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2006年8月の28件の記事

2006年8月30日 (水)

ブラームス 交響曲第1番 小澤/サイトウ・キネン・オーケストラ

Brahms_14_ozawa


ブラームス 交響曲第1番 ハ短調 

小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ

いつも大仰な書き方になってしまうのだが。

江戸末期の開国に始まる西洋音楽の導入の成果の一つの頂点が、この小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラだと言い切ってしまうことには異論があるだろうが、少なくとも傑出した成果の一つであることは否定できないとは思う。(このオケにはクラリネットのカール・ライスターやボストン響のティンパニのファースなど小澤征爾の個人的な知己もメンバーに加わっており、純日本・純サイトウ門下とは言えないのが惜しいのだが。)

サイトウ・キネン・オーケストラが、斎藤秀雄門下生を中心に、小澤征爾と秋山和慶の指揮によって旗揚げしたときには、音楽に関心のある人はこぞって注目し、それがその後の長野県の松本市で毎夏大々的に行われる、サイトウキネンフェスティバルへと発展したことは多くの人が知っている。

1980年代末から1990年初めにかけて、このオーケストラはヨーロッパへの楽旅を数度行い、そのときに当時ボストン交響楽団の音楽監督だった小澤が契約していたオランダPHILIPSの手により、現地でスタジオ録音されたのが、このブラームスの交響曲全集だ。

このブラームスの交響曲第1番は、1990年に録音されたもの。この年は、カラヤンの招きで、ザルツブルク音楽祭でも公演を行ったのだという。まさに、日本のクラシック音楽演奏界にとって頂点を極めた瞬間とも言えただろう。一人のソリスト、指揮者ではなく、常設ではないといえオーケストラがザルツブルクに出演したのだ。まだインターネットが普及していない時代だったが、ちょうど同時代のリスナーとしてそれらの報道を耳にし、興奮したのも懐かしい。これらの録音は、発売のたび、「レコード芸術」の月評でほとんど毎回絶賛されていた。

その後、そのときの盛り上がった気分の反動もあるのか、また自分の耳が様々な演奏を鑑賞する経験を積んだこともあるのか、この演奏について次第に違和感を覚え始め、自分のホームページにもそれらを書いた。

このところ、ブラームスの第1番を改めて聞きなおしているのだが、それらとの比較で冷静に聴きなおしてみるとどうだろうか。

小澤自身は、斎藤秀雄から習ったのは主にドイツ音楽だったという。それが、フランスのブザンソンのコンクールで優勝してからは、フランスもの、現代もの、大編成ものの評判がよく、むしろドイツ・オーストリアものは苦手だとみなされるようになっており、シカゴ響、トロント響、サンフランシスコ響、ボストン響でもなかなかドイツもののレコーディングは行われず、あっても単発的に出るだけで、尻すぼみになることが多かった。とうとうボストン響では、ベートーヴェンの交響曲は第5だけ。ブラームスは、ベルリンフィルやドレスデンなどとも音楽祭ではよく振っていたようだが、手兵とはついに録音されなかったと思う。

(追記:2008/11/27 ボストン響とは、音楽監督になってからすぐにブラームスの第1番を録音していた。ドイツ・グラモフォン。)

その反動なのか、サイトウ・キネンでは、ブラームスを集中的に取り上げたようで、特に弦楽器のソリストクラスが集まったオーケストラだけあり、弦の音量は圧倒的で、その分独特のブラームスが演奏されることになったものと思う。

耳が感じる特徴としては、第1ヴァイオリンが、まるでソロのようにヴィヴラートを掛け、絶えずエスプレッシーヴォで演奏していることだ。これはソリスト揃いのメンバーによる自発的な表現なのか、指揮者の小澤征爾の指示なのだろうか。そういう意味で、歌うブラームスになっている。しかし、全体に聞き終えた後の印象が薄い。私がこの曲で充実感を味わう音盤は、第一にザンデルリング指揮のシュターツ・カペレ・ドレスデンによる演奏だ。元々ブラームスのこの曲は、オーケストレーション的に華やかな曲ではないが、それでもザンデルリング盤では、多彩な音色が聞き取れる。オザワ指揮サイトウキネンの方が淡彩である。また、この曲は、ブラームスが長い年月を掛けて推敲に推敲を重ねた曲ゆえに細部まで書き込まれており、非常に立体的な構造になっているように感じ、ザンデルリング盤ではその立体的な建築性のようなものが感じられるのだが、オザワ盤では第1ヴァイオリンによる歌謡性が優先しているようで立体感に乏しいように思う。

全体的にはオザワ盤は、真摯で素晴らしい音楽になっているのだが、上記のような微妙なニュアンスの部分で私のこの曲に対する理想の壷にはまらないのではないかと愚考する。小澤征爾氏は、「日本人が西洋音楽の土俵でどこまでやれるのかがんばってみたい」というような発言をされていたと記憶するが、確かにブラームスの交響曲全集は、その立派な成果だと思う。以前は、このような微妙な齟齬が、日本人の限界というようなことを考えたことがあったが、未だその点についてはよく分からない。鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンのような例もあることだし。

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2006年8月29日 (火)

エアロソアラという室内無線操縦飛行機

妻の弟が結婚するので、その披露宴に我が家の息子たちに花束贈呈をお願いされた。そのお礼に好きなものをプレゼントしたいということで、子どもたちに選ばせるために近所のトイザラスに行ってみた。

トイザラスは、相変わらず山のようなおもちゃの数々だ。「あまりにも多すぎると欲しいものがわからなくなる症候群」になりそうなほどだ。

長男は初めは図鑑類を希望していたのだが、久しぶりのメガトイストアで、大好きな京浜東北線のプラレールのセットを見つけ、どうしてもこれが欲しいと選んだが、次男は初め「ゼロ戦」のプラモ、潜水艦のラジコンなどと希望を行っていたが、プラモは難しいものはまだ自作が無理だし、潜水艦は遊び場がないので、選べるものがなくて結構困ってしまった。そこで目についたのが、エアロソアラという以前ネットの情報で見たことのある世界的にも画期的だとされる室内飛行機の山積みだ。それに相当廉価で売っている。(税抜きで1999円)。

室外のラジコン飛行機も軽量化、安全化が図られたモデルが結構売られていたが、まだまだ操作は難しいだろうと、これはどうかと聞いてみたところ、しぶしぶ承知した。安いのと壊れやすいようなので2機購入した。

ブログを検索すると結構記事になっている。

家で早速開封してみると、機体はも翼も軽い発泡スチロールで、3グラム強しかないらしい。やはり相当壊れやすい。恐る恐るコントローラーに電池を入れて充電をしてみる。充電が終わり、マニュアルに従って、スイッチを入れると本当に小さいモーターでプロペラが扇風機のように回り、尾翼の方向舵も右左に動く。

プロペラを回しながらマニュアル通りに滑空させてみるが、なかなかうまく飛んでくれない。ときどきうまく滑空しても、部屋が狭いので、壁にすぐぶつかってしまう。子ども用のおもちゃとしてはちょっと選択ミスだったかもしれない。軽すぎるので室外ではよほど無風状態でなければ飛ばすことは不可能だ。

ただ、これを少し広い会社のオフィスや、学校の教室、体育館のようなところで飛ばすことができれば楽しいだろうと思う。

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◆2006/08/30追記:

8/27,8/28は快調に動いていたのだが、8/29には充電ランプは点くのだが、充電完了の音は鳴らず、40秒後に外してコントローラーを操作しても、プロペラも方向舵もピクリとも動かなくなってしまった。

過充電のためか、それとも乾電池の容量の問題だろうか?乾電池はテスターで測ってみるとまだ十分使用可能の状態のはずだが、新品の乾電池でも20回ほどの充電しかできないようなので、もしかしたら古い電池のせいかも知れない。

ただ、買って数日で電気系のトラブルで動かなくなるのは、おもちゃとしてはちょっとついらい。

◆2006/08/31追記:

>新品の乾電池でも20回ほどの充電しかできないようなので、もしかしたら古い電池のせいかも知れない。

充電池をフル充電してから、エアロソアラセットし、ピーという充電完了の音も鳴ったのだが、ピクリとも動かなかった。ウーンこれは困った。コントローラ側の障害だろうか?予備に買っておいた機体を出してみるしかないか?

◆2006/09/27追記:

2機目は未開封。1機目を相当長く放置しておいたので、過充電はないと思い再度充電してみたが、ピクリともせず。そこで、エアロソアラ 不良品 などで検索してみたところ、不具合原因の特定記事があった。

手元には半田コテも無いし、あったとしてもこんなに細かい作業は無理だろうから、諦めるしかないか。

これが原因のすべてではないだろうが、初期不良もアマゾンなどで報告されている。せっかくの素晴らしい玩具なのだから、品質の向上を望みたいものだ。

◆2006/10/16追記:

上記不具合原因の特定記事を参考に、10/14(土)に恐る恐る紙テープをはがして内部の回路をむき出しにしてみた。銀色のケースのコンデンサ(キャパシタ)が先頭部にあり、その端子に銅線が半田付けされているのだが、よく見ると一本の銅線が端子から外れていた。我が家のエアロソアラの不具合もやはりここが原因だったようだ。半田ごても半田もないのでピンセットで銅線を端子に接触させるように調整して、充電をしてみたところ勢いよくプロペラが回り、方向舵も動いた。ただ充電時にはキャパシタが周囲の発泡スチロールに押されて動くので、端子から外れてしまうことが多く、やはりきちんと半田付けすることが必要なようだ。この充電時か、飛行して床や壁にぶつかったときに力が加わって外れたものだと思う。片方の半田付けはほぼ完璧なのだが、もう一本が取れやすいということはやはり手作業によるばらつきと出荷検査が甘いのだろうと思う。とにかく、原因は特定できたので、半田ゴテと半田を入手して修理してみたい。なお、おもちゃメーカーにもクレームを入れておこう。

以下がご意見・ご感想

https://my.tomy.co.jp/confidential/takaratomy_goiken/

タカラトミー製品について一言
内容: 貴社のエアロソアラを購入したものです。画期的な製品だと思います。 ただ、初期不良ではなかったのですが、しばらく遊んでいるうちに動作しなくなりました。試行錯誤の結果、原因が特定できました。コンデンサ(キャパシタ)端子への銅線の半田付けの不具合だったようです。経緯は下記BLOGにアップしました。今後の商品開発、品質管理に役立てて欲しいと思います。 http://kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber/2006/08/post_5180.html

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2006年8月28日 (月)

昨日の動物関係のテレビ番組 都会のコウモリ、カナダのシンリンオオカミ

◆昼時の民放の番組で、東京の目黒の廃屋に棲みついたアブラコウモリ、千葉の海岸沿いの石灰石洞窟のユビナガコウモリを10分ほど紹介していた。コウモリ好きの長男が喜んでみていたのだが、一般的にコウモリのイメージは悪く誤解が多いようなので、蚊などの「害虫」を大量に捕食してくれる「益獣」というようなコメントがあるかと思って期待してみていたら、男性キャスターがコウモリは「保護動物なんですよね」と言っただけで他の出演者の反応がなかったように、少々猟奇的な怖いもの見たさの中途半端な番組に終わっていたのは残念だった。都心の廃屋と千葉の石灰石鉱山跡のコウモリをつなげて紹介しているのも意図が不明瞭だ。

プロナチュラリストの人が、以前コウモリウォッチングの会で使ったことのあるコウモリの発する高周波の周波数を下げて可聴音に変換する装置を使っていた。

なお、上野動物園で、いろいろな種類のコウモリを観察することができる。

◆夜7時半からのNHKの動物番組では、カナダのシンリンオオカミ(タイリクオオカミの亜種)を特集していた。黒毛のオオカミが登場したが、初めてみた。番組の解説によると、数匹の子どものうち1匹の毛色は黒になるのだという。オオカミの鼻面の長い鋭い目、しなやかな体躯、長く垂れた尾などをじっくり見ることができた。また巣穴ではうまれたばかりの子オオカミが非常に可愛かった。オオカミの子はなぜあれほど可愛いのだろうか。このような映像が撮れたのはオーロラの見えるカナダ北部に入植している農家の男性がオオカミ一家と偶然に親しくなったことによるのだという。カリブーを追っての冬の旅の間にオオカミ一家はバラバラになり(子どもたちは独り立ちまたは一匹オオカミになってしまった?)という過酷な旅の模様も紹介されていた。

番組の中間で、オオカミは害獣かどうかというコーナーで、親しい上野の国立科学博物館のオオカミの剥製の映像が登場した。

子どもたちとは、オオカミと犬の関係は、ちょうどイノシシと家畜の豚のような関係なのだろうか?と話したら、結構納得していた。

つまり、現在の有力な学説では、犬はあれほど多様な形態サイズがあるのに、すべての品種がタイリクオオカミの亜種であり、DNA的な区別もあまり意味を持たないのだという。そのため犬とオオカミの交配は可能であるし、馬とロバの間の子であるラバとは違い、その子同士でも繁殖が可能なのだが、それとイノシシと豚もまったく同じ関係のようだから。イノシシが家畜化されたのは、世界各地で見られた文化だが、その時期については、各文明で相当差があるようだ。そのついでに豚の野生的な怖さ(レスター博士への復讐)についても話題になった。

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2006年8月27日 (日)

カラヤンとオザワの「惑星」

2006年8月24日 プラハでの国際天文学連合の総会での票決により、冥王星プルートは、これまでの太陽系第9惑星の地位を滑り落ちて、dwarf planet つまりあの「指輪物語」のドワーフ こびとのようなプラネットに分類されることになった。1930年に発見されて以来76年目の決定で、まだ冥王星は太陽を一回りもしていないのだという。しかし、今回の天文学連合のドタバタ騒ぎは、科学的には意味のあることかも知れないが、「それでも、冥王星は回っている」とでも言うべきことで、人類の認識に無関係に氷の天体は、他の惑星とは違った公転面を静かに回り続けるのだろう。「名前など知ったことかと星が言い」。

今回のニュースもあり、ホルストの「惑星」が大人気のようで、ケント・ナガノがコリン・マシューズに委嘱して作曲された「冥王星」もこれでお蔵入りかと騒がれている。子どもたちは、動物や植物図鑑に比べて、天体、宇宙関係の図鑑はあまり見なかったのだが、今回のニュースをきっかけに相当興味を持ったようで、「彗星と水星は違うの」? 「金星と火星が地球と兄弟星なんだって」などと楽しんでいた。

子どもたちとその「冥王星」を含まない従来のホルストオリジナル版のカラヤンの新旧録音、これまで聞きなれてきた小澤盤を聴き比べてみた。

Karajan_vpo_planets これは、ジョン・カルショーのプロデュースにより、カラヤンがヴィーンフィルを指揮してステレオ録音初期の1961年に録音したもので、イギリス系以外の指揮者のものとしては当時珍しく、またデッカの明晰な録音(今でも素晴らしい)がオーディオ的にも高く評価されたもの。今聴いてもヴィーンフィルの音色が非常に魅力的だが、昨今の精密な演奏に慣れた耳には少々細部の粗が聞こえてしまう。

火星 7:02/ 金星 8:20 / 水星 3:57 / 木星 7:36/ 土星 8:31/ 天王星 5:44/ 海王星 7:38


Karajan_bpo_planets

一方、こちらは、ディジタル録音初期1981年の手兵ベルリンフィルとの録音。音響面では磨かれており細部も徹底されてはいるが、自分が聞きなれた後述の小澤/ボストン盤のストレートな表現に比べると、演出臭が感じられるところがあるのが残念。

火7:14/ 金8:34/水 4:11/木 7:27/土 9:20/天 5:59/海 8:41

タイミング的にもVPO盤とは別人のようなテンポ設定になっている。


Ozawa_bso_planets この小澤/ボストン響盤は、アナログ末期の1979年の録音だが、フィリップスの素直な録音のよさが出た聴きやすい音響のもので、ホルストにほとんどゆかりのないと思われる小澤、ボストン響は純音楽的でストレートな音楽を作り出している。細部まで緻密な音作りで、なおかつさわやかな音楽になっているため、小澤征爾の数多い録音の中で最も気に入っているもののひとつだ。

火6:46/金 7:53 /水 4:06/木 8:01/土 8:44/天 5:40/海 8:11

定評のあるボールト盤、今話題の冥王星入りのラトル/BPO盤などは未聴だが、機会があれば聞いてみたいものだ。

*過去記事 ホルストの誕生日

追記:

「すい、きん、ち、か、もく、ど、てん、かい、めい」という語呂による記憶法だが、これも最後の「めい」が取り去られることになる。

ちなみに欧米や他の諸国ではどのような記憶法が用いられているのだろうかと思って調べたところ、英語では、このページに紹介があったので、トラックバックさせてもらった。惑星の頭文字を用いてセンテンスを作っているのだという。

なお、惑星は、かつては「遊星」とも呼ばれており、「遊星仮面」というアニメーションも1960年代には放映されていた。惑う星より遊ぶ星の方が楽しい。なお、英語 planet の語源は、ギリシャ語の「放浪者」(さまようもの、さすらい人)で、それがラテン語に取り入れられて、フランス語から英語に取り入られたもののようだ。

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バリリ四重奏団によるベートーヴェン Op.18-4,5,6

Barylli_beethoven_sq46

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 第4番 ハ短調 Op.18-4  〔1952年〕
                   第5番 イ長調 Op.18-5  〔1952年〕
                   第6番 変ロ長調 Op.18-6 〔1953年〕
バリリ四重奏団 

先日、アルバン・ベルク四重奏団の新しい方のライヴ録音盤のベートーヴェンの初期弦楽四重奏曲Op18-1~6を入手したが、まだ感想がまとまらないので、記事をアップできないでいるが、たまたま入手できたバリリ四重奏団による古いウェストミンスター盤の復刻(モノーラル)を聴いてみて、まずはこちらから感想をアップしてみようという気になった。

1952年と1953年にヴィーンのコンツェルトハウスのモーツァルトザールで録音されたもので、モノーラルなのだが、MVCW-19055という最近の復刻盤の復刻がうまくいっているらしく、室内楽的に大変聴きやすい音質になっている。

50年代のヴィーンというと、少々ダルな連想をしてしまいがちだが、このバリリ四重奏団の演奏は、清新ではつらつとした魅了が満ち溢れているように聞こえる。

ハ短調 作品18の4は、6曲セットの中で唯一の短調であり、またベートーヴェンとしては特に意味のあるハ短調を用いた作品だが、そうだからと言ってむやみに悲愴がることなく、若いベートーヴェンのはつらつとした魅力をよく奏でてくれる。四本の楽器の分離という点では、モノーラルであるので、もちろん細かい聞き取りは難しいのだが、それが却って、音楽としてストレートに伝わる原因になっているのかも知れないなどとも思う。

作品18の5イ長調のナイーブな活発さ、作品18の6変ロ長調の第四楽章Adagioの悲哀に満ちた表現など、古い録音も見直されているベートーヴェンの弦楽四重奏曲だが、このバリリの魅力は全曲を聞きたいと思わせるものがある。

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2006年8月26日 (土)

世界の民族音楽のCD

The CD Clubというシリーズもので、Seven Seas レーベルの World Music Library というCDが出されていたようで、そのうちの6枚ほどがブックオフに廉価で出ていたので、購入してみた。音楽学者の故・小泉文夫氏が関係していた音源のようだ。

日本に近い方からリストアップしてみると、
1.長安の夢~中国の琵琶 Chinese Pipa/He Shu-FengChina


2.草原のチェロ~モンゴルの馬頭琴 Mongolian Morin Khuur/Chi BulicoMongolia


3.炸裂の音曼陀羅~チベット仏教の音楽 Buddhist Liturgy of TibetTibet


4.オスマンの響き~トルコの軍楽 Turkish military band music of Ottoman empireTurkey


5.ナイルの調べ~エジプトの古典音楽 Classical music of EgyptEgypt


6.スコットランドの風~バグパイプの響き Virtuoso piper of Scotland/Bill ClementScotland


以前、パレストリーナのポリフォニーと、アフリカのピグミー族のポリフォニーの共通性というような話を読み、興味本位でJVC WORLD SOUNDSシリーズの『密林のポリフォニー』(ザイール イトゥリの森ピグミーの音楽)というCDを入手して聞いてみたことがあり、その後、マイクロソフトのエンカルタ、エンカルタ地球儀などで断片的な民族音楽に触れる機会はあったが、これまであまりまとめて聴くことはなかった。

Zaire

これに類するものとしては、一時期芸能山城組による洗練されたブルガリアンコーラスの紹介『地の響き』のアカペラ、ノン・ベルカントの女声合唱を毎日のように聞いていたことがあるし、音盤は入手していないが彼らのバリ島の『ケチャ』やその現地録音なども興味深いと思っていた。また、映画『ミラクルワールド ブッシュマン』で使われた開放的な男声合唱にも魅力を感じた。アイルランドを訪れたときに、以前から耳にするたびに親しい気分になっていたケルト系の音楽も一種の民族音楽として愛好してきた。鼓童など、日本の太鼓集団の音楽も心を揺さぶるものがある。

今回入手した音盤のすべてが自分の感性にフィットするというわけではないが、各音楽文化での「名人」Virutuoso の存在、宗教や組織(軍隊)や宮廷との関わり、民衆的なコミュニケーションなどが伺われ、情報と交通の上では狭くなった世界とは言え、文化の多様性というものを改めて感じることができる。

ただ、これらにしても、平均律的な音律教育の普及により、(ここには入っていないが)インドのシタール演奏の非常に微細な細分音程などは次第に失われていく恐れもあるということで、グローバリズムと文化の多様性というものの問題がここにもあるように思う。

ただ、このような多様な音楽を聴きながら結構楽しめるということで、『音楽は世界の共通語』という楽天主義的な言葉も、少々おめでたすぎると切り捨てることもないなと思うようになる。

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2006年8月25日 (金)

作家が子猫殺しを告白したエッセイについて

ある女性小説家が、全国紙に、「自分の飼い猫が子猫を産むと、彼女がそれをすぐに崖下に投げ落として命を絶っている」ということを告白したエッセイを発表して、大きな波紋を生んでいる。

この作家の著作は読んだことはないので、どのような人物かわからないし、エッセイもネットで読んだだけなので、自分に語る資格はあまりないとは思うが、まずは一読して非常に不愉快だった。なんと身勝手な人間だ。

筆者がエッセイの冒頭で自ら書いているように、当然のように袋叩き状態になっている。この小説家の行為が、もしフィクションでなければ、彼女が現在住んでいるというタヒチはフランス領なので、フランスの法律が適用され、それによって処罰されることにもなりうるという。

一般的に愛玩動物(ペット)の生殖を管理することを拒否し、自由に交尾させ子が産まれたら「社会的責任」のためにその子を即座に殺すという行為は、議論するまでももなく異常な行為だ。彼女がこれを告白していること自体、彼女の精神が病んでいるという証明になる可能性はある。

しかしこの小説家の精神が病んでいないと仮定した場合、彼女がこのようなセンセーショナルな文章を公にすることで、何かを訴えようとしていたのかも知れないという深読みもできそうだ。後だしで語っているようだが、「死のないところには、生の実感がない。ところが、現代の先進国では死が隠蔽され、そのことによって、生の実感が希薄になっている」程度の死生観なのだろう。そのような彼女の死生観面での不満に対するショック療法としては、非常に稚拙な戦略ではあるが、これだけ議論が巻き起こっていることは、多くの人々が彼女の戦略に乗ってしまったとも言えるだろう。

生殖のコントロール(避妊、堕胎)と、出生以降の殺害。これは、現代社会の倫理では明確に区別されている。それを敢て混同することによって、どのような議論を巻き起こそうとしているのか。

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2006年8月24日 (木)

『ALWAYS 三丁目の夕日』DVDを見た 

これも『ゲド戦記』と同じく原作の映画化ものにあたる。西岸良平のコミックは、もう20年以上も小学館のビッグコミックに連載されているオムニバス形式の長寿コミックで、ノスタルジーもののハシリと言えるかも知れない。これに類するものとしては、あの宮崎アニメの「となりのトトロ」も含まれるだろうし、アニメ映画「クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲」も入るだろうと思う。

平成生まれの子どもたちは、どうやら社会科の学習や両親や祖父母の影響、流行の再流行(レトロ)気分を持っているようで、特にスバル360やフェアレディZのようなレトロカーを素直に格好いいと言っており、オート三輪もその奇妙な形に興味を抱いているようだ。もちろん蒸気機関車は大好きだ。

子どもたちのそんな嗜好や自分の子ども時代への郷愁もあり、昨年ヒットしたこの映画のDVDを借りてきて家族で鑑賞した。

以下、少々ネタバレのため注意ください。

原作との設定の違い(鈴木オートの主人の性格、従業員の性別の違い、衣服がやけに綺麗なことなど)には驚いたが、概ねその人情劇のストーリーにはほろりとさせられるものがあった。東京タワーが完成した昭和33年を舞台としているとのことだが、未曾有の戦争に敗戦した後の復興期の東京の下町には、情と笑いと涙、それに夢と希望があり、その一方では、悲惨な境遇に落ちざるを得ない人生模様もあったことが描かれていた。

東京タワーは建設中の模様が舞台の遠景となり、市電や蒸気機関車が主要な交通機関。扇風機、白黒テレビ、氷及び電気冷蔵庫、洗濯機、オート三輪、黒塗りの運転手付き自動車などが登場した。

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2006年8月23日 (水)

Google 英語サイトにより検索された日本語ページの翻訳

アクセス解析により、自分のどの記事がどのような検索サイト、検索語から検索され参照されたのかが分かるのだが、このように英語版のgoogleから意外にも検索されていたのを見つけて、その検索状況を確認してみた。

このサイトで驚いたのは、 [ Translate this page ] という機能で、これを押してやると、自分が日本語で書いた記事やその他の情報も、英訳されて表示される。精読したわけではないのだが、固有名詞では「変な」単語になっているが、文章としてはそれなりに整えられた英語になっているようだ。

 

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小菅優 ザルツブルク音楽祭デビュー

即評でおなじみのClassic Japan のサイトに 海外のプレミエ情報のブログがあり、現在はザルツブルクとバイロイトの両音楽祭の記事が多いが、今日たまたま見ていたら、あの小菅優がザルツブルク音楽祭にデビューしたという記事
が出ていて驚いた。

別の記事はこれ

参考:
*ザルツブルク音楽祭オフィシャルページ

*小菅優 オフィシャルサイト

*購入可能な小菅優の音盤

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2006年8月21日 (月)

夏休み博物館めぐり

自分の趣味と子どもたちの意見を混ぜ合わせて、身近な博物館を巡ってきた。

長野県東筑摩郡麻績村
聖(ひじり)博物館・航空資料館 
 長野に住んでいた頃、小学校入学前の子どもたちを連れていったことがあった。最近そのときに撮影したビデオを見せたところ是非行ってみたいとの希望があり、今回訪れた。途中のJR姨捨駅付近の道路からの善光寺平の眺望は素晴らしかった。

長野県千曲市
長野県立歴史館 
聖博物館からの帰路、思いついて立ち寄った。特別展では幕末の信州をやっていた。偽官軍事件で、地元が相当関係していたのには驚いた。なお制札の実物が展示されていたのだが、達筆すぎて読めなかった。江戸時代の(一部の)人々の教養の水準を思い知らされた。

長野県須坂市
須坂市動物園
お盆休みにあわせて夜間公開をしており、入場者の多さには驚いた。テレビ局も人気者アカカンガルーのハッチ目当てに数局取材に来ていた。子どもたちは、オオサンショウオに特別に触らせてもらった。

長野県小諸市
渥美清こもろ寅さん会館 
開館して10年も経ち、遠縁の人物が設立したという話ながら、これまで一度も見学に行かなかったが、先日の寅さん映画の話題から、行ってみることになった。渥美清氏の国民栄誉賞や紫綬褒章、山田洋治監督の日本アカデミー賞の賞状など、賞状記念館の趣だった。

郷土博物館
おなじみの博物館。妻の遠縁の宝物が展示されていたのが分かった。小山敬三美術館は今回はパスした。

徴古館 小諸城内懐古神社付属
牧野家の歴史(長岡藩の牧野家の一族)についても少々かじったので、なかなか興味深いものがあった。

小諸市動物園 
同じ規模の須坂市動物園に比べて話題性では劣ってしまったが、動物たちは健やかだった。

藤村記念館 
久しぶりに入館してみた。

群馬県吾妻郡長野原町
浅間火山博物館
西武系の鬼押し出し園の方が有名だが、町立の方が浅間山に近い。帰路、カブトムシを『購入』した。カブトムシ採りが得意だったものとしては少々嘆かわしい。 

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アニメ映画『ゲド戦記』への原作者の公式見解が発表された

参加しているmixiのコミュニティをみていたら、こちらのblogでアニメ映画『ゲド戦記』に対する原作者のコメントが発表されたことを知り、原作者ル・グウィンのオフィシャルページを読んでみた。(そのオフィシャルサイトが何らかの理由で接続不能なときは、Gedo Senki でgoogle検索すれば、 キャッシュで読むことは可能だ。また、ネットでは邦訳も読むことができる。時々つながらないことがあるようだ。)

この映画については、映像化を知ったときと、鑑賞後の感想で懸念を書いていたが、この作者のコメントを読んで、「やはり」というのが初めの感想だった。英語的には微妙なニュアンスで書かれているため、真意がもう一つつかみにくい部分はあるのだが。anger and disappointment は率直な厳しい表現だ。

2006年8月 5日 (土) アニメ映画『ゲド戦記』を見てきて

2006年5月12日 (金)ファンタジー文学の映像化が相次ぐのは・・・ 「ゲド戦記」

mixiに投稿したのは、原作者に関する複雑な感想。

原作者のコメントを原文と様々な訳とで拝読しました。非常に複雑な思いです。

原作者が映像化に対してそれほど無力なものだと自覚していたならば、そもそも彼女及び彼女の息子はEarthseaシリーズのアニメ映像化権を誰にも与えるべきではなかったのではないかと思いました。今回のアニメ映画が彼女の原作を大幅に換骨奪胎したものだということには彼女自身には責任がないとしても、最初の部分で大きなミスがあったように思います。USA版のテレビシリーズの轍もあったわけですから。なにやら複雑な背景があるように勘繰ってしまいます。

ひとつ分からなかったのは、2009年まで「利己的で意地悪な」テレビ局との契約によりUSAでこのアニメ映画が見られないと書かれていることなのですが、これはどういう意味なのでしょうか?このアニメ映画は世界配給されるように思っていたのですが。

どうも今回の映像化についても、ビジネスがらみ、つまり金銭がらみの権利云々がつきまとっているようだ。高尚なファンタジーの世界がまたしても泥臭い人間模様に染められたようで、正直なところ少々不愉快な気分だ。単なる失敗作とだけ切り捨てることができない模様だ。


さて、この夏休みに、実家に置いておいたゲド戦記の第1巻と第2巻を、このアニメ映画のことを考えながら読み返してみた。第3巻の読み返しはこれからだが、この原作を丁寧に映像化することでも十分立派な映画になったのではなかろうか?

『影との戦い』にしても、ゴントでの幼いゲド、オジオン(オギオン)との出会い、影の誕生の予感、ロークでの修行、ヒスイへのライバル心、カラスノエンドウとの交友、死者の呼び出しと影の誕生、それによる大賢人の死、ゲド魔法使いとなった後の竜との戦い(これにより竜王?)、影からの逃亡、オジオンのアドバイス、影を追跡、第2巻につながる大砂州でのカルガドの王子王女との邂逅、カラスノエンドウとの再会、ノコギリソウとの淡い交流、最果ての東海域へ、影を取り入れて全きゲドへ。

映像的にもゴントでのカルガドとの戦い、オジオンの地震鎮め、ローク島の魔法学校、その後の竜との戦いの場面など、非常に手間のかかるものだろうが、それによって初めて『ゲド戦記』を正当に映像化したと言えるのではなかろうか?

原作者は、宮崎駿による『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』を大変評価していて、そのレベルでの映像化を期待していたらしいし、全五巻+別巻の完全映像化ではなく、第一巻と第ニ巻をつなぐ未知のエピソード(ゲドが大賢人と呼ばれるようになったいさおしなどを宮崎駿のオリジナルな脚本で)の映像化を提案もしていたようだ。

原作者のコメントが必ずしも絶対的なものではなく、換骨奪胎の手法が否定されるべきものではないことを認めたとしても、映像化として上記のようなものを望んでいた原作ファンとしては、返す返すも残念だ。

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yahooブログ検索などで拝見して共感しトラックバックを送らせてもらったブログ記事
*週刊明るい空 オタクなパート書店員の奇妙な空間
*yamaneko diary
*究極映像研究所
*リヴァイアさん、日々のわざ

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2006年8月15日 (火)

夏休み3日目 8/14(2)

夏休みの風景8/14

千曲市森将軍塚古墳からの眺望。


*携帯電話からの投稿

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2006年8月14日 (月)

夏休み3日目 8/14

お盆休み8/14

姨捨からの善光寺平。

*携帯電話からの投稿

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2006年8月13日 (日)

ダンディ フランスの山人の歌による交響曲

Dindy_montagnar_francais ヴァンサン・ダンディ フランスの山人の歌による交響曲

チッコリーニ(p) ボド指揮パリ管弦楽団 〔1975年6月〕

謹啓残暑。

訪問させてもらっているブログで、フランスの高原地帯の民謡を元にしている「オーヴェルニュの歌」の記事を拝見しているが、残暑の厳しい日には、この『フランスの山人の歌』も聴きたくなってくる。

フランスも昨年に続いて熱波だとは言うが、さわやかな風を感じさせる音楽をフランスの作曲家達が書けたというのも単なる偶然ではないように思ったりもする。

これからしばらく、信州の山人となるべく帰省するので、ブログ更新はしばらく途絶えることになる。

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2006年8月10日 (木)

長崎の原爆忌とビクトリア『レクィエム』

Victoria_requiem トマス・ルイス・デ・ビクトリア Tomas Luis de Victoria(1548-1611)  レクィエム Requiem

ザ・タリス・スコラーズ(ピーター・フィリップス指揮)  〔1987〕 ハックニーの聖ジョン教会 ロンドン

ジャケット写真は、エル・グレコ画 『オルガス伯爵の埋葬』

長崎は、ザビエルが伝えたローマン・カトリックの影響を最も受け、禁教令により多くの殉教者を出し、キリシタン禁制後も相当の数の信者が隠れキリシタンとして信仰を守り、また、鎖国時代の窓口としてオランダや中国に門戸を開いていた最も西洋文明の影響の強い土地だった。あのフォン・ジーボルト(シーボルト)が来日して鳴滝塾を開き多くの人材を育て、その後多くの文物を携え帰国、ドイツで日本をヨーロッパ諸国に紹介し得たのも長崎あってのことだった。

ビクトリアは、ザビエルの鹿児島来航の前年に生まれ、ローマではザビエルと同じイエズス会に入会し、パレストリーナの後継者としてヴァティカン(バチカン)で活躍後、スペインに戻り生涯を終えた大作曲家で、この『死者のためのミサ曲』は、彼の最高傑作と呼ばれている。天正遣欧少年使節がローマ、スペインを訪れたのは、ちょうどビクトリアがローマやスペインで活躍していた時代だった。以前コーラスグループに所属していて伝ビクトリア作の四声の「アヴェ・マリア」を歌ったときにその事実に気づき俄然興味が湧いたのを思い出す。もしかしたら彼ら少年たちは、ビクトリアの音楽を聞いたのではないか、と。事実、帰国した少年たちは、ジョスカン・デ・プレの音楽を習得しており、それを披露したことがあったのだという。

長崎には、学生時代に一人旅で訪れたことがあった。平和記念公園、大浦天主堂、原爆資料館で、原爆投下による被害の大きさ惨たらしさに衝撃を受け、またグラバー園からは三菱重工長崎造船所を遠望し、戦艦武蔵の建造に思いを馳せた。

その長崎に原爆が投下されたのは、61年前の昨日だった。最も西洋文化に縁のある土地に、西洋文明暴力の究極の形である原爆が落とされた皮肉を思う。縁がない土地に落とされた方がよかったという意味では決してないが。

多くの作曲家が素晴らしい音楽作品としてのレクィエムを作曲してはいるが、普段、レクィエムを耳の愉しみのために聞こうという気にはなかなかなれないでいる。しかし、今晩は、原爆の犠牲者への哀悼の意を込めて、少なからず日本とも縁のあるビクトリアの美しい『死者のためのミサ曲』を聴きたいと思う。

追記: 2006/09/28

Victoria というつづりは英語やイタリア語風の発音を元に表記すると ヴィクトリア となるようだが、何とスペイン語では Vのつづりは、英語やイタリア語の Bの発音なのだという。それゆえ、スペイン生まれの Victoria は ビクトリア とつづるのが適当なようで、そのように書いているが、うっかり ヴィクトリアと書いてしまうこともある。この辺りは、現地発音優先を心がけてはいてもややこしいところだ。

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2006年8月 9日 (水)

『ニーベルングの指環』オーケストラ・ハイライト ショルティ/VPO

Solti_ring_highllightsヴァーグナー
『ニーベルングの指環』 オーケストラ・ハイライト(またはオーケストラ抜粋)
サー・ゲオルク・ショルティ指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団 
   〔1982年10月 ゾフィエンザール〕
1.ヴァルキューレの騎行(『ヴァルキューレ』)
2.ヴァルハラ城への神々の入場(『ラインの黄金』)
3.ヴォータンの告別と魔の炎の音楽(『ヴァルキューレ』)
4.森のささやき(『ジークフリート』)
5.ジークフリートの葬送行進曲(『神々のたそがれ』)
6.フィナーレ(『神々のたそがれ』)

昨夜に引き続き、ヴァーグナー入門盤(『ニーベルングの指環』編)を聴く。1982年の録音ということで、1983年のショルティのバイロトへの初登場のデモンストレーションとなる録音のように思える。実際、デッカとしては、カルショウのプロデュースの元でVPOとの録音史上不滅の業績、『ニーベルングの指環』全曲スタジオ録音を残したショルティによるバイロイトでのライヴ録音を残したかったようだが、ショルティが1983年の1年のみで健康上の理由で(不評を気にしてとも言われる)降板してしまい、その夢が潰えたということがあったらしい。

さて、このハイライト集だが、ディジタル初期の録音で、「あの」ショルティがVPOとヴァーグナーを録音したということで、当時は結構話題になったものだった。これは、LONDON BEST 100の再発盤。ただ、ショルティとVPOは、『指環』全曲後、いくつか録音を残してはいるが、VPOの団員からはあまり高い評価を得ていなかったのだという。

この録音は、合計でも40分ほどで、また声楽がまったく入らないことから、オーケストラによる『ニーベルングの指環』の名曲集になっており、比較的聞きやすい。ただ、全曲演奏すると14時間になりなんとするまったくもって膨大な舞台芸術・音楽作品であり、この録音によってはほんのとば口に立ったとしか言えないだろう。

実際、自分自身も、ノイホルト指揮バーデン州立歌劇場の14枚2000円弱という超廉価版と図書館の翻訳台本で、この全曲を一応何日間かかけて通して味わったのだが、台本が結構突っ込みどころのあるものとは言え、音楽の力はものすごいものがあった。このショルティ/VPO、デッカ録音という豪華な布陣とは音楽のレベルが相当落ちるものだったが、様々なライトモチーフが複雑に絡み合って、無限に続くかのように巨大でかつ透明なソノリティを持つ管弦楽法と超人的な歌手たちによって延々と歌われるのは、まさに感覚が麻痺するかのような境地に陥る。台本があらわすゲルマン神話の思想のこともあり、自分としては何度も経験したいものではないが、そうする価値はあるとは思う。

*関連記事: あずみ椋のコミックと新書館の翻訳

     :超廉価盤の『指環』を聴いて (ホームページの記事)

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2006年8月 8日 (火)

ヴァーグナー入門 『ワーグナーのすべて』

Best_of_wagner

1.さまよえるオランダ人 序曲 ベーム/バイロイト祝祭o.
2,タンホイザーより 大行進曲 シノーポリ/ベルリン・ドイツ・オペラ
3.ローエングリン 第3幕への前奏曲 ベーム/VPO
4.同上       エルザの夢 クーベリック/BRSO、ヤノヴィッツ
5.ニュルンベルクのマイスタージンガー第1幕への前奏曲 ベーム/VPO
6.同上       褒賞歌 ヨッフム/ベルリン・ドイツ・オペラ ドミンゴ、フィッシャー・ディースカウ
7.ラインの黄金 ヴァルハラへの神々の入場 カラヤン/BPO
8.ヴァルキューレ ヴァルキューレの騎行  同上
9.パルジファル 聖堂への入場  ブーレーズ/バイロイト祝祭o.
10.トリスタンとイゾルデ 愛の死 ベーム/バイロイト祝祭o.

ヴァーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の初演は、1876年8月13日 バイロイト祝祭劇場の開場によって始まった。現在でもバイロイト音楽祭は、ちょうどこの時期にドイツのバイロイトで行われ、ヴァーグナーファンがその音楽祭に彼の歌劇、楽劇を鑑賞しに行くことを、バイロイト詣でと言うようになっている。

日本では概ね年末に、その年のバイロイトの演目をNHKFMが放送するので、12月の午後と楽劇が私の中では結びついていたが、近年では実際にツアーでバイロイト詣でをする人も増え、またPCによるネットラジオで実況放送を聴くこともできるようになっているらしい。

そうは言っても、ヴァーグナーはとにかく長くて聴きとおすのに大変な時間と体力と集中力を要する。そして言葉の壁がある。少しドイツ語をかじっている程度では、歌唱が何を語っているのかはまったく分からない。そこで翻訳台本も必要になる、ということで、なかなか敷居が高い。

そんなわけで、今夜は、時間もないので、いわゆるヴァーグナー入門盤で、少しヴァーグナーのさわりを味わってみた。ドイツグラモフォンの在りし日の栄光を物語るかのような豪華なラインナップ。

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今日の夕焼け

今日の夕焼け

台風の影響だろうか?

8/9台風7号 東日本太平洋岸を横断か?

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科学博物館のニホンオオカミ

科学博物館のニホンオオカミ

ニホンオオカミの剥製  2006/08/06撮影

*moblog により携帯電話から投稿

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2006年8月 6日 (日)

東京国立科学博物館の南極展

Taro_jiro

猛暑の中、見物中。タロとジロの剥製が久しぶりに再会した。

*Moblogによる携帯電話から投稿

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2006/08/07(月) 追記:

8/6(日)快晴で酷暑。61回目の広島原爆記念日。

なぜこの時期に南極展なのだろうとは思ったが、子どもたちが新聞や科学雑誌で見かけて是非行ってみたいということで、上野まで出かけてきた。カハクの本館は、相当改修工事が進み、入り口も本館の地下から入れるように整備されていた。また、あのフーコーの振り子が(以前のように趣のある展示ではないが)復活していた。

フーコーの振り子の解説記事

特別展とは言え、昨年のティラノサウルス"スー"の時よりもずっと空いていた。それでも新館地下の特別展会場内に入ると、それなりの人ごみだ。今回の展示は、朝日新聞社による映像をPDPタイプのディスプレーで写すものが多く、そこで人の流れの渋滞が起こり、なかなか観客は先に進めない。

展示物は、写真を掲載したタロとジロの剥製や、第一次隊と現在の観測隊の居住棟の実物や、雪上車、南極で多数発見された隕石(月、火星からの隕石など)、同じく発見された恐竜の化石など。またシロナガスクジラの頭部の骨格標本や、ペンギンなどの剥製が展示されていた。南極の氷に直接触れられるコーナーもあった。

また、ライヴ中継ということで、南極基地の隊員と会場を衛星通信で結んで、質疑応答やクイズなどを行うコーナーがあり、次男が質問者として手を挙げて立候補したところ、司会者に3番目くらいに指名してもらい、会場の前に行き、「日本の雪上車は何台くらいいるのですか」という質問をして、「クルマに興味があるの?将来南極観測隊員になりたい?」などと聞かれていた。

そんなこともあり、子どもたちは結構興味を持ったようだったが、カハクの特別展の会場が狭いこともあり、なるほどこんなものかという感想だった。

原因の如何を問わず、現在の温暖化により南極の氷(大陸の上に平均2000m,最高4000mも降り積もっているのだという)が危機的状況にあることや、オゾンホールについては、それほどアピールはされていない展示だったのは、不満が残るものだった。

なお、子どもたちの活躍に対してのご褒美として、雪上車のチョロQ1台1000円也を2台購入した。

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2006/08/08(火)追記。

南極展の順路の初めの方に、ノルウェーのアムンゼン、イギリスのスコット、そして日本の白瀬矗(のぶ)中尉の南極点到達競争のことも展示されていて、感銘を受けたのを書き忘れていた。1909年、アメリカ人のピアリーに北極点到達で先を越された三人の探検家は、今度は南極点に目標を変更し、ほぼ同時に南極を目指したようだ。(このあたり、世界史における研究や探検の同時多発的な現象のひとつと思われ、興味が湧く。あの利根川博士のノーベル賞受賞も、ほぼ同時に別のグループも同じ研究にいそしんでおり、タッチの差だったという。)

この南極点への競争は、1911年(明治44年)12月14日アムンゼン隊の勝利に終わり、スコット隊は約1ヶ月遅れの1912年1月18日に到達したものの、帰路全員が遭難してしまった。ちなみに、この悲劇を映画化(『南極のスコット』)した際にヴォーン・ウィリアムスが作曲した映画付随音楽を、彼自身が交響曲に仕立て直したのが『南極交響曲』だという(未聴)。

日本の陸軍中尉白瀬矗隊は、木造漁船を改良した帆船「海南丸」で南極を目指した。映像展示で、南極への探検の季節待ちをしているオーストラリアかニュージーランドの港で、アムンゼン隊かスコット隊に、「その船でよくここまでやってきたものだ」と哀れまれたエピソードが紹介されたいた。白瀬隊も1912年1月には南極大陸(周辺の海氷部?)に到達し、南極点に向けて出発したが、1月28日に南緯80度付近で前進を断念して、6月20日には全員無事、日本に帰国したという。このとき名づけられたのが、大和雪原(やまとゆきはら)。

大隈重信などの支援はあったが、資金は一般人からの義捐金に頼ったが、白瀬自身も借金をして、探検後の残高が今の貨幣価値で2億円にものぼったという。

このような事実を挙げながら、南極展は、白瀬探検隊の壮挙を顕彰し、その後に続く日本の南極観測を紹介し、青少年へ冒険への奮起を促しながら、それとなく報道に携わった朝日新聞の宣伝をするという意味合いがあったように思われる。

太陽風によって起こされるオーロラが極地で見られることの説明や映像展示は結構面白いものだった。このオーロラは、太陽系の他の惑星でも発生するのだという。

なお、南極とのライブ中継に出演した南極側の隊員は、南極観測基地の建造物を支援しているミサワホームの社員だったことを、会場で配布していたミサワホームのパンフレットで知った。

最後に、おなじみのニホンオオカミ零式艦上戦闘機、トリケラトプス・アパトサウルス・ティラノサウルスなどと対面して帰宅。出口にあったマイナス5度Cの南極体験ルームは真夏のマイナス気温なので気温差35度Cもあり期待したがそれほど寒くはなかった。

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2006年8月 5日 (土)

エリーザベト・シュヴァルツコプフ死去

うっかりしていて新聞記事を読んでおらず、いつも訪れているブログから教えてもらったのだが、エリーザベト・シュヴァルツコプフ(シュヴァルツコップフ、シュバルツコップ、シュワルツコップ Elisabeth Schwarzkopf)が8月3日に90歳で亡くなったという。確認したら8月4日付けの朝日新聞の夕刊の社会面の最下段に写真入りで掲載されていた。

逝去を悼みたい。

なお、Googleニュースで読めるのは、多くがウィーン発の共同通信記事で、その元はロイター電のようだ。

シュヴァルツコップフと言えば、一番親しいのが、フルトヴェングラー指揮バイロイト音楽祭オーケストラによるベートーヴェンの「第九」のソリストとしてだった。今聴いてもその歌唱は素晴らしいと思う。

オペラ歌手としての活躍はもちろん知ってはいるがが、残念ながらその録音には接したことはない。カラヤンの『薔薇の騎士』の元帥夫人や、ベームの『コジ・ファン・トゥッテ』での歌唱はいつか聞きたいものだと思っている。

ドイツ生まれのソプラノとして、ドイツ語と音楽との双方の面からそのドイツリートは素晴らしかったが、その中では、先日も記事にしたモーツァルトとのリート集が親しい。シューベルト、シューマン、ヴォルフ、R.シュトラウスなど彼女の名唱はいつまでも愛好され、語り継がれるものと思う。

リンク集:
Reuter電

Dame Elisabeth Schwarzkopf "The Times"

BiographyとBach関係のディスコグラフィー

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アニメ映画『ゲド戦記』を見てきて

5月12日に「ファンタジー文学の映像化が相次ぐのは・・・ 『ゲド戦記』」で、映画化について懸念する立場から、少々厳しい目で見るだろうと書いた。

この夏一番の猛暑の中、その映画を今日家族と見に行ってきた。

出足は好調だったとネットニュースでは読んだが、神奈川県のベッドタウンのシネコンの映画室の入りはよくなかった。14時頃開始の回だったが、席の半分も埋まっていなかったのではないか。(もっともこのシネコンでは、2室の映画室をこの映画に当ていることも影響しているのかも知れないが)。

結論的に言うと、アニメ映画としては楽しめるものだが、原作の映画化という点では大変不満の残るものだった。およそ人気のある原作の映画化は、私が高校生の頃見た新田次郎原作の『八甲田山死の彷徨』にしても、今回の『ゲド戦記』と同じファンタジーであるミヒャエル・エンデの『はてしない物語』の映画化にしてもほとんどが、失望に終わることが多い。

以前、「見てから読むか、読んでから見るか」というキャッチコピーがはやったのを覚えているが、今回のアニメ映画は、まだ原作に触れていない子ども達は「すごく面白かった」と言い、私が購入した原作を読みファンになった妻は「まあままかな」という中立的な感想、そして私が「まあ面白かったが、原作に関係のあるのは登場人物だけで、それ以外はそれにインスパイアされたオリジナルストーリーで、『ゲド戦記』という名前を付けたのは適当ではなかったかも知れない」というものだった。

原作の映画化という点では前の記事でも書いたが、原作者ル=グウィンが、アニメ映画化をスタジオジブリの宮崎駿氏に託したというのだが、それを映画経験のない息子が台本・絵コンテを担当し監督したというのは、問題はなかったのだろうか?これほどまでのオリジナルなストーリーに日本の訳者 清水氏がいみじくもつけた『ゲドのいさおし』ならぬ『ゲド戦記』の名を冠してもよかったのだろうか?

また、アニメーション的には、さすがにスタジオジブリの背景画は素晴らしいと思わせる場面が多かったが、登場人物たちがその背景から浮いてしまうような明暗や陰翳のない彩色だったのは気になった点だった。要するに平面的だったのだ。

オリジナルストーリーは、原作の登場人物たちや重要な事件を上手く組み合わせてそれなりに原作のメッセージを伝えるものだったが、副題"Tales from Earthsea"を謳う割りには、ハブナーの王宮とワトホートのホートタウンを舞台にする程度で、原作の設定がもつ壮大さとは比較すべきもないところが不満を覚えた点だ。

ただ、映画のコマーシャルでも盛んに使われた素朴な『テルーの歌』や、アイルランドのケルト系の音楽を感じさせるBGMはなかなかよかった。アカペラ独唱の『テルーの歌』の場面では館内がシーンとなり、私自身相当じーんとしたのを書かないと不公平になってしまうだろう。


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2006年8月 4日 (金)

アシュケナージについてのあれこれ

先日記事にしたアシュケナージについて調べたり、考えたりしてみた。

◆姓名:ヴラジーミル(外国語の発音と表記の話第39話)・アシュケナージ。

◆経歴など:ソ連時代のロシア生まれたピアニスト。後に指揮者。ショパンコンクール第2位(優勝は、ポーランド人のアダム・ハラシェビチ)、チャイコフスキーコンクール優勝(同じく優勝 イギリス人ジョン・オグドン)。

◆録音など:主にデッカレーベルに膨大な録音をしている。モーツァルト協奏曲全集、ベートーヴェンソナタ全集、同ピアノ協奏曲全集(ショルティ指揮CSO, メータ指揮VPO)、ショパンピアノ曲全集、シューマンピアノ曲全集、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチなどのほか、アンサンブルピアニストとしてもヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノトリオ、リートなどにも参加し、驚異的とも言える非常に膨大なレパートリーを誇っている大ピアニストである。(パールマンとのデュオはEMIレーベル、最近はEXTONレーベル。)

なお、私の持っているのはLPでは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とパガニーニバリエーション、パールマンとのフランクのVnソナタ。CDではショパンのソロ、シューマンのソロ、ラフマニノフのピアノ協奏曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(メータ)、最近入手したベートーヴェンの『三大ソナタ』。

◆指揮者としての活動:2004年9月から我が日本のNHK交響楽団の音楽監督を務める指揮者でもあり、(シャルル・デュトワ 常任 1996.9~1998.8 音楽監督 1998.9~2003.8 名誉音楽監督 2003.9~ ウラディーミル・アシュケナージ 音楽監督 2004.9~ )それまでの経歴も下記の通り立派な指揮者としてのキャリアになっている。個人的にはあのジョージ・セルのクリーヴランド管弦楽団をアシュケナージが客演して振ったというのが少々驚きではある(R.シュトラウスの「アルプス交響曲」と「ドン・ファン」のカップリングのCDしか所有していない)。

フィルハーモニア管弦楽団首席客演指揮者(1981-)
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督(1987-1994)
クリーヴランド管弦楽団首席客演指揮者(1988-1994)
ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者(1989-2000)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者(1998-2003)

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ちなみに、このアシュケナージという姓は、ユダヤ系という出自の非常に複雑な背景を示唆している姓でもある。(参考:松岡正剛の千夜千冊「ユダヤ人とは誰か」,WKIPEDIA アシュケナジム
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◆世界的に立派な評判を取っている大ピアニスト、著名指揮者なのだが、これまで特に彼のピアノ演奏録音とはどうも相性が合わずにいる。

そこでなぜ自分が違和感をいだくのかを自分なりに分析してみよう思った。アシュケナージとそのファンに異議を申し立てようというつもりはないので、記述には注意を払うつもり。

先日たまたまベートーヴェンの「月光」ソナタを聴いてみたくなり、その曲CDは数種類持っているのだが、別の演奏家のを聴きたいと思って、これまであまり聞く機会がなかったアシュケナージのCDがブックオフに出ていたので購入して聞いてみたのが、この雑文を書こうと思ったきっかけだった。

○ベートーヴェン
アシュケナージは、ピアニストとしてはベートーヴェンのソナタ全集を録音しており、ピアノ協奏曲全集も2度も録音するなど、現代のベートーヴェン弾きの一角を担っていることは周知の事実だ。前述のように特にショパンやロシアの作曲家の作品については世界的な評価を得ているのだが、以前から聴く機会があるたびにアシュケナージの音楽との相性はなぜか合わず、違和感を感じていた。多くのリスナーや評論家、ピアニストの絶賛を読んだり、聞いたりしてはいたことも、この違和感に拍車をかけることになった。(協奏曲は、先年メータ/VPO盤を入手して聞いてみたが割りと好感をもったのだが、その際もアシュケナージ的な音かどうかを気にしていた。)

ベートーヴェンでは「月光」に続き、楽譜(オピッツがNHKテレビでレッスンをしたときの楽譜)を見ながら、アシュケナージのベートーヴェンの「熱情」「悲愴」を聞いてみた。

先日も書いたが、「月光」の第1楽章のピアノの音色は、コツンコツンと何かに当たるような音が聞こえ、レガートで演奏されず、美しさを感じない。この楽章では滑らかなレガートが好みだ。思わせぶりな「ため」をところどころに入れるような解釈も気になる。曲の冒頭は、いかにも思わせぶりな大仰なゆっくりしたテンポから通常のテンポに入るのもどうかと思う。いわゆるロマンチックな解釈なのかも知れないが、しっくりこない。

「熱情」のフィナーレは、純粋に音響面からは、いわゆる音階的な急速なパッセージが弾かれるときに、運指のぎこちなさがあるのではと憶測されるような微妙な小さい瑕(間、継ぎ目)があるように聞こえる。後知恵だが、これは、下記に引用した、「ノンレガートでの音の不揃い」と同じことなのかも知れない。

「悲愴」は、比較的素直に弾いているようだが、冒頭のグラーヴェなどの和音の響きは物凄い迫力だ。

○ヴィルトゥオーゾ、素晴らしいピアノの音色
アシュケナージは一般に、ヴィルトゥオーゾと称されるほど多くの難曲を弾きこなし、その上音色が多彩で、美しい音のピアニストとされ、ピアノの教師や生徒のお手本になる演奏をすると言われている。ブログでもそのような感想、意見が多い。多くの愛好者、ピアノのプロが推薦している。実際私知人のピアノ講師もアシュケナージの音は美しいと褒めていた(が、その頃から違和感を感じていた。)吉田秀和氏も「世界のピアニスト」で、アシュケナージの「ハンマークラフィーア」やバッハのピアノ協奏曲のLPを例にとって、その音色の多彩さに言及し、少々留保付きだが、「すべてを黄金に変えるミダス王」、豊麗な美女のようだと称している。

○音色について
そのピアノの音色についての違和感。アシュケナージというピアニストのピアノの音色を好む人は、これ以上ないほどの美しさと称えるが、いまだに録音でこれは素晴らしいと感じた経験がない。硬質で透明なクリスタルのような音色が好きなので、アシュケナージの録音はにじんでいるように聞こえてしまう。 ロンドンレーベルのデ・ラローチャの録音でも同じような音色が聞こえるのでデッカの録音の特徴のひとつなのかもしれない。実演ではどうだ(だった)ろうか?

○演奏解釈、癖
アシュケナージの演奏解釈は模範的なものという評判が多いが、そうではない例もあるように思う。

 ▼『子どもの情景』
  演奏技巧的に比較的容易なシューマンの「子どもの情景」の音盤をこのアシュケナージのほかにホロヴィッツ(RCA モノ)、ケンプ、アルゲリッチと所有しており、愛好曲なので聞き比べしてみることもあるのだが、一番好むのはケンプの録音。一般的に模範的な演奏といわれるアシュケナージの演奏がもっとも崩して(強弱やテンポの変化など)弾いているようだ。メロディーが低音に出る際の強調だとか、付点リズムの粘っこさ。ところどころに現れるリタルダンドなどのテンポの変化。楽譜にないようなスフォルツァンド。

 ▼ショパン
  ショパンのバラード、スケルツォ集のCDは、音盤としてはこれしかなく、聞き比べしたことがないため、特徴を把握していない。

 ▼モーツァルト
  彼の引き振りのモーツァルトのコンチェルトも絶賛記事を数多く読んだし、名盤リストなどでは20世紀末には必ずリストアップされていたものだが、どうもそのよさが分からない。モーツァルトのピアノ協奏曲は、特に優れた演奏でなくても楽しめるのに、この違和感は独特のものだ。

○ネットでのアシュケナージ評

ネットを探すと、いろいろ記事が多かった。

1.評価しているもの:

http://members.goo.ne.jp/home/14159265358
http://blog.goo.ne.jp/maruta_2005/e/c82e68c4d82c988f936d23e56e6cb6b7

2.比較的ニュートラルなもの: 
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/dialogue/miyamoto-dia02.html
http://www.happypianist.net/music/soho3.htm

3.辛口な批評:
http://www10.plala.or.jp/frederic3/pianist/ashkenazy.html

「特に彼のピアノの最大の欠点と僕が思うのは、ノンレガートの音の不揃いとオクターブ連打等の強奏での歯切れの悪さです。緊迫感の欲しいところでその音楽の持つ密度が発散してしまう傾向があるのはそのためでしょう。」

 →これについては、前述の「熱情」のフィナーレで同じ感じを抱いた。

② http://homepage3.nifty.com/masahiroclub/goroku5.htm
齋藤雅広
第一回 「アシュケナージに賛否両論・・・・・」
「アシュケナージはいつも弾んでいる。特に録音では音色感がすばらしく、女性には特に受けそうなナイーヴな色香もあると思う。」「不思議なのはあれだけの技術がありながら、付点リズムの重くまどろっこしいところ?」「もっともっと素晴らしい出来になってもいいのでは?と思わせるほどにアカぬけない」

  :教育テレビのキーボーズでおなじみだったピアニスト齋藤雅広氏によるアシュケナージの新録音についてのエッセイからの抜書き。

  :付点のリズムについては、「子供の情景」や「月光」で耳についていた部分。

  :アカぬけなさについても、同じ「子供の情景」のケンプやアルゲリッチの洗練された演奏に比べると、
    なんともアカ抜けなさを感じる。

③ピアノに関心の強いひとたちの掲示板(スレッド)から
http://www1.plala.or.jp/hide_pianist/pianobakabbs/9.html

http://72.14.235.104/search?q=cache:8K1pNgmHMH0J:www1.plala.or.jp/hide_pianist/pianobakabbs/9.html+%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%80%80%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%88%E3%80%80%E9%85%B7%E8%A9%95&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=22

163へのレス] 投稿者:****投稿日:1999/12/24(Fri) 23:03:04
「アシュケナージは透明な美しい音を持っていますが、批判の対象にされるのは表現がわざとらしいからでしょうか。自然体でいい演奏もありますが・・・。あと彼の場合極端に遅いテンポでねばねば弾くこともありますね。」

:「表現がわざとらしい」 (「透明な美しい音」は実演を聴けば分かるのかも知れない)

163へのレス] 投稿者:** 投稿日:1999/12/25(Sat) 02:07:32
「ちなみにアシュケナージに関しては、あの妙に音色のアタックの部分ばかりが際立っていて、極度に減衰の速い、独特の音色が生理的レベルで既に受け付けなくて、以下略です^_^;」

:「独特の音色」 このように感じる人もいるようだ。

163へのレス] 投稿者:***投稿日:1999/12/25(Sat) 02:37:07
「だから、アシュケナージの音って「彼の音」というよりは「デッカの音」かもしれません。こういう事は、「***」のHPの*さんが詳しいっす。」

 :「デッカの音」ラローチャのCD「カルナヴァル」でもにじむような独特な音色を感じた。

④同じスレッドの別の部分
http://www1.plala.or.jp/hide_pianist/pianobakabbs/23.html

284へのレス] 投稿者:** 投稿日:2000/04/22(Sat) 00:11:38
「手が小さいアシュケナージなんかは立派な音をコントロールして出していますよね(CDではそう聞こえる)。でも彼の場合、横の流れを意識しすぎるあまり、リズムが歪になってしまって・・・・これって手の小ささの弊害?」

 :「リズムが歪(いびつ)」 付点音符の独特の弾きかたもこれに通じるか?

④ 2CHから 「アシュケナージの すれ」
------------------
138 名前: 名無しの笛の踊り 投稿日: 02/11/02 23:14 ID:r9uMQJUv
「アシュケナージにかぎらずロンドンレーベルの問題だと思うが....
CD(レコード)で、残響(エコー)が深くて短い、中音域が押し出される、もわ~っとした音(風呂場のエコー状態)になるのはなんで?
ショパンのノクターンなんか良いと思うけど、この音(録音)のせいで押し入れ行きだよ~
ショルティーも同じようだったなあ
アシュケナージもグラモフォンなら良かったのに......... 」

139 名前: 名無しの笛の踊り 投稿日: 02/11/03 11:18 ID:pFgHgO88
「アシュケナージはEXTON!!」

140 名前: 名無しの笛の踊り 投稿日: 02/11/03 17:08 ID:Z+ADQGbT
「>138
収録場所の問題か録音機材(マイク)の問題と思われ。 」

141 名前: 名無しの笛の踊り 投稿日: 02/11/03 17:19 ID:3u3lTn4I
「>>138
彼の演奏はどちらかというとグラモフォンよりフィリップス向きじゃないですかね。 」

 :アシュケナージのピアノ録音についてのコメント。このような意見は少数ではあるが。その意味でアシュケナージのピアニストとしての最盛期に(指揮活動を始める前)実演で彼の演奏を聴いてみたかった。

○とりあえずのまとめ
検索結果をまとめてみると、アシュケナージについては、結構評価が分かれているようだ。もちろんどんな巨匠ピアニストでも、ある愛好家は絶賛し、別の愛好家はまったく無視をするというケースがあるのだから、これは決して異例なことではない。私が合わないのはアシュケナージだけではなく、ホロヴィッツにしても、多くのプロフェッショナルもしくはプロを目指すピアニストが虜になるという話を聴くが、私はどうも彼の音楽にあまり惹きつけられない方だから(セル/NYPとのチャイコフスキーの1番は素直に脱帽したが)。自分にとってはピアノ演奏や録音には結構相性的なものがあるようだというのが、とりあえずのまとめだ。また、自分の恥をさらすようではあるが、楽器それぞれの固有の音色については分かるがタッチによる音色の違いについての感受性が低いのかも知れない。

○余談:
ピアノの音色の多彩さの受容に関しては相当主観的な要素が強いようで、記憶はあいまいだが1978年頃だったの『芸術新潮』だったと思うのだが、ミケランジェリの有名なドビュッシーの前奏曲集第1巻のDG盤の発売直後の号では、七色の虹のような音色というものと、淡彩な墨絵のようだという両極端な評論記事を再度俎上に乗せた評論記事があったように記憶している。

ピアノの録音については、一時期のドイツグラモフォンのポリーニ、アルゲリッチ、ミケランジェリのソロの音がどれも素晴らしいと吉田秀和氏が書いていたことがあった。それらの共通する特徴は、私見ではいわゆる硬質で滲みのない音色だった。ピアノ録音のエンジニアによって、直接音、間接音、残響等々をどの割合でミックスするなどの操作が違うと思うが、それにより、オーディオから聞こえるピアノの音には違いが出るのだろう。もっとも、演奏者はプレイバックを聞いて、自分のピアノの音色と合っているかどうかをスタッフと話し合うのだろうから、その結果生まれた音盤の音はピアニスト公認ということにはなるのだろうが。

P.S. エレーナ・アシュケナージ は、ヴラジーミルの妹で、やはりピアニスト。日本の武蔵野音楽大学のピアノ科の客員教授も務めている。

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2006年8月 3日 (木)

マルティノン/VPO の『悲愴』、ボロディン第2番

Martinon_tchaikovsky6_borodin2チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 作品74『悲愴』
ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団 〔1958年4月〕 18:24/7:54/8:41/9:55

ボロディン 交響曲第2番 ロ短調
ロンドン交響楽団 〔1960〕 6:38/4:38/7:38/5:50

指揮:ジャン・マルティノン Jean Martinon

先日、ドビュッシーの『管弦楽のための印象』をモントゥー盤とマルティノン盤で聞き比べをしたのだが、そのときに以前にFM放送で聞いたことのあるマルティノンの『悲愴』のことを書いて以来どうしてもCDで聞きたくなり、セルのチャイコフスキーの第4番と一緒に、DECCA BEST100シリーズ に入っているCDを購入した。この録音を腰を据えて聴くのは初めてだ。

マルティノン指揮ヴィーンフィルの『悲愴』は、LP時代に大ベストセラーだったという。『悲愴』のステレオ盤として世界初の発売だったのか、ヴィーンフィルの『悲愴」のステレオ録音として初発売だったのか、非常に話題を呼んだようだ。ただ、これを最初で最後にしてマルティノンとヴィーンフィルの組み合わせの音盤はないというのだから、どういう経緯でこの録音がプロデュースされ、どうして共演盤が出なくなったものなのか興味深いものがある。それほど評判を取ったものなら第2弾が企画されてもよさそうなものだったろうに。

さて、今回も先入観を捨てきれず、予想としては「フランス的な洗練とヴィーン風のしなやかさがミックスされたものだろう」と思っていたら、意外にもダイナミックで結構男性的な演奏だった。amazonなどのレビューにある感想とはことなるのだが、音色にしてもリズムにしてもヴィーンフィルのよく言われる練り絹のような弦の音色と、トゥッティの響きのまろやかさが感じられず、むしろ結構荒々しさダイナミックさが感じられた。第1楽章は、有名な第2主題で相当テンポを落とし思いを込めて演奏している。この辺りはVPOの高弦が美しい。第2楽章の五拍子の「ワルツ」でも、ストレートにさらっと演奏するのではなく、リズム的な処理も結構独特なものが感じられた。

このマルティノン盤の後に、ムラヴィンスキー盤を久々につまみ聞きしようと聴いてみたのだが、とうとう最後まで聞いてしまった。迷いのない真摯な音楽が素晴らしかった。

『悲愴』のタイミング
マルティノン/VPO〔1958〕           18:24/7:54/8:41/9:55
ムラヴィンスキー/レニングラードo.〔1960〕 17:41/8:07/8:22/9:47
小澤/パリo.〔1974〕              18:33/7:59/8:42/10:01
ジュリーニ/LAPO〔1980〕           18:41/8:08/9:25/10:12
 この通りタイミング的には小澤/パリ管のものと数秒差の瓜二つ。


併録は、マルティノンがロンドン響を振った ボロディンの交響曲第2番。これも、現在CDでもっている チェクナボリアン指揮の同曲に比べて、タイミング的に相当快速な演奏になっている。チェクナヴォリアンの演奏は、イギリスのオケとは言え、いわゆる本場物に近いものだろうが、あまり好みに合わないものだった。それが、イギリスのオケでフランスの指揮者のこの録音は、曲自体の把握力がよいのかチェクナヴォリアン盤よりも楽しめた。

『ボロディン』のタイミング
マルティノン/LSO〔1960〕           6:38/4:38/7:38/5:50
チェクナヴォリアン/ナショナル・フィル〔1977〕 7:02/4:30/8:35/6:21

マルティノンは、ドビュッシーのオーケストラ曲集(EMI盤)と、ERATO盤のフランクの交響曲程度しか知らず、比較的洗練した音楽作りをする人だと考えていたが、モントゥーのドビュッシーとの比較や今回のCDを聞いてみた結果、結構ダイナミックでテンポも動かして情緒的な音楽を作る指揮者なのかも知れないと思うようになった。

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ココログ アクセス解析の導入で考えたこと

これまでまったくアクセス解析機能がなかったココログベーシック(有料版としては最も廉価)に8/2からアクセス解析が導入された。

プラス・プロというココログの有料高機能版には従来からこの解析機能が付与されていたようだが、それも今回のバージョンアップによってベーシックと横並びで高機能化したようだ。(無料のフリーにもアクセス解析は付いていたが、今回はバージョンアップは見送られ、後日アップされるようだ)

とにかく詳しすぎるほど詳しい。アクセス数が見られればいいと思ったら、自分のblogのどのページがどの検索エンジンのどの単語、フレーズで検索され、アクセスされたのかも分かる。自分が単純にメモ程度の意識で書き付けた記事も、ブログならではのgoogleフレンドリーな特性により、googleの相当高い位置に置かれることもあるので、アクセスしてくれた人に申し訳ないような思いだ。

ここまで詳しいということを逆に言えば、自分がアクセスする一般のブログやホームページでも、さらには多くの公的なホームページでも相当詳しいアクセスログを簡単に取れるというこになり、逆に恐ろしくなってしまった。

全体主義、スターリニズム批判の『動物農場』を書いた英国人作家ジョージ・オーウェルの反ユートピア小説『1984』の1984年はとうに昔になってしまったが、現在のブログもその意味であの世界の「テレスクリーン」のようなものかも知れない。絶えず、検閲の恐怖は付きまとう。できるだけ当たり障りのないことを書いているつもりではいても。

また、数日前の新聞に、言語のフィールドワークの一手法としてblogを閲覧してデータ処理することを始めた学者のことが紹介されていた。自分から社会に向けて情報発信をしているのだから、そのように利用されることは甘受しなければいけないのだが、このようにBLOGで自分の意見を書き連ねることが果たして自分にとってメリットのあることなのか、どうなのか、疑念が湧き起こってきている。


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2006年8月 1日 (火)

SNSに参加してみている

Social Network Service に参加してみた。現在500万人ほどが参加しているという mixi というサービスだ。このmixi という日本最大のSNSは、参加者からの紹介がなければ入れないといういわゆる「いちげんさんお断り」的な会員制を敷いているところに特徴があるようだ。ここ数日ログインして、コミュニティー(昔のnifty-serveのフォーラムのようなもの)にいくつか参加してみてはいるが、nifty時代のような面白みはあまり感じられないでいる。

このmixiの独走状態にまったをかけようと、Yahoo も SNSを立ち上げ、昨日から名前も新たに、Yahoo Days がYahoo会員には自由に登録、利用可能となった。こちらはまだ始まったばかりだし、Yahooのポータルでもほとんど宣伝していないような状態なので、まだまだ参加者は少ないようだ。

閉じられた信用できる人たちとのコミュニケーションといううたい文句の mixi だが、実際のところどうなのだろうか?入会資格は、上記の通りすでに参加している人からの紹介メールのみだ。その意味では、500万人という日本人20人に一人が参加している勘定になる膨大な参加者がいることは、不特定多数に開かれているのとまったく同じ状況になっているといっても過言ではないようだ。

Yahoo は BB会員またはいわゆる一般の有料会員(プレミアム会員)ならば誰でも参加できるように門戸を広げたようだ。

今のところ先行の mixi が有利のように感じるが、自分自身が SNS にそれほどメリットを感じないこともあり、しばらく傍観してみようと思う。

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日本の古典を題材にしたバレエがあった

ネット検索をしていたら、たまたま興味深い題名のバレエを発見した。

S.Kallosh "The Moonprincess or the story af Takatory "(Ballet in 2 Acts) Ballet

『月の姫君または竹取物語』 とでも訳すのだろうか(Takatory が初めは竹取のことだとはすぐに思いつかなかった。)要するにあの かぐや姫の物語を台本にしたバレエのようだ。

今度は『バレエ 竹取物語』で検索すると、ちょうど今、レニングラード・バレエ団が ガラコンサートのようにハイライトシーンを公演中のようだ。
(今でもレニングラードという名称を使っているのは不思議だが・・・)

また、下記にも過去のレニングラード国立バレエの公演の情報が残っていた。

---------------引用開始------------
この冬、13度目の引っ越し公演を果たすレニングラード国立バレエ。今やすっかり、冬の風物詩となった日本ツアー、今回は2002年の12月から2003年の2月にかけて日本各地で公演を行う。

2003年
1月25日(土)18:30
1月26日(日)13:00
Bunkamura オーチャードホール
主演(6月現在の予定)
1/25草刈民代、1/26ペレン
新作 竹取物語 ~月から来た姫~(カロシュ)

 構想15年、平安の古典絵巻を完全バレエ化した芸術監督ボヤルチコフ入魂の新作。竹取の翁に拾われたかぐや姫は、美しく成長。その美しさを知った貴族たちから求婚されるが、かぐや姫は哀しそうに月を見上げるばかりだった……。お馴染みの物語が、幻想的な舞台となって登場。日本文学にも造詣の深いボヤルチコフが、短歌や日本の文化を深く研究して作り上げた期待の初演作だ!
-----------------引用終了------------------


2003年初演ということは、バレエファンは夙にこの舞台と音楽のことを知っていたのだろう。マスコミでは話題になったのだろうか。また現在でも、レニングラード国立バレエ(マールイのことか?)のレパートリーに入っているということらしい。今年の公演のplaybill の写真は、なかなか本格的な衣装だと思った。

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