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2006年8月10日 (木)

長崎の原爆忌とビクトリア『レクィエム』

Victoria_requiem トマス・ルイス・デ・ビクトリア Tomas Luis de Victoria(1548-1611)  レクィエム Requiem

ザ・タリス・スコラーズ(ピーター・フィリップス指揮)  〔1987〕 ハックニーの聖ジョン教会 ロンドン

ジャケット写真は、エル・グレコ画 『オルガス伯爵の埋葬』

長崎は、ザビエルが伝えたローマン・カトリックの影響を最も受け、禁教令により多くの殉教者を出し、キリシタン禁制後も相当の数の信者が隠れキリシタンとして信仰を守り、また、鎖国時代の窓口としてオランダや中国に門戸を開いていた最も西洋文明の影響の強い土地だった。あのフォン・ジーボルト(シーボルト)が来日して鳴滝塾を開き多くの人材を育て、その後多くの文物を携え帰国、ドイツで日本をヨーロッパ諸国に紹介し得たのも長崎あってのことだった。

ビクトリアは、ザビエルの鹿児島来航の前年に生まれ、ローマではザビエルと同じイエズス会に入会し、パレストリーナの後継者としてヴァティカン(バチカン)で活躍後、スペインに戻り生涯を終えた大作曲家で、この『死者のためのミサ曲』は、彼の最高傑作と呼ばれている。天正遣欧少年使節がローマ、スペインを訪れたのは、ちょうどビクトリアがローマやスペインで活躍していた時代だった。以前コーラスグループに所属していて伝ビクトリア作の四声の「アヴェ・マリア」を歌ったときにその事実に気づき俄然興味が湧いたのを思い出す。もしかしたら彼ら少年たちは、ビクトリアの音楽を聞いたのではないか、と。事実、帰国した少年たちは、ジョスカン・デ・プレの音楽を習得しており、それを披露したことがあったのだという。

長崎には、学生時代に一人旅で訪れたことがあった。平和記念公園、大浦天主堂、原爆資料館で、原爆投下による被害の大きさ惨たらしさに衝撃を受け、またグラバー園からは三菱重工長崎造船所を遠望し、戦艦武蔵の建造に思いを馳せた。

その長崎に原爆が投下されたのは、61年前の昨日だった。最も西洋文化に縁のある土地に、西洋文明暴力の究極の形である原爆が落とされた皮肉を思う。縁がない土地に落とされた方がよかったという意味では決してないが。

多くの作曲家が素晴らしい音楽作品としてのレクィエムを作曲してはいるが、普段、レクィエムを耳の愉しみのために聞こうという気にはなかなかなれないでいる。しかし、今晩は、原爆の犠牲者への哀悼の意を込めて、少なからず日本とも縁のあるビクトリアの美しい『死者のためのミサ曲』を聴きたいと思う。

追記: 2006/09/28

Victoria というつづりは英語やイタリア語風の発音を元に表記すると ヴィクトリア となるようだが、何とスペイン語では Vのつづりは、英語やイタリア語の Bの発音なのだという。それゆえ、スペイン生まれの Victoria は ビクトリア とつづるのが適当なようで、そのように書いているが、うっかり ヴィクトリアと書いてしまうこともある。この辺りは、現地発音優先を心がけてはいてもややこしいところだ。

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