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2007年5月の22件の記事

2007年5月31日 (木)

ブレンデル 『エロイカ変奏曲』『エリーゼのために』

Eroicavariation_brendel シューベルトにも『ロザムンデ』間奏曲の主題をテーマにした変奏曲がいくつかあるが、ベートーヴェンにも交響曲第3番『英雄』の第4楽章の変奏曲の主題をテーマにした曲が、このピアノソロによる『エロイカ変奏曲』作品35と、バレエ音楽『プロメテウスの創造物』のフィナーレとコントルダンスでも用いてる。恐らくお気に入りのメロディーだったのだろう。

このことは、以前からベートーヴェン関係の解説には大体書かれてはいたが、この独奏ピアノによる『15の変奏曲とフーガ』変ホ長調(エロイカと同じ調性)をまともに聞けたのは、このCDを入手してからだ。

昨年末来入手したディスクとドライブ音楽 のリストにあるように、この頃は何枚かブレンデルのCDが目に付き購入したが、これまでブレンデルのベートヴェンをあまり聞いたことがなかったので、気軽に手にとって聴き始めたところ、ブレンデルらしく正攻法のまことに立派な演奏を聞くことができた。曲は、『エロイカ』のフィナーレのような序奏はないが、バスによる途切れ途切れのテーマ(変奏)から始まり、何変奏目かでようやくメロディーが登場するという流れはこの曲がエロイカのプロトタイプだということが容易に想像された。しかし、15変奏とその後にテーマによるフーガ変奏(これもエロイカの展開部を思わせる)も付くという長大なもので、時間的規模では、このヴァリエーションの方がエロイカを凌駕する。

変奏曲の規模としては、例のディアベリに次ぐ規模だというが、ひなびた『エロイカ』主題の再現が曲の最後に出てくると、また聴きたくなる魅力のある曲だと思う。

この雄大な変奏曲のほかに小品がいくつか。バガテル『エリーゼのために』は私が弾ける数少ないピアノ曲だが、プロのピアニストが弾くとなんと易しい(優しい)曲なのだろうと思う。(実演でこの曲を聴いたのは、ピアノのお稽古発表会以外では、あの須坂でのデムスのアンコールくらいだっただろうと思う。デムスは、本当にこの愛らしい曲を愛しんで弾いてくれた。) 我が家のLP,CDでも何種類か聴く事ができるが、古くから親しんだケンプの演奏を別格とすれば、このブレンデルも悪くない。グルダとアシュケナージは私の好みから言うともう一つだ。

このほかに、作品126という晩年の『6つのバガテル』、そしてグルダの『アンコール』にも収録されていて耳に親しい『6つのエコセーズ』作品番号なしの(WoO)83。

ブレンデルの演奏は、もっさりしているところもあるが、音色が自分に合っているのと、いわゆる見栄っ張り(虚仮おどし、虚栄)的な要素が少ないのでやはりしっくり来る。

このほかにも、シューマン『子どもの情景』『クライスレリアーナ』やハイドンのソナタを入手できたので、また別稿で感想を書いてみたい。

p.s. それにしても今日の午後の激しい雨と雷には参った。帰宅時の電車が信号機に落ちた雷の影響で駅間で停車して鮨詰めの車内にしばらく閉じ込められるなど、結構生活にも影響があった。ヨーロッパでは、5月の嵐、メイストームで大きい被害が出たりするらしいが、日本の5月は比較的平穏だったはずだが、今回の大雨と落雷は、寒気が北西から侵入してきたためらしい。5月の大雨と落雷というのはあまり記憶にない。

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2007年5月30日 (水)

J.S.バッハ フルート・ソナタ集 ニコレ、リヒター

Nicolet_jsbach_fl_sonata J.S.バッハが残したフルートとチェンバロのためのソナタ4曲と、無伴奏(というよりも独奏)フルートのためのソナタ(パルティータ)。

ソナタ集は、
ロ短調 BWV1030
変ホ長調 BWV1031
イ長調 BWV1032
ト短調  BWV1020

ソロフルートソナタは、イ短調 BWV1013

ソロソナタが1963年で、後の4曲は、1973年に録音されている。

ニコレは、フルトヴェングラー時代のベルリンフィルの首席奏者として活躍後(カラヤン初期にもかぶるが)、ソロ以外にも多くのアンサンブルに参加しており、私のコレクションのにも彼がメンバーのディスクも結構あるはずだ。特に、同じリヒターとの『音楽の捧げ物』でも参加しているし、バウムガルトナーの『ブランデンブルク協奏曲』でもソロフルートで参加している。その他、リヒターとミュンヘンバッハ管によるアルヒーフへの録音にも相当参加しているのではなかろうか?

また、私の数少ない超一流の奏者体験のうちの重要なものの一つとして、彼が小林道夫を伴って仙台に来たときに、「電力ホール」という東北電力が経営?している多目的ホールの大空間の中で、フルートとチェンバロのデュオを聴いたことがある。

Rampal_jsbach_fl_sonata しかし、これまで、バッハのこれらの曲集は、ランパルとラクロアのエラート盤が座右の盤(といってもこれしかなかったのだが)として非常に親しいものだった。ランパルの黄金のフルートの音色は華麗過ぎてバッハに合わないとも言われてきたが、自分としては、輝かしく繊細な音色と演奏が好みにあっていた。(ちなみにランパル盤は、BWV1030,1031,1020のソナタ、1013のソロ、1034と1035のフルートと通奏低音のためのソナタ=トリオ・ソナタ?)が演奏されている。ニコレの1032はランパルでは聞けない。)

ニコレはというと、アンサンブルの一角を占める演奏家として、バッハの中でも特に好んでいる『音楽の捧げ物』のフルートとチェンバロと通奏低音によるトリオ・ソナタでも、自己主張を相当抑制しているのか、その音色の渋さが強調され、ランパルのフルートに比べると自分の好みではないように感じていた。

ところが、今回このディスクを入手して、じっくり聞いてみると、さすがにフルートが主役だけあり、しっかりした自己主張と、渋いながらよく通る音色は聴き応えがあり、これまで培われてきたアンサンブル主体の地味なフルーティストという少々自己流のイメージがよい意味で覆された。

参考:昨年末来入手したディスク・・・

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2007年5月29日 (火)

東照宮に豊臣秀吉が相殿(あいどの)されている

子どもが6月に日光に一泊二日の修学旅行に行くために、家庭学習で日光についてなるべく調べておくようにという宿題をもらってきた。

私自身は独身時代に会津方面の山と日光の太郎山の登山の行き帰りの途中に、二回も日光東照宮を参拝したことがある。単に江戸幕府の創設者である徳川家康を祭神とした徳川家にとって最重要の神社(宗教施設)で、そのために江戸時代の五街道の一つ日光街道が整備されたというような一般的な事柄しか知らずに、二回とも陽明門や三猿、眠り猫、鳴き竜、徳川家光廟程度を見て回った記憶しかない。輪王寺も二荒山神社もよく知らなかったほどだ。(フタラサンの音読みがニコウなので、これが日光の語源だろうと思った程度だった)。

その後、ずーっと日光とは縁がなかったが、隆慶一郎の『影武者家康』『捨て童子・松平忠輝』などの時代小説などで、家光の祖父家康への崇拝と、父秀忠への愛憎(相当作家が想像力を逞しくしたフィクションだが、説得力がある)を知ったりしたので、家光が現在の形に東照宮を整備し、自らの廟をその地に建てたことの意味を少し理解できたように思ったが、今回旅行ガイドブックやインターネット情報で調べてみると、その頃は知らなかった意外な事実が、あっけらかんと書かれていることに驚いた。合祀とは言わず相殿(あいどの)と言うらしいが、日光東照宮には、家康を東照大権現という名で主神として祭り、豊臣秀吉、源頼朝が一緒に祭られているというのだ。

家康は、群馬県の新田の庄を領地とし新田義貞を輩出した新田氏を祖とする、つまり源氏の血統であるという血統伝説が松平氏に伝わっていたため、藤原氏を称するしかなかった豊臣秀吉と違い、源氏の子孫ということで、朝廷から幕府を開くことを認められた経緯もあり、武家政権の創始者である源氏の棟梁頼朝が祭られているのはまったく奇異なことではないのだが、秀吉の場合は、不可解な感をいだかせる。

それも、日光だけでなく、その大元である静岡の久能山(ここでは織田信長も合祀されている)でも、また滋賀県にある日吉東照宮でも秀吉が祭られているらしい。(仙台にも東照宮があったし、全国各地に東照宮はあるようだ。それらはどうなのだろうかと思って調べたら、そのような例はあまりないらしい。)

江戸幕府を倒して、明治新政府を作った薩長が中心となった勢力が、徳川氏の守り神である東照大権現のそばに、徳川家によって豊国神社を破壊され、大明神としての神格を否定され、豊臣一族を徹底的に滅ぼされた秀吉を合祀することで、徳川氏への牽制をおこなったのではないかという説も唱えられているようだが、真相はどうなのだろうか?

奇説として、日光東照宮プロジェクトの推進者の僧天海が明智光秀だったというような面白い話も話題になっているし、戦国末期の天下人たちの人間模様が未だに日光では渦巻いているようだ。

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スメタナ 『我が祖国』全曲 ノイマン/チェコ・フィル

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ベドルジーハ・スメタナ 

連作交響詩『我が祖国』全曲 

ヴァーツラフ・ノイマン指揮 

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

<1982年11月5日 東京文化会館 ライヴ> 

これも昨年末来入手したディスクとドライブ音楽より。

購入早々聞いたのだが、これまでの愛聴盤のクーベリック/ボストン響盤に比べて少々印象が弱かったため、うっかり購入したのを忘れていた。

改めて今晩聴きなおしてみた。録音データをよく見ると、この連作交響詩の初演100周年の記念してのコンサートのライヴ録音だったらしい。学生時代の友人が、同じコンビのベートーヴェンの第九の東京ライヴをLPで持っていたが、その来日の時と同じ時だったのかも知れない。

演奏は、まさに自家薬籠中の物で、ノイマンにしても、チェコフィルにしても、目を瞑っていても演奏できるほどの作品だろう。全曲初演100周年という記念コンサートという特別の機会でも、肩肘はらず、自然に演奏されている。ただ今回改めて聞きなおしみると、録音が、DDDでやはりDENONのお得意のはずのものだが、少々遠目の席で聞いているような印象を得るため、そのせいもあるのか、もう一つ、訴求力に欠けるというのか、隔靴掻痒的なもどかしさも残るものだ。それで、印象が薄かったのかも知れない。

これに比べると、アメリカのボストン響とクーベリックのスタジオ録音は、明瞭なピントで撮影された高解像度の写真という趣がある。

マーラーの第九では、すっかりとりこになったノイマンとチェコフィルだが、自分にとってはこの本場物の方は、ちょっと物足りなさが残ってしまった。

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2007年5月28日 (月)

ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ FlとObのためのデュエット集 

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W.F.バッハ(1710-1784)といえば、ヨハン・ゼバスティアンの長男として、伝記には必ず登場する音楽家だが、その作品に接する機会はあまりない。フルートとオーボエ(原曲は2本のフルート)のための二重奏曲集という珍しい編成の曲を、ヴィーンフィルのフルーティスト シュルツとベルリンフィルのオーボイスト シェレンベルガーが組んで演奏したものだ。

W.F.バッハは、時代的には、ペルゴレージ(1710-1736)、ルソー(1712-1778)、グルック(1714-1787) W.A.モーツァルトの父レオポルト(1719-1787)と同年代なので、いわゆるバロック末期から前期古典派に属すのだろう、二本の木管楽器はいわゆる対位法的に追いかけっこをしたり、ときには和声音楽的に和したりするが、曲想は大バッハのものより、開放的なおおらかさを感じさせる。

大バッハはこの長男の才能をもっとも愛したというが、アルコール中毒か何かで身を持ち崩し、極貧のうちに生涯を終えたとされる。しかし、この曲集を聴くだけでも、この音楽家の才能が凡庸のものではなかっただろうことは素人の耳にも分かるような気がする。

元は二本のフラウト・トラヴェルソのための「練習曲」的に作曲されたもののようだが、ここでは、一本をオーボエが受け持っている。華やかで爽快なフルートと、さびしげだが少し諧謔味のあるオーボエが巧みに自己主張をしながら対話を繰り広げ、全6曲を一息に聞かせる力を持っている。

p.s. 昨年末以来入手したディスク・・・をぼちぼち整理しながら聞きなおしているところ。なんだかようやく音楽が耳に入って来始めた。

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2007年5月25日 (金)

ドラえもん映画 のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~

これも少し以前の話。

子ども達と新作の『ドラえもん』映画を見る約束をしていて、前売り券を買っておいたので、公開日のすぐ後に、いつものシネコンに子ども達と私の三人で見に行ってきた。

昨年の『のび太の恐竜』は、オリジナルの第一作を初めてリメイクしたやはり記念的な作品で、ところどころ少しアニメーターの手が足りないのかという省略されたような部分があったが、ストーリー的にはわかりやすく、親愛なる動物との出会いと別れという普遍的な物語で、思わずもらい泣きをしてしまうような内容だった。

今回の七人の魔法使いも、藤子F不二雄存命中のオリジナル長編映画のリメイク版で、オリジナルはまだDVDやビデオでも見たことはなかったが、原作長編コミックでは親しんでいたものだった。

子ども達は、相当熱心に見入っていたが、パラレルワールド的な設定が少々しっくりこないこともあるのか単なる疲れか珍しく映画の途中で居眠りをしてしまった。全体的に決してつまらなかったわけではなかったのだが、子ども達が相変わらず熱心なのとは対照的に私のドラえもんへの関心は段々低下してきているようだ。

毎週、金曜日にも新作アニメーションが放送されており、子ども達が見ていればそれなりに見るのだが、どうも飽和気味な気がする。

そうかと思えば、このドラえもんの原作などが連載されていた『コロコロコミック』という雑誌の創刊30周年ということで、その当時読んでいた大人たち向けの特別版10巻セットが発売されたということで、懐かしがって買う人もいるんだろうとか思う。そういえば、大学時代にも友人がときおりこのコミック誌を買ってよんでいたのを思い出す。ストーリー漫画、劇画は、手塚治虫が戦後の創始者だが、いわゆる江戸時代からの読み本文化の伝統が日本にはずっとあったわけで、馬琴の『八犬伝』などもその挿絵が魅力的だったらしい。その日本の「線画」的なストーリーコミックが次第に世界の「オタク」層にファンを広げていっているらしい。勿論アニメーションは、宮崎駿のアカデミー賞を持ち出さずとも、相当早い時期から欧米アジアに輸出され、その国々の子ども達に大きくアピールしていたし、現在もその状況は継続しているのだろう。

まが、いわゆるビデオゲーム(テレビゲーム)の世界でも、日本発の大ヒットゲームがいくつもある。

一時期、経済産業省あたりがアニメーションやコンピュータゲームを輸出産業にというような構想を掲げたことがあったように記憶するが、サブカルチャーとしてのこれらの文化が産業とまで継続的な発展を遂げ、持続するものだろうか?それも国のお声掛かりでどうにかなるものではないと思う。

ただ、上記のアニメーション、ゲームを見たり楽しんだりした世界の人々が、日本や日本人をどのように知り、感じているのか、そのような大々的なリサーチはないものだろうか。興味がある。

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2007年5月23日 (水)

セル/クリーヴランド管のハイドン

Szell_haydn94_96_98_1 長年欲しいと思っていたセルとクリーヴランド管のハイドンの交響曲集をようやく店頭で発見し、買い求めた。税込み924円也。背表紙には、セル/クリーヴランドの演奏ということはまったく書かれていないので、店頭で見つけられたのは、本当に偶然だった。

曲目は、第94番ト長調、96番ニ長調、98番変ロ長調の三曲。

見慣れたソニークラシカルのロゴがスキャンしたパンフレットに写ってはいるが、発売元は、ドイツらしく、SONY BMG MUSIC ENTERTAINMENT となっており、シリーズ名は esprit というものだ。ためつすがめつしてみて、ようやくこれが以前聞いたSony(旧CBS)とBMGが合併した会社のものだということが分かった。実物を手にしたのはこれが初めてだ。

曲名や簡単なコメントは、ドイツ語表記になっており、パンフレットの解説もドイツ語のみ。また、録音年や録音場所のデータ記載はどこにもない。その意味では、Made in EUとされているが、ドイツ国内向け仕様なのだろうか?

パンフレットの裏表紙には、同じ esprit シリーズに含まれるCDのパンフレット写真が12枚掲載され、それをめくるとシリーズのラインナップが並んでいる。Sony Clasical のほかに RCA, Arte Nova が含まれている。(この合併会社が例のベートーヴェン60枚組みを発売したので、ジンマンのベートーヴェンが含まれているわけが分かった。また面白いことに、RCAレーベルからあの名盤で日本ではDENONレーベルから何度も再発されているザンデルリングとドレスデンシュターツカペレのブラームスの1番が発売されているのが分かった。)

有名な94番『驚愕』(びっくり)は、"mit dem Paukenschlag" 「ティンパニの打音付き」となっている。解説には、英名"Surprise" となっているので、ドイツでこのように呼ばれているということだろう。おぼつかないドイツ語を読んでみると、どうも第四楽章でのティンパニの活躍を指し示しているようだ。 erste Satz(第1楽章)と書かれているのが疑問だが、やはり、第2楽章の変奏曲のティンパニの一撃を指してはいるようだ。

セル/クリーヴランドによるこの録音は、相当以前FM放送をエアチェックして何度も聞いたものだが、ところどころ微妙なテンポ操作があるがそれほど特徴がある演奏ではないので、懐かしさを感じることは無かった。それでも、さすがに引き締まった演奏だ。

ちなみに、日本でいわゆる『太鼓連打』と呼ばれるのは第103番の交響曲であり、アダム・フィッシャーの全集では、"Mit dem Paukenwirbel" (Drumroll)というふうに表記されている。

第96番は"The Miracle" という表記だが、以前どなたかからモントゥーのハイドンのときに御教示をうけた通り、この演奏は、いわゆるヴァイオリンを両翼配置(対抗配置)にしているのがはっきり聞き取れる。アダム・フィッシャー盤では、この『奇跡』はそれほど印象に残る曲ではなかったが、精緻で生き生きとしたアンサンブルがよく分かる。特に第2楽章の終盤などソロ楽器が絡み合う部分があるのだが、まさに室内楽である。こういう演奏でハイドンを聴けるのは耳の贅沢だ。ピリオド楽器派の演奏も悪くはないが、このように水準の高いモダンオーケストラを仮にハイドンが聴けたとしたら、自分の曲がここまで壮大であり、緻密であり、輝かしいのに驚くのではなかろうか?

第98番の変ロ長調も、アダム・フィッシャーの全集ではほとんど記憶にないものだが、短調の序奏に始まり、対位法を駆使した第一楽章は、ユーモラスな表情を見せながら、ハイドンの微笑みを垣間見せてくれる。

ハイドンの録音は、いわゆる生真面目・誠実系の指揮者の録音が結構自分としては好みだ。ヨッフムやC.デイヴィスのモダン楽器によるハイドンも素晴らしいが、セルのハイドンも生真面目・厳格なセルが(わざとらしくない)たくまざるユーモアを見せてくれるところが、ハイドンという作曲家の奥の深さを逆に照射しているのかも知れない。(アンサンブルが雑だったり、ただ整えただけのユーモアのない演奏は、すぐに飽きが来るのもハイドンの特徴だろう。)

録音年代は、手持ちの資料では、有名な94番が1967年だということが分かる程度。少々ヒスノイズといわゆる微妙な音の混濁があるが、ステレオプレゼンスには不自然さはない。乾き気味の音質だといわれることの多いセル/クリーヴランドのCBS録音だが、爽風が吹きぬけるかのような音質は決してきらいではない。

以前にも書いたことがあるが、音楽学者のロビンス・ランドンだったと思うが、彼はセルとクリーヴランド管の演奏を(生か録音かは知らないが)聞いて、音楽学者を志したのだという話が伝わっている。しかし、そのセルのハイドンは(ネットでの販売は別にして)店頭ではほとんど見たことがない。もったいないことだと思う。

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2007年5月22日 (火)

久々の横浜動物園 ズーラシア

これも、春先の3月10日の訪問記。

多分半年以上行っていなかったのではなかろうか?妻は家で用事があるというので、子どもと三人で、少し早めに出かけてゆっくりと園内を散策することにした。入り口のアジアゾウの展示場では、飼育員の人たちによる説明やトレーニングが行われていた。動物園で飼われるゾウの寿命は、平均60年ほどだという。まさに『ゾウの時間 ネズミの時間』である。この動物園のゾウたちは、ちょうど12歳くらいから15歳くらいで、小中学生ほどの年齢だという。だからこのゾウたちが健康で長生きすると、今見物に見えている子どもさんたちが大人や老人になっても出会えるかも知れないと語ってくれたのが印象的だった。

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次は、森の人 オランウータンのオスが、いきなり近づいてきて人間達を睥睨していったところ。メスが死亡してからはしばらく元気がなかったということだが、最近はようやく活力を取り戻したようだ。多摩には多くの仲間がいたので、是非つがいになるようなメスをまた連れてきてやってほしい。
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インドライオンは、頭数が増えすぎてしまい、現在オスとメスを分けて展示場に出しているほどだという。彼らにはこの地に適応したのだろう。

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ゴールデンターキンには、つがいだろうか仲間が増えており、人前にも堂々と姿を現していた。 P3100090

ユーラシアカワウソはなかなかタイミングが合わずに見られないが、この日は運良く出てきてくれて泳ぎも披露してくれた。 P3100102
白熊は珍しく2頭が展示場に出ており、のんびりと頭をゆすっていた。 P3100109
春の使者クロッカス P3100110
ミモザが花盛り P3100116

珍しいハクビシンの給餌 P3100122


アナグマP3100123_1

タヌキ P3100124_1

オセロットの接近撮影 P3100143_1

メガネグマ P3100149_1

ヤブイヌの群れ P3100147

そして、名物オカピ P3100155_1

入場のときに、平成11年(1999年)に開園以来、8年目を迎え、3/9時点で、9,925,694人だったという掲示が出ていた。4/1には来園者が1000万人を突破したという。 (最近の年間入場者数は、100万人強とのこと。)

開園後数年は、最寄の中原街道と呼ばれる主要県道が毎土日には渋滞するほどだったが、最近は道路整備も進んだことと、ズーラシア自体の話題性が相対的に少なくなったためか、それほど混雑することもなくなってきた。現在、オカピやヤマアラシのいるアフリカゾーンの奥に、動物園の人気者、キリンやライオンなどが(多分)見られるアフリカエリアが工事中で、また珍しい動物たちが見られるようになるらしい。ただ、それがいつになるかは、なかなか情報が伝わってこない。

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2007年5月21日 (月)

非純正 プリンタ 詰め替えインク

もっとも廉価版の多機能プリンタを使いながら、さらにそのランニングコストを下げるべく、カートリッジへの詰め替えインクを購入して試してみたのは、この正月の年賀状からだった。hpのプリンタは、ヘッド付きインクカートリッジ方式なので、ヘッド部が故障しても取り替えれば済むのは優れているのだが、カートリッジが高価で結構ランニングコストが高いのが珠に瑕だった。

インクの補充は、最初は、少々面倒に感じるが、慣れると結構手際よくインクの補充ができるようになる。そして、印刷の色バランスなども2回目の詰め替え程度までは、オリジナルからあまり遜色ない発色で印刷できるようだし、プリンタ本体にもあまり悪い影響は今のところ見られない。

ただし、説明書の通り、3回以上詰め替えをすると、インクの色バランスが崩れてきてしまい、正常な色での印刷が段々とできなくなってしまうようだ。

最近は、周辺機器などもネットでPDFのマニュアルを参照するような方式が増えているので、つい紙に打ち出してゆっくり読みたい場合には、結構の枚数を印刷することになる。そのような場合には、色バランスが崩れてもかまわないので、もう使用限度が切れたカートリッジでも何とか使えるようだ。

メーカーでは回収したカートリッジをどのように再生させているのか知らないが、非純正詰め替えインクは、メーカー経営にとっては面白くない存在だろうが、ランニングコスト削減面、環境面ではそれなりに優れた製品だと思う。

日本メーカーなどでは、詰め替えメーカーとの間で訴訟も起きたようだが、メーカー側もシャンプーや食器洗い洗剤同様、詰め替え方式をもっと採用すべきではなかろうか。

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2007年5月20日 (日)

『天と地と』『武田信玄』『風林火山』

今年のNHK大河ドラマ『風林火山』は、以前武田信玄を扱った「タイトル」の海音寺潮五郎原作『天と地と』、新田次郎原作『武田信玄』に比べると、原作の井上靖『風林火山』が歴史小説としては、少々考証的に大雑把だったのでどうかと思っていたが、脚本家の工夫と、俳優陣(もちろん演出家)の健闘のためか、結構見ごたえがあり、このところ毎週楽しみに見ている。

私が、歴史ドラマに興味を持ち始めたのが、大河ドラマ『天と地と』で、上杉謙信の『毘沙門天』の「毘」の旗、武田信玄の「風林火山」の旗を、小学校のノートの表紙に自分の印として書いたことなどを思い出す。石坂浩二の謙信、高橋幸治の信玄も颯爽と重厚の対象があり、これをきっかけにして、長野市(当時は川中島町だったと思うが)の八幡原の史跡が整備され謙信と信玄の一騎打ちの銅像が制作され置かれたのだと思う。

海音寺潮五郎の名前は今ではあまり聞かなくなったが、それでもブックオフなどで「武将列伝」「日本名城伝」などを読むと、その深い知識と幅広い見識で圧倒される。『天と地と』は、謙信を理想化し過ぎているように感じるが、それでもやはり優れた小説だと思う。

現在のドラマ『風林火山』が始まる前に読み返したのは、井上靖の原作だったが、これはあまり感心できない部分があった。小説家としての格付けでは、井上靖がこの三人の中で一番高いようにみなされているが、この小説は、歴史的な細部の誤り(あいまいさ)や、信玄、諏訪御料人(由布姫)、山本勘助の三人の人間模様を中心とした恋愛小説的なくくり方は、少々読み応えの部分で物足りないものがあった。しかし、ドラマは自分としては結構面白い。

小説として一番精密なのは、山岳小説に健筆を振るい、その他『武田信玄』「武田勝頼』『武田三代』『新田義貞』などの歴史小説でも気象学者、観測家的な科学的・実証的な細部にわたる記述で異彩を放つ小説を多く書いた(最近話題の数学者 藤原某は、この人の子息だが・・・)新田次郎のものだろう。大河ドラマはすでに20年前近くの中井貴一主演の『武田信玄』として放送されたが、華麗さのない演出だった印象があり、熱心に見なかった記憶がある。

現在、読み返しているのが、この『武田信玄』だが、風の巻、林の巻、火の巻、山の巻と分かれている。すでに書いたが、『甲陽軍鑑』『妙法寺記』などの基礎資料、小林計一郎の『武田軍記』など多くの歴史資料に基づいているようで、信玄の行動、合戦が事細かに記されている。恋愛的な部分を除けば、小説というよりも歴史書を読んでいるかのようだ。この細かさが苦手という向きもあるだろうが、現在のドラマ『風林火山』の参考書としては最適だと思う。

今回改めて読み返し、自分の出身地の地侍たちの根強い抵抗の姿勢と信玄の徹底的な弾圧がやはり特に印象に残った。

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2007年5月18日 (金)

今日入手したディスク 2007/05/18

久しぶりに八王子方面に出張に出かけたので、その帰路町田に立ち寄りTaharaを覘いたところ、この5月末で閉店ということで、閉店セールを行っていたが、ほしいものは在庫がなく(SONY, RVCなどが共同企画のベートーヴェン傑作集60枚組み約8000円はほしかったが)、代わりに比較的在庫がある近くのブックオフに立ち寄ってみた。

CDの値段の付け方も以前とは違うようで、レギュラー盤クラスは、1000円で買えるものはまれで、1350円が普通の値段となっていたので、おいそれとは買えない感じだった。それでもと店内をみてみると250円から750円のコーナーが別に設けられてあり、そこにもクラシック音楽のCDが結構並んでいたが、ほとんどがいわゆる出版社のシリーズものや、いわゆるバッタもの(駅売り系)だっが、それでも玉石混交状態で、輸入盤などはむしろ安く売られていた。

1.セル/CLO の メンデルスゾーン 「フィンガル」「真夏の夜の夢」「イタリア」
  これは、以前にはよく見かけたシリーズものだがその折に買い漏らしていたもの。

2.オイストラフ セル/CLO による ブラームスのヴァイオリン協奏曲
   The CD Clubという通信販売ものだが、音源はいわずともEMIで、カップリングとしてブラームス入門的に 弦六の第2楽章、交響曲第3番の第3楽章、「子守歌」というもの。

3.ミュンシュ/パリ管の「幻想」交響曲 
   これは、フランス盤のEMIのようで表記はフランス語、パンフレットは仏英で書かれていた。LP時代に愛聴した録音で、未だ聞いていないがドキドキする。

4.小澤/BSO による マーラーの第1交響曲(花の章付き) フィリプッスの全集の前に録音されたDG盤。音盤は持っていなかったが、以前FMで何度か聞く機会があり、非常にいい演奏だと記憶していたもの。その記憶を裏切らないか、これも少々ドキドキ。

5.アシュケナージによる ショパンの「プレリュード」集と「即興曲」集の輸入盤
店頭では、あのポリーニの「エチュード」との聞き比べができると思っていたが、家に帰って確かめてみると「前奏曲」集だったので、ちょっとがっかりしたが、このアシュケナージは、アシュケナージには手厳しい自分にとっては意外にも結構しっくりくる演奏だった。

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東神奈川でアイススケート

これも今年の冬の話だが。

子どもの頃高冷地に育った私は、小学生時代、いわゆる課外のスケートクラブというものに入部し、スピードスケートのトレーニングを積んだ。選手にはなれなかったが、それでも小6のときには、一周400mの公式リンクで、500mを60秒を切る程度には滑れていた。私の世代ではオリンピック級は出なかったが、その地方からは私の父母の世代やここ数年になってからはオリンピック選手も出ているほどだ。

妻は、雪国育ちなので競技スキーではないが、スキーをそれなりにやるし、私も妻の生まれ故郷の地に勤務していた頃には、独身貴族として毎週のように志賀高原や八方尾根を初めとする北信濃のスキー場に出没していたので、ウィンタースポーツは得意なほうだろう。

しかし、我が家の子どもは物心ついた時にはすでに横浜暮らしになってしまったので、これまでスキーやスケートに連れていくことがほとんどなかった。

ところが、新横浜や東神奈川に屋内リンクながらホッケーやフィギュア、ショートトラック競技のできる通年営業のスケート場があり、子ども達も最近の荒川静香、浅田真央、安藤美姫(みき)、村主章枝(ふみえ)、中野友加里(ゆかり)、高橋大輔、織田信成などの活躍をみて、是非一度やりたいと言い出した。

そんなわけで、この冬、スケート場に行ってみたところ、やはり上記のような日本選手の大活躍に刺激されてかジュニアスケーターが大勢詰め掛けていた。私は、小学校を卒業してからは、ほとんどすべることもなく、大学時代に仙台のリンクで数回滑り、その後、長野Mウェーブの一般公開の日、約10年ほど前に滑って以来の滑走だったが、自転車と同じで昔とった杵柄は忘れるものではなく、それなりにスイスイ滑れて驚いた(もちろん危惧していた翌日のふくらはぎの筋肉痛はひどかったが)。

子ども達と妻にはヘルメットを付けさせて万全な態勢で望ませたが、次男は結構飲み込みが早く、一日目のほんの数十分の指導で何とか一人で滑走できるようになり、妻も「子どもの頃はとにかく怖かったけど、足の使い方はスキーのスケーティングと同じだね」と同義反復のようなことを言い、一人で滑っていた。結構不器用な長男だが、それでも逆ハの字に開いて斜め後ろに蹴り出すという一連の動作は飲み込めたようで、それなりの滑りにはなってきた。

ただ、ジュニアでもアイスホッケーやフィギュアを幼い頃からやっている子も多く滑っていたが、やはり体の使い方が格段に違う。転倒や衝突を恐れずに、自由自在に滑り、また果敢にジャンプに挑戦している。そこまでのレベルですべるのは困難だが、結構いい運動になるのは確かなので、暖かくなってからも折をみて連れていこうかと思っている。

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2007年5月17日 (木)

横浜市 金沢動物園

2月4日に「白梅も咲く節分会」というモブログの記事を投稿したが、これが横浜市の金沢区にある金沢動物園の一般駐車場側の斜面に咲いていた梅。金沢動物園などというと、石川県にあるのかと勘違いしやすいが、動物園にはそういう例が多く、上野動物園にしても東京動物園ではなく、旭山動物園にしても旭川動物園とは呼ばない。その他全国に、都市名ではなく、より狭い範囲の地名を名称にする動物園が多いような気がする。名古屋も東山動物園だ。ちなみに、金沢区は、鎌倉時代以来の金沢八景など由緒ある地名に由来があるのだという。

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ボンゴの写真


さて、妻と子どもは幼稚園時代の遠足でここを訪れたことがあるのだが、私は初めてだった。横浜市の動物園と言えば、古くから無料公開で有名な都心部の野毛山動物園や、よこはま動物園ズーラシアの方が有名だが、この金沢動物園も決してそれらに見劣りしない規模と動物数を有するものだった。動物の集め方の関係なのだろうが、主に草食獣が集められ、珍獣ボンゴや、愛嬌のあるウォンバット、人気者コアラなども見ることができる。

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ウォンバットの写真


三浦半島の付け根にあるだけあり、相当アップダウンのきつい丘陵を一巡りするように動物のケージが配置されている。行ったのが2月の厳寒期の午後になってからということもあり、来客数は非常に少なかったが、ちょうど今頃の季節はハイキング気分で訪問するのもよさそうだ。小高い頂の展望台からは、八景島などが眺められ、眺望も素晴らしい。

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 八景島シーパラダイスを望む

なお、最近、横浜横須賀道路で観音崎を訪れ、その道路を利用すれば、ほんの30分もかからずにスイスイと行けることは分かってはいたのだが、このときは、カーナビに慣れるために、いわゆる「したみち」を通ってカーナビの指示通りに行ったのだが、横浜の南部は北部よりも渋滞が激しいようで、それほどの距離ではないのだが、片道1時間ほどもかかってしまった。

現在、神奈川県の人口は、大阪府をわずかに抜いて八百数十万人で全国第2位になったのだという。特に横浜は平野も少なく丘陵とヤツやヤチと呼ばれる丘陵と丘陵のハザマの小さい扇状地状の地形からなっている場所が多く、人口が稠密だ。それにも関わらず、東京都と比べると道路インフラなども十分ではなく、外部からのこ洒落たイメージとは違ってなかなか住みにくい町だと思う。

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2007年5月16日 (水)

浅草詣で 2007/1/27

これも少し古い旅行記になるが、今年の1月に、こちらに来て初めて浅草寺に御参りに行ってきた。若手落語家を主人公にした「タイガー アンド ドラゴン」や、先日の「セーラー服と機関銃」のリメイクなどでも浅草が舞台になっていたりしているので、子ども達も結構興味がある様子で、東横線、銀座線を乗り継いで訪れてみた。

下のは雷門の大提灯を撮ったもの。雷門というだけあり、風神雷神?様が門の警護にあたっていらっしゃった。

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その後行われた東京マラソンもこの雷門を通過したらしく、大変な混雑だったようだが、よく晴れた暖冬の1月末だけあって仲見世も境内もごった返していた。

浅草寺の本堂自体は、我が家がよく行きなれている善光寺に比べると一回り小さいが、仲見世とその周囲のいわゆる下町の賑わいというのは、一種独特なもので、まだ20代の頃当時東京に住んでいた弟と来たときも、「ここにくるとやはり東京はアジアの一角だという感じだ」などと生意気なことを話したのを思い出した。この写真は、古き良き時代を感じせるブロマイドの専門店で、上の息子は、彼がファンである「車寅次郎」の白黒ブロマイドをもとめた。まさにタイムスリップ感覚だ。妻は、もっと古い柘植の櫛を由緒ありそうな店で買い求めたりして、すっかり江戸から昭和気分を味わうことになった。

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タイムスリップといえば、「花やしき」遊園地もその一つで、以前から覘いてみたかったところ。結構入場料などは高価だったが、ものはためしと入ってみた。レトロな乗り物が多いが、それがかえってブームなのだろう、結構若い人たちのグループや幼児を連れた人たちでにぎわっていた。P1270049

その後、浅草演芸場のある通り(電柱電線などが地下に埋め込まれたためかすっかりきれいで猥雑さがなくなっていた)を通り、つくばエクスプレスの地下駅から秋葉原に出て、そこからJRで帰宅したのだが、変貌しながらも、変わらない情緒、雰囲気を保っている一角だとは思った。 池波もので馴染みの本所や両国など周囲の地名などもめぐってみたかったのだが、これはまた次の機会。 こうなると、江戸東京博物館の浮世絵の里帰り展のタダ券をもらってあって行けなかったのは残念だった。

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最近買ったディスク 2007/5/16

2007年4月12日 (木)に 昨年末来入手したディスクとドライブ音楽 という記事を書いたが、最近集中して音楽を聴く時間が持たなかったり、いまいち音楽を集中する気分ではなくなっている。前にも書いた「抗不安薬」の影響もあるのかも知れないのだが、それでもときおりブックオフを覘いては、これまで関心がありながら聴いたことがない曲や演奏が目に留まるとつい購入してしまう。そんなことで先日入手したディスクは、これら。

1. ブラームス 交響曲第1番 
 シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団 

  国内盤の初期盤だと思う。3300円の定価がついていた。熱血ブラームスとして評価が高い往年の名盤の一つ。これも、例のセル/CLOのドヴォルザークの8番同様、いつも店頭で購入を迷ってこれまで入手しなかったものの一つ。就寝間際に、小型ヘッドフォンと携帯CDプレーヤーでの試聴的な聴き方なので、まともなレビューではないが、さすがのパリ管だけあり、木管やブラスがアンサンブル的というようりもソリスティックに浮き立つのが面白い。また、火の玉ミュンシュ晩年とは言え、快演「幻想」交響曲を残した頃と同じ時期の録音だけあり、いわゆる新古典主義(新即物主義)的解釈とは一線を画すようで、テンポ(第4楽章のトローンボンによるコラールの遅さ!)や表情付けがユニークで面白かった。引き締まって構築的なベーム/BPOやザンデルリング/SKDを規範的に聴いているものとしては、ファーストチョイスにはならないけれど、こういうブラームスもありだろう。(敢て誤解を恐れずに言えば、フルトヴェングラー的な演奏だろうか?)

あとの2枚は、両方ともプレヴィン指揮によるヴォーン=ウィリアムスの交響曲。

2. ヴォーン=ウィリアムス 交響曲第5番、タリスの主題による幻想曲
   ロイヤル・フィル 1988年録音(テラークレーベル)

3. 南極交響曲(交響曲第7番)、第8番 
  ロンドン交響楽団  1968年録音 (RCAレーベル)

ヴォーン=ウィリアムス(ヴォーン・ウィリアムス、イギリスではイニシャルのみでRVWと呼ばれるらしい)といえば、「グリーンスリーヴズ」幻想曲を知る程度で、その他「南極」の関係で、イギリスのスコット探検隊の悲劇と栄光を称えた映画のBGMとして作曲されたという「南極交響曲」の名前を知る程度だった。今回廉価でこの2枚が入手でき、少々イギリス音楽への間口が広がったように感じているが、まだ感想を述べられるレベルではないので、別の機会に。

これらのディスクより一月ほど前に買ったブロムシュテット/シュターツ・カペレ・ドレスデン(SKD、世界遺産登録されたというニュースを読んだが本当だろうか?)のベートーヴェンの交響曲全集は、以前から持っていた第九以外を就寝前の音楽やドライブ音楽としてよく聴いているけれど、今日は休みで、一人でゆっくりとステレオセットで聞いてみている。ヘッドフォンやクルマの音響でも感じられたが、このCDは録音年代こそ1970年代のものとは言え、録音会場(ルカ教会?)の残響の関係もあるのだろうか、非常に美しいベートーヴェンだ。SKDにぞっこんというわけではないのだが、このCDでは概してパートが充実していることや、響きが美しいけれどアンサンブル的には引き締まった演奏であることなど、この稿の一番初めに書いたザンデルリングの指揮するブラームスに通じるところがあるように感じる。聴き疲れしないなどというと、逆に作曲家に叱られそうだが、過不足のないいい音楽を聴いたという充実感が得られる全集だ。

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無線LAN ネットワークアドレス取得に時間がかかる

先日購入した無線LANルーターは、Wiiのアクセスポイントとして静かに活躍中ではあるが、無線LANモジュール内蔵のノートPCから接続しようとすると、接続・認証はすぐに問題なく完了するのだが、その後のネットワークアドレスの取得に時間がかかったり、長い時間をかけた後取得できずに終わることが時々ある。

対処法を読み、一度Yahoo ADSLモデムと無線アクセスポイントの電源を落として、30分程度してから再度電源を投入してやった後には、回復することが多いのだが、それでも少々使い勝手が悪い。一度は、このノートにあらかじめインストールされているインテルとXPの無線接続手順との競合かと思い、いろいろいじったら、せっかくのAOSS設定がクリアされてしまい、再度つなぎなおしたということもあった。

まだまだ厄介な部分が多い無線通信だ。

関連記事 Wiiを無線LANにつなげる

P.S. なお本日は休日出勤の代休を取得しており、大手を振って?音楽を聴いたり、パソコンをいじったり、このBLOGを更新したりしている。

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2007年5月14日 (月)

IKEA港北店とららぽーと横浜店

比較的自宅の近所にかたやスウェーデン資本という家具・雑貨の大型店、そしてもう一つ巨大ショッピングセンターを関東を中心にいくつも開設しているららぽーとの横浜店ができたので、前者は2ヶ月以上前に、後者はつい最近足を運んでみた。

ものめずらしさとしては、前者 イケヤ(アイキーア)の方だろうか。まずは、徹底的に商品を実際の暮らしの中にあるように上手にディスプレーして、それを延々と来客に見せ、それから、ほしいと思った品物(大型の家具もあるし、100円ショップなみに廉価もある)を一階におりてから実際に購入するというような結構演出がかった売り方をしている店で、売っているものもさすがに北欧というのか、いわゆる日本やアメリカ的な感覚とは少し異なったものが多い。製造場所は、主にアジア各国らしく、売値は非常に安い。本国やヨーロッパでも同じような売り方なのだろうか。日本の中の外国という感じで、一度は足を運んで軽いカルチャーショックを感じるのもいいと思った。

ららぽーとは、川崎のレゾナや横浜のベイスクエアだったかに相次ぎ開店した、少しリッチな郊外型の大規模ショッピングセンターで、売っているものには特別な目新しさはない。ただ、駐車場も広く、店内も明るく広々としているので、相当の来客が詰め掛けてもさばけるようにはなっているようだ。映画館やヨーカドーのようなスーパーも併設され、この近辺では最も使えるショッピングセンターの一つではあるだろう。ただ、昨年開店した豊洲のキッザニアのような客寄せ的なコーナーがないので、平凡さは免れがたい。また、駅から直結の川崎のラゾナに比べると最寄駅が少し遠いこと、周囲には少しクルマを走らせればイケアなどもあるが、それでも周りはいわゆる工業地域で何もないこともあり、少々盛り場的な盛り上がりには欠けるように感じた。私の趣味の分野では、外資系のHMVが入ったのだが、クラシック音楽のコーナーは町のそれよりも貧弱でがっくりした。来客者の事前マーケティングの結果なのだろうが、少々残念だった。本屋は紀伊国屋が入ったので、相当の品揃いが期待できそうだが、未だ立ち寄ってはいない。とにかく巨大で、雨の日などにブラブラするのはいいだろうが、疲れてしまうほどの大きさだ。

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2007年5月12日 (土)

箱根 星の王子様ミュージアム

しばらく、投稿用に表題だけ登録しておいて記事にしていなかった記事をいくつかアップしてみたいと思う。

表題が表題だけに、この写真がヨーロッパの街角だと思う人はいないと思うが、その通り、これが箱根にある「星の王子様ミュージアム」内のサン=テグジュペリにゆかりの1900年代のリヨンや1930年代のパリの街角を再現したものだ。 P2120036


これは、貴族、サン=テグジュペリが育った伯母の家サン=モーリス・ド・レマンス「城」を模したもの。P2120046


今年の2月に、新車の初高速道路走行も兼ねて、暖冬の箱根を訪れたときに、仙石原(小諸城主だった仙石氏が、秀吉の小田原攻めで活躍した場所にちなんで名づけられたという)にあるかねてから興味のあったこのミュージアムに立ち寄ってみた。最近、内藤濯(あろう)の岩波書店版の翻訳権が切れて、多くの翻訳が出てきた「星の王子様」(原題:小さな王子」)だが、その著者、サン=テグジュペリの生涯と業績を、彼の育ったフランスの町並みや建物の再現とともに紹介した結構大きいテーマパーク的なミュージアムだった。(入るまでは、子供だまし的なものかと思っていたのだが、いい意味で期待を裏切られた)。

彼の小説「夜間飛行」などは、新潮文庫で入手しざっと流し読みをしたことがあるし、勿論「星の王子様」は、児童文学好きとしては外せないものだが、その入りやすさと理解しにくさに結構違和感を抱いていた。それが、このミュージアムを訪れて、彼のバックグラウンドを知ることで、少しでも理解できるのではないかと思わせてくれる部分が確かにあった。一面的なものかどうかは置いておいても。

行った後知ったのだが、入園券は、箱根のミュージアム共通割引パスや、JAF会員の割引、ホームページの割引などが使用できるので、入園希望者は事前にどの割引が使えるかを調べていくほうがいいだろう。家族で行けば、割引合計でお土産のひとつも余計に買えるというものだ。

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2007年5月 9日 (水)

パソコン用USB接続ワンセグチューナー

地上デジタル放送を受信したいところだが、賃貸集合住宅住まいで、UHFアンテナの向きがどうなのかは分からないので、今のところ地デジ対応のテレビは導入せず、古いまともに音が出ない(ビデオレコーダーをアンプにつないで音を出している)テレビを使っているが、帰宅時に家電量販店に立ち寄ったところ、ワンセグ放送がパソコンで簡単に受信できるというUSBチューナーが結構廉価で売っていたのを見つけた。

店内を見渡すと、ワンセグ受信機能のある携帯辞書などが展示されており、実際に受信してみたところ、結構きれいに映るので、これならUSBチューナーの方も使いものになりそうだと予想し、ものはためしにと買ってみた。その店で一番売れているという I・O DATA社の SEG CLIP GV-1SG/USB という型番の製品だ。

早速帰宅して、付属のCD-ROMからソフトをインストールして、非常に小さいチューナーをつないでみたところ、意外に簡単に画像と音声が出てきてくれた。一応UHF帯域を使った電波ということで、こんなに小さいアンテナでよく映るものだとは思う。ただ、現在普通に見られる放送局のうち、フジとTBSの2局が現在いる部屋では受信ができない。

それでも他の局では、データ放送も見られる。また予約も可能ということだ(まだ試していないが)。現在も右端に小さい画面を表示してニュース解説を見ながら書いているが、なかなか面白い。チャンネンル権というより家の狭さのせいで夜のテレビ放送はなかなか見られなかったが、これによってたとえばTV東京のWBSなどのビジネス系のニュースも見られるようになった。

現在、このワンセグ放送は実際は携帯電話に搭載されたチューナーで見るのが普通ということだが、テレビパソコンではない私のようなノートユーザーにとってはなかなか便利なものだと思った。

ただし、オリジナルの小さい画面と200%程度なら画質の粗さは気にならないが、全画面にすると画像が粗すぎて少々つらいものがある。やはり地デジとは違う。

P.S. 2007/05/09 追記

USBの延長コード(オス、メス組みのもの)2mのものを購入して、チューナーを窓際のカーテンの高い部分にクリップで留めてみたところ、昨日は受信できなかったTBSとフジテレビも問題なく受信ができた。鉄筋コンクリートながら東北側の東京タワーをはるかに望む(実際には見えないが)方向に窓があるのも功を奏したのかも知れない。価格.comなどのレビューを改めて読んで、この方法にトライしたのだが、モバイルではなく、据え置きのPCでワンセグを楽しむのなら、外部アンテナに接続できるものや延長アンテナが付けられるものの方が無難なようだ。これは、これでデータ通信も(DNSエラーを除いては)受信ができるのが現行の他の製品よりもいいところだろう。

P.S. 2007/05/10

まったくの偶然だが、ちょうど 日経BPのデジタルARENAにこんな記事が特集されていた。 普通のパソコンがテレビパソコンに大変身! 1万円で始めるワンセグ生活 価格.COMのユーザーレビューに比べると舌鋒は鋭くないが、さすがにプロライター、要領よくまとめている。

P.S. 2007/05/11

予約録画機能は一応使える。PCをスタンバイ状態にしておいて、深夜の「のだめカンタービレ」のアニメを録画してみたところ、今朝確認したら録画できていた。ただし、録画後のスタンバイ状態への移行がうまくいかなかったようで、PCの電源スイッチを押したところ、「正常なログオフが行われなかった」というようなメッセージが出て、何とか立ち上がった。少々このPCスタンバイとの相性がよくないのだろうか?

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2007年5月 8日 (火)

フランス新大統領の相撲発言への不快感

「フランス大統領選は決選投票で保守系与党・国民運動連合(UMP)のサルコジ党首が勝利した。初の女性大統領をめざした社会党のロワイヤル元家庭担当相は劣勢を覆せなかった。」(愛媛新聞)

これまでの内乱的な暴動対応から好戦的な強硬派であることは確実だが、親日派のシラク大統領の相撲好きへの批判(2004年の中国での知的なスポーツではないという発言)が蒸し返されて報道されるなど、日本人の多くは彼に対して不快感を持ったのではなかろうか?

シラクは、日本の古代史にも知識を持ち、土偶と埴輪の区別ができるというエピソードも伝えられているほどの知日派であるが、ハンガリーの血統をひくといわれるサルコジは、まずはマスコミの蒸し返し報道であるとはいえ不快感の先制パンチを日本に与えてしまい、日本との関係はまずはマイナスからのスタートになるように思う。率直過ぎる人物なのか、それとも短慮軽率な人物なのか、これからの言動も注目していきたい。

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2007年5月 7日 (月)

5/3-5/6 クルマで帰省

昨年11月末登録のクルマに乗って、この4連休を実家に帰省してきた。この年末年始に帰省しなかったので、昨年の9月以来の父母たちとの再会だった。

カーナビで実家を目的地にセットすると、実家が高速道路のインターに比較的近いこともあり実家最寄の高速を使用するように候補がリストアップされてしまったのだが、一度東名高速の出口から環状8号などを通っての東京縦断は八王子へ出るよりもひどい渋滞を経験したことがあったため、往きは16号経由相模湖IC経由の中央道を選択してみた。ところが、相原付近で相模湖方面の細い一般道がまったく動かなくなり、仕方なく八王子ICに目的を変更、そんなこともあり八王子ICまで出るのに3時間もかかった。改めて神奈川北部の道路事情の悪さを思い知った。その後、中央道も甲府付近で軽い自然渋滞があったため、出発が午前8時で実家着が16時ごろと約8時間もかかってしまった。これならナビの推薦通り、関越道・上信越道経由の方がよかったかもしれないと感じた。

それにしても、カーナビを自分用にカスタマイズするのは結構難しい。また学習機能もあるようなことが書かれているが、それもあまり働かないようだ。自分の地元の道などは、国道などの幹線道路優先でルートが選ばれてしまい、いわゆる地元民の使うそれよりも便利で道路状況もよい抜け道情報がそれほど収録されていないのではないかと思われる。長野県内では、農林水産省により整備されたいわゆる「農業用の道路」(農免道路、広域農道)が主要国道のバイパスとして使われることが多いのだが、それらをナビが選択してくれないのだ。逆にそのような道路を使おうとすると事前の設定が非常に煩雑になる。

5/4は朝から北信州の妻の実家を訪問した後、以前から子どもたちと話題にしていた信濃町の野尻湖畔にあるナウマンゾウ博物館を訪ねた。P50400223 父が2001年に千曲川の河原で発見して、この博物館の学芸員の人に連絡して鑑定してもらったナウマンゾウの歯の化石が今はどうなっているか、同行した妻が受付の人に尋ねてみたところ、すぐに学芸員の方が標本を持ってきてくれて、「普段は3階展示室に、野尻湖以外の長野県内で発見された貴重なナウマンゾウの化石として展示させてもらっているのですが、現在は9月まで隕石などの特別展示のために3階展示室が使われているため倉庫に保管中です。しかし大変貴重なものなので大事に保管させてもらっており、また9月の通常展示には再展示します。」とのことで、発見日時や場所、発見者氏名などがきちんとラベルに書かれていたのが確認できた。これを携帯写真で子どもたちと記念撮影し、帰宅後父に見せたところ大層喜んでくれた。 帰路は、叔母の家に立ち寄り、妻の実家で夕食をご馳走になり、仲人さんの家にお土産を届け、菅平の山越えで実家に戻った。

5/5の子どもの日は、最初松本城と開智学校を見に行く予定で千曲ビューライン(例の広域農道の一つ)を走っていると、鹿教湯温泉方面の山に大量の煙が見えた。どうやら山火事が発生しているらしく、近づくにつれて消防車のサイレンが聞こえてきた。P505000103 ちょうど松本に通じる三才山トンネルへの道路がその火事現場のすぐ側を通っているので、やむを得ず恐る恐る近づいて行ってみたところ、消防車や野次馬が大勢集まっており、木陰から赤い炎の色が見えた。(原因は竹やぶの清掃後の焚き火が周囲に燃え広がったものらしい。翌日はまとまった雨で鎮火したことだろう。)


この山火事が理由ではないのだが、途中で気が変わり、三才山トンネル手前から引き返し、どうしようかと迷った後、いっそのこと「地元の旧跡めぐり」をしようと旧浅科村(現佐久市)の八幡(やはた)宿にある八幡神社と重要文化財の高良社(こうらしゃ)を見物することにした。妻の祖母がここの脇本陣の家系の出だということで、姻戚関係的には我が家にもそれなりに縁のある神社にはなる。例の「風林火山」の武田信玄も寄進したことのある由緒ある神社らしい。高良社(こうらしゃ)とは高麗社のなまりではないかとされ、このあたり一体が、平安時代以来名馬の産地として知られている(いわゆる官営の牧)場所で、その放牧技術を伝えた帰化人の本拠であったか、その人々の信仰の地であったかという想像が膨らむ(但し、全国各地にある高良社の由来、祭神とされる武内宿禰、八幡神社には結構複雑な関係があるらしい)。江戸時代にも小諸藩主からの寄進があり、特に八幡社は武神としての崇拝を受けたらしく、この社殿の周囲の木彫り彫刻類もおびただしく見事なものだった(重文の高良社よりも豪華な彫刻が施されている)。P505000134 ただ、連休中とは言え、バイパスも開通して交通量が少ないこともあり、訪れる人も我が家以外には、中山道ハイクらしい一組の老夫婦のほかには誰もおらず、物寂しい風景だった。



次に向かったのは、明治の洋式学校としては松本の開智学校と古さでは一ニを争い、これも重文指定されている「中込学校」。私はすでに何度も来たことがあるのだが、妻や子ども達は初めてで、明治の教場の様子や石板、石墨、足踏みオルガンなど実際に触れて使えるものも展示されており、相当面白かったようだ。 P505000146



その後、近隣にありながらこれまで通りすぎるばかりだった「浅間縄文ミュージアム」をようやく訪れることができた。(先日訪れた国立科学博物館の日本館の展示に、このミュージアムからの展示物として縄文太鼓?があったのも子ども達の気を引いた。)

ホームページから想像していたよりは、こじんまりした展示スペースだったが、やはり重要文化財に指定されている御代田町内の浅間山麓の川原田遺跡出土の「焼町」土器の見事な文様の示すオリジナルのほとんど損傷のない多くの見事な土器や、特別展の「仮面の縄文」で懐かしい川上村大深山遺跡出土の「ウルトラマン」と呼ばれる香炉のオリジナルが貸し出し展示されており、また最後には子どもの喜びそうな体験コーナーもあり結構充実した考古博物館だった。 P5050014

P5050026

なお、人面香炉型土器でgoogle イメージ検索をしたところ、井戸尻遺跡の同様の土器の写真を発見した。焼町土器にしても塩尻市の焼町で発見された土器の様式がそのように名づけられたのだというが、八ヶ岳を隔てた浅間山麓の御代田町であのような傑作群が作られ、人面香炉型土器にしても、富士見の井戸尻から川上の大深山まで直線距離的には数10キロだが、やはり影響関係があったものと考えられる。旧石器から縄文の石器で特徴的な黒曜石の産地は限られており、有名な和田峠産のものが東日本各地から出土していることからも、縄文人たちは旅というよりも冒険旅行の苦難もいとわずに、各地の集落が交流をしていたのだろう。今回の御代田の川原田遺跡の土器類があまりにも完全な形で出土したのは、奇跡的なことだが、逆な想像をすれば、そこに住んでいた人々は何らかの天変地異(浅間山の噴火による火砕流とすれば縄文時代のポンペイのごとし)や疫病の発生などにより、その集落を捨てざるを得なかったか、滅亡したのか、どちらかなのではないだろうか?そう考えると、立派な遺物は彼らの墓碑でもあるようにも思われる。

5/6は、往きの道路の戻りだと時間がかかりすぎるだろうということと、早めに高速道路で距離を稼いで、渋滞予想時間の前にその場所を通過し、とにかく都内に入ればどんなに渋滞していてもファミレスなど立ち寄れる場所は多くあるし、都内での迂回路検索こそカーナビの出番だということで、上信越道・関越道経由で戻ることにして、朝9時ごろ出発したところ、練馬には11時半ごろ、自宅には環状7号と246号経由でほぼ1時前には到着できてしまい、往きの苦労は徒労だったことがよく分かった。都内の道路の渋滞も場所と時間をずらせば、八王子までの16号の渋滞よりもどうもましなようなので、今後はもっと都内の道路を研究してみたいと思う。 総走行距離は、800kmほど走りまくったこの4日間だった。

P.S. なお、同伴したCDは、ブロムシュテットとSKDのベートーヴェン交響曲全集(このうち、1,3,5,6番をきくことができた)、小澤/BSOの「ピーターとオオカミ」など。かつてCDチェンジャーにベートーヴェンの交響曲全集をセットして長距離クルージングをするというような広告が記憶に残っているが、現代の圧縮・記録技術では、チェンジャーを積まずとも、それがいとも容易にできるようになってしまった!それこそHDDの容量次第では、あのモーツァルト全集を入れることさえ可能ではないか!

1300ccでCVTのVITZだが、ようやくエンジンの回転もスムーズになり、高速道路での合流での加速や追い越しなどでもほとんどストレスなく運転できた。ただ、菅平の須坂市側のような急カーブ、急傾斜の連続するハードな山道の登りでは、トルク不足は否めない。大排気量のクルマが走行車線で悠々と規制速度オーバーで上っていくのに比べて、大人子ども四人と荷物を少々積んでいる我が家のクルマは、ギヤセレクトをS(スポーツモード)にしても登坂車線を制限速度でようやく上れるほど。高速道路の長い登りなどでは別に問題ないのだから不満はないのだが。

以前のCIVIC FERIO 1500に比べると、衝突安全性が格段に向上していることに見られるようにやはりボディ剛性が高いためか、カーブでの安定感やタイヤの踏ん張り感はずっとこちらが優れているので、下りの急坂のカーブでも不安定感がないのもうれしかった。

ただ、いくつかこのクルマのレビューで書かれている感想だが、出足の鈍さだけが(省エネ追及とのtrade off 関係なのだろうが)少し気になる。急発進しないことは安全性にもつながるかも知れないけれど。また、シートは自分の体型に合うのか、ほとんど腰などの疲れを感じず、自分の長距離運転には合っているようだ。

追記 2012/04/28:

人面香炉型土器を調べていたら、ナショナルジオグラフィックの2007年7月号に、上記の浅間縄文ミュージアムの展覧会の紹介記事が載っていたのを発見した。

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2007年5月 2日 (水)

大チェリスト ロストロポーヴィチ逝去

すでに数日前のニュースではあるが、ソ連(現ロシア)の生んだ大チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチが亡くなった。

ソ連邦解体を進めたボリス・エリツィンの逝去もついこの間だったが、いずれもスターリニズム後のソ連体制への批判者で活動家だったところに共通点があり、失礼な言い方ながら「興味」深い。

ロストロポーヴィチのチェリストとしての名声は、ソ連時代から名高く、すでに60年代に西側のレコード会社(フィリップスなどではリヒテルとのベートーヴェンのソナタ全集)に録音を開始し、いわゆるゴスコンツェルト(だったか?)とかいう当局からも特別扱いを与えられていた。あのカラヤンとも早くから競演を果たし、ドヴォルザークの協奏曲や、R.シュトラウスの「ドン・キホーテ」は名盤として有名だ。夫人はボリショイのプリマ、ヴィシネフスカヤであり、ショスタコーヴィチとも親しく、小説家ソルジェニーツィンの国外強制移住に際しても深く関わりがあり、彼自身、その後ソ連から亡命して、ソ連の冷戦相手であるアメリカの首都であるワシントンD.C.のオーケストラの指揮者を務めるなどソ連にとっては非常に扱いにくい政治的な存在だったようだ。弟子としてミッシャ・マイスキーなどが知られる。

また、指揮者小澤征爾とは個人的にも非常に親しかったようで、日本国内を2人で「流し」のコンサートで「巡業」したこともあったほどだった。また、小澤とN響が例の事件以来の共演を果たした際にも、ロストロポーヴィチがその仲介的な労をとったのではないかと思われ、非常に豪華な三者共演が成し遂げられたのも記憶に深く残っている。

一音楽好きとして、同時代の大チェリストとして、それなりに録音や放送に接してきたが、好みから言えば大柄すぎる印象が強くそれほど愛好するタイプではなかった。それでも、特に作曲家ベンジャミン・ブリテンとの共演のシューベルトのアルペジオーネ・ソナタ、ドビュッシーのソナタ、シューマンの入ったCDは古くからの愛聴盤の一つだ。

哀悼の意を表したい。

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