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2006年7月31日 (月)

チャイコフスキー 交響曲第4番 セル指揮ロンドン交響楽団

Szell_tchaikovsky4チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調 作品36

ジョージ・セル指揮 ロンドン交響楽団 〔1962年9月〕 17:41/8:41/5:33/8:45

併録 大序曲『1812年』作品49〔1958〕 (14:55) ケネス・オルウィン Kenneth Alwyn指揮ロンドン交響楽団
     (協力 ハリス少佐指揮グレナディア・ガーズ軍楽隊)

各地に豪雨被害をもたらした長かった梅雨も、関東甲信までようやく明けた。東北地方はまだ数日かかるようだが、太平洋高気圧が張り出してきたのでそう時間は掛からないのではなかろうか。この20年で降水量の年毎の増減の較差が大きくなっているそうで、今年のような大雨の年があり、また数年前のような極端な水不足の年も訪れるようだ。

人間の生活はこのBLOGに代表されるようにますます便利になっているが(このBLOGにしても、膨大なステップ数を要する複雑なソフトウェア、大量の電子部品の塊であるサーバー、光通信技術、絶えず電力を供給し続ける原子力、火力発電というインフラストラクチャーが背後にあること忘れがちだ)、自然環境は日々傷ついている。鈍感な私のような人間が、その変化を実感したときにはすでに修復できないのだという。ただ、この数十年で失われたものもあるが、時折テレビで取り上げられる多摩川の鮎の遡上には勇気付けられる。人為で壊したものは人知で戻すこともある程度なら(自然の自然治癒力の範囲内なら)可能なのだ。

閑話休題。narkejpさんのBLOG『電網郊外散歩道』の記事に刺激を受け、先日の仕事帰りにDECCA BEST100シリーズに入っているものを購入して早速聴いてみた。

1962年のロンドンでの録音という。ロンドン響はあのモントゥーが1964年に逝去するまで常任指揮者を務めていたので、モントゥー時代のロンドン響ということになる。先日記事を書いたベートーヴェンの2&4番が1960年、5&7番が1961年、またドビュッシーの「映像」「聖セバスチャンの殉教」は1963年の録音となっているので、ちょうどその間の録音にあたる。

先の『電網郊外散歩道』BLOGの記事にもあったが、デッカの名プロデューサー カルショウの手記には、「そのころ、ロンドン交響楽団は世代の交代期にあった。そのために秋にセルが戻ってきたときには、最高の状態ではなかった」とあり、この録音にはロンドン響の演奏に編集ではどうしても修正できないミスが何箇所か残され、セルの意志でお蔵入りになっていたのだが、セルの逝去後未亡人の許可により現在のように販売されるようになったものだという。

冒頭の「運命動機」を奏でるブラスからして少々音色的にムラがあるようなのだが、ミスとはそのような部分を指しているのだろうか?先に挙げたモントゥーの指揮によるロンドン響の前後の年の録音に比べて細部の仕上げに粗さが残るように感じるような部分もミスなのだろうか?はたまた、音程のことだろうか?

セルのクリーヴランド管の演奏があれほど透明に聞こえるのは、彼がフレージングやリズムのみならず音程にも非常に厳しかったこと理由があったのだという。セルのクリーヴランド管との別の曲のCDのライナーノート(SONY)に載っている当時のトランペッターのインタビュー記事がその傍証になるだろう。彼によれば同じ音程を出す指使いが二種類あり、そのトランペッターに対してセルが「その音程を出すなら、その指使いではない。」とプローベ中に指示を出したほど楽器の運指による音程の微妙な差のコントロールまでに通暁していたのだという。そのようなエピソードから考えると、音程上の微妙なミスという可能性は強いかもしれない。(残念ながらというか幸運というか私には聞き取れないが・・・)

とは言え、出来上がった音楽は、セルの音楽らしく非常に締まったものだ。響きが拡散せずに凝集している。さらに、他流試合でデッカ録音ということもあり、表現のメリハリが手兵のクリーヴランド管よりも大きいように感じる。その分がコントロールの不足でセルにとっては不満なのかも知れないのだが、クリーヴランド管以外のオケがその個性を残しながらセルの活気のある指揮により引き締まった演奏を繰り広げるのを聴くのは、黄金コンビの演奏とは別にまた非常に楽しいものだ。ある時期以降のクリーヴランド管は、トスカニーニ没後のNBC響同様(ワルターとシンフォニー・オヴ・ジ・エアの『英雄』)、自分たちのシェフの音楽を相当の程度までシェフなしで繰り広げることはできただろうが、他のオケの場合にこそ多少の粗はあってもセルの当時のナマの意志が聞こえる場合があるように思う。

手持ちの『交響曲第4番』CDのタイミング比較をしてみた。
ムラヴィンスキー/レニングラード管〔1960年9月〕 18:46/9:18/5:50/7:58
セル/ロンドン響 〔1962年9月〕           17:41/8:41/5:33/8:45
小澤/BPO〔1988年5月〕               18:30/9:48/5:42/8:53

際立つのが、セルの前半2楽章の速さと、ムラヴィンスキーの終楽章の速さ。

セルの第1楽章はタイミング的には速いが、それほど急速という感じは受けなかった。もともとテンポ変化が大きい楽章だからだろう。第2楽章もタイミングとして速めだが、やはりせかせかした感じはない。

終楽章は、ムラヴィンスキーが凄い。フルシチョフ時代の雪解けによる西欧楽旅での録音だが、いまだスターリン時代の「鉄の規律」が残存しているかのような猛烈な演奏だ。セルもクリーヴランド管との実演ならあのシューマンの2番のフィナーレのようにこのような即興的な猛スピードがあり得たかも知れないと想像してみるのも面白い。

なお録音だが、終楽章はシンバルや大太鼓の活躍などもあり音響が飽和しがちだが、このセルの録音も強奏時には音が濁り勝ちになっているのは残念だ。

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コメント

ご紹介ありがとうございます。ジョージ・セルの録音が、好き嫌いは別にして、もっともっと多くの方に聞かれるようになるといいですね。おっしゃるように、クリーヴランド管との録音以外にも、相当の録音が残されているように思います。もちろん、クリーヴランド管との放送録音やライブ録音もたくさん残されているはずですし。

投稿: narkejp | 2006年7月31日 (月) 20:33

narkejpさん、コメント、トラックバックありがとうございます。いい録音のご紹介をいただき、おかげで楽しめました。まだ肝心のクリーヴランド管の録音も相当聴いていないものもありますが、これからの楽しみという風に考えております(^^♪

投稿: 望 岳人 | 2006年7月31日 (月) 22:01

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