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2007年10月23日 (火)

夏目漱石展 江戸東京博物館

東京墨田区の両国にある江戸・東京博物館で開催中の夏目漱石展を見に行ってきた。

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2007/0926/200709.html

http://www.asahi.com/soseki/

以前から訪れたいと思っていた博物館で、今年新聞店から2007年度の日本列島から発掘された遺物展というようなものの無料券ももらっていたのだが、そのときは結局足を運ばずじまいだったので、今回が初めてだった。

今年は、両国の国技館の隣にこの博物館ができてから15周年だといい、また、夏目漱石が朝日新聞社に小説記者というような肩書きで入社し、『虞美人草』の連載を始めてから100周年にあたり、さらに漱石の弟子で当時東北帝国大学の教授だった小宮豊隆が、空襲での消失を免れるために自分が東北帝大図書館長だったこともあり、1944年までに一括して漱石山房の蔵書・資料等を図書館に疎開させ、それがそのまま委託された形で保管されている貴重な「漱石文庫」を所蔵する当の東北大学が創立100周年ということで、その3つの記念年をあわせた形でこの展覧会が開催されたものだという。

http://www.library.tohoku.ac.jp/collect/soseki/index.html

妻がこの展覧会に行きたいということで、子どもたちはあまり乗り気ではなく(それでも博物館の常設展は楽しめたようだった)、私も文学者の展覧会は美術展や科学展ほどほど面白くないだろうとは思ったが、たまには女房孝行ということで行ってみることにした。

この博物館は、相撲の本場所が行われる国技館の隣にある少々奇矯な形の建造物(内部に広大な空間を作るため)だが、漱石展はその一階の特別展示室で開かれていた。

昼頃に両国駅に到着したので、博物館内の食堂で少々江戸情緒の感じられる深川丼や穴子定食などを食べたのち、特別展と常設展のチケットを求め入場した。(小学生は、常設展は無料だが、漱石展は有料。また後知恵だが上記の朝日新聞のサイトでは割引きクーポンが手に入ったが、事前の調査不足で使用しなかった。)

文学者の展覧会というと、私の故郷小諸に常設されている島崎藤村の藤村記念館で見慣れており、文学者の生い立ち、原稿、写真、初版本というところが主なもので、漱石展もその例に漏れなかった。しかしこの展覧会は、上記の東北大学の漱石文庫の収蔵品が主要展示物であるため、漱石が主にロンドン留学の折に生活費を削りながら収集した多くの書籍が並べられているのが特徴だ。漱石の細かい書き込みがあるページを見ると、彼がロンドンで神経をすり減らすまでに刻苦勉励した様子が如実に伺われる。ここに展示されているのはその一部だが、それでも膨大な書物である。シェークスピアを初めとする英文学者、詩人のものが多いが、心理学、社会学等の書籍もあるようだ。その多くの著者・書籍名はほとんどが知らないものだった。漱石が約2年間の孤独な留学生活で読み、読もうとした多くの書籍を見るにつれ、江戸時代の末に生まれ文明開化の只中に成長した最初期の英文学者としての漱石ということを思った。

(追記:他の方のblog記事を読んで思い出したのだが、漱石の西洋絵画への関心を示す蔵書も多かった。特にJ.E.ミレー(Millais)画ハムレットの『オフェリア』で有名なラファエル前派の作品を好んでいたようで、そのためか、『草枕』ではその『オフェリア』の画像について主人公がこだわっている様子を描写している。さらに、読書ノートについては、綿密に章立てごとに要旨をまとめているものもあり、非常に細かい字とともに漱石の几帳面な性格がうかがわれるものがあった。)

ほかに印象深かったものというと、漱石の大学予備門時代?の数学の答案用紙であるが、幾何の証明問題など、美しい英語の筆記体でペン書き(鉛筆?)によりビッシリと回答が書き込まれているのには驚いた。予備門では数学の成績も良好で、友人の薦めがなければ文学者ではなく、建築家を志していたかも知れなかったようだ。

また、(これは漱石の伝記では有名なのだということを後で知ったが)、帝大か一高へ提出した履歴書に「本籍 北海道・・・」と書かれている部分があったのには驚いた。これは、なんらかの理由(兵役逃れという説が強い)で本籍の東京から分籍したものだという。(http://www.iword.co.jp/iword/s05_10.html にまとまった記事あり。)

当時の東京朝日新聞の紙面には、朝日入社後最初に連載した『虞美人草』の新聞小説第一回のすぐ右隣に、勅令として東北帝国大学の設立の記事が掲載されており、その意味でこの展覧会は運命的なものであるようにも感じた。

正岡子規との交友を示す多くの俳句の添削などもあったり、晩年の漱石が描いた南画?水墨画や漢詩の掛け軸なども展示されていたが、漱石がフランスのJ.F.ミレー(Millet) のモノクロ版印刷の絵画を模写して彩色したものが現在山梨県立美術館にその原画と一緒に収蔵されているということも紹介されていた。

新潮文庫の漱石のカバーは印象深い図案だが、漱石も自著の装丁には相当凝ったようで、自らの装丁デザイン原稿なども展示されていた。

岩波書店の創立者岩波茂雄は、漱石山房によく顔を出していた弟子にあたる関係だったようで、岩波からの初の漱石全集が展示されていたり、『こころ』の原稿(岩波書店蔵)なども展示されていた。

なお、入り口には、漱石の等身大の上半身の人形(ロボット)が展示され、復元音声により、熊本の旧制五高時代の漱石の学校式典での祝辞の一部が繰り返し流されていたのは少々うるさかった。出口には、漱石のデスマスクとその石膏原型が並べて展示されていた。

出口の外の通路には特別展用ミュージアムショップが出店しており、漱石の著作のほかに、漱石に関する著作、それに関川夏央原作・谷口ジロー画の『「坊ちゃん」の時代』という劇画の文庫版(双葉文庫)も売られていたり、猫のTシャツや東北大が企画したという仙台の菓子店白松が最中の羊羹なども売られていた。国立大学が羊羹を企画し商売をするというのは、さすがに独立行政法人としての経済的な意味があるのだろう。廉価な方の「漱石の愉しみ」という羊羹セットを一つ求めた。

Souseki_youkan

会場は押し合いへし合いほどの来場者ではなかったが、絵や彫刻と違って一点一点じっくり目を凝らして見るような資料が多いので、見物人の動きが遅く、一通り見終えるまでに一時間以上はかかった。そのような状況なので、並んで見ている人の間に横入りするような若い女性もおり、そういう意味では不愉快なことがままあった。来場者のマナーの問題でもあるが、会場整理のうえで一工夫が必要ではなかろうかと思った。

『坊ちゃん』『吾輩は猫である』の題名を辛うじて知っている小学生の子どもたちにはつまらなかったようで、五分ほどで会場を一回りしてきて、その後しばらく会場内を行き来していたが、飽きてしまい私たちが来るのを一時間ほど出口のところで待っていたようだ。少々可愛そうだった。なお、この中は貴重な資料を守るため照明が暗くされ、もちろん写真撮影も禁止だった。

この特別展を出て、常設展には6階行きのエレベーターに乗って行った。エレベーターを出ると巨大な空間が広がっており、通常の建物の3階から6階を吹き抜けにして江戸や明治・大正・昭和の東京を様々な形で再現している展示スペースだった。入り口は、お江戸日本橋を復元した木造の橋。江戸の大名屋敷から、庶民の暮らし、物流、娯楽、防火などの展示、明治の文明開化、関東大震災、第二次大戦の空襲、戦後の復興期までを展示してあり、急ぎ足での見学だったが、結構面白かった。

P.S. 漱石展の翌日 夏目鏡子(漱石の妻)談、松岡譲(漱石の長女筆子の夫)筆の『漱石の思い出』(文春文庫)を買い求め読み始めたが、『「坊ちゃん」の時代』で描かれたエピソードのいくつかがここに生き生きと描写されており興味深かった。自伝的な小説『道草』は未読だが、これと併せて読むとまた面白そうだ。

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コメント

こんにちは。私も学生時代に漱石展を見て驚きました。これが、今度は東京で多くの人々の目に触れるのですね。新聞広告で、漱石の「里帰り」と表記されていましたが、漱石文庫が仙台に行った経緯を思うと、「里帰り」という表現にはちょいと抵抗もあります。まぁ、だいぶ昔の話ですが(^o^)/

投稿: narkejp | 2007年10月23日 (火) 19:30

narkejpさん、コメントありがとうございます。

漱石文庫が大学の図書館にあることは在学当時から知ってはいたのですが、一般公開はされず、今のようにウェブで内容を知ることもできなかったため、これほどの所蔵品があるとは知りませんでした。たまには女房の言うことも拝聴すべきですね^_^;

『漱石の思い出』を読み終えましたが、夫人の目、体験によるフィルターのかかった側面(彼女自身の熊本での自殺未遂にはまったく触れられていない等)はあるものの、あれほどの著作を残した偉大な文豪の日常や闘病、親族関係などが女性的な観点から描かれており、また、漱石の神経衰弱、家庭内暴力についても率直に書かれていて大変面白いものでした。もちろん弟子筋や研究者による立派な伝記はあるのですが、この『思い出』を読んでからあの漱石展を見ることで、生き生きとした漱石を感じることができるように思いました。神格化された漱石よりもこのような漱石の書いた小説の方がより魅力を感じます。

投稿: 望 岳人 | 2007年10月24日 (水) 18:15

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