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2006年6月25日 (日)

戦艦のプラモデルを作製

駆逐艦 朝霜 ウォーターラインシリーズ 

次男がプラスチックモデル(プラモデル、プラモ)に興味を持ち出し欲しがった。
図書館でプラモデルの工作ガイドブックを借りてきて熱心に読んでアピールしている。連休に妻の祖母に会いに行ったときに、すでに物故した祖父が第二次世界大戦で、旧日本海軍の軍人で横須賀や横浜に勤務しており、祖母と妻の母たち子どもも一緒に神奈川で育ったことが話に出たこともあり、旧軍の戦艦に興味を持ったようで、長男のモーターでの航行が可能な「長門」と一緒に、駆逐艦 朝霜を購入したのだが、とうとう雨の日曜日に作ることになってしまった。

700分の1とかのスケールで、精密モデルのためあまりにも細かすぎてて非常に苦労した。別売りの専用の液体接着剤(タミヤの「セメント」有機溶剤入り)を使ったため、以前プラモを作製するときに苦労した接着は結構うまくいったが、老眼気味の目では細かい部品の切断、接着は大変だった。結構バリがあるし、差込穴の太さも合っていないものが多い。昔のプラモはもっとよく出来ていたイメージがあるのだが、どうなのだろう。

さて、この朝霜という駆逐艦は、戦艦大和の最期の戦闘で、大和を護衛しながら1945年沖縄へ向かう途上で撃沈されたと、このモデルの箱やネット上の資料にも出ている。

しかし1942年にガダルカナル沖で撃沈されたという朝霧と混同する情報もある。どちらが本当なのだろうか。

◆朝「霧」が大和と行動をともにして戦没したというもの

http://www.gene.ne.jp/~lagoon/essey/yamato.html
沖縄特攻突入作戦命令を受け、徳山沖で燃料4000トン搭載
軽巡洋艦矢矧、駆逐艦8隻(朝霧・浜風・磯風・霞・涼月・冬月・雪風・初霜)とともに徳山沖出撃

◆朝「霧」は1942年に戦没したというもの。
http://homepage2.nifty.com/nishidah/stc0423.htm
朝霧
(第47号駆逐艦) Asagiri
(ex-DD-47) 昭 2 佐世保工廠 1928.12.12 1929.11.18 1930. 6.30 一等駆逐艦 1942. 8.28 戦没
(航空攻撃/ガ島附近)
[08S, 160.10E]
1942.10. 1 除籍

http://military.sakura.ne.jp/navy/d_hubuki.htm

「朝霧」(2代目)
1930年 6月30日 佐世保工廠にて竣工。建造途中までは「第四十七号駆逐艦」と呼称
1941年12月~ 太平洋戦争に参加。マレー攻略、エンドウ沖海戦に参加
1942年~ ベンガル湾機動作戦、ミッドウェー作戦などに参加
      8月28日 ガダルカナル輸送作戦に従事中、米軍機の攻撃を受け沈没
     10月 1日 除籍

結論:やはり大和と行動をともにしたものは、朝「霜」で、朝「霧」ではないようだ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/yamato.htm

霧と霜が似ているので、間違ったものと思われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E6%B0%B4%E4%BD%9C%E6%88%A6

この関係で、旧日本海軍のホームページを見ていたところ、大学時代講義を受けたことのある池田清教授のことを思い出した。国際関係史の講義を受けていたころは知らなかったが、その後司馬遼太郎のエッセイで、教授は海軍兵学校を卒業後、イギリスのオックスフォード(またはケンブリッジ?)に留学したことがあったのだという。学寮での立ち居振る舞いにまったく不自由を感じず、周囲の学生にも、なぜあなたは小難しい起居動作がそれほどスマートにできるのかと尋ねられ、海軍兵学校時代に身につけさせられたもののことに思い至ったというエッセイだった。イギリス海軍の訓練方式を導入した明治日本の軍隊教育が、時代を超えて終戦後の学者の起居動作に生き残っていることを、その本家で実感するという不思議さが面白かった。現在は旧日本海軍関係の一般書も書かれているようだ。

追記:2010/7/21(水) 本屋で、池田清教授の『海軍と日本』(中公新書632)が数冊並べて置かれており、購入した。後付を見て驚いた。上記の記事を書いた2006年の、4月に逝去されていたことが書かれていた。御冥福をお祈りしたい。この『海軍と日本』は1981年発行であり、教養部から学部に進学した年で池田教授の講義を聴講した年だったのに、その発刊を知らなかった。当時の生協書籍部では、原理主義的な反戦平和が唱えられていた時代でもあり、このような著書は自分の大学の教授の著書であったもあまり話題にならなかったのかも知れない。当時読んでいたら、どうだっただろうか?政治学史のゼミで一緒で、後に大学の教授になった人物は確か池田教授のゼミにも属していたはずなので、彼などは読んでいたかも知れない。

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