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2005年5月10日 (火)

仕事の質と2007年問題

今、日本の企業では2007年問題というものが取りざたされている。あの空騒ぎ気味に終わったY2K西暦2000年コンピュータの繰り上がり問題があったが、今度のは人に関連するものだ。2007-60=1947ということで、敗戦後のベービーブーマー(団塊の世代)の大量退職が2007年頃から始まることにより、企業の業務に支障を来たすのではないかという懸念だ。

「西暦2007年問題」の解決策を募集します

2007年問題を笑い飛ばす人もいるが。

2007年問題のGoogle検索の結果

先日の母の日に女房サービスで、近くのファミレスで食事を取った。量や質もまあまあでこんなにリーズナブルな値段での食事はいいものだと思って、子ども達がデザートを食べているときに、何の気なしに請求書を眺めていたところ、注文していないものや、重複注文があるようだったので、係りの人を呼んで確かめたところ、間違いを認めて、レジで金額の修正に応じた。恐らく我が家が品数を多く注文したこと、何やかやと注文名を言い直したりしたことで、ウェイトレスが注文用の入力を間違えたのだろう。ただ、そのときに通常のファミレスでは必ずマニュアル化されている注文品目の復唱をしなかったので少々奇異に感じていたのだが、まさか間違えられるとは思わなかったので、そのままにしていた。また、運ばれた料理は、我が家で注文したものだけで、余分なものや重複は運ばれてこなかったので、厨房側では分かっていたのかも知れないという疑いは残る。

ファミレスのウェイトレスはほとんどがフリーター、アルバイトの若者だ。このような低料金でマニュアル化されているとはいえそれなりのサービスを受けられるのは、サービス大国の日本ならではだろう。(欧米などでは、それなりのサービスを求めるにはそれなりの対価が必要だし、チップも弾む必要がある)ただ、彼らにはその仕事への誇りはあまりないだろう。先日重大事故を引き起こした電車の運転手は23歳の若者だったという。JRの運転士の年齢構成は、団塊の世代クラスのベテランとそのような若年の2極化になっており、ベテランと若者のジェネレーションギャップもあり、コツや勘のような言葉にできないノウハウのような事柄の継承があまりうまく行っていないのではないか。(これは自分の職場での体験からも実感的なことだ)。そして一方で経験を重視しないマニュアル化された業務につかざるを得ない若者が多い。そのような仕事しか与えられない(与えられないという受身の姿勢ではいけないという批判は棚上げ)若者にNEET ニート、引きこもりが増加しているようだ。

国家による義務教育が、その国民性、その世代の性格をすべて規定してしまうということはないだろうが、現在定年を迎えようとしている団塊の世代(若い頃は学生運動、企業に入ってからはモーレツ社員)の性格は、エネルギッシュで責任感と競争心が強いという点にあると感じる。この世代的な特徴が、きめ細かなサービスの追求、秒単位の列車ダイヤの維持のような一種曲芸的な業務遂行を可能にしてきたのではなかろうか?

そして今やそれらが社会の各分野、各層で失われつつあるというのが、今の日本の置かれている状況ではなかろうか?社会の要請の方向は、スピード、巨大化、極小化、システム化ではあり、その勢いがとどまりそうもないが、自分の世代を含めてその社会の構成員からは責任感、プレッシャーへの耐性などが失われ次第にいい加減になってきており、その要請と社会の構成員の資質のギャップが噴出し始めているのではなかろうか?

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