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2006年4月21日 (金)

セル/クリーヴランド管弦楽団による「オケ・コン」「シンフォニエッタ」

Szell_bartok_janacek

バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Sz116 (1965年1月15,16日録音)
ヤナーチェク シンフォニエッタ (1965年10月15日録音)
ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

セル没後30周年で発売されたおりにもとめたCD。セルのCDは比較的多く所有しているが、その中でも気に入っているもののひとつ。輝かしく透明感があり、精緻でかつリズミックな推進力のある熱い演奏を聴くことができる。

バルトークは、終楽章にセルの独自の「解釈」または「改変」により、バルトークの残した原曲にカットおよび追加されていることで、少々「悪名」が高い録音ではある。しかし、演奏の素晴らしさはなかなか比較の対象が見つからないほど。ホームページやこのブログでも書いたが、一時期この「オケ・コン」に凝ったことがあり、ショルティ、オーマンディ、マゼールなどの演奏で聞き比べを楽しんだ。現在でもCDで、ライナー/CSO, ブーレーズ/NYPを聴くが、それらと比べても、この演奏の精度の高さは大変なものだと感じる。

「シンフォニエッタ」は、学生時代に、ノイマン/チェコフィルの演奏する冒頭のファンファーレの土俗的で開放的な響きを聞き参ってしまった曲なのだが、このセル盤はその記憶にもまして素晴らしい。ヤナーチェクの非常にユニークに聞こえるオーケストレーションをセルとクリーヴランド管弦楽団は、独特の土臭さは残しながら、洗練された音色や演奏法で再現しているように思う。聴いていて心が躍るような境地に入る。すでに、「利口な女狐の物語」でも親しいものになったヤナーチェクの本当に個性的な音楽が1960年半ばの、クリーヴランドで奏でられていたというのも面白い。セルは、ハンガリー出身だが、母方の家系はチェコ系だったと聴いたことがある。それゆえ、彼のチェコの作曲家の演奏が、整然としながらも熱い血潮を感じさせるのだという説を聞いたことがあるが、この「シンフォニエッタ」もその仲間になるのだろうか?

P.S. 「がまだす」というBLOGにセルのプロコフィエフの第5交響曲とバルトークの「オケコン」の記事を発見して、トラックバックを送らせてもらった。以前発売されていたセルの音盤と最近の没後30年のリマスタリングやヘリテージシリーズでは相当音質が違うようだ。

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コメント

バルトークの「管弦楽のための協奏曲」、ふだんはライナーとシカゴ響で聞いてますが、セルの演奏もいいですね。この録音の翌年、1966年の3月24日に、クリーヴランドの定期でやはりこの曲を取り上げています。きっと、お得意のレパートリーだったのでしょう。

投稿: narkejp | 2006年4月23日 (日) 16:10

narkejpさん、コメントありがとうございます。このセルの没後30年のリマスタリングされたCDは、それまでのセルの録音よりも潤いがあるようで音質的に「改善」されていて聴きやすいものになっています。(そのリマスタリングがセルやクリーヴランド管の意図に沿っているかは別にして。)このCDのバルトークとヤナーチェクなどはヘッドフォンで聞くと余計その精密な演奏が分かる気がします。

バルトーク、セルやオーマンディ、ライナーは同時期にアメリカに亡命、移住してきたようですね。クーセヴィツキーの依頼といわれているオケコンですが、その背後にはシゲティ、ライナーの存在があったといわれています。セルはどうだったのか気になるところです。オケコン、原曲のまま演奏していてくれたならと思いますが・・・

投稿: 望 岳人 | 2006年4月23日 (日) 17:08

>オケコン、原曲のまま演奏していてくれたならと思いますが・・・
うふふ。お気持わかりますが、それならライナーの演奏で充分のような(^_^;)>poripori
「クラシック音楽へのおさそい〜ユング君のホームページ」では、こんな解釈でした。私もこのへんが真相かな、と思っています。
http://www.yung.jp/szell/szell6.htm

投稿: narkejp | 2006年4月23日 (日) 21:10

narkejpさん、コメントありがとうございます。
ご紹介の「クラシック音楽へのおさそい〜ユング君のホームページ」を拝読しました。なるほどという感じです。バルトークは、年代から言って少し年上のハンガリーの先輩ですから同時代の作曲家としてそのようなことがあってもという気もしないではないですが、それならば「神」R.シュトラウスや、アメリカ初演を手がけたウォルトン、プロコフィエフなどにそういうことをなぜしなかったのかという疑問も湧いてきます。楽譜に忠実か否かという論点とは少々違うのではないか、と。(クレンペラーがスコットランド交響曲の終楽章の和声を変えたという例もありますが)。セルとバルトークとの関係がどうだったのか興味が出て来ました。

投稿: 望 岳人 | 2006年4月24日 (月) 22:48

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