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2005年6月の33件の記事

2005年6月30日 (木)

FOMA F700iを使いこなす その3 外部メモリ

最近の携帯では、外部メモリへ画像やPIMデータを書き出せるものが増えている。データバックアップとしても使える。

6/24(金)動作確認されている東芝製のminiSDメモリーカード 64MB(2000円台)を購入し装着。フォーマットを完了してから撮影済みのデータを移動してみる。成功。それほど時間がかからずにコピー移動できる。使い勝手はよいようだ。

なお、同じminiSDでもメーカーと携帯の相性があるようでフルコンパチとはいかないようだし、容量制限がある。http://synergie.jp/archives/2005/02/F700i_minisd.html 

メーカーによるこの違いは恐らく音楽データなどの著作権保護機能のためではないか? なお、音楽再生の際には、これがデータフォルダになる。

6/29(水)東芝製の在庫切れで、BAFFALO製の64MBを購入して妻の携帯に装着したが、これも問題なし。

音楽再生するときには、PC上でこのメモリーカードにiTUNEデータをドラグアンドロプしてやればいいという。

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2005年6月29日 (水)

最近買ったCD

overture

IMusici

Fournier

Romantisch

画像は左から
ワーズワース指揮ロンドン響の序曲集、イ・ムジチの弦楽合奏曲集、フルニエ・イエペス・ランパルによる小品集、クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団のブルックナー交響曲第4番

中古書店ですべて税込み250円。聞かなくなった(聞いていない)ホームミュージック全集や名曲全集を買い取りに出したものらしく美品だった。(最近これまで真剣に聴かなかった小品を発掘して聞き直している。)

バリー・ワーズワースだが、ワーズワースと言えばイギリスの桂冠詩人の名前だ。一族だろうか?ポートレートが載っていたが、いかにも貴族的なイギリス紳士の風貌だ。先日書いた「文明堂」のCMの記事でロザンタール編曲のパリの喜びでは、カンカンの部分が短すぎてつまらないので、原曲の「天国と地獄」(地下--冥界--のオルフェウス)序曲を聞きたかったので購入。ところが、序奏部が非常に長く、やはりカンカンはあっという間に終わってしまった。残念。ロッシーニやモーツァルト、ヴェーバーなども入ったまさにホームミュージック的な選曲だが、結構手堅くまとめている。

次はイ・ムジチによる名曲集。コンサートマスターや録音年も記載がないため、いつ頃のものかは分からないが、少々丸い音色。「アイネ・クライネ」、「春」、「カノン」、「アルビノーニのアダージョ」など風通しのよい爽快な演奏を聞くことができた。特に「アイネ・クライネ」は、いわゆるスタンダードな演奏で安心して聞くことができる。また「春」は、第二楽章のヴィオラが特に強調されているのが印象に残った。これがどのコンマスによる演奏か調べる際の手がかりになるだろう。

フルニエによる「白鳥」、「アヴェマリア」、「妖精の踊り」(ポッパー)などの品のいい演奏。イエペスによる「アルハンブラ」「禁じられた遊び」などのギター名曲、ランパルによる「シランクス」などこんな贅沢な演奏が250円で入手できるとは!

クーベリックがCBS時代に残したスタジオ録音ではシューマンの全集を愛聴しているが、その他の録音も素晴らしいものがある。発売当時が私がFM放送をよく聴いていた時代だったので結構耳にしたことがあった。モーツァルトの後期交響曲、ブルックナーの3番と4番など。今回のCDは名曲全集の一枚で、そのシリーズとしてはデイヴィスのモーツァルト40&41、マゼール/VPOの運命、未完成 アバド/シカゴの悲愴などが店頭にあった。このブルックナーの4番は、どうしてか懐かしさを感じさせる演奏だった。余裕のある大人の演奏で、暖かさが感じられる。

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FOMA F700iを使いこなす その2 静止画カメラ

私が5年ほど前に購入して、いまだ故障知らずで現役のデジタルカメラはオリンパス製の133万画素だが、今回の携帯に搭載されているカメラはなんと約128万画素もありいわゆるメガピクセル機だ。少し前のデジカメ専用機に匹敵するこのカタログ上の画素数やデジタルズームの倍率なら、重さや大きさが気になっている現デジカメは今後の外出時には不要になるかもしれないと期待した。(なお、このオリンパス製はメモリカードとしてはスマートメディアを使用、USB接続機能なしという古い仕様)

しかし、そうは問屋が卸さなかった。先週末の外出の際にいろいろ試し撮りしてみてPCにメール転送して確かめてみたが、まずは光学レンズの解像度が違うようだ。何しろこの携帯はCMOSカメラというコストダウン部品を使用している。通常の携帯はCCDなのだが。また、二つ折りのカメラを開いて縦に持つので撮影姿勢が不自然になってしまい手振れが起きやすい。それらの理由で思うようなシャープな画像が撮れないようだ。普通のスナップ程度で、携帯の小さい画面で見る分には実用性はあるが、デジカメの代替にはならないと思う。また、もちろんファインダーがないので、夏の屋外など非常に明るい場面での撮影時には液晶の画像の明るさが不足してしまい撮影しようとする画像がよく確認できない。

ただ、カメラの設定はメニューや液晶下部の設定アイコンで非常にきめ細かくできるように作られており、さすがに最新の機能だと感心した。(普段はデフォルト設定で問題ないけれど)

なお、この機種は、最近のモデルでは普通に搭載されている暗い場所での撮影用のライトが付けられていない。他の700iが搭載しているので、F700iの欠点の一つだ。

また、盗撮防止ためののシャッター音はやむを得ないとは言え、結構うるさい。

まだ撮影になれていないことを割り引いても、総合的にはデジカメユーザーの視点からは少々期待はずれだった。

カメラ付き携帯の第一のメリットは、撮影した画像を即座に送信できることだが、送受信については、結構制約が多い。これまでDOCOMOのiモードの仕様は添付ファイルの点で他のキャリア比較では劣っていたようだが、現在のFOMAは500Kバイトまでの画像を添付できる。しかし受信はわずか約10Kバイトしかできず、それより大きいファイルが届いたときは、参照用のURLが送られるのだというので、通常のe-mailから50KバイトのJPGファイルを添付して実験したところ、参照用のURLは表示されず、16KB程度にサイズダウンされてそのまま表示された。これが最新の情報らしい。

これに関して調べてみたところ、
出そろった冬の3G~FOMA、WIN、V3Gを比較する
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0412/09/news098.html

キャリア各社の次世代3G(第三世代)
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0506/17/news061.html

キャリア各社、似たような機能で主に料金だけで競っているように見えていたが、実際に使用して興味をもって調べてみると、機能面でも対応面でも多くの差があることが分かった。(携帯電話の理想形は、1台の端末で全世界どこにいても全世界と「会話」ができることにあると思うので、その意味でグローバルなのは、第三世代で遅れをとっているように見えるVodafoneなのだろう。ただ、理想形イコールネイション国家での国家政策、国民の需要とはならないところに難しさがあるのだろう。)

総論。静止画や動画送信機能のついた携帯電話は、オカルトめくが、一種のテレパシーの代用ではなかろうか?最新型の携帯電話はアンテナが目立たないようになっているが、一時期携帯電話のアンテナを立ててコミュニケーションに勤しんでいる姿が、アリなどの昆虫が触覚を使ってコミュニケーションする姿を連想すると言った人がいた。先日のテレビで養老教授が「現在の技術の進歩が人間の頭脳の構造の進化に条件付けられている」という趣旨を語っていたが、個人個人レベルが携帯電話で画像イメージを遠方にいる相手と交換し合うのは、人間の脳における見る能力の拡大だろう。もともとテレビジョンというマスメディアはあったが、個人が(背景に巨大なインフラの存在があることは忘れてはならないが)このような情報交換ができるということは、凄いことである。

参考:携帯電話の歴史など

デジタルについてわかりやすく解説 教えてさとしくん
http://www.citywave.com/dennou2/osiete/osiete040421.html

Innovation ChannelScoop Eye (NECのサイト)
http://www.necel.com/ja/channel/se/0610.html

携帯電話機とその利用(特許庁)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/map/denki05/hajime.htm

700万画素デジカメの利点は何? - デジタルARENA
http://arena.nikkeibp.co.jp/qa/parts/20041026/109935/

デジカメ画像サイズ
http://www.aik.co.jp/yakudatsu/dtp-nyukou/digicame_size.html

ケータイのカメラ画像を業務に活用するには 
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/TIS/keitai/20050202/155604/index.shtml

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FOMA F700iを使いこなす その1 購入

4月に新規開店したショッピングセンターにこれまで何度か買い物に行き、そこに入っている大手電化製品小売店の店頭で最新型の携帯電話の展示モック品を手にとったりして冷やかしていたが、NTT DOCOMOが第三世代FOMAへの移行の本格的梃入れをしているせいか、機種変更でも相当安い値段で買えるのを知り、急に欲しくなった。

ちなみにこれまで使っていたのは当時世界最軽量、最小容積を謳っていた PDC(Personal Digital Cellular)方式の F203HYPER 。1998年の長野オリンピックでボランティアをした時に自宅との連絡用に購入したものをこれまで大事に使ってきた。途中iモードなどのインターネット接続とインターネットメールサービス、カメラ付きなどが次々に発売されたが、じっと我慢の子で、7年も経過した。

このところなかなか実家にも帰省できないし、互いにテレビ電話のできる携帯を持てば祖父母と孫との会話もできるからいいんじゃないかと思いついたのも購入動機の一つ。

ショピングセンターでは、DOCOMOの第三世代FOMA(FOMAとは? Freedom Of Mobile multimedia Access )シリーズの普及機 700iシリーズは、セット割引き(2台一緒に購入)で、1台7800円(電源コード、卓上ホルダ込み)となっていた。会社の近所のDOCOMOショップや、やはり近所の大手電化製品小売店でも1台1万円以上くらいなので、7800円なら安いと思っていたが、6/20(月)思い立って最寄駅の近くにある携帯電話ショップを覗いてみたら、なんと「機種変更でも0円」と広告に出ているではないか!(一般に新規契約の方が安い)

6/21(火)帰宅時に意を決してショップに入り、700iを検討していると伝えると、どの機種が希望かと聞かれた。SHは既に在庫なしとのこと。P,N,Fが残っているという。人気ランクでは、P,N,Fの順。以前もらったカタログで、音楽再生や待ち時間など意外にFの性能がいいということを聞いていたので、F700i にした。

ところが、値段は6,000円だという。これなら電源コード、卓上フォルダをセットすれば、7,500円(税込み7,875円)になってしまう。チラシと違うようだがと聞くと、若者(30歳未満)または老人(50歳以上)割引きで3,000円引き、セット割引き(同時に2台以上の購入)3,000円引きで合計6,000円の割引きになり、本体0円となるという説明。なお、充電コードと卓上ホルダは別売り。一瞬ひるんだが、考え直すそぶりをしたら、40歳台でも1000円引きをするし、ポイントが貯まっていればそれを使えば相当安くなると言ってきたので、セット割引きについて説明を求めたら上記の通り各3000円引き。妻の携帯もカメラも付いておらず古くなって電池の持ちも悪くなっていて買い換えたいと言っていたので、セット割引きの適用を申し入れた。そこで、1台の価格3,000円、2台で6,000円となり、ポイントを使って電源コードを込みにして、現金で3,150円払っただけで2台を入手できることになった。(実際はポイント3,700円+現金3,150円=6,850円かかったのだが。事務手数料2,000円*2=4,000円は基本料などと一緒に口座引落し)

6/22(水)に妻が自分の携帯をショップに持参し、同日夕方には妻の分は新型が入手できたが、私の分はF203という古い機種でデータコピーがうまく行かないということで、入手できたのは、6/23(木)だった。

大手キャリア三社間の競争による割引き、割引きで、この本体の値段も、基本料金、使用料金の体系も非常に煩雑になっている。レシートを見ると、本体価格は5万円ほどになっており、それが割引きにより最終的に1台3,000円ほどで購入できたということになるらしい。

分厚いマニュアル(600ページ近くある)が示すように、盛り沢山の使い切れないほどの機能とカスタマイズ設定があるため、部材費、ソフトウェア費用などを積み上げれば、工業製品としての原価はおそらく5万円近くはするのではないか?それが、キャリアによるインセンティブ販売戦略によって、実質的に本体価格の売値はあってなきが如しとなっている。部品にしてもソフトにしてもドコモのフラグシップの901iSシリーズには及ばないとはいえ、世界最高水準の一つだろう。(なお、このインセンティブ販売の盲点をついて、メガピクセル携帯カメラとして購入するために、短期間電話契約してすぐに解除する人も2003年頃からは結構いるらしい)

6/23(木)には、2台揃ったので、早速静止画カメラ、動画カメラ、テレビ電話、画像のメール添付などの機能を試してみた。テレビ電話機能はもう数年前から実現しているのだが、実際に手にして使ってみると、今がまさに21世紀だということを実感する。このようなコンパクトなボディーの中に信じられないほどの多彩な機能が入っている。

次回はどこまで使いこなせたかをレポートしてみたい。

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2005年6月27日 (月)

音楽史カレンダー 6/25-7/1

歴史データベース on the Web のデータによる

6/25/1767 テレマン(Telemann.Georg Philipp)没86歳(誕生:1681/03/14)ドイツの作曲家
6/25/1860 シャルパンティエ(Charpantier.Gustav) 誕生 フランスの作曲家
6/26/1945 チェレプニン(Tcherepnin.Nikolay)没72歳(誕生:1873/05/15)作曲家「アルミードのあずまや」を作曲した
6/27/1789 ジルヒャー(Silcher.Friedrich) 誕生 音楽教育家で歌曲作曲家
6/28/1815 フランツ(Franz.Robert) 誕生 作曲家「ドイツ民謡による歌」を作曲した
6/28/1831 ヨアヒム(Joachim.Joseph) 誕生 作曲家でヴァイオリニスト
6/28/1902 リチャード・ロジャーズ(Rodgers.Richard) 誕生「南太平洋」「サウンド・オブ・ミュージック」などを作曲したアメリカのミュージカル作曲家
6/28/1979 デッサウ(Dessau.Paul)没84歳(誕生:1894/12/10)作曲家で指揮者「ルクルスの判決」を作曲した
6/29/1896 大中寅二 誕生「椰子の実」を作曲した作曲家
6/29/1903 滝廉太郎が大分の父母の家で没25歳(誕生:明治12(1879)/08/24)「荒城の月」の作曲家
6/29/1908 ルロイ・アンダーソン(Anderson.Leroy) 誕生 作曲家「タイプライター」などを作曲した
6/29/1941 パデレフスキ(Paderewski.Ignacy Jan)がニューヨークで没80歳(誕生:1860/11/06)ピアニストで作曲家「メヌエット」を作曲した再生ポーランドの初代首相を務めた
6/30/1846 ドリゴ(Drigo.Ricardo) 誕生 イタリアの作曲家で指揮者
6/30/1892 作曲家の弘田龍太郎が高知県に誕生
7/1/1925 エリック・サティ(Satie.Erik)が肝硬変と肋膜炎のためパリで没59歳(誕生:1866/05/17)フランスの作曲家
7/1/1950 ジャック=ダルクローズ(Jaques-Dalcroze.Emile)没84歳(誕生:1865/07/06)音楽教育家で作曲家

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2005年6月26日 (日)

サッカー観戦

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土曜日に、日産スタジアムにJ2 横浜FCとコンサドーレ札幌の公式戦を見に行って来た。横浜FCが何度もいい形を作るなど押し気味だったが、ゴールへの決定力に欠け、コンサドーレのカウンター気味の逆襲をくらい、前半早々と後半中ごろに1点ずつのクリアなゴールを決められた。後半終了間際、ようやく相手ディフェンダーのクリアミスによるオウンゴールで、1点を返したが、とき既に遅し。2対1で敗れた。現在J2の最下位から2番目。負けが続いている。かつての日本代表FW城彰二が、30度を越すカンカン照りのグラウンドで身体を張ったポストプレーを繰り返していたが、ゴールシーンを見たかった。

市内小学生は父兄同伴で家族チケット4人まで合計1000円というファミリー招待デーで、もう5年も近くで住んでいながら初めてこのスタジアムで観戦できた(これまでイベントなどで2回ほど中に入ったことがあったが)。ホーム横浜FC側(北側)のゴール裏1階席で観たが、ゴール前の攻防は思わず大声で叫んでしまう迫力だった。

横浜FC、確か奥寺氏がマネージャーをしているはず。全般に攻めの姿勢なのはいいが、勝つためには何をすればいいかをチーム全体として熟考すべきだと素人ながら思った。

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2005年6月24日 (金)

新しい携帯電話によるBLOG記事

この前の記事、「モブログテスト」は、新しく買ったカメラ付き携帯電話から送ったもの。このココログにモブログという携帯機器からの記事投稿機能があり、テストしてみたが、成功したようだ。写真は、先日の恐竜博で買ったスーの骨格フィギュア。

ただ、携帯からは写真は送りやすいが、キーボードのように高速でテキストを書けないので、記事作成としては結構つらい。

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モブログテスト

写真アップ20050624000159.jpg

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Musical Baton

「コンチュウ的生活日記」を運営している なつきさんからバトンをいただいた。

海外から始まった chain letter(pyramid letter)の一種(といっても悪質なものではないが)のようだ。受け取った一人一人が忠実に5人ずつ(重複がないとして)つなげていくとどうなるか、興味があったので、ざっとエクセルで計算してみたのが、この画像。

Music_Baton
累乗指数(なる言葉があるのか知らないが)0が創始者。1が子(第2世代)、2が孫(第3世代)となり、12で日本の人口を越え、14で世界の人口を越えてしまう。(数字はまさに pyramidalな形になっている!)

さて、回答にチャレンジしてみよう。

Q1.コンピューターに入っている音楽ファイルの容量は?

A1.今はなし。

一時期 諏訪邦夫氏の新書の影響で midi を面白がっていた頃には、いろいろなサイトからダウンロードして聴いてみたが、ノートパソコン環境ではおもちゃのような音しかしないので、次第に飽きてしまった。現在ではPCが古いこともあり、ネットからの音楽データのダウンロードやCDのRippingは未経験。

Q2. 今、聞いている曲は?

A2. ブラームス チェロソナタ第1番
 ビルスマ(Vc) オーキス(p)

なつきさん(コンチュウ的生活日記)のシフのチェロ作品集の記事に刺激を受けて、先に購入したビルスマ70歳記念の廉価ボックスから取り出して聞いている。

はるか昔、多分「オーケストラがやってきた」で、故・山本直純さんが「ブラームスの曲は、突然聴きたくなるんだよね」というような発言をしていたが、まさに急に聞きたくなった。アンナー・ビルスマのフレージングとアーティキュレーションは、モダンの奏者と比べて非常にユニークではないかと思う。バッハの無伴奏でも聞かれる語るような短いフレージングと、中ふくらみのデュナミークと多彩なニュアンスにより、この曲のメランコリックだが暗色の情熱のような楽想が新鮮に伝わってくるような気がする。

Q3. 一番最近買ったCDは?

A3. この6月は購入ゼロ。

CDでは、5/13に U2 "POP"を中古盤で購入。めったに買わないロック。感想をアップする予定だったが、正直言ってまだ耳慣れない。

ソフト全般としては、5/24に 映画「ドン・ジョヴァンニ」(監督:ロージー、指揮:マゼール)のDVDを購入。これも最後まで見終わっていない!

Q4. よく聞く、または特別思い入れのある5曲は?

A4. これは難しい。
年齢、季節、天気、時間、温度、湿度、気分など環境的な要素によって答えは移ろう。敢えて現時点での選択。順不同。

 1.アレグリ 「ミゼレレ」 タリス・スコラーズ (スタジオ録音)

 2.ヘンデル ヴァイオリン・ソナタ集 グリュミオー(Vn) ラクロワ(cem)

 3.ベートーヴェン ロマンス第2番 シェリング(Vn) S=イッセルシュテット/ロンドン響 

 4.ムソルグスキー(ラヴェル編曲)組曲「展覧会の絵」 オーマンディ/フィラデルフィア管( Sony Classical盤)

 5.バルトーク 弦楽四重奏曲 第4番 ジュリアードQ (63年録音盤)

Q5. BATONを渡す5人

A5. これが難問。

ブログで音楽関係のコメントやトラックバックを交わしたことのあり、まだバトンを受け取られていないと思われる5人の方に勝手ながらTBさせていただきます。興味をもたれたらバトンを回してみてください。(最新記事にTBさせていただきました。)

中年会社員の観察日記 の sakaiy22 さん

Blogout の webernさん

クラシック音楽は素敵だ! の 会長0804さん

みー太の音楽日記の みー太さん

最後の審盤の ラーマさん

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2005年6月22日 (水)

落ち着かないが、クール・ビズ

私の勤務先でも、冷房温度28度を徹底するために、クール・ビズでの勤務が可能になった。

クール・ビズといっても、盛んにNHKのニュースが取り上げる百貨店業界や紳士服業界ご推奨の高価で「おしゃれ」な装いではなく、単にネクタイをはずしただけ。クールビズはおしゃれなものとの先入観を植え付けられたらしい周囲からは、だらしなく見えるとあまり評判はよくない。

これまでは確かに、ネクタイの効果が絶大だったのだろう。糊の効いていないシャツを着ていても、ネクタイをしていれば、それをカムフラージュできるし、腹部が不恰好にせり出しているのもそれなりに隠せる。ただ、時折来客に対応する必要があるので、ネクタイはいつも通勤かばんに忍ばせている。

まだまだ落ち着かないクール・ビズだが、それでも28度Cの室内温度でも何とか耐えられる。職場ではまだ、ネクタイをはずしていない人たちが多いが、彼らはヒーヒー言っている。

Necktie の文化は、もともと Cravat というクロアチア人のスカーフから始まったらしい。現在それは洋の東西を問わず、全世界を席巻している。 その起源にもっとも忠実なのが、イギリスのレジメンタル・タイだろうか。

夏だけではなく、ネクタイなしが普通に見られる習俗になれば、クールビズも成功するだろうが、今のままでは、銀行関係者、営業マンははずさないだろうし、うたかたのように消えるだろう。小泉内閣の声だけ大きい各種の政策がすべて見掛け倒しだったように。

クールビズ 必要経費も 減るでしょう? (内閣税制調査会)

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2005年6月21日 (火)

ハイドン交響曲全集 鑑賞メモ その1

Blogout(webernさん)の丁寧なコメントには及びもつかないが、全曲挑戦時のメモをアップしてみる。

2002/4/3 購入 9,980円+税

4/4 Nr.94(驚愕)を聴く。(試し聴き)

4/5 Nr.103,104,101,102,99,100(ロンドンセットを試し聴き)

番号順に挑戦開始。
4/6 Nr.1~5 すでに練達の作品。Nr.6朝、Nr.7昼、Nr.8夕も面白い。

4/7 Nr.9~12 Nr.1~5に比べてむしろ古く感じる。3楽章形式、緩急メヌエット急とか。演奏には慣れてきた(耳慣れ)。しかしハイドンは初期の交響曲でも内容の充実度は、凡百の古典派を遥かに凌駕しているように感じる。

4/8 Nr.13 第2楽章がチェロ協奏曲風。その他の楽章もソロが入るなどユニーク。第4楽章ではジュピター音形が登場。フガート的な構成もモーツァルトの41番に良く似ている。


参考:
2CHの情報によるとNr.90の11トラック3'30"でプチノイズ右チャンネルより (CD27)。Nr.91 2トラック 6'39" ピピという電子音(CD28)が聞こえるという。確認したらあった。初期不良だったらしく現在は交換されているらしい。
また、位相がおかしいという情報もあり。要するに左右のバランスが崩れていて、定位が定まらないというのだ。これは確認ができない。

以下別記事へ続く。

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ホッキョクオオカミ 放映 6/20

地球・ふしぎ大自然 (NHK総合月曜日20時から20時45分)で、昨夜「氷点下50度をオオカミが駆ける カナダ 北極圏の島 」が放映された。

オオカミについては、このBLOGで何度も取り上げたが、珍しいホッキョクオオカミとはいえまとまった映像でオオカミを見たのは初めてだったかも知れない。

ホッキョクオオカミは一夫一婦で、厳しい大自然の中で子育てをしている。

オオカミと人間との関わりにより、各地でオオカミが絶滅したこと。アメリカではそれによりある種の鹿の生息数が急増し、他の草食動物がその影響で数を減らすなど生態系に影響があり、カナダ産の野性オオカミを導入したところ、生態系バランスが復旧したという説明もあった。

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速くなり過ぎないための規則

FORMULA1のアメリカGrand Prixで、異常事態が起こった。

決勝で、ミシュランタイヤを履いている全チームが、フォーメンションラップの1周のみ走行し、その後のスタートをせずに棄権、ブリジストンタイヤを履く6台のみが決勝を走るという前代未聞のレースになってしまった。結果、BARホンダの佐藤も、トヨタ勢も棄権してしまった。佐藤は予選8位、同僚のバトンは3位という好位置につけていたのだが、惜しかった。

当初、トヨタが初のPole positionを獲得したが故の陰謀かとも想像したが、そうではなかったらしい。

このアメリカグランプリは、通常のテクニカルなカーブの多いサーキットではなく、アメリカのインディカーレースに象徴される、スピード追求のオーバルコースを使用しており、予選時に既に、ミシュランタイヤを履くチームでは、タイヤのバーストなどの事故が多発していたのだという。ミシュランタイヤからは、このコースでは、10周以上の周回はタイヤの性能を保証できないという衝撃的な発表が決勝前にあったらしい。タイヤメーカーとしての敗北宣言、責任放棄とも言うべきコメントである。

現在のF1では、予選、決勝を1セットのタイヤで走りきること(?)という規則が定められているらしい。これは、近年のあまりの高速化に安全性が確保できなくなっていることを抑制する意味で付け加えられた規則だとされている。これが今回は裏目に出たようだ。

レースは、結局、今シーズンは不調のフェラーリが優勝した。

P.S. 新聞報道によれば、オーバルの高速コースを連続走行するようには、ミシュランタイヤの耐久力は作られていなかったらしい。単純明快さを好む米国と、複雑微妙を好む欧州の文化の差だろうか。その点、日本はイソップのコウモリではないが、どちらにも対応できる(どっちつかず)ということだろうか?

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2005年6月20日 (月)

6/18から6/24 音楽史カレンダー

歴史データベース on the Web のデータによる

6/18/1986 デュリフレ(Durufle.Maurice)没84歳(誕生:1902/01/11)作曲家でオルガン奏者「レクイエム」を作曲した
6/19/1717 シュターミツ(Stamitz.Johann) 誕生 作曲家「6つのシンフォニア」を作曲した
6/20/1819 オッフェンバック(Offenbach.Jacques) 誕生:1819/06/20「天国と地獄」を作曲したフランスの作曲家
6/21/1892 ローゼンベリー(Rosenberg.Hilding) 誕生 作曲家で指揮者「ヨハネ黙示録」を作曲した
6/21/1899 チェレプニン(Tcherepnin.Alexander) 誕生 ピアニストで作曲家
6/21/1908 リムスキー=コルサコフ(Rimsky-Korsakov.Nikolay)没64歳(誕生:1844/03/18)作曲家
6/22/1974 ミヨー(Milhaud.Darius)没81歳(誕生:1892/09/04)作曲家「世界の創造」を作曲した
6/22/1989 ソゲ(Sauguet.Henri)没88歳(誕生:1901/05/18)作曲家
6/23/1824 ライネッケ(Reinecke.Karl) 誕生 ピアニストで指揮者、作曲家ライプチッヒでメンデルスゾーンやシューマンに師事したゲンヴァントハウスの指揮者
6/23/1888 ナウマン(Naumann.Emil)没60歳(誕生:1827/09/08)作曲家で音楽批評家「楽劇か歌劇か」を著した
6/23/1956 グリエール(Glier.Reyngol'd Moritsevich)没81歳(誕生:1875/01/11)作曲家「青銅の騎士」を作曲した
6/24/1724 タイレ(Theile.Johann)没77歳(誕生:1646/07/29)「アダムとイヴ」を作曲した作曲家
6/24/1908 ディストラー(Distler.Hugo) 誕生 作曲家でオルガン奏者
6/24/1983 ヒナステラ(Ginastera.Alberto)没67歳(誕生:1916/04/11)作曲家「ボマルソ」を作曲した

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横浜でも「ジュラ紀 大恐竜展」

ジュラ紀 大恐竜展 2005 

今度は、産経新聞が横浜のみなとみらいで開催だという。JR車内の小さいステッカーで開催を知って調べてみた。

ジュラ紀と断っているためカミナリ竜の仲間やステゴサウルス、アロサウルスはみられるが、さらに進化の進んだ白亜紀の恐竜 トリケラトプスやティラノサウルスレックスはみられないのだろう。

ただ、今回注目されるのは、福井県立博物館が協力していることだ。フクイリュウ、カツヤマリュウなど、日本で見つかった恐竜の化石が見られるかも知れない。福井県、石川県の古い地層から見つかっているものが多いようだが、同時期の地層が露出している場所は日本の他の地域にもあるようだが、手取層群が圧倒的に有名なようだ。北アルプス北部地球史とテクトニクス

関東近辺では、秩父山地にジュラ紀の地層が含まれるらしい。埼玉県立自然史博物館秩父。実際、群馬県の神流町(旧 中里村)では恐竜化石も発見されている。

昨日、子ども達と「ファンタジア」の「春の祭典」の部分を見たが、子ども達の恐竜知識も大分進んできており、ステゴサウルスはジュラ紀の恐竜なのに、トリケラトプスやティラノサウルスなどと一緒に登場するのはおかしいなどと言っていた。思わずにんまり。

【6/21追記】
この展覧会の詳しい情報がないかと探していたら、「ねこまたぎ」さんの夏の恐竜展という記事を見つけてトラックバックした。

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2005年6月17日 (金)

カルロ・マリア・ジュリーニ逝去

昨日の夕刊で知った。結構大きい扱いだった。既に引退していたが、90歳を越えていたというから天寿をまっとうしたと言えるだろう。

このイタリアの指揮者の存在を知ったのも、学生時代からの座右の書である吉田秀和著「世界の指揮者」(新潮文庫)からだった。トスカニーニの引退後、交響楽分野ではサバタなどの名匠はいたが、カンテルリの航空機事故による急逝などもあり、イタリアからは交響楽の指揮者がしばらく出なかったとされる。その後、アバド、ムーティ、シノーポリ、シャイーなどオペラもシンフォニーもこなす新進気鋭が出るまで、ジュリーニこそがイタリアオペラだけでなく、独墺系のシンフォニーも立派に奏でられる世界的に唯一のイタリア指揮者と評されていた。

イタリアはオペラの国で、私のような普通の音楽ファンには、近代のオーケストラ作品の作曲家としては、レスピーギくらいしか思い浮かばない。器楽の国ではなく、歌唱の国であることは言うを待たないだろう。もちろんバロック以前にはむしろ多くの器楽作家がいたのだが、その後のイタリアが器楽をないがしろにしてオペラ一辺倒になった(?)ように見えるのはどのような理由によるのだろうか?音楽史の初歩的な問題だが(石井宏氏の「反音楽史」など)。そのような国の出身者が、主として独墺系のオーケストラ作品を演奏するのは、イタリア本国ではあまり評価されないのではないか?現に、イタリアには、オペラ劇場付属の優秀な管弦楽団は多いとはいえ、いわゆるシンフォニーオーケストラでメジャークラスはないと言っても過言ではないお国柄なのだ。

私がジュリーニの録音を最初に買ったのは、まだLP全盛の時代で、シカゴ交響楽団とのマーラーの第9番だった。この当時、ドボルザークの9番(新世界から)やブルックナーの9番もシカゴと録音しており作曲家の最終交響曲シリーズを指揮者が企画していたのだろう。ところで、マーラーの第9番だが、いまだ自分の鑑賞力が達しないのだが、その当時はとにかく曲を知りたいという意欲であの長大なLP2枚組みの録音を何度も聴いた。変な記憶だが、冒頭のすすり泣きのような楽想の部分で、カートリッジが異様に震えるのが気になった。そのため音楽もビブラートが掛かっていたように聞こえた。

次にジュリーニの録音に触れたのは、現在ではCDでの再発もなくてトンデモ盤の一種に祭り上げられていると聞く、ロサンゼルスフィル(LAPO)とのブラームスの2番だった。新録音・新発売だったはずだ。今手元になく、しばらく聴いていないのだが、どこがどうトンデモだったのだろうか?(やはり当時録音が発売されたLAPOとのベートーヴェンの第五番は、エアチェックしたものをよく聞いた。)

ジュリーニの録音で一番聴いたのは、ヴィーンフィルとのブルックナーの7番だっただろう。ブルックナーの交響曲の中で一番歌に満ちている曲でもあるが、ジュリーニとVPOはそれこそ空にかかる虹のように多彩な響きでブルックナーを奏でている。VPOにとっては独墺系の巨匠と数え切れないほど演奏したオハコの曲だろうが、悠然とした大河のような流れが美しい。ホルンと弦のユニゾンの響きはマイフェイバリットの一つだが、それがこのように繊細かつおおらかに奏でられるのはなかなかないのではなかろうか?

その後、ベートーヴェンの第九を集中的に収集していた頃、ベルリンフィルとの第九が発売され、早速求めたのを思い出す。ホームページにも短いコメントを書いたが、第1楽章から第3楽章までは、自分の聴いたこの曲の演奏中、最も感激したものの一つだった。しかし、惜しいかな、第4楽章がそれまでの充実度とは異なるように聞こえた。他の多くのこの曲の演奏、録音が、このフィナーレを頂点に上り詰めようとしているのと違い、妙に醒めた演奏になっているのだ。音楽による祭典として、指揮者、オケ、コーラス、聴衆が、このフィナーレで感情的に高揚するのが普通なのだが、この演奏は違っていた(と記憶する。しばらくお蔵入りとなっていたが、また聴き直す必要があるだろう)。この違い(が確かなものとした場合)録音日が第3楽章までと第4楽章は相当の間を置いているのも外的な要因の一つと想像されるし、この第九のフィナーレこそが初演後長らく失敗作と評価されていたヨーロッパにおける受容の伝統及びジュリーニの批評精神と通じるものがあるのかも知れないとも思う。

トスカニーニは、「カンターレ、カンターレ」とオケを鼓舞したというが、そのフレージングの短さゆえにか自分にはあまり歌を感じさせてくれることがないが、ジュリーニこそは、高雅で非感傷的な歌を聞かせてくれた名指揮者だったと思う。

トラックバック先 : pfaelzerweinさんの近代終焉交響楽

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2005年6月16日 (木)

コリオリの力というもの

現在は、東京上野の国立科学博物館の本館が改修中のため、あのフーコーの振り子を見ることはできないが、幼い頃初めてあの巨大な振り子を見たときのことはまだ記憶の片隅にある。エーコの「フーコーの振り子」をてこずりながらも読んでいる最中、時折あの光景が頭をよぎったものだった。

さて、昨日の天動説、地動説がらみで言えば、地球が太陽の周囲を回転する公転現象ももちろん重要だが、地球そのものが自分で回転しているという自転現象がまずは着目されなければならない。

地球が自転していることを目に見える形で初めて表したのが、フランスの物理学者Jean Bernard Leon Foucault
フーコー(1819-1868)による巨大な振り子の動きだった。幼少のみぎりに私がその振り子の巨大さに驚いていたときに、多分父が解説を読んでくれたのだろうと思うが、この振り子の動きが地球の自転の証拠だと言われてさらに驚いた。もちろん何のことか分からなかったけれど。ちなみにこのこのフーコーは、ジャイロスコープを発明している。

ところで、球体である地球が自転しているがゆえに現れる不可思議な力に「コリオリの力」というものがある。 フランスの物理学者、土木工学者コリオリ Gustave Gaspard Coriolis (1792-1843)1828年に「コリオリの力」を唱えた。この「見掛け上の力」によって、 北半球ではどちらに向って動くものも常に右に曲がる。これが渦が上から見てどちら側に回転するかの原因らしい。高校で地学1を勉強したが、解説があったのかどうか。高校生に説明するのには難関な概念だという。当然私も定量的(数式的)には理解困難だが、この定性的な説明はわかりやすい。

しかし、この力は非常に弱いものだという。この力により、北半球では北(から吹く)風は西に、南風は東に、西風は南に、東風は北に曲がる。これが貿易風などが常に一定方向に吹くメカニズムの説明になるらしい。なお、風呂の栓を抜いたときにできる渦巻の方向がコリオリの力によって決まっているというのは俗説だという。台風の風向きについては、この説明が詳しいが、理解力が届かない。

ところで、大幅に話は飛躍してしまうが、銀河、星雲も渦を巻いている。宇宙にはコリオリの力はないはずだが、まるで全体にコリオリの力が働いているかのようだ。宇宙が球体であり、ある一定方向に回転しているというモデルは考えられないだろうか?全くの戯れごとだが。

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左巻、右巻

追記:2007年7月18日

台風の運動(雲の巻き込み方や、台風そのものの運動方向など)が何種類も簡単に見られるサイトを発見した。

北本 朝展 研究室 @ 国立情報学研究所(NII)内の デジタル台風 - 最新の台風情報と過去14万件の画像データベース がそれだ。 その中から日本が属する北西太平洋を選び、号数を選ぶと MPEGデータでカラー画像による台風の様子を見ることができる。再生スピード調整は、WINDOWS MEDIA PLAYER などのオプションで変更できる。これで、雲が台風の中心部に時計と逆向きに吸い込まれる(台風がその方向に回転している)ように見える様子がよく分かる。

追記:2006年8月10日

アクセス解析を見ると、夏休みの学習のためか、「右巻き、左巻き、朝顔、台風」などでこの記事を訪れてくれる人が増えているようだが、下記の元記事は、私の疑問とネットで調べた結果を書き付けたもので、まだ自分としては納得できていない中途半端なもののため、逆に混乱を生む元になるのが懸念される。

Wikipedia を確認したところ、同じような関心から詳細な定義が試みられているようなので、まずはそれを参照していただくことをお奨めする。

「右巻き、左巻き」

また、コリオリの力と低気圧(台風)の風向きについては、このページ(千葉大学)を見つけたが、結構分かりやすい。

---以下が元記事です-------
コリオリの力モデルで、風向きが変わるが、それにより、台風の形を考えていたら、なんだかよく分からなくなってきた。

左、右に回転が加わるととたんに分かりつらくなる。回転を上から見るか下から見るか?螺旋や巻貝のようなものの場合、始まりと終わりを(運動の向き)をどう考えるか?

左回り COUNTERCLOCLWISE (反時計方向)
左巻き 渦(うず)・蔓・螺子(ねじ)などが左の方へ巻いていること。時計の針と反対のまわりかたで巻いていること。

右回り CLOCKWISE(時計方向)
右巻き 渦(うず)・蔓・螺子(ねじ)などが右の方へ巻いていること。時計の針と同様のまわりかたで巻いていること。また、その模様など。

ちなみに、頭が狂っている人のことを比ゆ的に左巻きというが、これは通常のネジはドライバーを右回りに(時計回り)に回して絞め、左に回して緩めるので、ネジが緩んだ人という意味で左巻きと称するらしい。頭のつむじの向きとは無関係のようだ。

さて、このつむじをヒントにネットで調べると、 次のような分かりやすい説明があった。
http://www.kcn.ne.jp/~tkawabe/hiroba159.htm

【旋毛(つむじ)について
 人間のことで質問してよいですか。頭にある旋毛です。右巻き左巻きはどのように区別するのですか。私は、これまで、気象衛星が捕えた台風の渦巻き雲の映像がありますが、これを左巻きというふうに理解していました。低気圧は北半球の場合左巻きと言いますよね。だから、台風も低気圧ですので左巻き、当然のこと台風と同じ旋毛は左巻きではないのでしょうか。実は、7月に次男が生まれまして、妻が、子のこの旋毛はどっち巻きかと言うので、台風と同じだから左巻きだよと言ったところ、旋毛の場合は台風とは違うと言い張るんです。左巻きは頭の程度が悪いとかの意味で、良くないとか言うんですが。旋毛の巻き方で頭の程度を表現するのもどうかと思いますが、この際、先生に正解をご教示いただき、我が家のトラブルを解決していただきたいのです。つまらない質問ですみませんが、ヨロシクお願いいたします。

園長:渦巻きには、実は「吸い込む渦」と「吹き出す渦」の2種類があります。

 台風の渦は「吸い込む渦」の方です。
 北半球の台風は、端っこの方では宇宙から見て左へ巻くように風が吹き込んでいますからこれを「左巻き」といいます。

 一方、頭のつむじは「吹き出す渦」として扱います。
 吹き出す渦の場合は、渦の中心からどっちに向かって渦が回っているかを基準にします。
 北半球の台風と同じ形のつむじは、毛の生える方向を見て、「右巻き」ということになります。

 人間のことまで守備範囲に含めると、ちょっと広がりすぎるかなぁ‥()】 (以上で引用終わり)

つむじの向き
http://www.union-net.or.jp/cu-cap/tumujinomuki.htm

そして、台風の風向き については、
http://contest.thinkquest.jp/tqj1999/20235/thinkquest40.html
風の風向きは反時計周りに台風の目に向かって風が吹いているため、台風の目の東側ではそれら二つの風が干渉しあって、猛烈な風が吹くことになります。逆に台風の目の西側ではこれらの風がお互いに打ち消し合うため、風は弱まります。

(北半球の)台風の吸い込む渦(吹き込む渦)の向きを「左巻き」という http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/news/2004/TC0416/GOE904082606.200416.0.1024x768.magnify.jpg

ただし、台風の渦については、混乱があるようだ。

月刊うちゅう 2002 Vol.18 No.10
台風はなぜ左巻き?  
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/job/writing/utyu/taihu/taihu.html
「台風はなぜ左巻き?」と地学教科書
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/job/others/gokai.html

さらに、朝顔の蔓の巻き方のを左巻きと呼ぶか右巻きとよぶかについても混乱があるようだ。
http://www48.tok2.com/home/mizubasyou/95hekusokazura.htm

アサガオの生理学
http://www.sc.niigata-u.ac.jp/biologyindex/wada/p33/p33-1.html

【アサガオの茎はつるになって他のものに巻きついて伸びてゆく。アサガオのつるの巻き方を植物学者は習慣的に左巻きと呼ぶ。
 普通のネジは右に回すと進むから右ネジと呼ぶ。右ネジのらせんの巻き方を右巻きということになっている。右ネジのらせんの巻き方はアサガオのつるの巻き方と同じである。巻貝では殻頂を上に向けたとき、殻の右側に殻口があるのを習慣的に右巻きという。右巻きの貝の巻き方もアサガオのつるの巻き方と同じである。一方、北半球の台風や竜巻の中心へ向かって吹き込む風が作る渦巻きは左巻きということになっている。ところが、台風や竜巻の渦はアサガオのつるの巻き方と同じである。左巻きか、右巻きかはなかなか難しい問題である。
 らせんの左巻き、右巻きは定義の仕方でいかようにもなる。時計回りの巻き方を右巻きと呼ぶことが多いが、上から見おろしたときと下から見あげたときでは逆になる。上から見ることにしても、つるを上からたどってゆくか、下からたどってゆくかで逆になる。アサガオのつるは、上から見て、上からたどれば時計回り、下からたどれば反時計回り。下から見て、上からたどれば反時計回り、下からたどれば時計回りで、どうにでもなる。】

分かりやすい説明 アサガオの蔓の巻く方向
http://blog.mag2.com/m/log/0000057474/60506095
【 もうじき咲く季節ですが、さてアサガオのツルは「右巻き」か「左巻き」か?
従来の答えは、真上から見た時にツルの先端が反時計回りなことから、「左巻き」。
私も、こう習ったと記憶しています。

 しかし、最近は真横から見てツルが右肩上がりで「右巻き」とする説が学会でも主
流なんだそうです。こちらの場合は上下逆にしても「右巻き」で、より科学的です。
二重らせんのDNAも同様の見方で、「右巻き」です。

 一方、「牧野 新日本植物図鑑」では著者の長年の業績を尊重して、「左巻き」の
ままの改訂されていないこともあり、「左巻き」派がまだまだ一般的とのこと。
 長年「左」だと思っていたことが、今更「右」と言われてもねぇ、という感じなの
でしょう。】

お受験で、アサガオの蔓の巻き方が問題になる場合があるようだが、歴史的には左巻きと言うが、現在は、右巻きと定義するケースが多いとでもしなければ正確な答えにはならないだろう。

ラセンの謎と魅力 右巻きか左巻きか
http://www.chem.utsunomiya-u.ac.jp/lab0503/seki.html

右巻き、左巻きのあいまいさ

巻貝の大多数は右巻き だという カタツムリ
 http://www.nacsj.or.jp/event/ss2004/ss2004-miwake.html
カタツムリの殻のとがった方を上にしたとき、真中からの渦が右に成長していくものが右巻きとするようだ。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~kannsatu/97107540/
【右巻き、左巻きの見分け方は、 渦巻きの最後の開いている口を下向きにした時、口が右側にくるのが右巻き、左側にくるのが左巻きだそうです。 『学研の図鑑』では左巻きのカタツムリは一種だけしかのっていません。カタツムリは右巻きの種類が多いんですね。】

一般的に、陸上競技のトラックは、競技場を俯瞰した場合、左回りだ。(これは、左手を内側にして走ることから左回りという表現はすっきり馴染む)

巻貝の場合には、中心部(先端部)上から眺めそこを起点として、その渦が時計回りに運動する場合、右巻きというようだ。

植物の蔓の巻き方の最新の定義(真横からみて右肩あがりを右巻きとする)は、運動(成長)の起点と眺める方向という点からは上記の2点の考え方とは正反対になってしまうようだ。

P.S.
中学校の時の担任の先生が、ひらがなの「み」の最後の画の向きが右回りの方向、「ひ」の筆順の方向が左回りと覚えればいいと教えてくれた。酸性の液体ではリトマス試験紙が青から赤に変色するがこれの覚え方として、青梅が梅干で赤くつけられると酸っぱくなるので、青から赤が酸性だと覚えるように教えてくれたのを思い出す。

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2005年6月15日 (水)

小学生と天動説

コペルニクス的転回という言葉がある。また、ガリレオ・ガリレイ「それでも地球は動いている」という伝説がある。

そろそろ、夏至が近づいてきた。ちょうど梅雨の季節だが、なぜかこの時期太陽への関心が高まる。

昨年9月に、国立天文台の調査によって、小学生の4割が「太陽が地球の回りを回っている」といういわゆる天動説が正しいと回答したということで、特に科学教育界に衝撃が走ったようだ。

しかし、このことがそれほど衝撃的なことなのだろうか?生物の系統発生と同様、教育・学習も系統発生を模倣するとすれば、プリミティブな知識・経験の小学生が、太陽はどちらから上り、どちらへ沈みますかという 伝統的な「天動説」的な設問と同時に、「地球は太陽の回りを回っているか、太陽が地球の回りを回っているか」という設問を与えられたとき、天動説を選択するのがごく普通のことだと思う。

現代では、人々は知識として地動説を知り、もちろんそれに基づいて最先端の科学技術分野では宇宙開発などが行なわれている。宇宙開発による恩恵は、GPSを利用したカーナビゲーションなどに顕著だし、衛星放送など日常的なインフラになっている。地動説が現代人にとっては常識とすべきことであることを否定するものではない。

しかし、その学説は人類史にとっても比較的近年のニコラウス・コペルニクス(1473-1543),チコ・ブラーエ(1543-1642), ガリレオ・ガリレイ(1564-1642), ヨハネス・ケプラー(1571-1630)らヨーロッパの科学者により、惑星の運動の不可思議さ、木星の衛星の発見などをきっかけとして、地動説の方が天動説よりも合理的だという理由で採用されたものだ。

カントは、従来の認識論を180度転回したが、それをコペルニクスの天動説から地動説への転回になぞらえ、「コペルニクス的転回」と称した。また、ガリレオは、コペルニクスの地動説を支持したことで、宗教裁判にかけられ、死刑の直前でその説から転向したが有名な伝説「それでも地球は動いている」との言葉を残した。カトリック信仰においては、地動説は神の摂理に反する異端説として、それを唱えたジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)などは火刑に処せられた。

現在では、地動説は揺るがない真理、常識ではあるが、かといって一般人の生活において地動説的に考えることはそうは多くない。通常の生活レベルにおいては、天動説で十分に事足りる。東から日は昇り、日は西へ沈む。星々が北極星を中心に東から西へ回転する。(季節の移り変わりは、天動説ではどのように説明されていたのだろうか?)

もともと科学教育は、常識に囚われずに物事の真理を探究する態度、姿勢をはぐくむものではないのだろうか?単に、知識として小学生に地動説を与えることにどれだけ意味があるのか?太陽の観測、月の観測、そして現代では困難ではあるが、惑星の動きの観察、季節の移り変わりなどの事象を確認させた上で、天動説の矛盾に気付かせ、地動説へ導くという「系統発生的な」教育が必要なのではあるまいか?

単なる知識の欠如を嘆くのは、ことの本質を理解していない象徴であろう。

トラックバック先 : 2004年09月22日「小学生の4割は天動説」~そんなに驚くことか? 

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2005年6月13日 (月)

恐竜博2005 ようやく観覧

P6110196これまで発見されたティラノサウルス・レックス(なぜレックスで形容するのだろうか?レックスのつかないティラノサウルスも存在するのかもしれない)の化石の中で、最大で、最も完全(骨格の90%以上が発見)な「スー」の愛称で知られる化石標本の「レプリカ」の来日について以前このBLOGで書いたが、先週の土曜日6月11日にようやく観覧できた。(なお、当日、入場者50万人が出たと新聞記事で知った。何時頃だったのだろうか。ニアミスというやつだ。) チケットを入手していたので、これまでに2度ほど行こうという話になっていたが、直前になっての予定変更が重なり、3度目の正直だった。

金曜日に梅雨入りして2日目だったが、土曜日は何とか一日雨には遭わずに済んだので、入場者40分待ちはそれほど苦にならなかった。なお、天候のせいなのか、既に見たい人はほとんど見てしまったのか、入場券を求める列は5分程度だったようだ。チケットなしで訪れても合計45分程度で入場できることになる。(その後別のブログを読むと午後2時頃の行列はもっと長くなっていたようだが。) 

入場列の途中には、野口英世博士の銅像があったのを見かけた。普段はこの界隈を訪れてもわざわざ木立の中を散策することはないので、こういう機会でなければなかなか見られない。行列には昼食(上野の森美術館への上り口に新しくできたちょっと洒落た中華料理屋に入ったのだが、あとで確認したところ過門香という店で結構有名なところらしい。少々場違いだったかも)後の12時40分頃から並び始め、1時20分頃には科学博物館に入館、そこから、また特別展の行列に並ぶことになり、約10分で地下の特別展示室へ。

スーは、巨大だった。

しかし、恐竜博というとどうしても苦労とともに感激も大きかった2002年の幕張での恐竜博と比べてしまう。上野ではゴールデンウィーク頃の1時間待ちがBLOGでも話題になっていたが、幕張では巨大な体育館のような展示場の中、数百人の行列の人いきれで蒸し暑い中でたっぷり2時間は待たされた。子ども達も幼かったので、次男などは抱っこしているうちに寝入ってしまい、腕が棒のようになってしまったのを思い出す。ここまで待ち時間が長かったのは、上野と違って場内に一度に入れる入場者数を制限していたためらしい。そのためか入場した後はそれほど込み合いもせず、巨大なセイスモサウルスのセイモ君を初めとした巨大恐竜のオンパレードをゆっくり楽しめた。展示場所が広かったため、ディスプレーにも工夫が凝らされていて、見ごたえがあった。ここで初めて、中国で発掘された羽毛恐竜というものの存在を知った。

ところで、今回の恐竜博のテーマである「恐竜から鳥類へ」の学説も必ずしも確立されたものではないようだ。まだ矛盾(パラドクス)が指摘されているという説明がパネルに書かれていた。つまり羽毛恐竜の出現時期が以外に早いらしい。つまり、鱗をまとった恐竜から羽毛恐竜へ進化(環境適応)し、羽毛恐竜が鳥に進化(環境適応)したという単純な図式ではないのだという。

スーは雄か雌か。これも未決着らしいが、最近米国の大学で提唱された骨格による雌雄判別によりいずれ確定されるだろう。その貴重なスーの肋骨の実物が一本だけ展示されていた。スーを所有するシカゴのフィールド博物館としては基本的には門外不出であり、今回の実物の貸し出しは異例のことらしい。

このスー、発見者のスーザンさんの愛称からつけられた名前だが、所有権は裁判で争われた結果、土地の所有者のものに帰したとパネル展示に書かれていた。数億円の価値のある骨格なので、無理からぬ話ではあるが、世知辛い。大体、土地の所有者と言ってもアメリカン・ネイティブから騙し取った土地ではないか!?

恐竜博の観覧はほんの1時間で済んでしまった。

その他展示で印象に残ったもの。日本にも福井県から石川県にかけての地層(これは中国大陸とつながっていた部分らしい)からジュラ紀のアロサウルスや白亜紀のティラノサウルスの仲間の化石(ほんの一部)が見つかっているのだという。しかし、これがそうなのか?というほど小さい歯の化石が2点展示されているだけだった。見つかった地層からそのような推定が可能なのだろうが、せめてもう少し状態のよいものが出ないものだろうか?

糞の化石もあった。ティラノサウルスのものと推定されているらしい。始祖鳥は非常に小型だった。

(なお、ずっと後世のナウマンゾウの化石は日本各地で発見されているが、我が父も河川での水石収集のおりに、石とは違う模様の物体を発見し、恐らくナウマンゾウの歯の化石だろうと見当をつけ、野尻湖のナウマンゾウ博物館で鑑定してもらったところ、まさしく歯の化石で、地方紙で紹介されたことがある。現在はその博物館の倉庫に眠っているはずだ。)

出口でやっていた、T-REXの爪のレプリカ作りに子ども達が挑戦し、お定まりのミュージアムショップで買い物をした後、一休み。

前回ニホンオオカミ目当てでカハクに来た時には妻は都立美術館のミュシャ展の方に行っていたため新館は初めてということで、子ども達が喜んでガイド役を務めた。ニホンオオカミ、ゼロ戦、恐竜化石、種の多様性、人類への進化などなど。今回は閉館時間ギリギリまで居たが、まだまだ展示も見切れない。途中で屋上のハーブ園に行ってみたが、それぞれのハーブが元気に生育しており見事だった。地下の恐竜博の特別展のちょうど裏側では、カハクの管理している古代生物の展示が狭いスペースなりにある(ここでは、T-REXもスーに比べては小さいながら雄姿を披露している)。恐竜博の補遺としては是非見るべきものが多いが、ここはあまり込んではいなかった。(まだ新館が完全公開される前には、このジュラ紀、白亜紀の古代生物化石の展示数はもっと多かったと思うのだが)。

なお、ゼロ戦の「ラウバル」との誤記のあった説明プレートは、「ラバウル」と訂正されていた。 以前にカハクへそのことを指摘したメールを出して、それには返信がなかったが、それなりの効果があったのだろう。

恐竜博は、この後名古屋ほか西日本へ年末まで巡回するようだ。

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久しぶりの生演奏鑑賞

近所の公会堂でオーケストラのコンサートがあったので、子ども達と聴きに行って来た。

指揮 : 松沼俊彦
オーケストラ : 神奈川フィルハーモニー管弦楽団。

曲目 エルガー「愛の挨拶」(管弦楽編曲版)

    ロッシーニ「セビリアの理髪師」序曲

    ドヴォルザーク スラブ舞曲ホ短調

    ヘンデル(ハーティ編曲)水上の音楽(全六曲)より五曲の抜粋

    モーツァルト 「フィガロの結婚」序曲
    
    モーツァルト 交響曲第40番ト短調

    アンコール モーツァルト ディヴェルティメントK.136から第二楽章

こちらに引っ越してきてからは生活に追われて、折角首都圏というコンサートゴーアーにとっての宝の山に住んでいながら、逆に生演奏に触れる機会がめっきり少なくなってしまっている。独身やダブルインカムだったときには、コンサートチケットが1万円程度でも自分の趣味の金額として必ずしも高いとは思わなかったが、シングルインカムで四人分を賄おうとすると子ども1500円、大人3000円でも高いなーと感じてしまう。

そんなわけで生のオーケストラを聴いたのは、昨年の夏休みに県立音楽堂で聞いたアマの横浜交響楽団のサマーコンサートくらい。こちらでのコンサート経験は少なくて、そのほかにみなとみらいホールでブレンデルとキーシンを聞いた程度だった。

平土間の会議椅子を含めて収容人員約800人程度で、舞台も狭く、真後ろに反響板もなく、管打楽器用のひな壇も作れないような公会堂(この区には10万人以上が居住しており、その住民規模の地方都市なら市民の生活圏内にもっと立派なホールを持っているのが多いのだから、複雑な心境)のホールなのと、神奈川フィルを聴くのも初めて、指揮者もこれまで聞いたことのない人なので、事前にはそれほど期待をしていなかった。曲目も一部しか分からなかったし。それでもひな壇式の固定椅子は、開場2時半で2時40分頃に着いたというのに中央部は既に半分以上埋まっていたので、一番後ろから3番目くらいの中央に座る。最終的には平土間はほとんど埋まらなかったので聴衆は500人程度か?

子ども達に生のオーケストラの音楽を聞かせることができればいいという気軽な気持ちで聴き始めたのだが、第一曲目のエルガーから、なんとも言えずしっとりしたいい音がして、思わず身をのり出した。このホール自体には残響はあまりないが、とりわけヴァイオリンの音がしっとりと滑らかで快い。

ロッシーニは、指揮者の松沼氏のキビキビしたメリハリのある音楽性と、オケのアンサンブルの巧みさが味わえた。ヴァイオリンけではなく、木管のソロも巧みだ。特にフルート。(なお、主部の「ヤメテケレ」という歌詞が付きそうな第一主題の第二フレーズ目の弾き方が少々耳馴染みとは違っていたように思ったが、CDを2種類聞きなおしたところ、自分の聴き方が間違っていたことが分かった。自分の記憶しているメロディーを歌いながら聞いていたようだ。普段いかに集中していないかということだろう。)ところでロッシーニ、37歳で作曲の筆を折ったというが、早書きの多作家として知られる。その秘訣としての、簡素(ながら効果的な)なオーケストレーションが目で確認できた。第一ヴァイオリンと木管のソロは歌うが、その他の弦楽器はいわゆるブンチャッチャ的な刻みが主だ。これがイタリア風のオーケストラの作法なのだろうが。2回あるロッシーニクレシェンドは爽快だった。松沼氏も自ら語っていた(前半はトークコンサートだった)が、この後のトークでは息切れしていたほどの熱演だった。

ドヴォルザークはプログラムに10番となっていたので、プログラムを見てすぐにどんな曲か頭にメロディーが浮かばなかったが、優美なホ短調の私の好きな曲だった(帰宅後クーベリック指揮のバイエルン放送響を取り出して聞いたが、テンポが緩やかで驚いたし、トライアングルもあまり聞こえなかった)。

ヘンデルは、ハーティ編曲(セルとロンドン響が録音の存在を知っている)の「水上の音楽」から5曲の抜粋。この抜粋は今日の舞台スペースの関係だろうか?松沼氏はあまり「突っ込み」を入れないでと笑っていたが。

オケの編成は、第一ヴァイオリンが4プルトで、金管はホルン、トランペットのみ。木管はフルート一本?のニ管編成。他に大太鼓とトライアングル。多分、省略されたその曲だけしか使わない楽器が含まれていたからだろう。トロンボーンだろうか?ハーティ編曲は、ラジオで聞いたことはある程度で耳馴染みがなかったが、結構面白かった。フィナーレ?の「アラ・ホーンパイプ」でトランペットが登場したが、突き抜ける透明な音色が凄かった。(子ども達は、ピノック指揮のオリジナルを聞いているので、その違いが結構楽しめたらしい)

これまでの曲目は、子ども達も耳にしたことのあるものだが、次男は少々退屈だったらしく、前の席を無意識に蹴ってしまったようで、ヘンデルのあとの休憩時間にその席の中年婦人から叱責されてしまった。子ども連れはなかなか気を使う。自分たちに落ち度があるのは確かなのだが、どうにも不愉快なのと気まずいので、休憩中に、平土間に席を移した。音が頭の上を素通りする恐れはあったが、仕方がない。

ところが、これが今回は成功だった。音が素通りせず、直接音がよく耳に入るし、弦楽器奏者の動きや表情が見えるのはもとより、指揮者のブレスまでも聞こえた。管打楽器奏者はまったく視界に入らないというハンディはあったが、それでも指揮者が聞いているのと近い音響を耳にできたような気がする。

後方の席で聴いていたときには第1ヴァイオリンに比べて少し音色的な魅力がないと思っていたヴィオラやチェロ、コントラバスだが、前方のこの席ではよく耳に入ってくる。ヴィオラの音は地味なので耳に入っていてもどうもあいまい模糊とした存在なのだが、ヴィオリストたちの動きを見ながら聴くと、「ああヴィオラの穏やかな音が合いの手を入れているな」と確認できるし、コントラバスがモーツァルトの早いパッセージを演奏するため猛烈な速度で左手を動かしているのも迫力があった。

フィガロの結婚序曲とセビリアの理髪師序曲を比較するのは野暮だが、この席で「見ている」と、全盛期のモーツァルトの腕の冴えがよく「見えて」くる。ロッシーニのようなオーケストレーション上の省力化(手抜き)がなく、オケをフルに使っている。

圧巻は、次のモーツァルトのト短調。第1楽章の再現部の第一主題と第二主題との経過句にホルンに一瞬現れる短いモチーフの強調で思わず涙が出そうになった(ワルター、セル、アバド、ケルテス、ホグウッドと聞きなおしたが、ワルターではまったく聞こえないほど、他の演奏でも旋律的に扱う例は少ないようだった。)この聞き込んだ曲でこんなことは珍しい。オケの音色的な魅力としてホルンの安定性が重要だと思うと以前書いたことがあるが、今日の演奏では四人のホルン奏者が安定していて安心して聞けた。第3楽章のトリオのホルンの三重奏も美しかった。全体としてキビキビした誠実な演奏で、休日の午後の地方公演なのでどうかなと心配していたプロオケ特有のダルな演奏ではなかったようだ。35歳という松沼俊彦氏(ググったところ氏のエッセイを発見)(芸大でトロンボーンを専攻し卒業後、指揮者を目指し修業、ヴィーンでは湯浅氏にも師事し、国際コンクールでも好成績を得ており、今後の有望株かも知れない)の若々しい、真剣な指揮が功を奏したのかも知れないと思う。

第1楽章の冒頭、ヴィオラの刻みに乗ってポピュラー音楽にまでなった有名なメロディーが奏でられるが、これがずれると嫌だなと身構えていたが、その部分からアンサンブルが良好だった。第1楽章展開部や第3楽章、第4楽章に表れる対位法的な部分が指揮者の明快な指示出しで克明に演奏され、特に第4楽章の展開部冒頭の例の12音列の部分は劇的だった。第4楽章の第1主題が、同じト短調の弦楽五重奏曲の同じくアウフタクトで始まる第1主題冒頭と深いつながりがあるのがよく分かるような演奏だった。これは上向音のスラーの掛け方が私がよく聴いているスメタナ四重奏団とスークによる演奏に似ているせいだと思う。

クラリネット入りの通常版による演奏だったが、第3楽章のトリオではそのクラリネットは黙り込む。あとからクラリネットをフィーチャーしたモーツァルトの改作の過程が見えるようだった。その意味で、口幅ったいけれど、あえて言うと、自分のト短調体験の中でもトップクラスの演奏だったと言える。(実演では、以前学生オケの演奏で聞いたことがあるくらいだったか。録音では、最近のピリオドアプローチの一連の録音ではあまり聴かなくなったが、一時期集中的に聞き比べをしたことがあった。)

ホールの後ろの方で鑑賞するとどうしても遠望する感が強いが、かぶりつきに近い場所では音に包まれる。席によってここまで違いがあるとは思わなかった。取り澄ましたモーツァルトではなく、活き活きと劇的で、小編成ながらパテテックな迫力はたいしたものだった。

(長男が、松沼氏の指揮は、踊っているようだったと感想を話してくれた。夏のコンサート会場は奏者のためもあり相当冷房が効いているのを忘れていた。羽織るものを持参すべきだった。)

追記:2006/9/30

narkejpさんの電網郊外散歩道の 山形交響楽団第175回定期演奏会を聴く の記事で指揮者 松沼俊彦さんが指揮されたということを読みトラックバックを送った。

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2005年6月10日 (金)

蛍狩り

昨夜、7時半頃、蛍の光を楽しみに出かけた。蛍スポットに向う途中で出くわした近所の知り合いの話では、前の晩とそのまた前日も来てみたのだが、見られなかったというが、昨夜は運良く見ることができた。昨年の今ごろに同じ場所を訪れたときに比べると数が少ないようだが、この5月は全体的に少々低温気味だったのが影響しているのかも知れない。天気はこの後、しばらく雨模様のようだが、蒸し暑い雨上がりの夕方にまた訪れてみたい。

蛍の薄緑色のまさに蛍光色のかそけき光点が、薄闇の中に飛び交う様は、ゆめまぼろしの世界に足を踏み入れた感を抱かせる。周囲の森からは栗の花の香りが漂い、時折薄暮の空を横切る影は、アブラコウモリ、ヒナコウモリが昆虫類を捕食している姿だろう。田植の終わった水田からは、アマガエル、トウキョウダルマガエル、ツチガエルなどがそれぞれ特徴的な鳴き声を響かせる。次男曰く「蛍の光とカエルの合唱だね」。後で聴いたら歌の題名だと意識していなかったとのこと。

「たそがれ」は、かつては「大魔が時・逢魔が時・王莽が時」でもあった。薄闇に目を凝らして蛍の光を楽しんだ後、人家のあるところまで戻ると街灯の明かりや特に自動販売機の明かりが眩しいこと。「夏は夕暮れ」の平安時代はもとより、つい昭和の初期までは山里では電気の明かりなどなかったのだと思うと不思議な感じだ。8時半を過ぎても空は町明かりを反映して漆黒の闇にはならなかった。

蛍見物は、ちょうど今ごろの季節、蒸し暑く、月明かりがない晩の、日暮れから暫くたってからが適当なようだ。懐中電灯は必要な場所以外では点灯は禁止。その光に反応して蛍が光らなくなったりするため。また、水路の周辺の草を踏み荒らすのも避けたい。蛍のメスは水辺の草に産卵するから。

さて、「蛍狩り」は、国語辞典では、「夏の夜、水辺などに光る蛍を捕らえて遊ぶこと。《季・夏》Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988」のように、実際に catch, hunt の意味で解釈しているようだ。「ホーホー蛍来い」も、竹箒の箒の部分を振り回して、蛍を捕まえる子ども達の遊び歌なので、狩りはそのまま捕えることが原義なのだろうが、蛍が激減している現代の蛍見物には似つかわしくなくなっている。

秋に「紅葉狩り」という言葉がある。「山野に紅葉をたずねて観賞すること。紅葉見。《季・秋》Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988」 同じ「狩り」でも鑑賞に主眼が置かれている。

その内、「蛍狩り」についても、同じように「夏の夕べに、蛍の光を鑑賞すること」などと、意味が変遷していくのではあるまいか?

 

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6/11-6/17音楽史カレンダー

歴史データベース on the Web のデータによる

6/11/1924 デュボア(Dubois.Theodore)没86歳(誕生:1837/08/24)フランスの作曲家で理論家、オルガン奏者

6/12/1897 タンスマン(Tansman.Aleksander) 誕生 作曲家「ポーランド狂詩曲」を作曲した

6/13/1899 チャベス(Chavez.Carlos) 誕生 作曲家で指揮者「インディオ交響曲」を作曲した

6/14/1730 サッキーニ(Sacchini.Antonio) 誕生 作曲家でオペラの作曲を行った
6/14/1744 カンプラ(Campra.Andre)没83歳(誕生:1660/12/04)作曲家「優雅なヨーロッパ」を作曲した
6/14/1911 スヴェンセン(Svendsen.Johan)没70歳(誕生:1840/09/30)ヴァイオリン奏者で作曲家、指揮者
6/14/1994 ヘンリー・マンシーニ(Mancini.Henry)が肝臓・すい臓がんのためビバリーヒルズの自宅で没70歳(誕生:1924/04/26)「ムーン・リバー」や「シャレード」などの映画音楽の作曲家

6/15/1843 ノルウェーの作曲家グリーグ(Grieg.Edvard Hagerup)誕生

6/17/1818 フランスの作曲家グノー(Gounod.Charles-Francois)誕生
6/17/1882 ストラヴィンスキー(Stravinsky.Igor Feodorov) 誕生「ペトルーシュカ」「春の祭典」などを作曲した近代作曲家

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2005年6月 9日 (木)

ワールドカップ アジア最終予選

昨夜のタイ バンコク(正式名称 クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット)での 北朝鮮でのバーレン戦での暴動への制裁に基づく第三国無観客試合で、日本は北朝鮮を2対0で破り、B組2位以内を確定して、2006年のドイツワールドカップサッカー大会への出場を決めた。日本の出場は、1998年のフランス大会予選で、イランとのプレーオフにマレーシアのジョホールバルで延長Vゴールで勝って初出場を果たして以来3大会連続、3度目の出場(2002年は日韓共催の開催国として予選無しで出場)。同じ組ではイランがバーレーンをホームゲームで破り、イランは2大会ぶりの3度目の出場を決めた。またA組では韓国、サウジアラビアも本大会が開催されるドイツへの切符を手にした。サウジアラビアは4大会連続4度目、韓国は6大会連続7度目の出場。

日本での第一戦でゴールでの判断ミスのパンチングにより、日本の勝ち越しゴールを許した北朝鮮のゴールキーパーは、北朝鮮では「民族の裏切り者」と呼ばれ一時は代表からも外されたという。かつてのフセイン時代のイラクでは、フセインの息子がサッカー協会の要職を務め、敗戦した代表メンバーに対して、非人道的なむごい扱いをしたことがあったという。

北朝鮮は、この日本戦により5戦して5敗。最終戦のバーレーン戦はアウェイで戦われるが、それに勝ったとしても既に最下位は確定している。この一連の予選が終了した後の彼ら北朝鮮代表の運命が案じられる。日本在住のJリーガーの二人は大丈夫だろうが、その他の選手、関係者の今後が過酷なものにならないような世界のサッカーマスメディアによる監視が望まれる。北朝鮮の19歳と若いフォワードが最後には自暴自棄的なファウルを犯してレッドカード退場になったが、その行動も、自分たちの今後の運命への絶望感から来たものかも知れないと想像すると、胸を塞がれる気持ちがする。

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2005年6月 8日 (水)

金子勝教授のビジネス展望(NHKラジオ朝6:45)

NHKラジオの深夜便という番組がある。深夜に目が醒めてしまったときに枕もとのラジオを聞くようになってからときどき聞くようになった。

早朝に目が醒めたときにもラジオをイアフォンで聞く習慣になっており、受信状態が良好なNHKやTBSを聞くことが多い。TBSでは生島ヒロシ・元アナが5時台から、6時半からは元NHKの森本毅郎・元アナがキャスターを務めている。NHKは朝5時から早朝番組をやっているが、6時45分頃からビジネス展望というコーナーがあり、エコノミストが電話出演して、経済関係のコメントを読み上げ、キャスターと会話している。

慶應義塾大学の金子勝教授も常連のコメンテーターの一人だ。

今朝のこの番組を夢現で聞いていると、金子教授が、財務省と厚生労働省がその政策の元にしている経済予測がまったく正反対の前提条件に基づいており、政府はその都度その矛盾する数値を使い分けているという恐ろしい指摘をしていた。そして、これが国会やメディアでもほとんど問題視されていないという。

記憶に頼って書くと、財務省による 国の借金減らし計画では、経済成長率(所得の伸び)>預金利率に基づいているが、年金の正常化をもくろむ厚生労働省は、逆に経済成長率<預金利率 と設定して、年金の運用利率が経済成長率を上回ることで、年金の不足を解消できるともくろんでいるという。それを内閣府は調整しようともせずに、その都度二枚舌的に使い分けているというのだ。

経済学が苦手な私には、とてもこのようなトリックは精査できないが、これが本当なら大変なことだろう。多くの関係者は皆口をぬぐっているのだろうか?それともこのようなトリックを見抜けないほどレベルが低下しているのだろうか?

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オッフェンバックと焼きたてジャパンと文明堂

幼稚園、小学校の運動会で定番の音楽と言えば、自分としてもいろいろ思い出があるし、現代の子ども達の運動会でもいろいろな曲が使われていて楽しめる。

「運動会 クラシック曲」で ググったら
http://music.yahoo.co.jp/shop?d=c&cf=10&id=tocf57072
1 ファンファーレ(開会式・閉会式用) 
2 ボレロ(駆足用) 
3 道化師のギャロップ(駆足用) 
4 天国と地獄のギャロップ(駆足用) 
5 トルコ・マーチ(駆足用) 
6 草競馬(駆足用) 
7 駆足クラシック・メドレー~アイネ・クライネ・ナハトムジーク~雷鳴と稲妻~ハンガリー舞曲第5番~トリッチ・トラッチ・ポルカ~ウィリアム・テル序曲 
8 剣の舞(競技用BGM) 
9 トランペット吹きの休日(競技用BGM) 
10 ウィリアム・テル序曲(競技用BGM) 
11 ドイツ・マイスター(競技用BGM) 
12 白鳥の湖(競技用BGM) 
13 アイーダ行進曲(並足用) 
14 ボギー大佐(並足用) 
15 並足クラシック・メドレー~ファランドール~ボレロ~「四季」より春~「新世界より」~グランド・キャニオン~ドナウ河のさざ波~カルメン~軽騎兵序曲~展覧会の絵 
16 Jupiter(並足用) 
が見つかった。定番はおおよそこのCDに網羅されているようだ。(ファンファーレ、ボレロ、トルコ・マーチ、ドイツ・マイスター、Jupiter が誰のどの曲を指すのかは聞いてみなければ分からないが。)

さて、ここに含まれていない曲でも定番として、「クシコスポスト」「マカベウスのユダの 勝利を讃える歌」などがある。
「クシコスポスト」は、初級のピアノ曲集にも収録されているが、跳躍が多いので素人の私には演奏が苦手な曲だが、これについて面白い記事がいくつかあった。
http://www.j-wave.co.jp/original/classycafe/open/note050529.shtm

http://www.geocities.jp/mani359/zakkiunndukai.html

http://www.geocities.jp/mani359/meicsikospost.html

http://classic-midi.com/composer_list/classic/c_Necke.htm

なお、この曲、リストのハンガリー狂詩曲第2番の急速部分フリスカ(ちなみに緩徐部分はラッサンという)と同じメロディーが使われている。このクシコス・ポストという唯一曲で知られているこのネッケという作曲家の出自を物語るメロディーであろう。

さて、前置きが長くなったが、本題は、この運動会の定番の中のオッフェンバックの「天国と自国」の音楽 (ここで紹介されているDVDには、ナタリー・デセイが出演している)。昨日、子ども達が毎週見ているアニメ「焼きたてジャパン」の中で、カステラが取り上げられたのだが、そこにお馴染みのCM「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」のパロディが出てきた。クマのヌイグルミがアライグマのそれに化けてはいたが、メロディーはそのままだった。子ども達が興味を持ったので、「実はこの曲は・・・」と取り出したのは、ロザンタール編曲・指揮の「パリの喜び」のCD。この編曲では、有名なカンカンの部分はさらっと触れられるだけなのだが、「ああ、この曲か」という反応があったので面白かった。

なお、「焼きたてジャパン」は、フランスパン、ドイツパン、イギリスパンがあるのになぜ日本パン(ジャパン)がないのかというテーマを扱った少年漫画。エキセントリックな人物のオーバーアクションが売りの一つだが、ストーリーや薀蓄面でも結構面白い。

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2005年6月8日 BLOG 一周年 

2004年6月8日にこのココログを開始したので、今日で丸1周年になった。

2004年の5月、6月はIT系のBLOGで読んでいた梅田というIT経営者のBLOGで、ネットの世界で「電車男」が話題になっていることを知り、その関連でBLOGに興味を持ったように記憶している。それ以前には、イラク戦争で進駐していた米軍兵士がBLOGを使って現地報告をしており、それが話題になっていることは知っていたが、BLOGのイメージがネット公開の日記とどのように違うのかその差異が理解できていなかった。

その前から BLOG以前の日記機能を使ってウェブ日記を付けており(日々雑録)これを一気に移行したのが、2004年の6月8日だった。

日々雑録 2003.1.15-6.18

日々雑録 2003.6.24-2004.6.8

その後、2005年の2月に 備忘録として使っていた掲示板(茶飲み話)を移行した。

一市井人の雑多な備忘録をこのようにネットで公開することにはほとんど意味がないだろうが、自分にとっては精神衛生的な鬱憤晴らし的な意味があるかもしれない。「皆がすなるBLOGというものを、われも・・・」という付和雷同的な動機も一つ。日本人はこの紀貫之(~945)による男性の仮名文日記の以前から、他日の公表を前提として漢文による日記をつけていたという伝統もあり、庶民日記もそれなりの意味があるという考えも頭の片隅にあった。ただ、匿名とは言え、責任のとれないような言論は差し控えたいので、未消化の感情を露にすることはできるだけ控えているつもりだ。

多くの個人の膨大な記録がネットに蓄積され、常時検索、参照できるというイメージは、管理社会的な悪夢の一つでもあろうし、また、人類という生物の一種族による「情報の共有化」のプラスの夢想の一つかも知れない。最近、個人レベルでも団体レベルでもデジタルデータによる保管スペースの圧縮とコピーの容易さにより膨大な量の記録(メモリ)が蓄えられるようになっていることについて考えているが、BLOGもその一環だろうか。

その他BLOGについて感じていることは以下のようなことがらだ。
トラックバックのマナー、コメントのマナーなどまだ未確立の部分が多いようだ。トラックバックは、トラックバックの送り手の記事に、送られ先の記事が引用なりリンクされていることが基本だと思っているが、現在のトラックバックの大多数が、関連する話題を扱っている相手の記事にリンクを貼らずに単にトラックバックを送信しているケースが多いようだ。トラックバックを送った本人も自分の記事に相手の記事のリンクを張っておかないと、いつどの関連でトラックバックしたのか分からなくなってしまうのではなかろうか。

コメントについては、自分がどのようなBLOGにどのようなコメントをしたかは一元的には管理できない。投稿者欄にハンドルネームをきちんと入れておけばGOOGLEではある程度検索できるが、相手側のBLOGが閉鎖されたりすればその手段も無効になってしまう。コメントについては、どこかに記録を取っておく必要があるかもしれない。

これまでのHTMLベース(といってもtagを打ち込んでいるわけではないが)の普通のホームページの更新がどんどんおろそかになっている。これは、ウェブに接続できる環境ならいつでもどこでも更新できるBLOGと、自前のPCでHTMLで体裁を整えて自分なりにリンクを張り、アップロードしなくてはならないホームページの使い勝手があまりにも違うからだ。BLOGが預金通帳の明細表だとすると、ホームページは残高表として整理されるべきだというのが、私の考えだが、入金、出金とその差額の計算とは違い、残高は取捨選択しなくてはならないのが結構しんどい。

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2005年6月 6日 (月)

ハーンとランラン

昨夜のNHK教育テレビでは、9時からのN響アワーでヴァイオリニストのヒラリー・ハーン(25歳)と、10時からの芸術劇場でピアニスト ラン・ラン(22歳)の演奏を見聞することができた。二人とも、最も注目されている若手ソリストだろう。

ハーンの映像(ネーメ・ヤルヴィの息子 パーヴォ指揮のN響との共演によるプロコフィエフの第一協奏曲)を見るのは恐らく初めてだと思う。雑誌やCDジャケットなどでは「アンドロイド」めいた硬質さを強調する表情が印象に残っていたのだが、 テレビでのインタビューと映像ではそのような違和感は感じなかった。ただ、小顔ゆえか、ヴァイオリンがヴィオラのように大きく見えるのには驚いた。これまで聴いたハーンの演奏の特徴として、音程のきっぱりした正確さが印象に残っているのだが、今回の映像見ることができた左手のポジショニングの切り替えの猛烈な速度と正確さの賜物かと思った。(プロコフィエフとショスタコーヴィチの協奏曲は、これから聞き込んで行こうと思っている曲ゆえ、曲自体の解釈の特徴などはよく分からなかった。)

ラン・ランは、のだめ関連でラフマニノフを曲芸のように弾くという少々辛口のコメントをしたことがあるのだが、映像で見るのは4回目くらいだろうか。一度は確かN響との共演、二度目はアルゲリッチ、キーシン等世界の著名ピアニストが10名以上集まったピアノ音楽祭で、もう一度はベルリンフィルのヴァルトビューネでチャイコフスキー?の演奏を見たことを記憶している。これは多分に先入観の問題もあるのだろうが、どうも彼の演奏は楽天的に速いパッセージを曲芸的に弾くという印象が強い。音楽をプレイしているのは好ましいことではあるが、やはり違和感を否めない。今回は、ピアニストとしてデビューした音楽家 エッシェンバッハが率いるフィラデルフィア管弦楽団との共演で、ベートーヴェンの第四協奏曲。第一楽章の長大なカデンツァの部分で、オケのメンバーは静かに聞き入っているのと対象的にエッシェンバッハ(彼としては、この曲などかつては自家薬籠中の物だっただろう)は、ラン・ランのあまりの没我的な演奏に焦れているかのような表情をしていたのが対象的で興味深かった。この後のマーラーの5番は聴かなかったが、エッシェンバッハのベートーヴェンは、大仰でもたれる演奏だと感じた。なお、ヴァイオリンを両翼配置にしていたようだった。このオケのシェフであったストコフスキーが始めたオケ楽器の近代配置が、そのオケにおいても温故知新的に揺り戻されているのはなかなか感慨深いものだった。

ともあれ、ハーンとラン・ランの注目の若手二人を見聞できたのは面白かった。こういうことがあるから、NHKの受信料をまじめに払い続けている。

 

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6/4-6/10音楽史カレンダー

歴史データベース on the Web のデータによる

6/5/1816 パイジェロ(Paisiello.Giovanni)没76歳(誕生:1740/05/09)「偽の伯爵夫人」の作曲家
6/5/1826 ウェーバー(Weber.Carl Maria von)がロンドンで没39歳(誕生:1786/11/18)「魔弾の射手」などを作曲したドイツの作曲家
6/5/1885 ベネディクト(Benedict.Sir Julius)没80歳(誕生:1804/11/27)作曲家で指揮者「キラニの百合」を作った
6/6/1861 コンコーネ(Concone.Giuseppe)がトリノで没59歳(誕生:1801/09/12)トリノの作曲家で声楽教師
6/6/1869 ワーグナー(Wagner.Siegfried) 誕生 作曲家で指揮者バイロイト音楽祭主催  Richard の息子 http://www02.so-net.ne.jp/~hedonism/MIDI/Cwords6.html
6/6/1881 ヴュータン(Vieuxtemps.Henry)没61歳(誕生:1820/02/17)ヴァイオリニストで作曲家「ファンタジー・カプリース」を作曲
6/6/1903 ハチャトゥーリアン(Khachaturyan.Aram Iliich) 誕生 ソ連の作曲家
6/7/1863 グルーバー(Gruber.Franz Xaver)没75歳(誕生:1787/11/25)「聖しこの夜」を作曲したオーストリアの作曲家
6/8/1612 ハッスラー(Hassler.Hans Leo)没47歳(誕生:1564/10/26)ヴェネツィア派のドイツの作曲家
6/8/1796 ジャルディーニ(Giardini.Felice)没80歳(誕生:1716/04/12)ヴァイオリニストで作曲家
6/8/1810 ドイツの作曲家シューマン(Schumann.Robert Alexander)がツヴィッカウに誕生
6/9/1361 ヴィトリ(Vitry.Philippe de)没69歳(誕生:1291/10/31)詩人で作曲家、理論家「Ars nova」を著した
6/9/1810 ニコライ(Nicolai.Carl Otto Ehrenfried) 誕生 作曲家で指揮者
6/9/1865 ニールセン(Nielsen.Carl August) 誕生 作曲家
6/9/1886 作曲家の山田耕筰が東京に誕生
6/10/1934 ディーリアス(Delius.Frederick)没72歳(誕生:1862/01/29)作曲家「ハイヤワサ」を作曲した

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2005年6月 3日 (金)

蛍が見られる頃

昨年のちょうど今ごろ、近所のコミュニティー活動の関係で、コウモリの超音波音を聴き、蛍を見る集いがあった。今年はそのようなお知らせがないが、そろそろ蛍が見られる頃だ。今宵あたりは曇り空で湿度もあるので、恐らくほのかな光が見られるだろう。

ちなみに蛍の瞬く光は人間の目にはそれなりに明るく見えるが、ハンディビデオカメラの普通の感度ではまったく映らないほど。高感度(赤外線)で撮影しても、蛍の光は熱源でないためほとんど意味をなさない。スチルカメラの開放モードで撮るしかないが、光が線上になってしまう。あのほのかな瞬く光を味わうのは肉眼に如くはなし、というところだろうか。

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2005年6月 2日 (木)

100円ショップの民芸品

近所の100円ショップで探しものをしていたら、それまで気が付かなかった民芸品風のコーナーを見つけた。観光地の土産物屋で一時期よく見かけた飾りの御用提灯などの装飾品、団扇や扇子などの実用品、ビー玉、おはじき、竹とんぼ、竹の水鉄砲、独楽、ヨーヨーなどの竹製、木製玩具がオール100円(税別)で売られている。コーナー名としては「和風」となっている。

しかし、このような品物は、材料費、人件費だけでも日本国内での製造では100円では商売にならないだろうと思う。おそらく中国から東南アジア諸国での生産品だろう。扇子と提灯を買ってみたが、それなりの出来で、品質も悪くない。観光地の民芸品店で買えば、3倍から5倍くらいの値段で売られるのではなかろうか。

「和の伝統品」が、このような形で継続されるのは気分的に複雑だ。

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開港記念日

本日は、横浜港の開港記念日。これについて調べてみた。

ヨコハマ経済新聞 6月2日はヨコハマのバースデー。「1959年には開港100年祭を開催、マリンタワーや市庁舎、市民病院などを建設した。また6月2日は横浜開港記念日として市が定める祝日となり、市役所や市内の学校などが休日となった。」

横浜港の歴史どんなふうに発展したの? (1) 1.開港~文明開化 1859年7月1日(安政6年6月2日),神奈川,長崎,箱館 はこだて (函館)を開港し外国との自由貿易を許可したのです。

第24回横浜開港祭 開港の歴史
開港からは146周年だが、開港祭は今回で24回目という。

日本開港五都市観光協議会
中学の歴史の教科書で、函館、新潟、横浜、神戸、長崎が開港したと書かれているが、

新潟 : 安政5年(1858)の修好通商条約によって,新潟は開港「五港」の一つとなりました。しかし,水深が浅く開港場としてふさわしくないという意見があったり,北越戊辰戦争の舞台となったりしたため実際の開港は遅れ,明治元年にようやく開港し,翌年に運上所(後の新潟税関)が開設されました。

神戸 : 慶応3年12月7日(1868年1月1日)の兵庫開港。

横浜の開港記念日の沿革
 「横浜沿革誌」によると、1860年(万延元年)6月2日、開港1周年を記念するため、洲干弁財天で祭礼が挙行され、 「外国人ニ示サンカ為メ男女美麗ヲ尽シ」、山車・手踊りで市街を練り歩いた。本来8月15日であった洲干弁財天の例祭は、以後この日に変えられた。これが開港記念日の淵源である。
 1909年(明治42年)には、開港50年祭が全市を挙げて盛大に行なわれ、浜菱の市章と市歌もこの時に定められた。 これ以降陽暦を採って7月1日が記念日となる。
 1918年(大正7年)から小学校と市役所が休日となった。
 1928年(昭和3年)、市会の決議を経て、陰暦の6月2日に戻され、現在に至っている。

函館:嘉永7年(11月から安政元年)(1854年)、米国東インド艦隊司令長官ペリー提督との間で、ついに日米和親条約が締結され、わが国は箱館と下田の開港を約束、ペリー提督はその足で艦隊をひきつれて箱館の視察に訪れました。
 和親条約が締結された翌年から、外国船が盛んに箱館港に入港し始め、その後の米・蘭・露・英・仏との通商条約を経て、安政6年(1859年)には横浜、長崎とともに、日本初の国際貿易港として開港、世界の「ハコダテ」は大きく発展しました。往時の中心地、元町は異国情緒あふれる街並みを今に伝えています。

なお、下田は、1854年(安政元年)の日米和親条約により開港場となった。(このとき函館も開港場とされた)

ちなみに
和親条約 a treaty of peace and amity

修好条約 a treaty of 「amity [friendship]

Progressive Japanese-English Dictionary, Second edition ゥ Shogakukan 1986,1993/プログレッシブ和英中辞典 第2版 ゥ小学館 1986,1993

a treaty of peace and amity 和親[修好]条約.

Progressive English-Japanese Dictionary, Third edition ゥ Shogakukan 1980,1987,1998/プログレッシブ英和中辞典 第3版 ゥ小学館 1980,1987,1998

日米和親条約 Treaty of Peace and Amity between the United States of America and the Empire of Japan

日米修好通商条約
Treaty of Amity and Commerce between the United States of America and the Empire of Japan

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2005年6月 1日 (水)

解毒 毒消し detoxification

代替治療として、最近「解毒」療法という文字を見る機会が増えている。体内に蓄積した有害金属をキレート(カニのはさみという意味)機能のある薬剤により、体外に排出することにより、体調の改善、原因不明の障害の治療を行なおうとするものだ。抗酸化もいわゆる毒物としての酸化物質の除去で解毒の一種で、美容面ではアンチエイジング(老化防止)などもその毒消し療法が用いられることが多いようだ。日経ヘルスなどの健康雑誌で取り上げられることが多くなった。

有害金属としては、日本では熊本県の水俣地方を中心に発生した公害被害の水俣病を引き起こした有機水銀が有名だが、現在の解毒療法でも、この水銀や鉛などの重金属がターゲットにされている。

三種混合ワクチン、インフルエンザワクチンなどには微量の水銀が含まれ、その接種を受けると体内に蓄積されるという。最近比較調査が行なわれた結果、ワクチンに含まれる水銀と自閉症の発生率には相関関係は見られなかったというが、米国では訴訟になった。食物連鎖の上位にいる大型回遊魚(マグロ、メカジキなど)や、深海に住むキンメダイなどには水銀が蓄積されやすく、米国では妊婦がツナなどを摂取するのをなるべく減らすように勧告されているという。

また、虫歯治療の充填剤として最近まで「アマルガム」(水銀と他の金属の合金)が用いられてきたが、これが体内に溶け出して取り込まれているという説もある。

地球の生命は、自然由来、人工双方の多くの化学物質に取り囲まれながら生きている。その意味では、完全な解毒というものは不可能のように思う。最近では、あまり環境ホルモンがマスコミをにぎわすことがなくなってはいるが、人為による有害化学物質の影響は、30年ほど前の「複合汚染」での指摘のようにどのように現れるか、予測がついているのだろうか?

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