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2006年1月30日 (月)

2001年に聴いたリサイタル(ブレンデル)

アルフレート・ブレンデル
2001年11月2日(金)19時 横浜みなとみらいホール
◎ハイドン:ソナタ ト短調 Hob.XVI-44
◎モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
◎モーツァルト:ソナタ イ短調K.310
◎ベートーヴェン:ディアベリの主題による33の変奏曲 ハ短調

ブレンデルのディアベリ変奏曲の記事を読み、コメントさせてもらったが、そのリサイタルのメモを今更ながらだが、アップしておこうと思う。

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いわゆる一線級のプロフェッショナルのピアニストのリサイタルを聞いたことはあまりない。このブレンデルは数少ない経験の中の一つだ。(数少ないが、ツィメルマンがダントツに素晴らしかった。デムスは面白かった。また、キーシンは見事だった。)

ブレンデルは、私が盛んに音楽を聞き始めた高校生の頃、次々に録音を発表して、日本の批評界でも非常に評価の高いピアニストだった。知的であり、音色は美しく、「ピアニストが最も注目しているピアニスト」という評を読んだことがある。ベートーヴェンのソナタ、モーツァルトのピアノ協奏曲、シューベルトのソナタをレパートリーの三本柱として君臨し、吉田秀和氏もブレンデルのモーツァルトのピアノ協奏曲をエスプレッシーヴォのピアニストとして好意的に評論していた。

ブレンデルのベートーヴェンを聞く機会はあまりなかったが、シューベルトのソナタ21、「さすらい人」幻想曲、マリナーと入れたモーツァルトのピアノ協奏曲集は座右のCDだった。

ブレンデルは何度も来日しているが、2001年で何度目になったのだろうか?90年代にはブレンデルについての音楽界の評価も70年代、80年代からは相当落ち着いてしまい、むしろ発見がないピアニストというマイナスイメージを持たれていたように思う。2001年に来日して横浜で聞けるという話があっても、自分としてはあまり聴きたいとは思わなかったのだが、4月に聴いたキーシンのリサイタルに感激していた妻が、コンサート案内で先行申込をしてチケットを入手していたので、会社帰りに待ち合わせて聴きに行った。(子ども達はまだ未就学だったので、託児室に預かってもらった)

プログラムの期待は、なんと言っても難曲の「ディアベリ」変奏曲。いわゆる晩年の少々誇大妄想的なベートーヴェンの一連の曲の一つで、「ミサ・ソレムニス」、弦楽四重奏のための「大フーガ」や「第九」「ハンマークラフィーア」ソナタなどと同じ系譜に属するように思う。

この作品は、CDではアラウの晩年の録音のものを所有していた。高名な作品ではあるが、あまり聴く機会もなかったため、知識欲が優先した「お勉強」のために求めたものだったが、いざ聴いてみると、いわゆるピアノ譜や詳細な解説を参照せずに全曲を聞き通すのは非常に大変な曲だということが分かった。何度挑戦しても最後まで集中力を保つことができず、途中で止めてしまったり、居眠りしてしまったり、どうしても最後まで行き着けない。ブルックナーやマーラーの大交響曲などで1時間を越える器楽曲には慣れているし、ピアノ独奏曲でも、ハンマークラフィーアやシューベルトの大ソナタなどでも集中力が途切れることはあまりない。ましてや、めまぐるしく楽想が変わる変奏曲はむしろ飽き難い作品のはずだ。どうしてこうなるのだろうか。(この曲をネット検索すると、ベテランリスナーにして、結構最後まで聴き通せないという率直な感想が多いようだ。)

しかし、貧乏根性を発揮して、このリサイタルのブレンデルの演奏を味わい尽くすためにも、という気持ちで、アラウのCDを何度となく聞くうちに、次第にそれぞれの変奏を聞き分けられるようになってきた。

聴衆は、広いみなとみらいホールがほぼ満員の盛況だった(ように思う)。子ども達を預けに行くと、横浜在住の外国人の子どもも数人いた。いまだに西洋人にしてみれば、日本人がこのようにかの国の音楽を愛好し、その名匠の演奏会に詰め掛けるのは奇異には思わないだろうか、感想を聞いてみたいものだなどと考えたりもした。

プログラムは、シューベルトはないが、いわゆるヴィーン古典派の三巨匠の作品を時代順にまとめたもの。ハイドンには珍しい短調のソナタ。モーツァルトも短調作品で、未完のニ短調のファンタジー、そして傑作イ短調ソナタ。ハイドンのソナタには疎いので初めて聞くようなものだったためあまり印象が残っていないが、モーツァルトのファンタジーとソナタは、正統派ブレンデルとはまったくスタイルの違う個性派グールドの録音で早くから親しんできたもの。また、ソナタは、ブレンデルと同じく東欧出身のルーマニア人リパッティの名演奏(のエアチェックテープ)で長らく聴いてきた。グールドやリパッティの低音部の軽い疾走するような演奏に比較して、ブレンデルの実演はより身振りの大きいもので、ピアノ協奏曲で親しんだ透明な音色よりも丸みを帯びたやや不透明な音色だったが、じっくりと聴かせる演奏だった。

休憩の後はメインプログラム、ディアベリ変奏曲。50分はかかるこの長大で複雑な曲をリサイタルで聞かせる力量は、このような巨匠でなくては持ち得ないものだろう。私では、順番さえ覚えきれない。しかし、ブレンデルはもちろん楽譜も持たずに、身一つで登場し、おもむろに椅子に座り、また無造作に少々滑稽なディアベリによるワルツのテーマを弾きだす。アラウの録音は、変奏曲間の間は、録音技師により設定されたものだろうが、実演では変奏の間はブレンデル自身のもので、意外に思えるほど間を空けて弾いたように記憶している。

予習の効果のせいか、実演にのめりこめたせいか、ブレンデルの演奏が素晴らしかったせいだろうが、この長大な曲を最後までほとんど飽きることなく聞きとおすことができたのは、うれしかった。このピアノ曲は、それこそベートーヴェンが陳腐なディアベリの主題をもとに、自らの作曲技法、演奏技法の全てを投入したもので、中ではほとんどバッハのフーガかと思うような対位法的な変奏もあれば、スケルツァンドな哄笑もあり、瞑想的な楽章もある。シューマンの謝肉祭は、短いモチーフを基本にしたいわゆる小曲集だが、そのようなものの先取りとして捉えれば、この破天荒さが理解できるような気もした。当時のベートーヴェンとしては遺言のつもりはなかっだろうが、それまでの集大成的な作品だったという自負はあっただろう。そのようなことを思わせるリサイタルだった。
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コメント

ブレンデルと日本公演については常連コメンテターのMusikant/KomponistさんのBLOGで、「余り行きたがらない」と聞いていたので意外です。これは最後の日本公演かもしれませんね。

その「マイナスイメージ」に大変興味ある訳なのですが、評論家筋の意見なのでしょうか?私の印象として日本の音楽界は例えばバックハウスのような保守的イメージを追掛けると思っているので、ブレンデル=欧州音楽のピアニストへの見解は驚きです。日本ピアノ界での恐らく「習う事など毛頭無い」の評価を評論家諸氏が耳に挟んだのでしょうか。

それにしても珍しい例ですね。現在の欧州の音楽界で尊敬を一身に集めている演奏家ですから。それ以外に考えられるの理由は、

録音の評価への偏重
欧州文化から米文化志向への変換
音楽興行のエンターテイメント化
金銭化出来ない文化の喪失
日本のピアノ文化の限界到達
西洋文化受容の飽和
欧州文化輸入の終了
洋楽需要の和魂化。

それからこの問題は、例えば内田光子女史などへの評価への逆方向へのヴェクトルが存在していますね。やはり、そうなのかという思いと、「奇異には思わないだろうか」の本質に迫っていますね。

日本の文化ジャーナリズムは、本当は毎日のようにこれを繰り返して批判的に書かなければいけないのですが。

投稿: pfaelzerwein | 2006年1月31日 (火) 17:54

>その「マイナスイメージ」に大変興味ある訳
>なのですが、評論家筋の意見なのでしょ
>うか?

当然音楽評論家こぞってではないですが、もともとブレンデルを好まない評論家の「発言力」「人気」が高くなったりしたことも遠因かも知れません。

また、当時私が参加していたパソコン通信の音楽会議室などでは、よりマニアックなピアニストへの傾斜の強い意見の方が目立ち、レパートリーを限定し音楽性も正統的なブレンデルを改めて論じるということが少なかったように思います。私自身、ブレンデルのベートーヴェンなどのレパートリーの再録音にはあまり興味が湧かなかったことも確かです。ジャーナリズム的に話題性に乏しくなったとでもいいましょうか?

内田光子について言えば、一時期は「シューベルトと言えばブレンデル」でしたが、内田光子がシューベルトをリサイタルで取り上げたり録音するようになってからは、評判が暴落してしまったように思います。

大げさに言えば、日本における西洋音楽の受容の象徴の一つなのかも知れません。

投稿: 望 岳人 | 2006年2月 1日 (水) 13:07

日本でのブレンデルの評価についてネット情報を探したところ大変参考になるサイトが発見できました。

著名な "An die Musik" というホームページ内の
 アルフレッド・ブレンデル
―誤解を受け続けているロマンティスト―
《真のブレンデルの魅力を探るディスクの紹介》http://www.kapelle.jp/classic/cd_memo/brendel/index.html というページです。

投稿: 望 岳人 | 2006年2月 1日 (水) 18:05

リンク拝見しました。実は私もブレンデルのベートヴェンはLPを二三枚持っているだけで、最近の物は全曲を生で聞いているだけです。シューベルトを盛んに取り上げた頃から生で聞き続けているので、20回ほどはリサイタルを聞いており、録音を聞く必要はありません。特別な音楽体験が今も進行中です。

特にベートーヴェンでの業績をどの様に評価をするかは、大変興味ある議論です。ここでは、器楽奏者の流派などはピアノに限らないのですが、近代の「職人的な技術」-「演奏家の時代」-「音楽興行の推移」と関連していて、「古典の捉え方」や「演奏行為の意味」に影響しています。

前回の古典としてのモーツァルトの評価にも関連しています。この歴史的流れは、現代の古典的ピアニスト(リスト・ブゾーニ以降?)としてブレンデル自身が技術的な解釈を著書で詳しく行っている背景でもあるでしょう。これらは、演奏行為と同じ論文での表現行為です。これを同業者向きの指南書として、インサイダーな物として解釈するのは間違いです。

つまり、リンクで述べられている「聴衆のカテゴリー分け」は、そのものこのピアニストの音楽活動と矛盾しているかもしれません。どうも内田光子女史のブレンデル支持が評論家の問題に油を注いだようです。

言って仕舞えば、誰かが余す事無く理解して、ベートーヴェンを弾きこなせるならば、更なる演奏行為など必要ない訳ですし、聴衆も存在しないです。ブレンデルのベートーヴェン解釈は、舞台と著作においてこのようなレトリックを採っていると言えるでしょう。ベートーヴェン絡みでまた纏めてみます。

投稿: pfaelzerwein | 2006年2月 3日 (金) 18:12

ブレンデルが今年限りで引退することになり、寂しい一方、世界の楽壇も大きく変わりつつあることを改めて実感します。来日も2001年が最後となり、このまま、日本でのさよならコンサートもなく引退ということは残念ですね。

投稿: 畑山千恵子 | 2008年6月28日 (土) 14:35

畑山さん、コメントありがとうございます。

2001年が一番最近の来日公演だったわけですね。それを聴けたのは運がよかったのでしょうが、今年での引退声明は本当にさびしいものがあります。

この記事にもコメントをいただいているドイツ在住のpfaelzerweinさんは、ドイツでの最後のリサイタルシリーズに聴きに行かれると書かれておりましたので、そのリサイタルの模様をいつか拝読したいと思っております。

投稿: 望 岳人 | 2008年6月28日 (土) 21:34

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