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2005年1月27日 (木)

楡家の人々 北杜夫著

中高生の頃の愛読作家だった、北杜夫氏の代表作「楡家の人々」(新潮文庫、上下)を、風邪休みに読み返した。北とは全く正反対のようだが、戦前のエスタブリッシュ出身ということで共通性のある、かの三島由紀夫が大絶賛した大河小説である。 

北杜夫(斎藤宗吉)は、よく知られているように、大歌人にして精神医学者だった斎藤茂吉の次男として生まれ育った。楡家の人々は、彼の育った斎藤家をモデルにして、明治大正昭和(終戦)の三代を描いた「市民小説」だという。北は、またもや「かの」トーマス・マン(「ベニスに死す」や「魔の山」などで知られる)の「トニオ・クレーゲル」を愛読していた。この楡家の人々は、彼の「ブッテンブローク家の人々」にヒントを得たものだといわれている。

ところで、NHK問題は、とうとう海老沢会長の辞任(顧問には就任で院政めいている)にまで至ったが、NHKと朝日の泥仕合はまだ続いている。

今回、その論点の一つである、従軍慰安婦問題について、トラックバックをもらった。

楡家の人々は、関東大震災、楡病院の火災などと並び、太平洋戦争の凄惨な事実を家族や縁者の巻き込まれた大きな「時」の流れとして、当時の関係者の手記などを資料として相当の紙幅を費やしているが、この中で、三代目の長男と、その友人で長女の恋人である軍医が参加していた南洋諸島進駐の日本軍の「慰安所」に、兵士たちが列を作って並んでいる情景を何気なくさらっと記している。

北杜夫自身は、「夜と霧の隅で」(フランクルの「夜と霧」、これはナチスが夜と霧に紛れてユダヤ人を強制連行した作戦名に基づくのだが、その隅で、精神薄弱者や障害者が、断種されたり、ユダヤ人と同様ガス室に送られたことを表している)で芥川賞を受賞したように、リベラルな思想を持った作家であるが、どちらかといえば、ナイーブな品のいい、保守であろう。その彼が至極当たり前の(かどうかは確信が持てないが)記述として「慰安所」に触れている。また、海軍軍人の寄港時の芸者遊びについても触れている。

現在の従軍慰安婦問題は、当の慰安婦について強制連行があったのか、自由意志(これには肉親による人身売買も含まれるだろうが)なのかということが重要な論点であろう。この小説が当時の通念として書いているのか暴露的に書いているのか分からないが、日本軍のいわゆる最前線基地に「慰安所」があったということは、慰安婦が強制連行という暴力的な形は取られていなくても(日本軍の兵士の徴兵自体、国家権力による有無を言わさぬ強制なのだから)、最前線の慰安所で働いていたということで、彼女らについても、少なくとも徴兵同様の強制があったのではないかと想像される。同じ人間の欲望でも食についての資料は残されることが、性については秘すべきものとされ公式な資料も残されず、またそのことを語ろうとする関係者も少ないだろう。それゆえ、議論が難しい。資料や証言は、歴史の事実の一部を語るが、決して全貌を語らないからである。

仮に、自分史(自伝)を執筆する場合でも、多くの記憶し、記録された事実の中から、取捨選択が行なわれるのだが、その場合、過度に露悪的にならない限り、性に関する重要な事柄は、秘められてしまうのが普通だ。だから残された記録がないということが、そのことがなかったという証明にならないということに留意する必要があるだろう。

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