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2005年6月15日 (水)

小学生と天動説

コペルニクス的転回という言葉がある。また、ガリレオ・ガリレイ「それでも地球は動いている」という伝説がある。

そろそろ、夏至が近づいてきた。ちょうど梅雨の季節だが、なぜかこの時期太陽への関心が高まる。

昨年9月に、国立天文台の調査によって、小学生の4割が「太陽が地球の回りを回っている」といういわゆる天動説が正しいと回答したということで、特に科学教育界に衝撃が走ったようだ。

しかし、このことがそれほど衝撃的なことなのだろうか?生物の系統発生と同様、教育・学習も系統発生を模倣するとすれば、プリミティブな知識・経験の小学生が、太陽はどちらから上り、どちらへ沈みますかという 伝統的な「天動説」的な設問と同時に、「地球は太陽の回りを回っているか、太陽が地球の回りを回っているか」という設問を与えられたとき、天動説を選択するのがごく普通のことだと思う。

現代では、人々は知識として地動説を知り、もちろんそれに基づいて最先端の科学技術分野では宇宙開発などが行なわれている。宇宙開発による恩恵は、GPSを利用したカーナビゲーションなどに顕著だし、衛星放送など日常的なインフラになっている。地動説が現代人にとっては常識とすべきことであることを否定するものではない。

しかし、その学説は人類史にとっても比較的近年のニコラウス・コペルニクス(1473-1543),チコ・ブラーエ(1543-1642), ガリレオ・ガリレイ(1564-1642), ヨハネス・ケプラー(1571-1630)らヨーロッパの科学者により、惑星の運動の不可思議さ、木星の衛星の発見などをきっかけとして、地動説の方が天動説よりも合理的だという理由で採用されたものだ。

カントは、従来の認識論を180度転回したが、それをコペルニクスの天動説から地動説への転回になぞらえ、「コペルニクス的転回」と称した。また、ガリレオは、コペルニクスの地動説を支持したことで、宗教裁判にかけられ、死刑の直前でその説から転向したが有名な伝説「それでも地球は動いている」との言葉を残した。カトリック信仰においては、地動説は神の摂理に反する異端説として、それを唱えたジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)などは火刑に処せられた。

現在では、地動説は揺るがない真理、常識ではあるが、かといって一般人の生活において地動説的に考えることはそうは多くない。通常の生活レベルにおいては、天動説で十分に事足りる。東から日は昇り、日は西へ沈む。星々が北極星を中心に東から西へ回転する。(季節の移り変わりは、天動説ではどのように説明されていたのだろうか?)

もともと科学教育は、常識に囚われずに物事の真理を探究する態度、姿勢をはぐくむものではないのだろうか?単に、知識として小学生に地動説を与えることにどれだけ意味があるのか?太陽の観測、月の観測、そして現代では困難ではあるが、惑星の動きの観察、季節の移り変わりなどの事象を確認させた上で、天動説の矛盾に気付かせ、地動説へ導くという「系統発生的な」教育が必要なのではあるまいか?

単なる知識の欠如を嘆くのは、ことの本質を理解していない象徴であろう。

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コメント

望 岳人さん、「季節の移り変わり」は、熱源である太陽の軌道を変えれば良いのですが、地動説も決して蒙昧な思考でなくて学問の体系であることを教える必要があるのかもしれません。

この質問がPISAの国際的項目である以上に、特別に意図的に行われたのでしょうか。明治の改革において、これは注意深く避けられた議論なのだと思います。

「深玄なるや測るべからず」、「その然るを知らずして然るものあり」も明治近代化への前提条件となり、それを議論した部分を注意深く避ける事で、多神論の宇宙観・生活観を保ってきたものと思います。

米国などでは、宗教的に解釈されて天動説を教える事も多いようです。ただ天動説は、キリスト教以前の最も自然な科学的思考であったことも留意すべきでしょうか。そして主観・客観という視点からは、天動説が未だに分がありそうです。

本当は、この議論なくしてはガリレオも上からものを落とすだけの大馬鹿者でしかなく、理数科学の思考として、その葛藤を避けて通る事は出来ないと思うのです。そしてこのような話題が出てくるところがポストモダンなのでしょう。

「本質を理解していない象徴」は、残念ながらその通りと申し上げる他ありません。

投稿: pfaelzerwein | 2005年6月15日 (水) 14:05

小学生対象で、国立天文台の縣助教授が比較的狭いサンプリング範囲で調査をしたようですので、15歳対象のOECDのPISAの科学的リテラシー設問とは違うようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%80%8C%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%81%AE%E5%87%BA%E6%9D%A5%E4%BA%8B%E3%80%8D2004%E5%B9%B49%E6%9C%88

の9月23日追加でこの調査の概要が読むことができます。

天動説は、数学的には現象の説明モデルとしては立派に機能して来ましたが、それを突き崩したのが、司祭コペルニクスによる春分の日の確定のために1年の日数を正確に計算したいというカトリック者としての情熱だったというエピソードを読み、歴史の皮肉を感じました。

投稿: 望 岳人 | 2005年6月15日 (水) 19:01

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