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2006年11月 7日 (火)

ベートーヴェン 七重奏曲

Beethoven_septet ベートーヴェン
 七重奏曲 変ホ長調 作品20
    (10:08/9:12/4:03/7:35/3:24/7:55)

モーツァルト
  ホルン五重奏曲変ホ長調K.407(386c)   (6:08/5:42/3:45)

ベルリン・ゾリステン
 ゲラーマン(Vn)、モーク(Va)、ハルトーク(Va:HrnQuintet)、バウマン(Vc)、シュトール(Cb)、ライスター(Cl)、ヴラトコヴィチ(Hrn)、トゥルコヴィチ(Fg) 〔1990年、ベルリンでの録音〕


独奏から十重奏までは、英語で Solo, Duet, Trio, Quartet, Quintet, Sextet, Septet, Octet, Nonet, Dectet と表すそうだ。どれもラテン語由来のイタリア語を借用したものらしい。Septet, Octet, Nonet, Dectetの語幹は、September, October, November, December のそれと共通する。西洋人でも、September を9番目の月と脳内変換するのは結構苦労するのではなかろうか?Octoは、Octopus 八本足のタコ(蛸のはっちゃん!)と同じだし。ローマ皇帝のわがままによる不合理をそのまま2000年近くも受け入れ続けるというのは西洋人も我慢強い。

閑話休題。

さて、この七重奏曲は、若い頃のベートーヴェンの作品。室内楽に分類されるがモーツァルト的な曲種分類からすれば、『グランパルティータ』のような管楽セレナード、ディヴェルティメント、ハルモニームジークのような機会音楽に近いもののように思われる。

ここでは、まだ耳の病気に悩む前の、快活で社交的なベートーヴェンの音楽が聞かれる。この音楽を聴くにつれ、「歴史にもしも」は禁物だが、彼の耳疾が悪化しなければ、あれほどの深遠な傑作が残されたかどうかという思いに駆り立てられる。

若きベートーヴェンは、モーツァルトもそうだったようにピアノの即興演奏の大家だったという。その妙技によりボンでもヴィーンでも貴族を中心とした音楽愛好者の間の花形であり、そのような自分の演奏のために作曲したのがやはり快活なピアノ協奏曲の第2番、第1番だった。それらはもちろん、この七重奏曲も若い頃の作品ということもあり、心に沁み通るような深みはほとんどない。そこに聴かれるスケルツァンドな味付けは、ベートーヴェンの個性的な快活さの表れで、枠組み的にはハイドンとモーツァルトによって確立されたヴィーン古典派の様式の中にある。この作品もそのような時期のものであり、聞いていて、後年のベートーヴェンのイメージがほとんど湧かないものの一つだろう。

ベートーヴェンの傑作の森以降の作品群を聴くときに、現在私はほとんど彼の難聴のことを意識せずに聞いてしまっている。伝記的な知識としてはいやというほど読まされ聞かされ、私の小学生時代はベートーヴェン崇拝者の先生にまさに『楽聖』という意識を叩き込まれたものだった。しかし、いわゆる偶像破壊の風潮が広まるにつれて、モーツァルトやベートーヴェンの伝記的な人間的な側面が広く知られるようになり、人間的な個性、魅力が広まるに反比例して、その聖性は失われていく傾向が強まったように思う。ただ、それにつれて、人間性が偉大だったから生まれながらの天才だったから音楽も素晴らしいという考え方は今でも残ってはいるが、逆に残された音楽が素晴らしいからこそ、彼らの伝記的な事実にも目が向けられるという風に変ってきた。

そのような観点から、後の伝記的知識を棚上げしてこの作品を虚心坦懐に聴いてみると、もちろん後年の萌芽も見え隠れはするが、希望に満ちた青年音楽家の躍動が伝わってくるようだ。そこから、前に戻るようだが、「もしも」を問いたくなる。彼がその後耳の障害に悩み、それを克服した上で不屈の闘志により傑作の森と晩年の至高の作品群をものさなければ、その後の西洋音楽の発展も相当違ったコースをとったのではなかろうか?

なお、この曲の第三楽章のメヌエットは、『ソナチネアルバム』第1巻第15番として知られるベートーヴェンの優しいソナタ第20番ト長調作品49の2(作品番号は大きいがこの七重奏曲よりも前の作品)のメヌエットと同じメロディなので、非常に親しみ深い。この演奏が見事ということもあろうが、特にヴァイオリンの楽器法が非常に効果的であり、楽想の親しみやすく大胆な点も含めてやはり若き天才の作品だと感じる。

併録のモーツァルトのホルン五重奏曲は、もちろんホルン五本の合奏ではなく、「ホルンと弦楽のための五重奏曲」で、編成は、ホルンとヴァイオリン1,ヴィオラ2,チェロ1というものだ(ホルン協奏曲的な作品ではあるが、この楽器編成は、彼の弦楽五重奏曲の編成のうちヴァイオリンをホルンに置き換えたものに相当し、いかにモーツァルトがヴィオラによる内声を重視したかの表れとも見られる)。彼は、管楽器をフィーチャーした室内楽を相当残しており、有名なクラリネット五重奏曲、オーボエ四重奏曲、フルート四重奏曲集、ケーゲルシュタットトリオなどがよく聴かれるが、このホルン五重奏曲は、ロイトゲープというモーツァルトの気のおけない悪友のために書かれたホルン協奏曲ともども、他の管楽器の室内楽、協奏曲に比べてそれほどもてはやされてはいないようだが、佳曲だと思う。

ベルリン・ゾリステンは、ベルリンフィルの著名な名手たちの集団。かつてDGのLPのライスターやコッホが加わったモーツァルトのクラリネット五重奏曲とオーボエ四重奏曲は、この団体名を名乗っていたように記憶するがどうだろう。母体のオケの少々ボリュームがありすぎるほどの低音の雄大さはないものの、個々の奏者の力量とアンサンブルは流石に素晴らしい。特にホルンが見事だと思う。

P.S. narkejpさんの七重奏曲の記事を拝読してこのCDを聴く機会を得たので、トラックバックさせていただいた。

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コメント

トラックバックありがとうございます。おっしゃるように、晩年のベートーヴェンの深さは理解できるつもりですが、その一方で若いベートーヴェンが持っていて晩年の彼が失ってしまったものの価値もありますね。この年になると、屈託のない健康さというのは、何よりの価値のように思います。後年のハイドンは、あの年齢でそれを実現しており、頭が下がります(^_^)/

投稿: narkejp | 2006年11月 7日 (火) 06:28

narkejpさん、コメントありがとうございます。

七重奏曲を生で聴かれたというのはうらやましいです。

確かに、次第に年齢を重ねると20代の陰りのないはつらつとした勢いが懐かしくなりますね。ベートーヴェンのこの七重奏曲は、本当に青春の音楽という趣で気に入りました。

また、ハイドンは晩年まで若々しさを失くさずにいたというご指摘、その通りだと思います。改めて晩年のハイドンにも触れてみたいです。

投稿: 望 岳人 | 2006年11月 7日 (火) 21:09

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若いベートーヴェンの魅力の一つに、作品20の七重奏曲がある。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスにクラリネットとホルンとファゴットを加えた、室内楽としてはやや大きめの編成の作品である。むしろ、もう少しで室内オーケストラに近づくと言っていいほどであり、1799年から1800年に書かれたことを考えると、交響曲第1番を準備する段階とみなすこともできるだろう。 第1楽章は、アダージョ〜アレグロ・コン・ブリオ、軽快で親しみやす... [続きを読む]

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