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2005年11月 7日 (月)

著作権についての面白いエッセイ発見

小寺信良:人は後世に何を残せるか 「著作物であるかどうかは、時として我々のイメージとズレていることがあり、そこに著作権法の限界を感じる。芸術性を認めながら人間の創造性を保護し、かつ多くの人の幸福に貢献するのは、もうこの法律では無理なのではないだろうか。」というもの。

文筆家の多くが、ベストセラーの新刊書を図書館が大量購入するのに反対するというが、その神経が信じがたいと思っている。また、いわゆる書籍の流通に縛りをかける再販制度も他の面では正義派ぶっている文筆家の多くが、この制度擁護の署名活動を展開していた。誰しも自分の金銭的利益には盲目になるようだ。

現代人は、権利=金銭的な利益に縛られすぎているのではなかろうか?要するに交換価値がなければ(売れなければ)、価値がないとみなしていることと同義だからだ。芸術的な価値は金銭と等価交換できるとでも考えているのだろうか?

そのように考えているので、上記のエッセイであの谷川俊太郎氏が自分の著作権を守るために教科書会社を訴えたというのはショッキングだったし、このエッセイの内容にも共感を覚えた。

死後50年、70年間の権利維持は、顔も見られない子孫の生活を保障するための著作権保護ではなく、企業の利益を守るためのものだ。文筆家や作曲家などの活動期や老後にそれなりの生活基盤を与えるためには、印税による収入を不労所得として高率の税金を掛ける税体系を改めることも有効ではなかろうか?現代日本での高額所得者である漫画家などは、一回ベストセラーを生み出してしまうと、その税金の支払いのために非常に苦労を強いられているというではないか。

このエッセイの中では、料理のレシピや盛り付けなどが著作権保護の対象にならず、それを単に写真に収めた写真に著作権が発生するという本末転倒の事例が紹介されていた。いわゆる銘菓でも、ヴィーンのザッハートルテではないが、まったくの類似品が売り出されたとしても著作権(copyrright)の保護対象にならず、似たような菓子が全国に出回ってします。仙台の「萩の月」という菓子がオリジナルだと思うが、その類似の菓子がいまや全国各地で売り出され食べられるようになっている。

(以前もそうだったが、著作権については、まだまだ考えがまとまらず、こんな風に思いつきだけ書きなぐるばかりだ。)

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