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2007年11月11日 (日)

モーツァルト―音楽における天才の役割 (中公新書)

『モーツァルト―音楽における天才の役割 』(中公新書)を読んだ。これは、日本語版で、1992年に石井宏訳によって発売されたもので、モーツァルト没後200年の後のものだが、これまで読む機会がなかった。

ロビンス・ランドンは、ハイドンの研究家として著名であり、以前もセルのハイドンのエピソードで触れたことがあったが、これまで名のみを知る音楽研究家だった。最近、古書店で見つけて手にとってみたが、面白そうだったので、購入した。

これは、没後200年を記念したデッカレコードのモーツァルト選集(曲目の選択もランドンが行ったのだという)に付けられた解説POCL-2372/93)だというが、非常に充実したもので驚いた。最初にモーツァルトの生涯が手際よくまたランドンならではと思われる視点から語られ、次に、21章にわたってテーマ別にモーツァルト及び彼の作品について語られる。短いが、非常に刺激的で一息に読まされてしまった。

モーツァルトの人生での謎。ヴィーンでの人気の急降下とほとんど無名の人物のような淋しい葬儀について、P.156『モーツァルトのウィーンにおける凋落』、P.174『ドイツへの旅、モーツァルトの凋落』、P.201『モーツァルトの死』などで語られている。P.158には、「しかしモーツァルトが、こうした壊滅的な家計の状態に陥った理由についてはよく判っていない。つい先日までの人気者に対して、なぜウィーンの上流階級がこのように急激に掌を返してしまったのかは、謎に包まれている。もし、こうした急展開を解明する資料があるとすれば、それらは失われたのか、あるいはウィーンの膨大な古文書の中に埋もれているものであろう。」 また、P.162には、「1791年の12月にモーツァルトが死んだ時、ウィーンの新聞は、このできごとをほとんど報じなかった。それは極めて異常なことであり、多くの点でいまだによく判らない謎であるが・・・」とある。

ランドンの視野は、18世紀の音楽全般に広がっており、その中でのモーツァルトの位置づけという点で説得力があるものだと思う。同時代の多くの作曲家の中で、モーツァルトがなぜ現在でもこれほど「もてはやされているのか」というのは、実は難しい問題だと思うが、その理由の一つである神童であったことをランドンは率直に認めながら、その神童時代の作品の出来については、モーツァルトが手本にしたヨハン・クリスティアン・バッハやヨーゼフ及びミハイル・ハイドンの作品に比べて優れているわけではないと公平な評価をしていながら、作曲家としてひとり立ちしたヴィーン期の作品群について、やはり同時代の作品と比べてモーツァルトの独自性、プロフェッショナル性を的確に評価しており、信頼するに価するものだと思う。

これまで多くのモーツァルト論を読んできたが、アプリオリにモーツァルトの天才性を誉めそやすものが多く、特に神童性と傑作のどちらを誉めているのか区別が付かないような感じのものが多かったように思う。それに比べて、ランドンのこの小著は、一歩突き放した態度ではあるが、モーツァルトの何がどのように素晴らしいのかを冷静に明らかにしており、単なる賛辞とは違い、ここに書かれている作品をもう一度聴いてみたい気にさせてくれるものだった。特に、『コジ・ファン・トゥッテ』と『ティトゥスの慈悲』。

P.S. 石井宏氏は、音楽界の裏話などで辛らつな記事を書くジャーナリストでもある(『帝王から音楽マフィアまで (学研M文庫)』)が、この本でもモーツァルティアンの面目躍如で、『いつわりの馬鹿娘』と訳されたオペラを『見かけはすなおな娘』、『いつわりの女庭師』を『見かけは女庭師』というふうに、finta というイタリア語の形容詞を、「見かけは」と非常に巧みに訳しているのには驚かされた。

追記:2010年1月21日 岡田暁生氏の最近の著作 「音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉」を読みながら、やはり彼の『恋愛哲学者モーツァルト』評をネットで読み、関連してソロモンの『モーツァルト』と来て、このランドンの『モーツァルト』にたどり着いたのだが、WIKIPEDIAで見たところ、ランドン氏が昨年2009年の11月20日に逝去されたことを知った。冥福を祈りたい。

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コメント

おもしろそうな本ですね。ぜひ探して読んでみたいと思います。中公新書は、ときどきこういう面白い本を出してくれるので、ありがたいですね。興味深いです。

投稿: narkejp | 2007年11月12日 (月) 21:14

narkejpさん、コメントありがとうございます。

上で書きましたが、世の中に数多あるモーツァルト賛ではなく、モーツァルトの音楽のどこが同時代に抜きん出ているのかという関心に応えてくれる部分があるので、大変面白く読めました。例の新潮文庫のカラー版作曲家の生涯と併せて座右の書として活躍してくれそうです(^^)

投稿: 望 岳人 | 2007年11月14日 (水) 19:02

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