« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月の32件の記事

2006年4月30日 (日)

グルダとスワロフスキーによるモーツァルト ピアノ協奏曲第21&27番

Gulda_2127

◎モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
          ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595
フリートリヒ・グルダ(ピアノ)
ハンス・スワロフスキー指揮ヴィーン国立歌劇場管弦楽団<1963年6月6日録音>

グルダには、この録音の後、アバド&ヴィーン・フィルやアルノンクール&アムステルダム・コンセルトヘボウと入れたモーツァルトのピアノ協奏曲の録音があるけれど、それらは至極スタンダードなもので、このスワロフスキー盤の録音に聴かれるユニークさはない。ピリオド楽器による作曲された当時の演奏習慣を再現したと称する録音にもここまでユニークなのは少ないのではなかろうか?(以下、少々ネタばれになるのでご注意を)

バドゥラスコダ夫妻などの演奏習慣の研究によれば、決して道を踏み外しているとは言えないようではあるが、グルダは、特に21番のハ長調の協奏曲では、第1楽章冒頭のオーケストラによる提示部からピアノをアドリブ的に奏でている。もちろん、和声の流れを変えるとかはしていないが。いわゆるテキストにはない、装飾音もところどこに即興的に加えている。有名な第2楽章Andante では、主部のメロディーを思い切ってルバートさせているし、装飾音をつけながら、グールド張りに鼻歌を歌っているようだ。非常に遊び心と感興に溢れた演奏だ。(なお、私は、まだ寡聞にして実際に聞いたことがないのだが、グルダによるモーツァルトのピアノソナタ第15番ハ長調でも相当アドリブを追加した録音があるのだいう。)

アバドなどの指揮法の師匠だったことで知られるスワロフスキーがヴィーン国立歌劇場管弦楽団と称する(ヴィーンフィルはこの自主的な選抜メンバーなのだが、おそらくレコード会社との契約の関係でこう称したのかも知れない)オーケストラを指揮しているのだが、こちらはグルダの即興にもあわてることなく、うまく伴奏をつけ、弟子のアバド/VPOの同じ曲の演奏よりも細部の強調や見通しのよさ、軽やかさなどでは聴き応えのある音楽を作り上げている。

また、カップリングの第27番(これは最後のピアノ協奏曲として尊重されるが、近年の研究では、その着手は意外に早い時期だったとも言われる)でも、相当アドリブを楽しむことができるが、第21番ほど「崩し弾き」をしていないため、「ショック」はあまり感じずに済む。第2楽章のラルゲットは、モーツァルトの透明な心境がうかがわれるしんみりした楽章だが、グルダは比較的明るい軽快なタッチとアドリブでこの音楽を彩る。「春への憧れ」のロンドフィナーレは爆発的な喜びの音楽にはならず、むしろ慎ましやかな表情を見せる。

このCDは、当時DENONブランドで発売されたものだが、"Licensed for Sale in Japan Only"となっており、ライセンス面の制約がある音盤のようだ。

P.S. PhilipsブランドのSHE-255という880円の安いステレオイヤフォン(シンガポール製)を最近購入したが、これが非常にバランスのいい音をしてくれており、定位も決まっているのでクラシック音楽を寝転びながら気楽に聴くのに重宝している。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

5月の音楽史カレンダー

5月の音楽史カレンダー

歴史データベース on the Web のデータによる

5/1/1904 ドヴォルザーク(Dvorak.Antonin)没62歳(誕生:1841/09/08)チェコの作曲家
5/1/1978 ハチャトゥーリアン(Khachaturyan.Aram Iliich)没74歳(誕生:1903/06/06)ソ連の作曲家
5/2/1660 イタリアの作曲家アレッサンドロ・スカルラッティ(Scarlatti.Alessandro)誕生
5/2/1864 マイアベーア(Meyerbeer.Giacomo)没72歳(誕生:1791/09/05)作曲家フランス・グランド・オペラを創設した
5/2/1969 キルピネン(Kilpinen.Yrjo)没77歳(誕生:1892/02/04)作曲家「カンテレターレ」を作曲した
5/3/1704 ビーバー(Biber.Heinrich Ignaz Franz von)没59歳(誕生:1644/08/12)作曲家でヴァイオリン奏者「ロザリオのソナタ」を作曲した
5/3/1708 シャイベ(Scheibe.Johann Adolph) 誕生 作曲家で音楽理論家「理論的・実践的音楽提要」を著した
5/3/1856 アダン(Adam.Adolphe Charles)没52歳(誕生:1803/07/24)フランスの作曲家
5/3/1886 デュプレ(Dupre.Marcel) 誕生 オルガン奏者で作曲家「受難交響曲」を作曲した
5/3/1955 エネスク(Enescu.George)没73歳(誕生:1881/08/19)作曲家「ルーマニア狂詩曲」を作曲した
5/4/1745 シュターミツ(Stamitz.Carl) 誕生 作曲家51曲の交響曲の作曲を行った
5/5/1837 ツィンガレリ(Zingarelli.Nicola Antonio)没85歳(誕生:1752/04/04)作曲家「ジュリエッタとロメオ」を作曲した
5/6/1949 橋本国彦、没46歳(誕生:明治37(1904)/09/14)作曲家で指揮者
5/7/1793 ナルディーニ(Nardini.Pietro)没71歳(誕生:1722/04/12)作曲家でヴァイオリニスト
5/7/1800 ピッチンニ(Piccinni.Niccolo)没72歳(誕生:1728/01/16)オペラ作曲家「ディド」を作曲した
5/7/1825 サリエリ(Salieri.Antonio)没74歳(誕生:1750/08/18)イタリアの作曲家
5/7/1833 ブラームス(Brahms.Johannes) 誕生ドイツの作曲家
5/7/1836 ブルクミューラー(Burgmueller.Norbert)没26歳(誕生:1810/02/08)ドイツの作曲家
5/7/1840 チャイコフスキー(Tchaikovsky.Pyotr Ilich) 誕生 作曲家
5/8/1944 スマイス(Smyth.Dame Ethel Mary)没86歳(誕生:1858/04/22)歌劇「ファンタジオ」を作曲したイギリスの女流作曲家
5/8/1990 ノーノ(Nono.Luigi)没66歳(誕生:1924/01/29)「中断された歌」などを作曲したイタリアの作曲家
5/9/1740 パイジェロ(Paisiello.Giovanni) 誕生「偽の伯爵夫人」の作曲家
5/9/1799 バルバートル(Balbastre.Claude-Benigne)没72歳(誕生:1727/01/22)オルガン奏者で作曲家「フランスのクリスマス・カロルによる変奏曲の4つの組曲」を作曲した
5/9/1959 梁田貞、没73歳(誕生:明治18(1885)/07/03)作曲家
5/10/1899 ディミトリ・ティオムキン(Tiomkin.Dimitri) 誕生「真昼の決闘」のテーマを作曲したアメリカの作曲家
5/11/1791 ヴォルジシェク(Vorisek.Jan Vaclav) 誕生 ボヘミアの作曲家
5/11/1849 ニコライ(Nicolai.Carl Otto Ehrenfried)没38歳(誕生:1810/06/09)作曲家で指揮者
5/11/1888 バーリン(Berlin.Irving) 誕生 ミュージカル作曲家
5/11/1916 レーガー(Reger.Max)没43歳(誕生:1873/03/19)ドイツの作曲家
5/12/1842 マスネ(Massenet.Jules) 誕生 フランスの作曲家
5/12/1845 フォーレ(Faure.Gabriel-Urbain) 誕生 フランスの作曲家
5/12/1884 スメタナ(Smetana.Bedrich)没60歳(誕生:1824/03/02)チェコの作曲家
5/12/1928 作曲家・編曲家のバート・バカラック(Bacharach.Burt)誕生
5/12/1931 イザイ(Ysaye.Eugene)没72歳(誕生:1858/07/16)ヴァイオリニストで指揮者、作曲家
5/12/1982 サール(Searle.Humphrey)没66歳(誕生:1915/08/26)作曲家「ハムレット」を作曲した
5/13/1842 サリヴァン(Sullivan.Sir Arthur) 誕生「ミカド」を作曲した作曲家
5/14/1671 「アルビノーニのアダージョ」のイタリアの作曲家アルビノーニ(Albinoni.Tomaso)がヴェネツィアに誕生
5/14/1805 ハルトマン(Hartmann.Johann Peter Emilius) 誕生 作曲家でオルガン奏者
5/14/1853 バイエル(Beyer.Ferdinand)没49歳(誕生:1803/07/25)ドイツの作曲家で、バオエル教則本を著した
5/15/1567 イタリアの作曲家モンテヴェルディ(Monteverdi.Claudio)がクレモナに誕生
5/15/1873 チェレプニン(Tcherepnin.Nikolay) 誕生 作曲家「アルミードのあずまや」を作曲した
5/17/1866 フランスの作曲家エリック・サティ(Satie.Erik)誕生
5/17/1935 デュカ(Dukas.Paul)没69歳(誕生:1865/10/01)フランスの作曲家
5/18/1830 ゴルトマルク(Goldmark.Karl) 誕生 ハンガリーの作曲家
5/18/1901 ソゲ(Sauguet.Henri) 誕生 作曲家
5/18/1909 アルベニス(Albeniz.Isaac)没48歳(誕生:1860/05/29)スペインの作曲家
5/18/1911 マーラー(Mahler.Gustav)が連鎖球状菌性の咽頭カタルのため没50歳(誕生:1860/07/07)「大地の歌」などを作曲したオーストリアの作曲家
5/18/1975 ルロイ・アンダーソン(Anderson.Leroy)没66歳(誕生:1908/06/29)作曲家「タイプライター」などを作曲した
5/19/1964 アイヴス(Ives.Charles Edward)没89歳(誕生:1874/10/20)アメリカの革新的作曲家
5/19/1985 ローゼンベリー(Rosenberg.Hilding)没92歳(誕生:1892/06/21)作曲家で指揮者「ヨハネ黙示録」を作曲した
5/21/1871 オーベル(Auber.Daniel Francois)没89歳(誕生:1782/01/29)歌劇作曲家/「マノン・レスコー」を作曲した
5/21/1895 スッペ(Suppe.Franz von)没76歳(誕生:1819/04/18)オーストリアの作曲家
5/22/1795 マールプルク(Marpurg.Friedrich Wilhelm)没76歳(誕生:1718/11/21)音楽批評家で作曲家
5/22/1813 ドイツの作曲家ワーグナー(Wagner.Richard)がライプチヒに誕生
5/25/1934 ホルスト(Holst.Gustav)没59歳(誕生:1874/09/21)イギリスの作曲家
5/26/1773 ネーゲリ(Naegeli.Hans Georg) 誕生 作曲家音楽出版
5/26/1924 ハーバート(Herbert.Victor)没65歳(誕生:1859/02/01)作曲家「シラノ・ド・ベルジュラック」を作曲した
5/27/1840 パガニーニ(Paganini.Nicolo)没57歳(誕生:1782/10/27)イタリアの作曲家
5/28/1787 レオポルド・モーツァルト(Mozart.Leopord)没67歳(誕生:1719/11/04)作曲家「オモチャの交響曲」を作曲した
5/28/1805 ボッケリーニ(Boccherini.Luigi)没62歳(誕生:1743/02/19)イタリアの作曲家
5/28/1922 タイケ(Teike.Carl)没58歳(誕生:1864/02/05)吹奏楽用行進曲作曲家「剛毅潔白」を作曲した
5/29/1860 スペインの作曲家アルベニス(Albeniz.Isaac)がカンプロドンに誕生
5/29/1897 コルンゴルト(Korngold.Erich Wolfgang) 誕生 作曲家「雪人形」を作曲した
5/29/1910 バラキレフ(Balakirev.Mily Alexseyvich)没73歳(誕生:1837/01/02)ロシアの作曲家
5/29/1922 ギリシアの現代音楽作曲家クセナキス(Xenakis.Iannis)誕生
5/30/1971 デュプレ(Dupre.Marcel)没85歳(誕生:1886/05/03)オルガン奏者で作曲家「受難交響曲」を作曲した
5/31/1656 マレー(Marais.Marin) 誕生 作曲家
5/31/1809 ハイドン(Haydn.Franz Joseph)没77歳(誕生:1732/03/31)オーストリアの作曲家

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月29日 (土)

セルとライナーのベートーヴェン 交響曲第5番を聞き比べる

Reiner_beethoven5_schubert8
Szell_beethoven_complete
Szell_beethoven_25
Szell_gilelis_salzburug_live


CDパンフレット写真は上から、ライナー。セルのベートーヴェン交響曲全集Boxと交響曲第2番、第5番。セル/VPO ザルツブルクライヴ。

ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67

◎フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団 <1959/5/4録音>
7:30/10:05/5:26/8:01

◎ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団<1963/10/11&25録音>
7:31/10:01/5:30/8:32

◎ジョージ・セル指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団<1969/8/24録音>
7:45/10:13/5:35/8:34(拍手を入れて9:12)

ゴールデンウィーク初日。仕事面では、このような連休の直前は、その期間の多くの段取りが必要で非常に神経を使った。今日は一日のんびりできるので、久々に、ベートーヴェンに向かい合ってみた。

以前セル/クリーヴランドによるこの曲を初めて聴いたときから面白いと思っていた第1楽章コーダ大詰めの音価を拡大したこの曲のモットー(モチーフ)[*]の強調は、その後VPOライヴでも聴けたのだが、、火の玉ライナーとシカゴ響による録音でも聴くことができた(タイミング7:00のあたり)。セルの専売特許(CLOでは7:02のあたり、VPOだと7:13)だと思っていたが、そうではなかったようだ。(なお、この強調は、ジンマン/チューリヒ・トーンハレの録音でも聴くことができる。6:25あたり)。

[*]5月の帰省で生家から運んできた全音楽譜出版社版のポケットスコアで確認すると、473小節から475小節にいたるホルンの二重奏による2倍に拡大されたモットーのこと。運命のモットーは、付点八分休符+八分音符*3+二分音符(+α)だが、それが四分休符+四分音符*3+四分音符*1になっている。

ライナーとセルのスタジオ録音盤を比べると、タイミングが恐ろしく似ているのに驚く。しかし演奏から受ける印象は相当違う。セル/クリーヴランドの方が細身で鋭利かというと、録音の残響のせいもあるのだろう、セル盤の方が意外に柔らかく聞こえる。またミスター・メトロノーム ライナーの方に、いわゆる煽り気味の興奮を感じるし、吉田秀和氏が「世界の指揮者」で、恐ろしく正確だと評したスケルツォのトリオのチェロとコントラバスのパッセージの休符の取り方は、正確というより、ユニークだ。

セルの方が第3楽章まではスタティックで冷静だが、俄然その入り口から第4楽章はそれまでの鬱憤を晴らすかのように輝くような勝利を歌い上げている。これには、ブラスの強調による明るい音色も加勢しているように思う。セルはリアリスト、冷徹で気難しいというイメージがあるが、茶目っ気やこのような基本的ないい意味での楽天性を持っていた指揮者だったのだろうと思う。

セルの有名なザルツブルクライヴは、生々しい直接音主体の録音のせいもあるが、冒頭から全曲に渡って非常にホットな音楽になっている。あのヴィーン・フィルにして、ホルンは強奏で音を割るし、弦も弓のアタックが聞こえそうな迫力だ。スタジオ録音と続けて聴いてみて、それがセルの解釈なのが確認できたが、このライブでもフィナーレ冒頭の開放感はすさまじいものがある。単にライヴならではの一時的・即興的な興奮、盛り上がりではないことがスタジオ録音と比べるとよく分かる。ただ、このライヴは本当にすごい音楽、演奏だ。一期一会の名演奏、名録音で、大げさな言い方だが、私にとっては宝物のひとつだ。

以下余談。

興味が湧いたので、手持ちのCDのタイミング比較を。

ライナー/CSO<1959/5/4>           7:30/10:05/5:26/8:01
セル/CLO<1963/10/11&25>         7:31/10:01/5:30/8:32
セル/VPO<1969/8/24>            7:45/10:13/5:35/8:34(拍手を入れて9:12)
フルトヴェングラー/BPO<1947/5/27Live>  8:44/10:55/5:37/8:11
バーンスタイン/NYP<1961/9/25>      8:38/10:11/4:59/11:27
バーンスタイン/VPO<1977/9>        8:38/10:19/5:23/11:17
C.クライバー/VPO<1974/3&4>        7:17/9:56/5:07/10:48
小澤/BSO<1981/1/24&26>         7:15/10:18/5:26/8:24
ジンマン/チューリヒ・トーンハレ
        <1997/3/25&26>        6:49/8:45/7:19/10:25

こうしてみると、セルにしてもバーンスタインにしても別の団体、別の日時、別の会場、別の条件(スタジオ、ライヴ)で演奏しても、指揮者自身の基本的なテンポというものがほぼ確立されていることがいまさらながら分かった。さすがにプロはすごい。

バーンスタイン、C.クライバーとジンマンのフィナーレが他の演奏より2分から3分演奏時間が長いのは、この楽章の提示部のリピートを忠実に実施しているため。また、ジンマンのスケルツォが長いのは、ブーレーズやスイトナーが採用して話題になったギュルケ原典版(ペータース)に拠ったのか、従来の楽譜にトリオの最後からスケルツォ冒頭にダカーポしているため(ベーレンライター新版ではこの説は採用されていないというので、ここに関してはギュルケ版を採用したらしい)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金)

リパッティで聴く シューマンのピアノ協奏曲

Lipatti_scumann_mozart



◎シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 <1948年4月9日、10日録音>
フィルハーモニア管弦楽団

 モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467<1950年8月23日 ライヴ録音>
ルツェルン祝祭管弦楽団

ディヌ・リパッティ(ピアノ)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮

先日、ルドルフ・ゼルキンによる骨太な録音を聴いたばかりだが、名盤の誉れの高いこのCDが聴きたくなり取り出して聴いてみた。

1948年というとんどもなく古い録音ではあるが、ピアノの音は実に鮮明に収録されている。リパッティのピアノがどんなピアノだったのかはこの録音からはっきり把握できるのだからこれはこれでありがたい。ゼルキンの演奏によるシューマンも決して悪くはなかったが、このリパッティの演奏は、鮮やかなタッチながら決して機械的になることなく、心の襞まで表現しつくす力を持った音楽になっている。ゼルキンが論文だとすれば、リパッティは散文詩だろうか。メカニック的にも間然とすることがなく安心して聞き入れるし、またつむぎだされる音楽がデリケートではあるが決して柔弱ではなく、一本芯が通っている風情だ。全体としては、カラヤンの若々しい野心的な指揮とあいまって、さっそうとしたシューマンになっている。聴いていて、ああ、いい音楽を聴いていると思うのは、これだけ古い録音なのに不思議だ。心を震わせるのは、音質よりも音楽だと得心した次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月27日 (木)

セルとブレンデルの共演が聞ける シュヴァルツコプフのモーツァルト歌曲・アリア集

Schwarzkopf
◎エリーザベト・シュヴルツコプフ(ソプラノ)、ヴァルター・ギーゼキング(ピアノ)、
ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団&アルフレート・ブレンデル(ピアノ)

先日、白井光子のモーツァルトのリート集のことを書いたが、こちらは、ドイツのオペラ・リート界の花形、エリーザベト・シュヴァルツコプフとモーツァルト弾きとしても名を馳せたヴァルター・ギーゼキングという大物同士の共演による歌曲集。白井光子の抑制された端正な表現になじんでいるものとしては、最初のうちは少々表情付けが過剰かと感じるが、次第にその語りかけに引き込まれていく。ただ、ギーゼキングのピアノは、そのピアノ・ソナタ集でも感じたが、少々ぶっきらぼうに聞こえてしまう。

このCDには、この組み合わせによるリートのほかに数曲の「演奏会用アリア」が収録されている。ピアノのオブリガートがなんと若き日のアルフレート・ブレンデルが起用され、ジョージ・セルと共演しているのが聞けるのが貴重だ。曲は、K.505 "Chi'o mi scordi te? " (レチタティーヴォとアリア「どうしてあなたが忘れられるでしょうか?」-----「心配しなくてもよいのです、愛する人よ」)<1968年録音>。

セルとシュヴァルツコプフは、有名なR.シュトラウスの「最後の四つの歌」でも共演しているが、ブレンデルとセルの共演というのは、実演ではどうだったのか知らないが、録音としては非常に珍しいのではないだろうか。ブレンデルのピアノは、ギーゼキングよりも多感で、後年の彼の活躍を彷彿とさせるように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月26日 (水)

R.ゼルキンで聴く シューマンのピアノ協奏曲

Rserkin_schumann_piano_concerto

◎シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 
         序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調 作品92
           ピアノ: ルドルフ・ゼルキン <1964年3月>

 グリーク   ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
           ピアノ:フィリップ・アントルモン <1958年2月録音>
  指揮:ユージン・オーマンディ フィラデルフィア管弦楽団

ルドルフ・ゼルキンは、ドイツ音楽を得意とした巨匠だが、シューマンの録音は比較的少ないのではないだろうか?独奏曲の録音はあまり見かけたことがない。そのゼルキンがオーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団とシューマンのピアノ協奏曲を録音している。このCDは、中古店で、意外に思い購入したもの。

1960年代の録音としては、少々音質ににごりがあるように思う。そのせいか、ピアノの音色が野太く聞こえ、それもあいまって、そして何より情熱的でがっちりしたゼルキンのピアノにより、非常にたくましく男性的なシューマンのコンチェルトになっている。第一楽章の再現部で、ピアノのソロが見栄を切るかのように第一主題を再現するところなど、襟を正したくなるほど高潔な音楽になっている。フィナーレは少々スムーズでないパッセージも聞こえるが、全体として、ファンタジックというよりも、がっちりしたドイツ音楽を聴いた実感がある。

オーマンディのシューマンも珍しいのではないかと思うが、やはりこのコンビだけあり、どのパートもしっかりと音が出されているので、あいまいさがなく、こういうシューマンも面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月25日 (火)

珍しいベートーヴェン 交響曲第2番のピアノ三重奏編曲版

Piano_triosinfonie_nr2triple_concerto_be

ベートーヴェン ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56<1991年ライヴ>
          ピアノ三重奏曲 ニ長調(原曲 交響曲第2番 ニ長調 作品36)<1992年>

ヴィーン・ベートーヴェン・トリオ
フィリップ・アントルモン指揮 ヴィーン室内管弦楽団

カメラータ・トウキョウ 25CM-252

なんだか面白そうな編曲なので聞いてみたくなり購入した。この編曲には、WoO番号もないようで、一説ではベートーヴェン自身の編曲ではないようだ。しかし、一聴してみてすごく面白かった。ヴァイオリンがもちろん第一ヴァイオリンの動きをなぞり、チェロは低弦(ベース)。そして、ピアノは内声部などを担当する。リスト編曲(カツァリスのピアノ)を聞いたことがあるが、さすがにアンサンブルだけあって、このピアノトリオ版の方がずっと自然な音楽になっている。もちろん、パート間のバランスが聞きなれている原曲とは異なる部分もあり、メロディーラインが迷子になるような瞬間もあるのも面白い。

この編曲は誰のものかは知らないが、結構達者なものだと、素人の耳にも聞こえる。ただ、このような編曲がもっとあってもいいとは思うのだが、意外にないようなのはあまり需要がなかったからなのだろうか?それはこの編曲に見られるように演奏技術的に難しいからということもあるように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月22日 (土)

さようなら交通博物館、「パリのアメリカ人」

200604221200604222200604223

この5月14日をもって長い歴史を閉じる東京秋葉原、万世橋のたもとの「交通博物館」にぜひ行きたいと子どもたちにせがまれ、ようやく冷たい風も温んできた春の一日を費やして、ほとんど芋を洗うような混雑の博物館を見物してきた。

2007年には、さいたま市に、「鉄道博物館」として新規オープンするということで、現在の展示品のうち、鉄道関係以外の展示物の多く、飛行機、船、自動車、バイク、自転車、籠、人力車、輦台(れんだい)などは今後は見られなくなるようだ。そのような事情に加えて、非公開の幻の万世橋駅の跡を特別に限定公開していることもあり、土日は入場制限するほどの混雑になっている。今日も、入場制限にはなってはいなかったが、特に1階は、親子連れと青年鉄道ファンでいっぱいだった。高額な記念品(たとえば非公開資料なども写されたDVDが約1万円!)なども売れていた。

この博物館は、建物自体が歴史的な建造物であり、それ自体が博物館的な展示物の意味があったのだが、これだけ大量の来場者が訪れると、効率的に捌き切れず、また室内の空調などの問題もあるようだったので、移転はやむをえないとしても、総合的な交通博物館ではなくなるのは、少々惜しいように思う。それこそ国土交通省の肝いりで、「交通博物館」として発展的に存続されるべきではなかったのだろうか?

ドヴォルザークの蒸気機関車への偏愛を知って以来、機関車の疾走を音にしたものと信じている「アメリカ」四重奏曲の第四楽章フィナーレをとも思ったのだが、鉄道博物館としては生き残るということで、何か自動車の音楽はないかと考えをめぐらせたところ、思いついたのが、自動車のクラクションを効果音として用いたガーシュインの「パリのアメリカ人」。オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団の華麗で克明な演奏で。
Ormandy_rhapsody_in_blue_american_in_par


追記:2010/07/25(日) ガーシュイン「パリのアメリカ人」を聴く (電網郊外散歩道)で、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の同じ音源を記事にされていたので、トラックバックを送らせてもらった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年4月21日 (金)

セル/クリーヴランド管弦楽団による「オケ・コン」「シンフォニエッタ」

Szell_bartok_janacek

バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Sz116 (1965年1月15,16日録音)
ヤナーチェク シンフォニエッタ (1965年10月15日録音)
ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

セル没後30周年で発売されたおりにもとめたCD。セルのCDは比較的多く所有しているが、その中でも気に入っているもののひとつ。輝かしく透明感があり、精緻でかつリズミックな推進力のある熱い演奏を聴くことができる。

バルトークは、終楽章にセルの独自の「解釈」または「改変」により、バルトークの残した原曲にカットおよび追加されていることで、少々「悪名」が高い録音ではある。しかし、演奏の素晴らしさはなかなか比較の対象が見つからないほど。ホームページやこのブログでも書いたが、一時期この「オケ・コン」に凝ったことがあり、ショルティ、オーマンディ、マゼールなどの演奏で聞き比べを楽しんだ。現在でもCDで、ライナー/CSO, ブーレーズ/NYPを聴くが、それらと比べても、この演奏の精度の高さは大変なものだと感じる。

「シンフォニエッタ」は、学生時代に、ノイマン/チェコフィルの演奏する冒頭のファンファーレの土俗的で開放的な響きを聞き参ってしまった曲なのだが、このセル盤はその記憶にもまして素晴らしい。ヤナーチェクの非常にユニークに聞こえるオーケストレーションをセルとクリーヴランド管弦楽団は、独特の土臭さは残しながら、洗練された音色や演奏法で再現しているように思う。聴いていて心が躍るような境地に入る。すでに、「利口な女狐の物語」でも親しいものになったヤナーチェクの本当に個性的な音楽が1960年半ばの、クリーヴランドで奏でられていたというのも面白い。セルは、ハンガリー出身だが、母方の家系はチェコ系だったと聴いたことがある。それゆえ、彼のチェコの作曲家の演奏が、整然としながらも熱い血潮を感じさせるのだという説を聞いたことがあるが、この「シンフォニエッタ」もその仲間になるのだろうか?

P.S. 「がまだす」というBLOGにセルのプロコフィエフの第5交響曲とバルトークの「オケコン」の記事を発見して、トラックバックを送らせてもらった。以前発売されていたセルの音盤と最近の没後30年のリマスタリングやヘリテージシリーズでは相当音質が違うようだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月20日 (木)

シューマン 歌曲集「詩人の恋」ほか フィッシャー=ディースカウ、エッシェンバッハ

Dichterliebe_fdieskau_eschenbach

◎シューマン
詩人の恋 Op.48
リーダークライス Op.39
ミルテの花 Op.25より7曲
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、クリストフ・エッシェンンバッハ(ピアノ)
1974年1月、4月 1975年4月、1976年6月録音 ベルリン

今年は、特にモーツァルト生誕250年のモーツァルト・イヤーが音楽界のみならず取りざたされ、ショスタコーヴィチ生誕100年も比較的云々されているが、意外にもあのロベルト・シューマンの没後150年の年でもあることはあまり喧伝されていないようだ。そういう自分も今日の夕刊をめくっていて、シューマンイヤーのオールシューマンプロというイッサーリスのリサイタルの広告をみて、改めて調べてみたところ、1810年6月8日誕生、1856年7月29日逝去ということで、今年はまさに没後150年なのだ。

このCDに含まれている「詩人の恋」は、学生時代、うまくエアチェックできたので、音楽之友社のポケットスコアを買ってみながら、歌いながらよく聴いた録音だ。今宵、久しぶりに取り出して聞いてみているが、すでに中年になった我が身には、青春の日々の希望と不安に満ちた頃に、身にしみて聞いたこれらの曲への感動は素直によみがえることはない。第1曲「驚くほど美しい五月に」、第7曲「私は恨みはしない」、第12曲「光溢れる夏の朝に」など、懐かしいのだが・・・。

「リーダークライス」にはあまり親しい歌はないが、「ミルテの花」の「蓮の花(はちすのはな)」は、高校の音楽の授業で、音楽の先生の伴奏に合わせて一人一人歌った思い出のある曲だ。私でも弾けるような比較的単純な和声の伴奏なのだが、ベースの動きがなんとも魅力的だ。「献呈」は、詩も曲も情熱そのもののような歌。リストの編曲によるピアノ独奏も、よくアンコールに弾かれる(キーシンなど)。

なお、このCDのパンフレットの水彩画は、フィッシャー=ディースカウ自筆のもの。「モミの木」という題名。

残念ながら、パンフレットP.26 「護符」の詩の後半と第2連以下が省略されているのは、このCD制作時の意図的な省略なのか、単なる落丁なのか。フィッシャー=ディースカウ生誕60周年記念盤なのだが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月19日 (水)

シベリウス 交響曲第3番 ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

Sibelius_symphonies_berglund

◎ヤン・シベリウス 交響曲第3番 ハ長調作品52(1907年完成)
パーヴォ・ベルグルンド指揮 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団 
1987年8月24日-26日 ヘルシンキ、文化ホールでの録音

シベリウスの作品は、交響曲第2番、第1番、ヴァイオリン協奏曲、「フィンランディア」、「悲しきワルツ」などにしかなじめないでいたが、この日曜日に第3番をじっくりと聞いてみたところ、これまでのように取り付きにくさや晦渋さを感じず、割とすんなりと耳に入ってきてくれた。このベルグルンドとヘルシンキフィルの全集は、もう7、8年前に購入したのだが、時々思い起こしたように第1番、第2番以外にも挑戦してみては、たいてい挫折を味わうのが常だったので、もう半分あきらめていた。それが、こちらの心の閊えが取れたのかどうか、何とか向き合えるようになった気がする。

第1、2番のように聞き比べをした経験がないので演奏の特徴はよく分からないが、特に2番をザンデルリングやオーマンディ、セルなどと比べると、交響曲的な形式感がきちんと把握できるというよりも、より即興的でラプソディックな表現になっているように感じる。フレーズのつなぎが流麗なことも草書的なイメージを醸している要因だろう。また、フィンランド人指揮者やフィンランド人のオーケストラ団員の音色へのイメージによるのだろうが、暖かさよりも清涼さが感じられるような気がする。

次は、4番に挑戦だ。

余談になるが、フィンランドは、隣国スウェーデン、ロシアの圧政下に虐げられたというイメージがある。

フィンランド人は、自らをスオミと称し、その言語はフィンウゴル語派に属するという。

(フィンウゴル語派:ウラル語族の一語派。ヨーロッパ北東部からシベリア西部にかけて話される。ラップ語、フィン語、エストニア語、カレリア語、モルドバ語、チェレミス語、ペルム語群、オスチャーク語、ボグール語、ハンガリー語などが含まれる。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)

いわゆる人種的には、遠い祖先的には、モンゴロイドだといわれるが、その後長い期間の混血により、ほとんどコーカソイドと見分けが付かなくなって現在にいたっているようだ。しかし、言語的、文化的には周辺のゲルマン系、スラヴ系諸民族とは明確な違いがあり、神話的にはシベリウスが題材として取り上げている「カレワラ」などの独特の伝承を保持しているのだという。ゲルマン系、ケルト系の神話との違いは大きいらしい。

そのフィンランドは、現在 世界一の携帯電話メーカー NOKIA社の本社があることで有名になっている。ノキア社の沿革を以前「日経ビジネス」で読んだ記憶があるが、もともとは製材や長靴などを作っていたこともある地場産業的な企業だったらしい。現在の携帯電話に舵取りを行ったのは比較的最近のことらしい。もう10数年も前に欧州に旅行したとき、パリのシャルル・ド・ゴール空港のトランジット通路にノキア社の広告が目に付き、nokiaって何という風に思ったのを記憶しているが、その頃から爆発的に伸張したようだ。現在では世界各国で端末生産を行い、グローバルではトップシェアを誇っている。ソ連崩壊後、その軍事的な圧力が減ってから、すぐに春の新芽が一斉に吹き出すようにノキアを中心としたIT産業が伸びた背景には、教育政策的な背景もあるのだろうが、非常に不思議だ。あのLinuxを生み出したのもフィンランド人の大学生だった。フィンランドの奇跡とでも呼べるのではないのだろうか?現在は、国際競争力は何年も続けてトップクラスだという。

音楽界では、指揮者の故・渡辺暁雄が母がフィンランド人という血統から、シベリウスの演奏を得意としており、またピアニストの館野泉は長い間フィンランドを本拠地として活躍してきた。

また、フィンランド出身者では、レイフ・セゲルスタン、オスモ・ヴァンスカ、エサ・ペッカ・サロネン、ユッカ・ペッカ・サラステ、ミッコ・フランク、オペラ歌手のマッティ・サルミネン、ヨルマ・フンニネン、モニカ・グループ、カリタ・マッティラ、ピアニストのオッリ・ムストネンなどが現役として大活躍している。

フィンランドは、またムーミンを生んだトーベ・ヤンソンの祖国であり、その翻訳家 山室静の名訳で楽しめる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月18日 (火)

レスピーギの命日に聴く スヴェトラーノフの「ローマ三部作」

1936/4/18レスピーギ(Respighi.Ottorino)没56歳(誕生:1879/07/09)イタリアの作曲家

Roma_trilogy_svetlanov

◎オットリーノ・レスピーギ
  ローマの泉
  ローマの松
  ローマの祭り
    エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 ソヴィエト国立交響楽団
     録音:1980年2月20日 モスクワ国立音楽院大ホールでのライヴ録音

このCDを購入したときの日記 2003年10月27日 (月)  10/26(日)に購入したCD
に、

◆超名演(迷演)と言われ、ヤフーオークションなどで数万円の値段がついたレアCDがリマスタリングされて発売されたものあり。エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のソ連国立交響楽団による、レスピーギのローマシリーズ三曲連続演奏のライヴ録音。もともと異様な曲なのでアッピア街道の松でも別にこういう解釈、怪演があったも不思議ではないと思いながら、フーンという感じで聞いた。こういう異形な演奏を有難がるマニアもいるのだということを実感した次第。ただ、1980年という末期のソ連(1991年崩壊)で、ソ連邦功労芸術家たる指揮者の鬱屈した破れかぶれの感情が表明されているのか。先年彼がN響を指揮した第九は、深沈とした演奏で、葬送曲を聴いているような感じを受けた。

と書いたCDを、今晩のレスピーギの命日に取り出して聴いた。「ローマの祭り」の初演者トスカニーニの規範的といわれる名演のCDも持っているが、今晩は少々解放的な、スヴェトラーノフ指揮を選んでみた。

一曲目の「ローマの泉」は、楽器の生の音が目立ち、木管のソロもあまり上手くない。またオケも指揮者もまだ集中力が欠けているように感じる。LP時代に聞いたオーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団のRCA盤では、オーケストラの音は磨き上げられ、この「泉」は繊細で華麗な響きが楽しめたものだが、スヴェトラーノフ盤にはそれを望むべくもないようだ。

二曲目の「ローマの松」が、このCDを有名にした演奏。
タイミングをトスカニーニと比較してみることで、この演奏の特異さ、ユニークさがよく分かる。

トスカニーニ(1953) 2:35/6:36/6:48/4:53
スヴェトラーノフ   2:44/6:56/7:41/7:09

四曲目、「アッピア街道の松」の極端に遅いテンポと延々と続く長大なクレッシェンドの効果はすさまじいものがある。それが作品の姿を歪めてはいても。スヴェトラーノフが表現しようとしたのは、栄光あるローマの軍隊の行進ではなく、老いたる巨象ソヴィエト連邦の葬送行進曲だったのだろうか。なお、ソ連(ロシア)とレスピーギには意外なつながりがあり、レスピーギは若い頃サンクト・ペテルブルクオペラのヴィオラ奏者としてロシアに滞在しているとき、管弦楽法の大家として知られていた「シェエラザード」のリムスキー=コルサコフに作曲を学び、オーケストレーションの極意を身に着けたといわれている。

三曲目の「ローマの祭り」は、トスカニーニに比べて極端に遅いのは2曲目の「50年祭」 (6:55と8:29)くらい。この曲の凶暴な情景描写は、トスカニーニの方に一日の長があるだろうか?

レスピーギの作品としては、この有名な「ローマ三部作」よりも、「リュートのための古風な舞曲とアリア」の慎ましやかな弦楽合奏の方が親しみ深いかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

歌の喜び

Ombra_mai_fuOperatic_arias

時には、あまり考え込まずに、歌を聴きたいと思って、こんなCDを取り出して聞いてみた。やさしく美しいメロディーや力強い歌が身体を存分に使った解放的な美しい声で歌われるのを聴くと、単純にうれしくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月17日 (月)

先週 映画「男はつらいよ」をBSで見た

この国民的映画にはそれほど関心がなかったが、たまたま点けたNHKBSで、「男はつらいよ フーテンの寅さん ああ、失恋48連発、BS2で」というシリーズを放送しており、視聴者人気投票ベスト3をついつい、家族ともども大笑いしながら観てしまった。

ベスト3は、
第1作「男はつらいよ」 マドンナ:光本幸子、舞台:奈良
第17作「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」マドンナ:太地喜和子、舞台:兵庫県竜野市(三木露風のふるさと)
第15作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」マドンナ:浅丘ルリ子、舞台:北海道(函館、小樽)

リアルタイムで映画館で見たことはなく、ビデオを借りてみたこともないほど関心が薄かった。それでも、じっくり観てみるとこれまで避けてきたマンネリも悪くなく、一種の定点観測的な面白さもあることが分かった。

今は亡き太地喜和子の初々しく華やかで寂しい龍野芸者「ぼたん」の演技は容姿ともども素晴らしかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

隆 慶一郎 「影武者 徳川家康」

Kagemusya1Kagemusya2

隆 慶一郎の小説は、いわゆる「伝奇小説」に分類されるという先入観から、これまで食わず嫌い(読まず嫌い)していたのだが、数ヶ月前の出張の折に、気軽に読める長編小説を物色していてたまたま「捨て童子・松平忠輝」」を手に取ってから、すっかりその世界にはまってしまった。この徳川家康の第六子の数奇な生涯をベースにした奇想天外な時代小説はまったく面白かった。

次に手に取ったのは「花と火の帝」。これは、江戸時代初期に即位された後水尾天皇を主人公にした時代小説で作者の逝去により未完となったもの。「禁中並公家諸法度」や「紫衣事件」など、中学高校の歴史教科書で少し触れられる法令や事件の持つ意味の大きさが描かれ、勉強になる。徳川時代にまったく衰退したように見えた朝廷がなぜ存続しえたのかということを考えさせるきっかけにもなる。何しろ、徳川幕府は、上野に東の叡山(東叡山)をつくり、駿府と日光には、家康を東照大権現(後水尾天皇による勅諡号)という祭神として祭り、皇室の祖神 天照大神 と対抗したという挑戦的な政権だったから。

「一夢庵風流記」は、前田利家の一族前田慶次郎利益のやはり数奇な生涯を描いたもの。上杉景勝、直江兼続ら、他の小説ですっかり親しい存在となった武将の登場も面白い。

そして、この「影武者 徳川家康」は、奇想天外ながらそれなりに蓋然性のある歴史的な推定に基づき、大技・力技でくみ上げられた長編小説。徳川幕府初期の様々な政策、事件の背後にある事件をきっかけとして、思いもよらぬ暗闘が続いていたという設定は、いろいろな意味でまったくはらはらどきどきさせられる。

詳しくは、ネタバレになってしまうが、全体として網野善彦等の新しい中世史学の研究成果を取り入れているのが、面白さでもあり、また何作も読み続けると少しくどいと感じるところではある。その意味では、初めて読んだ「捨て童子・松平忠輝」が一番成功しているように感じた。

しかし、そのようなくだくだしいことを言わずとも、視点の転換と血湧き肉踊る面白さがどの作品にもある。

作者は、東大でフランス文学を専攻、小林秀雄の創元社に入社後、中央大の助教授を務め、その後脚本家として活躍したのち、小説家に転進し、わずか6年ほどの短い期間に多くの時代小説を残してくれた。「花と火の帝」が絶筆となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月15日 (土)

里山ハイキングと ホロヴィッツ シューマン「子どもの情景」

Schumann_horowitz◎シューマン
子どもの情景、他

ウラディミール・ホロヴィッツ(P) 1928年から1977年

勤務先の保養行事の一環の里山ハイキングと野外バーベキューに家族で参加してきた。丹沢山系につながる里山は、今年の早咲きのためすでに桜はほとんど散り、早くも萌黄の装いになっていた。自然観察員のガイドさんの引率で、保養施設の周辺を散策。
春の野の草花
 ホトケノザ、ヤエムグラ、ヒメシャガ、ヒメオドリコソウ、ショカツサイ(オオアラセイトウ、ハナダイコン、ムラサキハナナ)、ムラサキケマン、オオイヌノフグリ、クサノオウ、ヤマブキ(一重、八重)、クサイチゴ、モミジバフウ、タチツボスミレ、マムシグサ、ヤブレガサ、アオキ(イチョウのように木に雌雄がある)、キブシなどを道々観察しながら2時間ほどハイキングを楽しんだ。

特筆すべきは、セイヨウタンポポではない、日本種のタンポポを見ることができたこと。また、日本種のミツバチの自然の巣を見ることができたこと。鹿の食べ跡が分かったこと。また、ユウレイソウ(ギンリョウソウ)らしきものが咲いていたのを見たこと。また、古い桜の木や石碑などに見られる地衣類ウメノキゴケは、酸化硫黄により生育しなくなるため、空気の汚れを見る指標植物なのだというのも勉強になった。

その後は昨年も参加したバーベキュー。今年は、炭火の使い方も少しはうまくなり、鉄板の片方に避難地帯を作るなどして焦げすぎは何とか防げ、結構手際よくおいしく食事ができた。ただ、風が強く冷たいのには閉口した。普段の運動不足のため、すでに筋肉痛が出ている。

さて、CDは、ホロヴィッツ・コレクションのうちの一枚。いわゆるオムニバスもので、作曲家、演奏年代も多岐に渡る。

シューマン 「子どもの情景」作品15 1950年録音。1962年の録音や1987年ライヴの方が有名。1950年録音は少々デリカシーに欠ける気がする。夢見がちな幻想的な風情ではなく、直截的だ。

リストでは、ハンガリアン・ラプソディ第6番(1947年録音)は、アルゲリッチの若い頃の録音で親しんできた曲だが、さすがにホロヴィッツはすごい。少し彼の編曲も加わっているのでは?

意外なのは、ドビュッシーの「子どもの領分」から「人形へのセレナード」(1953年ライヴ)やフォーレの即興曲第5番(1977年ステレオ録音)などのフランスものが結構面白く聞けること。ヴィルトゥオーゾ的過ぎるのだろうが、私にはよかった。その他、メンデルスゾーン、ブラームス、ショパンと多彩。

ピアノ音楽愛好者、ピアニストには、ホロヴィッツの魔力に捉えられる人が多いというが、私の場合は、どうもホロヴィッツのすごさというのがいまいち分からないままでいる。スカルラッティのよさが分かる程度。「展覧会の絵」やトスカニーニとのコンチェルトもどうも魅力を感じないのだが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月14日 (金)

ヘンデルの命日に ヴァイオリン・ソナタ集を聴く(グリュミオー、ラクロワ)

1759/4/14 ヘンデル(Haendel.Georg Friedrich)がイギリスで没74歳(誕生:1685/02/23)ドイツの作曲家
没後、247年。モーツァルトの生誕が1756年で今年は生誕250年祭が盛大に繰り広げられているが、ヘンデルはモーツァルトの3歳のときまで存命だった。モーツァルトがロンドンを訪れたのは、ヘンデルの没後直後だったわけだ。

Handel_op1_grumiaux 

◎ヘンデル ヴィオリンソナタ集 作品1より
第1番イ長調作品1の3、第2番ト短調作品1の10、第3番ヘ長調作品1の12、第4番ニ長調作品1の13、第5番作品1の14、第6番作品1の15
アルテュール・グリュミオー(Vn), ロベール・ヴェイロン=ラクロワ(ハープシコード)
1966年1月2日-5日 アムステルダムでの録音

学生時代、アルヒーフ・プロドゥクティオーン(Archiv Produktion)からミュージックテープが発売されており、このヘンデルの作品1フルートとヴァイオリンのためのソナタも確かバロック・ヴァイオリンのオットー・ビュヒナー(リヒター盤の「音楽の捧げ物」に参加)による演奏だったと思うのだが、購入してよく聞いた。就職してから購入した中古自動車でのドライブにはこのミュージックカセットをよく聞いたものだった。今この録音が入手できないかと、ネットで検索してもこれまでまったくヒットしない。(同じカセットテープシリーズでは、ユゲット・ドレフュスの「フランス組曲」選集も愛聴していた)

さて、このグリュミオーとヴェイロン=ラクロワの演奏は、グリュミオーの美音をたっぷりと聴くことができる録音だ。刷り込み的に耳に残っているミュージックテープの演奏に比べて少々情緒的ではあるが、ヘンデルの悠々とした幅広いメロディーをたっぷりと聴くことができる。

参考:聞き比べサイトはこうありたいと思う素晴らしいサイト。以前から知っていたが、ヘンデルの作品1を検索していてヒットし、改めて読ませてもらった。

-------
2006/05/08
コメントをいただき気がついたのだが、2005年の3月にもほとんど同じ内容の記事をアップしていた。まったくお恥ずかしい記憶力の減退だ。

2006年5月に実家の物置で眠っていたミュージックカセットを発見。確認したところ、メルクスのバロックヴァイオリン、リンデのフルートによる作品1の抜粋版だったことがわかった。ビュヒナーで検索してもヒットしないのも無理はなかった。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006年4月13日 (木)

ルービンシュタインの「謝肉祭」「クライスレリアーナ」

Rubinstein_carnaval_kreisleriana◎シューマン
謝肉祭 作品9             1962年12月3,4日、1963年1月23日録音
予言の鳥(「森の情景」作品82-7) 1961年3月23日録音
アラベスク 作品18          1969年6月16日録音
クライスレリアーナ 作品16     1964年12月28,29日録音

アルトゥール・ルービンシュタイン(P)

narkejpさんの「電網郊外散歩道」の 「ルービンシュタインのシューマン「幻想小曲集」を聞く」という記事を拝見し、「幻想小曲集」を聴きたいと思いながらCD店の陳列を眺めていたところ、同じルービンシュタインの「謝肉祭」「クライスレリアーナ」が目に留まり購入して聴いてみたところ、大変感心した。デ・ラローチャの「謝肉祭」アルゲリッチの気まぐれで神経がピリピリした「クライスレリアーナ」も悪くはないが、ルービンシュタインの余裕のある健やかなシューマンはすごく楽しめる。あまり面白くて、ケンプのシューマン曲集やキーシンの幻想曲、アシュケナージの「森の情景」も取り出して次々に聴いてしまった。

シューマンのピアノの小曲集は一曲一曲が非常に個性的で、聴いているときには忘れがたく思うのだが、私にとっては、次々に「交響的練習曲」「幻想曲ハ長調」「謝肉祭」「アラベスク」「クラスレリアーナ」と聴いていくと、どれがどれだか分からなくなることがある。たとえば、今聞いているクライスレリアーナの第三曲を取り出してきて、どの曲かと尋ねられたら、シューマンであることは分かるがどの曲集のものかを正答できるかは恥ずかしながら自信がない。なぜかシューマンの小曲には非常に惹かれるし、聴いていて楽しい。作品と聴き手の相性のようなものだろうか。

追記:ルービンシュタインの「クライスレリアーナ」の記事

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月12日 (水)

バルトーク ピアノ協奏曲全集 ブロンフマン(p) サロネン/LAPO

Bronfman_salonen_bartok_p_concertos◎バルトーク ピアノ協奏曲第1,2,3番
イェフィム・ブロンフマン(P), エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック

録音 1994/10/17,18 California (1996年グラミー賞
(グラミー賞のサイトでクラシック部門をいろいろ検索してみると、Soltiの受賞の多さが目立つ。)

高校の音楽の授業で「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」を聞いたことはあったが、実質的なバルトーク入門は王道的(?)に「オケコン」と「ルーマニア民族舞曲(VnとP用編曲)」からだった。

傑作弦楽四重奏曲に惹かれてからは、いつのまにかバルトークのCDも増えてきた。とはいえ、バルトークの作品は、決して耳あたりがよかったり聴きやすかったり、いわゆるヒーリング的な癒しにつながる音楽はほとんどなく、アグレッシヴな不協和音や形式的・構成的にも難解な曲が多く、常に対決姿勢的な真剣さを要求され、聴くほうがエネルギー切れの場合には付いていけないこともあり、漫然とは聴けない。そういう意味での集中力の要求度は、ベートーヴェン以上だと思う。そうは言っても、オケコンのフィナーレや弦楽四重奏曲第4番のフィナーレなどの猛烈に疾走する音楽には一種の爽快感やカタルシスを感じるのも確かだし、若き日コダーイとともに東欧の民謡研究に没頭したことに由来があるのだろうが、ときにセンチメンタルとさえいえるような非常に魅力的なメロディーやテーマが聴かれることもあるのも彼の音楽に惹きつけられる理由だろうと自己分析している。

バルトークが名ピアニストだったことは、先日のシゲティとのワシントン・リサイタルのCDでも触れた(パリのルービンシュタインコンクールで、バックハウスに次ぐ第二位!)が、彼の傑作には弦楽器系の曲、ヴァイオリン協奏曲や弦楽四重奏曲などが多いのは不思議だ(ショスタコーヴィチもピアノ演奏をよくしたが、同じくピアノ協奏曲など取り立てての傑作とは言えずむしろヴァイオリン協奏曲の方がすごい曲だし、バルトークと同様に15曲の弦楽四重奏曲がある)。

今回のCDは、ピアノ協奏曲第3番を聴きたくて求めたもの。安定したメカニックを誇るブロンフマンと、天才指揮者サロネンの指揮のものが、一枚で全曲が揃うところが非常にお徳用だと思った。

しかし、バルトークのピアノ協奏曲といえば、私の年代としては、まずはポリーニとアバド/シカゴ交響楽団の録音を挙げることになる。1977年2月に録音された第1番と第2番は、まだバルトークの曲をあまり知らない自分にとっては、完璧なピアニストが、盟友アバドと世界一のヴィルトゥオーゾオーケストラ シカゴ交響楽団と入れた難曲ということで、その演奏のすごさが喧伝され、印象深かった。今聞いてもその迫力は失われていない。(しかし、アバド、ポリーニともこの曲以外のバルトークにはあまり熱心でないようで残念だ。)

第1番、第2番は、ポリーニ、アバドに軍配があがるように思う。決してブロンフマンやサロネンの演奏が悪いわけではないが、どうも漫然と聞けてしまうのが難点だ。ブロンフマンやサロネンにとっては、難曲バルトークも易しすぎるのだろうか。その点ポリーニ盤には全盛期だった70年代の彼の集中力により、ピアノが打楽器として使われたといわれるこれらの曲の迫力がすごい。原色的なピアノの音色やブラスの輝きと力強さもこちらの録音の方が勝っているようだ。

第3番は、アメリカ亡命後の最晩年に作曲され、最後の17小節を残して作曲者が亡くなってしまった作品で、ヴィオラ協奏曲(草稿段階で残されシェルリーにより補筆完成。息子ピーター・バルトークによる補筆完成版もある)と並んでバルトークの白鳥の歌となっている。晩年の特徴である美しいメロディーや分かりやすい新古典主義的な形式で、バルトークの中でも親しみやすい作品だと思う。特に第二楽章の宗教的な調べは印象的だ。ブロンフマンとサロネンの演奏もこの作品がもっとも適しているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

ミシェル・ベロフのスーパーピアノレッスン

少々早く帰宅できたので、NHK教育テレビで19時25分から放映された「スーパー・ピアノレッスン」<<フランス音楽の光彩>> 講師:ミシェル・ベロフを見ることができた。先週から始まっていたらしく、「亜麻色の髪の乙女」は見逃してしまったが、今日は、ラヴェルの「水の戯れ」だった。(以前、ヴァルター・クリーンのモーツァルト、ゲルハルト・オピッツのベートーヴェンなどが放映され、最近では、ピリスのレッスンもあったが、今回のはアントルモン、ルイサダ、トラーゼなどが出演していたシリーズのようだ。)

もちろんこんな高度なテクニックを要する曲は弾けたものではないが、御年55歳にもなったベロフが、自ら実演を交えながら若い女性の生徒に手厳しいレッスンをするのは興味深かった。レッスンを受けている生徒とは言え、素人の耳ではテクニックや音には違いはあるものの、それなりに弾きこなせてはいるのだが、ベロフは、「ホルンのイメージ」、「金管楽器の鋭い音」などの音色的なインスピレーションから、ペダルの踏むタイミング、クレッシェンドなどなど細かく指示を出していた。最後に先生本人の模範演奏があったのだが、フランス?の古いあまり広くない館での録音のためか、以前の冴えたベロフの演奏には聞こえなかった。とはいえ、すっかり右手の故障からは回復した模様で、うれしい。

この後も、フォーレ、サティー、ドビュッシー、メシアンなど興味深いレッスンが繰り広げられるようで、楽しみだ。

なお、放送のあと、ベロフの弾くバルトークのピアノ小品集を聴いた。1970年代のベロフだが、冴えた音はすごい。次にサムソン・フランソワの「水の戯れ」を聴いてみた。こちらは、指回りは確かにたどたどしいが、一編の詩の朗読を聴いたような余韻が残った。

Beroff_bartokFrancois_debussy_ravel

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月10日 (月)

ブラームス ピアノソナタ第1番 レーゼル(P)

Brahms_piano_sonata12◎ブラームス
ピアノソナタ第1番 ハ長調 作品1
同第2番 嬰へ短調 作品2
スケルツォ 変ホ短調 作品4
ペーター・レーゼル(P)
録音 1972年、1973年 ドレスデン・ルカ教会

今年の春はどうも風が暖かくならず寒風にさらされることが多い。少々体調を崩し気味だ。

海老沢敏「巨匠の肖像」(ヴァーグナーからガーシュウィンへ)(中公文庫)を読む。これは、中央公論社刊で、一時期よく書店でみかけたCDブック 「CD世界の名曲」全24巻(1990-1992)の解説として書かれたものを加筆再構成したものだという。(二分冊的で、上にあたるものは、バッハからショパンへ)

取り上げられている大作曲家の紹介は、クロノロジカルな伝記的なものではなく、モーツァルト学者の筆になるだけあり、たとえばブラームス(P.34-54)の項にもブラームス自身がモーツァルトの旧全集版全体の編集者で、就中「レクイエム」の校訂者であり、ト短調交響曲K.550の自筆譜の所有者だったというような思わず「ヘーッ」が出るようなエピソードがちりばめてありなかなか面白い。そのブラームスの項を読み、彼が初めてシューマン家を訪問し、「新しい道」で紹介されるきっかけとなったピアノソナタ第1番を聴きたくなった。確か、以前レーゼルのピアノ作品集を買ったときに収録されていたはずだと思い出し、探してみたところ、あった。

第1楽章 アレグロ(7:53)

第2楽章 アンダンテ(5:12)

第3楽章 スケルツォ(アレグロ・モルト・エ・コン・フオーコ)(4:41)

第4楽章 終曲(アレグロ・コン・フオーコ)(6:53)

この曲はこのCDを入手したときに、一度は聴いたはずだったが、まったく覚えていなかった。が、改めて聴いてみると、重厚な和声ときっちりした形式、スケルツォやフィナーレがcon fuocoという発想表示となっているごとく、火の出るような情熱的なロマンティックな憧れや甘美さ、そして、若き天才の初々しさなどが溢れたさわやかな佳曲だと思う。「処女作にはその創作家のその後に現れる萌芽がすべて含まれる」という評言があるが、この曲の場合にもそれが含まれるようだ。若者のリサイタルなどで、作曲家が老成した後の傑作(たとえばベートーヴェンの後期のソナタなど)を弾くケースが多いが、このような若々しい曲を聴いて見たいものだと思う。

レーゼルは、このドイツ・シャルプラッテン盤で、ブラームスのピアノ独奏曲集を完成させているだけあり、まったく間然とするところがない演奏を聞かせてくれる。1970年代初期の録音だが、ピアノの音色も美しい。

p.s. 2007/7/18  この録音が含まれたレーゼルの独奏録音の廉価盤ボックスが発売されたという記事が「クラシック音楽のひとりごと」にエントリーされていたので、トラックバックを送らせてもらった。このブラームスの独奏曲集も全5巻のうち、第4,5巻が未入手だったので、是非そのボックスを入手したいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 8日 (土)

今日は潅仏会(花祭り)

今日は、釈迦牟尼世尊の誕生日と言われる日。紀元前463年4月8日がその日だといわれる。

潅仏会(花祭り)はインドや中国では古くから行われた行事で、日本でも聖徳太子が摂政を務めた推古天皇時代には行われていてそれが次第に宮中から庶民に広がり民間行事としても盛んになっていたのだというが、現代日本では、マスコミの話題にさえもならなくなってしまっている。そういう自分も、時折思い出す程度でしかない。

かつては、この潅仏会、悟りを開かれた「成道会(じょうどえ)」、そして入滅された「涅槃会」が釈迦の三大法会とされていたという(エンカルタ百科事典)。

長野県の北部では、釈迦入滅の涅槃会(陰暦2月15日)ごろに、「やしょうま」という米の粉を用いた菓子を各家庭で作り、お供えするという風習が今でも残っており、住んでいたころは、そのお相伴に預かったことがあったが、「花祭り」についてはあまり記憶がない。以前ちょうどこの日が土日の休みにあたったときに、訪れたお寺で釈迦の誕生の仏像に甘茶をかけさせてもらったことがある程度だ。

この日にふさわしい音楽は何かと考えたが、どうも西洋音楽ではふさわしいものが思い浮かばなかった。

本日聞いた曲は、モーツァルトの交響曲第35,39番(ヴァルター/コロンビアso)。ヴェーベルン 「ピアノのための変奏曲作品27」&シェーンベルク「ピアノ曲集」(ポリーニ)。

P.S. 後日思い出したが、手持ちではCDはまったくないが、黛敏郎には仏教系の作品が多いようだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 7日 (金)

モーツァルト 歌曲集 白井光子、ハルトムート・ヘル夫妻

Mozart_lieder◎モーツァルト 歌曲集
春へのあこがれ K.596
すみれ K.476
ラウラに寄せる夕べの想い K.523
など21曲収録

白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
1985年8月、1986年5月 ハイデルベルクでの録音

白井光子の名前を初めて知ったのは、音楽之友社の「クラシックレコード総合カタログ」でモーツァルトの宗教曲を見ていたときだったと思う。まだドイツが東と西に分かれていた時代で、東独の指揮者ヘルベルト・ケーゲルがライプツィヒのオーケストラとモーツァルトのミサ曲を録音しており、そのソリストとして何枚かに彼女の名前を見つけたのだった。モーツァルトのミサ曲の録音に起用される日本人歌手とはどんな人だろうと関心をもった。(モーツァルト愛好家には、ケーゲルの名前はこのミサ曲集の指揮者ということで知られていたが、ドイツ統一の直前か直後彼がピストルにより命を絶ち、その後彼の様々なオーケストラ指揮の録音が発掘され、その特異さが注目を浴びた頃には、むしろ意外の感に襲われたものだった)。

さて、このCDは、前回のモーツァルトイヤー1991年の前に録音、発売されたもので、店頭で白井光子の名前を見て購入したものだった。その後、モーツァルトイヤーには、前述のケーゲル指揮のミサ曲集を含む録音が、フィリップス=小学館のモーツァルト全集に収録され、白井光子の歌唱をそこでも聞くことができるようになった。

白井光子の声は非常に柔らかいメゾ・ソプラノで、低い音域に少々癖が感じられるが、高い音域は伸びやかで美しい。ドイツ語の発音のよしあしについてはあまり分からないが、非常に正確だということを読んだことがある。

このCDに収められたリートは、1775年K.152(K~6 210a)から死の年のK.596「春への憧れ」,K.597「春のはじめに」まで。珍しい K.Anh.26 (K~6 475a)「私はひとりぼっちで」(断片)も聴くことができる。

これらの曲で、やはり白眉は「すみれ」K.476 と 「ラウラに寄せる夕べの想い」K.523だろうか。前者の「すみれ」は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの詩によるもの。後者は、作者不詳とも言われるがヨアヒム・ハインリヒ・カンペという人の作品だと考えられている。

この「すみれ」については、pfaelzerweinさんの"Wein, Weib und Gesang" の「 ローアングルからの情景」で詳しい内容が読める。(詩の最後の一節は、モーツァルト自身の追加「かわいそうなすみれよ!それは本当にかわいいすみれだった」)

P4010083

「夕べの想い」は、1787年ロンド・イ短調、ハ長調、ト短調の弦楽クインテット、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と「ドン・ジョヴァンニ」の年の作品。「クローエに」など数曲のリートが続けて作曲されている。「夕べの想い」の詩は、自分の死が近づいた予感と、死後に自分の墓前に詣でる知人たちに「一本のすみれ」とひとしずくの涙をささげてくれればそれが何よりものはなむけになるという、静かな悟りの心境が歌われており、「死は身近な友である」というモーツァルトの死生観を示すかのように、歌もピアノも淡々としたモノローグを慎ましく奏でる。

白井光子の夫君 ハルトムート・ヘルのピアノは、しっかりと妻の歌唱を支えているという風情だ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月 6日 (木)

ストラヴィンスキー 詩篇交響曲、交響曲ハ長調 ネーメ・ヤルヴィ スイス・ロマンド管弦楽団

4/6/1971 ストラヴィンスキー(Stravinsky.Igor Feodorov)が心臓麻痺のためニューヨークの自宅で没88歳(誕生:1882/06/17)「ペトルーシュカ」「春の祭典」などを作曲した近代作曲家

Stravinsky_jarvi

◎ストラヴィンスキー
1.詩篇交響曲 Symphony of Psalms(1930)
  Exaudi orationem meam, Domine 主よ、我が祈りを聞かせたまえ
  Expectans expectavi Dominuim 私は主を忍耐して待ちうけた
  Alleluja, laudate Dominum ハレルヤ、主を褒め称えん
    1993年6月17-19日録音
  ロマンド室内コーラス、ローザンヌ・プロ・アルテ・コーラス、ル・ブラッスス・コーラス協会

2.ピアノと管楽器のための協奏曲(1950)
ボリス・ベルマン(P)
    1993年6月29日録音

3.交響曲ハ長調(1940)
    1993年6月21-24日録音

ネーメ・ヤルヴィ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

息子パーヴォ・ヤルヴィは昨年来日、NHK交響楽団の定期演奏会に登場して、先日のN響アワーのリスナー投票で年間コンサートの上位に入ったが、このCDは、父ネーメ・ヤルヴィが珍しくスイス・ロマンドを指揮したストラヴィンスキーの新古典主義時代(1920-1950)もの。

スイス・ロマンドは、エルネスト・アンセルメが長年常任指揮者をつとめ、フランス音楽や当時の現代音楽であるストラヴィンスキーなどを得意のレパートリーとしていた。パンフレットに掲載のヤルヴィ自筆のメッセージによれば、このオール・ストラヴィンスキープログラムを手兵のイエテボリ交響楽団ではなく、スイス・ロマンドで録音したのはストラヴィンスキー、アンセルメへのオマージュ、そして1993年のスイス・ロマンドの75周年のためだったという。

ペルゴレージの模倣的なバレエ「プルチネラ」、オペラ・ブッファ「マヴラ」、オペラ・オラトリオ「エディプス王」、バレエ「ミューズを率いるアポロン」、メロドラマ「ペルセフォネ」、「カルタ遊び」「ダンバートン・オークス協奏曲」(変ホ長調)、「エボニー協奏曲」、バレエ「オルフェウス」、「ミサ曲」、オペラ「道楽もののなりゆき」、それにこのCDに収められた曲など新古典主義時代のストラヴィンスキーは、あまり聴いたことはないものの、題名はよく目にするものが多い。ロシア時代のバレエ三部作ほど人気がないが、このCDで聴ける三曲など、練達のオーケストレーションもあり、結構面白く聞ける。

このような新古典主義の時代を経過して、亡くなる直前まで、シェーンベルクの音列技法とセリー音楽に傾倒し、創作活動をしたというのだから、驚かされる。

現代芸術の世界では、画家ピカソの長寿と多様に変遷した様式と、ちょうどパラレル位置にある音楽界の巨人的な存在だったのであろう。20世紀という時代が初めて生み出し得た空間的、(遡及的)時間的な拡大を象徴するかのようだ。

晩年のストラヴィンスキーは、米国で自作自演の録音全集をCBSに残しており、今でもCDで聴くことができる。残念ながら自作自演必ずしも名演ならずの典型のようだが、それでも作曲者がどのようなイメージを持っていたかは音として確認できる。

P.S. 今回のCDを含んだネーメ・ヤルヴィ/SROによるストラヴィンスキーの選集がCHANDOSから発売されており、現在も入手可能。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 5日 (水)

モーツァルト 木管楽器協奏曲集 カラヤン/BPO

Karajan_mozart_concertos_1

◎モーツァルト
クラリネット協奏曲 イ長調 K.622 カール・ライスター(Cl)
オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314 ローター・コッホ(Ob)
バスーン協奏曲 変ロ長調 K.191 ギュンター・ピースク(Fg)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ヘルベルト・フォン・カラヤン

1971年8月 スイス、サンモリッツ(サン・モリッツ)、フランス教会

このCDを聴きながら、みー太さんの「みー太の音楽日記」を拝見するとちょうど今日がカラヤンの誕生日だと知り、奇遇だと思った。

サン・モリッツと言えば、確かカラヤンの別荘があった場所ではなかったろうか?夏の休暇シーズンに、避暑地サン・モリッツでのセッションで録音されたものだろう。ソリストは、いずれも有名なベルリン・フィルの首席奏者たち。

ライスターやコッホはもちろん見事だが、あまり聴く機会のない、ファゴット協奏曲が自分にとっては一番面白かった。第二楽章の冒頭などは、「フィガロ」のアリアのようだし、全体としてK.191(186e) 1773年 モーツァルト17歳の作品とは思えないプロポーションのよさを感じる。ファゴットも相当細かいパッセージを演奏しており、聴き応えがある。もっともこの年には、有名なアレルヤが終楽章のモテット「エクスルターテ・イウビラーテ」K.165(158a)なども作曲しており、また小ト短調交響曲第25番K.183(173dB)もこの年の作品なので、そう不思議がることもないのだろうが。ブラインドテスト的にこの曲の年代を聴かれたら多くの人がもっと後年の作品だと回答するのでははかろうか。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

吉田秀和氏 復帰 「レコード芸術」で

帰路、駅前の書店で、隆慶一郎の「影武者徳川家康」(上)(新潮文庫)をもとめる。

そのついでに、雑誌の棚を見ていたら、レコード芸術の4月号が、モーツァルト特集をやっているのが目に留まり手にとってみたところ、なんと ●[新企画]吉田秀和「之を楽しむ者に如かず」 という題名が表紙に出ているではないか。

手にとって少し内容を読んでみたところ、吉田秀和氏が長文の文章を載せており、そこには、東京までオペラを見に行ったことなどが書かれていた。高齢ゆえに、朝日新聞の夕刊「音楽展望」での休筆のお知らせを読んだときには、もうその謦咳に接する(直接ではないが)ことができなくなるのではないかと危惧したのだが、復帰されて本当によかった。

ちょうど休筆された頃は、C.クライバーが逝去した頃で、クライバーの指揮活動の少なさ、レパートリーの少なさなどについて書いてみたいというようなことを読んだので、休筆中の音楽界へのコメントなども読んで見たいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火)

ヴァルター/VPO 1955年ライヴ 「プラハ」、マーラー第4交響曲

Walter_mahler4

◎モーツァルト 交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」 
 マーラー 交響曲第4番 ヒルデ・ギューデン(S) ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ブルーノ・ヴァルター指揮

 1955年11月6日 ヴィーン、ムジークフェライン大ホールライヴ録音
DG ヴィーンフィル 150周年 記念集の一枚(ソニークラシカルの好意による収録)

ナチによるユダヤ人への迫害の難を逃れて米国に亡命していたヴァルター(Bruno Walter)は、戦後1948年にヴィーンを再訪し、ヴィーンフィルとの再会を果たした。その後、たびたびヴィーンフィルを指揮したヴァルターの指揮は、1952年5月18日のモーツァルトの交響曲第40番のライヴ(ソニー)、1952年5月のマーラー「大地の歌」のスタジオ録音(デッカ)、1956年のモーツァルト交響曲第25番のライヴ(ソニー)などで聴くことができるが、このヴィーンフィル創立150年記念盤に含まれるモーツァルトとマーラーもヴァルターの得意のレパートリーを聞ける貴重なものだ。

「プラハ」交響曲の方は、ソニー盤の25番や40番の両ト短調の濃厚なデモーニッシュでロマンティックな表現に比べると、古典的な均整感のある音楽に仕上がっていると感じる。

一方、マーラーの第四番は、マーラーの中では編成が小規模で、室内楽的なアンサンブルにより、古典的な演奏がよく聴かれる曲だが、ヴァルターとVPOという、マーラーの弟子とマーラーの楽団による演奏は、透明で耽美的な音響(特に濡れたような艶のヴァイオリン!)を用いながら、突発的な強調やテンポの変化により、結構劇的で表現主義的な表現になっている。ギューデンは、エーリヒ・クライバーの「フィガロ」1955年録音でスザンナを歌った当時のヴィーン・シュターツ・オーパーの名花といわれたソプラノ。

録音は、残念ながらモノーラル。それでも上記のようにヴィーンフィルの艶っぽい音色はよく聞き取れる。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

デザインの変更

今回のココログのバージョンアップにより、デザインの変更の自由度が拡大したのに気がつき、早速試してみた。

これまで小さかった本文の文字もフォント指定が可能となり、多少読みやすくなった。ただ、そうなると画像が文字に比べて小さすぎるように感じる。なかなか難しいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 3日 (月)

ブラームスの命日に聴く「ドイツ・レクイエム」

1897/4/3 ブラームス(Brahms.Johannes)没63歳(誕生:1833/05/07)ドイツの作曲家
Karajan_brahms_requiem_1
◎ブラームス ドイツ・レクイエム 
アンナ・トモワ=シントウ(S),ジョゼ・ファン・ダム(Br),ヴィーン合唱協会(ヘルムート・フロシャウワー)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 (1976年9月10月録音)

2ヶ月ほど前に購入したセットに入っていたのだが、これまで聴く機会のなかったCDをブラームスの命日である今日聴くことにした。

1. Selig sind, die da Leid tragen (マタイ伝5.4) 合唱 ヘ長調 
    悲しんでいる者たちは幸いである。

2. Denn alles Fleisch es ist wie Gras(ペテロ 1.24) 合唱 変ロ短調、変ロ長調
    人は皆草に似て。

3. Herr, lehre doch mich(詩篇 39.5) バリトン,合唱 ニ短調、ニ長調
    主よ、私に教えてください。

4. Wie lieblich sind deine Wohnungen(詩篇 84.2) 合唱 変ホ長調
    あなたの住まいはいかに美しいことか。

5. Ihr habt nun Traurigkeit(ヨハネ 16.22) ソプラノ、合唱 ト長調
    あなた達も今や不安がある。

6. Denn wir haben hie keine bleibende Statt(ヘブル 13.14) バリトン、合唱 ハ短調、ハ長調
     この地上に永遠の都はない。

7. Selig sind die Toten(黙示録 14.13) 合唱 ヘ長調
    今から後、主にあって死ぬ者は幸いである。

このCDにも、ドイツ・シャルプラッテン盤のヘルムート・コッホのCDにも歌詞対訳がついていないが、ネットで検索したところ、Wandrers Wirtshaus というサイトに対訳があったので、参照させていただいた。また、こちらも参考になる(ウムラウト標記つき)。

なお、ブラームスがラテン語による「レクイエム」ではなく、ドイツ語による「レクイエム」を作曲したのは、ハンブルク生まれのブラームスがルター派の新教徒だったことに理由があるのだという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 2日 (日)

4月の音楽史カレンダー

歴史データベース on the Webのデータによる

4/1/1873 ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ(Rachmaninoff.Sergei)誕生
4/1/1917 ジョプリン(Joplin.Scott)没48歳(誕生:1868/11/24)黒人ピアニストで作曲家「ラグ」を作曲した
4/3/1850 トマーシェク(Tomasek.Vaclav Jan)没75歳(誕生:1774/04/17)作曲家
4/3/1895 カステルヌオーヴォ=テデスコ(Castelnuovo-Tedesco.Mario) 誕生 作曲家「マンドラゴーラ」を作曲した
4/3/1897 ブラームス(Brahms.Johannes)没63歳(誕生:1833/05/07)ドイツの作曲家
4/3/1950 ワイル(Weill.Kurt)没50歳(誕生:1900/03/02)ドイツの作曲家
4/3/1972 グローフェ(Grofe.Ferde)没80歳(誕生:1892/03/27)「グランドキャニオン」などを作曲したアメリカの作曲家
4/4/1752 ツィンガレリ(Zingarelli.Nicola Antonio) 誕生 作曲家「ジュリエッタとロメオ」を作曲した
4/5/1784 作曲家シュポーア(Spohr.Louis)がブラウンシュヴァイクに誕生 「イェッソンダ」を作曲した作曲家
4/6/1779 トラエッタ(Traetta.Tommaso)没52歳(誕生:1727/03/30)「アンティゴネ」の作曲家
4/6/1971 ストラヴィンスキー(Stravinsky.Igor Feodorov)が心臓麻痺のためニューヨークの自宅で没88歳(誕生:1882/06/17)「ペトルーシュカ」「春の祭典」などを作曲した近代作曲家
4/8/1692 イタリアの作曲家タルティーニ(Tartini.Giuseppe)誕生
4/8/1848 ドニゼッティ(Donizetti.Gaetano)没50歳(誕生:1797/11/29)イタリアの作曲家
4/9/1598 クリューガー(Crueger.Johannes) 誕生 オルガン奏者で作曲家「イエスわがよろこび」を作曲した
4/9/1846 トスティ(Tosti.Francesco Paolo) 誕生 作曲家「トスティのセレナード」を作曲した
4/9/1906 ドラティ(Dorati.Antal) 誕生 指揮者で作曲家
4/10/1997 黛敏郎が肝不全のため川崎市の病院で没68歳(誕生:昭和4(1929)/02/20)「涅槃交響曲」などを作曲した作曲家で、テレビ「題名のない音楽会」の司会で才能を発揮した
4/11/1904 ブリアン(Burian.Emil Frantisek) 誕生 作曲家で演出者「やぶ医者」を作った
4/11/1916 ヒナステラ(Ginastera.Alberto) 誕生 作曲家「ボマルソ」を作曲した
4/12/1716 ジャルディーニ(Giardini.Felice) 誕生 ヴァイオリニストで作曲家
4/12/1722 ナルディーニ(Nardini.Pietro)誕生 作曲家でヴァイオリニスト
4/12/1880 ヴィエニアフスキー(Wieniawski.Henryk)没44歳(誕生:1835/07/10)ヴァイオリニストで「モスクワの思い出」などを作曲したポーランドの作曲家
4/13/1810 ダヴィッド(David.Felicien) 誕生「砂漠」を作曲したフランスの作曲家
4/14/1655 キンダーマン(Kindermann.Johann Erasmus)没39歳(誕生:1616/03/29)宗教歌曲、劇音楽の作曲家
4/14/1759 ヘンデル(Haendel.Georg Friedrich)がイギリスで没74歳(誕生:1685/02/23)ドイツの作曲家
4/15/1651 ガブリエーリ(Gabrielli.Domenico) 誕生 チェロ奏者で作曲家
4/17/1741 ナウマン(Naumann.Johann Gottlieb) 誕生 作曲家で指揮者
4/17/1774 トマーシェク(Tomasek.Vaclav Jan) 誕生 作曲家
4/17/1882 シュナーベル(Schnabel.Artur) 誕生 ピアニストで作曲家
4/18/1604 カリッシミ(Carissimi.Giacomo)誕生 イタリアの作曲家
4/18/1819 スッペ(Suppe.Franz von) 誕生 オーストリアの作曲家
4/18/1936 レスピーギ(Respighi.Ottorino)没56歳(誕生:1879/07/09)イタリアの作曲家
4/19/1982 大中寅二、没85歳(誕生:明治29(1896)/06/29)「椰子の実」を作曲した作曲家
4/19/1986 ヴィレーン(Wiren.Dag)没80歳(誕生:1905/10/15)作曲家
4/22/1658 トレリ(Torelli.Giuseppe) 誕生 作曲家でヴァイオリニスト
4/22/1776 シャイベ(Scheibe.Johann Adolph)没67歳(誕生:1708/05/03)作曲家で音楽理論家「理論的・実践的音楽提要」を著した
4/22/1858 スマイス(Smyth.Dame Ethel Mary) 誕生 歌劇「ファンタジオ」を作曲したイギリスの女流作曲家
4/23/1715 ドーレス(Doles.Johann Friedrich) 誕生 ドイツの作曲家でオルガン奏者
4/23/1891 プロコフィエフ(Prokofiev.Sergei) 誕生 ソ連の作曲家
4/24/1706 マルティーニ(Martini.Giovanni Battissa) 誕生 作曲家「対位法譜例集」を著した
4/24/1721 キルンベルガー(Kirnberger.Johann Philipp) 誕生 音楽理論家で作曲家
4/25/1968 万城目正、没63歳(誕生:明治38(1905)/01/31)作曲家
4/26/1924 ヘンリー・マンシーニ(Mancini.Henry) 誕生「ムーン・リバー」や「シャレード」などの映画音楽の作曲家
4/27/1915 スクリャビン(Skriabin.Alexander)没43歳(誕生:1872/01/06)ロシアの作曲家
4/28/1992 メシアン(Messian.Olivier)没83歳(誕生:1908/12/10)作曲家「トゥランガリラ交響曲」を作曲した
4/30/1852 [ロシア暦4月18日]ロシアのピアニストで作曲家のアントン・ルビンシテインのオペラ「ドミトリー・ドンスコイ」がサンクト・ペテルブルクで初演される
4/30/1855 ビショップ(Bishop.Henry)没68歳(誕生:1786/11/18)作曲家で指揮者「埴生の宿」を作曲したスタンフォード大教授
4/30/1870 レハール(Lehar.Franz) 誕生 オーストリアの作曲家

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花見 と シューマン「カルナヴァル(謝肉祭)」ラローチャ

今シーズンの寒さにもかかわらず、関東南部では、東京でも横浜でも、平年よりも一週間も早くちょうどこの前の春分の日ごろにソメイヨシノが開花し、4月1日ごろがほぼソメイヨシノの満開だった。梅の開花は、この冬の寒さの影響でこの近所でも少なくとも一ヶ月近く遅れたし、その後も肌寒い陽気が続いていたのに、この開花の早さは気象的にはどういうことなのだろう。又聞きなのだが、植木屋さんなどは今年はやけに地熱が高いようだと言っているようだが、それも関係しているのだろうか?

今日日曜日は天気が崩れるという予報が出ていたため、昨日の土曜日は各地の花見の名所はいつも以上の人出だったようだ。我が家でもその人出の一角を担い、電車とバスを乗り継いで(少々アルコールを入れる予定だったのと駐車場不足のため)花見の名所とされる県立公園に出かけてきた。池の周囲に1500本ほどの桜が植樹され趣のある公園だが、普通の名所と違い県が管理しているせいか、園内には露店もなく、ぼんぼりもなく、BGMも流されていないため、花見客は多いとは言え、いたって静寂な雰囲気の公園だった。
P4010079

花見といえば、豊臣秀吉の最晩年の「醍醐の花見」の園遊会を、何冊かの歴史小説で読んだが、すでに安土桃山時代にはすっかり桜の花の下で宴を張るのが「花見」だったのだろうか?

西行法師「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」と歌い、みちのく平泉の中尊寺や高館の北上川の対岸「聞きもせじ束稲山 の桜花吉野の外にかかるべしとは」と「たばしねやま」の桜を愛でた。坂口安吾も梶井基次郎も桜へのオマージュをささげている。

長い冬の終りと春の訪れを告げる桜の開花は、稲作にとって農事暦としての意味があったというし、満開の桜は米の豊作につながるものとして崇められたというので、古くは農耕に関わる祭事としての意味あいがあったのだという。

ところで、帰宅後急にシューマンの「謝肉祭」を聴きたくなり、一枚だけ所有しているアリシア・デ・ラローチャの「謝肉祭」を取り出して聴いた。Schumann_carnaval_1

図解音楽事典 P.112,113の解説によると
 シューマンのかつての婚約者エルネスティーネ・フォン・フリッケン(「エストレッラ」)の出身地ボヘミアの小都市ASCHの音型とシューマンの名前に含まれるASCHと同じ音を持つSCHAに基づく下記の3つの動機(イデー)に関連した小曲からなっているという。

スフィンクスNo.1:SCHumAnn S(Es)変ホ Cハ Hロ Aイ 
スフィンクスNo.2:AsCH As変イ Cハ Hロ
スフィンクスNo.3:ASCH Aイ S(Es)変ホ Cハ Hロ

1.前口上      スフィンクスNo.2
2. ピエロ       スフィンクスNo.3
3. アルルカン        〃
4. 高貴なワルツ      〃
5. オイゼビウス       〃
6. フロレスタン       〃
7. コケット          〃
8.応答         No.1
9. パピヨン       No.3
10.A.S.C.H-S.C.H.A    No.2
11.キアリーナ      No.2
12.ショパン       No.2
13.エストレッラ     No.2
14.再会         No.2
15.パンタロンとコロンビーヌ 
             No.2
16.ドイツ風ワルツ パガニーニ 間奏曲
             No.2
17.告白         No.2
18.プロムナード     No.2
19.休息      No.2
20.ペリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進曲
             No.1

音感のない私には聞いただけでは、これらのスフィンクスがどこに隠れているのかは分からないが、これらの性格的小品による仮面舞踏会は大変魅力的だ。

さて、先日、リオ・デ・ジャネイロのカーニヴァルの模様が放送されたことがあったので、そういえば謝肉祭は今頃だっただろうかと調べてみた。

Wikipedia の「謝肉祭」はこれ
 
カトリックの行事ということで、日本ではどうかと調べてみたのが、これ。 2006年カトリック教会の行事予定 
    日本では謝肉祭は教会行事としてはないようだ。

2006年 リオのカーニヴァルの記事をネットで探したら、よくまとまっていたのはこれ。 

今年のリオのカーニヴァルは、2月26日から2月28日だったようだ。

謝肉祭の起源は、どうもケルト、ゲルマンのヨーロッパ古層の(キリスト教からすれば異教的な)年中行事が後のローマンカトリックに取り入れられたもののようだ。冬の終りと春の始まりを祝う祭りということで、自然宗教的には日本の「花見」と共通点があるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 1日 (土)

モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」 ガーディナー

Monteverdi◎Claudio Monteverdi Vespro della Beata Vergine(1610)
(Vespers of the Blessed Virgin / Marien Vesper / Vepres de la Vierge)

& Magnificat a sei voci

1. Deus in adiutorium 主よ逆境にある私に目を向けたまえ
2. Psalmus:Dixit Dominus    主が我が主人に言った
3. Concerto: Nigra sum      私は黒い
4. Psalmus:Laudate pueri    しもべよ誉めよ
5. Concerto:Pulchra es     そなたは美しい
6. Psalmus:Laetatus sum 私は喜ぶ
7. Concerto:Duo Seraphim 二人の熾(し)天使が
8. Psalmus:Nisi Dominus もし主が
9. Concerto:Audi coelum 天よ、聞け
10.Psalmus:Lauda Jersalem エルサレムよ誉めよ
--
11.Sonata sopra Sancta Maria 聖なるマリアよ
12.Hymnus:Ave maris stella めでたし、海の星よ
13a.Magnificat(7声の)(私の魂が主を)誉める

13b.Magnificat(6声の)<<現在では通常13aが演奏される>>

The Monteverdi Choir, The English Baroque Soloists,etc.
John Eliot Gardiner

1989年5月 ヴェネチアのサン・マルコ大聖堂でのライヴ録音(6声のマニフィカトは1989年7月ロンドンでの録音)

クラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)は、ヴェネチアの作曲家。1613年からはサン・マルコ教会の楽長。オペラ「オルフェオ」「ポッペアの戴冠」、多数のマドリガーレを作曲し、ルネサンスからバロックへの扉を開いた巨匠。(ちょうどその頃イングランドでは、シェークスピア(1564-1616)が活躍していた。)

このCDに収録された「聖母マリアの夕べの祈り」(「聖母マリアの晩課」)は、「祝福された処女(=聖母マリア)の晩祷」の名前から分かるように、ローマン・カトリックの晩課のための音楽。器楽の伴奏が用いられ、メリスマが多用される歌唱は、調和の取れたパレストリーナ的なルネサンスの音楽に比べて少々時代が下るだけだが、まさに「歪んだ真珠」的な、いびつながら多彩な「バロック音楽」の先駆といえるのだろう。

音楽辞典によると、「第一作法」古い対位法的なポリフォニー パレストリーナ様式 と「第二作法」ひとつまたは複数の(独唱)声部と通奏低音による協奏様式とを対置させているというが、その実例がこの「夕べの祈り」とのことだ。(「図解音楽辞典」p.303)
典礼的な演奏では、上記の曲目中のコンチェルトや楽器を伴わず、また終曲のマニフィカトもオルガン伴奏のみの13b.を演奏するようにモンテヴェルディが構成したのだという。

いまやピリオドアプローチのみならず最も注目されている指揮者の一人がこのガーディナーだが、彼の原点は、The Monteverdi Choir の名前が示すように、モンテヴェルディのこの作品の演奏だという。

この録音は、その彼の二回目の録音で、モンテヴェルディが楽長を務めた、ヴェネチア(ヴェニス)のサンマルコ大聖堂内でライブ録音されたもの。同時に映像も収録された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »