ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調(『皇帝』)
エミール・ギレリス(ニューヨーク・スタインウェイ)
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団
<1968年 セベランスホール、クリーヴランド>
〔EMIのためにCBSの録音陣による録音〕
〔CD記載のタイミング表示Ⅰ:20:08, Ⅱ&Ⅲ:19:20、実測ではⅡ:8:58, ⅢAllegro に切り替わる瞬間から10:18〕
併録:
自作テーマによる32の変奏曲ハ短調 G.191 (10:45)
Wranitzkyの『森の娘』によるロシアふう主題による12の変奏曲 イ長調 G.182(11:44)
『アテネの廃墟』のトルコ行進曲による6変奏曲 ニ長調 作品76 (7:09)
RCAレーベルのためにデッカの録音陣がロンドンでハイフェッツとサージェントによる協奏曲(ブルッフの協奏曲、スコットランド幻想曲、ヴュータンの5番)を録音したように、ここではEMIのためにCBSの録音陣がベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しEMIにマスターテープを提供したという。このアメリカ製のCDのパンフレットには、このときのセッションがまったく短い時間で終わったことなどのエピソードを含めて、演奏者への言及をほとんど見たことがない外盤としては珍しくパンフレットのp.6-p.14にわたって次のような興味深いレポートが書かれている。
1968年にエンジェル/EMIは、セヴェランス・ホールでベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲とこのCDで聴かれる変奏曲(ハ短調の32変奏曲、Wranitzkyの『森の娘』による12変奏曲、『アテネの廃墟』のトルコ行進曲による6変奏曲)を録音するために、ギレリスとセルを連れてきた。
その時点でセルとクリーヴランド管はC.B.Sレコード(米コロンビアレコード)と契約を結んでいたため、このセッションは、エンジェルのためにコロンビアレコードによって録音された。・・・
この数年前からEMIのクラシック部門のディレクターであるピーター・アンドリーが始めたギレリスによるベートーヴェンのピアノ協奏曲プロジェクトだったが、セル/クリーヴランド管との第3ピアノ協奏曲の共演後、ギレリスからアンドリーに彼らとの全集録音の提案があった。・・・
オーケストラ、アメリカ音楽家協会、コロンビアレコード、モスクワの文化省との数ヶ月に渡る交渉後、セッションが開始されたのは1968/4/29。
EMIは、コロンビアレコードの熟練したクルーである プロデューサー:ポール・マイヤー、レコーディング・エンジニア:バディー・グラハムとフランク・ブルーノと契約した。ピーター・アンドリーはエンジェルのジョン・コンヴィーと一緒に進捗を精しく見守った。ニューヨークスタインウェーのトップ調律師フランツ・モアが駆けつけた。
その数年前ギレリスはレニングラードで番号順に全集を録音したがそれは不幸な経験に終わったので、今回は番号順ではないことにこだわり、3番からセッションが始められた。ギレリスは迷信深く、11という数字には落ち着きをなくした。
セルとクリーヴランド管のいつものやり方は、中断なしに各楽章を2度レコーディングするというものだった。そして必要な挿入はピンポイントでセルから練習番号や小節数で指示され、しばしばセルが口笛でそのパッセージを示した。オーケストラは例外なく準備が整い、調子が整った。ギレリスもそのやり方に合わせ、彼はよく油を注されたピアノ演奏機械のようだったが、彼の指からつむがれる音楽はまったく機械的ではなかった。・・・ギレリスは、プレイバックを聴ききわめて満足だと告白した。・・・
セルとクリーヴランド管のおかげで五曲の協奏曲は、四回の長いセッションで録音された。ピーター・アンドリーは「なぜヨーロッパでは一楽章に3時間も費やすのか?ここでは、1曲の協奏曲が4時間でできる。信じられない。」と語った。五曲の協奏曲がたった数日で完成したので、エンジェルは数ヶ月、数年に渡る細切れで録音された全集より、目的や表現の上でずっと統一性があるだろうと表明した。早くも10月にはこのアルバムは店頭に並んだ。(ハイ・フィデリティ・マガジンの記事の引用)
この記事により、この録音がウォルター・レッグのプロデュースによるものではないことが伺われる。また、この録音より数年前のギレリスのソ連時代のベートーヴェンの協奏曲全集が彼にとって不幸な経験だったということも語られているのが興味深いが、1958年のプラハでのK.ザンデルリングとの共演はライヴ録音だし、現在ブリリアントで入手できるマズア指揮のライヴ録音は1976年のものなのでそれとは違うようだ。(メロディアレーベルなどにはその全集があるのだろうかと思ってネットを探したら、テスタメントから一部出ているようだ。「鎌倉スイス日記」さんの記事によるとヴァンデルノートとレオポルト・ルートヴィヒという指揮者との共演で全集を作ったらしい。EMIのボックスでも一部を入手可能だ。)それと、この録音がギレリス側からの申し入れによるらしいのも面白い。また、ヨーロッパでの数ヶ月、数年にわたる細切れ録音としては、少々時代は遡るが同じEMIレーベルのクレンペラーの録音データがそれにあたるように思われる。私が聴けるクレンペラーの録音はどれも素晴らしいものだが、特にブラームスの1番交響曲など非常に細分化された録音データになっている。
なお、この録音の翌年の1969年、セルの招きでギレリスはザルツブルク音楽祭にデビューし、オルフェオがライヴ録音を発売したセル/VPO,ギレリスによるオールベートヴェンプロを演奏したのだった。
この録音は、高校時代の音楽鑑賞の時間に、芸大を卒業したという音楽の先生が、「物理の名物先生そっくりの分厚いメガネを掛けた指揮者セルのオーケストラをバックに、透明な音色を持つギレリスが素晴らしい音楽を奏でている」とベルト(ワイヤー)ドライブの高級ステレオで聞かせてくれた記憶がある。非常に印象に残っていた録音だ。最近になってようやく中古店で、1986年発売のこのアメリカ製のCDを入手できた。
『皇帝』と呼ばれるこの曲は、これまでLPではバックハウスとイッセル=シュテット/VPO, グルダとシュタイン/VPO。CDでは、フライシャーとセル/CLO, R.ゼルキンと小澤/BSO, グルダとシュタイン/VPO, アシュケナージとメータ/VPOで聴いてきた。この中で刷り込みは、バックハウスだろうか。
改めて、「鋼鉄のピアニスト」と呼ばれたギレリスと、セル/クリーヴランド管の録音を聴いてみると、上記のレポートにあるように、鋼鉄どころか非常に「油の効いた精密機械」の演奏というイメージで、そこに非常に精緻な音楽を作るセル/クリーヴランド管がバックを務めるというのだから、よく言われるようにソリストと指揮者&オケによる競奏ではなく「室内楽的」に協力し合って奏でるまさに協奏曲になっている。
セルの指揮も強引なリーダーシップというものではなく互いに尊重し合いながら透明感のある音楽を奏でている。私としては、この曲にはもっと「外連み」のような俗受けするアプローチや、ヴィルトゥオーゾ性を剥き出しにした丁々発止のアプローチの方が、曲の成立事情から言っても似つかわしいように思うので、今のところ少々物足りなさを覚えてはいる。
なお、セル晩年のEMI録音は、有名なドヴォルザークの8番を初めとして、オイストラフとロストロポーヴィチとのブラームスのドッペル・コンツェルト、オイストラフとの同じくブラームスのヴァイオリン協奏曲、シューベルトの『ザ・グレート』が残されているが、これらもCBSの録音陣によるものなのだろうか?というのも、CBS録音にはあまり聴かれない強奏部分のビリつきが、どの録音からも聞こえるのはどうしてなのだろうと思うからだ。特に残念なのは、何度も書いているが『ザ・グレート』。大変優れた演奏だと思うが、マスターテープ管理の問題か、CBS録音とEMIのマスタリングの相性の問題か、いずれも名演奏だと思うだけにそのビリつきが気になってしまうのは残念だ。中ではドヴォルザークにはそのような音質上の問題はほとんどないとは思う。
追記: 2007/12/19
2007/11/18に べっく という人からコメントをいただいた。何の挨拶もなしで、自らのブログ、ホームページも入力しないコメントだったので、不愉快に思いながら、挑戦的な疑問に答えないのも癪に障るので、一応調べて返答したが、いまだに返信もない。
このことが結構棘のように気にかかっており、これまでいろいろ調べてみたが、英語のサイトでGilels Discography で Google検索したところ、よくまとまったものが二件ほどヒットした。
そのうちの一つ Emil Gilels Discographyには、
Concerto for piano #3 in C minor op. 37
Leningrad SO conducted by Sanderling, Kurt rec. 1957, Leningrad
と書かれており、推測通り1957年にK.ザンデルリングの指揮による録音のあったことが記されているが、これはレコード(CD)番号が書かれていないため、どうやらお蔵入りになったものらしい。これが、いわゆる「不幸な経験」だったのだと推測される。
また、レニングラードでnumerical orderで録音されたというのは、何かの誤解のようで、#3,#4,#5が1957年、#1,#2が1958年となっている。ロシア語の翻訳の齟齬か、記者の誤解だったのだろうか?(それとも私のミスリードか?)
なお、こちらのディスコグラフィーによると、
27/10/1966 - Cleveland - Live - Cleveland S.O./Szell
ILLUMINATION iLL-Sze-30/31 (2CD)
CULT OF CLASSICAL MUSIC COCOM1013 (4CD)
DISCO ARCHIVIA 326 (3CD)
とあり、セルとのEMレーベルのスタジオセッションの前に、コンサートでこの3番を共演していることが書かれていた。
なお、別のEMIの録音では、1957年に#1,2をヴァンデルノートの指揮パリ音楽院オケと、#4,#5をルートヴィヒ指揮のフィルハーモニア管と録音しているが、#3だけは、1954年にモノでクリュイタンス指揮のパリ音楽院オケと入れているようで、これも#3への拘りの元なのかも知れない。
追記:2008/09/08 RSSリーダーを整理していたところ、この記事が紹介されているブログをたまたま発見した。何と以前書店で売られていたEMIと小学館のクラシックインというシリーズにこの『皇帝』が収録されていたとのことだ。
2012/5/29追記:ギレリスのEMI録音集が2010年に発売されているのを見つけた。
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