06.15
レスポンス悪化の件お詫び
レスポンス悪化の件につきまして、ご迷惑をおかけしております。
問題解決のため、以下のような作業を予定しております。

6月15日:
システムのチューニング作業を継続して行います。また、負荷を軽減するため、一時的に新着記事一覧・新着ココログ一覧・カテゴリ別新着記事一覧の更新を停止します。
6月16日:
夕方以降、ハードウェアの増設などの緊急メンテナンスを行います。
以降:
さらに抜本的な解決を図るため、システムの大幅な増強を図ります。
ご迷惑をおかけしますこと、重ねてお詫び申し上げます。スタッフ一同、問題解決に向けて鋭意努力させていただきます。

6/13(日)23:30より深夜時間帯にログインや記事の投稿ができない状態が発生しております。
6/13(日)23:30より、ココログをご利用のお客様におきまして、深夜時間帯にログインや記事の投稿ができない状態が発生しております。
現在、調査および対処を継続しております。復旧次第、別途、お知らせさせていただきます。

ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。

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ジョイス ブルームズデイ100周年

ある人々にとっては、6月16日は特別な日である。
アイルランド生まれの小説家 ジェームズ・ジョイスが著した小説「ユリシーズ」が、1904年のこの日のアイルランド国、ダブリン市を舞台にしているからだ。小説の主人公はレオポルド・ブルーム。そのため、この日はブルームズデイと称され、ダブリンはもとより、ジョイス愛好家たちが世界各地でこの虚構にちなむ一日を特別な日として過ごすようだ。特に今年2004年は、その日から数えて満100年になるわけで、リンクを張ったような催しが行なわれる。今朝の朝日新聞の「天声人語」がこのブルームズデイをテーマとしており、そういえばと思った次第。

アイルランドは、仕事で関係ができるまでは遠い国だった。ユナイティッド・キングダムUK)の一地方の紛争の多い北アイルランドとアイルランド共和国との区別、UKと共和国の関係などは、それまでほとんど理解していなかったほどだ。アイルランドが、自分でも知っている「ガリバー旅行記」のスイフトだとか、ジョージ・バーナード・ショーだとかの著名な文学者を輩出したり、USAの大統領だったケネディやレーガンの先祖がアイルランド出身だったり、ショパンで有名なピアノ曲のジャンル「ノクターン」の生みの親がアイルランド出身のフィールドであったり、日本で古くから親しまれている「庭の千草」や「ロンドンデリーの歌」がアイルランド民謡、「怪談」のラフカディオ・ハーンも育ちはアイルランドというような断片的な知識しかなかった。

出張を前に、ネットや書籍(司馬遼太郎の「愛蘭土紀行」は面白かったし、NIFTYフォーラムのアイルランドの部屋では質問や感想の発言をしたりレスをつけたりつけてもらったりした、アイルランド好きが結構いることがわかった)でいろいろ調べたりして、歴史や民族、宗教、音楽などそれなりの知識を蓄えた。そして、出張を2回して、ギネスビールや、アイリッシュウィスキー、パブを味わいはしたが、手が届かないのが、ジェームズ・ジョイスだった。

20世紀のもっとも重要な文学者の一人と評される人の作品を読んでおかねばという義務感から文庫本で「若い芸術家の肖像」「ダブリン市民」を読んでみたが、もうひとつピンと来ない。二度目の出張のおり、ダブリン空港の書店でペーパーバックの「ユリシーズ」を買ってみたが、歯が立たなかったのは言うまでもない。(そのときは、ティンホイッスルとケルズの書の豆本、ケルト美術の歴史がテーマの英書を求めた。フォーラムで教えてもらったミドルトン・ベリーレアなるウィスキーも購入。しかしいまやこれもネット通販で買えてしまう時代!)ジョイス翻訳で著名な柳瀬尚紀氏が新聞でコラムを書いていたり、新書で「ジョイスの謎を解く」を出したので読んでみたりして、ジョイスへの興味は継続中だが、まだ肝心の翻訳を読んでいない。さらに難解とされる「フィネガンズ・ウェイク」なる小説や翻訳の存在もあるんだが。

上記のサイトには英語だが、ユリシーズのチャプターごとのサマリーが載っているので、まずはこれから挑戦してみよう。そういえば、以前、どこかの英文学の講師が第一章の解説をサイトに載せていたのを思い出したが、その後どうなったろう。ググっても引っかからない。

結構詳細な読書日記を見つけた。これ自体結構長いが、大雑把な内容は把握できる(気がする)。筆者の方ありがとう。結構猥雑なのだね。ま、言ってみれば、猥雑さこそ人間性そのものと言えるかも知れないが。

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2004年6月15日 (火)

日々雑録 または 魔法の竪琴に変更

「魔法の竪琴」をググってみると、当然のことだが、シューベルトの「ロザムンデ」序曲の元タイトルだという紹介が数多くヒットする。

キプロスの女王「ロザムンデ」という台本を元にシューベルトが作曲したオペラが「ロザムンデ」だが、その序曲は、作曲家がかつて曲をつけた「魔法の竪琴」なるメロドラマ(といってもテレビや映画のセンチメンタルな恋愛劇ではなく、いわゆる音楽劇のことで、ベートーヴェンの「エグモント」などが有名、台詞の合間に音楽が伴奏される)の序曲を、どういう経緯かはっきりしないようだが、転用したものである。現在、「ロザムンデ」も「魔法の竪琴」も蘇演されることもなく、この序曲のみが普通にコンサートプログラムに載せられている(と書いたが、リンクを張ったページによるとOboeのハインツ・ホリガーの指揮?によって上演されたことがあるようだ)。

ところで、「魔法の竪琴」だが、おそらく「魔法の笛」(魔笛)などと類似のメルヒェン、ファンタジーだと想像する。音楽の調べが魔法の力を発揮して、悪や危険を抑え、主人公を勝利に導くといったような。古くは、オルフェウスがアポロンから贈られた竪琴が神力を発揮し、森の獣たちがそれに聞きほれたというギリシャ神話もある。音楽の魔力、音楽の勝利である。

しかし、私にとっては、「魔法の竪琴」は、アイリッシュハープのイメージが強い。現代のクラシック音楽で用いられている大型のハープよりも一回りも二回りも小型で、少々甲高い音色の楽器で、そのキラキラした音色は、ケルトの妖精の声とはきっとこのようなものではなかろうかと思わせるようなものだ。

さて、妖精といえば、シェークスピアの「夏至の夜の夢」(A Midsummer Night's Dream 通常邦題 真夏の夜の夢)が、ケルト系の本家ではないとは言え、人口に膾炙している。オベロン、ティタニア、パック、豆の花、蜘蛛の巣、蛾、辛しの種。(ロミオとジュリエットに名前だけ出てくるマブの女王。) 

最近の「物語界」(文学界と呼ぶのはどうかと思うので)、映画界を席巻している「ハリー・ポッター」シリーズ、「指輪物語」シリーズにも妖精は多く登場する。さらに、ディズニーアニメも特に初期作品には、白雪姫、ピーターパン、ピノキオなどなど、妖精が活躍するものが多い。ウォルト・ディズニーもその曽祖父は、アイルランド出身らしい。ヨーロッパの古層に横たわるギリシャ・ローマ、ケルト的な多神教の宗教観と、日本のやおよろずの神々の宗教観(及び世界各地の素朴な形の自然崇拝)、そして、アニメーションというもの。animationの語幹animaはもともと魂という意味である。これは、animatism, animismにつながるものであろう。

チェコの劇作家カレル・チャペックが創造したロボットという言葉がある。(チャペック or チャペクは、「長い長いお医者さんの話し」などの童話でも知られている)。アニメーション、ロボット、人口知能などは、基本的には、「旧約聖書」を共通教典とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教的原理には相容れないものなのではなかろうか?ゆえに、そのような「窮屈な」制限のない、日本でアニメーション、ロボット文化が花開いているのかも知れない。

音楽を主題にはおくけれど(竪琴)、ファンタジーや空想の世界にも遊び(魔法)、日々の身辺雑記を綴る(日々雑録)というオチである。

 

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2004年6月14日 (月)

電車男の物語を疑ってみる

まだ、ネット界では、「電車男」ブームは続いているようだ。私自身、まだときおり、この物語を思い返し、*.mht形式にダウンロードした例のサイトを読み返したりしている。

いくつかのblogで、「愛しい」、「大人のキス」という台詞について女性の読者側から疑問が呈されているようなのだが、自分としては、電車男氏の告白の場面で、エルメス子さんが「頑張って」と励ますところや「よかったね、よかったね」(ウロ覚え)という場面などに少し違和感を抱いた。

確信はないのだが、この物語、ミッション2まではまったくフィクション性はなかったが、ミッション3あたりから、電車男氏の脚色が段段と入ってきたのではないかと思うようになってきた。

もしそうなら、電車男氏が可哀想過ぎるのだが、ある時期以降、恋愛関係の成就までは全くのフィクションだと仮定することもできるかもしれない。別にそうであってほしいというわけではなく、いくつか感じた微妙な違和感からの妄想なのだが。

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2004年6月11日 (金)

SmallBizというサイトについて

日経BP社は、多くの経済誌を発行しており、その雑誌ごとのホームページも運営されているなど、ネット界でも質の高い、膨大な情報量を発信している。またそれぞれにメールマガジン(メルマ)の発行もされており、そのいくつかを配信登録して配信してもらっている。

本日届いたSmallBiz(中小企業向け:成長する企業のIT&経営情報)のメルマをみていると、最近おきた佐世保での事件について、下記のようなコラムをみつけ、読んでみたところ、なかなか優れた内容だと思った。

増岡直二郎の「本音で語ろう、経営とIT」
第22回 長崎県佐世保市の小6同級生“チャット殺害事件”の本質は何か

いま私たちを悩ます、
第8回 成果主義人事で本音と建て前の使い分けを許すな!
ということにも触れており参考になる。

大企業向けの情報は、先端情報が華やかに浮かんでは消えという世界だが、このSmallBizは、なかなか地についた情報が多いように思う。「捨てる技術」を書いた辰巳渚という女性もメルマコラムの常連で、私にとって?という点もあるが、ユニークな視点からの記事を読むことができる。

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このサイトのデザインの方法が・・・

ココログは、テンプレートが用意されていて、比較的簡単にサイトを開設できるのだが、どうも思うようにカスタマイズができないようだ。特に、カレンダーの文字の土曜日の辺りが切れてしまうのは、何が原因だろう。画面の解像度が違うノートパソコンとデスクトップパソコンでも見え方が違い、ノートで二列表示、カレンダーも正常に表示されていたのに、デスクトップだと、一列表示でカレンダーも切れてしまう。

あまり本質的な問題ではないし、何より無料なので、仕方がないのかも知れない。@niftyとすれば、有料サービスなら、フォント変更も罫線変更もいろいろできますよ、というところなんだろう。

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2004年6月10日 (木)

サッカードイツワールドカップ予選

昨日、2006年サッカーワールドカップドイツ大会のアジア第1次予選リーグの3試合目、日本対インドが行われた。これまでの2試合は、格下相手のオマーン、シンガポールに辛勝だったが、今回のインド戦は、中田、高原、稲本という有力選手が怪我で離脱している中、7-0で完勝した。

このあと、オマーンとインドとの対戦は、あまり条件のよくないアウェーでの2回目のゲームが待っている。シンガポールとはホームだが、インドの暑さ、オマーンの乾燥が日本チームにどのような影響を与えるか。そして、日本での試合では露骨なホームディシジョンはなく、むしろレフェリーのレベルの低さが気になったくらいだが、現地では恐らく露骨なひいきがあるのではないかと予想される。そのような中で、どんな戦い方で望むのか。その頃には、特に中田は復帰できるだろうか。

中田の存在は、小野や中村といったこのところ調子のいいミッドフィルダーたちには、少々煙たいのかも知れない。

いずれにせよ、その起用法が勝敗の鍵を握ることだろう。

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カタツムリの飼育

 日々雑録で書いたが、ハイキングに行ったときに道端でカタツムリを見つけた。角も目玉も出ておらず、アブラムシがたかっていて生きているかどうか分からない状態だった。初めに見つけたのは向こうから歩いてきた小学生で、あ、アブラムシが一杯だと、手をださなかったので、私が少し経ってから捕獲した次第。サツキの街路樹の枝にひっかかかっていたもので、サツキの花を2,3取り、それにくるんでティッシュで巻き、上着のポケットに入れて持ち帰ってきた。
 スズムシを飼っていた容器に野菜の葉っぱを入れ、霧吹きで水分を補給している。もう3週間近くなるが、結構元気である。初め、キャベツを与えていたが、それよりも、レタス、サニーレタスなどのやわらかい葉が好みのようで、キャベツの場合、あまり葉の減りがなかったが、やわらかい葉の方は、あっという間に面積が少なくなる。
 子ども時代からカタツムリはなぜだか分からないが印象深い「虫」だったが、身近にはおらず、飼育や観察の機会に恵まれなかった。いい機会なので、じっくり見てやろう。

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還流CDの輸入禁止と輸入盤

並行輸入盤は引き続き販売する」--タワーレコードとHMVが共同声明を発表

クラシック音楽ファンとして懸念していた「洋楽CD」の並行輸入も禁止されるのではないかという問題の答えがとりあえず出された。ライバルの「塔」と「犬」が共同声明をしたことには意味がある。これで、ユニバーサルクラシックなどの輸入盤もこれまで通り購入できることになったと理解していいのだろう。ブリリアントなどは並行輸入とは言えないのでもともと杞憂だったのかも知れない。

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ズッコケ三人組

今子どもが「ズッコケ三人組」シリーズに熱中している。

このズッコケシリーズと「怪傑ゾロリシリーズ」が子供達に大人気で、その出版社児童書のポプラ社がこのところ急に元気になっているようだ。コミックブンブンなる子ども向けの漫画雑誌を発刊し、この2種類のシリーズもアニメ化されこの春からテレビ放送されている。また、NHKも数年前放送したズッコケの実写版を少年ドラマシリーズとして再放送し始めた。

ズッコケシリーズ自体は約20年ほど前から那須正幹という児童作家が書き始めたもので、児童文学界のメインでは当初異端視されていたらしい。何でも挿絵が漫画的で、内容も通俗的だということで、この本を書架に置かない、「お堅い」公立図書館や学校があったらしい。しかし、小学生の子どもたちを中心に人気を広げ、いまやシリーズも50巻の大台に近づいている。(作者自身が50巻を目標にしているらしい)。

原作の児童書は、男の子三人組が主人公なので、男の子読者が多いようだ。かつて少年だった父親である私も結構はまり、ペーパーバックが近所の中古書店に売っているので(というのもシリーズ数が多すぎて定価では買えない)、時折買い求めていっしょに読んでいる。

小学校舞台の学園物は当然として、題材が豊富なのがこのシリーズの特徴で、タイムスリップもの、冒険もの、推理もの、怪奇もの、実業もの(株式会社を設立する!)、結婚・離婚問題などなど。時には、作者の手抜き的なものも感じることがあるが、どれもそれなりの水準で書かれている。

買い求めたものや子どもが図書館で借りてきたものをあわせると既に20巻以上読んだと思う。昨日は「ハワイへ行く」という巻を読んだ。始まりは、いつものとおり完全にマンネルというかパターン化しているが、ハワイの日系人移民から情報を提供してもらい、それなりに「勉強になる」知識とストーリー的な面白さが得られるできになっている。

未来に向かう子供達に向けて、世の中の仕組み、特に太平洋戦争を初めとして過去の出来事を興味深く紹介してくれるのは得がたい児童書だと思う。

ただ、少し不満を言えば(まだ知らないだけかも知れないが)、作者の出身地の大きな歴史的な事件である、米軍による原爆投下とその影響については題材の端々には出てくるが、メインテーマにはなっていないようだ。また、エンターテイメント性が強いためか、子どもたちや人間の「悪」についてぼやかしているのも不満といえば不満だ。それにシリーズものの通弊として、少々マニュアル本化しているのではなかろうか?(「ギャラリー・フェイク」や「美味しんぼ」というコミックシリーズと似た感じがする)

それでも、まだ読んだことがない大人には一読をお奨めしたい本ではある。


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2004年6月 9日 (水)

ウェブログ

今日のヤフーのニュースに個人から法人に広がるBlogという記事が出ていて、なるほどと思った。簡単に情報発信をする。それもテキストだけでなく様様なファイルが可能。相互リンクも容易となれば、ネットツールとして、これほど人気が出るのもよく分かる。

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電車男とエルメス子は誰だ?

電車男とエルメス子の恋の物語にはまって以来、通勤電車に乗るとときおりアキバ系の電車男君はどんな風采の男性だろうと考える。エルメス子さんは、自分の好みで、女優のミムラさんあたりがふさわしいかも知れないなどと想像する。電車男のログでは、確か国仲涼子とYOUを足して2で割ってとか、中谷美紀に似ているとか書かれていたり、自称ムーミン(「ノンノン=原作ではスノークのお嬢さん」ではないところがミソというのは考え過ぎか)とかでイメージがはっきりしないのだ。

ミムラさんはコマーシャルでは、アサヒ飲料のにごらせ旨茶や最近のNTTドコモのムーバFで彼女の姿を見る事ができるが、笑顔が素敵である。そうそう、木曜日の夜10時からのフジテレビ系、「離婚弁護士」(天海祐希主演)に弁護士事務所のアシスタント役で出演中。自分にとって「感じがいい」お嬢さん像の典型であるナ。

http://homepage1.nifty.com/asagi/hermes/ というサイトで、エルメス子さんの視点から小説風に書き直したものがアップされている。途中で止まっているようだが、なかなか面白い。続編を期待したい。

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2004年6月 8日 (火)

ボストリッジ

BLOGを立ち上げてみた。割りと簡単に登録できた。手始めに、「日々雑録 ウェブ版」をこちらに移行した。大きい記事になってしまった。

今ちょうど、ボストリッジ Ian Bostridge と内田の「美しい粉引き屋の娘」をビデオで聞きなおしている。非常に神経質そうな歌手である。ヘフリガー、ディースカウという端正なドイツリート歌手が、現代楽器のオーケストラなら、彼はちょうど古楽器オーケストラのようだ。フレーズをクレッシェンドし、中ほどを膨らませてディミヌエンドする。表情の付け方はロマン的というより、古楽的だ。

付録で、映像作品としての「冬の旅」も放送されている。ピアニストが現れず、ポストリッジが、冬の旅人として、歌いながら、映像的にも心象風景を描くという趣向だ。

最近プレガルディエン Pregardien とかこのボストリッジだとか、ゲルネだとかリート歌手の活躍を耳にするが、本格的に聞くのは、今回が初めて。この時代、何が、ドイツリートをクローズアップさせているのか?興味がある。

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日々雑録 2003.6.24-2004.6.8

●2004年6月8日 (火)  ポストリッジと内田光子のシューベルトの「粉引き屋娘」

日曜日夜のNHK教育テレビで放送されたのをビデオで録画しながら、つまみ聴きした。内田光子の新聞記事に出ていたように思う。聞きなれたドイツ派の端正な歌唱とは大幅に違うものだった。フィッシャー=ディースカウ、プライなど。長身を大きく揺さぶり、台詞をつぶやくように、切れ切れな短いフレーズで歌う。歌というより語りに近い。声質的には、長身痩躯ゆえ頭声は冴えているが、胸声の低音が不足している。内田は歌詞を歌いながらピアノ演奏に没頭していた。さすがに第一線で活躍しているだけあり、指捌きなどには不足はなかった。ビデオで録画しているので、再度じっくり鑑賞してみたい。

●2004年6月7日 (月)  土曜日夕方にトワイライトハイキング

子どもが小学校からチラシをもらってきた。コウモリを観察する会とのこと。運がよければ「小さなともしび」も見られるらしい。子どもは無料だが、大人は500円の参加料。申し込んだ。土曜日の夕方指定場所に集合。江戸時代の名主の家で今は市が保存管理しているものだという。江戸時代に作られた長屋門も残っている。コウモリ研究家、ホタル研究家の簡単なレクチャーの後、夕闇の中をまずはコウモリを見に行った。林の上を黒い影が相当のスピードでチラチラ飛び回っている。あれがコウモリ(多分アブラコモリ)だという。自宅近くの森では見かけなかったが、このように少し山に入ると見られるのだ!コウモリが昆虫を捕食するために発する超音波を可聴域にまで変換する携帯用の自作装置が配られイヤホンで聞くと確かにチリチリチリというような特徴のある音が聞こえる。感動物だ!餌になる虫の多い季節では、日没後の薄暮の時間帯にわずか30分程度で食事を終え巣にもどってしまうらしい。餌の少ない場所や季節にはもっと遅くまで姿がみられるという。話しによると、コウモリの超音波の研究から、航空用レーダーが発明されたらしい。また音もなく飛ぶしくみ、生態などまだまだ研究されていないことが多く、ノーベル賞への近道だという宣伝があった。今回のハイキングそのものが、害虫類を捕食して数を調整してくれる益獣であるコウモリへの通俗的な吸血獣的な誤解を解くことが目的のひとつであったようだが、ためになった。ホタルは、谷戸(ヤツ、ヤチ)地形の奥にある水田で相当の数を見ることができた。昨年は四季の森で雨の中数少ないホタルに数百人が押しかけて閉口したが、今回はホタル研究家の人も今年は数が多いというように相当多く見られてうれしかった。子どもたちも連れ合いも喜んでいた。多い年の翌年は少ないらしいが不思議である。ホタルも日暮れどきからしばらくが光る時間帯で,9時過ぎには見られないらしい。

●2004年6月4日 (金)  2CH 独身男スレッド(毒男板)「電車男とエルメス子」

この3月から5月にかけて実際に2CHのスレッドで展開された話しで、今ネット界で結構話題になっている。スレのまとめはここにある。

IT系の話題をあつかったこのブログに紹介されていて読んだ次第。

確かに面白く、思わず目頭が熱くなった。仮に作り話だとしたら、電車男は非常に文才に長けた男であろう。また、実話だとしても、彼の会話を文章で再現する力は長けている。相手のエルメス子のキャラクターが面白過ぎる。というよりなぜ、こんな性格の良さそうな子がフリーでいるのか信じられない。また痩せ型で高収入の美人OLで自宅は資産家らしい。電車男は彼女に恋をしているので美化フィルターが相当かかっていることは予想されるのだが。ただ、この物語によれば、エルメス子は、電車男のアキバオタク(とでも言うのか)的な外見や女性との付き合い経験のなさということに偏見ももたず、その勇気とけなげさに惹かれたのは確かなようだ。電車男は電車男で、板の住人に叱咤激励されながらモテナイ男から変身を遂げる。非常に素朴なラブストーリーではあるが、電車男の絶妙な書き込みと住人の応酬により読み応えのあるファンタジーになっている。

●2004年5月31日 (月)  戦場のピアニスト

先々週は子ども用に「リロ・アンド・スティッチ」を借りたが、先週金曜日の190円デーには「戦場のピアニスト」を借りてきて、土曜日の夜鑑賞した。ポーランドの首都ワルシャワ。ドイツに侵攻される直前から映画は始まる。主人公のSpielman(シュピルマン、ドイツ語では演奏家という意味もある)がラジオ局でピアノを演奏しているところに爆撃。ドイツ軍の侵攻である。市街地では戦闘もなく(?)ドイツ軍が進駐、ユダヤ人への差別政策が次々に実施される。シュピルマン一家も、ダビデの星の腕章をつけさせられ、狭く劣悪な環境のゲットーに強制移住させられ、そしてついには、強制収容所への「殺戮」列車への乗車を強制させられる。ユダヤ人警察が、ドイツ人の下請けとして、同朋を監視するというやり切れない状況。ゲットー内では無造作に餓死体や病死体が転がっている。主人公は、列車へ乗る直前、知人のユダヤ人警察官に救われて脱走する。しかしユダヤ人グループはドイツ軍に強制労働させられ、監視の軍人の気まぐれで、簡単に処刑されるむごたらしさ。知り合いを頼ってちょうど「アンネ・フランク」一家のように、ワルシャワ市内で潜伏生活を送る。知人の裏切りにも遭う。ソ連軍のワルシャワ侵攻の直前、ユダヤ人の武装蜂起がドイツ軍によって鎮圧された後、ポーランドのパルチザンがドイツ軍に反抗を開始、そのあおりを受けて、主人公は今度は瓦礫と化したワルシャワをさまよう。ある空家に潜んでいたところドイツ軍将校に発見され、職業をピアニストと答えたところ、その空家にのこされたピアノを弾くように強要。あまりの苦しみの後、何を弾くのだろうと注目していると、ショパンのバラード第1番。これまでのストーリーの積み重ねの効果もあり、心に沁みる演奏だった。その将校に匿われているうちに、ソ連軍が侵攻し、終戦。ワルシャワのフィルハーモニーでショパンの2番コンチェルトのフィナーレを弾き賞賛を得る場面で、映画は終わる。

●2004年5月28日 (金)  公正であるということ 拡大するということ

国会議員は、すべからく年金払い実績について、情報を公開すべし。また、地方議員、地方の首長についても、同様に情報を公開すべし。議員年金がほしいがために、2期務めるだの3期務めるという噂あり。議員が自らに「不利益」な法律、条令を作らせるよう動機付けするには何が必要か?

WIKIPEDIA
議員年金
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B0%E5%93%A1%E5%B9%B4%E9%87%91

マクロとミクロへの拡大、発展がないとなぜ経済活動は衰退してしまうのか?経済活動を生物レベルの誕生、成長、繁殖、衰退、消滅のサイクルの視点で見た場合。生存競争としてのビジネス戦争。人間の欲望の具現化が経済活動であるのか?支離滅裂ではあるが。資源は有限、欲望は無限。

●2004年5月27日 (木)  野球ボールの国際化

http://www.nikkansports.com/ns/baseball/nozaki/top-nozaki.html

日本のボールは、米国、韓国、台湾、オリンピック規格のボールに比べて軽くてよく飛ぶようだ。米メジャーリーグに移籍した日本のホームランバッターの松井秀樹に長打が出ないのは、こうしたことも背景にあるのではないだろうか?いわゆる助っ人外人が本国にいたときとは見違えるようなホームランバッターに変身するのも、これが原因ではなかろうか?プロ野球のコミッショナーは即断即決で、期限を定めて変更すべきだろう。アマチュア球界も同様だ。

●2004年5月26日 (水)  キャンプとピクニック

先週末の土日、長男は妻と野島公園、次男は私と日曜日に七沢森林公園と海と山に別々に出かけた。海のお土産は蟹とヤドカリ、山のお土産はカタツムリだった。都市部とは言え、少し動けばまだ身近な自然は残っている。

●2004年5月21日 (金)  iPod  国内CD業界保護のための輸入CD規制

iPod 40GBだと MP3で660時間も音楽が収録できるのだという。実家に置いてある、モーツァルト全集も これを使えば身近に置けることになる。

日本の音楽業界が著作権法の変更によって、外国CDの輸入を規制できる方向で動いているらしく、音楽愛好家からの反対運動が起きているようだ。クラシック音楽関係で、外盤が買えなくなったら、大騒ぎだ。例のブリリアントなど購入できなくなるのではないか?タワーやHMVはどうするのか?音楽業界は自分で自分の首を締めるようなマネは慎むべきだろう。

●2004年5月19日 (水)  浜松 と 豊橋

少し前、確か「スーパーテレビ」という番組で、JR新幹線を取り上げたときに、浜松市と豊橋市という近い都市で、同じものを表す言葉が異なるという紹介をしていた。塩は「しょっぱい」と「からい」。ワイシャツを「ワイシャツ」と「カッターシャツ(美津濃の創業者?に起源あり)」。浜名湖が東西の境だということである。フォッサマグナより、相当西よりだが、関が原がそのまた西であることを思えばそう不思議ではないかもしれない。

●2004年5月18日 (火)  酢を飲み始めた

日曜日夜のフジテレビ「発掘あるある大事典2」で、酢を飲んで身体を快調に、体重も減少ということを紹介しており、以前購入していて、一時的に飲んだことのある、薩摩黒酢を水で割って飲み始めた。月曜日からは家族全員で実行開始。子どもはりんご酢を水で割ったものにした。現在体重が78kg弱なのだが、あまり生活習慣は変えずに一ヵ月試して見たいと思う。

●2004年5月17日 (月)  エニアグラム

会社の研修の自己分析で、エニアグラムという性格分析を受けた。

http://www.enneagram.ne.jp/ に概要が出ている。

自分でできるチェック

http://shining.main.jp/eniatest.html

●2004年5月7日 (金)  オーディオ装置続き

ただ、実家ではDVDプレーヤーをCDプレーヤーとして使っているが、その音もやや硬質だが、自宅の音に比べてよく伸びて明快なので、アンプとスピーカーとそのセッティングの影響が大きいのかも知れない。自宅のシステムは金額的には実家のものの数倍なのだが、セッティングの問題もあり、定位はボケボケだし、解像度は甘い。残響や雰囲気が聞き取れない。オーディオの違いは大きい。

●2004年5月6日 (木)  LPレコードの情報量、オーディオの違い

5月の5連休は、実家に帰省したが、正月に帰省できず昨年のお盆以来だったので、孫たちの元気な様子を両方の両親に見せることができた。5/1は次男のボーイスカウト行事が近くであったため自宅で過ごしたが、5/2から急遽全員で帰省することになり、新幹線の切符も予約で一杯だったが、臨時列車のタイミングがちょうど良かったため、自由席利用なのにほぼ着座で往復できたのでラッキーだった。昨年の夏休みに実家のLPを聞きなおそうと思って、プレーヤーの装備品のカートリッジの替針を探していたがすぐに入手できずかつ結構高価なのでその替針よりも安いシェル付きのMM型カートリッジを購入して持っていった。ポリーニのショパンのエチュードを聞いているうちに急にPHONO回路に雑音が入るようになり、満足に聞けなくなってしまった。今回ためしに恐る恐る聞いてみると雑音は出ずに何枚か楽しめた(最後には結局雑音が出始めたので恐らく回路のコンデンサか何かが熱を帯びると特性を悪化してしまうようにでも劣化してしまったのではなかろうか)。子どもにせがまれて聞かせたウルトラマンのテーマも迫力満点だったが、カーペンターズのボーカルも、コンチネンタルタンゴも、カラヤンとベーム来日時のヴァーグナーもしっかり厚みがあり、定位も決まり、音場の雰囲気、残響もしっかり聞き取れる音で鳴っていた。スメタナQの神戸でのライブの「アメリカ」も眼前で演奏されている趣だった。クレーメルの無伴奏パルティータ第2番も生々しく高雅に鳴ってくれた。(付録の自筆譜のコピーはどこに行ったのだろうか。)LPは情報量が大きい。カラヤン/BPOスタジオ録音は相変わらずレガートで重厚さも豪快さも欠ける演奏。長男がいつも聞いている(レーグナーの)CDに比べて速いねと言っていた。ベーム/VPOは1975年の来日時LP4枚組。ジュピター、レオノーレ3番、7番。シューベルト未完成、グレート、ブラームス1番、そしてマイスタージンガーだった。こちらは、冒頭から豪快な鳴りっぷりで、最後まで緊張感が途切れない演奏だった。

●2004年4月22日 (木)  久しぶりにCDを買う

 いっときのDVD熱、PC熱(昨夜も調子が悪くについ夜更かしした)のため少々音楽から離れていたが、先日の吉田秀和さんの復帰後の音楽展望にも触れられていたクリスティアン・ツィメルマンと小澤/BSOによるラフマニノフのピアノ協奏曲第1、2番を聴いてみたくなり、会社帰りに最寄のCDショップに立ち寄った。初回特典の金蒸着CDがまだ店頭在庫にあった。息子に「トランペット吹きの休日」のCDを買ってやりたくて探したらアンダーソンの選集CDが2枚出ておりフィードラー/ボストンポップスのを購入。(これは帰宅後ブックレットを読んでみたら、まさにフィードラーとアンダーソンのコンビがこの人気オーケストラ曲を産み出したのだと書かれており得心。演奏録音はシャープさには欠けるが楽しく聴けた)もう一枚以前から聴きたかったシューマンのヴァイオリン協奏曲がクレーメル、アルノンクールの演奏で廉価盤で出ていた(カップリングはアルゲリッチによるピアノ協奏曲という豪華盤)ので購入。都合3枚も買ってしまった。家族が寝た後久しぶりにヘッドフォンで馴染みのラフマニノフの2番から聴き始めた。小澤/BSOはキーシンとの3番のライブを録音しているが、録音の音量レベルが低すぎて非常に不満の残るものだったため少々危惧したが、ドイツグラモフォンらしい克明でバランスのよい音質で不満を覚えることなく演奏に集中することができた。ツィメルマンのピアノは全ての音が克明に奏でられ少々デジタルな趣があるのだが、それはこの演奏でも聞き取れた。ただ、この曲の曖昧模糊とした印象は、小澤のこれも繊細で明晰な指揮(特に管楽器のクローズアップ)とあいまって非常に風通しのよい構成的な音楽(対位法的な展開にはっとした)に生まれ変わっていた。それに加えて感情的な高揚感もこれまで聴いてきた作曲者自演、アシュケナージ、キーシンなどよりもはるかに高く、臆面ないほど奏でられる有名なメロディーに少年の頃音楽から味わった素朴な感動を久しぶりに味わえた。なおCDのライナーノートは嫌な予感がしたため聴いた後に開いてみたのだがやはり宇野功芳氏だったので事前にも読まなくてよかったと安堵した。(この辺はわかる人にはわかるだろう。)それにしてもこの録音、1番は1997年、2番は2000年に録音されたものだという。長らくお蔵入りになっていたのはその間ツィメルマンが完全主義者振りを発揮して編集作業に携わっていたのであろうか?

●2004年4月19日 (月)  外出 続き

◆日曜日は、またしても偶然競馬のGI開催日に、思い立って無料の野毛山動物園に家族で出かけた。3年ほど前、横浜に引っ越して来たばかりで町の性格を把握していなかったころ、場外馬券売り場があることなどまったく知らずにJR桜木町駅から歩いて利用したことがあり、特に女房が雰囲気が悪い町だと感じたらしく印象がよくなく、それ以降遊びに行く機会はなかったが、今回は京急「日の出町駅」を利用したので、ギャンブラーの大群に巻き込まれることもなく、天気もよく楽しめた。帰路は横浜そごうに立ち寄り、ダイヤモンド地下街の「勝烈屋」で定食を食べて帰宅した。動物園は無料とは言え、動物の種類は爬虫類も含めて多彩で、ズーラシアと違って動物を近くで見ることができるため、子どもたちもそれなりに楽しめたようだ。珍しいヨザル、オオミミズクが気に入ったと言っていた。トンカツは、自家製ソースが少々香辛料系のパンチがないのが残念だが、肉は旨かった。勝烈定食とロースカツ定食、エビフライ定食とも好評だった。揚げる油が軽いのと肉がジューシーでやわらかいのがいい。キャベツはそれほどうまくはなかったが。今度は本店で食事をしてみたいものだ。

●2004年4月19日 (月)  週末の買い物外出音楽

◆次男の入学式の日の午後、確か会社の独身寮を退寮してアパート住まいを始めたときに購入10数年使いつづけてきた掃除機のモーターが過剰回転をし始め残念ながら見切りをつけて新しい掃除機を購入した。テレビコマーシャルで宣伝しているフラグシップは4万円以上しており、物の価値観よりも値段が高すぎてパス。2万円以下のものを探したら国内の有名メーカーの中国組立て品が1万8千円程度で買えた。◆長男が音楽の教科書に出てくる曲を聞かせてほしいといったのでCD棚から探してきて一緒に聞いた。ベートーヴェンのト調のメヌエットをグリュミオーで。アルルの女第二組曲のメヌエットをカラヤン/BPOで(長男の指摘でこの曲にもサクソフォンが使われていたのに気が付いた)。軽騎兵序曲をカラヤン/BPOで(自分の小学生時代にもこの曲を聞き記憶に残っている)。ラデツキー行進曲をボスコフスキー/VPOで。「トランペット吹きの休日」とブラスバンドの「ブラジル」という曲のCDはないので割愛。久々にステレオセットで音楽を聴いた。◆土曜日、スーツのズボンの股の部分が擦り切れてきて穴が空いてきたのを女房が見つけ、とうとうスーツを買うことになった。これまで衣服関係では相当質素な生活をしていた。車で10分程度の近所の量販店(青山)に折込広告に出ている安いバーゲン品を探しに行ったのだが、安いものとそれなりのものを並べておいてあるので、やはり安物には手が出ない仕組みだ。スーパーのようにそれしかないなら我慢するのだが、つい自分でも気に入るものとなると結構高くなる。ただ思い切って春夏用2着買ったので、2着目が相当割引き(1万円程度)になり、少しはお得だった。今度は2パンツスーツなのでスラックスには不自由しないだろう。昼食は予定が慌しかった為家族には珍しい吉野家で豚丼を食べた。残念ながら旨くなかった。ゴボウと一緒に煮込んであったが、豚丼やカレー丼ならすき家の方が旨い。吉野家はアメリカ産牛肉禁輸以降業績も悪いようだが、むべなるかな

●2004年4月16日 (金)  イラク 日本人3人の人質事件とその周辺

日本時間の昨夜(4/15 夜9時頃)、「武装集団」に誘拐されていた日本人、男性2名、女性1名が、目立った外傷はなく、無事解放され、在イラク日本大使館に保護され、同慶の至りである。ただ、アメリカ、ドイツ、イタリアなどの国の同様の民間人の人質は危害を加えられたり、最悪は殺害されたケースもあり、イラク人の怒りの象徴のようである。なお、日本人のフリージャーナリスト2名が現在行方不明で新たな人質に取られたのではないかと危惧されている。

ところで、今回の日本人人質事件での日本国内での心無い人々の反応が嘆かわしかった。マスコミに登場した人質の家族に対する残酷な嫌がらせ電話、ファックスがひどかったようだ。この国のゆがみの象徴であろう。また、この事件が狂言だとのうわさがネットで流れたようで、その裏を取ろうと、佐々木某なるスパイ小説家が執拗に動いたらしく、彼の発行するメールマガジンにその経緯が載っている。国際謀略の専門家を自認しているようなのだが、イラクに軍隊を派遣している国の民間人が次々に狙われてあまつさえ殺害までされているという報道を把握していながら、狂言説に固執するという幼稚な神経は信じがたい。彼の小説を一冊読んだが、ところどころにそのような幼児性がにじみ出ていたのを思い出す。エープリルフール並みのジョークとしてメルマガ購読していたが、これで見切りをつけたほうがよさそうだ。

●2004年4月14日 (水)  WIN98いじり その後

日曜日、月曜日、火曜日とムックを元にいろいろ弄ったが、火曜日の夜、ざっくりと不要ソフトをアンインストールしたら、単独では相当軽快になった。ただ、マカフィーを動かすととたんに遅くなるし、USBカードで外付けHDDにつないでも動作が遅くなる。これはCPUの能力の問題なので仕方がないだろう。外付けHDDに退避できるようになったことだけでもよしとしよう。ただ、それでもクリーンインストールをやってみたい。その後、パラレルでプリンタを接続する。

マカフィーは MCUPDATEというバックグラウンドで動くプログラムがソフトのインストール、アンインストール、設定の更新を邪魔するようだ。ネット検索するとそのような障害に遭っっているという発言も見られる。YBBで提供のノートンに乗り換えるか?会社のノートンの動作は非常に安定しているので。

●2004年4月11日 (日)  Windows98をメンテナンス

カタログで調べたところまだパラレル接続できる新型があることが分かった。エプソンのは少々性能が落ちるがキヤノンのは売れ筋のようだ。PIXUS 860i(\44,800)と同560i(\29,800)が良さそうだ。特に後者は、実売17,000円ほどになっていた。金曜日の帰宅時に量販店に立ち寄ったのだが、さすがに図体が大きく、これなら更に安いネット通販のほうが楽かも知れないと思った。書籍部に立ち寄ってWINDOWS98のクリーンインストールなどの情報を探していたら、宝島社「WINDOWS98/Meが安定する!」というMOOK系の本が目に付いた。ポイントで購入した(今回から消費税分もポイントから引かれるようだ)。その後、ディズニーの「ファンタジア2000」もポイントで購入。帰宅後、SHELLICONCACHEの削除やTTFCACHEの削除を実施してみたあと、ムックを読みながらいろいろ試してみているところ。劇的な変化はないようだが、メモリークリーナーというユティリティーは、メモリーが解放されないのをマニュアルで解放してフリーズを防いでくれるので重宝だ。FAT32にしたあと不調だったDISKEEPERは再インストールしたら快調になった。

●2004年4月7日 (水)  花見、入学式、FAT32

◆どうも携速をインストールするとPCの調子が悪くなるようだ。WINDOWS98にUSB2.0ドライバやLANドライバまで付けている重い環境なので、仮想とは言えCDドライブを増やすのはリソース面からもきついように思われる。もっとシンプルな環境で使うべきソフトだろう。アクロニスが動かないのでいったんこれをアンインストールした。◆ところがまだアクロニスが動かない。これもいったんアンインストールしたが、アンインストールの途中で止まったりして苦労した。常駐ソフトをCTR+ALT+DELで終了させ、再インストールしたら何とか動いてくれた。バックアップコピーしたドライブ情報イメージを仮想ハードディスクとして認識して部分コピーができるようになるのだが、前回これをやった後、仮想HDDを切断しなかったのに気が付いた。切断しないまま、デフラグとか掛けたのがよくなかったようだ。エンカルタ2000のために買った携速だが、使用をあきらめ、子どもにはCD-ROMで使うように言った。◆4/3(土)晴天。桜が満開ということで、バスと電車を乗り継いでこどもの国に花見に行って来た。途中の渋滞と駐車場の混雑を避けて公共交通機関で行ったのはまあ正解だった。豆汽車、広場でお弁当、牛や羊に餌やり、動物園、遊具、野の花撮影と4時半の閉園までのんびりすごした。◆4/4(月)冷たい雨になりカブスカウトの弘法山ハイクは中止。◆4/5(火)年休をとり次男の小学校入学式に出席。快晴に恵まれたが少々寒い。長男も次男も新しい学年、新しい学校に明るい様子で安心。10年以上使用した掃除機のモーターが異常に高い回転になり、危険なので買い替え。◆WINDOWS98を思い切ってFAT32に変換してみた。うまくいき、1.3GB HDDの空き容量が300MBも増え500MBになった。ただ、その後DISKEEPERのデフラグの調子が少しおかしい(時間がかかる)のでWIN98のデフラグをやったら2時間もかかり、寝たのは午前3時。◆USB2.0PCカードを付けたので花盛りの廉価なプリンタのUSB接続が使えるかと期待して調べているが、プレインストールWIN98ではないと、動作保証しないというプリンタが多いようで、結構難しいようだ。◆DVDドライブはスペック的に無理でもCD書き込みドライブなら何とかなるかもしれない。ただ、今更CDドライブかという気にはなる。

●2004年4月1日 (木)  外付けHDD続報

昨夜3月の大晦日は日、月の深夜までのPC作業の睡眠不足で早々と寝入ってしまったので、子どもたちがHDDにinstallしたエンカルタ2000で調べ物を楽しむのを助けた程度。単体のシンプルなノートPCとは違い外付けがあると子どもの使用にも注意が要ることを認識。つい声を荒げてしまい反省。

月曜日の夜にはアクロニスでのコピーが動かなかった。まだ原因究明はできていない。

外付けHDDに相当データを入れた(といっても160GB中ほんの5GB程度だ)ので、DISKEEPER LITEでanalysisしたら真っ赤だったので defragをかけたところ2,3時間たっても完了しない。これはpartitionをまったく切っていないためだろうか。今更フォーマットをかけてpartingするわけにもいかないし。ただ、partitionは行わない方がいいという論者もいるようだ。

なお、DISKEEPER LITE(無償配布は終了したらしい)は便利だが、この前ビックカメラでみたのは価格が数万円もしたので、買えないと思っていたら、それはサーバー用らしく、WORKSTATION用はネットなら6千円程度で買えるようだ。検討しよう。

WIN ME,XPでは外付けディスクの認識番号を予め決められるようだが、98ではダメなので、携速2000のような仮想CDドライブをインストールしていると、再立ち上げの際に外付けHDDの番号が変わってしまうことが分かった。これには仮想CDの番号を固定することで対処できた。ところが、昨夜、実装CDドライブをPC本体から外しFPDを実装して立ち上げたところ、HDDがCDドライブ(D)の番号になってしまった。これでエンカルタを使おうとしたら使えなかったので調べたら分かった次第。仕方なくCDドライブを装着し直して使えるようになった。

DVDドライブも購入を考えたが、これはPC本体に相当の実力がないとダメなようだ。CPUもRAMも今の7年前のPCとは格段のspecが必要らしいので諦めた。CD-Rドライブならそれほどのspecは不要だろうが、最新機種の揃っているビックカメラあたりにはCD-Rドライブは店頭にはないようだ。

USB2.0がついたので、USBハブを買い足して、プリンタ接続も検討中。

●2004年3月30日 (火)  「続き」のその後の「続き」

!?◆その後、日曜日の晩にENCARTA2000がインストールできなくなったときにアンインストール、その後再インストールに失敗した ENCARTA97英語版もバックグランドプログラムを終了させた状態では、普通にインストールできた。広辞苑は、CD-ROMの内容をコピーしたフォルダにCD辞書検索ソフトをインストールしてやったら、書籍を認識して使えるようになった。その後、ENNCARTA2000をどうにかしてハードディスクコピーして使いたい目的で以前購入した携速98(2000)をインストールしたのだが、外付けハードディスクを外してインストールしたため、HDDの認識番号が、辞書ソフトなどをインストールしたときの Eではなくなってしまったため、改めて外付けHDDをつけて再インストールしたらようやくつかえるようになった。その後、ENCARTA2000を一回失敗しながらセットアップして、CD-ROMを1枚イメージコピー完了し、動くことを確認したら既に午前3時だった。2枚目をコピーセットしてようやく寝ることができた。

●2004年3月30日 (火)  「続き」のその後

日曜日の夜、HDD接続のうれしさと百科事典、辞書関係のインストールがうまくいかない悔しさの入り混じった状態で、PCからUSBカードを抜き、LANカードを差込み、インターネット用にして、PCのお守りを終了した。昨日「PC21」の記事に触発されて、昨日貯まった量販家電店のポイントで、
http://www.sourcenext.com/products/trueimage_p/ ソースネクストが格安で販売している ACRONIS TRUE IMAGE PERSONAL 1980円を購入して、インストールすることにした。◆ところが、日曜日にできなくなったENCARTA2000のインストールと同じで、インストールの途中で止まってしまうことが2回。1回目はフリーズ。2回目はインストール画面が途中で切り替わらなくなってしまった。CTRL+ALT+DELで再立ち上げに時間がかかった。USB2.0カードやHDDのドライバなどが悪戯したいるのか?もちろんアンチウィルスソフト関係は停止にしていた。これはWINDOWS98を入れ直さなければならないかと覚悟して、PC添付のマニュアルを引っ張り出して読んで見た。プレインストールのWINDOW95マシンだったので、いったんリカバリCDでWINDOWS95状態にして、それからアップグレードのWINDOWS98を入れるのか。これではまったく本末転倒だ。◆マニュアルを読んでいて、バックグラウンドで動いているウィルスチェクを停めることを思いついた。本来はCONFIG.SYS、WIN.INIなどをいじるべきらしいが、直し方が分からない。CTRL+ALT+DELで動いているマカフィー関係と思われる M*****とDISKEEPER LITEを停めた(途中で例外違反が発生したこともあった)。それからおもむろにインストールをしてみたら今度は成功した。早速Cドライブを外付けHDDにイメージとしてコピーした。圧縮を掛けなかったのでほんの10分程度でコピーが済んでしまった。そのイメージファイルをHDDとして認識する機能があり、簡単に開いてコピーできる。これは優れものだ。但し、マニュアルによると、WINDOWSが立ち上がらない場合にCD-ROMからブートする場合、USB接続のドライブは認識しないらしい。これって「PC21]の記事には触れられていない要点ではないか

●2004年3月29日 (月)  続き

◆ところが先日以前よく購入していた日経PC21という雑誌に外付けHDの記事が載っていた。それを購入し読んでいくと何とかなりそうな気がしてきた。最初USB2.0などということは全然念頭にもなく、SCSI接続とPCカード式の5GB程度のHDDが候補で、近所の量販店を探したが、両方とも見当たらない。改めて雑誌をよく読んでみると、古いノートPCにもUSB2.0カードが装着できるようなので、先週金曜日に接続できなかったら仕方ないと思い切って、BUFFALO(メルコ)のUSB2.0接続の16GBのHDD(税抜き19,300円、サービスポイント18%付き)と相性を考えて同メーカーのUSB2.0(IE1394付きしかなかった)カード5,830円(POINT18%)を購入。金曜日に帰宅後大胆にかつ慎重に作業を開始した。◆マニュアルにしたがって、まずUSB2.0カードのドライバのインストール。問題は、LANカードとUSB2.0カードが狭いカードスロットには同時に挿せないことだ。これでは外付けHDDとインターネットの同時使用はあきらめなければなるまい。インストールがマニュアル通りには進まず、古いPCではやはりだめかと諦めもよぎったが、再起動したら認識してくれるようになった。但し店頭在庫で仕方なく買ったIEEE1394付きのカードなのだが、WIN98SE以上でなければこの機能は使えないらしい。◆次にHDDのドライバインストール。MEやXPならこれは不要らしい。これも一回再起動したら認識。いよいよ、160GBの大容量にアクセスである。◆手始めにこれまで撮りためてスマートメディアに残したり、コピーしたりした2001年からのデジタル写真を移動した。ただし、アダプタがフロッピータイプなので読み込みが非常に時間がかかり、10枚程度(ほとんど32MB)をコピーするのに、土日を費やした。ただ、JPGの低解像度なので、コピーすると少々画質が落ちるようだ。Irfanviewのスライドショーでまとめてみるとなかなかである。◆ただ、HDDもカードもホットプラグで使えないようで、PC電源を切った状態で接続して、HDDは電源をONにしておき、PCを立ち上げる必要がある。また、PC起動中の取り外しのソフトがうまく動かないことが多い。特にHDDの取り外しソフトが長時間作業中になってしまうのが困る。外すのはPC電源を落としてからがベターだ。◆次はいよいよ辞書ソフト類のハードディスクインストールに挑戦だ。

●2004年3月29日 (月)  旧式ノートPCへの外付け160GBハードディスク装着記 1

私のPCは1997年6月発売のFMV-BIBLO NU13という旧式のノートパソコンである。
http://www.fmworld.net/product/former/bi9706/spec2.html
 購入当初はWIN95だったが、すぐにメモリを32MB買い足しWIN98にアップして今日に至っている。ハードディスクは今となっては驚くほど少なくなんと1.3GBしかない。そしてなんとUSBがつかない。これまで主にNIFTYのパソコン通信、ダイアルアップ接続のインターネット、ADSL接続のインターネット接続用途で使ってきた。というよりもソフトをインストールしたりアンインストールしたり、お守りの方が時間を費やしているかも知れない。
 プリンタは購入していないので年賀状印刷はしばらく前まではOASYSの専用機を使っていたが、とうとうプリンタの機構部が壊れてしまったので、今はもっぱらフジカラーの写真年賀状である。これまでプリンタはUSB接続が主なのでどうしても手が出なかったということもある。
 2001年の海外出張の時に衝動的に成田空港の売店で130万画素のデジタルカメラを購入した。低解像度でも画像を保存しているうちにあっという間に内蔵HDDの容量がなくなり始めた。また妻がメールのやり取りを始めたため、その保存メールも容量を圧迫している。既に容量不足は数年前から感じていたので、ソフトテンコモリのFMV-BIBLOからできる限りソフトをアンインストールしてきた。フォントも削ったし、ヘルプファイルも削った。しかし、セキュリティホール対策でWINDOWSやIEのアップデータなどが頻繁、常時接続時に導入したセキュリティソフトもあり、とうとう1.3GB中100MB程度の空き容量になってしまい、新PCの購入を検討し始めた。デルやHPのネット販売が新聞をにぎわしているのでそれも候補だった。(続く)

●2004年3月24日 (水)  新生銀行

旧日本長期信用銀行。政府系金融機関などつぶれるわけがないと漠然と思っていたのだが、見事につぶれ、大量の公的資金(血税)を投入しながら、リップルウッドなる外国の投資会社に瑕疵担保条項まで付与されて買い叩かれ、そして今にいたる。先日株式上場。現在は、インド系のオンラインソフトウェアの導入により(?)、手数料無料の個人取引が有名になっている。新潮文庫にも著作が入っているエコノミストの竹内某などは長銀の出身だったと記憶するが、このようなテイタラクを彼などはどのように語るのだろうか?

●2004年3月21日 (日)  最近のグーグルの検索結果

なぜかPoohがトップで登録されている

http://www.google.co.jp/search?q=%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E8%8C%B6%E3%81%AE%E9%96%93&hl=ja&lr=&ie=UTF-8&filter=0

●2004年3月21日 (日)  吉田秀和氏の復帰 2004年3月17日(水)朝日夕刊

喜ばしい。読む喜びを味わわせてくれる数少ない、否、唯一の音楽評論家。ようやくお身内の不幸から立ち直られつつあるようだ。庄司さやかのプロコフィエフのソナタとツィメルマンと小澤/BSOのラフマニノフの珍しい第1番と第2番。ツィメルマン(ツィマーマン)を現代のもっとも優れたピアニストの一人と賞賛を贈っておりそれには実演を経験したものとして深く同意したいが、バックの小澤/BSOにはまったく触れていないのも珍しい。

●2004年3月20日 (土)  DVDソフト その2

その後、ディズニーの「ファンタジア」を購入。これは10年ほど前に買ったVHSが子供たちの気に入りで傷んでしまったので、今回の廉価版発売を機に買ったのだが横長のビスタサイズではなくテレビサイズにトリミングされており最初みたときはひどく不満だった。ただ、子供達と2回目にみたときは違和感は減ったし、音声は相当改善されていた。
「ウェストサイドストーリー」言わずと知れたレナード・バーンスタインの音楽。彼がカレラスやテ・カナワ等とオペラ的な演奏を残したCDの演奏精度に比べると映画版の音楽は少々さみしいが、ダンス映像は楽しめた。

「ドクトル・ジバゴ」。原作はパステルナークの問題作(ソ連にとって)だが、これまで読んだことはなかったし、映画もララのテーマの音楽を知る程度だったので、これも廉価で購入、幾晩かに渡って観賞。ロシア革命時代の一人の医師兼詩人の生き様を描いたもの。実際のウラル山脈はどうなのか分からないが、映画に写されたそれは荘厳だった。

「ロミオとジュリエット」。中学校のとき、実家のある町の映画館でリバイバル上映され、熱中したもの。今見直すと、ティーンエイジャーの一途な激しい恋愛に気恥ずかしさを感じてしまうが、衣装も演出も映像もすぐれている。主演のふたりも初々しい魅力にあふれている。多少カットはあるようだが、シェークスピアの原作の台詞もほぼ忠実に演じられている。

まだ見たいソフトもあるが、次第に一時の熱狂は収まってきた。

●2004年3月20日 (土)  DVDプレーヤー購入とソフト連続購入

1/30(金)DVD 「次男の幼稚園おゆうぎ会」 6,000円 を購入し、それをみるために、DVDプレーヤー SHARP DV-SF70P 14,800円 消費税740円 計15,540円を購入した。

おゆうぎ会の記録以外に普通のソフトもみてみたとプレーヤーを抱えながらソフト屋で探すと「DVD オズの魔法使い」が廉価で発売されており、1,500円+75円で購入。

DVDの映像は、ノイズやちらつきがなく、透明感があり、それだけで感激してしまう。またソフトも新作を除けば各社から廉価盤が数多くリリースされており、見たいものも結構ある。そんなわけで、先日までに連続して結構の数のソフトを購入、レンタルした。

キューブリック監督の作品がコレクションとかで数種類発売されており、中では以前からまったく名前も知らなかった「バリー・リンドン」をあまり予備知識もなしに買ってみて見たが、非常に美しい映像と18世紀の西ヨーロッパが再現されており、面白かった。まさにモーツァルトの生まれる直前の時代だ。アイルランド、フランス、オーストリア、ベルギー、イギリス。

フィガロは、すばらしい映像作品だが、ベームとヴィーンフィルの映像がないのは残念。

「不滅の恋 ベートーヴェン」は、映像でみるベートーヴェン像として部分的には感心するところがあるものの、少々細部が疑問であり、中でもミステリー仕立ての結論部分をどう評価するかで作品の評価が違う。面白いと捉えるか否か。

「薔薇の騎士」は、演出、衣装、音楽はいいが、映像が少々鮮度が落ちている。

2/2(月) DVD 薔薇の騎士 5,250円
2/3(火) DVD 時計仕掛けのオレンジ 1,417円
2/4(水) 中山レンタルデオ屋JOYFULに入会 DVD「スターウォーズエピソード2」
2/6(金) DVD フィガロの結婚 3,150円
2/9(月) DVD 黒澤明「夢」1,350+67=1,417円
2/10(火)DVD 不滅の恋 ベートーヴェン 4,230+211=4,441円 計38,715円
2/10(火)DVD 2001年宇宙の旅、バリー・リンドン (計2,700円 BICポイントで購入)

●2003年12月4日 (木)  最近聴いたCD

◆子どもがトリッチトラッチポルカを聞きたいというので以前買った外盤のデッカ、ボスコフスキー/VPOのCDは、同じ演奏者の日本盤よりも音質が繊細で迫力もある。ドナウなど録音年は外盤の方が古いのに。

◆R.シュトラウスのオーケストラ曲をいくつか。ティルをカラヤン/BPO、セル、アシュケナージの順で聞き比べ。セルのは録音に古さを感じた。中ではカラヤンがよかった。キビキビした曲なので変なカラヤン風レガートが気にならないせいもあり、各パートの充実を感じた。アシュケナージのも遜色ない。「ドン・キホーテ」のセル盤は、小澤盤とのあまりの差に驚嘆したものだったが、今回聞いても克明な描写力の凄さに圧倒された。

◆ブルックナーの4番(ハイティンク/VPO)。4番ロマンティックは、かつての人気曲の反動で、逆にマニアから評価が低いようだが、私は好きだ。6番はスクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケンのCDで初めて聞いた曲。

◆ブラームスの1番。ザンデルリンク/ドレスデンSKは今回聞いても脱帽ものの凄さだった。特に低弦が雄弁であり、克明だ。木管や金管もすばらしい。対位法的な楽句が立体的なのが凄い。ポリリズムの先駆としての評価もある曲だが、それを実感できる各パートの充実だ。小澤/サイトウキネンも聞きなおしたが、比較にならない。第二楽章の弦と全体としてフルートがいいくらい。対位法的な構造性が見えてこない。

●2003年12月1日 (月)  風邪がなかなか完治しない

11月のいつ頃だったか、子どもたちが咳の出る風邪にかかり、結構完治までに時間がかかった。ほぼ同時に妻が同じ風邪を引き、子どもが治るのとほぼ同じ頃、私がかかってしまったようで、2週間くらいたつが、なかなか完治しない。マンションの室内の空気環境が悪いのだろうか。

●2003年11月21日 (金)  チャイコフスキーマニア

 YAHOO掲示板というインターネットの巨大掲示板がある。多くのジャンルに分かれており、音楽はエンターテイメントに分類されている。その中にクラシックの掲示板があり、現在では全般、オーケストラ、吹奏楽、合唱に分かれている。ネットの掲示板は匿名性をいいことに非常に異様な発言に溢れている。タイトルのチャイコフスキーマニアも非常にマニアックなpassionbbbという人物が開設したもので、当初はまさにマニアックなやり取りが書かれていたが、最近では、地口、駄洒落にマンネリ化していて読むに耐えない。しかし、この人物、相当に知識が深く、広汎であり、鋭い。そして、偏執狂的である。まさにマニアックである。

 この掲示板の初期の投稿を最近読み直してみて、急にチャイコフスキーが聞きたくなったので、この数日聴いている。昨晩は、LPでも持っているピアノ協奏曲第1番 リヒテル、カラヤン盤を久しぶりに聞いてみた。その前日に、ホロヴィッツ、トスカニーニの録音も久しぶりに聞いて、トスカニーニのフレーズの短い音楽作りは性に合わないと痛感したばかりだったが、カラヤンの指揮ではそういう違和感がなかった。リヒテルのピアノもすばらしい。私には、この曲にはこの演奏だ。
 買ってからほとんど聴かなかったマゼールの1812年と交響曲第5番もヘッドフォンで聴いてみたところ、ボリューム不足も気にならずそれなりに楽しめた。S/N比の悪い視聴環境には合わないCDである。

●2003年11月13日 (木)  11/12に聴いた音楽

カリンニコフの2曲の交響曲のCDからいつも聴いている第1番を飛ばして、
http://homepage3.nifty.com/Miyabi_Marshall/page069.html
第2番を聴いた。第1番のいかにもロシア民謡風の(トロイカを思わせる)曲想に比べて地味だが、楽器法が独特で、木管の協奏曲のようにフルートが浮き上がる効果はなかなかのもの。フィナーレ楽章は少々くどい。クチャル指揮のウクライナ国立交響楽団。結構うまいのではなかろうか?

●2003年11月12日 (水)  バルトークの弦楽四重奏曲第三番の聴き比べ、他

11/10(月)の夜、第四番には大分なじんだので、同時期に作曲された第三番に挑戦を開始した。こちらは四つの部分が連続して演奏され、所要時間も15分と比較的短い作品。まずはハンガリーSQ、自然の虫の鳴き声が一番よく聞こえた。ジュリアードSQ、演奏精度が上がった感じ。アルバン・ベルクQ、さらに演奏精度があがり、フラジオレットの響きも完全にコントロールされているのが凄いが、逆に表現が丸く野蛮さがスポイルされているのははっきりしている。ただ、今の自分にとっては、ABQの演奏が一番理解しやすい。

11/11(火)の夜、以前ヒットした「ピアノレッスン」という映画のサウンドトラックを担当したマイケル・ナイマンが自作を再構成し「ザ・ピアノコンチェルト」という協奏曲に仕立て上げた曲があり、そのCDをはるか以前に買っていたのだが、途中で飽きてしまい放ってあったのを聴いてみた。音がクラスター状態で、気になるが、ヘッドフォンで、テレビ画面を見ながら聴いたら、併録のTGVを題材にした曲も何とか聴き通せた。それにしても解説書の翻訳はお粗末。朝刊に小澤征爾のヴィーン国立歌劇場の「フィガロ」は何とか評価された(コシとジョヴァンニは散々だったらしい)との特集記事があったので小澤の録音をいくつか。BSOとのベートーヴェン第五の第一楽章。何でこんなに軽い音楽になっているのだろうと改めて思った。次ぎはチャイコフスキーの「悲愴」の第一楽章の聴き比べ。小澤/パリ管は、記憶より洗練された演奏ではないのが悲しかった。ムラヴィンスキーのDGスタジオ録音盤は凄かった。各パートが楷書風にきっちりと鳴り、ウトウトし始めたところで展開部の一撃は強烈だった。意志の力を感じる演奏。これがチャイコフスキーらしいかという疑問はあるが、演奏として凄い。

●2003年11月10日 (月)  11/4-11/9 

火曜日は3連休の疲れから早めに仕事を切り上げて帰宅。区役所へ行き、衆議院選挙の不在者投票をしてきた。最高裁裁判官の国民審判に大学時代講義を受けたことのある教授が名簿に載っていた。新聞で知っていたが、あらためてすごい先生だったんだ。水曜日は遅くまで仕事、話題のラーメンを食べたら、翌朝腹を壊して、たった2分間だけだったが、遅刻してしまった。木曜日は、やはり帰りが遅く、ようやく「白い巨塔」を途中からみることができた。金曜日は懸案の仕事を片付け、またもや深夜までテレビをみてしまった。アメリカのコメディー「二人は最高 ダーマ&グレッグ」。http://village.infoweb.ne.jp/~gofdrama/dharma/cast_d.htm結構きわどい内容だが、気軽に見れてテーマ音楽がなんだか面白い。その後「LOVE FIELD」という映画。ケネディ大統領暗殺前後の白人女性と黒人男性のロードムービー。ダラス空港の別名がLOVE FIELDというらしい。ハッピーエンドものだが、結構面白かったしいろいろ考えさせられた。ダラスからバス(グレイハウンド)で行くとするとディープサウスを通過していくわけだ。先日改めて新潮文庫の「アメリカ50州を読む地図」(浅井著)を読み返したので、公民権運動の頃のアメリカ南部の様子が垣間見れたような感じだった。黒人男性がプラチナブロンドのマリリン・モンロー的な女性を同乗させて走ることが危険だった(いや今で危険なのかも知れない)時代!http://jtnews.pobox.ne.jp/movie/database/treview/re393.html
土曜日は、家族で関内までトンカツを食べに行こうとしたが、結局は最寄の駅ビルで食べた。しかし子どもたちも満足。日曜日、少し風邪気味なので、一人で留守番。OUTLOOKEXPRESSの設定を変えて、複数利用者用にした。昼はC.クライバーの7番を聴いたがあまり感心せず、夜聴いたテンシュテットの巨人は凄かった。

●2003年11月5日 (水)  三連休

三連休の1日目は妻が所用で出かけたので送迎以外は息子たちと家で過ごした。塾の宿題を見てやり、その後の時間は見たがっていたビデオを見せてやった。トムとジェリー傑作集。子どもの頃テレビの白黒放送で放映しており、ほほえましい日本版の主題歌の影響でその残酷さはやわらげられていたのだが、改めて見直すと結構ねずみによる猫への反撃が残酷だ。ジェンガというゲームもやった。

2日目は、次男の七五三のお宮参りに行ってきた。次男は和装をしたいというので羽織袴をレンタルで借り、女房は和服と和風の髪結いをした。長男は小学校入学時のスーツ。私は、礼服。写真屋で高価な3ポーズの写真を撮影し(両方の実家用を含めると10万円?)、長男のときもお参りした、比較的近所の神社で御祓いをしてもらった。天気が非常によく、暑いくらいの一日だった。そのせいか帰宅するとバタンキューで、夕食は、宅配のピザだった。

3日目は、休日出勤しようと思っていたが、天気も悪く、金曜日の話しの影響もあり、気分が乗らず、サボってしまった。

●2003年11月3日 (月)  CDラックの整理

最近次々とCDを買い入れるものだから、文庫本ラックを利用したCDラックも収拾がつかなくなってきた。そこで思いきって整理をした。といっても、箱物を別のところに移しただけだが。

普段目に触れない場所にあるCDを見ると、あれこんなのあったけという感じで、また聞きたくなる。

ブラームスをまとめ聞きしようと、まず、ミルシュタインとヨッフム/VPOのコンチェルトを聞いてみたが、これが相当面白かった。独奏に結構こまかい節回しの特徴がある。ただ、ブラームスはこれでちょっとうちきり。

次ぎに、「CDラック」では低い評価のワルターの田園を本当に久しぶりに聞いたところ、非常に新鮮だった。ところで、第二楽章のミュートについて、ジンマンのCDやハーディングの来日公演のテレビ放映で驚いたのだが、従来のモダンオケではミュートは掛けていなかったのが、ワルターので確認できた。

シュナーベル絡みでは、フライシャーが彼の弟子で、以前セルのオケを聞きたくて買ったベートーヴェンの3番と5番のコンチェルトのCDがあるが、久しぶりに聞いてみたら、フライシャーのピアノがセルのオケといったいとなって音楽として立派な出来になっていたのが面白かった。またセルの指揮は金管の強調により、モチーフを浮き立たせる効果に特徴が見られるが、それがこのCDでも聞くことができた。

吉田秀和氏は、もう老いたというような悲しい言葉をネットの遠慮無い掲示板などでよく目にするが、私などは、彼の「世界の指揮者」「世界のピアニスト」(いずれも新潮文庫で現在絶版。なぜ絶版なのか)などを読みながら音楽を聴くのは至福のひとときだ。今晩は、先日聞き始めた、ホロヴィッツの「月光」ソナタの第3楽章を聞きなおして、うまいけれど、アーティキュレーションがベートーヴェン的ではないななどと感じつつ、R.ゼルキンのを聴いてみて、冴えない部分はあるがやはりこれがベートーヴェンの音楽に尊敬と愛情を捧げた音楽なのだろうと思い、ゲルバーのEMI録音を聴いて、奥深い響きと細部をきっちり弾きながら巨匠的な音楽だと思い、そうだ、グルダの全集を聴いてみようと思って、聴いたところ、そのすばらしく迫力があり、耳が洗われるような音楽を久々に耳にして、あのセルとVPOの第五交響曲を思い出した。そのグルダを称賛した吉田さんの文章を読みながら、今28番のソナタを聞いている。

●2003年10月31日 (金)  ノイエザッハリヒカイト 

しんそくぶつしゅぎ【新即物主義】
(ドイツNeue Sachlichkeitの訳語)一九二〇年代の後半から三〇年代にかけて、ドイツに興った写実主義的な芸術運動。表現主義の反動として合理的・客観的・即物的な対象把握を特徴とする。美術におけるグロッス、ディックス、文学におけるケストナーなど、時代や社会に対して諷刺的なリアリズム作品を発表した。他に、古典的な写実主義に復帰しようとした人々も含まれる。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

ちょうど「シューベルティアーデ」に録音している1930年代を中心とする大家の多くは、演奏様式的にこの新即物主義とその直前の表現主義(後期ロマン派)が共存していた時代に属する。ただ、表現主義の末裔の典型であるメンゲルベルクの未完成が意外なほどすっきりしたフォルムを提示しているのは意外だった。

カラヤンの「ザ・グレート」の第一楽章を聴いたが、1946年という戦禍やナチズムの傷も癒えないこの時期のドキュメントとしては貴重な記録である。それを抜きにしてこの演奏を聞くと、後年のカラヤンの特徴のひとつの付点リズムの甘さ(レガート)が少々気になる。その一方で(楽譜通りかどうかは疑問だが)ところどころに意志的なクレッシェンドが現れ、印象に残る。付点の奏法を別にして全体としてはスッキリした引き締まった音楽になっている。

●2003年10月30日 (木)  あたしんち、あずまんが大王、歴史的録音

ブックオフで購入。後者は、ASAHI.COMの漫画コラムで知った。ジョシコーセー漫画のようでためらったが、読んでみると面白い。(なお、古本のため、前の所有者が漢字にルビを振っていた。小学生が読んだのだろうか?)「あたしんち」は、現在アニメ化され、子どもたちに人気があるが、原作も面白い。

ところで、ダイナミックレンジも帯域も狭くS/N比も悪い歴史的録音の演奏になぜ感激するのか。仮説1:当時録音を残せ、かつ今に伝えられているような演奏家は、実力と運に恵まれており、それこそ「クラシック」であるから。仮説2:自分自身の幼少時からの音楽鑑賞歴が、これらの録音と大差のない電蓄、ラジオ、テレビで覆われているため、そこから懐かしさを感じ、純粋に音楽から得る感動にプラスアルファが加わっている。仮説3:どんなにハイフィデリティを追求したオーディオでも、生演奏とは格段の差があり、むしろ帯域の狭いSP的な音質によってこそ、音楽情報が伝わりやすいのかも知れない。むしろ今のCDには余計な情報が入りすぎているのかも知れない。

昨日は聞けなかったが、一昨日は、ビーチャムのシューベルトの交響曲第5番と第6番を聞いた。針音がする音質だったが、当時の人々はこのような端正な演奏を聴いていたのだと感慨深かった。多分楽譜を参照しながら詳細に聴けば、ダイナミックや表情付け、楽器法など必ずしも忠実ではないのかも知れないが、オーケストラ演奏でも先入観とは大分印象が違う。そういえば、「運命」の初録音とされるニキシュ/BPOだって非常にすっきりしたスタイリッシュな演奏だそうだし、マーラーやR.シュトラウスの演奏も快速で粘らなかったらしい。19世紀末のロマン派的な誇張の多い主観的な演奏だけが大手を振っていたわけではなかったのだなあ。

●2003年10月29日 (水)  昨夜のテレビ

NHK総合夜11時台で「物知り一夜漬け」とかいう題名の番組をやっていた。なんの気なしに音を消して(CDをヘッドフォンで聞きながら)みていたら、長野県が長寿県なのはキノコをよく食べることに要因の一つがあるということを示す映像として、なんだか見覚えのある景色と見覚えのある人物が出ていた。当初場所とキノコ取りの参加者についてはコメントはなかったが、その内キノコなべの場面になり、それが須坂市の大谷町のキノコを楽しむ会というグループで、以前同僚で定年退職したSさんがこじゃれた赤い普段着を着てキノコを取り、なべを囲んで談笑する姿がはっきり写されていた。見覚えがあるなと思った最初の勘はあたっていたのだ。そうか、あの辺りの山はキノコが豊富なんだ。とにかく、キノコを週三回以上食するのはガン予防の効果があるという。

また、先週の土曜日に録画しておいた、鶴瓶の家族訪問の番組で、脚本家の橋田スガコと鶴瓶が長野県の川上村を9月末に訪ねた。北相木村の井出さんという人の民宿の女主人は橋田さんと古くから親交があるとかで、マツタケを食べたい橋田さんが訪ねたが今年は天候不順で8月には出たが、9月はさっぱりだったという。鶴瓶は、どうやら御所平の新宿の線路の上辺りの民家を訪問し(最初はどこか分からなかった)、橋田さんは、居倉と大深山、それと最後に新宿で鶴瓶と合流した。そうそう、駅前のみやげ物屋さんが廃墟になっていたのには驚いた。親戚や知人は(多分)映らなかったが、最後に鶴瓶がオモロカッタと言ったように何だかほほえましい愉快なテレビだった。

●2003年10月28日 (火)  10/26(日)に買ったCDを聴く

残業後、サークルKのATMで手数料なしで小遣いの引き出し。便利である。その金を握り締めて、アイリッシュウィスキー JAMESONを購入。啜りながら「リヴィエラを撃て」を読む。◆まずワルターの「英雄」を聴く。前日、第一楽章途中から表情が厳しくなったと思ったのは勘違いだった模様。聴きなれたコロンビア響との英雄がサラサラ流れたのとは違い、第一楽章のアタックは厳しく、第二楽章は詠嘆の歌を深沈と奏でる。ここが一番感心した。第三楽章トリオのホルン三重奏は少々物足りない。第四楽章でテーマが完全に提示されるまでの響きの薄い序的な変奏部分が貧相に聞こえる。また最後の最後の和音がスーッと抜けるように弱くなるのが異様に聞こえた。温和なワルターの固定観念を打ち破る演奏でドキュメントとしては貴重だが、セル/VPOの第五のように何度も聴きたいと思わせるものではない。◆シューベルティアーデにはこれまでのシューベルト敬遠を払拭するような演奏が記録されていた。エドウィン・フィッシャーの即興曲集を聴いたところ、有名なフィッシャーの音抜けはところどころあったが、これまでケンプでもツィメルマンでも聴きとおすことが多少苦痛であったこの曲集を大変面白く楽しんで聞けた。録音は1930年代というのに、演奏を鑑賞するには問題なく、特にスケールのきらめくような奏法やまさにシューベルト的な楽想に関心させられた。フィッシャーの解釈や奏法はまったく古めかしいという感じはなく、音楽に勢いと逞しさがある。音楽が有機的に生きている。そう、メンゲルベルクの未完成もそうだったが、なよなよした弱弱しいシューベルトのイメージはここにはなく、男性的で意志的な音楽家像がそこにはある。シュナーベルの21番は、電車内で聴いたときより感心はしなかったが、これも雄雄しい音楽になっている。古い録音はどうせ演奏も音もメロメロでマニアックな好事家アイテムだと思っていたが、先日久しぶりに聞いて感心したフルトヴェングラーのバイロイトの第九にしても、ワルターのフィガロにしても音色的な正確さ、美しさは味わえないにしても音楽の質の高さは分かる。音質的な貧しさが、かえって聴く者の想像力を解放しているという側面はあるのだろうが。

●2003年10月27日 (月)  10/26(日)に購入したCD

休日出勤のついでに購入。◆HISTORYから出ているシューベルトの器楽曲集10枚組が990円。SCHUBERTIADEと題するもので録音は1930年代から1940年代のSP時代の復刻。名前だけは知っているがFMで聞いたくらいでまともに演奏録音を聞いたことがないシュナーベルやフィッシャー、ブッシュ四重奏団などの歴史的な録音がすべて。税込みでも1枚100円強。中から数枚つまみ聴きをした。未完成はメンゲルベルクの指揮。意外にもテンポの崩しやポルタメント奏法などは耳につかず、雄渾、逞しい演奏。録音も結構聞きやすい、と思っていたら、第二楽章の途中で録音復刻がメロメロの部分あり、残念。大ハ長調は、カラヤン/VPOの1946年の録音。この年以降、連合軍に演奏禁止を言い渡されたのだという。電車の中で明瞭に聞けなかったがシュナーベルの21番のソナタはすばらしい演奏ではないか。ハイフェッツとルービンシュタイン、オイストラフとオボーリンの各トリオなど聞き物は多い。◆ワルターがトスカニーニ追悼演奏会でシンフォニーオブジエアを指揮した宇野氏絶賛の「英雄」の復刻盤が限定販売で出ていたので購入。第一楽章の途中から急に演奏の表情が厳しくなるような気がした。マルケヴィッチが直前に同じ曲目で同オケを指揮しており、その演奏(DGでCD発売されている)に酷似しているという情報がある。ワルターは十分リハーサルを実施したのだろうか?旧NBC響であるこのオケは指揮者なしでも楽々演奏ができると言われていたのでトスカニーニ風に演奏することは結構容易だったのかも知れない。そのフォーマットの上でワルターが指揮をしていたのかも知れない。◆超名演(迷演)と言われ、ヤフーオークションなどで数万円の値段がついたレアCDがリマスタリングされて発売されたものあり。エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のソ連国立交響楽団による、レスピーギのローマシリーズ三曲連続演奏のライヴ録音。もともと異様な曲なのでアッピア街道の松でも別にこういう解釈、怪演があったも不思議ではないと思いながら、フーンという感じで聞いた。こういう異形な演奏を有難がるマニアもいるのだということを実感した次第。ただ、1980年という末期のソ連(1991年崩壊)で、ソ連邦功労芸術家たる指揮者の鬱屈した破れかぶれの感情が表明されているのか。先年彼がN響を指揮した第九は、深沈とした演奏で、葬送曲を聴いているような感じを受けた。

●2003年10月24日 (金)  ハイティンクとドレスデンシュターツカペレ

これも以前録画しておいたBS2のビデオだが、あのハイティンクが2002年秋から名門シュターツカペレ・ドレスデンの音楽監督になった時期の演奏会の一夜。オールドイツプロでヴェーバーのオベロン序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フランク・ペーター・ツィマーマン独奏)、そしてブラームスの交響曲第一番。

豪華なプログラムなのだが、序曲からなんだかピントが合わないように聞こえる。求心力がないというのか。

●2003年10月23日 (木)  J.S.バッハの音楽を楽しむ

先日来、久しぶりにバッハを聞きたくなり、小学館の全集のうち唯一持っている管弦楽曲、協奏曲集のCDを引っ張り出して来て聴いた。ヒラリー・ハーンの切れ味鋭い協奏曲を試聴した影響が残っていたせいかもしれない。

早速古楽器派によるヴァイオリン協奏曲とブランデンブルク協奏曲を聞いた。ピノックによるもの。それと前後して、コーヒーカンタータを聞いたのだが、これはオペレッタとも言うべきものだと思った。バッハにはいわゆるオペラ作品はないとされるが、世俗カンタータのうちのいくつかはオペラと言ってもいいのではなかろうか。ホグウッドとエマ・カークビーによるもの。

また一昨日は、以前録画しておいたカール・リヒターによるマタイとヨハネの冒頭を聞いてみた。1970年代前半、リヒターにも変化が見られ始めた頃の映像で、マタイは映像的にも演出を加えている。映像は古めかしく---とにかくコーラスの女性の髪型がいかにも70年代でマッシュルームカットの人がいる---、音質も音響のよいホールやスタジオではないので(ヨハネは教会録音)、少々つらいが、真剣なまなざしでバッハに取り組むリヒターが神々しい。シュライアーも若々しいがヘフリガーに比べて少々聴き劣りがする。マタイとヨハネの冒頭の合唱はまことに聴き応えがある。マタイの方は花婿、神の子羊としてのイエス、ヨハネでは我が主イエスへの呼びかけであろう。

●2003年10月21日 (火)  吉田秀和「音楽時評」 リヒテルのこと

昨日付けの朝日新聞の夕刊掲載の「音楽時評」(という題名だったか?)は、リヒテルと身近に接した通訳の日本女性が書いたエッセイをめぐるものだった。そのエッセイには、リヒテルがムラヴィンスキーを尊敬していたこと。ギレリスやリヒテルがムラヴィンスキーと晩年共演しなかったのは、政治的な問題ではなく、ムラヴィンスキーがソリストたちの「恐怖心」を一緒に担うことが苦痛だったというようなことが書かれていたらしい。非常に印象的なエピソードだった。このような緊張感、恐怖心に比べて我々彼らの演奏を享受するもののなんとお気楽なことか。ソリストは暗譜するのが当たり前の世界。

以前地域のコーラスに参加していたときに、合唱コンクールに出場し、その課題曲だか自由曲で(ルネサンスのポリフォニーだったか?)で、バスのパートを受け持っていたが、何度も暗譜で練習したにもかかわらず、本番で、私ともう一人の人が完全に出るのを忘れてしまったことがあった。バスパートは3,4人だったのだが、私と出忘れたもう一人がリーダー的だったので、他のバスも自信なげにそのパートを歌って、失敗したという苦い思い出がある。

聴取するほうは演奏者のそのような心理には無頓着である。それでいいのだろうが、演奏者のそういう心理に思いを馳せてみることも必要かも知れない。

●2003年10月20日 (月)  TA-F555ESXの掃除

どうもステレオの左チャンネルの音の出が思わしくないので、アンプの内部を掃除してみたところ、音がきちんと出るようになった。内部には相当綿ボコリが堆積していたので、そのせいかも知れない。なお、端子復活剤でアンプとスピーカーの結線部もよく磨いておいた。内陸部の田舎に比べて空気中の塩分や汚れも多いだろうから、酸化が進みやすいのだろう。それにしても20kgを越す重さは凄い。以前の引越しの時、業者の人が見かけに比べて非常に重いので思わず声を上げていた。このとき景品でもらった小型掃除機を使ってみたがあまり役に立たなかった。

これですっきりと音が出るようになったので、いくつかCDを引っ張り出して聴いてみた。CELTIC ROOTS (ケルトの根っこ)HAUNTING IRISH AIRS (忘れじのアイルランドの曲)というアイルランドのダブリン空港で買ったお土産用のCDをかけたら、次男がバグパイプのリズミックな音楽やリバーダンスの激しいリズム、ロンドンデリーエアのアイリッシュハープが気に入ったようで、カスタネットや先日買ったアフリカ製のマラカスでリズムを取って楽しんでいた。このCDはスタジオ録音なのだろうが、非常に生々しく明快な録音になっている。デジタル編集も使っているのだろうかと思うほど。フィドルやバグパイプ、アイリッシュハープ、縦笛など。http://www.greenmanreview.com/hauntingirishairs.html にこのCDのレビューが書かれていた。

●2003年10月16日 (木)  セザール・フランクのヴァイオリンソナタ

昨晩は、フランクのソナタを聴いた。ジャック・ティボーのヴァイオリン、アルフレド・コルトーのピアノによる第二次大戦前の非常に古い録音の復刻盤。このCDにはドビュッシーのソナタとフォーレの1番も入っており、いわばフランス系の名ソリストによるフランス系ヴァイオリンソナタの名曲集という趣の盤。復刻によりSP盤の針音は相当取り去られているためヘッドフォンで聴いても聞き苦しくはない。

さて、フランクだが、フランスの作曲家として分類されるが、ベルギー生まれということはあまり触れられない。肖像写真が残されているが、やはりフランドルにルーツを持つファン・ベートーヴェンによく似ている。同時代人(弟子?)もそういう感想を持っていたらしい。作風はいわゆるフランス的な透明感、軽妙、洒脱というイメージとは対極的な、いわゆるドイツ的な重厚さ、深刻さを示すことが多いように思う。特に、生涯一曲ずつ書かれた交響曲、弦楽四重奏曲、そしてこのヴァイオリンソナタ。

ただ、このソナタは、単に重厚、深刻というだけでなく、夢幻性や晴朗さをも表出している。夢うつつのような不思議なメロディーラインの第一楽章。精力的なスケルツォ。自問自答を繰り返す第三楽章。そして晴れやかなヴァイオリンとピアノのカノン。孤高の名曲だと思う。

●2003年10月15日 (水)  ガーディナーの指揮

昨夜、NHK プロジェクトXで群馬交響楽団の苦闘と第九演奏が取り上げられていた。先日、ジンマンの全集を買った際にCDで第九は聴いたが、そういえば、ガーディナーの第九はあまりじっくりと聴いたことが
ないと思い、CDラックから取り出して聴き始めた。第一楽章は、古典派様式のアレグロで快速で引き締まった音楽だが、サラサラと抵抗感なく流れて要点がつかめない感じ。スケルツォはモダンオケでも快速なテンポでキビキビと運ぶことが多いので、この演奏が取り立ててユニークという感じはしない。と思いながら聴いていたら、途中で寝入ってしまった。うたた寝だ。

先日まとめて中世、ルネサンスの音楽のCDコレクションをつまみ聴きしたのだが、中に名盤と言われるガーディナーのモンテヴェルディ「ヴェスペレ」があるが、このCDも最後まで聞きとおしたことがあまりない。同じことがJ.S.バッハの「クリスマスオラトリオ」にも言える。

ガーディナーの指揮のためだろうか?

●2003年10月12日 (日)  10/11購入したものなど

バルトークの弦楽四重奏曲の聴き比べを10/11も。なぜかハンガリー四重奏団の演奏は、難解だ。それに比べると、ジュリアード、アルバン・ベルクQの演奏の方が分離がよかったり、耳あたりがいいせいか、分かる気がする。なぜ、ハンガリー四重奏団の作者直伝とも言われる演奏が耳に入りにくいのか。なぞだ。

土曜日休日出勤帰りに、またブックオフ。750円CDが300円にということで、超廉価の棚をあさる。昨日のも今日買えば良かった。ブラ1はベーム/BPOの名盤(この録音を推す記述をネットのページなどで結構みかけるのは嬉しい)のLPでそれこそ何度も青春時代に堪能したのだが、最近また聞きたくなり、先日もザンデルリング、ショルティのかつての名録音を購入したばかり。今回はバーンスタイン/VPOのレギュラープライス盤が300円で買えた。このライヴ全集は、ベートーヴェン全集に次ぐ第二段として出たものだが、今までなぜか耳にすることがなかった。これのほかには、やはりベーム/VPOのLPで親しんだブルックナーの「ロマンティッシュ」をハイティンク/VPO盤で。これも300円。但し、例のアスキーのVPO名曲全集のCDなので元値は書籍込み1000円なので750円のときは手が出なかったもの。バーンスタインのは、表情付けが結構してあり、謹厳実直派を多く聞いてきたので個性的でオモシロイ。ハイティンク盤は、ppを抑制して演奏しているので、おおらかさには欠けるが、響きは美しく、歌にも躍動にも欠けていない。結構いい買い物だった。

●2003年10月11日 (土)  10/10 購入したもの

CD 750円 カラヤン/BPOによる ロッシーニ、スッペ序曲集。スッペの「軽騎兵」序曲は、小学校の何年生だったか、音楽の教科書掲載の鑑賞曲で唯一記憶に残っていて、懐かしさから名前を見かけるたびCDがほしいと思っていた曲。冒頭のトランペットのファンファーレが格好よくて級友の間でも非常に人気があった。カラヤンの録音は1960年代後半から1970年代前半のものなので当時聞いたのはこれではなかっただろう。田舎の村にはステレオセットをもっている知り合いはあまりなく、小学校ではそれなりのセットを所有しており、そのスピーカーから聞こえる喨々たるトランペットの音色は魅力的だった。その他、宮城谷という中国古代史を題材として小説を主に執筆する小説家の書いた「クラシック千一曲」、以前話題になった「絶対音感」が100円コーナーに並んでいたので購入。前者は結構ユニークな素人談義の聴き比べ集だが、同じ小説家のものとは言え、はるか昔の野村胡堂(あらえびす)や、五味康祐の鋭く個性的なエッセイに比べたら甘すぎる。名の売れた小説家のものだから出版されただけのよう。ただ、同じ著者による大部のクラシックエッセーが最近出版されたようだが、これは曲目的に大変個性的なものだ(立ち読み情報)。また後者は、出版当時のFCLAのBBSのやりとりでは、やっかみ半分もあり、評判のあまり芳しくなかったもの。少し読みすすめたが、素人であることをエクスキューズに使い過ぎていて鼻白むことが多かった。インタビューでさまざまな意見を並列するのは仕方がないとしても、少々基礎知識が不足していたのではなかろうか。、と書いたが、その後読み進めるうち、よくまあ素人がここまで調べて書いたと感心した。(ワタシもシロウトだが)。例のA音のピッチが440HZ,442,445や、古楽奏者の苦労、モーツァルト時代には基準ピッチがバラバラだったので、今風の絶対音感を彼は持ちようがなかったのではという説の紹介もきちんとしてあった。また、今日的な絶対音感を持った名演奏家として五島みどりが取り上げられ、彼女と母親、ドレイシー・ディレイ、弟の龍のエピソードは、なまじのルポよりも的確に書かれている様で、戦争のくだりなど思わずジンとしてしまった。百聞は一見に如かずとはこのことだった。(10/12追記)

●2003年10月10日 (金)  バルトーク 管弦楽のための協奏曲のフィナーレ

昨夜は、初稿(第一版)と改訂版(現行版)の違いが気になったので、クーセヴィツキー/BSO盤とライナー/CSO盤を聴き比べてみた。バルトークづいている最近だが、この曲を聴くのは久しぶり。フィナーレは相変わらず爽快な運動性をもった音楽だ。で、結局、あまり違いは分からなかった。何しろ、セル/CLOの有名なカットにさえ気が付かなかったほどだから。

ただ、ヘッドフォンで聴いたのだが、ライナー盤の以外な音質の悪さに驚いた。ステレオ録音だが、何しろ1955年のものなので、音像が不自然だし、音が微妙に途切れるように感じられるところがあるような気がする。また、フィナーレのアンサンブルも微妙にばらついている。それに比較してクーセヴィツキー/BSOの練度は大したものだ。初演直後のライヴ録音というのにこの難しそうなアンサンブルを完全にものにしている。

●2003年10月9日 (木)  ジョスカン(デ・プレ)とピエロ・ルイージ(ダ・パレストリーナ)

昨夜とその前の晩は、夕食後の子供達も就寝したくつろぎの時間に、ヘッドフォンでジョスカンとパレストリーナのミサ曲を聴いた。一昨夜は、PRO CANTIONE ANTIQUAの合唱でによる パレストリーナのミサ曲集を順番に聞いていこうと、まず手始めにMISSA BREVISから聞き始めた。手持ちの合唱楽譜を参照しながらだったのだが、またしても途中で飽きてしまった。キリエを実際に歌っていたときには大変面白かったのだが、聞いていると退屈になってくる。

昨夜はタリススコラーズのジョスカンのミサ・パンジェ・リングァとミサ・ラソファレミを聞いた。パンジェリングァはリズム的にも躍動的で新鮮だ。それに響きが美しい。それに比較してラソファレミは多少退屈だった。

●2003年10月8日 (水)  野外で聞く音楽

先日の幼稚園の運動会の場所取り行列の時間を潰すにあたって、携帯CDプレーヤーを持っていった。そのときに聞くCDを何にしようか迷ったが、結局先日購入したJ.シュトラウス二世のワルツ・ポルカ集で正解だった。8時に門が開くので6時半から並べば1時間半も時間があり、8時に席を取った後、運動会の開始まで1時間近くあり、合計2時間半となる。これを生かさない手はないと、前夜いろいろ選曲したのだが、最近集中して聞いている弦楽四重奏曲は密室的であり、ベートーヴェン以降の長大重厚な交響曲も野外には似合わず、モーツァルトの諸作品のうち、機会音楽的なセレナードなどは適しているようでどうもという感じだった。そこで、運動会などでよく用いられるポルカなどが入った前述のCDを消去法で選んだのだった。これが結構悪くなかった。遊園地や運動会などでよく耳にするという「刷り込み」もあるのだろうが、開放感があり、伸びやかで、それほど集中力も必要とせず、快適なのだ。軽音楽として、少々軽んじ気味のシュトラウス一家の音楽だが、音楽にもTPOでの受け取り方により印象に違いがあるものだ。

ところで今更ながらの Time,Place and Occasion だが、time とoccasionがどちらも「時」を共通の意味でもっているため、少々分かりにくいが、timeは時刻、季節など純粋に時だが、occasionは儀式、行事などの意味が含まれているように例えば結婚披露宴だとかいろいろな機会を示すのだろう。

●2003年10月7日 (火)  AIC 鐸木氏の謝罪について

http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_takuki/20031007.html

東大が学内のパソコンを全面的にAPPLE社のMACという製品に置き換えるという報道があり、デジタルストレス王というコラムを書いている著者が、一企業のブラックボックス的なOS搭載のPCを東大が選んだことは、システム教育の放棄だという趣旨の主張を述べたのが削除されたエッセイだった。この著者のエッセイ、いつも賛同する内容が多く、いいことを書く人だと注目しており、今回も東大はなんて馬鹿なことを選択したのかと感じていたので、今回の顛末を知って、我ながら驚いた。

従来のMAC OSは、確かにブラックボックスだったが、現行のMAC OS XはXの文字が示すとおり、UNIXベースの比較的オープンなものらしい。それも2年も前に発表されたものという。東大のMAC選択の可否はこれだけでは判断できないが、残念ながら鐸木氏の主張の要点が外れていたことは否定のしようがない。また、鐸木氏は、この件でその評判を落としたことは否定できない。

●2003年10月7日 (火)  ハーディング マーラー室内管のベートーヴェン

 今週10/5夜のNHK教育テレビ 日曜芸術劇場で放送されたダニエル・ハーディング指揮マーラー室内管弦楽団によるベートーヴェンをビデオ録画していたのを昨晩聞いた。
 つまみ食いで田園の第1,2楽章。モダンオケだが、クラリネットやフルートなどはやや古風な楽器らしい。朝日の音楽時評に確か掲載されていた演奏会だと思う。ハーディングでは、エクサンプロバンス音楽祭でのドン・ジョヴァンニに度肝を抜かれたが、今回は既に同趣向のジンマンの全集をCDで聞いていたのでそれほど新鮮な印象は受けなかった。インタビューでの談話も平凡だった。
 なお、モダンオケの場合あまり記憶になくジンマン盤でおやっと思ったのだが、今回の演奏は第二楽章小川のほとりで弦楽器はミュートをつけていた。
 東洋人の奏者が何人か見られた。オーボエの首席と第1ヴァイオリンに女性が数名いた。オーボエは透明ないい音を出していた。
 それにしてもなぜマーラーという名称が付いているのか?マーラーと言えば大編成の異名だろうに。

●2003年10月6日 (月)  運動会、ズーラシア 

9/27(土)が長男の小学校の運動会。好天で、長男も群舞や玉転がし、徒競走もそれなりにこなして一安心。10/4(土)次男の幼稚園の運動会。年長で、これで保育園、幼稚園での運動会の締めくくり。朝5時起きして、6時半過ぎに幼稚園正門に並び、前から三番目の場所をなんとかゲット。平均台が苦手なのは初めて知ったが、かけっこやお遊戯では大活躍。かけっこでは同走の園児のフライングにもめげずに追走して最後はギリギリで2位。リレーでは、第3位でバトンを受け、簡単に2位を抜き、ゴール直前では1位に並びバトンを渡した。朝は肌寒かったがまあまあの天気で、弁当も両日とも力作で満足できた。

10/5(日)ズーラシアには11時前に着いたのだが、第一駐車場はまだ結構空いていた。とはいえ、一番西側の方、キリンの場内灯のあたりだった。行楽日和なのにこんなに空いているのは珍しい。以前は中原街道が渋滞。第二駐車場も埋まり、臨時シャトルバスも出たことがあったほどなのに。
今日は、子供達の運動会も無事終了し、そのご褒美で遊びに来た。長男の注目は前回見られなかったモウコノロバ。次男はアフリカの熱帯雨林エリアにいるカメ類。暑くもなく寒くもない気候のせいか、結構多くの動物が活動的でよく見物できた。ただ、やはり歩きが長くて疲れる。妻は、幼稚園の卒園記念アルバムに載せる写真を撮りたいとかで次男にいろいろポーズを取らせていた。
蒙古・野驢馬は、まだ人馴れしていないとかで、厩舎の奥で行ったり来たりしていた。長男は、それを評して「考え事をしているように歩いていた」。なるほど、そう見えた。遊具のある広場の直前で駆け出した次男がつまづいてころび両膝に軽い擦り傷を作ったので遊具ではあまり遊ばずに、途中アフリカンフェアとかで販売していた、メイドインアフリカのカメ型キャンドルと瓢箪に模様をつけたマラカスを購入。アフリカの珍しい動物たち、ハリネズミの「ミスター」と「クラスキー」と子供達が名づけて毎晩妻に創作童話を話してもらっているのや小型ニシキヘビ、オカピ、ヤマアラシなどを見物して帰途についたのだった。

●2003年10月6日 (月)  8,9月購入のCD

8/26 ラロ「スペイン交響曲」(デュトア/モントリオール交響楽団)、サンサーンス ヴァイオリン協奏曲第3番(フォスター)独奏:鄭京和

8/27 ベートーヴェン交響曲第5番、エグモント序曲、シューベルト交響曲第8番「未完成」 バーンスタイン/ニューヨークフィルハーモニック

8/28 ブラームス 交響曲第1番、悲劇的序曲 K.ザンデルリング/ドレスデン・シュターツ・カペレ

同、大学祝典序曲 ショルティ/シカゴ交響楽団

9/1 モーツァルト ピアノ協奏曲第20,21,25,27 グルダ、アバド/VPO

ベートーヴェン 交響曲全集 ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 

  マーラー 交響曲第6番「悲劇的」セル/クリーヴランド管弦楽団

  バルトーク 弦楽四重奏曲全集 ジュリアード四重奏団<1963>

9/5 モーツァルト フィガロの結婚 ワルター ザルツブルク音楽祭ライヴ

●2003年10月2日 (木)  結局買ったもの

◆バルトークのカンタータ・プロファーナのショルティ盤が宗教曲のジャンルに置かれていた。リヒターのロ短調ミサの輸入盤は3000円以下だったが買えず。
◆結局買ったのは、ジョスカン・デ・プレの「ミサ・パンジェ・リングァ」(タリス・スコラーズ)レギュラープライスで2280円。バルトークの3番のコンチェルトを探していたら1枚で全集になっていたブロンフマンとサロネン/LAPOの録音880円(録音データがないが新しいものらしい)。それと長男のリクエストのトリッチ・トラッチポルカの入ったブスコフスキーボスコフスキー/VPOの輸入盤880円(シュトラウス名曲集とは数曲ダブリはあるが廉価なので)。まったく分裂した趣味嗜好である。◆やはりタワーレコードの方が廉価輸入盤の品揃えがいいようだ。

◆古楽系のイイサイトがあった。ジョスカンのミサも掲載。
http://2style.net/misa/beginner/beginners.html

◆ブロンフマン
http://www.cc.rim.or.jp/~hironov/Pianist/Bronfman.html
http://www.operacity.jp/concert/2002/020616.html
イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) Yefim Bronfman, piano
世界の一流指揮者、オーケストラから次々に指名を受け、今、最も充実した活動を展開するヴィルトゥオーゾ・ピアニスト。その素晴らしいテクニックとリリカルな音楽は、世界中で聴衆を魅了している。1958年旧ソ連タシケント生まれ。91年エイヴリー・フィッシャー賞受賞。室内楽にも積極的でスターン、マ、ズーカーマン等と共演。レコーディングはソニー・クラシカルと専属契約を結び、ソロ、スターンとのデュオの他、97年サロネン指揮ロサンゼルス・フィルとのバルトーク協奏曲全集がグラミー賞を受賞した。

録音データはRecorded : 1994/10/17,18 , Californiaとのこと。

このブロンフマン 長野のアスペン音楽祭の公開コンサートで聞いたことがある。セミナー参加の学生オケの卒業演奏をバックにしたもので、モーツァルトのハ短調だった。チョーリャンリンという中国系のヴァイオリニストも来ていた。

●2003年10月2日 (木)  新星堂DISK-INNが横浜駅ジョイナスの店内で移転

◆昨日早く仕事が終わったので、CD屋めぐりにでもしようと横浜駅界隈に行った。手始めに、地下鉄から直行できる相鉄ジョイナスの新星堂のクラシック売り場(DISK-INN)に行ったら、姿形がない。クラシック不況はここまで来たのかと慨嘆したが、新星堂のクラシック以外のジャンルの店舗が別の場所にあるのを思い出して行ってみたら、そのそばに床面積を拡大して移転していた。タワーレコードやHMVにも行こうと思っていたのだが、今回は新店舗であれこれ迷いながら1時間近くもCD選びをしてしまった。◆それにしてもセルのCDは見当たらない。今回もあればと思っていたハイドンやブラームスもなかった。
◆カラヤンの普門館ライブの第九が発売されていた。記念に買う人も要るのだろう。音響面で悪評の高かった会場だったが、録音はNHKのデジタルだという。店内でもフィナーレが流されていたが、ソプラノソリスト(シントウだったらしい)の音程がぶら下がっていて可哀想なほどだった。◆ヒラリー・ハーンのドイツ・グラモフォン移籍第一弾で、バッハの協奏曲集(2台を含む)が発売されていた。試聴できたので聞いてみたが、ノリのいい演奏だ。バックのオケと指揮者は聞いたことがない団体だが、シャープだ。ネット上でいくつか評論記事を読むと、現在の若手女流の中ではトップクラスの評判のハーンだが、バッハではそのすごさが感じられるだろうか。◆小澤とBPOをバックにしたヴォロドスという小太りの男性ピアニストのチャイコンが発売されていたのでこれも触りを試聴。またしても遠めの録音のようだ。◆バルトークの2台のピアノと打楽器のソナタはアルゲリッチ、コワセビッチ盤があったが、今回は買わず。◆ケンプの1000円盤が10%オフになっており、ケンペンとの皇帝や、悲愴・月光・熱情、ベートーヴェン小品集など欲しかったが、パス。また、フルニエとのチェロソナタ全集も今回はあきらめた。
◆フランクのソナタでフランチェスカッティ、カサドシュ盤があったが、あきらめた。ラヴェルのソナタもほしいのがなかった。◆薔薇の騎士は、カルロス・クライバー盤のCDもDVDも見当たらず。◆一時買おうを買い物籠に入れたのは、ナクソス盤のカザルスの無伴奏、ワルターのドン・ジョバンニ。ヴェンゲーロフのショスタコの1番コンチェルト。

●2003年9月29日 (月)  J.S.バッハ ロ短調ミサ曲 ブリュッヘン指揮

ここ3年ほど聞いていなかったが、「私の好きな曲」のリスト順に聞いてみる試みを始めたので昨晩久しぶりに聞いてみた。「CDラック」での短評では、あまり好みではないと書いたが、冒頭のキリエが始まると一挙に聞き入ってしまった。しかし、その後の曲の構成が組曲的、断片的に感じられ、グロリアの最後まで聞いたが、まだ違和感はぬぐえなかった。パレストリーナなどのルネサンスの場合、モーツァルトの場合には、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュスデイの各部分が通作的に作曲されていると思うが、バッハの場合、各部分の段落ごとに個別の曲が当てられる。調性的には統一は図られているが、ぶつ切れの感が免れない。

●2003年9月28日 (日)  吉田秀和 「私の好きな曲」(新潮文庫)

この文庫を買った10年以上前には、吉田秀和さんの好きな曲リストの中で聞いたことのある曲、LPやCD所有の曲はそれほど多くなかったが、いまやシューマン「初めての緑」、ヴォルフ「アナクレオンの墓」が未聴で、それ以外はほとんど聞いた経験がある。

とは言え、文章を読みながら聞きなおしてみると、なるほどとかそうかとか、そういう聞き方もあるのか、などと感心すること頻りだ。

●2003年9月20日 (土)  グリュミオーのベートーヴェン Vn協奏曲

昨晩寝入りばなに聞いた。シェリング盤が気に入りのため、あまり熱心に聞いていなかったCD。

オーケストラは、C.デイヴィス指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団。冒頭のティンパニによる主要モチーフがほとんど聞き取れないなど解釈的には疑問が残るが、オーケストラのトゥッティの響きや木管の合奏時の溶け合った音色の美しさなどは特筆すべきものだ。これはシェリング、イッセルシュテット盤にはなかったもの。

それにもましてグリュミオーのヴァイオリンの音色は高雅で美しい。第二楽章など単純な分散和音がこれほどまで冴え渡るとは。

ただ月並みな言い方だが、感性的な美しさが主で、精神的な逞しさや高潔さという(なぜかそのようなものを感じる演奏がある、そのいい例がシェリング盤)ファクターは希薄。ただ(何回も行きつ戻りつだが)、音楽的には非常に美しく、誠実な演奏ではある。

●2003年9月16日 (火)  間が空いてしまった

9/6から9/12まではこれまでになく仕事が忙しかったため、雑録も付けられなかった。ようやくこの3連休で一息つけた。

とはいえ、13日は長男のボーイスカウトのハイキングで二宮町にある吾妻山公園に猛烈な残暑の中行ってきて、14日は中休みをとったが、15日には八景島に行ってくるという強行軍だった。まあ、気分的にはリフレッシュできた。

相変わらずバルトークを聴いている。先日はポリーニ、アバドのピアノ協奏曲第2番を聴いた。このCDについているブックレットで評論家が、ポリーニがこの2曲以外にバルトークに取り組んでいないのを非難めいたニュアンスで書いていた(ように英語を読んだ)が、他のピアニストで、バルトークの第3番は別にしてソロを本格的に取り組んでいる一流ピアニストは(ハンガリー出身者以外に)いるのだろうか? 

違う日にはヴァイオリン協奏曲の第2番、また違う日にはヴィオラ協奏曲、もちろん合間には、SQの聴き比べ。

9/17の夜には、例の廉価盤のショスタコーヴィチのSQを聴いたが、弦楽器の音がやけに人工的に聞こえた。

●2003年9月8日 (月)  9/7(日)に聞いた音楽 

珍しく日曜日も会社に出勤せざるを得なかったので、帰宅後すぐに夕食を食べて入浴した後、こども達と10時前に就寝した。就寝しながら、先日購入したグルダ、アバドのモーツァルトの27番、ジュリアードのバルトークの1番、2番を聞いた。27番は、グルダの旧盤(スワロフスキー
の指揮)のCDが耳なじんでいるので、オーケストラの解釈の違い(両方とも、VPO,正確に言えば後者はウィーン国立歌劇場管弦楽団だが)が耳についた。アバドの方が表情付けが多い。強弱、クレシェンド、ディミニュエンド、リタルダンドなど。少々くどい気がした。ただ、オケの各パートがよく聞き取れるため、新鮮だった。バルトークの1番は、ハンガリーQ、ABQでも何度も聞いているのだが、今回が初めて聞くような気がした(記憶力がどうなっているのか)。2番は、スケルツォというか、激しい民俗舞曲的な楽章が印象的。ジュリアードQはここの奏者が相当巧く、声部の絡み合いなどの表現にあいまいさがない。

●2003年9月6日 (土)  歴史的録音(1937年ザルツブルクライブ ワルターのフィガロ)

昨晩9時30分過ぎまで残業した後、ブックオフに立ち寄ったら、安値コーナーの隅に、ワルターのフィガロ3枚組750円で売っていた。発売元はどうもEKLIPSEレーベルという海賊盤屋らしい。(ネットで調べてみたら、下記が正規盤とのこと。)何しろ、ケース裏に印刷のタイトル・ロールのクレジットが間違っているのだから。スザンナ役がピンツァだという!またオケもザルツブルク音楽祭祝祭オーケストラというようになっていた。3枚目の余白に同じ頃のワルターのドン・ジョヴァンニの第一幕抜粋の短波放送録音がおまけで収録。

録音はもちろん歴史的なもので、針音はするし音色も変わるしヨレタような音もする。しかし、どういう音楽かははっきりわかる。序曲などは即物的といえるほど非常にすっきりした快適なものだ。戦前の録音は下手でヨレヨレで音程も悪いなどという先入観(どこで形成されたのか)があるが、それを吹き飛ばすようなもの。
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ANDANTE-3981(オペラ3CDs)モーツァルト:
  歌劇「フィガロの結婚」
      K.492 全4幕(1937)正規音源による世界初発売 ●最高のモーツァルト指揮者として有名なワルターのライヴ。オーストリアがナチスに併合される前年、ワルターのザルツブルク音楽祭最後の出演となった1937年のライヴが、ORFの音源により世界初発売。

キャスト
フィガロ : エツィオ・ピンツァ(Br)
アルマヴィーヴァ伯爵 : マリアーノ・スタビーレ(Br)
伯爵夫人 : アウリッキ・ラウタワーラ(S)
スザンナ : エステル・レーティ(S)
ケルビーノ : ジャルミーラ・ノヴオトナ(Ms)
ドン・バジリオ : ウィリアム・ウェルニック(T)
バルトロ : ヴィルジリオ・ラッツァーリ(Bs)
マルツェリーナ : アンジェリカ・クラヴチェンコ(S)
アントニオ : ヴィクトール・マディン(Br)
バルバリーナ : ドーラ・コムラエク(S)
ドン・クルツィオ : ジュゼッペ・ネッシ(T)
指揮 : ブルーノ・ワルター  
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1937・8・19 ザルツブルク祝祭劇場   

●2003年9月5日 (金)  9/5に聞いた音楽、読んだ本

ジンマンによる【ベートーヴェンの第6(田園)】を聞いた。第1楽章は快適なテンポでいいのだが、第二主題(提示でも再現でも)の下降分散和音の2音符目にターンをつけているのが、やはり気になった。第2楽章は、弦に弱音器をつけているのがはっきり分かるが、通常の演奏もそうだったかどうか記憶があいまい(オイオイ)。そのせいか、特に木管群の活躍が目立つ。第3楽章スケルツォは特にコメント無し。第4楽章の嵐は演出効果があまり表に出ない大人し目の演奏。第5楽章の感謝の歌は取り立てて言うことはない。段段奇抜さに対する刺激が薄れてきたのかも知れない。

(とは言え、セルの全集もバーンスタインの全集も、いざ腰を据えて1番から連続で聞こうとすると、途中で飽きてしまい、連続聴の実績が一度もない。フィッシャーのハイドンの交響曲も2,3曲続けると耳が飽和して、心の感度が鈍ってしまう。同じ作曲家、指揮者、オケの演奏では仕方のないことかも知れない)

ブックオフでPHP文庫「アラビアンナイト 99の謎」を購入。あまり突っ込んだ解説はないが、概説書としては読みやすい。

●2003年9月4日 (木)  購入CD 備忘録 8月

○8/28 ブラームス 交響曲第1番 ザンデルリンク/シュターツカペレ・ドレスデン(1971)定価1300円ショルティ/シカゴ響(1979)定価2800円。いずれも750円の中古盤。
 
○8/27バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニックによる「運命」「未完成」エグモント序曲

○8/26 鄭京和(キョンファ・チョン)独奏Vnのラロのスペイン交響曲とサンサーンスの第3協奏曲のカップリングのCD
スペイン交響曲はデュトワとモントリオール響、サンサーンスの方は、フォスターという指揮者とロンドン響がバック。750円。

●2003年9月4日 (木)  9/3 聞いた音楽(ジンマンの第九、第五、バルトーク第4)

【第九】昨夜は、第3,4楽章を聞いた。一昨日感心した第1,2楽章とはうってかわって不満足だった。第3楽章のテンポが速めなのは、快速であっさりした全体の中でのバランス上理解できるのだが、演奏結果はそっけなく、美しくないく、面白くない。ブルックナー、マーラー経験後の後期ロマン派的な演奏がいいというのではないのだが、古典様式のスッキリしたアプローチの限界だろうか。それでもホグウッドの演奏は、似たようなアプローチだが、それなりに納得できた。

いろいろ問題のある第4楽章、弦のレチタティーボの音を変えていたり、バリトンソロの O Freudeを本当にad libitumで歌わせたり、楽器のバランスを工夫したりの奇抜さ、面白さはあるのだが。コーラスのうたい方も厚みがない。二重フーガ直前のueberm Sternenzelt muss ein liber Vater wohnen の不協和音的な音程が、正しいのか正しくないのか聞き慣れない微妙さだ。

なお、トルコの軍楽隊を模したというalla Marcia以降を、ひとつのゲネラルパウゼ(総休符)のために、別テイクで演奏したものが付録でついている。Brueder の呼びかけの後にG.P.が入る。確かにはっとする効果はある。この別テイクの方が、通常テイクより音楽的に乗っているような気がしたのは気のせいだろうか。

【第五】つまみ食いで第1楽章を聞いて見たが、主要モチーフの強調がさまざまなパートで行われており、セルがコーダでモチーフ拡大として強調していた部分もあまり強奏していないが分かるように出していた。なお、再現部のオーボエソロのアドリブはやり過ぎだろう。

ジュリアードで【バルトークの第4】を全曲聞きなおした。漫然と楽譜を音にしているのではなく(このような難曲を漫然とはできないだろうが)、曲の構造を明確に伝えようとしている演奏だと思った。各楽章の仕組みがよく分かる。他の録音を繰り返し聞いてきたので、耳慣れたこともあるのだろうが。吉田秀和「私の好きな曲」バルトーク 夜の音楽を読んでいたら、この曲をバルトークの作品中、傑作と称える記述を読み、我が意を得たりと思った。

●2003年9月3日 (水)  ジンマンのベートーヴェン

CDのすべてに、「このCDはモダン楽器によるベーレンライター原典版の初演(プレミア)である」と印刷されているのは、それが事実に反するらしいことを知ってしまったあとでは、いかがわしさを感じないではない。

しかし、感動するかどうかは別にして、このベートーヴェンの演奏は新鮮だ。昨晩は第九を第3楽章あたりまで聞いた。快速のテンポも面白いのだが、楽器群の間のバランスが、一般的なモダンオケのものと相当違うらしく、これまで聞いたことのないような楽句が耳に入ってくる。また当時の不自由なオーケストレーションもそのまま遠慮がちではなく確信を持って演奏されている。堂に入った演奏で、それが誠に目からうろこ的なのである。

第九以外はベーレンライター原典版を使用していなかったとか言うけれど、演奏スタイルと解釈は一貫しており、大変面白い。

あの宇野氏が自分が信奉する朝比奈やフルトヴェングラーとは感動の質の違うものを羞恥心もなくやけに名演だと持ち上げるこのCDに感心するのは、自分が宇野氏的になったようであまり愉快ではないが、プロの評論家ではあるまいし、気楽に楽しみたい。

モダンオケでこれだけの新鮮な解釈(ベーレンライターを使わなくてもできただろうに)ができるのは、ジンマンも大したものだ。

●2003年9月3日 (水)  TOEICで最低点

7月23日の就業時間後に受験したTOEIC INSTITUTE PROGRAM(企業や学校単位での受験)で、これまでの最低点を記録した。少々自信のあったREADINGの方でも同様に点数が低かった。今回はLISTENINGが特に難しく感じたので当然低い点だとは思っていたのだが。

業務の疲れの所為もあるのだろうが、結構影響のあったのは、問題用紙に書き込みをしてはいけないという注意がある時期からあったらしく、今回初めて律儀にそれを守ったことが大きいかも知れない。というのは、リスニングの会話聞き取りなどでは、問題用紙にメモしながら回答していたのだが、今回は純粋に耳で聞き取っただけでマークシートに記入したからだ。どのくらいの影響だっただろうか。また、今年初めから10年近く購読してきたTIMEをやめたのも影響があるだろうか?毎週届くTIMEもここ1年ほどはほとんど目を通さない状況が続いていたので、節約のために中止したのだが。

ブラッシュアップどころではなく、少し本気に考えなければならないだろう。

昨夜外食して店の外に出るとちょうど駅前留学英会話学校のハネル時刻だったらしく、日本人らしい男女が英語で大声で会話していたのを見かけて、あーあと思った。

●2003年9月3日 (水)  バルトーク 弦楽四重奏曲第4番 第5楽章聞き比べ

現在もっとも親しんでいるのが第4番、特にエネルギッシュな第5楽章が気に入っている。昨晩、1年越しでようやく入手したジュリアードSQの1963年録音のCD(このCDはコストダウンのためか、盤面が真っ黒で1、2の大きな文字とCD番号等の記号が印刷されているだけで曲目、演奏者情報がまったく入っていない!)で第4番の全曲を聞いた。

昨日書いたコメントでは、刺激的な音色だと書いたが、ハンガリーSQ,ABQを聞いた後から思い返すとそうでもなく、線的な絡み合いがよく聞き取れる演奏だった。これまでのCDでは全曲を続けて聞くことが多かったので、第5楽章は勢いだけで聞いてしまっていたが、こんな起伏のある曲かと改めて感じた次第で、恥ずかしい。

この後ハンガリーSQの第5楽章を聞いたが、比較して聞くと意外にも生々しい音色と迫力に驚いた。これは1961年の録音(私の誕生年だ)。モチーフの受け渡しも明快だし推進力もある。

最後にアルバン・ベルクQの録音を聞いた。前の2つに比べると角が取れた演奏。弦のデリケートな音色はよく出ている。これだけを聞けばバーバリズムは十分にあるのだが。また線的な面よりも響きの溶け合いが前面に出ているのか、モチーフの受け渡しのダイナミックな躍動感が少し不足。

結論的に言うと、ジュリアードの演奏を聞くことによって、その他の演奏の特徴に気づき、特にハンガリーのを再評価したいと思う。ジュリアードの演奏は啓蒙的で分かりやすいのかも知れない。

●2003年9月3日 (水)  日々雑録と茶飲み話

どうも自分自身の中で区別がついていない。モノローグとダイアローグのはずだが、両方とも独白ばかりのせいだろうか。

●2003年9月2日 (火)  昨夜「塔」で購入したCD

少々、ストレス過重気味。衝動買いしてしまった。
1.モーツァルト ピアノ協奏曲集 No.20,21,25,27 フリートリヒ・グルダ(p),アバド/ヴィーンフィル (2枚組)税抜き1790円。No.20 K466ニ短調と No.21 K467ハ長調のLPは、初出の時に父が購入したもの。この2曲のもっとも優れた録音のひとつだと思う。LPではアバドの指揮するヴィーンフィルの音が痩せ気味でもうひとつと感じていたが、低音がよく出る現在のヘッドフォンで今回のCDを聞いてみると、グルダのピアノはクリアで満足、オーケストラは少々こじんまりしているが豊かさも感じられた。(ところで Friedlichの発音はフリートリヒだよね?)

2.ベートーヴェン 交響曲全集 ジンマン/チューリヒトーンハレ管(5枚組み)税抜き1990円。超廉価盤。確かベーレンライター原典版の初録音という触れ込みだったが、実は違っていた、その上、特に木管のソロにアドリブが多くて、現在は当初のもの珍しさも薄れ評価が低くなっているようだ。そういう予備知識のもとに1番と3番を聞いてみたが、非常に面白かった。キビキビしたテンポとノンビブラートを多用する弦が特徴、トーンハレ管もよく訓練されている。

参考:GOOGLE ジンマン ベートーヴェン 全集で検索
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%80%80%E5%85%A8%E9%9B%86

3.マーラー 交響曲第6番「悲劇的」セル/クリーヴランド管(1枚)税抜き 890円。セルの正規盤としては珍しいライヴ。第4楽章の金槌の音に特徴があるらしい。最後の一撃とか。

4.バルトーク 弦楽四重奏曲全集(No.1-6) ジュリアード弦楽四重奏団1963年録音(2枚組)。小冊子はフランス版、CDはMADE IN AUSTRIA. 税抜き1390円。「塔」通い何回目かでようやく入手できた。ためしに4番を聞いてみた。精緻な演奏のようだ。音色は刺激的な感じ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=740586

●2003年8月29日 (金)  8/18の記事のオオゲートーについて

http://inoues.net/yamataikoku/ruins/mifukayama_museum.html?

川上村大深山遺跡を紹介したサイトに

大海道という遺跡名が出ている。

母の実家の畑(田)がオオゲートーにあるのでオオカイドウの地元の訛りなのだろう。

●2003年8月26日 (火)  「丸山真男 音楽の対話」(続き)

フルトヴェングラー、ケンプ、ベートーヴェン、ヴァーグナーという、ドイツ音楽のメインストリート。ことにその品格、精神の力を評価していた。そして凡百のものも含めて多くのオペラ作品へのマニアックな傾倒がその特徴である。数多くのポケットスコアを所有し、書き込みもしていたという。  

しかし、下記の①の指摘は手厳しく、また同感するこ部分がある。中野氏には、さらに多くの音楽の対話をもっと生の形で公開してほしかった。音盤や映像、スコアの目録があれば、さらに理解が深まるだろう。 

参考:
① http://www2s.biglobe.ne.jp/~MARUYAMA/book/nakano.htm
② http://www.asahi-net.or.jp/~eh6k-ymgs/book/shiso/maruyama.htm

●2003年8月25日 (月)  「丸山真男 音楽の対話」(中野雄)

お盆休みに帰省したおり、現住所にあわただしく引っ越すときに妻の実家に預かってもらった荷物の中から、再読したい本を選び出して一部を自宅に持ってきた。アイルランドで買ったジョイスのユリシーズのペーパーバック!やケルト美術の本、ケルズの書の豆本なども含まれているが、いつも手元に置いておいたため、かえって引越しのときに荷造りしそこなった吉田秀和の新潮文庫の著作集が含まれている。世界の指揮者、世界のピアニスト、LP300選、私の好きな曲。その中にタイトルの文春新書が含まれている。 

確かではないが、中野氏は、同じ文春新書の宇野功芳氏などとの共著でのクラシックCDガイドで、音楽鑑賞文筆家として表に出てきたように思うが、このタイトルの本により政治学者の丸山真男氏の音楽愛好家、研究者としての姿を描き出した。  

以前、私が政治学徒の末席をけがしていた学生時代、丸山真男の著作は結構読んだ。その中に「戦中と戦後の間 1936-1957」と題するエッセイ集があり、コンサートの鑑賞記が含まれていた。そこにあるピアニストのプログラムビルディングに関する記述があった。丸山氏が聞いたそれは、当時普通だったらしいバロックから古典派、ロマン派、フランス近代など盛り沢山のものだったらしい(現代でも同じだろう)が、様式的に大きな較差のある長期に渡るプログラムではなく、ある作曲家、もしくは時代のものを集中的に聴かせるべきだというような結構手厳しい批判だったと記憶する。そのとき、なかなかの音楽愛好家だと感じたことがあり、丸山氏が逝去された報道に接したときに、当時参加していたニフティのFCLAというインターネットの掲示板で、丸山氏が音楽鑑賞について一家言持っていたことを紹介したことがあったが、この本によって、その全貌を初めて知った。  

●2003年8月25日 (月)  百名山ブームとホームページ

中高年を中心に、日本百名山ブームが起こっている。深田久弥という文筆家の名著にリストアップされた山々の登頂を極めようというものだ。

何ゆえ中高年層に登山ブームが巻き起こっているのかは不明だが、少々面白いことに気がついた。その山行記録をホームページにアップしている人が多いことだ。

登山は本質的には孤独な作業、そしてホームページ作りも孤独な作業、その両者に似通ったものがあるのかも知れない。

●2003年8月24日 (日)  昆虫園

この夏、我が家は昆虫園になった。次男が命名。

最初は、7月の長男のボーイスカウトの集いでオス一匹とメス三匹のカブトムシをもらってきて飼い始めた。スーパーのおもちゃ売り場で、昆虫用のムシマット(腐葉土のようなもの)やゼリー状のエサを買ってきて、結構長生きしている。

次に、先日帰省した折、妻の父が自分に家で飼っているスズムシの実家につれて行ってくれて、10匹ほどスズムシを分けてもらってきた。最初はまったく鳴かず、世話をするのも面倒に思っていたが、一度箱の中を丁寧に掃除して、かびなどを除去し、エサもきゅうりとなすとスズムシ用の市販エサだけではなく、エリンギ、リンゴ、カツオブシなどを与えてみたら、おとといの早朝初鳴きしてくれた。鳴き声には、メスを呼ぶ求愛の声、縄張りを主張する威嚇の声など切実な意味があるようだが、澄んだ声は、まったくいいものだ。卵を産んだら、繁殖させてみたい。

本日、長男と次男が近くの親水公園でコクワガタのメスを一匹捕獲。飼い始めた。昨年も鍬形を飼っていたのだが、冬の寒さで死んでしまったので、今年は大事にしてやりたい。鍬形はカブトムシやスズムシと違って、数年生きるらしい。

●2003年8月22日 (金)  お盆の渋滞

このお盆は久しぶりにクルマで帰省した。予定がはっきりせずに新幹線の指定席が早めに取れなかったため。

単純にガソリン代+高速道路代と列車の運賃を比較すると、前者の方が約15,000円安いが、時間的、体力的には負担が大きい。

行きは、道に詳しい同僚のアドバイスで、中央道八王子ICまでのアプローチ道路である国道16号線の渋滞を避けて、最寄の東名のICから御殿場ICまで、その後東富士五湖道路を経て、一宮御坂ICから中央道に乗り実家に向かった。御殿場から東富士五湖道路入り口まで以外はほとんど渋滞はなかったが、河口湖の富士急ハイランド近辺で迷ったのと旧道の御坂峠で寄り道をしていったので朝の7時前に出発し、午後の4時頃到着した。

帰路は、天気も悪く、慣れない道よりも多少の渋滞を選び、中央道を八王子ICまで走ることにしたが、山梨県の長い笹子トンネル付近ではのろのろ、談合坂SAあたりから小仏トンネルまでひどい渋滞だった。小仏を抜けると八王子ICまではスイスイ流れるのが不思議だった。その後、16号が相模原市付近から一寸擦りの大渋滞で3時間くらいかかっただろうか、11時頃出発し、帰宅したのは7時過ぎだった。クルマも低速運転でクラッチやエンジンに負担がかかってしまったようだ。こういう大渋滞時はマニュアルよりもオートマがラクチンなんだろうとつくづく思った。

●2003年8月21日 (木)  重仁親王 保元・平治の乱と信濃武士

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「保元・平治の乱と信濃武士」の巻
http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/rekisi.html
によれば多くの武士が源義朝(平清盛、後鳥羽天皇)方だったようだ。そうなると仮に重仁親王もしくはその縁者(親王には王子はいなかったのだろうか)もしくは有力な公家が川上村に落ちて来たとすると、隣村の秩父との関係かも知れない。現在佐久、甲州との往来が重視されるが、梓山などの集落は秩父との間にも交流があり、婚姻もあったようだ。
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●2003年8月19日 (火)  武田信玄 川上村の金山 

http://www2.town.shimobe.yamanashi.jp/kinzan/tenji/tenjihin.html 甲武信金山が出ている。

http://www.asahi-net.or.jp/~rw2y-ksg/nagano_new/nagano_newfs11.html 鉱物が豊富

http://www.hpmix.com/home/omori/C7_3.htm 砂金収集家の記事
2003年夏

須玉町(信州峠により川上村と接す)大鉱山あり。
http://www.sutama.ed.jp/museum/rekisi/sutama/bunkazai.html

武田落人秘話
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/novel/pdf/takeikiyoshi02.pdf

参考 甲府勤番日誌(現代)
http://homer.pro.tok2.com/sub7(kofu).htm

川上村にあった鉱山 住友金属鉱山
http://www.ne.jp/asahi/mining/japan/datacell_k/list3.html

少年時代通っていた小学校の露天の展示物に、金鉱山で使ったものと伝えられている石臼があった。

川上の鉱山全盛期から終焉まで
http://www.kawakami.ne.jp/moriben/kinzan/kinzani.htm

信州峠 黒森の金山
http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/ninj/nin-4.htm

長野郷土史研究会機関誌
http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/somokuji-4.htm

中島初女さんの伝説をもとにした童話
http://www.icon.pref.nagano.jp/usr/kawakami-sci/kikuti/kikuti.htm 

川上村役場は役場としては日本一高い
http://www.pref.nagano.jp/kikaku/kikaku/ganba/nihoniti.htm

●2003年8月19日 (火)  重仁親王 続2

高松にある親王廟(高松は、父崇徳上皇が流された地)
http://www.doshikai.com/yamashita/danshi/cont.htm
仁和寺で出家したとされるが、これによるとその後高松に配流されたことになる。

迷える子羊(羊)さんという人 (埼玉県在住、由井姓と思われる)が
重仁親王関係を研究しているようだが、惜しいことに現在サイトは閉鎖されている。

http://hikoshima.com/bbs/heike/100254.html
これによると御所平村の「書簡」というものがあるらしく、そこに重仁親王の記述があるらしい。BBSの重鎮めいた服部さんという人とやり取りしているが、この人の記述が結構つっけんどんな態度なせいか、いつのまにかリタイア。

http://hon.web.infoseek.co.jp/krog/krog23.htmなどでもHONさんという人とやり取りしているが、BBSのいざこざに嫌気がさしたのかリタイア。

川上村交流館メーリングリスト
http://www.kawakami.ne.jp/moriben/kouryukan_ml/kouryukan_ml.pdf
伝説に関係する地名の記述あり。この他に羊さんのBBS発言にあった臨幸峠や私が指摘した御陵山(みはかやま)がある。

川上村の紹介記事の中の重仁親王
http://www.vision.kouryu.or.jp/zentai/vision10/20304%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E6%9D%91.htm
http://www.icon.pref.nagano.jp/usr/kawakami-sci/omatsuri/matsuri.htm

清盛の継母で頼朝の助命を嘆願したことで歴史の転換に一役買った池の禅尼が重仁親王の乳母で会ったということ。http://shushen.hp.infoseek.co.jp/hitori/makinokata.htm

川上村近辺の山
http://members.jcom.home.ne.jp/0423356101/index.html
http://www.geocities.jp/brilliant_4ujp/arahune.htm
これによると臨幸峠は御座(おぐら)山とともに日本武尊(ヤマトタケル)の東征伝説に関係するらしい。
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Shiro/7616/cycling_diary02.html

非常に面白い記事があった(千曲塾第7回)
http://210.131.8.12/~tikuma/content/main/juku/data/001h/jump.html
中佐都の流山、田切地形、海のつく地名、松原湖、戌の満水、川上村などなど。

●2003年8月18日 (月)  重仁親王伝説(続き)

 御所平、親王というキーワードで検索すると、同じ長野県大鹿村の御所平の宗良親王(後醍醐天皇の皇子)が数多くヒットするが、川上村の場合には、一部の歴史好事家が話題にするだけのようだ。
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%BE%A1%E6%89%80%E5%B9%B3%E3%80%80%E8%A6%AA%E7%8E%8B%E3%80%80&hl=ja&lr=&ie=UTF-8&oe=UTF-8&start=0&sa=N
 地形的に川上村は、信州峠や野辺山によって、中世に勢力を振るった甲斐源氏の本拠山梨県に接している。近世でも佐久甲州往還により佐久と甲州の間では人や物の往来がそれなりにあったようだ。川上村はその甲州街道から少し引っ込んだところにあり、隠れ住むには適当な場所だったかも知れない。仮にこの社に祀られている人物が保元の乱の崇徳上皇方だったとして、この川上村を勢力下においたと思われる甲斐源氏、信濃源氏は、上皇方だったのだろうか?
信濃源氏平賀氏・大内氏
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/personal/kazuto/sinanogenji.htm
ただ、この伝説が大鹿村のもののように人口に膾炙しないのは、保元物語に重仁親王のその後が仁和寺と明瞭に記されているからである。確かにその仁和寺以降は不明であるが、父崇徳上皇のように流罪になったのでない限り、わざわざ信濃の寒村に都落ちする理由はないだろう。推測の域を出ないが、上皇・頼長方の貴族が追捕を逃れて都落ちした事跡ということはありうる。ちなみに村内には藤原姓があり、現村長も藤原氏である。

保元物語
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/9333/hog11.html#second
 私の小学校の夏休みの自由研究でこの伝説について詳しく調べたものがあったように記憶している。社のスケッチが模造紙の表紙を飾る立派な内容だったと思う。現在でも御霊社として祭礼も行われているようなので、神事を行っている旧家にはそれなりの言い伝えが伝わっているのではなかろうか?
 隠れ信濃の歴史 http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/
に取り上げてもらいたいような話ではある。

●2003年8月18日 (月)  長野県南佐久郡川上村と重仁親王伝説

川上村に御所平という大字の地名がある。御所とは一般的に皇室に関係のある方の住居であるが、明治の廃藩置県前の近世には、御所平村という地名だった場所。小字として、本郷、坂下、中宿、下宿(しもじゅく)、新宿という地名を含んでいる。高冷地の川上村の中でも千曲川と黒沢川の氾濫原が比較的平坦に形成され、水利もいいため、早くから水田農業が営まれていたようである。私の母の実家は本郷にある。その本郷の村はずれ、千曲川の対岸が既に下宿に達するあたり、隣村の広瀬村への大蔵(おおくら)峠という峠道の入り口あたりにオーゲートウという不思議な地名があり、その近くの山裾の小暗い場所に、小さな社が祀られている。この社こそ、御所平という地名の元になった、皇室に縁のあった人物を祀るものだという。ネットで検索すると、どうやらそれは、保元の乱の原因となった崇徳天皇の第一皇子、重仁親王のものだという。御所平より上流の大深山(おおみやま)には、御陵山(みはかやま)という山もあるが、この親王に関係するものであろうか? 
 保元の乱 保元元年京都に起こった内乱。皇室内部では皇位継承に関して不満を持つ崇徳上皇と後白河天皇が、摂関家では藤原頼長と忠通とが激しく対立し、崇徳・頼長側は源為義・平忠正らを招き、後白河・忠通側は源義朝・平清盛らを招いて交戦。崇徳側が敗れて、上皇は讚岐国(香川県)に配流、頼長は戦傷死、為義・忠正は殺された。武士の実力が発揮され、武士の中央政治進出の契機となった。
 この崇徳上皇が弟の雅仁親王(後白河天皇)ではなく、自分の皇子である重仁親王に皇位を継承させようとしたことが保元の乱の要因の一つである。

●2003年8月18日 (月)  「信州川上郷 自然うぉっちんぐ塾」 へのお問い合わせ

先日のキャンプで聞いたセミ?の鳴き声について下記のように問合せのメールを出した。
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はじめまして。
長野県南佐久郡川上村の歴史をネット検索していて貴サイトにたどり着いたものです。
http://www1.vecceed.ne.jp/~rs-siokw/index.html

小生、約30年ほど前まで、川上村の御所平で暮らしておりました。その当時、まだ幼年だったこともあり、川上村でセミの鳴き声を聞いた記憶がなかったのですが、今年の8月の初め、遅い梅雨明けの日、久しぶりに金峰山川のほとりのキャンプ場(ふれあいの森)に2泊ほどしたところ、日の出からしばらくして、樹上からセミらしいものの鳴き声を聞きました。温暖化の影響がここまで及んでいるのだろうかと不審に思ったのですが、貴サイトでエゾハルゼミの存在を知りました。

大変ぶしつけなお願いで恐縮ですが、このエゾハルゼミについて教えていただけないでしょうか? ウェブマスター様が写真を撮られたり、大合唱を聞かれたのは、風景写真からすると、秋山、川端下のあたりでしょうか?川上村に通われて10数年間とのことですが、毎年鳴き声は聞こえましたか?

こどもの学習に生かしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

********@nifty.com
http://homepage3.nifty.com/ongaku-no-chanoma/

●2003年8月11日 (月)  野菜ジュース断食

日経ヘルスという健康雑誌のメールマガジン(メルマ)の配信を受けているが、9月号の記事(以前は週刊だったのに月刊になってしまった)に、野菜ジュースダイエットの紹介が載っていた。勤務先での昼食を木、金と市販のカゴメ野菜ジュースにして結構快調だったので、土曜日に朝から野菜ジュース断食を結構してみた。空腹感はあったが、耐えられないほどではなく、日曜日の朝食に雑炊を食べてもどしていったが、腹具合がすっきりした感じだ。昼過ぎには宿便とまではいかないが結構ニオイの強い大便もすっきり出た。

昼から夜は、親戚からもらった大量の野菜をナントカ料理しようと、以前よくつくったキャベツと油揚げの煮ひたしを保温なべで2杯作った。1杯目はほとんど自分で食べてしまった。体重も最近のピーク時の77kgkら一気に74kgまで減った。

●2003年8月8日 (金)  キャンプの付き添いに関することども

1.交通
 マイカーで中央道八王子IC須玉IC間を経由して往復した。中央道はそれなりに快適だったが、アクセス道路になる国道16号が渋滞して非常に不快だった。

2.標高1500mを越える高地で油蝉らしき鳴き声が聞こえた。私がこどもの頃には標高1200m程度の場所に住んでいたのだが、蝉の鳴き声が聞こえず、父の実家のある標高約800mの地にはミンミンゼミがいたのをはっきり記憶しているので、やはりこれも地球温暖化の影響だろうか?当時はカブトムシは、製材所の廃チップ置き場(切りくず置き場)の中で大量に採取できたが、クワガタムシの仲間はいなかったように思う。今はどうなのだろうか。

3.山の清流には、トウキョウサンショウウオが生息していたが、現在では見られなくなったようだ。その代わり、カエルのおたまじゃくしが見られた。

4.晴天に恵まれ空が清んででいたこともあり、降るようなというほどではないが、都会ではとうていみることのできない多くの星ぼしを眺めることが出来た。それでも山向こうの甲府盆地や佐久平は当時とは比較にならないほど夜間の明かりが溢れている(コンビニや高速道路、街路灯など)ので、空にそれらの明かりが反映して、当時より暗い夜空ではなくなっているように思った。ただ、こども時代それほど夜空に感激した記憶はない。中学生のとき、上高地の横尾山荘で見た夜空は、これぞ夜空というすごいものだった。天の川がはっきりと見えたのだから。

5.河原には、小動物の足跡が見かけられた。親戚の家で、農作業中の熊に注意のアナウンスがあったとの話を聞いたので、熊も森の中に潜んでいたのかも知れない。こどもと一緒だったので小昆虫を捕獲し、写真に撮った。草花は少なかった。

●2003年8月7日 (木)  フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディについて

ヤフー掲示板の音楽>クラシック>全般に音楽と政治なるトピがある。そこでメンデルスゾーンはユダヤ人か否かという議論になっている。祖父モーゼスはユダヤ人哲学者で、音楽家の伝記の分野では、その著書をW.A.MOZARTが蔵書として所有していたことでも知られている。しかし、メンデルスゾーンがユダヤ系としてもプロテスタントに改宗しているからユダヤ人ではないと主張する人がいる。(この人はどうやら宗教に関心があるらしく宗教系のトピによく投稿している。)要はユダヤ人の定義の問題で、それを宗教的な概念とするか、人種的、民族的な概念として捉えるかで、その主張の是非が変わってくるものだ。

メンデルスゾーンのことを少し調べると、バルトルディという二重姓を後年つけたのは、もうユダヤ教徒ではなくプロテスタントへ改宗したことを世間的に主張するためのものだったらしい。内面的な問題を外部に主張しなくてはならないという苦悩。

彼の音楽が「ユダヤ人」として、ナチ時代のドイツでマイヤベーヤ、マーラーの曲と並んで演奏禁止の憂き目に遭ったのは、よく知られた事実であり、ナチの「ユダヤ人」定義では、やはりカトリックに改宗したマーラーと並んで「立派に」ユダヤ人扱いされていた。宗教は内面的な問題であるが、政治は暴力装置を後ろにちらつかせた外形力によって支配する。その是非を問わずとも、改宗者メンデルスゾーンはユダヤ人として死後も差別され続けた。おそらく、マイヤベーヤとメンデルスゾーンはヴァーグナーと不和だったらしく、ヴァーグナーによる「音楽におけるユダヤ的なもの」とかいう著作で非難されていて、ヒトラーがその影響下にあったのではなかろうか?だが「立派な」ユダヤ系のシュトラウス一家の音楽はナチ政権下でも普通に演奏されたというのは権力の恣意性を象徴し、差別というものの本質を表す笑止千万な出来事である。

●2003年8月5日 (火)  生誕の地にキャンプに行ってきた

長男が所属するボーイスカウトがたまたま今年のキャンプ地に選んだのが母の実家があり、私が生まれた村だった。祖父母がなくなってから久しく、おじおばやいとこたちには年賀状でのご機嫌伺い程度になっているが、久々に訪れ、時間をみて親戚回りをしてきた。

●2003年7月28日 (月)  映画 トレジャープラネット 

スティーヴンソンの「宝島」を翻案した「宝惑星」。ディズニーアニメの最新作を見てきた。アニメーションのスピード感、立体感、音響とも非常によくできていたが、書籍の宝島を読んで、少年少女が受ける感動とは少々質が違うのではないかと思った。我が家の二人の少年たちもそれぞれ集中して画面に見入っていたが、やはり、名作「宝島」の存在を知らせてやりたいものだ。

●2003年7月22日 (火)  原智恵子 続き

 その後通読した。もともと著者はクラシック音楽界に造詣が深かったわけではなかったようで、何人かの音楽関係者の協力も得ている旨書かれていた。その割りには、おかしな記述も目立ったのはどういうわけか?人名の誤植がめだった。特に原が日本の音楽界から無視されてきたことに抗議する意図もあって書かれた割りには、憶測的な批判が多く鼻白むことが何度かあった。非難ではなく、正当な根拠を持った批判ならうなずけるのだが、贔屓の引き倒し的な部分が垣間見えるのは著者のスタンスの問題だろう。読後感はあまりすっきりしたものではなかった。新潮社の雑誌に掲載されたエッセイが元になったようだが、あの出版社は文芸面では老舗だが、雑誌面ではゴシップ好きの低俗な面が目立つ。そのゴシップ路線に多少毒気を当てられたのだろうか?

●2003年7月17日 (木)  「原智恵子 伝説のピアニスト」(石川康子・著/ベスト新書)

http://columbia.jp/~chieko/
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E6%96%B0%E6%9B%B8%E3%80%80%E5%8E%9F%E6%99%BA%E6%81%B5%E5%AD%90
 一昨年11月頃に上梓され音楽ファンの間で話題になった本を書店で見かけ、少し立ち読みしたところ、面白そうなので購入した。半分ほど読み進んだが、内容的には非常に面白い。原智恵子というピアニストの存在は、ガスパール・カサド夫人ということで知っていたし、池内友次郎という作曲家の存在も知っていたが、彼があの高浜虚子の子息で、俳壇の重鎮である高浜が相当な財産家だったことは初めて知った。同じフランス系ピアニストである安川加壽子とのライバル関係も面白かった。原を批判する音楽評論家への著者の非難も強烈で山根銀二や野村光一などが俎上に載せられていた。音楽評論の世界は今も変わっていないし、より低レベルになっているように感じる。
 但し、この本の文章や音楽家の名称など、明らかに推敲や校正が不足しているのが気になった。これは著者の所為でもあろうし、恐らく編集者の所為でもあろう。音楽関係の監修者がいなかったものだろうか?例えばティボー・コルトー・カザルスのトリオは普通カザルストリオと称されたはずで、「大公トリオ」などと呼ばれたことなどあったのだろうか?文章面では、少々素人的なてにをは面での悪文などが気になった。忘れられた先駆者の発掘という意味で非常に面白い力作であるのに少々惜しい。久野久(子)の名も出てきたが、単なるドイツ派ピアノ奏法の限界うんぬんの片付け方は、大雑把過ぎた。

●2003年7月16日 (水)  ドクトルマンボウ医局記

(数日前登録したと思っていたらされていなかったので、再度アップ)

近所の古本屋でドクトルマンボウ医局記のハードカバーが100円で売っていたので購入した。ドクトルマンボウシリーズと言えば、中学校の教科書に昆虫記の一部が掲載されており、それをきっかけに文庫本を購入して愛読したものだ。航海記、昆虫記、青春記。特に青春記はロマンチックなバンカラ旧制高校生の青春を博識をベースにユーモア溢れる筆致で綴ったものだった。自分の大学選びにも少なからず影響があった。

ところでこの医局であるが、東北大学医学部を卒業後、慶應義塾大学の医局に入局した以後、あの航海に出発する頃までを綴っている。相変わらず滑らかな筆致で、スラスラと読ませてくれるのだが、時系列的な飛躍だとか、舌足らずさなどが気になった。著者も老いたのだろうか。

●2003年7月9日 (水)  asahi.com AICの記事へ投稿しようと思ったけれど

http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20030624.html

美濃口坦さんの「欧州どまんなか」「輝く小さなイモムシ」 を拝読。蛍とはGluhwurmchenでしょうか。「この国の人々の意識では、昆虫は人間が本当は関係をもたない別世界の住民で「虫けら」(で)ある。」

ここからドイツ人の「虫けら」観を窺い知ることが出来ました。このドイツの虫けらから、私が素人ながら関心を持っているシラーの「歓喜に寄す」のある語句に思い至りました。それはWurmという言葉です。

ベートーヴェンの第九の歌詞として取り上げられたために、欧米語の原語の詩としては日本人にもっとも膾炙している詩のひとつだと思われる「歓喜に寄す」で、ベートーヴェンが抜粋したうちのまたその一部をアマチュア合唱団に属している私などは何度も歌ったことがありますが、このWurmを含む詩句ひとつにしても実は結構難解に思えます。

Wollust ward dem Wurm gegebenがイモムシWurmを含む詩句ですが、日本語訳としては、多くは否定的なニュアンスで「官能的な快楽などは虫けらに投げ与えられ」または肯定的なニュアンスで「官能的な悦びは虫けらにも与えられ」のようにCD添付の歌詞カードなどに訳されています。

とここまで書いたがどうもエッセーへの感想文としては的外れだったので、投稿をやめておいた。

日本の虫愛づる姫君の話、蛍がシェークスピアの戯曲に登場したか、ケルト民族の妖精譚と蛍の関係など思いをめぐらすよすがにはなった。

それにしても、ドイツ人の子どもたちが昆虫採集を遊びのひとつとして持っていないというのは意外だった。欧州でも、フランスにはファーブルもいるし、イギリスなどは博物学の伝統で昆虫への関心が強いように思われるが、ドイツを含む中欧、北欧は昆虫採集はあまり行われないのだろうか?フィンランドの児童文学ムーミンには、虫の採集のことは出てきただろうか?確か、珍しい植物の採集はヘムレンさんだったかがライフワークにしていたと思うが。

自然は文明と対立するもの、共存するもの、民族性の違いだろうか?

●2003年7月8日 (火)  安物買い自慢はわびしい

例に漏れぬ減給のため小遣いとして使える収入が大幅減。つい安物買いに走っている。この雑録に納めた雑文も多くは廉価で買ったという屈折した自慢ばかり。

ただ、安物でなければ手が伸びなかった(耳にすることがなかった)録音に触れることができたという収穫はある、と思い直す。

●2003年7月7日 (月)  80年代のCDの大安売り

 発売当時3500円程度のレギュラープライス盤の中古品が750円の売値がつけられており、それがタイムサービスで200円で購入できた。ドイツ・グラモフォン盤3枚。
 ムターとカラヤンのブラームスのコンチェルト、R.ゼルキンとアバドのモーツァルトのコンチェルト9、17番、クレメル・カシュカシュアン・アファナシェフによるモーツァルトのケーゲルシュタットトリオ(Vn盤)、Vn&Vaのデュエット2曲。どれも別の録音を所有しているものだが、これだけ安いとつい聞いてみたくなり衝動買い。盤質やジャケットなどは全然問題なし。この頃のDGは飛ぶ鳥を落とす勢いでオールスターキャストのすごい録音が相次いだ物だった。ちょうど私の学生時代、新社会人時代だ。
 感動を語るよりもまず批判を書くのはあら捜し的で品が悪いことだ。ムターのコンチェルト、17歳の少女の演奏とはとても思えない立派なものだが、ソロが音程的に少々ぶら下がり気味に聞こえる個所があった。バイオリニストの癖なのか、ベルリンフィルの方が上ずっているのか分からない。また一般的な名器ストラド、ガルネリ、アマティではないヴァイオリンを使用しているとのことで、少々太めの音色で17歳の少女にはあまり似つかわしくなく感じた。カラヤンのブラームスは、どうも流線型だ。響きは充実しているが。カラヤン恒例のゴッドファーザーとしてのホープや西側デビューバックアップのひとつ、かつてはロストロポーヴィチ、リヒテル、ベルマン、ツィメルマン、クレーメル、そしてムター、キーシン。ベルマンを除いてはみな功成り名を遂げている。
 ゼルキンとアバドの演奏は、晩年のゼルキンがベートーヴェンは小澤と、モーツァルトはアバドと組んで録音したものの内のひとつ。小澤との録音はテラークが担当だが残念ながら私のオーディオではピントが合わないぼやけた音像のもの。アバドとのモーツァルトは当時盛んにFM放送などでも放送されたが、予想より指のもつれもなくゼルキンの美しい音楽を堪能できる。アバドとロンドン響も、交響曲のダルな演奏とは段違いの集中力のある演奏を聞かせてくれる。
 カシュカシアンは、多分アルメニア系だろうが、アメリカ生まれという。ジャケット写真はむきつけき(失礼)クレーメルとアファナシェフに囲まれ、清楚な谷間の百合の風情。しかし、演奏は、CBS盤のマとのトリオでも聞こえた骨太で暖かいビオラの魅力を奏でている。
 

●2003年7月4日 (金)  グルダの来日公演のベートーヴェンはすばらしかった

6/29(日)の午後9時に放映されたフリートリヒ・グルダのコンサート。90年代、2回目で最後の来日だったという。ほぼリアルタイムでNHKが放映したのをテレビで見、ヤマハのクラヴィノーヴァ?による演奏には閉口した記憶があった。しかし、今回聞いた彼のベートーヴェンのOP.110はすばらしかった。あの頃に比べて後期ソナタの聴経験が増えて演奏の違いに耳が行くようになったこともあるだろう。グルダの若い頃のアマデオ録音も愛聴しているし、ソロモン、ヴェデルニコフ、ケンプなど聞き比べも楽しんでいる。その中でも、今回のグルダの演奏は見事だった。破綻のない安定したメカニックの上で高音域の透明で伸びのある音色、自由で気取らない(外見からの印象もまじるが)闊達な演奏だった。

バッハの平均律の第1巻第1番のプレリュードは慈しむような優美な演奏だったが、フーガはグールドのCDに比べると運動性が物足りなかった。

ジャズの合奏や自作のソロはグルダの表現意欲の旺盛さとしては理解しても、クラシックの呪縛がところどころに感じられ、楽しめなかった。呪縛にかかっているのはお前の方だと言われそうだが。

●2003年6月27日 (金)  アサヒコムへの投書

元記事
http://www.asahi.com/column/aic/Mon/d_click/20030623.html

http://www.asahi.com/column/aic/Fri/d_forum/20030627.html

読者フォーラム June  27, 2003
降参

????さん

穴吹さんの「責任回避」を読んで、マスメディアに属する方の感覚と一般庶民のそれとの間に大きなギャップがあるのではないかという感想を持ちました。例の牛丼発言に感じた違和感もフラッシュバックしてきました。こんなことを書くとボツになるでしょうか?、

岩城元さんの2003年06月05日 「中国の度量、日本の度量」 を読んでの朝日新聞社および日本人の感覚と中国人の感覚の差と相通じるように思いました。一言で書けば、傲慢さでしょうか。感覚の問題ですから議論にはならないでしょうが、そのように感じている一読者もおります。

穴吹史士:一言、降参。

AICキャスターの元記事に対して批判の投稿をしたところ、結構多くの人が同じように感じたらしく同趣旨の批判が集まった。

●2003年6月24日 (火)  オーケストラピース

以前(現在工事中の)家族の席に書いたことがあったが、オーケストラ作品が我が家の子供たちには人気がある。
1.ヴァーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
2.ホルスト  「惑星」より木星
3.スメタナ  「我が祖国」より「モルダウ」
が最近のベスト3。

他にチャイコフスキーのバレエ組曲、ビゼー、ヘンデルなどが人気。バッハ、モーツァルトは意外にも不人気。性格がはっきりしていて覚えやすいメロディー、モチーフがあることが条件のひとつか。

1などは結構聞きたいとせがまれるほど。ピアノ小品には余り興味がないようだが、ピアニストの真似はしたがる。

自分が幼稚園、小学校低学年の頃はどんな音楽生活を送っていたか?
オーケストラ曲はあまり耳にしなかったな。

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日々雑録 2003.1.15-6.18

●2003年6月18日 (水)  ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番を聞いて

先日購入したアシュケナージ、メータ/VPOの演奏を聞いていて、「ああ、そういえば、やはりギレリス、セル/VPOのザルツブルクライブはすごい演奏だな」と改めて思った。オケにみなぎる熱気というか情熱が濃厚で、テンションが格段に高い。しかし、セル、ギレリスの音楽作りは情緒におぼれず格調が高い。そこにVPOの柔軟なアンサンブルと音色があいまっている。こういう演奏を基準にしてしまうと、アシュケナージたちの演奏は、美しいところはありながら、生ぬるい演奏だと言わざるを得ない。

だが、同じセルの指揮によるフライシャー独奏のCBS盤に比べると、アシュケナージ盤の方が聞いていて楽しい。


●2003年6月17日 (火)  蛍見物

土曜日の夜近所の県立公園に蛍を見に行った。雨降りだというのにすごい人ごみだった。肝心の蛍は2、3匹かろうじて光ってくれた。


●2003年6月13日 (金)  何だアシュケナージって割といいじゃん

テンシュテットのマーラー全集15枚組中古を格安で売っていた近所のブックオフに、80年代録音のアシュケナージ、メータ/VPOのベートーヴェン ピアノ協奏曲全集4枚組(当時の新品定価10800円)が、これまた格安で売っていて、1番のCDを持っていないこともあり、お手軽に聞いてみようかと衝動買いした。

聞いてみたところ、これが悪くない。アシュケナージとメータといえば、ロンドンレーベル(デッカ)の一時期の看板人気アーティストであったがゆえに、へそ曲がりとしては極力避けてきた。アシュケナージのピアノソロは、ショパン、シューマンを多少聞いた。よく音大生御用達の演奏と言われる彼の録音だが、その音色が生理的に好みではなく、メロディーの歌わせ方やアクセントも奇異に感じることが多く避けてきたし、メータはNYPでボンクラになってしまったとの印象から特に興味が湧かなかった。多分レギュラープライスなら絶対買わないCDだったと思う。

今回のCDは、アシュケナージのあの嫌な音が聞こえず、結構透明で伸びやかな音色だった。メータの指揮も華美ではなく、VPOと丁寧で暖かい演奏を繰り広げている。

どうしても限られた財力、時間ゆえに取捨選択をせざるを得ないのだが、できるなら偏見を捨てて聞きたいものだ。


●2003年6月12日 (木)  快挙 大植英次のバイロイト登場

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E5%A4%A7%E6%A4%8D%E8%8B%B1%E6%AC%A1%E3%80%80%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88&lr=

新聞に出たときには驚いた。今週号のAERAにも取り上げられていた。これって結構快挙だ。ヴァーグナーの楽劇、バイロイト音楽祭が西洋音楽の頂点かどうかは別にして、一つの極致であることにはあまり議論がないだろう。いわゆるケルト伝説からゲルマン伝説、巨大、複雑でかつ巧緻。聖と俗。鑑賞する上では、現代日本人に大きなハンディキャップがあるとは思えないし、ドレスデンのシェフだった若杉弘、バイロイトの副指揮者として長らく活躍した飯守泰次郎、日系の準メルクルなど、ヴァーグナーを得意とする日本人も増えているが、中でも「トリスタンとイゾルデ」をあのバイロイト音楽祭本番で指揮するとは画期的なことだ。もちろん、ドイツ系や周辺諸国出身者ではなくとも、ブーレーズやバレンボイムが登場したという流れもあるのだろうが、なんでも非西洋系(インド人はこれに入るのかどうか分からないが)では初めての抜擢らしい。

小澤のヴィーンのシェフ就任時もジャパンマネーうんぬんが取りざたされたが、大植の場合もそのようなやっかみめいた話題が出ることだろう。どうなるかその成果を見守りたい。

それにしても大阪フィルは朝比奈隆亡き後、話題性に優れた音楽監督を得たものだ。先日の朝日新聞の音楽評でも大植の指揮する大阪フィルを聞いてみたいという気にさせる記事が掲載されていた。


●2003年6月10日 (火)  N響 サンクトペテルブルク公演

http://www.google.co.jp/search?q=cache:CR1eoB25xR0J:members.jcom.home.ne.jp/ginnohue/033Concert.html+%EF%BC%AE%E9%9F%BF+%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%9A%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E5%85%AC%E6%BC%94&hl=ja&ie=UTF-8

6/8(日)のBSで、タイトルの演奏会の模様をやっていた。上記のGOOGLEに詳しいが、ピアニストはアルゲリッチではなく、プレトニョフ?が代役で出演していた。用事があり、腰を据えて見ることが出来なかったが、音響的な印象では、ペテルブルクのフィルハーモニーホールは明るい音色がする。ただし、収録はバランスがいつもと違い、ベルリオーズの序曲などは、メロディーラインがはっきり出ない演奏に聞こえた。宮田まゆみの笙は、サイトウキネンの放送以来だが、かそけき美しさだった。彼女は横浜在住とのこと。先日の新聞の地方版で紹介されていた。


●2003年6月9日 (月)  テンシュテットのマーラー全集 第三回

GOOGLEなどで検索してみると日本語サイトでもテンシュテットのマーラーを特集しているページがあった。吉田秀和氏が、同時期に出たレヴァインのとテンシュテットの第9番を比較してレヴァインを評価したという記録もあり面白かった。

この土日で第4番を聞いた。私のマーラー入門曲で、クーベリックのLPで楽しんだ曲。その後小澤/BSOのCDが発売されたときにすぐにもとめたのだが、これが隔靴掻痒の演奏で、小澤への不信感のきっかけともなった。テンシュテットの4番は、クーベリックのほど明快ではないが、小澤のほど神経質ではない。第1楽章は低弦の鳴りがあまり良好ではないが、テンポの切り替えは見事。全体的にはおっとり型で、しばらく聞いていないクーベリックに似ているような気もする。この曲に限らず、テンシュテットのメロディーの歌わせ方は一番しっくりする。


●2003年6月4日 (水)  テンシュテットのマーラー全集 続き 第8番

その後調べて見ると、テンシュテットは「大地の歌」もロンドンフィルとスタジオ録音しているようだ。また、いくつかのライブ録音も残している。

昨夜は、第6番「悲劇的」と第8番の第1楽章を聞いた。第8番は、ショルティとシカゴ響がヴィーンで録音したLPとインバル/フランクフルト放送響のCDで聞いてきた。ショルティのはほとんど聞く機会が今となってはないが、インバルのは時折聞く。しかし、欲求不満が大きかった。前にも書いたが、音質がどうもざらつき気味でスケール感や熱気に欠ける。有機的な一体感というより、無機的な疎外感を覚える。まだ第1楽章のみだが、テンシュテットのものは、そのような不満を補って余りあるもののように感じた。主題を明瞭に提示、再現しているので形式がよく把握できるし、合唱が結構オンマイクなので音響も豊か、熱気もある。


●2003年6月3日 (火)  あずみ椋(りょう)のニーベルングの指環

図書館で四冊セットを借りて一気に読みました。女性漫画家によるいわゆる少女漫画系の絵柄で、少々抵抗はあったけれど、漫画家自身、ベルリンオペラの来日公演で感激の涙を流すほどの思い入れがあるそうで、それなりに原作に忠実に誠実にマンガ化されていた。また、ゲルマン系の伝説にも興味があるとのことで、そのマンガも連載しているとのこと。

まったくの入門者である同居人も結構はまったようなので、入門用には適しているだろうと思う。

人物関係図で、ワルキューレ姉妹全員が、ヴォータンとエルダの娘となっていたのは、それまで読んだ翻訳や対訳添付の解説がブリュンヒルデのみを彼らの間の娘で他の姉妹は異母姉妹としていたのと違っていたのが気になった。あずみのマンガ以外はヴォータンの一番のお気に入りの娘ブリュンヒルデが特別な存在であることを、彼女だけがエルダの娘ということに求めたのだろうか?


●2003年5月30日 (金)  テンシュテットのマーラー全集 ブックオフで揃える

マーラー全集と言っても、ブリリアントレーベルのインバル指揮フランクフルト放送響の激安全集やその他メジャーレーベルでも輸入ボックスセットが激安で入手できる昨今、かつてのフルプライス盤を中古で安く揃えてもそれほど絶対額としてはお得感はないが、昨日近所のブックオフを覗いたら15枚もの37500円のテンシュテット指揮ロンドンフィルのマーラー交響曲全集(大地の歌は収録されていない、10番アダージョは収録)が揃っており、トータル5,000円で入手できた。

昨夜1番と2番を聞いた。すでに惜しくも故人となったテンシュテットだが、一時期活発に活躍していたころはFM放送などでベルリンフィルなどによく登場し、熱い指揮ぶりが印象に残っていた。

CDで聴く彼のマーラーも熱気が感じられる。もともとそういう音楽ではあるのだが、1番と2番のフィナーレの演奏には私も興奮した。しかし細部や音響に惑溺することなく、全体の見通しがいい。アバドの精緻なマーラー、小沢のスタミナ不足のマーラー、バーンスタインの細部に凝った耽美的なマーラー、乾燥したインバルのマーラー、クーベリックの細部に拘泥しない健康的なマーラーなどなどあるが、テンシュテットの盤は、録音があまり明快でないのは惜しいが、よくバランスが取れている。


●2003年5月26日 (月)  ハーディング エクサンプロバンスのドン・ジョヴァンニ

先日の金曜日深夜(というか土曜日未明)BS2で放映したいたものをビデオ収録しておいたが、ようやく視聴した。面白かった。序曲から驚かせてくれる。ソナタ形式で言う序奏部、例の騎士長の石像がドン・ジョヴァンニを食事に誘いに来るところで奏でられる半音階のモチーフが聞き取れないほど速いテンポ。速いテンポのは、古楽スタイルで評判をとったストックホルム?の小宮殿で行われたオペラ公演(確かCDで出ていた)の評判を彷彿とさせる。また、マーラー室内管弦楽団なる団体は古楽奏法で、非常に思い切ったアクセントをつける。すべて若手指揮者ハーディングの指示なのだろう。演出は、衣装や髪型は現代風。セットは原色の椅子やテーブルなどを使った非常にシンプルなもの。若手で見栄えのいい芸達者の歌手を集めたらしく、映像的にも見せてくれる。非常にエロチックな場面ももある。歌手では、ドンナ・アンナが単なる一本調子でなく好演。但し、現代風の演出と、「騎士長」とか「騎士様」という台詞がアンマッチ。確かにハーディングは才人だ。


●2003年5月19日 (月)  まだニーベルンクのリンク

これは結構よさそう。

http://www.shinshokan.co.jp/shopcart/html/sho/shinshokan_02017-8.html

ニーベルングの指環対訳台本・ライトモチーフ譜例付

リヒャルト・ワーグナー作 天野晶吉訳 ライトモチーフ分析/川島通雅

本体価格 4854円/A4判並製/196頁[1990年]

品切

ワーグナー大作楽劇の音楽とドラマを、重層的に深めているライトモチーフ(特定の人物・事象・想念を象徴するメロディ)を序夜「ラインの黄金」から「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」まで綿密な理解のもとに剔出し、鑑賞の手引きとしたオリジナルな編集による対訳『ニーベルングの指環』。

その他情報。 このうち、音楽之友社のオペラ対訳ライブラリは図書館蔵書を借り出し、読破済み。

ここに出てくるあずみ椋のコミック版は評判がいいのになぜかハードカバーも文庫も絶版。図書館にはあり。


●2003年5月16日 (金)  新書館の指環 続き

今日も引き続き、指環の感想。

ヴァルキューレは、指環入門に適しているという世評で、もっとも早くショルティ盤を入手して聞き始めたものだった。そのLONDON盤(日本盤)のCDの解説書には、ライトモチーフの楽譜が付いていたり、あらすじの解説や対訳も詳しく、それなりによい出来栄えなのだが、新書館の指環の翻訳を読む前と読んだ後では、この作品も印象が異なった。やはりスラスラと自分の母国語で読んでみるに如くはないようだ。なぜヴォータンの子であった男女の双生児が互いに強く惹かれ合い、英雄ジークフリートを生み出すにいたったかのインセストタブー的ないかがわしさは、台詞で弁明されていた。そして、なぜブリュンヒルデがヴォータンに逆らい、ジークリンデを救い、ヴォータンの怒りに触れて岩山で火の眠りにつかされたのかも。

もちろん解説書や対訳を丁寧に読み込めば、早くから得心が行ったのだろうが、そこまで辛抱強くないので、やはり読みやすい翻訳というのは良い。

ヘーゲルやカントやダンテなども読みやすい翻訳が試みられているようだが、日本語を読み解く難解さをできるだけ軽減させ、読者を原書そのものの内容の読解に導くのが良い翻訳者というものだろう。


●2003年5月15日 (木)  新書館の指環の翻訳は読みやすい

以下の翻訳が出ている。英文学者父子の翻訳だが、日本語としてこなれているため、スイスイと読める。いわゆる韻文としての扱いで、一行の文字数が少ないので、一冊一時間もかからない。ホームページ本文のノイホルトのリンクの感想に書いたのは、音楽之友社の逐語訳を参照しながら聴いたときのものだがそのような卑俗なイメージはあまり浮かばなかった。むしろ妖精もののような軽やかさを感じた。

すべて公立図書館から借り出した。

ラインの黄金
http://www.shinshokan.co.jp/shopcart/html/sho/shinshokan_11008-8.html

ワルキューレ(ヴァルキューレ)
http://www.shinshokan.co.jp/shopcart/html/sho/shinshokan_11002-9.html

ジークフリート
http://www.shinshokan.co.jp/shopcart/html/sho/shinshokan_11006-1.html

神々の黄昏
http://www.shinshokan.co.jp/shopcart/html/sho/shinshokan_11007-X.html


●2003年5月12日 (月)  シフのブラームス2番、動物園

◆昨夜のN響アワーで、1994年?頃のアンドラーシュ・シフ独奏、サバリッシュ(ザヴァリッシュ)/N響によるブラームスの2番を聞いた。正直言って面白かった。感心した。ピアノは珍しく、ベーゼンドルファーを使っていた。非常にピアノの音が明瞭だった。特に高音域の音色が透明だった。また低音域もよく伸びていた。シフのノンレガート気味のタッチが原因だろうか。オケもよく整えられており、珍しいほど透明なブラームスだった。そのためか、ピアノ付き交響曲ではなく、より一般的なピアノが饒舌なピアノ協奏曲の趣となっていた。困難なパッセージでもヴィルトゥオーゾ的に弾き飛ばさずに誠実に対応していて、少々野暮ったい感じもしたが、それはそれで面白かった。ただ、この曲は、どうも先行する3つの楽章に比べて、第四楽章が楽想的にも構成的にも弱いように思えるのだが、このシフとサバリッシュの演奏でもそれは免れがたかった。ブラームスには珍しい軽みを表現した音楽なのだが、どうもすわりがよくないように思える。

◆5/10(土)には近所の動物園(ズーラシア)に行ってきた。これまでアジアの動物ゾーンに間借りしていた、アフリカの珍獣オカピがアフリカの熱帯ゾーンのオープンに伴い4/25から本来の場所であるそこへ移動したので、その様子を見に行ってきた次第。以前よりオカピと来園者との距離が縮まり、接近してオカピを観察できるようになった。ヤマアラシ、ハリネズミ、小型のニシキヘビ、カメなども水槽状の飼育箱に入れられて展示。しかし、この動物園、広くて動物の成育環境重視なのはいいが、入り口から出口まで一方通行的で相当の距離を歩くため、最後までたどり着くのが結構しんどい。近道(ショートカット)がもっとあればいいのだが。また、動物によっては姿を見られないことが多い。近所に住んでいる人は、季節や時間帯を変えて何度でも見られるが、遠方から来園した人には少々不親切かも知れない。ビデオ上映などあればいいのだが。


●2003年4月7日 (月)  ADSL速度改善5

◆今後の対策の改版
調べてみたら最適値の計算ができるサイトがあった。
http://member.nifty.ne.jp/oso/optrwin/
MTU=1500ではパケットエラーが出るので1456か1454というのが最適という情報もあり。
http://village.infoweb.ne.jp/~fwnz2242/pasy.cgi?mode=allread&no=9022&pastlog=0001&act=past

http://members.tripod.co.jp/asugi23/adsl18.htm
の分析の伝送損失48dbを元に推定すると2.5~3.0km未満 44dB以上 平均2,785kbps 最低1,360 最高5,600なのでまだ速度は出るかも知れない。まずはMTU値の最適化だ。それからTCP/IPのアップデートも必要かも知れない。
http://support.microsoft.com/default.aspx?scid=kb;EN-US;q236926

ここでは同一町内番地最初桁共通近隣の一般速度が表示される
http://ybbcustomer.bbtec.net/ybb/SpeedYahoo/portspeed.jsp
実家は局舎から遠いので、推測値上り448、下り582程度。CELERON300Mhz(自分のより速い)では300/400程度しか出ないようだ。光待ちだろう。
前に住んでいたところなら854/4004 CELERONで600/2400。
自宅は、638/2618 CELERONで500/2000なので、昨日の値がほぼ限界値かも知れない。何しろ133Mhzだから。

推定値
上り接続速度の推定値 638 【単位:Kbps】※1
下り接続速度の推定値 2618 【単位:Kbps】※1
目安値
お使いのパソコン 上り計測速度目安値 下り計測速度目安値
Celeron 300MHzの場合      500 2000
PentiumII 300MHzの場合     500 2200
PentiumIII 600MHzの場合     500 2300
PentiumIII 1GHzの場合 500 2300
Athlon 1GHzの場合 500 2300
これだとCPUが相当速くてもあまり速度は変わらないようだ。
なお、ガス検針機は、プロパンガスが対象らしい。

参考 速度測定 http://www.bspeedtest.jp/ 
RWIN設定計算式 http://www.bj.wakwak.com/~public_sub.k-ono/mtu_rwin/atuko3.htm
その他MTU,RWIN調整http://www.zdnet.co.jp/magazine/ybb/0202/book/03.html
YAHOO BB非公式情報局 http://yahoobb.tripod.co.jp/
ひろくんのページ(YAHOO 12M使いこなし)
http://nice.kaze.com/index.html
YAHOO BB使いこなし
http://www.geocities.jp/saru_house/


●2003年4月7日 (月)  ADSL速度改善4

上り(アップロード)は、結構ばらついたがベストエフォート自体1000kbpsなのでこれくらいでしょうがないだろう。
①301kbps
②186.6
③242.2
平均243.3

その後、ストレスを感じていたサイトに接続してみたが、やはり速くなっている。

◆今後の対策
まだRWINはいじってみる余地があるようだが、当面はこれで満足。調べてみたら最適値の計算ができるサイトがあった。
http://member.nifty.ne.jp/oso/optrwin/

MTU=1500ではパケットエラーが出るので1456か1454というのが最適という情報もあり。
http://village.infoweb.ne.jp/~fwnz2242/pasy.cgi?mode=allread&no=9022&pastlog=0001&act=past

ソースネクストからYahoo BB専用の驚速が1,980円で出ているのでこれを試して見るか?しかしMTUとRWINの最適化がメインだというからこれ以上の改善は無理かも知れない。
http://www.vector.co.jp/soft/win95/net/se233944.html

http://members.tripod.co.jp/asugi23/adsl18.htm
の分析の伝送損失48dbを元に推定すると2.5~3.0km未満 44dB以上 平均2,785kbps 最低1,360 最高5,600なのでまだ速度は出るかも知れない。まずはMTU値の最適化だ。

参考 速度測定
http://www.bspeedtest.jp/ 

RWIN設定計算式
http://www.bj.wakwak.com/~public_sub.k-ono/mtu_rwin/atuko3.htm


●2003年4月7日 (月)  ADSL速度改善3

対策
(1)
次にマカフィーのパーソナルファイアーウォールを停止してみる。
5回の平均は416.8kbpsで変わらず。

プライバシーサービスも併せて停止。これも同様に418.4kbpsと変わらず。

ウィルススキャンも併せて停止。これも同様に414.2kbpsと変わることはない。

結論:常駐セキュリティプログラムは関係なし。

(2)ガス会社に電話をして確認すればよいのだがまだしていない。

(3)今のところ古いPCを買い換える予定はない。それにしても高価だったな。WIN98へのアップグレード、メモリー増設、や今回のLANカード購入と現行のPCを比較すればコストパフォーマンスが格段に違う。秒進分歩とデフレなのだから当然だが。

(4)残されたのはこれ。レジストリをいじるので少々怖いが。
今は確認できないが、あるADSL速度改善サイト(それにしてもたくさんある)にMTU=1500なら一般にRWINは64240にすればよいとなっていたので、簡単なフリーウェアをインストールして変更。再立ち上げをしてみた。

その結果は劇的だった。ベストエフォート12Mbpsに比較すべくもないが、とりあえずメガを超えた。うれしいので詳細測定結果を書いておこう。セキュリティプログラムは常駐状態。

下り(ダウンロード)では、
時刻  Mbps
①23:52 1.401
②23:53 1.921
③23:54 1.900
④23:55 1.904
⑤23:57 1.926
平均  1.810

上記の測定の総合平均で414kbpsだったのでなんと4倍以上も早くなった。


●2003年4月7日 (月)  ADSL速度改善2

3)古いPC(1997年6月モデル)FMV-BIBLO NU13のデフォルトMTUとRWIN
  スペックはPentiumの133MHz、RAMは32MBから増設
  (定価はこれで403,000円!だった。今なら20万円もしない!)
4)NTT東日本線路情報 線路距離長2520m 伝送損失48db
http://www.ntt-east.co.jp/line-info/consent.html
最寄のNTT局舎から自宅までの直線距離は1270m程度。道路沿いに回線が張られているとして距離を測ると1470m程度。2割増しで1800m程度。しかし伝送損失が相当悪い。手ひねりなどが原因か?
http://www.mapion.co.jp/bb/index.html

◆2003/4/6(日)
http://www.speedguide.net/analyzer.php
で確認すると
MTU=1500
MSS=1460
RWIN=8760と出た。

http://hpcgi2.nifty.com/Radish/netspeed/
という結構信頼度の高そうな速度測定サイトをみつけて測ってみた。

夜11時前測定 (5回の平均)408.9kbpsと低い。これじゃああんまりだ。最大12000kbpsだよ!3%しか出ていない。


●2003年4月7日 (月)  ADSL速度改善1

Yahoo! BB 12M ADSL の回線速度改善状況

◆2003/4/2開通(文書や工事状況では4/4工事完了との知らせ)

 最初はさすがに33.6kbpsのダイアルアップ接続に比べれば速いと感じた。

 Yahooの速度測定サイトで測定したら結構速い測定値(後にこのサイトの測定値は高すぎるらしいことが分かった)。

◆2003/4/3 McAffeeのインターネットセキュリティをインストール

パソコン全体の動きが鈍くなった。セキュリティプログラムは、ウィルス対策、ハッカー対策、プライバシー(情報流出)対策の3つからなっているので、立ち上げてからセキュリティーチェックが終わりまともに動くまでにハードディスクに何回もアクセスして、まともに動くようになるまで数分かかるようになった。もっと速いCPUなら問題ないのだろうが。

◆2003/4/5 電話回線占有と電話料、プロバイダ接続料を気にせずに使えるようになったので、以前から子どもがゆっくりやりたがっていたトミカやコマツのケンケンキッキ、ハム太郎、ドラエモンなどにアクセスしたがもうひとつ読み込み動作が鈍い。改善をしなくてはと決意。

速度が遅い原因として考えられるのは
1)セキュリティプログラム
 マカフィーインターネットセキュリティsuper
 http://www.sourcenext.info/mcafee/products/mis/
2)ガスメーターなどマンションデフォルトの設定


●2003年4月3日 (木)  YAHOO BB 12Mへの加入

3/26に街頭キャンペーンで申し込み
3/26LANカード購入 3000円しない。安い!
4/2 自宅に申し込み受け付け完了の手紙が届いており、試しに接続してみたら見事につながった。思ったより遅いが、それでもダイヤルアップに比べたら格段に速い。BBフォンも何とか使える。


●2003年3月4日 (火)  エフゲニー・キーシン ピアノリサイタル

以前行ったコンサートの感想文がメールに残っていたので、コピペします。今の印象とは違い、結構好意的な感想です。
------------------------------
みなとみらい大ホール 2001年4月29日(日)19:00開演

◎ピアノソナタ第1番(シューマン)
◎トッカータアダージョとフーガハ長調BWV564(バッハ/ブゾーニ)
◎展覧会の絵(ムソルグスキー)

キーシン12歳の時のショパンのピアノ協奏曲第1番モスクワ
ライブ、妻が友人から借りてきて聞いたのですが、非の打ち所が
ない完璧な演奏に驚いた。

その後、妻が小澤・ボストンとのラフマニノフの3番の
CDを買ってきたのを聞いたが、あまり感心しなかった。だが、
フィルアップされたカーネギーホールリサイタルライブからの
ラフマニノフやリストが素晴らしい演奏だった。コンチェルトの
方の録音が遠すぎるので、折角の演奏が十分味わえないのかも
知れない。

子どもがまだ就学前なので、横浜に越してきてからは、コンサート
には出かけられなかったが、みなとみらいの公演は託児室があり、
妻と二人で聴くことができた。

もともとそれほど関心がなかったピアニストだったが、感想を一言
で言うと、技巧も表現力も音楽性も安定性も一級品だった。特に
凄まじいばかりのフォルティッシモでも音が割れず、複雑なパッセージでも
音がにごらず、ピアニシモもよく通り、レガートも滑らかである。
メインプログラムでは、よりレッジェーロでノンレガート的な軽やかさを
求めたくなる部分もあったが、それは欲張りというものだったか?

アンコールを計8曲(5曲ほどで子どもを迎えに行ってしまったので)
やったサービス精神も立派なエンターティナーである。
いわゆる妙技も披露してくれた。


●2003年2月14日 (金)  Iriaというダウンロード専用ソフト

これもフリーソフト。おそらくアダルト画像のダウンロードに使う向きが多いのだろうが、これも優れものである。

Googleで Iriaで検索すれば出てくるが、http://www.dlmaster.com/download/iria_download.html
が参考になる。


●2003年2月12日 (水)  Irfan Viewという優れものの画像ソフト

アサヒコムのAICで紹介されていたのでダウンロードしてみたが、非常に使い勝手がいい。プレビューやサムネイル表示がものすごく速いし、一括で画像ファイル名を変換もできる。こんな優れたソフトがフリーで入手できるのはすごい。

http://cvnweb.bai.ne.jp/~kusumoto/iview/

オーストラリア人だというが、イルファンと読めばサッカーワールドカップで有名になったトルコの選手と同じ発音になるので、もしかしたらトルコ系か?


●2003年2月10日 (月)  2001年宇宙の旅 ツァラトストラかく語りきの演奏者

LP発売されたサウンドトラックには、ベーム/ベルリンフィル盤が用いられていたが、実際映画の最後に流れるクレジット表示の中では、カラヤン/ヴィーンフィルとなっているらしい。「美しく青きドナウ」はカラヤン/ベルリンフィルらしい。またハチャトリアンの「ガイーヌ」はロジェストヴェンスキーとレニングラードフィルという珍しい組み合わせ。ロジェベンとモスクワ放送響ならわかるけど。

詳しくは、
http://www.underview.com/2001/recordings/recordings2.html
の一番目のリストが普通のサウンドトラック盤。二番目のリストがオリジナルのサウンドトラック盤ということらしい。

カラヤンを世に出したプロデューサーのウォルター・レッグが、ベーム盤とカラヤン盤について語っているらしい。版権の問題で、最初に発売されたサウンドトラックには、デッカの録音であるカラヤンのは使えず、ドイツグラモフォンのベームのを使ったというのだ。

ところが、この二番目のリストにも疑問がある。オリジナルのMGMのサウンドトラックは、Ernest Bour conducting the Suedwestfunk Orchestra という記述も見えるのだ。

なにがどうなっているのか?映画のように不可思議だ。

映画のビデオをチェックしてみたら、Richard StraussのAlso sprach Zarathustraには、他の曲(リゲティ、ハチャトリアン、ヨハン・シュトラウス)には明記されていた演奏者名がまったく省略されていた。これはどうしたことか?


●2003年2月7日 (金)  Wollustの意味について

第九の歌詞(シラー歓喜に寄す)に出てくる「WollustはWurmに与えられる。」の解釈で、WollustがFreudeと同義か、対立する意味かが問題になる。http://homepage3.nifty.com/ongaku-no-chanoma/ofreunde.htm

というのも学生向け辞書では、特に色づけなく「歓喜、快楽」という意味が出ていたからである。

しかし、改めて独英辞典をひいてみると http://dict.tu-chemnitz.de/

lust 性欲、肉欲、情欲 (語源:古英語 原義は「楽しみ」)
salaciousness 好色、みだら
voluptuousness 官能、好色、みだら
wantonness ふしだら、不貞

となっていた。明らかに「性的なもの」を指している。一方、Freudeはenjoyment,pleasureとなっており、上記の性的な意味は対応していない。

また三修社のネット独和辞典では、http://www5.mediagalaxy.co.jp/sanshushadj/
【1】性的快楽
【2】喜悦,悦楽,歓喜

と明確に規定してあった。

なお、Wurmは英語でworm つまり昆虫の類の虫ではなく、ヒル、ミミズ、さなだ虫のような蠕虫類や、芋虫、蛆虫のようなニョロっとした虫のことを言う。

「淫楽は蛆虫に与えられる」というような少々強烈な訳になろうか?


●2003年2月6日 (木)  これまでの英語生活

 中学校で学習を始めた英語。まじめにNHKラジオの基礎英語、続基礎英語で勉強したおかげで、中学校の3年間は成績は非常によかった。しかし中学校3年レベルの続々基礎英語は放送されておらず、「英会話」を聞き始めたが、あまり実力がアップできたようには感じなかった。
 高校では、リーダー、文法、英作文と課目が分かれ、それぞれに別の教師がついたため、授業レベルや進捗に整合性がなかった。急に難しくなったような気がしたし、中学校時代のようにNHKラジオ講座のような頼りになる家庭教師が見つからなかったこともあり、不完全燃焼気味で次第に苦手意識が育ってきた。定期試験でも実力試験でもあまりいい点が取れなかったような気がする。大学入試の英語も結構基本的な問題が多かったため、それなりに基本がしっかりしていたこともあり運良く合格できたという感じだ。超難関大学にはまったく歯が立たないレベルだった。
 大学の教養部の授業でも、苦手意識が抜けず、講読のときに形容詞のlightを明るいなどと訳して教授に嘲笑されたことを今でも苦々しく思い出す。それでもシェークスピアの講読などに顔を出したりもして、結局単位にはならなかったが、英語への関心や興味は持続した。米人教授の講義を英語で受けたが、平易な表現で、それなりに理解できたのも自信になった。
 就職して配属された職場は、大卒がほとんどいなかったこともあり、こんな実力でも英語力はトップクラスだったため、英語での電話対応や来客対応に借り出されることもあったし、会社自体英語に力を入れ始めて積極的に英会話教育を主催し、それに職場代表的な感じで出席したため、それなりに英語能力は高まってきた。英語の週刊誌タイムを購読し始めたことも読解力をつけるのには役立った。
 会社でTOEICを冬と夏に定期的に受験するようになったが、これまでの最高は850点。欧州の製造会社と日常的にやり取りすることになり、2回ほど出張したことが背景にある。耳が英語に慣れた。しかし、平均すれば700点台の後半が実力だろう。TOEICはリスニング能力=会話能力と想定しているため、訓練が不足している会話能力はもっと低いと思う。読解についても慣用句が苦手なため、ニュース記事のようなこなれた文章は逆に苦手。よく言われるが、百科事典のような明快な英語は読みやすい。 


●2003年2月5日 (水)  読書と年齢

この年末年始に実家に帰ったとき、主に学生時代までに読みためた文庫本のなかから名作川端康成の「雪国」を手にとって読み直してみた。定評のある名作ということで、中学生や高校生が読む機会もあるのだろうが、このような作品をその年代で理解できるものだろうか、と思った。私自身もその年代で読んだとは言え、ただ字面を追っていただけのような気がする。

妻子を東京に持つ男島村が旅先の雪国の温泉町の芸者駒子と深い仲になるというのが大雑把な筋書きで、極論すれば花柳小説の一種である。きわどい描写は避けられているが、男女間の交渉のこともはっきり描かれている。確かにこまやかな描写力や抒情性は凡百のものではないが、そのような男女の機微的なことは若い時代にははっきりと理解できないだろう。相当にませていれば別だが。

年齢にふさわしい読書というものがある。そういう意味で、雪国は、いかにノーベル文学賞作家の代表作とはいえ、中学高校生が読書するにはあまりふさわしいとは言えないだろう。


●2003年2月5日 (水)  エゴグラム aabba と bbbbb

3回目のトライアル。どちらでもないを完全にはずして答えた。
「かなりバランスの取れた性格ですが、対人関係に少々気を使い過ぎる点が気懸かりです。自分を押し出すよりも、周囲の者を立てて、調和の取れた生活環境を作り出そうとするタイプです。責任感や倫理感が強く、思い遣り、同情心なども標準以上です。判断力や感情の表現力などは、極く普通ですが、対人関係には、過敏過ぎる程の繊細な神経を働かすタイプで、体質や環境によっては、かなり強いストレスを受ける可能性が有りますので、十分に注意すべきだと思います。」

職業適性では、いずれも警察官、刑務官、検察官はまったく向いていないと出た。

4回目では、はっきり「はい」「いいえ」で答えられない項目は「どちらでもない」とした。
「特徴の無い事が特徴と云う、いつの時代でも変りが無い東西を代表する平凡型タイプです。平凡と云うのは、非常に結構な事で、歴史に残る偉人にでも成ろうと云うのなら、平凡な性格ではつとまりませんが、そんな何百万、何千万人に一人と云う様な大それた者に、ちょっとやそっとでは成れる筈が有りませんので、凡人、大いに結構と云う思想は、古今東西を問わず、永久不変のものでしょう。柔軟性に富んだ精神構造の持ち主で、時代の変化や環境の変化に対し、片意地を張らないで素直に対処して行ける所に、このタイプの本当の良さが有ります。その反面、衆愚の一人と化して仕舞う危険性も十分過ぎる程に持ち合せている訳でして、平凡の中からきらりと光るものを一つ生み出せるように、努力する事が大切です。」


●2003年2月5日 (水)  エゴグラムによる性格診断bccbaタイプ

「心情的には、非常に冷たいタイプであり、劣等感や幼児性名誉欲が強く、人生に対して、かなり臆病な所の多いタイプです。日常生活は、退嬰的で判断力や分析力に弱く、会社、肉親、友人、配偶者などに対する依頼心や依存度が、かなり高いタイプです。その原因は、判断力や分析力の弱さから来る数々の失敗や躓づきの経験から、自己不全の観念が強まって、依頼心が高まったともいえますし、冷たくて利己的な性格から来る損得第一主義的な考え方によって、大人しくしたり、しおらしくしたり、する方が無難かつ得で有ると云う本能的計算から、退嬰的な立ち振る舞をしているとも考えられます。その何れが原因で有るにせよ、現在のライフ・スタイルが、周囲の人々に歓迎されない生き方で有る事だけは、疑う余地が有りませんので、今後の世渡りに付いては、人生観や価値観の大幅な改善が望まれます。 」

http://www.taisei-e.co.jp/seikaku/index.shtml

非常に痛いところを突かれてショックだった。そこで答え方をどちらでもないを増やしてやり直したら、

「個人的な人付き合いを非常に重視するタイプで、友人関係も多く、趣味や娯楽、夫婦生活などを生き甲斐にしている傾向があります。別に仕事が不熱心だと云う訳では無く、責任感などは人並ですし、判断力や生活感覚にも、何ら異常のある訳では有りません。しかし、好奇心が強く、想像力も豊かで、物珍しがり屋な所と、御祭り好きの人懐(なつ)こい性格が際立っている為に、ややもすると仕事が後回しになる傾向が出てくる訳です。」となった。ここも当たっていないこともないが、「どちらともいえない」を増やすと、「はい」「いいえ」で答えたことを拡大解釈して判定するようだ。


●2003年2月4日 (火)  CD情報の洪水

ネットのCD販売店のサイトをみると膨大な録音が毎日次々にリリースされてる様子がよく分かる。といって新録音が多いのではない。世界の大手のレコード会社からだけではなく、中小のレーベルから過去の録音の復刻、再発売、ボックス化、廉価盤化が圧倒的である。あれもほしい、これもほしいをやっていたら、おそらくいくら時間と金があっても足りないだろう。便利なのは確かだが、欲求不満が募るのも困る。だからできるだけ身の丈にあったCD屋で現金で買うことが大事だ。


●2003年2月3日 (月)  スペースシャトルの帰還途上での空中分解

衝撃的なニュースだった。
1986年1月には同じスペースシャトルのチャレンジャーが、発射後に空中爆発を起こして、搭乗員全員死亡の惨事となり、アメリカの宇宙技術への信頼が低下した。その後4月末に当時のソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原発で4号炉(黒鉛減速・軽水冷却・圧力管チャンネル型原子炉、電気出力100万キロワット)に大規模な爆発事故が発生して北半球が放射能の汚染されたという二つの大きな巨大技術に起きた制度疲労が大きな衝撃を与えたが、それから17年、またしても、アメリカの宇宙技術の象徴であるスペースシャトルが落ちた。

このコロンビア号には初のイスラエル人飛行士も搭乗、またインド出身の女性も乗り組んでいたという。

原因はまだはっきりしないが、発射時に推進ロケットのタイルがはがれて、シャトル本体の左翼が破損したのが怪しいとされている。乗組員の生命が危機一髪だった、アポロ13号のミッションを元にした映画で、サターン5型ロケットの発射時に、液体燃料の注入によって生じた大きな氷塊が崩れ落ちるシーンに危うさを感じていたが、今回もあのような状況だったのだろうか?

再利用を目的とするスペースシャトルなので、老朽化もあったのかもしれない。

いずれにしても86年の事故以来比較的順調に推移してきたアメリカの宇宙技術もまた見直しの時期に来ているのだろう。

巨大技術、巨大システムが現在地球上を覆いつつあるが、その脆さを警告する事故であった。


●2003年1月31日 (金)  パソコンの絵画鑑賞の楽しみ

現在世界各地の著名美術館がウェブサイトでコレクションを公開している。それも相当の解像度でアップしてあるので、パソコンのモニター画面で鑑賞するには十分である。

パソコンで鑑賞する際に、ダウンロードした画像を画像ソフトを使って調整してみると面白い。たとえば、下記のURLは、アムステルダム国立美術館のフェルメールの作品だが、中で「恋文」と題された絵など両側が黒く塗りつぶされたように見えるが、画像調整でガンマ値(写真の階調度)を上げてやることによって、さまざまな物が描きこまれていることが分かる。楽譜などは、その音符までもが精密に描かれているのが確認できる。また、タッチのムラだろうか、そのようなものまで確認することもできるようだ。

http://www.rijksmuseum.nl/asp/aria/thumbnail.asp?KID=17083&SID=1442&From=kunstenaars

この絵は実物が2年ほど前上野の国立西洋美術館に来たことがあり、絵画に興味がない幼子が二人「つまらない」を連発するのを妻とようやくの思いでなだめながら鑑賞した。(他にレンブラントの自画像が来ていて、こもれアムステルダムに収蔵されている。)存外小さい絵だった。その両側の暗い部分の描き込みはかろうじて何かが書いてあるということが確認できたほどだったと思う。

ガンマ値を変えると、色彩が大きく変わってしまうのは否めないが、これをレンブラントの夜警(同じ美術館蔵)や、ルーブルのモナリザに適用しても面白い。さまざまな発見がある。

このようなパソコンを使った絵画鑑賞(研究)について誰かどこかで書いているだろうか?


●2003年1月29日 (水)  吉田秀和 音楽時評 1月(朝日新聞夕刊)を読んで

1月の音楽時評はオペラの演出のことを取り上げていた。ヴァーグナー演出ではヴィーラント・ヴァーグナーとシェローを双璧として賞賛していたが、最近の思わせぶりの演出に対してはひどく辛口に批判をしていた。そのような高度な批評は別にして、そのうち新国立劇場でオペラでも楽しみたいものだ。

12月の音楽時評では、一年間の音盤のなかから推薦盤をあげるのが恒例になっているが、私も購入した超廉価なショスタコーヴィッチ全集(バルシャイ)を、ヨーロッパには日本にはあまり知られないところで地道にいい仕事をしている音楽家がいるのだと、誉めていた。確かにスター演奏家やヴィルトゥオーゾオーケストラだけではないのだ。

吉田秀和氏も相当の高齢なので、そう精力的には音楽会や音盤を聞くことはなくなってきたのだろうが、いまでもその文章(口述筆記だろうか?)は傾聴に値する。


●2003年1月28日 (火)  ベートーヴェンと同時代史

ベートーヴェンの作品年表を改訂してみました。これまで大雑把に分けて、あまり正確でなかったのを手直ししたのと、彼の同時代史、特にナポレオン関係のコメントを入れてみました。ウェリントンの勝利も有名なワーテルローではなく、スペインのビトリアという町でのフランス軍に対する勝利だということがわかりました。


●2003年1月27日 (月)  Wolfgang Amadeus Mozart の誕生日

1756/1/27はモーツァルトの誕生日です。彼は今日で満247歳を迎えました。今夜は家で彼の曲を何曲か弾いて、彼の生涯に思いをはせてみようと思います。といっても、ナンネルの楽譜帳から数曲程度。あとはCDを鑑賞しましょう。誕生日にふさわしいのは何でしょうか?魔笛などはどうでしょう。夜と昼、女と男、俗と聖の融合の世界。


●2003年1月27日 (月)  中国のお正月

 中華人民共和国、台湾や世界各地の中国系のひとたちは、今でも旧正月を盛大に祝います。共和国では、今年は2月1日から7日までが旧正月休暇になります。現在、日本はもとより世界の経済に大きなインパクトを与える中国、台湾経済ですから、この一週間の連休は結構大変です。それも、旧暦ベースですから、毎年1月末から2月初め頃で一定しません。この間、中国の官公庁、民間企業、学校のほとんどが休みになります。この間、中国を出入りする物資はほとんどストップしてしまいます。なしにろ税関(海関といいます)もお休みですから。
 サービス業はどうなのか分かりませんが、おそらくこの連休は稼ぎ時でしょう。というのは、中国の人たちも連休に旅行をする人が多いからです。消費拡大という意味ではこの連休は中国経済に大きな影響を与えているようです。(この他に共和国では10月1日の国慶節=建国記念日から始まる連休があります。)ちなみに今後の旧正月の元日は
  2004/1/22 2005/2/9 2006/1/29 2007/2/18 2008/2/7 2009/1/26 2010/2/14  


●2003年1月27日 (月)  やはり千と千尋は赤かった

1年前は怖がっていた下の子も、今回は小さいテレビ画面で明るい部屋だったせいもあり、家族で楽しく見ることができた。しかし気になっていた画面の赤みはやはり出た。画像調整でフルに緑側に動かしたが、それでもだめだった。視聴者の反応はどうだろうか?


●2003年1月24日 (金)  映画と色調が違い赤みが強いというDVDの「千と千尋」

ドイツで映画賞を受賞し、アメリカでも次々と賞をとり、アカデミー賞まで射程に入ったとされる「千と千尋の神隠し」だが、日本では訴訟問題までになっている。その理由というのが、映画では自然だった色調が、DVDでは全体に赤っぽくなっており、白がピンクに見えるほどだという現象だ。映画は実際に見たが、非常に透明感のある美しい色調だった。DVDの方は見ていないが、その作品が今晩放送される。果たして、赤みがかかっているか、いないか。デジタル特有の難しい問題が背景にはあるらしい。テレビモニター色温度の調整とか何とか。

赤みがかかっているとすると、視聴者からの抗議がテレビ局へ殺到するし、かかっていないとするとDVD購入者からの抗議がジブリや販売元のブエナビスタ(ディズニー)に殺到すると予想されている。

DVDを制作、販売した会社の初期の対応がまずかったのだろう。映画の爆発的ヒットに基づき、初期に大量に製造したため、製品回収すると莫大な損失をこうむる可能性が高かったためだろう。

子供に夢を与えるジブリがとんだぼろを出してしまった。雪印牛乳問題などの食品会社のモラル低下と同列に論じる論調が多い。


●2003年1月23日 (木)  ハリポタ、千と千尋

基本的には少年少女を対象とする作品であるが、私の精神年齢が子供なのかそれなりに楽しめている。学生時代の恩師が、近頃の学生は読書能力が落ちているのでまずは上質のファンタジーに親しめば本好きになれるのではないかということをおっしゃっており、読書好きではあったが、いわゆる子供向けの本ということで敬遠していたファンタジーを読み始めた。エンデの「モモ」「終わりのない物語」「ジム・ボタンの冒険」。アーシュラ・ル・グィンの「ゲド戦記」シリーズなどなど。といってもファンタジーマニアになったわけでもなかった。ハリーポッターシリーズは、映画が公開されるだいぶ前に第一巻を購入して読み始めた。「千と千尋の神隠し」は、宮崎駿アニメをそれなりに見つづけてきたものとして一応見てみた。

宮崎アニメでは、テレビシリーズの「未来少年コナン」と「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」が気に入っているので、千と千尋がいまさらヨーロッパやアメリカの「大人」たちに「商業的に」評価され始めたのには違和感を覚える。ナウシカなど、アメリカではまったく勝手なカットをされてほとんど原作とかけ離れた形で公開されたというが、所詮彼らはそんなものだろう。ディズニーのアニメーションの質が落ちているので、それに変わるものとしてドル箱を手に入れたいのではないかと邪推してしまう。手塚治虫の「ジャングル大帝」を完全にぱくった「ライオンキング」にしても、あまりにも安直である。ハリー・ポッターも作者は、子供たちをテレビやゲームから本の側に取り戻したいなどと殊勝にも最初は語っていたが、その後映画化、ゲーム化、キャラクター商品の発売などと、まったくコマーシャリズムの権化と堕しているのは苦々しい。

このブームが終わっても、ハリポタが読み継がれるか、宮崎アニメが日本以外で正当に評価されるか、見ものである。


●2003年1月22日 (水)  準・メルクルというオペラ指揮者

今週の10時からのNHK教育テレビで「マエストロの肖像」とかいうシリーズをやっている。一日目はブロムシュテットだったようだが見逃した。昨夜はドイツ人の父と日本人の母を持つドイツ人指揮者、準・メルクルを取り上げていた。N響や新国にも登場して、日本で知られるようになってきたが、番組や下記のページによると、ヴィーンシュターツオーパーやメトロポリタン、コヴェントガーデンにも登場し、バイエルンでは首席指揮者に継ぐような待遇で活躍しているようだ。

レコーディングはまとまったものはほとんどないが、ヴィーンシュターツオーパーのカレンダーを飾る常連指揮者のでもそれほどメディアには登場しない人が多いので、欧州で日常的に活躍するオペラ指揮者というものがそういうものなのだろう。むしろそれゆえに逆に手堅い印象を抱かせる。

準・メルクル
http://homepage2.nifty.com/junmarkl/index.html

ドイツの歌劇場
http://www.asahi-net.or.jp/~eh6k-ymgs/etc/deutsch-oper.htm

バイエルン州立歌劇場
http://www.staatsorchester.de/c.php/suche_kuenstler_detail.php?l=en&dom=dom3&id=142

なお、ケント・ナガノは日系アメリカ人だが、彼も世界的に活躍している。


●2003年1月21日 (火)  ヘンデルの生没年

以前NIFTY FCLAの質問の部屋?に、ヘンデルのウェストミンスター寺院の墓標にある誕生年が1685年ではないのはなぜかという質問を自分でして、自分で答えたことがある。そのときのログがとってあるかどうかわからないが、ニュートンやヘンデルの時代のイギリスの暦はユリウス暦で現代の暦(グレゴリオ暦)と違っているのが理由という内容だった。

「イギリスがユリウス暦からグレゴリオ暦に切り替えたのは1752年11月24日からですし、日本では1873年1月1日から、それ以前に使われていた太陰太陽暦からグレゴリオ暦に切り替えられました。
 このように、各国によって異なる暦を使っていたために、古い文献などを調べる際には注意が必要です。」

ヘンデル 1685/2/23-1759/4/14(現代の暦)
ニュートン 1643/1/4-1727/3/31(現代の暦)
      ユリウス暦だと 1642/12/25-1727/3/20

ウェストミンスター寺院のホームページにはこの件について書かれているが、ユリウス暦からの切り替えではなく、下記のように「新年が1/1ではなく、3/25に始まったからだ」と書かれている。ヘンデルの場合、生年はユリウス暦、没年はグレゴリオ暦で記されたのだと思ったがどうやら違うようだ。

http://www.westminster-abbey.org/library/burial/handel.htm

”His gravestone in the south transept reads “GEORGE FREDERIC HANDEL BORN YE 23 FEBRUARY 1684 DIED YE 14 OF APRIL 1759”. The date of his birth inscribed on the stone is not a mistake but is due to the fact that the new year in England at this period did not begin on 1 January but on 25 March (Lady Day). Therefore, to the contemporary Englishman, Handel was born in February 1684, as the year 1685 would not have begun until 25 March. The coat of arms on his gravestone is now very worn."


●2003年1月21日 (火)  サンピエトロ大聖堂の改修と免罪符

CDラックのページでも触れましたが、イタリア・ルネサンスの天才、ミケランジェロ(1475-1564)、ラファエロ(1483-1520)等が携わったサンピエトロ大聖堂の改修の資金を集めるために発行された免罪符(贖宥状)を批判して宗教改革を始めたルター(1483-1546)の、コインの裏表のような関係について、不勉強だった私は、高校時代の世界史の授業では理解していませんでした。

ミケランジェロの天井画『天地創造』(1514)や壁画『最後の審判』が免罪符を売った金を元にしていたとは!

ルターが免罪符を批判する95箇条の意見書を提示したのは1517年。
ルターを破門(1521)した教皇レオ10世(1475-1521)はフィレンツェのメディチ家の出で豪華王ロレンツォ(1449-1492)の次男。

ロレンツォ治下のフィレンツェ市庁に勤務していたのが、マキアベリ(1469-1527)。チェーザレ・ボルジア(1475-1507)がイタリア半島を席巻したのもこの時代。

免罪符について(キリスト教への素朴な疑問~科学史の中のキリスト教~ )
http://www1.odn.ne.jp/~abn00280/Q_Christian/index.html

歴史データベース on the Web
http://macao.softvision.co.jp/dbpwww/

ヨーロッパ三昧(レオ10世について)
http://www.europe-z.com/tabi/it199609/22h.html

ユダヤ人について
http://village.infoweb.ne.jp/~fwgj9369/mystery/Jewish(2).htm


●2003年1月21日 (火)  満年齢についての薀蓄

学校時代、4月1日生まれの人が同じクラスや同じ学年にいた人は、なぜ同じ学年なのか不思議に思ったことでしょう。一般常識では、誕生日に満年齢が一歳上がると思われていますが、法律的には誕生日前日に加齢されるそうです。(とはいえ、誕生日前日の午後12時は、誕生日当日との境目であるわけですから、少々疑問がありますが、実務上はそのように運用されているということです。)

起算日と年齢計算  
http://www3.ocn.ne.jp/~matuura/kisanbi_to_nenreikeisan.html

■年齢計算二関スル法律(明治35年12月2日法律第50号)
①年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス
②民法第143条ノ規定ハ年齢ノ計算二之ヲ準用ス
■民法(明治29年4月27日法律第89号)(明治31年6月21日法律第9号)
第5章 期 間
第143条 期間ヲ定ムル二週、月又ハ年ヲ以テシタルトキハ暦二シタガヒテ之ヲ算ス
②週、月又ハ年ノ始ヨリ期間ヲ起算セサルトキハ其期間ハ最後ノ週、月又ハ年二於テ其起算日二応答スル日ノ前日ヲ以テ満了ス但月又ハ年ヲ以テ期間ヲ定メタル場合二於テ最後ノ月二応答日ナキトキハ其月ノ末日ヲ以テ満期日トス

人の一生と法というサイトにも詳しく出ています。
http://www.osu.ac.jp/~kuramoch/Hogaku/Nenrei.html


●2003年1月21日 (火)  通勤電車痴漢冤罪撲滅への提言

1)法曹関係者、特に職級の高い者から通勤電車の実態を体験し、その体験に基づき司法判断をすべきである。

2)日本国の法律として「迷惑行為防止」を制定すべきだ。多くの迷惑行為の規制は、国会で論議すべき内容だ。越境通勤、通学など当たり前の現代において、インターネットでも全都道府県の迷惑防止条例が概観できないのはおかしい。

3)刑事訴訟法の改正、司法警察の捜査、取り調べのあり方の反省が必要ではないか?疑わしきは被告人の利益にの原則はどこへ行ったのか?


●2003年1月21日 (火)  満員電車内での痴漢冤罪(2/2)

これは満員電車で通勤している多くの男性なら、誰にでも起き得る身近な事件である。
(1)後日の裁判によって無罪が確定しても、その社会的制裁(*1)が非常に大きい事例であるのに、多くは都道府県単位に異なる条例を根拠にして刑罰を定められているのは、不公平である。(東京都、神奈川県は最近刑罰を50万円以下と重くして、刑事訴訟法上の「現行犯逮捕」ができる重罪に引き上げた。罰金30万円以下の軽微犯罪の場合には、現行犯逮捕はできないから。刑事訴訟法第212条から217条。なお210,211条も関係あり。)
(2)また各都道府県警察による単なるルーチンワーク的な長期拘留は不当である。弱いものいじめにしかならない。罪を認めれば拘留されず、無実を訴えると長期拘留されるというのは、不条理である。
(3)自ら定めた条例の運用に対する都道府県議会議員があまりにも無知である。
(4)通勤満員電車を生み出しているのは、社会体制そのものではあるが、その弊害を解消できない行政に多く責任がある。
(5)また二次的には、鉄道会社の対応、その駅員教育(痴漢事件はすぐに警察に引き渡せ)にも問題がある。

注(*1)「強制わいせつは、著しく反道徳的、反社会的行為であり、他の労働者との関係からも当該労働者を保護すべき理由はまったくありませんので、懲戒解雇をしても差し支えありません。なお、即時解雇するためには「解雇予告除外認定許可」を受ける必要があります。」
http://media.jpc-sed.or.jp/jinji/613.html
人事労務相談室というサイトの回答である。Q&Aが書籍として出版もされているという。果たしてこの回答者は、上記の痴漢冤罪事件までも念頭において回答をしているか?企業法務においては、「疑わしきは罰せよ」が標語なのであろう。
もちろん、痴漢行為が厳しく罰せられるべきであることは言うをまたない。しかし、満員電車を経験したことのある者なら、自分の周囲の他人の触れたくない(触れてはいけない)部分に、自分の身体が接触することはあり得るのである。そのうちの誰かが主観的に「被害者」意識を持ち、現行犯逮捕で駅員に突き出すような行動をとればそのまま地獄行きというのは、あまりにも不条理ではないか!?


●2003年1月21日 (火)  満員電車内での痴漢冤罪(1/2)

昨年高裁で被疑者側の勝訴となった「痴漢冤罪」事件逆転判決などにより、多くの一般マスコミが注目した満員電車内での痴漢とその冤罪事件について、購読している法律関係のメルマガのなかに法曹関係者によるものと思われる非常にリベラルな意見が掲載されていたので注目される。その一方で、企業人事労務は非常にお寒い。売買春(援助交際)、セクハラ、痴漢など性的な問題による懲戒がマスコミ報道をにぎわしているのは何かおかしい。

ホウホウの法律よろず部屋--痴漢冤罪の構造
 http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200212150500000000041295000
「私の感想は、こと痴漢事件に関する限り、日本で暗黒裁判が罷り通っているとしか言いようがありません。誰しも自白を強要されない憲法上の権利を持っていますが、否認すれば長期間の勾留という付録がつくのであれば、黙秘権・否認権は絵に描いた餅に過ぎません。」
 関連)ホウホウの法律よろず部屋--女性専用車両は是か非か
 http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200210010500000000041295000


●2003年1月20日 (月)  湯浅勇治さんについて

昨晩のTBS情熱大陸(以前ロシア系の「国立」交響楽団の首席指揮者に就任したという少々?な女性指揮者をとりあげたことがある番組)で、またも新進オペラ指揮者について取り上げていた。

阪哲朗という若手である。京都市芸大を卒業後、ヴィーンに渡り、ヴィーン音楽大学(正確にはUniversitaet fuer Musik und darstellende Kunst Wien ヴィーン音楽・舞台芸術大学)で湯浅勇治「助教授」に指揮を学んだ後、小澤征爾や佐渡裕等が大賞を受賞したフランスのブザンソン指揮者コンクールで大賞を受賞、独墺を中心にオペラ劇場を中心に活躍を始めた指揮者とのこと。

阪という若手指揮者は世界的なオペラ界で将来有望そうな才能ではあるが、そのような若手を本場ヴィーンで指導しつづけている湯浅勇治という人物について興味がある。以前から時折名前を読んだことがあったが、今回改めてオーストリアの大学からたどっていったら最終的にYUASA YUJIが検索できたので、「助教授」かどうかは別にして、レオポルト・ハーガーが主任教授を務める音楽課で、教師を務めていることは確かのようだ。ヴィーンではアバドやメータなどを指導したスワロフスキーが名教師として知られていたが、湯浅氏もいい線を行っているのではなかろうか?知られざる実力者である。

http://www.mdw.ac.at/docs/_parent/start_vorstellung.htm

http://www.mdw.ac.at/pls/public/mdwis_pub.www_inst.inst_page?p_mode=single&p_nr=102

http://www.mdw.ac.at/pls/public/mdwis_pub.www_inst.inst_page?p_mode=list

http://www.mdw.ac.at/pls/public/mdwis_pub.pers_suche.q_form

Name Organisationseinheit Telefon email
Yuasa, Yuji Institut für Musikleitung 71155-212* *****@mdw.ac.at

日本語のページにはこのような紹介があった。
http://www9.ocn.ne.jp/~septnis7/yuasa.htm

番組の映像では日本人(及びアジア系)の生徒ばかりを指導しているようだったが、YUJI YUASAでGOOGLE検索すると、外国の演奏家で彼に師事したという経歴を載せているものもある。

まだ40代後半で若いようだが(1956年生まれ)、本場ヴィーンの音楽大学で教鞭をとるだけでもすごいが、生徒のコンクール歴もすごい。


●2003年1月20日 (月)  梅が開く

今日は大寒、この冬は例年より寒さが厳しく、我が家周辺でも二度ほど降雪があったほど。昨日、子供たちの行事につきあって外出し、半日戸外で過ごしたが、太陽が雲に遮られていたため、最高気温が8度を下回り、つらかった。その帰り道、神社の前を通りかかったら、天神社の傍らに植えられている紅梅の蕾が開いているのに気がついた。近寄ってみると隣の白梅も一二輪、蕾をほころばせていた。日陰ではないが、特に陽だまりというわけでもない。厳寒に春を知るというのはこういうことだろうか?

こよみのページによると今日は旧暦12月18日。2月1日が旧暦での1月1日になるという。

http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

そういえば、中国の春節は、今年は2月1日からだ。一週間、全国的に休日に入る。横浜の中華街も春節祝賀の飾り付けを始めたという。立春は2月4日。

古今集 紀貫之
 袖ひぢてむすびし水のこほれるを 春立つけふの風やとくらん

 http://members.jcom.home.ne.jp/seikatunotie/waka1.html


●2003年1月17日 (金)  資格試験について

長期停滞が続いているため、特に国家資格を取得しようとする人が増えている。特殊な訓練を要さずに、筆記等のいわゆる試験だけで得られるものに、法律関係の資格が多い。行政書士、司法書士、宅建主任などなど。

しかし、資格を取得しても、実際にそれで生活できるようになるには非常に大変である。そのために、行政書士などでは、予備校が資格取得後のセミナーなどを開催し、実際の営業を教えているほどだ。

このような時代、資格を取るより、資格を取らせる予備校などの方が利益が大きいのかも知れない。

ところで、自分は法学部を卒業したのだが、公立であるためか、学生時代に行政書士や司法書士など、司法試験、公務員上級試験などに比較すると、難度がやや下がる資格についての受験アドバイスなどなかった。現在、私立の大学では就職ガイダンスや資格ガイダンスなどでこのような資格取得を促しているようだ。

若い学生が、高きを望むのも結構だが、地道に行くのも必要だろうし、そのような指導が大学としてあってもしかるべきだった。


●2003年1月17日 (金)  間違いだらけの自動車選び

現在のマイカーは新車で購入してからそろそろ10年を越えるので、買い替えを考えている。そこで、自動車批評の一般書として著名なタイトルの本を購入してみた。著者は、現在の多くのミニバンを似非ミニバンとして批判しており、特にホンダ車への批判は痛烈だ。

長距離ドライブよりも、片道数キロの日常生活に使うことが多いので、評判のヴィッツ、フィットなどのコンパクトカーでもいいのだが、時には少々山道に入ったり帰省ドライブなどもしたいので、少し車高の高いRV,SUVが候補になるだろうか。乗用車ベースのトヨタのRAV4やホンダのCRVなどがいいかと思うのだが、もう少し小さめのがないだろうか?


●2003年1月17日 (金)  都会暮らしと田舎暮らし

はしなくも、都会暮らしをするようになってから2年半を経過してしまった。プロフィールにあるように住まいはエアポケット的に田園が残るところだが、交通量や周辺人口の多さは立派な都会である。

望んで都会暮らしをしている人もいるだろうが、私のように田舎町暮らしの長かったものにとって現代の都会暮らしは、不便さの方が勝っていると感じる。イソップ寓話(ネットには イソップの世界http://www.geocities.co.jp/Bookend/9563/indexj.html というすごいページがある)に「町のネズミと田舎のネズミ」というのがある。質素な田舎暮らしと、欲望をそそるものが多いがその入手が困難である町暮らしを対照させたfablesであるが、現代日本の田舎と都会はもはやそのような典型的な対照を見せていない。むしろ、田舎の方が生活しやすい。

年末年始に以前暮らしていた田舎町に帰省したが、町の郊外の量販店に行けば、物は豊富で安い。道路や駐車場は空いていて便利である。

これで仕事さえあれば、というところだろう。


●2003年1月17日 (金)  海外ブランドもの腕時計

近所の量販店には海外有名ブランドの腕時計が沢山陳列してある。どれも定価より相当安く、23万円が17万円とかになっているが、実用的な時計が1万円もせずに買えるのだから相当高価である。

これまで時計といえば、学生時代は高校入学の時に買ってもらったセイコーの自動巻きをずーっと使いつづけ、社会人になってからはもっぱらカシオのGショックなどの安いが正確で多機能なデジタル時計を樹脂製のバンドが切れるまでをメドに使ってきたので、縁のないものと思っていた。

しかし最近縁あって自分のものではないが実物を手にする機会があった。それがいわゆる高価な本物だと信じるとそれなりにありがたく感じるから不思議だ。

今は違法コピー品はもとより、デザインだけを真似した別メーカーの廉価版時計が幅を利かせているので、高価な時計をしていても、目利きの人だけが分かるだけ。見栄を張りたい人向けではない。


●2003年1月17日 (金)  2003年1月16日 HOME PAGE 引越し完了

思い立ってから足掛け3日でホームページの引越しを完了した。@homepageのさくさく作成君兄貴は機能は限定されているが結構便利なツールだった。更新が容易なのがいい。

今後は、通常のFTPによる更新とサクサクかきあげ君を併用だが、サクサクかきあげ君はHTMLの知識が必要なので、それが欠如している私としてはテキスト部分の手直し程度しか今のところ使い道がないし、オンラインだと非常にレスポンスが悪いので多分あまり使わないだろう。

今後は少々画像をアップするのとリンクの充実、掲示板の追加を予定している。


●2003年1月16日 (木)  「一日が短く感じるようになった」

 「象の時間、ネズミの時間」という本によると動物は「体重」と「寿命」が比例し、一生の心拍数はほぼ同じであるため、象もネズミも主観的に感じている一生の長さは同じだという。

 人間ではどうだろうか?年齢を重ねると「子供時代より一日が短く感じるようになった」という感想を持つ人は多いだろう。

 一日がその人の人生にとってどれだけの価値を持つかを単純な計算式で表してグラフ化してみてよく眺めてみるとなるほどと思う。

1日がその人の人生で占める割合、つまり満一歳の乳児なら1/(365*1)=0.002740,満80歳の老人なら1/(365*80)=0.000034となる。これをエクセルなどでグラフ化してみるといい。最も単純な反比例Y=1/Xのグラフなので誰でも頭に思い浮かべられると思うが、1歳から6歳頃までは非常に1日の占める割合が大きく、またその減少率も非常に大きいのだが、10歳を過ぎるころから小さくなり、減少率も非常にわずかになることが分かる。

 そんな単純な占有率の話だけではなく、一般の成長を想定すると、思春期までは毎年毎年新しい経験が続くため、長く感じるということがあるだろう。初めての場所に行くときには、行きも帰りも同じ距離と所要時間なのに、行きのときにはやけに時間がかかったように感じるのと同じだろう。いわゆる大人になって日々変わりのないメリハリのない生活を送るようになると、いつも復路を戻っているようなもので、短く感じるのかも知れない。
 


●2003年1月16日 (木)  万歩計

2001年7月から万歩計をつけ始めた。休みの日には付けたり付けなかったりだが、約1年半で約1800km歩いた。

東海道53次が片道479kmなのでニ往復弱。

日本列島 与那国から知床までの直線距離は約3004kmなので、60%は歩いた。

地球の赤道周は約4万キロ。これだとまだ約4.5%踏破したことにしかならない。

参考 地球の「円周」 http://www.teikokushoin.co.jp/01_geo/faq2.html#enshu


●2003年1月16日 (木)  JALマイレージのある消化方法

  1月13日はみなとみらいのクイーンアリスに食事に行って来ました。石鍋シェフ・プロデュース(っていう言い方は便利だよね)のレストラン・フランセーズ。何で似つかわしくないこんな小じゃれたレストランなどに行ったかというと、海外出張で溜まったJALのマイレージを期限内に使うため。(最近経費節減などがあり出張が大幅に減ってしまったので、座席をビジネスにグレードアップするなどのまともな使い方のメドがなくなったんですよ。3万円の商品券程度では家族旅行や宿泊にも中途半端ですし。)以前ウェブを検索したら、ほとんど同じシチュエーションでお台場の日航ホテルに食事に行った人がおり、なるほどこういう使い方がと感心した次第。フレンチは妻の希望でした。
  味は?まあ可もなく不可もなくといったところ。何せランチは3500円のコースで、メニューによって追加料金がかけられる(素材代という感じ)システム。お子様プレートは飲物、デザートつきで2000円なり。まあ、非常にリーズナブル。しかし、3万円ものクーポンを使い果たすために結構頑張った。しかしキャンティのクラシコでないフルボトルが6000円とは高すぎた。少々悪酔い。
  壁にはデュフィの「パドック」がかかっていた。題名は、ギャルソンのお兄さんが教えてくれたのでした。しかしそれ以外の家具類は少々チープでがっかり。子供連れの身には半個室的なテーブルはありがたかったけど。
  子供向けプレートは幼児が食べやすいように工夫されていたけどうちの子供等には受けなかったようで、もったいなかった。
  総評:有名なワリに結構気軽に楽しめるレストランだった。ただ、飲物が内容のワリに高いのはつらい。ハーフボトルでもちょっといいのを頼めばよかったな。


●2003年1月15日 (水)  酒井美紀と吉岡美穂

ジョージアの広告で、乙葉と浜田と一緒に写っているのは、酒井美紀かと思っていたが(少々顔が長いとは思ったが)、吉岡美穂ということ。何となく寂しげな顔立ちは共通しているように思う。


●2003年1月15日 (水)  本田成親さん

AICにマセマティック放浪記を連載されている数学者、旅行家、文筆家。
http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_math/20030115.html

本田さんの連載が非常に面白いもので、連載当初、甑島の風俗と長野県の人面道祖神の関係などについてメールを送ったことがあり、返事ももらったことがあった。ある奇人の生涯はここまでで3回目だが、期待にたがわぬ面白さである。

今回も連載の知らせを読み思わず投稿した。以下の????さんが私である。
---------------------
読者フォーラム January  03, 2003
マセマティック放浪記に大型連載

????さん

本田成親氏の マセマティック放浪記をAICへの連載当初から愛読してきたものです。
数ある連載の中で白眉でありましょう。バックナンバーが完備されたのもご同慶の至りです。

さて、石田翁の伝記小説の連載開始とのこと。出版されたら是非購入したいと思っていましたので、AICで読めるというのは望外のお歳暮をいただいた気分です。

本田さんには、自動車整備を怠りなく無事連載を続けられるようお伝えください。

本田成親:メールありがとうざいました。いつも拙稿をお読みくださっておられますとのこと、感謝に絶えません。

新春からの連載「ある奇人の生涯」の第一回の本文と挿絵の原稿、今日穴吹氏のほうへ送ったところです。あまり無理のないようにしながら、着実に書きついでいくつもりですので、宜しくご声援のほどお願い申し上げてやみません。

私のほうも、途中で連載放棄になってしまったりすることのないように、健康管理にも、さらには自動車整備にも十分の注意を払うつもりでおります。

挿絵担当の若狭の渡辺画伯も無料奉仕(どころか、郵送代などがあるので完全赤字)で協力してくださることになっています。水上勉作品の装丁挿画でも知られる高名な渡辺さんを毎回タダでこき使うのは正直言って気がひけるのですが、「筆者も無料奉仕しているのだから、自分も協力を惜しまない」と言ってくださっているお言葉に素直に甘えることに致しました。そんなわけですので、何卒ご期待くださいませ!


●2003年1月15日 (水)  コールユーブンゲン、ソルフェージュ、音取り

昨夜、パレストリーナのミサ・ブレヴィスのCDを全音の楽譜を見ながら聴いていたが、バスのパートの順次進行的な音程が頭の中で取れず、我ながらがっかりした。コーラスを本格的に始めたのは30歳になってから。ピアノも独習だし、小中高の音楽教育程度では、そのような基礎的な音取りもできない。協和音ならまだしも、不協和音となると余計だめだ。音感の訓練こそ幼少期に行うべきだろう。ただしかし、その一方で、そのような年代のものが自発的に訓練を受けようとすることは稀なので、大人になってから、ああ子供の頃真面目にやっておけばよかったという嘆きが聞かれる。

ミサ・ブレヴィス
 タリス・スコラーズ
 プロ・カンティオーネ・アンティクァ


●2003年1月15日 (水)  長期停滞

金子勝慶應大学教授の著書(筑摩新書)を読んでいる。ときどき朝方のNHKラジオの経済関係のコメントを非常に舌鋒鋭く語っている学者である。朝日新聞のウェブコラムAICのドイツ在住日本人美濃口さん(?)のコメントにもあったように、日本の消費財、サービスの水準は世界トップレベルになっており、住環境、食生活、老後生活、子育て環境など問題は多いもの、素朴な消費財への熱狂がなくなっていることを、中国などに比較してひしひしと感じる。

消費者の環境問題への配慮、安価な輸入品、そして上記の消費意欲の減退が、日本の不況の元凶ではないかと考えている。

そして、若年層の就職難。以前からの父親の持論で、昨年東大の若い助教授が今更ながら出版した論文が注目されたようだが、中高年が職にしがみつくことが自分の子供世代の就職難を引き起こしているのはあまりにも歴然としすぎている。自己実現欲の肥大化と、老後保障の不安が招いているのだろうが、どちらが原因で結果かわからない連環である。


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