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2006年11月25日 (土)

シューマン ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲 デムスとバリリ四重奏団

Schumann_pfquartet_quintet

ロベルト・シューマン(1810-1856)

ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44
ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47

イェルク・デムス(ピアノ) Jörg Demus
バリリ四重奏団  Barylli Quartet

〔1956年 ヴィーン、コンツェルト・ハウス、モーツァルトザールでの録音、モノーラル〕

イェルク・デムスのピアノとヴィーンフィルのコンサートマスターだったバリリが主宰した四重奏団によるシューマンの室内楽曲。米ウェストミンスターレーベルによる一連のヴィーン録音だが、日本人の手により録音当初のマスターテープ(原盤?)が発見され、それにより音質がよみがえったとされる再発売もの。このCD以外にも多くの室内楽を録音したバリリは、よみがえった録音を聞き、自分の当時の音がすると言って感涙にむせんだと伝えられている。文春新書の『クラシックCDの名盤』p.197-198 中野雄氏の大絶賛「レコード界不朽の名演」に興味を持ち、数年前に購入した。(『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』p.270にも「レコード界の至宝」とこれまた最大級の賛辞。)

先に『シューベルティアーデ』というタイトルのCDで触れたデムスは、ヴィーン派のピアニストという先入観を裏切るほどの意外にも非常に広いレパートリーを持ち、シューベルティアーデのCDの帯には、膨大なリストが掲載されている。J.S.バッハの「ゴルトベルク」「パルティータ」「平均律」「イギリス組曲」、モーツァルト、ブラームス、フランク、そして何とドビュッシーも録音しているほど。

それでも、デムスは、特に1950年代から1960年代が全盛期で、独奏曲よりもアンサンブルの名人として現在でも名盤の誉れの高い録音を残しているようで、フィッシャー=ディースカウとの『詩人の恋』などは、未だに歌手自身が最良の歌唱としているほどのものだという(その後エッシェンバッハと録音したCDも名録音の評判が高いが)。その中にあり、このCDはもっとも素晴らしいものの一つかも知れない。(訪問させてもらっているブログのいくつかではすでにこの録音を取り上げられている。)

さて、今年没後150年のロベルト・シューマンの生涯と作品、評論は今でも非常に興味深いものがある。岩波文庫で読める『音楽と音楽家』(吉田秀和訳)もすでに何度も話題にしたが、同時代の作曲家で現在もその作品が愛好されているものなど、当時それについてシューマンがどのように感じたのかがよく分かる。(ただ、モーツァルトのト短調交響曲など前時代の古典派については少々首をかしげる理想化が行われているようだ。この本では見つからないのだが。)

シューマンのこの2曲のピアノを伴う室内楽曲のうち、ピアノ五重奏曲は、R.ゼルキンとブダペスト四重奏団の往年の名演をたまたま学生時代にエアチェックでうまく録音でき、ラジカセでよく聞いた思い出の曲だ。その頃、シューマンの交響曲や歌曲、ピアノ独奏曲もあまり知らずに、(トロイメライを別にすれば)最も親しんだ曲が、このピアノ五重奏曲だ。後に、ブラームスやフランクが同編成の曲を残すが、意外にもこの編成は古典派時代にもないようで、比較的珍しいものらしい。(ピアノ四重奏曲といえば、モーツァルトが傑作を残しているが。)

五重奏曲は、第1楽章の輝かしいアレグロ。第2楽章の陰鬱に歩むような音楽と、動きの激しい鮮烈なスケルツォが印象的だ。そして主調が変ホ長調というのに、主に短調で奏でられるフィナーレもユニークで、コーダで第1楽章が(循環主題的に)再現する効果はなかなか素晴らしい。

四重奏曲は、このCDで初めて聞いた曲。五重奏曲と同じ調性を取ったところは、何か考えがあったのだろうか?第1楽章は、序奏を持つ。主部は、モーツァルトを少し連想させる。第2楽章はスケルツォ。五重奏曲とは違い短調。同時代の妖精的なメンデルスゾーンとは違うが、この少々野暮ったいところがシューマン的で好きだ。第3楽章は、『アンダンテ・カンタービレ』、そのまま歌曲に転用できそうなロマンチックなメロディーが夢見心地に歌われる。フォーレの『夢のあとに』が連想されるし、メロディーの終結が、フリースの『モーツァルトの子守唄』に似ているようだ。中間部がもっと一般受けするようなつくりなら、もう少し人口に膾炙したかも知れないなどと思った。主部の再現は変奏になっている(この辺り少々演奏の音程が不安定なのが惜しい)。第4楽章は、長調でフーガ的に開始する。これもモーツァルトからヒントを得ているようにも思えるが、シューマンは、クララとともにバッハのフーガを相当研究したというから、その成果がこの2曲にはよく出ているのだろう。(『クライスレリアーナ』でも対位法がところどころ用いられていた。和声音楽よりも長い歴史を持つ対位法音楽ゆえ、個人的には、その要素を持つ音楽は、衒学的というそしりはあるだろうが、音楽に高みと深みを与える不可欠な要素であり、それを欠くものはどこかしら満足できないのかも知れない。)

デムスとバリリの演奏は、中野氏の言うような「不朽の名演、至宝」かどうかは分からないが、思い出のゼルキンとブダペストのものより柔軟な表情であり、また活気にも欠けていないものだ。デムスもこの当時は、その後指摘されるようになった不安定な演奏の気配はまったくなく、ブゾーニコンクールの覇者らしく、メカニック的にも安定して聞け、バリリ四重奏団との息もぴったりで、うまいアンサンブルというものはこういうものかということを味あわせてくれる。

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