Beaujolais nouveau 2005
2005年の新酒をいただいた。(これはセブンイレブンで購入した約2600円もの、某ナンバーワンソムリエご推奨。朝日新聞でも一面広告で掲載されていた。)
某ナンバーワンソムリエによると「2005年は好天に恵まれ、フランスワインにとっては最良の年のうちのひとつとなった」らしい。
ボーイスカウトの父兄会のお好み焼き売りの活動で疲労困憊したが、父兄会の人たちの協力により何とか大過なく終えることができてよかった。そのお祝いと先日の妻の誕生日を祝ってコルクを抜いた次第。
昨年は知人から同じ銘柄のボージョレーヌーボーをいただき、乾杯したので、比較できればいいのだが、昨年がブドウジュース的だったのに比べると、香りも味も今年の方がより葡萄酒的だといえるだろうか、と言ったら言いすぎだ。(少々酔い=良い加減)。
こういうときは、ディオニソス的なベートーヴェンの7番でも聞きましょうか?定番のカルロスではなく、少々お蔵入り気味のレニーのCDを選択。
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コメント
私も昨年の印象を比較してみました。想像を働かして考えると、今年の熟成は昨年より良いが、実際葡萄の実の健康ということでは落ちるのではないかと思います。それでも糖比重は充分には高くならなかったのでしょう。
「今年の方がより葡萄酒的」という評価をこのように解釈しました。
七番でいうと、ミュンシュ指揮とかいうのは如何ですか?これも想像ですけど。
投稿: pfaelzerwein | 2005年11月24日 (木) 20:12
熱血漢ミュンシュは、ディオニソス的ですね。ミュンシュのベートーヴェンには興味があるのですが、これからの楽しみです。
ニーチェの「悲劇の誕生」のアポロ的、ディオニソス的という分類は、古い「藝術新潮」誌で覚えましたが、そこでは、トスカニーニがアポロ的で、フルトヴェングラーがディオニソス的だとされていました。後に「音楽」自体がディオニソス的な芸術そのものであるのに、その中で敢えて上記の分類を用いるのは、という疑問は湧きましたが・・・
フランスワインとの関連で、ミュンシュの生まれ故郷、アルザス(ストラスブール)のことを検索していたら、世界史の教師の方のページがヒットしました。ドーデの「最後の授業」が日本の教材から急に姿を消したことも素材としており、興味深いものがありました。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/france.htm
http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/
投稿: 望 岳人 | 2005年11月28日 (月) 09:34
リンクを見せて頂きました。いや、大学入試は、科目に関わらず判じ文ですね。一次は虎の巻で対応しても、実際にイメージが頭に入っているとすると大変な物知りですね。世界史の二次試験問題は、歴史上の本人でも答えられないでしょうね。知名にしろ所縁の地にしろ、研究者家や我々のような地元民にしかピンと来ませんね。結局はキーワードで行くとなると、何を遣っている事かわからない。
ドーデの話も、そのドイツ語と言うのが曲者で、郷土史から部族史になりますよね。反論して一刀両断するまでなら我々素人でも出来ますが、結局知りたいところの民族主義とその背景がうやむやになっているんでしょう。
大体そういうことを知識として浅く知ろうというのが無理でしょう。「アルザス・ロレーヌは実際にはドイツ文化圏」と言い切っているところを見ると田中克彦氏の文章も怪しい?
投稿: pfaelzerwein | 2005年11月29日 (火) 05:24