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2006年5月12日 (金)

ファンタジー文学の映像化が相次ぐのは・・・ 「ゲド戦記」

子ども向きの本を読むなどと、少々貶めたような書き方をしたが、もともとファンタジー文学はマイ・フェイヴァリッツのひとつで、それほど多くはないが自分の子どもがそれらを読む年代になってからも折をみて読んでいる。

小学生の何年生のときだったか、いまや日本ファンタジーの傑作のひとつと評されるようになった、佐藤暁(さとる)「誰も知らない小さな国」を両親に買ってもらったのが、本格的なファンタジーへの入門だったかと思う。その後、続編を合わせての4部作を読み、しばらくそこから離れてはいたが、比較的最近エピローグを文庫本で入手して読み、少年時代への愛惜ゆえにか涙が出るほど感動してしまったのには、われながら狼狽えてしまった。日本神話に登場する少彦名命(すくなびこなのみこと)=アイヌのコロボックル伝説を素材としたファンタジーだが、ユートピアとしても国家内国家の物語としても読みうる。現代日本の激変する社会の中、「小さな国」が今でも人々の心の中には存続しているのだろう。

学生時代の政治学史ゼミの恩師は、プロテスタントの立場からリベラルな発言をされてきた方だが、当時の学生の読書経験の少なさを嘆かれて少年時代から読書の喜びを体験させる入り口として、良質なファンタジーを読むことを薦める岩波の少年向け新書などを書かれたこともあり、その影響下、当時話題となっていた、ドイツ人作家のミヒャエル・エンデ(その貴重な資料が日本でも見られる)の「終わりのないはてしない物語」「モモ」「ジム・ボタンの冒険」などを読み、そして、アメリカ人女流作家(「闇の左手」などでSF作家としても著名な)アーシュラ・ル・グインの「ゲド戦記」(当初は3部作だった)を読む機会を得た。恩師の読書観は、読書した後には、その世界観、人生観に何らかの変化があるのが、本当の読書であり、単なる娯楽のための読書とは一線を引くのがその主張の要点だった。(その観点から自分の読書、音楽への接し方を顧みると内心忸怩たるものがある。)その意味で、当時の「ゲド戦記」3部作の、人間の負の面との共存、因習的な生き方からの脱出、死を拒否することと死を受け入れること、そして全編を通じての「力の均衡」は、青年向けの「教養小説」として人生論的にも興味深いものだった。

学生時代から相当年数が経過し、2000年ごろから、ファンタジー文学ブームが、あのハリー・ポッターシリーズの刊行によって、堰を切ったかのように全世界的に巻き起こり、ハリー・ポッターの映画化(*)が開始され、その後、相次いでイギリス系のファンタジーの名作と言われている「指輪物語」が壮大なスケールで映画化され、その映画公開が終了した後、今度は「ナルニア国物語」が映画化された。また、近年イギリスで人気を集め、翻訳も出ているフィリップ・プルマンの「黄金の羅針盤」シリーズも映画化が決まったというニュースが出ていたのも記憶に新しい。(先日記事を書いた、「チャーリーとチョコレート工場」もファンタジーの映像化という点では同一線上にあるのだろう) このようなファンタジーの映画化の背景には、ディジタル技術による映像技術の進展があるのだろうが、そのまた背景には世界が人々がそのようなファンタジーを欲しているということもあるのだろう(ファンタジー映画の嚆矢としては、「オズの魔法使い」、「不思議の国のアリス」、「ピーター・パン」などがあるが)。

(*)映画化は、作者の当初の信念=テレビゲームの世界から読書の世界に子どもたちを呼び戻す=に反するのに、作者自身相当コミットしているらしい。さらにテレビゲームまで発売を許可しているのは、自らの信念を大幅に裏切った行為で、まさに金銭の亡者の群れのようで非常に不愉快だが、その高い翻訳本をつい購入してしまっている自分も少々情けない。

さて、日本では、「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」などオリジナルファンタジーアニメーションで一世を風靡した宮崎駿のスタジオ・ジブリが、先述した「ゲド戦記」をアニメ映画化するという。

丁寧に現在5部作(+外伝1作)をアニメ化するのかと思っていたら、オフィシャルサイトの情報では、前作の「ハウルの動く城」と同様、いわゆる原作を換骨奪胎するような制作になるのだという。商業的に成功するためにはそれもやむをえないことは理解しても、結構古くからの原作のファンとしては、せめて忠実にアニメーション化されることを望んでいたので、あまり納得がいかない。

あのいかにも魔法の世界であるアースシーと最果ての島々の壮大な物語世界を映像化できるのはアニメーションしかないとは思っていたが、5部作にもなるゲドの生涯をかけてのイサオシを、たった一本の映画にまとめるのは無理ではなかろうか?原作者のル・グインは、このことをどう考えているのだろうか・・・・・ 

映画は少々厳しい目で見ることになるだろう。

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