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2007年9月26日 (水)

遠藤周作『侍』

遠藤周作の『侍』は、大学に入った頃に出版されたもので、講堂や文系学部があった青葉城の二の丸跡の片隅に支倉常長の銅像が建てられていたり、そこから広瀬川方面に下っていったところにある県立博物館に支倉常長の展示があったりしたこともあって、ずーっと読みたいと思いながら、20年以上たってようやく読むことを得た。(支倉焼きという和風の洋菓子は食べたことがあった。)

最近この作品を改めて読もうと思ったのは、隆慶一郎の『捨て童子・松平忠輝』や『影武者・徳川家康』に家康と伊達政宗によるノベスパニア(新スペイン、メキシコのこと)との国交・通商使節として支倉がソテーロ神父を通訳として遣わされたことが、時代小説として面白く描かれていたからだ。

この『侍』は、隆慶一郎の陽性な海外渡航計画(これは最後まで描かれることはなく、家康による禁教令も描かれずに終わっている)とは異なっている。

遠藤周作は、ユーモラスな狐狸庵先生ものにはまったく縁がなく、『海と毒薬』『沈黙』『イエスの生涯』『キリストの誕生』『マリー・アントワネット』『女の一生』などのシリアスな小説をにこれまで読んできた。学生時代に読んだ『イエス』と『キリスト』は、日本人カトリック教徒の手による独特なイエス解釈だという評を当時の恩師に聞いたこともあったが、それでもその弱き惨めな日本的とも言われる遠藤のイエス像は、共感の持てるものだった。

支倉常長は著名な人物ながら、キリスト教の禁教令により常長の子孫が迫害されたこともあり、その生涯の史料の多くが失われたために、その実像については、名前ほどには史料が残されておらず、遠藤周作の小説家としての想像力が多いに働いた作品ではあるようだが、新潮文庫の米国人の教授の解説にあるように、相当の蓋然性を持った創造であるようだ。

この『侍』では、主人公「長谷倉六右衛門」は、殿の下命に基づく評定所の決定により、ノヴェスパニアとの交易を命ぜられ、日本人が塩竈で建造したガレオン船で太平洋を横断、そしてメキシコを横断し、ついには大西洋までも横断して、スペイン、ローマへと旅をし、方便的な洗礼を受けるが、失意のうちに帰国し、最後には切支丹として処刑されるという理不尽ともいうべき仕打ちを受ける。ここで作者は、日本社会の持つ独特の集団性、個人の集団への埋没、祖先崇拝による他宗教の変質を、『沈黙』と同様に印象深く描ききっている。

天正少年遣欧使節についても触れられているが、安土桃山時代から江戸時代初期というその後の日本の性格を規定した鎖国・切支丹禁教について教えられることが多い小説だった。娯楽性の高い小説もいいが、たまにはこのような本格小説もいいものだ。

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