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2005年1月 6日 (木)

冬ソナを見終わる

NHK BS2 が昨年末に放映した 「冬のソナタ」完全版が12/30に最終回を迎えた。ところどころ部分的に見逃したが、日本語字幕つきの韓国語版をほぼ見通すことができた。おかげでほぼ1週間毎晩10時から12時過ぎまでテレビにかじりつきだった。今から3年ほど前の作品だという。その頃の現代韓国の人々の暮らしの一端を垣間見ることができる。日本では30代以上の女性に特に人気を得たということだが、このドラム自体日本の古きよき少女漫画的な登場人物とストーリー構成、展開とそっくりだと感じたので、むべなるかな、という思いだ。名古屋のテレビ局の「昼メロ、昼ドラ」が同様な運命、血縁ドラマの本家だと言っているらしいが、少女漫画がそのまた元祖であろう。俳優たちの演技の質、ロケの多用など、そこそこ質は高かった。ただ、ソウルでも地方都市でも韓国の町並み自体はあまり美しくなく、豊かそうではなかった。

それにしても韓国語は難しい。かつてNHKラジオのハングル講座を少々かじったり、「10日で覚えるハングル」などという文庫本を買ってみたりしたが、同種の記号を記憶するのは非常に困難で投げ出している。日本語に一番近い外国語と言われている(そのまま読み下せば意味が通る)が、漢語由来の単語以外にはほとんど共通性がなく、欧州諸国の言語のように共通の語幹のようなものもないようだ。また、現代の韓国では、特に80年代頃から日本による植民地支配の反発による日本文化の流入禁止が理由なのか、漢字使用が制限され、ほとんどがハングルで表記されているので、今回のドラマでも「約束」とか「記憶」など日本語とほとんど同じ発音の単語が使われていてもハングル表記では分からない。ちなみに、ソウル市のソウルは、漢字表記はできず(日本の純粋のヤマト言葉と同じだ)、古語で「都」という意味なのだという。

このドラマは、日本だけでブームになったわけではなく、アジア諸国でも放映され、多くのファンを獲得したのだという。昨年末のスマトラ沖の大地震と大津波による被害に対して、このドラマの主役のペ・ヨンジュン(日本ではヨン様と呼ばれる)が3000万円を寄付したのもその背景があったとのことだ。

なお、先日、ヒロインの チェ・ジウが別のドラマでもヒロインを演じていたのを見たが、不思議な気持ちがした。それほどまでに 私の脳内では ユジン=チェ・ジウ という刷り込みが完成してしまったようだ。

韓国人の容貌も結構多様であることが面白かった。韓国人というと、日本人よりも頬骨が高く、釣り目というイメージがあるが、出演者全員を日本人だと言っても通用する。ユジンにしても、チンスクにしても、チェリンにしても、彼女らが日本の街角を歩いていたり、テレビに出演していても全然違和感がない。男性陣は、概して西洋的な彫りの深い顔立ちよりも、東洋的な顔立ちが多い。目が細く、顔の形も四角い。

ドラマの中で見られた習慣で面白かったものがいくつかある。自動車を運転しながら携帯電話で会話するシーン。電話ホルダーをダッシュボードに取り付け、受話音はイヤホンで聞きながらしゃべるもの。韓国の方が交通法の改正が先行していたのだろうか?また、登場人物たちが、帰宅後、着衣のままでベッドで眠るシーン。着替えのシーンを省いたためかも知れないし、疲れきったことを表す演出だったかも知れないが、韓国の人たちは寝巻きを着ないのだろうかと不審に感じた。玄関で靴を脱いだように思う(サンヒョクの実家など)が、これは、日本と同じ習慣だろうか?

韓国(朝鮮)と日本との人の交流はそれこそ、原始時代以前からあったのだと思う。日本列島への多くの文物の伝来主要ルートだった。古代でも仏教の伝来、任那の日本府(韓国史学では否定?*1)、白村江の戦(たたか)い(*2)という占領、戦争という関係があったのだし、韓国から来日した多くの技術者集団が大和朝廷に雇われ土着した。高麗(こま)という地名も全国各地にあるようだ。豊臣秀吉の朝鮮出兵とそれによる陶工の来日もあった。近代史では先に近代化した日本が朝鮮半島を植民地化し皇民化教育を行い、多くの在日朝鮮人が生まれた。イギリスとアイルランドとの歴史と同様、日本と朝鮮半島も不幸な時代を経てきている。

しかし、今回の冬ソナブームをきっかけとした 韓流(韓国ブーム)で、日本人に親韓感情が高まっている。朝鮮との間の新しい段階を開くのかも知れない。ただ、それには、北朝鮮の問題が大きな障害として横たわっている。 

(*1)三世紀から六世紀にかけて、大和朝廷が植民地的に経営した朝鮮半島南部の地域および国家。高句麗の広開土王碑文に初見。古くから日本と楽浪・帯方両郡との交通の重要な中継地であったので、四世紀中ごろ、大和朝廷は大軍を送り、旧弁韓地域を占領の軍事的拠点として日本府を置いたが、五世紀以後国内の動揺と高句麗・百済・新羅の圧迫とにより、五六二年新羅に滅ばされた。日本府のことは「日本書紀」の所伝であるが、実在しなかったとする説もある。

(*2)天智天皇二年(六六三)、白村江で行われた、日本・百済と唐・新羅の水軍同士の会戦。唐・新羅連合軍に侵略された百済の救援に向かった日本軍はこの戦いに大敗し、その結果、百済王は高句麗にのがれ、王族、貴族の大部分は日本に亡命し、百済は亡びた。日本も多年にわたった半島経営を断念。

くだら(1) 朝鮮の三国時代、半島西南部にあった国。四世紀初の馬韓から起こるが、伝説ではその前身済国の始祖温祚(おんそ)王は高句麗から移った扶余の系統と伝えられる。首都は漢山、のち熊津。任那(みまな)の滅亡後、新羅、高句麗と抗争。日本、中国南朝とは友好関係を保ち、わが国に仏教その他の大陸文化を伝える。六六〇年、新羅・唐連合軍に滅ぼされた。
(2) (古代、百済などからの帰化人が多く居住したために名づけられた地名)摂津国東南部の古郡名。現在の大阪市東部、生野区の一帯と思われる。また、奈良県北西部、広陵町の地名。百済寺があった。

百済の王族、貴族の大部分が日本に亡命したというのだから、その影響力は多くの分野にわたっただろうことは想像するに難くない。それ以前の日本語とそれ以降の日本語はどのように変わったのだろうか?

 

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