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2004年12月の15件の記事

2004年12月27日 (月)

映画 ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

妻がDVDで借りてきたので、クリスマスデイに家族揃って鑑賞した。

前2作の監督のコロンバス?を、J.K.ローリングが気に入っておらず、新しい監督を手配したらしいが、どうも気にいらなかった。出演者たちも、13歳にしては成長しすぎており、全体としてがっかりだった。子ども達には、話の筋に詳しい我々父母が解説付きで見せることになってしまい、よかったのか、迷惑だったのか?

特に納得いかなかったのが、エンディングロールとでも言うのか、出演者や関係者が字幕で紹介される部分がなんと5分くらいあった。観客に向けて作られたというより、関係者に向けて作られたことを象徴するようだ、と妻と文句を言ったが、まったくあれはどういうつもりだろう。J.K.ローリングをとりまく金の亡者たちが、ディメンターのようにうようよ漂って、ファンタジーを錬金術に変えているかのようだ。

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クリスマスの過ごし方

Bubble景気な頃以来、クリスマスイブは恋人とロマンティックに過ごすのがファッションとして常識のようになってしまった。なんと嘆かわしいことだろう。私は若い頃、クリスマスの意味を考えながら、ディケンズの「クリスマスキャロル」の新潮文庫を読み涙するのが習いだった。かわいそうなスクルージ。スクルージのような頑なな心は誰でもが持っている。

今は家族で過ごすのが習いになっている。今年は、金曜日がイブで、土曜日がクリスマスデイだったので、ゆっくり過ごすことができた。子ども達は、まだサンタクロースを半ば疑いつつ信じており(学校で、お父さんがサンタだと話している同級生がいるようだ)、一昨年頃からサンタさんに届けてあげるという名目で子どもたちからのサンタさん宛の手紙を私が受け取り、プレゼントを用意している。ツリーを飾り、イブの夜に靴下の下に置いておくと、翌朝早起きした子ども達が見つけるという寸法だ。

妻は、ファッションとしてのクリスマスにご執心で、ツリーを飾り、リースを飾り、壁掛けや人形を飾っている。ケーキも焼くし、今年は鶏の丸焼きも調理した。音楽は、タリススコラーズのクリスマスキャロル集や、ジャズボーカルのクリスマスソング集、ヘンデルのメサイヤなどなど。ビデオでは、バレエ「胡桃割り人形」。

まったくファッションとしてのクリスマスであるが、西洋文化の基礎にある、イエス・キリストの生誕に思いを馳せることは子どもにとっても無意味ではない。ただ、同じ程度に、釈迦や孔子、モハメットについても知る必要はある。

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2004年12月22日 (水)

とうとう冬ソナを見始める

この一年間、話題をさらいつづけた「冬のソナタ」に一昨日からはまり始めた。完全版という放送が始まったのだ。日本語吹き替えではなく、字幕もの。非常にセンチメンタルでチープで強引な展開に鼻白む部分はあるが、役者の演技が巧いのか、確かにはまり込みやすい性質を備えている。

冬のソナタという題名だが、冬は「初雪」が恋人たちの大切なデートの日という韓国の風習を表しているようだが、ソナタはなんだろう。クラシックファンには、あれという選曲があった。ベートーヴェンの「テンペスト」ソナタの第3楽章がBGMで鳴ったり、哀悼の音楽としてバーバーのアダージョが小編成の弦楽合奏で使われたり、主人公の一人がラジオのクラシック専門局のディレクター?で、アルバンベルクカルテットによるモーツァルトのニ短調の弦楽四重奏曲が放送されたり。

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クリスマスナイトハイクと礼拝

先週の土曜日は、子ども達が入団しているボーイスカウトのクリスマスナイトハイクが行なわれた。普段は送り迎えくらいしかしないのだが、夜の観光地のハイキングなので、引率を兼ねて参加した。一昨年にも同様な催しがあり、参加したのだが、そのときと同じく、プロテスタントの教会でクリスマスのミサが行なわれた。プロテスタントらしく簡素な教会だが、小柄なパイプオルガンを備えており、賛美歌を数曲歌ったが、久々のコーラスは感動的だった。ボーイスカウトや父兄による育成会員も結構よく歌っていた。

その後、ナイトハイクで港町でゲームをしながらのハイキングが行なわれた。家族四人とも別のグループに分かれたので、夜間の防犯的なガードの役目は他の父兄に任せることになったが、結構長い距離を脱落せずに歩ききった。解散は当初8時の予定が9時過ぎになり、小腹もすいたので、近くのチャイナタウンに向い、中国風の汁そばを食べた。今流行りの日本風の凝ったスープのラーメンとは違い、あっさりスープが美味しかった。

ボーイスカウトにも育成会として積極的に参加すべきなのだが、どうも父兄で気が合わない人たちがおり、参加に二の足を踏んでしまっている。ときおり協力したいとは思うのだが。

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2004年12月20日 (月)

映画DVD 「Mystic River」

今年の話題作として新聞に出ていたミスティック・リバーが 貸しビデオ屋で貸し出していたので、借りてきた。あのダーティ・ハリーのクリント・イーストウッドの監督作品だという。舞台はアメリカ東部。ボストン?のダウンタウン。現在から20年ほど前、近所に住む男の子の遊び友達三人組の一人が、変質者に誘拐され、四日後に生還する。現在三人は別々の生活を営んでいる。読んだことはないが、天童荒太の「永遠の子」とか言う小説の筋書きに似ているような気がした。淡々とした映像。家族で見たい内容ではないが、アメリカ映画的な派手さは抑えられ、人生の不可抗力的な転機というものを考えさせられる。なお、題名の Mystic River は 地名なのか普通名詞なのか。なぞの川、神秘な川。

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2004年12月17日 (金)

JAL カレンダーにみる人種観、女性観

A WORLD OF BEAUTY 2005 というカレンダーを見た。

日本人以外はほとんどが白人系の女性だ。その人種観、女性観は推して知るべし。一国のフラグシップ会社たるもの・・・・・

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仕事が繁忙でCD衝動買いに走る

といっても、またしても古本屋で購入だが。

ガーディナーの「メサイヤ」 1982年録音。もうこんなに昔の録音になるのか!私のメサイヤ入門は、コリン・デイヴィスとバイエルン放送交響楽団によるCDなので、ピリオド楽器によるメサイヤはそれなりに新鮮に聞こえる。ただ、録音年代はほとんど同じで、レーベルも同じフィリップスということもあり、少々取り澄ました音の感触は共通している。
(2枚組 1000円)

グリュミオーのバッハの無伴奏全曲。こういう名録音を手放す人はどういう事情だったのか想像してしまう。クレーメル、シゲティと聞いてきたが、グリュミオー盤が一番耳に馴染みやすいかも知れない。(2枚組 1000円)

フルニエとグルダによるベートーヴェン チェロソナタ 第3番から第5番。ケンプとの録音をよくCDメガストアで見かけ欲しいものリストに入っているのだが、これが目についたので買ってみた。数年前、世話になったチェロ好きの知人にロストロポーヴィチとリヒテルの同じ曲目のCDをプレゼントしてしまったので、曲自体しばらく聞いていなかった。第3番を聴いたが、ロストロとリヒテルが重厚巨大だが少々堅苦しいのと違い、自由闊達で伸びやかだった。これは1枚ものだが1000円。 古本屋のCDは組物でも元の定価がどうでも、最高額1000円程度なので、うれしい。

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2004年12月14日 (火)

来日オーケストララッシュに思う

この秋は、ベルリンフィル(ラトル)、ヴィーンフィル(小澤、ヴィーン国立歌劇場)、ロイヤル・コンセルトヘボウ(ヤンソンス)、チェコフィル(マカール)、ニューヨークフィル(マゼール)などなど、綺羅星のごとき指揮者と楽団が相次いで来日した。その一部はNHKの放送などで触れることはできた。超高額なチケットを激しい予約競争に勝ち抜いて入手できる人は数少ない。腐っても鯛の経済大国日本。超一流の楽団公演は、訪問する彼らにとってもまだまだ魅力があるのだろうか。もっとも来日契約など数年前に結ばれて予定化されるのだろうが、音楽出版の音楽之友社や、クラシック音楽事務所の苦境が伝えられる中でも、金と暇のある人はいるのだろう。特に、悠悠自適の老後生活者などはそのような金と暇のある人たちになるのだろうか?

それにしても、小澤の凱旋公演について、購読している新聞には目立った記事は出ていなかった。NHKでも紹介番組もなかった。ヴィーンでの不評をひきずったような、簡単なコメントが読めたくらい。いつ来ていつ帰ったのだろう?

先日、ゲルギエフとロシアの歌劇場(キーロフではなかった?)による、ヴァーグナーの指環の来年の日本公演を宣伝する少々どぎつく品のない新聞広告を見たが、4夜通しのチケット代はS席でなんと10万円を越える高額だった。おそらくこの公演も今のクラシック音楽界では最大の呼び物のひとつだろうから、あっという間に売り切れることだろう。その一方庶民は、映画や貸しビデオなどの身近な娯楽程度しか触れることが出来なくなっている。日本の階層分化の表れだろうか。

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2004年12月13日 (月)

ソフィーの世界

1995年にNHK出版から発売され、NHKによるテレビ番組での紹介にも影響されてベストセラーになった本。中学高校生向けの哲学史入門といった内容の本。自分でも発売当初購入してざっと一読して、なかなかためになる本だと思った。しかしすでに10年近くたった。2年ほど前に妻の弟が我が家を訪れた時に持ってきてくれたのがこの本で、しばらく放ってあったが、先日久しぶりに読みなおし始めた。いま、イギリス経験主義のロックのところを読んでいるところ。

昨年、少々思うところがあって、十分条件、必要条件のことを調べたことがあり、その関係で一般早分かり教養書の三日で哲学がわかる本というのを買って、読んでみたが結構面白かった。(とはいえ、この種の本で、クラシック音楽入門などをパラパラとめくるとそのあまりの初歩的なことに驚くほどだから、ある程度深く接している人には、物足りないのだろとは思う。)

少々脱線を。ドラマや映画などで、クラシック音楽界を題材にする場合、脚本家や作家のクラシック音楽に関する造詣の浅さに鼻白むことがままあるが、ある程度のマニアや専門家にとっては一般向けの小説、ドラマなどで題材にされているある特定の分野の扱いには、どの分野でも同じように感じるものだろうか?

今、朝日新聞で連載している讃歌という ヴィオラ奏者を主人公にした小説は、フジコ・ヘミングをモデルにしたかのようではあるが、結構その世界について確かな知識で描いているようだ。

閑話休題。しかし10年前に一読しただけなので、ソフィーの世界は、ミステリーじみたあらすじもうろ覚えで、驚いている。

これはノルウェーの哲学教師のヨースタイン・ゴルデルが書いた本だが、北欧の教育や先進性について、再度注目が集まっている昨今である。

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朝日新聞 BE(土曜版) BLOG特集

何種類かのBLOGが紹介されていたが、中ではあのプロ野球参入問題で話題になったライブドアのブログ件数が圧倒的に多く、ココログは意外にも4万件ほどだった(しかし他のサービスが1000件単位で丸めてあるのに、ココログだけは、1桁まで管理しているぞ、と言わんばかりに4万何千何百何十何件まで記載されているのが ? だった)。 はてなダイアリーなどはよく目にするのでもっと多い気がするのだが。

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ゴジラ ファイナルウォーズ

ゴジラ誕生50周年ということで、それを記念した大作「ゴジラ ファイナル・ウォーズ」が公開された。しかし、東宝としては、これがゴジラ映画の打ち止めということだ。土曜日に子ども達と見に行ってきた。

次男が、以前からウルトラマンシリーズなどの特撮ものが好きで、BSでゴジラがまとめて放送されたこともあり、すっかりゴジラにはまってしまい、先日、ハウルを観に行った時に、見たがったので、前売り券を買い、今回観に行ってきた次第。前売り券には、DVDがおまけでついてきた(これは、DVDゴジラ映画全集約10万円也の宣伝用の意味合いが強いが、過去の特撮場面が収録されており、なかなか面白い)。

妻は、あまり興味がないということで、三人で出かけたのだが、シネマコンプレックスは、話題作が何本も公開されていることもあり結構にぎわっていた。ハウルのほかには、Mr. Incredible (敢えて訳せば途方もない男、信じられない奴)などなど。ゴジラは朝日新聞評でも絶賛だったので、結構人気かと思ったが、そうでもなかった。先日観たハウルはほぼ満席だったが、今回のゴジラは5割程度の入りだった。小さい子どもと親という組合せが多かった。

一昨年だったか、ハム太郎と併映されたみなとみらい21を舞台にした「ゴジラ キングギドラ」は全く期待していなかったのだが、久々に観た特撮技術の発展に非常に感心していたし、先日テレビでもやった「東京SOS」も面白かったので、自分としても今回のを是非見ようと思ったのだが、結論的には、ふーんなるほどというものだった。

ゴジラとその他の怪獣たちの戦いや動きは、これまでになくアクションが素早く迫力もあり、ワイヤーアクションを多用したというミュータントたちM機関とエビラとの戦い、疾走するバイクでのバトルもなるほどすごかったが、X星人対地球人の闘争が少々安易で、筋が見えてしまう弊があり、興ざめだった。北村一輝という俳優の演技は面白かったが。また、ミニラの使い方も安易さが目立った。

今回の監督は、映像作家としては期待の人らしく、一部戦車のミニチュアでチープな印象があった以外は満足できたが、ファイナルウォーズという制約からか、有無を言わせぬ骨太の悲劇的ストーリーが感じられなかったのは残念だった。俳優の演技では、以前NHKの大河ドラマで佐々木小次郎を演じたほどのTOKIO 松岡は、チャラチャラしたジャニーズというイメージを全く感じさせない真摯な演技で好感をいだいたが、ヒロインの菊川玲は、違和感をぬぐえなかった。ドラマでも多用されているが、わざとらしい表情やセリフ回しが目立つ。映画の雰囲気に溶け込んでいない。X星人との対決のシーンでのわざとらしいおびえの表情が学芸会的な稚拙さで特に気になった。

なお、新聞評にもあったが、日本のゴジラをリメークした米国版ゴジラが ジラという名前で登場し、そのトカゲのようなイグアナのような奇妙な形態と、マグロしか食わないという習性が 映像とセリフで茶化されていたのはそれなりに面白かった。ただ、その評にあった指摘のこの作品が海外受けするとか、今後も続編のゴジラが制作されるというのは期待しすぎだろう。

今回、最近の何作かのゴジラシリーズを見て感じたのは、自衛隊が相当協力しており、自衛隊のデモンストレーションになっていることだ。軍人的なヒロイズムと、自衛力の重要さが強調されている。

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ハイドン 天地創造

ヴンダーリヒがテナーを歌った カラヤン盤が 中古屋にあり入手した。1960年代のカラヤンというシリーズで、1990年頃の発売時は4000円ほどの定価だったようだ。2枚組。それが1000円だった。

ハイドンのオラトリオ、四季と天地創造は名前だけ知っているが、聞いたことがほとんどない作品だったが、今回天地創造にようやく触れることができた。テキストは、ジョン・ミルトンの「失楽園」で、その英語テキストを独訳したのは、モーツァルトへのバッハ、ヘンデル紹介で有名なヴァン・スヴィーテン男爵だったという。また、その初演は、サリエリが通奏低音のチェンバロ(ピアノフォルテ)を弾くなど、ヴィーンの音楽界あげての盛大なものだったという。当時ベートーヴェンはまだボンにいたのだったか?

1960年代のカラヤンは覇気があり、ベルリンフィルも実力全開、録音も広がりがあり鮮明で、すばらしい。また、歌手もヤノヴィッツ、ベリー、フィッシャー=ディースカウ、そして、この録音中に惜しくもなくなったヴンダーリヒなどの美声を聞くことができる。

以前、丸山真男氏の音楽生活を紹介した新書で、「属和音から主和音への解決をどのように遅らせ緊張感を維持するかが西洋音楽の課題だった」というコメントがあったように思う。特に、ヴァーグナーのトリスタンなどは、その究極であるという。

今回このハイドンを聞きながら、非常に簡単に主和音へ解決するのがよく聞き取れた。これこそが、ハイドンの単純さ、分かり易さをもたらしているのではないか。フレーズの最後が簡単に主音に復帰してしまう。ヘンデルやバッハは、和声的な音楽を書いても、必ず対位法的な解決の遅延があるため、聞き応えがあるし、モーツァルト、ベートーヴェンにしても解決を遅らせる工夫をしているように思う。楽想の豊富さ、展開技法の冴え、巧みな楽器法などでいわゆる凡百の古典派とハイドンは区別されるが、他の古典派作曲家同様の安易な解決が緊張感を削いでいるのもハイドンの限界だったかと思った。

現代では、ハイドンは有名ではあるが、あまり人気が出ない。CDのメガストアでも、作品数の多さに比較して、棚の面積が狭いのはその表われだろう。それには、この短い緊張の維持というのもあるのかと思って次第。

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2004年12月 7日 (火)

最近のDVD オーケストラの少女、ガンジー

毎月1日が近所の貸しビデオ屋の特売日、旧作なら1週間100円にちょうど仕事帰りに出くわしたが、子ども向けのドラエモンやその他最近の話題作は貸しだし中で、いろいろ迷ったあげく、タイトルの2作を借りた次第。

「オーケストラの少女」は、戦前のアメリカ映画で、戦後日本で公開され、青年の心を捉えたものとして、父親から聞いていた。30年以上前、テレビ放送されたのを食い入るように見たのを思い出す。さて、この作品、指揮者の岩城宏之氏が、どこかで、音楽少年時代にあこがれた作品だったがプロの目や耳で見なおしたら余りの拙劣さに幻滅したと嘆いていたのを読んだ記憶がある。そんなひどい出来だったかと今回見てみたが、ディアナ・ダービンの歌は吹き替えらしいが素人としてはまあまあだった。それより、ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団の演奏が、ストコフスキーの演奏指示や編曲により、あのファンタジアよりひどく歪曲された演奏に聞こえた。何というぶちきれたフレージング。モーツァルトのアレルヤのエンディングのひどい編曲。失業者楽団のリストのハンガリー狂詩曲は面白かった。
それでも映画としては、単純明快なストーリーで結構楽しい見物だった。

ガンジーはアッテンボローの監督、ベン・キングズレーの主演の伝記映画。音楽はラビ・シャンカールだった。偉大なるマハトマ・ガンジーとはいえ、その伝記にも著作にも満足に触れたことのない体たらくだが、昨今の文明の衝突の時代を克服するには、ガンジーの思想と行動が一つの解だろうと思う。その究極は、イスラム教徒に我が子を殺されたヒンズー教徒の父親に対して、両親を殺されたイスラム教徒の孤児をイスラム教徒のまま育てよと説く、寛容な人道主義だ。これは相当の人格者以外にはなし得ないおしえだろう。左の頬を殴られたら右の頬を差し出せ、汝の隣人を愛せよよりもより困難だ。しかし、そうでもしなければ、この世界はマルチカルチャリズムの混沌の中で崩壊するのみかもしれない。

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2004年12月 6日 (月)

清水宏保の復活

先週末に長野市のMウェーブで行なわれたスピードスケート短距離のワールドカップで、500M世界記録保持者の清水が2日間とも500Mでトップに立った。それも2日目は、国内新記録の34秒台を記録した。34秒95。6年前にそこで開かれた長野オリンピックで、悲願の金メダルを獲得した彼だが、その後ソルトレークオリンピックでは腰の故障もあり、連続の金を逃し、その後しばらく勝てないシーズンが続いた。正直、よく続けているなという印象だった。しかし、その彼が今シーズンは調子がいいようだ。既に30歳を越えていると思うが、進化が続いている。すごいアスリートだ。

なお、女子も大菅小百合(24)が国内最高の38秒13を出して優勝した。

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ハウルの動く城

宮崎アニメ「ハウルの動く城」を見てきた。11/27(土)最寄のシネマコンプレックスで。

もともとアニメファンの中年男にとっても面白くないわけがなく、妻も子ども達もそれぞれ楽しんだようだ。

第一印象は、女の子の顔が、少々固い表情をしているなということ。ソフィーは自分を美人だと思っていない、妹に比べて愛想もなく、好きでもない帽子屋の仕事を義務として継いででいる、という感情が表われたものだと得心。

ハウルの声優をつとめたキムタクだが、これが結構うまい。キワモノかと思ったら、まったく違和感がなかった。

登場人物では、ハウルの弟子のマルクルが気に入った。火の悪魔、カルシファーも憎めない。動く城の鳥の足は、ムソルグスキーがハルトマンの遺作から霊感を得て作曲した「展覧会の絵」のうちの「バーバヤガーの城」にヒントを得ているのではなかろうか?ロシアの魔女が住む城らしい。動くかどうかは分からないが。

舞台は、またしてもヨーロッパに戻る。原作がそうだから仕方がないといえば仕方がないが、ファンタジーといえば、ヨーロッパ?黄色人種も黒人種も登場しない。

今回も連続して、久石譲の音楽だが、ワルツのテーマは、懐かしい映画音楽を引用している。題名を思い出せないが。

18歳の娘が、90歳の老婆に変えられ、それ以降の方がそれまでの人生よりも大胆に活発に生きる。

設定上の矛盾?や無理?や分かりにくい部分もあるが、まあ上質なアニメーションではある。

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