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2006年11月23日 (木)

アルゲリッチの『クライスレリアーナ』

ロベルト・シューマン Robert Schumann (1810-1856)

Schumann_kreisleriana_kinderszenen_alger 『クライスレリアーナ』 Kreisleriana 作品16

マルタ・アルゲリッチ Martha Algerich

〔1983年4月、ミュンヘン プレナーザール、ディジタル録音〕


1.Äusserst bewegt 最高に激しい動きをもって
2.Sehr innig und nicht zu rasch 非常に親密感をこめて、あまり速くなく
3.Sehr aufgeregt 非常に激しく
4. Sehr langsam たいへんゆっくりと
5. Sehr lebhaft  きわめて生き生きと
6. Sehr langsam 大変ゆっくりと
7. Sehr rasch 非常に速く
8. Schnell und spielend  急速に、戯れるように

アルゲリッチのピアノ演奏は、かつてドイツグラモフォンのLP『鍵盤の競演』というオムニバスものにショパンの『英雄』ポロネーズ、リストの『ハンガリアン・ラプソディ』第6番が収録され、子ども時代から長らく聞いていたこともあり、大胆不敵で豪快なピアノ演奏家というイメージが強い。しかし、その後、取り立てて彼女のピアノ演奏の音盤を購入しようと思ったことはなかった。このCDのほかに、彼女の弾き振りのベートーヴェンとハイドンのピアノ協奏曲、アーノンクールとのシューマンの協奏曲の音盤がある程度。あまり熱心なリスナーではない。このCDは身近なCD店で、『クライスレリアーナ』の予習(ヤン・ホラークのリサイタル)のために購入。

アルゲリッチのこの演奏は、この曲が持つ「狂気」「鬼神に憑かれたような状態」(dämonisch)を明瞭に表しているように感じる。それかあらぬかこのアルゲリッチの『クライスレリアーナ』の録音は、ホロヴィッツのそれと並んで世評では双璧とされているようだ。アルゲリッチもまだ若く、ソロのリサイタルや録音を活発にこなしていたころの超絶的なテクニックにより、この曲は恐るべき様相を呈する。身を焦がすような灼熱の炎。愛染明王の紅蓮の全身を連想させる。このような演奏が、この曲が求めていたものの理想の一つではあろう。

第1曲の切れ味は彼女独特のもの。「最高に激しい動き」というドイツ語の発想表示そのもの。

第2曲の主部のゆらぐようなリズムの崩し(ルバート)は、少々わずらわしさもあるが、効果的。主部は遅いテンポを取っている。間奏的にはさまれる速い部分は、逆に第1曲のような鋭い演奏。繰り返しを忠実に守っているためもあるが、他の奏者の録音に比べて非常に演奏時間が長い。ピアノの音色的な美感では、ドイツグラモフォン的な透明な音色。

第3曲 Noch schnell の部分の激しさ!

アタッカのように第4曲へ。レチタティーヴォのようなモノローグ。第3曲のEtwas langsamerを回想。

第5曲。シューマネスクな付点リズム。これも付点の演奏がスマート。中間部の突発的なクレッシェンドの激情は、いかにもアルゲリッチ!

第6曲も、モノローグ的。Etwas bewegterから心の動き。

第7曲の非常に激しい音楽に、アルゲリッチの美質が展開される。Noch schnellerの激烈さ。

第8曲、執拗な人工的なリズムパターンの繰り返し。Mit aller Kraft からの急激な楽想転換。

執拗なリズムパターンの繰り返しは、楽譜を見るとそのすさまじさが良く分かるし、唐突な楽想の転換は、耳で聞くと良く分かる。この二つがシューマンの音楽の試金石の一つではあるまいか。アルゲリッチの演奏は、迫力においてもすさまじいものがある。ケンプやルービンシュタインが意識的に避けていたように思われる音楽の狂気への没入だが、アルゲリッチの演奏はそこに身を投じるようでまことに戦慄的なものとなっている。

ジャケット写真の泣いた後のようなアルゲリッチの写真から受ける印象もあるのだろうが、この『クライスレリアーナ』は尋常ではない。そのため、耳の楽しみのために気軽に聞けるものではなくなっている。

追記:2008/02/09

*『クライスレリアーナ』の記事とタイミング

ホロヴィッツ    (1)2:34 (2)7:01 (3)3:35 (4)3:19 (5)3:20 (6)3:55 (7)2:14 (8)3:38
ブレンデル         (1)2:44 (2)8:06 (3)4:39 (4)3:58 (5)2:57 (6)4:16 (7)2:07 (8)3:21
アルゲリッチ       (1)2:35 (2)9:40 (3)4:32 (4)3:54 (5)3:08 (6)4:11 (7)2:06 (8)3:27
ルービンシュタイン(1)2:56 (2)8:53 (3)4:41 (4)3:12 (5)3:19 (6)3:37 (7)2:19 (8)3:57
ケンプ               (1)2:45 (2)7:40 (3)3:46 (4)3:45 (5)3:29 (6)4:15 (7)2:25 (8)3:40

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