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2007年12月の32件の記事

2007年12月29日 (土)

全日本フィギュアスケート選手権終わる

第76回全日本フィギュアスケート選手権大会のテレビ放送が28日の夜にあり、今回はショートプログラムでリードした浅田真央選手が、フリーで素晴らしい演技をした安藤美姫選手を、ショートとフリーの合計得点でわずかに上回り、選手権2連覇を果たした。 浅田も前回のグランプリ・ファイナルのフリーですっかり自信を取り戻して、今回のショートは抜群の出来だったが、その反面フリーでは最初のトリプルアクセルに失敗し、全体的には切れや滑らかさが少々不足する浅田としては万全な出来ではなかったと感じられた(妻も同意見)。

その点、前回のNHK杯ではまったくの不振など波が激しくいつもハラハラさせられる安藤は、今晩は四回転ジャンプで名を売った安藤の復活かと思わせるようなジャンプの切れのよさで、ほとんどミスらしいミスもなく、ステップもスピードがあり、全体として危なげない集中力のある演技で素晴らしかった。三位に入った中野友加里選手も、最初のトリプルアクセルは不完全だったが、その後持ち直し集中力のある素晴らしい演技だった。スパイラルシークエンスの中野の笑顔は、無理やりの笑顔だろうが、表情としてポジティブな気持ちを競技者本人だけでなく会場にも与える効果があり、素晴らしいと思う。

四位の村主章枝は、ベテランらしい巧いジャンプを見せたが、さすがに体力的にきついのか、乱れてしまった。 5. 鈴木明子 6. 武田奈也 7. 太田由希奈 の順で、武田はショートの失敗を挽回できたが、惜しかった。 7位の太田のフリーは非常に美しいものだったが、ジャンプの失敗が響いた。現在の日本のトップ3は、世界でもトップクラスで、つぼにはまったときには、信じがたい完成度の演技をすることができるが、もう少しの選手は持っている技術は高いが、それが完全無欠に発揮できないところが、少しの差なのかも知れないと見ながら感じた。

ちなみに音楽面では、フリーの曲目は、浅田がショパンの幻想即興曲にチェロのオブリガートを入れてアレンジしたもの。安藤は、『カルメン』のさわりを巧くパッチワークしてなおかつ打楽器なども効果的に加えた独自の編曲。三位の中野友加里は、リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』からの抜粋。これが中野の鮮やかな朱色のコスチュームに似合っていた。

ショートでは、浅田はオリジナル?の「ヴァイオリンのためのファンタジア」というような曲、安藤はサン=サーンスの『サンムソンとデリラ』のバッカナール、中野は幻想即興曲のオリジナルに近いピアノ独奏版。 なお、男子優勝の高橋大輔は、チャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』。

参考:我が家の音源
幻想即興曲 ルービンシュタイン、アシュケナージ
カルメン 全曲:カラス、プレートル/パリオペラ座、 組曲:カラヤン/BPO, クリュイタンス/パリ音楽院
スペイン奇想曲 セル/CLO, サヴァリッシュ/バイエルン・シュターツ・オーパー
バッカナール バレンボイム/CSO など。

探したら音楽付きでこのようなサイトを見つけた。フィギュアスケート原曲 2007-2008シーズン 音が出るのでヴォリュームに注意。

さて、1月1日を除き仕事初めまではブログ投稿を休息する予定。いつもお読みいただいているありがたい方々に、よき新年をお祈りする。

追記: 2008/1/17  「三位の中野友加里は、リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』からの抜粋。これが中野の鮮やかな朱色のコスチュームに似合っていた。」に関連して、narkejpさんのリムスキー・コルサコフ「スペイン奇想曲」を聴くの記事にトラックバックを送らせていただいた。私もセル/CLOの録音を楽しんでいるが、最近あのサヴァリッシュがロシア音楽を指揮した珍しいCDを入手してこちらも楽しんでいる。LIVE CLASSIC 100という海賊盤的なエアチェック音源CDでは、マゼールがRAIトリノ響を指揮した珍しいものがあるが、ヘンテコな演奏で驚いた。

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2007年12月28日 (金)

J.S.バッハ 『クリスマス・オラトリオ』(ガーディナー)を聴く(3of6)

Weihnachts Oratorium BWV248 (クリスマスオラトリオ)

指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー
管弦楽:イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
合唱:モンテヴェルディ合唱団
アルジェンタ(S),ホールトン(S),プリングル(S),フォン・オッター(Ms),ブロッホヴィッツ(T),ジョンソン(T),ベアー(B)

1987年1月、ロンドンでの録音(場所は不詳)

第1部 降誕節 第1祝日(12月25日)用 全9曲
第2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲
第3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲
第4部 新年(1月1日 キリストの割礼と命名記念日)用 全7曲
第5部 新年後の主日(日曜日:1月2日から5日の間の日曜日に限る)用 全11曲
第6部 主顕節(顕現節 1月6日)用 全11曲

第3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲

1.合唱:天を統べたもう者よ
2.福音史家:御使たち去りて天に行きしとき
3.合唱:いざ、ベツレヘムに行きて
4.レチタティーヴォ(バス):主はその民を慰めたまえり
5.コラール:主このすべてをわれらになしたまえしは
6.二重唱(ソプラノ、バス):主よ、汝の思いやり、汝の憐れみは
7.福音史家:かくて彼ら急ぎ行きて
8.アリア(アルト):わが心よ、この幸いなる奇蹟をば
9.レチタティーヴォ(アルト):しかり、わが心は必ずや内に保たん
10.コラール:われはおん身をひたすらに保ち
11.福音史家:しかして羊飼いらはふたたびくびすを回らして帰り
12.コラール:喜び楽しめ、汝らの救いの神
13.合唱(ダ・カーポ):天を統べたもう者よ

ニ長調が主調。トランペット、ティンパニが再び加わる。華やか歓喜に満ちた合唱で始まる。

5.コラールは、第1部第7曲と同じコラール(ルター作)。

6.ソプラノ、バスのデュエット「主よ、汝の思いやり、汝の憐れみは」はこの部のなかで最長の曲。イ長調。#1つ追加で主調の5度上(属調)。

8.アリア(アルト)は、聖母マリアが神の子イエスを産んだ感慨と決意を歌う。ロ短調、ニ長調の平行短調。
ヴァイオリンのオブリガートが美しい。9.のレチタティーヴォ(アルト)とその後に続くコラールは、マリアの決意を繰り返すかのようだ。

12.のコラールは、歌詞の雰囲気とは異なり、嬰へ短調(イ長調の平行短調)で少々陰鬱に歌われる。
しかし、その陰鬱さは、第1曲の反復である第13曲により、トランペットとティンパニを伴う勇壮なコーラスの明るさによって払われる。

これが、降誕節第3日の12月27日に演奏された第3部だ。

そして第4部は、新年(1月1日)に演奏されるのだが、新年になってからゆっくり聴きたいと思う。

第 2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲 に戻る

第 4部 新年(1月1日 キリストの割礼と命名記念日)用 全7曲 に進む

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2007年12月27日 (木)

一般発売 交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&バイロイト(1951 バイエルン放送音源)

とうとう交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&バイロイト(1951 バイエルン放送音源)が一般発売されたようだ(HMVの紹介サイト)。

この夏に朝日新聞の夕刊で紹介され、その後レコード芸術で詳しく論議された音源について下記のような雑記を書いたが、最近その記事のアクセスが増えたようなので、HMVサイトを眺めてみたら、フルトヴェングラーセンターからの一般販売ではなく、オルフェオレーベルからの発売という形で一般発売にいたったらしい。センター盤をそのまま使えばいいのにと思うが、なぜ改めてディジタルリマスタリングをしたのだろうか?

2007年8月22日 (水) 『レコード芸術』2007年9月号購入

2007年7月30日 (月) フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管の第九(東芝EMI盤)

2007年7月28日 (土) フルトヴェングラー バイロイトの第九のオリジナルテイク? 7/26朝日夕刊

まだ私の生活圏のCDショップには置いてないようで、メガストア系かネット販売で入手してみたいと思っている。EMI盤との聞き比べが楽しみだ。

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J.S.バッハ 『クリスマス・オラトリオ』(ガーディナー)を聴く(2of6)

Weihnachts Oratorium BWV248 (クリスマスオラトリオ)

指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー
管弦楽:イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
合唱:モンテヴェルディ合唱団
アルジェンタ(S),ホールトン(S),プリングル(S),フォン・オッター(Ms),ブロッホヴィッツ(T),ジョンソン(T),ベアー(B)

1987年1月、ロンドンでの録音(場所は不詳)

第1部 降誕節 第1祝日(12月25日)用 全9曲
第2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲
第3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲
第4部 新年(1月1日 キリストの割礼と命名記念日)用 全7曲
第5部 新年後の主日(日曜日:1月2日から5日の間の日曜日に限る)用 全11曲
第6部 主顕節(顕現節 1月6日)用 全11曲

第2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲

第2祝日用の第2部12月26日当日に聞いた。この第2部あたりまでは、全曲一気リスニングの際に何とか集中力が続いている部分で、そのため何度も聞いていることになり、それなりに親しみがある部分だ。

12月25日のクリスマス当日は、日本では街もイヴに比べてひっそりして、一年で最も昼の短い時期の既に夜の暗さの帰宅時には、駅ビルなどでケーキの安売りなどが行われる。そして、今日12月26日ともなれば、クリスマスツリーやリースも片付けられ、家庭ではケーキの残りがあればそれをボソボソと食べ、大晦日を迎える準備をそろそろ始めるかという気になる頃だ。しかし、ルター派の教会では、第2祝日(クリスマス2日目)が祝われる。

1.シンフォニア ト長調 12/8  (パストラーレ)
2.福音史家:このあたりに羊飼いおりて
3.コラール:差し出よ、おお 美わしき朝の光よ
4.福音史家と天使:御使かれらに言う---恐るな、見よ、われ汝らに大いなる喜びを告ぐ
5.レチタティーヴォ(バス):神いにしえの日アブラハムに約したまいしことの
6.アリア(テノール):喜べる羊飼いらよ、急げ
7.福音史家:かつその徴として
8.コラール:かしこを見よ!この暗き畜舎に伏す者
9.レチタティーヴォ(バス):さらば行けかし、汝ら羊飼いよ
10.アリア(アルト):眠りたまえ、わが尊びまつる者
11.福音史家:するとたちまち御使のもとに
12.合唱:いと高きところには栄光、神にあれ
13.レチタティーヴォ(バス):その調べもて、汝ら御使よ
14.コラール:われらは汝の軍勢に交りて歌いまつらん

第1曲Sinfonia pastorale については、先日のベーム/VPOによるベートーヴェンの『田園』交響曲のときに触れたものだが、リコーダーアンサンブルのための「笛はともだち」というシリーズのバッハの曲集に掲載されていたもので、ゆったりとした8分の12拍子の音楽を珍しく聴くよりも吹いて覚え、その後このCDを聞いたときに、ああ、この曲かと思ったものだった。そんなわけで、この曲がこのクリスマスオラトリオの中で一番親しい。

第6曲テナーのアリアは、ト長調の平行短調のホ短調による密やかなアリアだが、中間部ではコロラトゥーラ(メリスマ?)風のフレーズがオブリガートのフルートと一緒に歌われ印象的だ。

第10曲(通し番号では第19曲)のアルトのアリアは、おさなごイエスへ捧げる子守唄。それぞれ1分に満たない長さの曲が多い第2部の中では9分を越す大曲で、この第2部の中心をなしている。ト長調、4分の2拍子のゆりかごの歌のような穏やかさに満ちた曲だ。ただし、歌詞は、安らかに眠った後は、諸人の栄えのために目覚めたまえという勇ましい内容になっている。

第12曲の合唱は、ルカ伝2,14の有名な言葉『いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、しかして人には主の悦びあれ』(ドイツ語は勿論マルティン・ルターの訳文)によるフーガ(この曲集全体ではあまり使われることがないように思う)による明るく前向きな讃美歌になっている。

第14曲のコラールは、リトルネロとして第10曲のシンフォニアが用いられており、これで第2部としての統一感を醸し出しているようだ。

全体として、楽器編成でもトランペットやティンパニといった華やかだがうるさい楽器は使われず、全体的におさなごイエスを見守るかのような柔和な音楽を聞くことができる。

第 1部 降誕節 第1祝日(12月25日)用 全9曲に戻る
 
第 3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲に進む

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2007年12月26日 (水)

J.S.バッハ『コーヒー・カンタータ』とドリップコーヒー

Jsbach_coffee_cantata J.S.バッハ 世俗カンタータ BWV.211
「おしゃべりはやめて、お静かに」(Schweigt stille, plaudert nicht)

エマ・カークビー(S), ロジャーズ・カヴィ・クランプ(T), デイヴィッド・トーマス(B)

クリストファー・ホグウッド指揮(ハープシコード)
アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック

1986年、ロンドンでの録音

(併録: 農民カンタータ)

先日のカンボジアン・コーヒーのおかげで、コーヒー熱が再燃し、このところずっとコーヒーミルで挽いたコーヒー豆で淹れたコーヒーを飲んでいる。豆はスーパーや専門店で売っている焙煎されたものを買ってくるので、コーヒーの淹れ方の選択肢はコーヒー豆店、豆の産地、焙煎度合いの選択、豆の量、ミルの挽きかたの粗さ・細かさ、ドリップ時の粉の量、お湯の温度、蒸らし時間、抽出時間、お湯の量などなど多岐に渡る。組合せを考えれば膨大なものになる。まだ安定した味が出せるわけではないが、いろいろ試してみると、粗挽きよりも中細挽きで、じっくり抽出した味の濃いものがどうも自分の好みのようだ。

バッハのコーヒーカンタータとドイツでコーヒーが飲まれるようになった経緯などは、このサイトによくまとまっているが、コーヒーを含めたカフェイン飲料というものが人類史に与えた影響というのはなかなかのものがあるようだ。

中国や日本における茶、茶がインドやスリランカで生産されるようになったこと、アラビアでのコーヒーの発見とヨーロッパへの伝播、中南米諸国でのコーヒープランテーションの開発、フェアではないトレード。1773年アメリカ独立を促したボストン茶会事件、1840年欧州諸国によるアジア支配と日本の尊皇攘夷のきっかけアヘン戦争の原因となった中国茶などなど。

バッハとしては珍しく寛いだ雰囲気のこの曲は、流行のコーヒーのとりこになった若い女性によるコーヒー賛美と、その女性の頑固な父親とによる寸劇的な喜劇で、いわゆるオペラ作品を書かなかったとされるバッハにとっては、受難曲と並び一種の演劇作品とも見なされるものの一つになっている。

ジャケットの写真は、バッハ兼頑固親父に扮したホグウッドと、コーヒー娘に扮したエマ・カークビーで、この辺もなかなか面白い。カークビーの声は、素直でヴィブラートの少ないストレートな美しい響きで、この頃のピリオド演奏のスター歌手の一人だった。今はあまり名前を聞かなくなってしまっているけれど、この寛いだ録音では、明るい響きの美しいソプラノがたっぷり楽しめる。

楽しい演奏で、コーヒーを飲みながら聴くとまた格別だ。

参考記事:

2007年10月30日 (火) カンボジアコーヒーを挽いて飲む

2007年11月30日 (金) カンボジアコーヒー、その後

2007年12月11日 (火) コーヒードリップ専用ケトルとドミニカン・トリプルA

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2007年12月25日 (火)

バランシンの胡桃割り人形(ビデオ)

Nutcracker
2005年12月25日 (日) クリスマスのビデオ鑑賞 という記事で、
George Balanchine's The Nutcracker (Elektra entertainment) について触れたが、2007年の今年も12月24日のクリスマス・イヴに全編を鑑賞した。

2005年のときには、オープニングのスタッフ、出演者の部分で見落としてしまっていたが、何とこの音楽の指揮者は、あのデイヴィッド・ジンマンだった。管弦楽団は、ニューヨーク・シティ・バレエ・オーケストラ。

発売当時は、マコーレ・カルキンという子役の人気を前面に押し出していたビデオの表記や解説だが、その話題性がほとんどなくなった今でも、バレエのビデオとしてそれなりに楽しめる出来なので感心した。

チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の音楽は、ディズニーの『ファンタジア』にもストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団のユニークな演奏が収められており、子ども達も幼い頃から親しんでいる。CDではカラヤン/VPO(デッカ)、レヴァイン/VPO(DG)の演奏の組曲版で親しんで来たが、組曲版には『悲愴』交響曲の第1楽章第2主題に通じる下降音型が印象的な哀切感のあるフィナーレの音楽が含まれていないのが少し物足りないのをいつも感じてしまう。たまにこのような全曲版に触れると、このチャイコフスキー的なPathos(ペーソス)のあるセンチメンタルな音楽が聞けるのがうれしい。

注意:このDVDはリージョン1(日本のプレーヤーは一般的に2なので再生できない可能性あり)

なお、あのE.T.A.ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann 1776-1822)の原作 "Nußknacker und Mausekönig(1816)"「くるみわり人形とネズミの王様」は、ポプラ社版の世界名作文庫 W-51 (ISBN 4-591-08348-9) 大河原晶子訳「くるみわり人形」などで読むことができる。ただし、チャイコフスキーは、この原作を直接参照したのではなく、デュマによる翻案を参考にしたらしい(wikipedia)。

Hoffmann_nussknacker

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2007年12月24日 (月)

J.S.バッハ 『クリスマス・オラトリオ』(ガーディナー)を聴く(1of6)

Jsbach_weihnachtsoratorium_gardiner Weihnachts Oratorium BWV248 (クリスマスオラトリオ)

指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー
管弦楽:イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
合唱:モンテヴェルディ合唱団
アルジェンタ(S),ホールトン(S),プリングル(S),フォン・オッター(Ms),ブロッホヴィッツ(T),ジョンソン(T),ベアー(B)

1987年1月、ロンドンでの録音(場所は不詳)


第1部 降誕節 第1祝日(12月25日)用 全9曲
第2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲
第3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲
第4部 新年(1月1日 キリストの割礼と命名記念日)用 全7曲
第5部 新年後の主日(日曜日:1月2日から5日の間の日曜日に限る)用 全11曲
第6部 主顕節(顕現節 1月6日)用 全11曲

12月24日はクリスマス・イヴ。日本では、この日の夜が特に子どものいる家庭や恋人達の特別のお祝いの日のようにもてはやされている。クリスマスプレゼントは、この夜にサンタ・クロースが配り、翌朝子どもが目覚めると靴下の中に入っているという、ヨーロッパの風習なのかアメリカの風習なのか分からないが、日本の子ども達の楽しみになっている。(サンタ・クロースの赤い衣装は、20世紀のUSAのコカコーラ社の広告が元になっていると聞いたことがあるがどうもこれは俗説らしい)。

Wikipedia で クリスマス・イブを調べると、http://ja.wikipedia.org/wiki/クリスマス・イヴ 「ユダヤ暦およびそれを継承する教会暦では、日没をもって日付の変り目とする。このため伝統的教会では、クリスマスイヴの日没からクリスマスを起算する。」とあり、これがクリスマスの前夜祭 Christmas Eve として年中行事化したものらしい。

さて、このクリスマスの降誕節を祝う教会暦に合わせて誂えられたのが、このバッハによる『クリスマス・オラトリオ』だが、J.S.Bach のキリスト教音楽の大曲として『マタイ受難曲』、『ヨハネ受難曲』、ミサ曲ロ短調とならび称される大曲だ。しかし、この曲の全曲を一度に聴きとおしたことがほとんどない。この理由としては、演奏のせいなのか(カール・リヒターの録音は未聴)、曲そのものが私にとって魅力的でないのか(自分の理解力、受容力が不足しているのか)よく分からないでいる。1994年に妻からプレゼントされて以来、毎シーズン今回は聞こうと思い立つのだが、これまで受難曲とロ短調ミサに比べるとどうも疎遠な曲集だ。

今回は、そんな習慣から逃れるべく、気合を入れて聞いてみることにした。先日のモーツァルトの『コシ』同様、満足できる結果が得られるかも知れない。

まずは、この大曲の構成だが、オラトリオと名前が付けられていても、ヘンデルの著名な諸作品やバッハの受難曲(オラトリオの一種)とも違い、カンタータが6曲、ドイツのルター派のクリスマスの祝日での上演に合わせて作曲されたものの集成だということが重要だ。その意味で一挙に聞きとおすようには作曲者自身意図してはいないということだ。これについては知ってはいたが、一度に聞きとおそうと無理をして途中で挫折することが多かったので、今回は一日に一曲ずつ聞いてみようと思う。

ARCHIV盤の訳詩や解説は、おなじみの杉山好氏のもの。

1. 合唱:歓呼の声を放て、喜び踊れ
2. 福音史家(ルカによる福音書):その頃皇帝アウグストより勅令出で
3. レチタティーヴォ(アルト):いまぞ、こよなく尊い花婿
4. アリア(アルト):備えせよ、シオンよ、心からなる愛もて
5. コラール:いかにしてかわれは汝を向かえまつり
6. 福音史家:いかにしてマリヤは男の初子を生み
7. コラール(ソプラノ)とレチタティーヴォ(バス):彼は貧しきさまにて地に来たりましぬ---たれかよく この愛を正しく讃えん?
8. アリア(バス):大いなる主よ、おお、強き王
9. コラール:ああ、わが心より尊びまつる嬰児イエスよ

ニ長調の晴れやかなトランペットを伴った幕開けのコーラスは、同じくニ長調で書かれた聖母マリアのための『マニフィカト』 (英訳My soul doth magnify the Lord.) と共通性を持つ曲調だ。『マニフィカト』もクリスマスの夕べの祈り(晩課)に用いられる楽曲なので、その喜びの感情に共通性があるのだろう。(ただし、『マニフィカト』の初版は変ホ長調だったという。現在の曲よりも半音高い主音だったわけだ。)

第2曲、福音史家が登場するところに、この曲が通常のカンタータとは異なり、受難節のためのオラトリオ(受難曲)との共通性を示し、オラトリオと称される一因であるのだろう。

第3曲、第4曲 アルトのフォン・オッターのアリアは感情豊かで聞き応えがある。花婿イエス・キリストと花嫁シオン(エルサレムを中心としたイスラエル)の寓意による。

第5曲 P.ゲールハルト作詞待降節コラールは、受難曲のどれかで聴いたような記憶があるのだが、どれだったか?

第6曲で、福音史家により、イエスの誕生が淡々と告げられる。

第7曲は、有名なカンタータ第147番の『イエスよ、わが魂の喜びよ』(主よ、人の望みの喜びよ)と同じ構造の、コラール合唱のようだ。オーボエ・ダモーレが美しい。

第8曲は、バスとトランペットによるアリア。一時期、F=ディースカウの後継者に目されたベーアが美声で端正に歌っている。

第9曲は、第7曲と同様、ルター作のコラール。ティンパニとトランペットの響きが天からの賛美のように響く。

第2部は年末までの別の日に聞くつもりだ。

第 2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲 に進む

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2007年12月23日 (日)

国立科学博物館 花展の 源氏物語絵巻

2007年4月29日 (日) 上野 科博 花展と 本館(日本館)の再開館  という記事で、源氏物語絵巻の華麗な宮廷の情景を十二単や衣冠束帯などの衣装による精巧な日本人形で再現した展示の写真をアップロードしたところ、その写真へのアクセスが結構多いようなので、クリスマスプレゼントではないが、そのとき一緒に撮っておいた写真を追加してアップロードする。

先日、平安時代の郡衙跡らしい遺跡が実家の近所で発掘されたが、そのような東の涯からも租庸調を集め、今から1000年以上昔の人々が、このように繊細華麗な布と染めを用いた衣装をまとって宮廷生活を営んでいたというのは、少し不思議な感じがする。

今日は、天皇の74歳の誕生日だ。万世一系という世界にもまれな天皇制を保つこの日本だが、継体天皇、桓武天皇、南北朝の争乱、江戸幕府による圧政など天皇制の危機は多く、この華麗な平安朝の時代も藤原摂関家により権力はほしいままにされていた。最近読んだ網野善彦の『日本の歴史をよみなおす』(隆慶一郎の時代小説に大きな影響を与えた史観を一般向けに易しく説き起こしたもの)でも、天皇制が多くの職人の権威付けと特権を与える存在だったという意外なことも書かれていた。また、日本という国名も中国との関係で命名されているという指摘も面白かった。

と、難しいことはぬきにしても、宮廷文化というのは、どの時代も庶民にとっても魅力的なものだ。

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グリーグ 抒情小曲集(抜粋) ギレリス

Grieg

グリーグの没後100年も暮れようとしている。そこで、パノラマシリーズのグリーグに収録されているギレリスの『抒情小曲集』を改めて聞いてみた。この録音は、ギレリスが「鋼鉄のピアニスト」だけではないことも最も端的に示すものとして有名なもののようで、もっと収録曲の多いアルバムが出ており、そこからのさらに抜粋だ。

グリーグの創作期間のほとんどに渡って作曲された全10巻からなるこの小曲集のうち、以前からバルビローリとハレ管弦楽団によるオーケストラ編曲版『抒情組曲』作品54(羊飼いの少年、ノルウェー農民の行進曲、夜想曲、こびとの行進)全4曲を聴いて親しんできたが、ギレリス独奏には、この組曲の中の有名な「夜想曲」が含まれている。

先に、『リヒテルと私』を読んだときに、リヒテルが各地のリサイタルで、オール・グリーグプロの抒情小曲集を演奏したことが書かれており、来日のときにも取り上げて実際に聞かれた方もいるが、ソ連時代のロシアを代表するリヒテルとギレリスが、ともにこのミニアチュアを好んで弾いたというのも、非常に面白い。

グリーグは相当達者なピアニストであったようで、この小曲集は、小品とは言え、結構ピアニスティックな魅力的なパッセージが多く含まれているように感じる。その点でも稀代のヴィルトゥオーゾとしても知られるギレリスもリヒテルもこれらを好んだのではなかろうか。

アリエッタ Op.12-1, 蝶々 Op.43-1, 孤独なさすらい人 Op.43-2, ノルウェーの踊り(ハリング)Op.47-4, 夜想曲Op.54-4, スケルツォOp.54-5, 郷愁Op.57-6, 小川Op.62-4, バラード風にOp.65-5, ゆりかごの歌 Op.68-5, 余韻Op.71-7

ギレリスのピアノの音は、高音は透き通った清流のように透明で、ピアニシモの和音は本当に繊細な雰囲気を作り出す。グリーグの音楽自体が、どちらかと言えば、低音(バス)による支えをあまり多用しないようなので、本当にミニアチュールという感じの細密画的な音楽になっているようだ。

このCDに含まれている「余韻」は、冒頭の「アリエッタ」と同じメロディーを用いており、少々変奏しているゆえに「余韻」と名づけられのだろうか?「アリエッタ」が第1集の第1曲で、「余韻(思い出)」が第10集の最終曲なので、グリーグは、バッハのゴルトベルク変奏曲のようにちょうどアリアの再現でこの膨大な小曲集の輪を閉じようとしたのかも知れないと思った。

なお、以前 PILZというレーベルで多くのCDが発売されていたことがあった。演奏者はどれも覆面(偽称)だったらしく、どうもはっきりしないレーベルでいつの間にか立ち消えになったが、その中で、FCLAで話題になったシベリウスのヴァイオリン協奏曲のCDがあり、その余白にグリーグの交響舞曲第4番(アルフレート・ショルツ指揮ニュルンベルク交響楽団)、そして抒情小曲集抜粋(ピアノ:Marian Pivca)というのがある。抜粋は6曲だが、このピアノの音が妙に変調がかかっているような感じで少し面白い演奏になっている。

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2007年12月22日 (土)

C.デイヴィスの『メサイア』

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サー・コリン・デイヴィスは、モーツァルトとベルリオーズのスペシャリストというユニークなレパートリーを持ち、次第に多くの曲を録音するようになっていったように記憶している。小学館=フィリップスのモーツァルト全集では、最初期や未完成のものを除き、傑作、名作オペラが、ほとんどコリン・デイヴィスとコヴェントガーデン歌劇場によるものが収録されている。

私が高校生の頃、コリン・デイヴィスの名前は、以前も触れたことがあるがアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのストラヴィンスキーの三大バレエの録音で一躍スターダムに乗ったのを記憶している。特に、『春の祭典』の録音は、鋭利な刃物のようなブーレーズとクリーヴランド管のものとは対照的に、骨太の豪快な演奏を繰り広げており、熱狂したものだった。その前後、彼は八面六臂の活躍で、シベリウスの交響曲をボストン響と録音し(小澤征爾が常任になる前は、コリン・デイヴィスが有力候補だったこともあったらしい)、BBC響やロンドン響とベートーヴェンの交響曲全集、コンセルトヘボウとはハイドンを録音するなど新譜が相次いで発売されていた。勿論、その前には、モーツァルトのオペラとベルリオーズの多くの管弦楽曲があったのだが。

そのデイヴィスが、その後手兵となったあのクーベリックのバイエルン放送交響楽団と収録したのが、このヘンデルのメサイアで、録音は1984年10月から11月、ミュンヘンのヘラクレスザールでとある。

ソプラノは、マーガレット・プライス、アルトはハンナ・シュヴァルツ、テナーはスチュアート・バロウズ、バスがサイモン・エステスで、当時のスター歌手達を起用したものだ。合唱は、バイエルン放送合唱団が務めている。

何を隠そう、このCDが私の『メサイア』入門で、たまたま帰省帰りに立ち寄った長野市のクラシックレコード専門店でこのCDを見かけ、顔ぶれが顔ぶれだったので、カール・リヒター盤のようにドイツ語での歌唱かどうか心配になり、店主に英語歌唱かどうかを確認したほどだったのを思い出す。

ドイツ生まれで、イタリア修業を経て、イングランドで活躍して没したヘンデル(ハンデル)の音楽を、イギリス生まれの指揮者が、ドイツの(南部の)交響楽団を指揮するという、ちょうどクロス関係のような再現が行われたものだが、メサイア入門としては、非常に穏健で、ところどころエステスの独特の歌唱はあるものの、モダンオケによる比較的大物指揮者のメサイアとして今となっては貴重なものかも知れない。参考記事として、ヘンデル「メサイア」(ガーディナー指揮)があるが、ちょうどこの頃からバロック音楽はピリオド・アプローチが主流になる時期にあたり、次第に現代オケを振るスター指揮者たちがバロック音楽を演奏しなくなってきた時期にあたるからだ。

12月22日は2007年の冬至にあたり、一年で最も夜の長い日になる。北半球では太陽の出ている時間が最も短く、緯度の高いヨーロッパでは太陽が本当に衰えたように感じられたのだろう。一陽来復とも言うが、冬至 midwinter は、特に古代人にとって太陽の力が復活してくれるかどうか毎年心配の種だったのだろうと思う。この冬至の祭りが、その後ヨーロッパのキリスト教化につれて、いつの間にかクリスマスにつながったという話を聞いたことがある。ケルト、ゲルマンなどのヨーロッパ古代とローマ帝国によるキリスト教の布教とが相俟って現代のヨーロッパ世界が形作られているのだろうと思うが、この西洋の影響力が強まったルネサンス期と大航海時代以降、いつまでヨーロッパ中心の段階が続くことだろうか。

音楽とは直接関係ないが、そんなことを思ってしまった。

なお、このメサイアが初演されたのは、アイルランドのダブリンにおいてで、そのことは大分前に記事にしたことがある。日韓と英愛の平行関係 と メサイア初演

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2007年12月21日 (金)

ベーム/VPOの『田園』

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クリスマスと『田園』が関係があるというと強弁のようだが、実は"PASTORAL"田園曲という題名自体が、それを示しているのだという。J.S.バッハの『クリスマス・オラトリオ』の第2部の第1曲(通しでは第10曲)は、シンフォニアという題名だが、別名 パストラーレ 8分の12拍子 であり、ヘンデルの『メサイア』では、第12曲 Pifa (田園曲)が 別名Sinfonia pastorale となっている。Pastoral 羊飼い(牧羊者)の曲つまり、聖なる羊飼い=イエス・キリストということになるのだろう。 6拍子系ということでは、この田園のフィナーレの『牧人の歌、嵐の後の喜ばしい感謝に満ちた気持ち』もその系譜に連なるということらしい。

ベートーヴェンは、恐らくヘンデルの『メサイア』は、モーツァルトが古典派様式のオーケストレーションに編曲したほどなので、その注文主ヴァン・スヴィーテンを通じて知っていたことと思う。この交響曲の構想に、Sinfonia pastorale が影響しなかったと言うのは考えがたい。

参考:国立音楽大学音楽研究所〈ベートーヴェン研究部門〉 (トップページ。2006年で活動は中止したがこのサイトは当分公開されているとのこと。)

http://www.ri.kunitachi.ac.jp/lvb/rep/rep.html (研究年報論文および報告。とても興味深いものが多い。)

http://www.lib.kunitachi.ac.jp/tenji/2005/tenji0509.pdf (「田園」交響曲についての特集展示。これも「田園」交響曲の周辺などとてもためになる。)

ベームとヴィーンフィルのベートーヴェン交響曲全集は、満を持してという感じで発売前の期待は高かったが、今でも一般的に高い評価を保っているといえるのは、この『田園』だけのようだ。

しかし、この全集の中では、7番をLP時代に購入し、マイ・ファーストのベト7としてよく聞いた。今では何種類もベートーヴェンの7番の音盤を所有していはいるが、LPのベームの7番はいい演奏だったと思う。むしろ、有名なカルロス・クライバーとヴィーンフィルのものより好きかも知れない。今年の流行言葉で言えば「品格」の違いのようなものが感じられる。ベーム/VPOの全集からはこのほかCDでは第九も購入したが、こちらはアンサンブルの縦の線が幾分ずれているように聞こえ、少々残念だった。

さて、この有名な6番は、やはりFM放送では耳にしたことがあるが、音盤としては、この廉価盤のBELARTシリーズのものが初めてだ。それほど期待をせずに聞いてみたところ、なかなかよい。

楽器バランスの上では、第1楽章のホルンが少し強調気味で、第2主題の後半でのその旋律的な味付けが新鮮だ。また、意外なピツィカートの強調などもあり、立体感のある演奏に聞こえる。ソロの木管も美しく巧い。全体的に流れもよいし、アンサンブルも良好で、この録音が今でも人気があるのも分かる気がする。音色も、ヘ長調のオーケストラ曲に聞こえる弦楽器群の雑な面が少なく、まろやかで華やぎがある音楽になっている。

第2楽章は、安心して音楽の小川に身をゆだねられるという感じだ(『美しき水車小屋の娘(女粉引き職人)』の世界ではないが)。ヴィーンフィルの木管のソリストたちの美しいアンサンブルにはまったくうっとりとさせられる。まるで、木管楽器による合奏協奏曲のようではないか!

第3楽章の農民の踊り この録音を聴いて、同じコンビによるブルックナーの『ロマンティック』のスケルツォを思い浮かべた。ベートーヴェンの衣鉢を継ぐものとしてのブルックナーの位置づけというところだろうか。ここでも音を割ったホルンの強奏、オーボエとクラリネット、ホルンによる主要メロディーの引継ぎなど素晴らしい。

第4楽章の嵐 農民の踊りの弱奏から嵐へ推移していく緊張感、嵐のクライマックスで音楽が崩れない部分にベームの統率力を感じる。

そして、第5楽章の牧人の歌、Sinfonia pastoralle の中心楽章。ティンパニの遠雷の中で、吹き交わす牧人の角笛から感謝の歌が生まれる。時間設定的には、この楽章は午後の嵐が過ぎて夕暮れが近づく頃だと思うが、なぜかこの楽章のクライマックスで上田敏『海潮音』に含まれる次の人口に膾炙した詩を思い出す。

春の朝
  ロバアト・ブラウニング
時は春、
日は朝、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
蝸牛枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

この『田園』のCDでも新方式(新材質)のCDが発売され、これまでのCDよりも音質がよいというが、今度は是非そちらで聞いてみたいものだ。

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2007年12月20日 (木)

セルの『ペールギュント』組曲、ラヴェル

Szell_grieg_ravel_2グリーグ『ペール・ギュント』組曲 
朝 4:11
オーゼの死 5:02
アニトラの踊り 2:33
山の魔王の宮殿にて 2:26
ソルヴェイグの歌 5:17

ラヴェル
『ダフニスとクローエ』第2組曲 15:00
『亡き王女のためのパヴァーヌ』 6:23

ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団

グリーグの没年は、1907年なので、今年2007年は没後100年の記念年だった。祖国ノルウェーではさぞ盛大な催しがあったこととは思うが、個人的には今年になって「ホルベアの時代」を何回も楽しんだりした程度で、あまり意識することはなかった。

セルのグリーグ、ラヴェルは、これまでほとんど聞いたことのなかったものだが、The Great Collection Of Classical Music シリーズの一枚でFDCA507 という型番が中古店の分売で売られており、グリーグやラヴェルがどんな演奏だろうかとの興味から求めたもの。

グリーグは、有名な「朝」から大変丁寧な音楽が奏でられる。ヴィブラートの少ない清楚なフルートとオーボエの絡み合いから、クリーヴランド館の一糸乱れぬ弦楽合奏によって朝日が昇ってくる。品格のある風景画を見ているかのようだ。以降、第1組曲からの3曲と、第2組曲の終曲のソルヴィエグの歌の合計5曲という珍しい収録なのだが、オリジナルの録音がこうだったのかは分からない。全体として凄く真摯な音楽になっている。

ラヴェルは、オーケストラの繊細な妙技を堪能できる。『ダフニスとクローエ』第2組曲は、トラックが一つしかなく、どうしても通して聞くことになる。フランス系のアンセルメやクリュイタンス、デュトアの表現とは違い、靄のような音の描写を前面に出すのではなく、スコアの細部まで明確に表現しているように聞こえる。それがユニークでもあり、少々違和感も感じるところだ。特に冒頭の木管の装飾的な音型の繰り返しも明瞭に演奏されるので、少々うるさい感じになってしまう。ただ、こちらも弦楽合奏による音楽の流れや表情は見事だ。

この第2組曲も、日の出の様子を描写しているが、その点「ペール・ギュント」と合い通じるところがある。また、『オーゼの死』『ソルヴェイグの歌』での悲哀の描写と『亡き王女』も対応関係にあるように思う。このアルバムは、そのような意図で作成されたのだろうか?

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2007年12月19日 (水)

火星最接近と韓国大統領選挙

12月19日は、2005年10月以来の火星の大接近だという。接近時の距離は、8800万km。21時ごろ、真東の方向、仰角約45度付近に真っ赤な星が光っているが、あれが火星だ。

火星といえば、一つ覚えのように、ホルストの『惑星』の第1曲、占星術で言うと「戦争をもたらすもの」ということになる。軍神Mars は、行進曲 Marchの語源のようだが、実は違うらしい。3月Marchは、Marsが語源とのことだが。

さて、12月19日は、隣国大韓民国の大統領選挙の投票日だ。なぜか平日に行われ、官公庁、銀行、学校などは公休日になるのだという。もっともクリスマス前の掻き入れ時でもあり(韓国はクリスチャン人口が比較的多い)、一般企業は投票後に休日出勤するケースが多いと聞く。候補者の本命は、イ・ミョンパク(李明博)という人だという。対抗がチョン・ドンヨン(鄭東泳)、第三番手がイ・フェチャン(李会昌)候補とのことだ。

韓国の大統領制は、米国やフランスのそれよりも権限は強力ではないが、国の舵取りという点では、日本の総理大臣よりも大きな権力を有しているようだ。

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第2回エンタ検定 日経BP

「エンタ!検定」スタート! ~15万人が熱狂した、あの企画が帰ってくる!~

メルマガ[TRENDYnet mail 12/18]で紹介されていたので、早速やってみた。

+++ 第2回「エンタ!検定」 成績発表 +++

あなたの総合得点は 65点  全国平均  63点

全国順位( 2007/12/18 20:42:05現在)
381位( 628人中)

--ジャンル別得点表--------------------------
            0_________50__________100%
映画            ■■■■■■■■■■■■■■
テレビ           ■■■■■■■■■■■■■
音楽            ■■■■■■■
CM            ■■■■■■■■■■■■■■■
書籍            ■■■■■■■■■■■■■■
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--講評--------------------------------
あなたは「 エンタの玄人」
あなたは自分なりのエンタテインメントの楽しみ方を知っているマイペースタイプ。でも、食わず嫌いはよくありません。今回の検定でスコアが低かった不得意ジャンルを克服すると、新たな出会いが待っているかも!?
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第2回「エンタ!検定」実施中!
http://ent.nikkeibp.co.jp/ent/kentei/

いまどきの音楽にはほとんど歯が立たない。20代前半の若手女優もだめ。それなりの結果だったが、流行にはとてもついていけない。

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2007年12月18日 (火)

猫はなぜ愛らしいか?

日曜日の午後7時半から30分、NHK総合の『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』は、お気に入りの一つで、毎週ほとんど欠かさずに見ている。先日の日曜日は、タンザニアのサバンナに棲息するサーバルという野生ネコの母子の生活を追っていた。

サーバルは、頭胴長が約1mほどで、イエネコよりも少し大柄なヤマネコの仲間で、ジャンプが得意なネコとして知られている。そのサーバルの母子が広大な厳しいサバンナの大自然で生き抜く姿にはハラハラさせられたが、生後間もない四頭の子猫の愛らしさは特筆ものだった。(サーバルは、ペットとしても取引されているらしく、先日横浜のベイサイド・マリーナ方面にあるペット専門店でも展示販売されているのが、志村動物園で紹介されていた。多摩動物公園で、その高貴な姿を見たことがある。)

それで思い出したのが、今年話題になった「猫なべ」という動画。YouTubeで「猫なべ」で検索するといくつか表示されるが、トップに出てくるのが本家らしい。

我が家でもずーっと猫を飼ってきたが、今の集合住宅では猫を飼えずにいる。先日家族で、この猫なべの動画を見て、すっかり猫を飼いたくなってしまって困った。

なぜ猫は愛らしいと感じるか、については、人間の赤ん坊、幼児と猫が似通っているからだという説を聞いたことがある。人間の種族保存の本能として、赤ん坊的なものを愛らしいと感じさせる反応が先天的にインプットされているのだが、それがネコにも応用?されるというものだ。コアラやパンダのような丸っこい動物やテディー・ベアのようなヌイグルミが愛好されるのも形態から来るそのような理由なのかも知れない。

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2007年12月17日 (月)

大河ドラマ『風林火山』最終回、浅田・高橋ダブル銀

1月からほぼ全回(ビデオ録画も含めてだが)欠かさずに見たNHK大河ドラマ『風林火山』が日曜日で最終回を迎えた。

井上靖の原作は、この機会に初めて読んだが、それと比較すると、結局ドラマは、比較的短い原作の小説を大幅に変更したものになったようだ。山本勘助の生き様を通して、戦国乱世の人間模様を描いたのだと言えようが、その点では群像劇としてもそれほど感心するできばえではなかったように感じた。

それでも見続けたのは、やはり最後の川中島合戦の映像描写への興味だった。前回、今回と千曲川と川中島の原野らしい場所で(というのも、遠景に北信五岳に含まれる戸隠、飯綱あたりが写っていたように思えたから)、甲信軍と越信軍が激しい戦いを繰り広げる様子、啄木鳥戦法の敗退、鞭声粛々のシーン、謙信と信玄の大将同士の白兵戦などなど、そして信玄の弟典厩信繁と主人公勘助の討ち死にの場面など、それなりに撮影編集されてはいたが、少々テンポが悪く間が悪いものになっていたように感じた。平凡な結論だが、郷土史への興味の再燃が収穫だったかも知れない。

また、日曜日夜放送されたイタリア、トリノでのフィギュアスケート グランプリファイナル(実際は現地時間の土曜日夜に行われたのだろうから既に日本の日曜日の早朝には結果が出ていたのだと思うが)では、シングルで日本男女のエースが二人とも銀メダルだった(終わったと書くのは少々気が引ける)。

高橋大輔は、SPでのわずかなリードを、わずか0.2点ほど逆転され本当に惜しい2位だった。たった一回のジャンプのミス(3回転が2回転)が結果的に尾を引いたのだが、全体のできはもう世界のトップの一人としてまったく遜色のないもので感心した。オリンピックシーズンの頃はガラスのエースだったが、このところジャンプが安定していてステップともども安心してみることができた。このままの調子を維持できれば、世界のトップも近いのではなかろうか?

浅田真央は、前日のまさかの最下位6位から一挙に2位を獲得したのは立派だった。フリーの演技は、解説の荒川静香に指摘されなければならないルッツの踏み切りのエッジがアウトかインかというわずかな減点要素を除けば、今シーズン苦しんだジャンプはほぼ完璧に近い出来栄えで、冒頭のトリプルアクセルもきれいに決め、フリー得点はトップだったが、同い年のライヴァルの韓国のキム・ヨナがショートの5点のリードをほぼ維持して金メダルを二年連続で獲得した。キムのフリーも、一回のジャンプ転倒による減点1点がなければ、やはりほぼ完璧で、浅田とわずか0.3点ほどの僅差でフリー2位だったので、もし減点がなければ浅田はキム・ヨナの後塵を拝したことになる。キムの演技は、スムーズで滑らかで力の溜めを感じさせないほど優雅なもので、よりスポーツ的な浅田を表現という評価が微妙な面でも少しリードしているのではないか。荒川などの専門家的にも各技術のレベルが高く、多くの技でレベル4という最高難度と評価されるものだという。浅田とキムの競い合いはこれからヴァンクーヴァーのオリンピック(2010年)まで続いて欲しいものだ。勿論、浅田にはキムを凌駕して欲しい。5位となった中野友加里はの演技もよかったが、転倒の減点1が惜しかった。

採点という点では、ショートプログラムの転倒のキムが他選手よりも5点近く高い点が出たのが意外だったのと、浅田も構成のジャンプを一回抜かすミスがあってもキム以外の4選手とはほとんど点差がなかったのがこれまた意外だった。また、中野の得点がよい演技の割りに伸びず会場からもその採点に対してブーイングが出ていたのも印象に残る。この辺が、専門的な採点と一般観客の印象の差というものなのだろうか?

参考:公式サイトの採点表 審判によってやはりある一定の傾向があるように見受けられる。ある審判は、ある選手の評価がどの技(エレメント)においても低く、ある審判は高いというような。

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2007年12月16日 (日)

ハイフェッツのブルッフのヴァイオリン協奏曲、スコットランド幻想曲

Bruch_heifez


年末に入り、今年は年賀状も早めにパソコンで製作しプリントアウトをしたので、後は手書きのコメントを添えるだけになっている。比較的年末としての動きが早くできていて少々気分的に余裕があるので、年末の棚卸ではないが、今年購入してまだ感想を書いていないCDを取り出して聞きなおしたりしている。

ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26は、生で聴いたことのある数少ないヴァイオリン・コンチェルトだが、長野で聴いたこと以外、ソリストと指揮者・オケがすぐに浮かんでこない。ただ、そのコンサートの予習に、コーガンとマゼールによるCDが最寄のCD屋に売っていたのを買って今でも手元にある。

その後、チョン・キョンファのシベリウスのカップリングにも収録(ケンペの指揮)していて、コーガンとチョンの聞き比べも楽しめた。

今年になって、ハイフェッツのこのCDが中古屋で目に留まり、ブルッフの『スコットランド幻想曲』とヴュータンの協奏曲第5番にも興味があったので、購入して聴いてみたところ、ブルッフの協奏曲ではハイフェッツの凄さを思い知らされた。

以前からハイフェッツのベートーヴェンやブラームスは、その凄さの反面、少々ハイフェッツのユニークな音楽性が前面に出過ぎと感じてもいたし、評判の高いメン・チャイもどうもしっくりこなかったが、このブルッフは素直に凄いと思った。

マックス・ブルッフという作曲家は、1838年生まれというから、自分でまとめながらなかなか記憶できないのだが、年表(エクセル)を見てみると、1800年の前半に生まれた多くのロマン派の作曲家の中の一人だ。しかし、その生涯や作品について知るところは少ないが、何と1920年までの長命を保ったという。

それでも、この協奏曲は、ロマン派の生んだ数多い(と思われる)ヴァイオリン協奏曲の中で、名技性だけに偏らず、楽想的にも憧れと熱情に満ちた感動的な名作だと思う。とは言え、名技性については、このハイフェッツのまさに切れ味するどいきっぱりした音程と細身の美しい音色が充分活かせるものを持ち、第三楽章の高揚感などはめったに聴かれない感動を呼ぶ音楽になっている。

サー・マルコム・サージェントとロンドン新交響楽団がバックを務める、珍しいロンドン録音で、デッカのクルーがRCAのために録音したものだと聞いたことのある録音だが、1960年代前半の初期のステレオとは言え非常に聞きやすい。

スコットランド幻想曲は、ドイツ系の作曲家によるスコットランドへの思慕という点で、メンデルスゾーンを思い起こさせるものだが、メンデルスゾーンの洗練に比較すると少々生の民謡を素材に使っているイメージだ。ケルト系の五音音階がドイツ系の人たちに何かアピールするものがあったのだろうか?日本人にはスコットランド、アイルランドの近代の?民謡は、学校教育の成果でもあるのだろうが、非常に郷愁を誘う魅力のあるものだが、特に第3楽章では、ハイフェッツの涼やかな音と表現でその魅力をたっぷり味わうことができる。ただ、ラロのスペイン交響曲ほど構成的ではなく、ソナタの名を冠するよりも幻想曲という名を選んだのだろうか。サラサーテに献呈され、彼によって初演されたのだという。1880年初演というので、活躍を始めた頃のホームズも聞いたかも知れない。

併録は、ヴュータンのヴァイオリン協奏曲第5番 イ短調は、前掲のグラフにも収録していない1820年生まれのベルギー出身のヴァイオリニストアンリ・ヴュータンによる作品。珍しい単一楽章性を取るが、大きく四つの部分に分かれ、序-急-緩-急に分かれる。まだ音楽を充分楽しめるほど聴きこめていない。

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2007年12月15日 (土)

J.C.バッハの3つの五重奏曲、六重奏曲

Pinnock_jcbach_quintet


先日読んだ『反音楽史』が特に再評価を求めていたのが、ロンドンのバッハ、ヨハン・クリスティアン・バッハ(ジョン・クリスチャン・バック)だった。

W.A.モーツァルトの伝記には、ロンドンで幼少の頃多大な影響を受け、後年パリでも再会を喜んだという、他の音楽家には非常に厳しかったモーツァルトが、尊敬した数少ない音楽家の一人だったことが書かれており、当時相当の人気と影響力のあった音楽家だったらしいが、『反音楽史』によると特にドイツ人の手では、彼の評伝もものされていないのだという。

彼の最も著名な作品は、モーツァルトにも影響を与えた交響曲だと思うが、たまたま『反音楽史』を入手する前にこのCDを入手しており、知らずに聴いたときより読んでから聴いた方が感慨が新たなものになるように思う。

前期古典派として、バロックとヴィーン古典派の橋渡し的な役割を果たし、深みはないが、和声的な音楽がよく書けているということが言われるが、なるほどこれらの4曲には、深みには乏しいが、音色の多彩さや分かりやすく親しみやすい楽想などそれなりに魅力的なものだ。

フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロ、チェンバロのための五重奏曲ニ長調Op.22-1

オーボエ、2つのホルン、ヴァイオリン、チェロ、フォルテピアノのための六重奏曲ハ長調

フルート、オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、通奏低音のための五重奏曲ニ長調Op11-6

フルート、オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、通奏低音のための五重奏曲ハ長調Op11-1

演奏は、トレヴァー・ピノックのキーボード、イングリッシュ・コンサートのソリストたち(ヴァイオリンのスタンデイジなど)による。

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2007年12月14日 (金)

ドラティのハイドン『驚愕』『奇蹟』『軍隊』

Dorati_haydn94_96_100 アンタル・ドラティとフィルハーモニア・フンガリアによる初のハイドン交響曲全集からの著名曲のピックアップ盤。

ロンドン(デッカ)の比較的古い録音はキングレコードから発売されているが、その初期盤で3000円の値段がついていたもの。LP時代にもこのキングレコードによるデッカの名曲集は美麗なパンフレットが発行されており、結構聴きたいものがありよく眺めたものだったが、レギュラープライス盤ゆえなかなか買うことができず、FM放送の予定雑誌(週刊FMやFMfan)の番組表をチェックして、よくエアチェックしたものだった。(先日の夏休み、このようなLPのエアチェックコピーではないが、音楽祭などを録音したカセットテープを再生してみたところ、劣化は進んでおらず、結構いい音で聴くことができたのはうれしかった。ただ、これらをディジタル化するのは大変だ。)

さて、硬派のドラティによるハイドンだが、結構柔軟な表情を見せるのが意外だった。こちらの耳が結構直線的なピリオド・アプローチによる演奏を通過して、シャキシャキした演奏スタイルに慣れたためだろうか?

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2007年12月13日 (木)

岡田暁生『西洋音楽史』(「クラシック」の黄昏)

先日、読みたいと書いた 岡田暁生著『西洋音楽史』 「クラシック」の黄昏 (中公新書1816 780円+税)をようやく購入し、通読した。

立て続けに石井宏、西原稔、そして以前買っておいた 許光俊『クラシックを聴け!』を読んだ後、この比較的最近の音楽史の新書を買って読んでみたわけだが、これはなかなか素晴らしい。素人の私が漠然と感じていたり思ったりしたことが筋道をたててわかりやすく整理されて提示されているように感じる。西洋芸術音楽は、文字の読めるエリート(貴族、聖職者)によって作られたもの、という規定は目からうろこでなるほどその通りだと思った。

さらに、石井宏のイタリア音楽復権のアジテートもきちんとフォローされており、また石井の本で不満を感じたシューマン以降とジャズについても、現代のポピュラー音楽を含めてきちんと整理されていて、さすがだと思った。加えて、許の本で強調されていたクラシックのコンサートは宗教的な祭祀の代替であるという考え方は新鮮だったが、それについても後期ロマン派について全体の中できちんと位置づけがなされて書かれていた。

全体を通して、とにかく整理整頓がいきとどいており、これほど分かりやすい音楽史は初めてだ。多くの点で納得できたのは、いわゆるパースペクティヴが効いており、あくまでも通史にこだわっているためだろう。J.S.バッハの位置づけは、本当にこの通りだろうという感じがした。バロック最末期における孤高の天才バッハの存在自体が、その後の音楽史に及ぼした影響と、音楽史の流れを見えにくくしたというのは、最近自分もよく思うところだ。

現代のポピュラー音楽がロマン派音楽の感動至上主義の末裔であるという指摘も、ハリウッドの映画音楽がロマン派の流儀だということがつとに言われていたことに通じ、ポップスやロック、流行音楽全般がそうなのだという指摘は、快刀乱麻である。このドイツ・ロマン派の進歩主義史観的な動きが、後にロマン主義者だったシェーンベルクをして、無調から十二音、そしてセリーへと通じさせたということが整理されて書かれているが、このことが石井宏が前掲書で言わんとしていたことなのだろうと思った。

さらに、ジャズについても、石井宏のクラシック音楽体系における価値判断のゆらぎのようなことはなく、しっかり音楽史的な把握がなされていた。コルトレーンの実験的な音楽の評価は、彼の一番親しみやすいと言われる『バラード』しか聴いたことのない私にとっては、非常に興味をそそられ、最近中古屋で、コルトレーンの棚を覗く日々が続いている。

1950年代以降の音楽世界が、前衛音楽(サブカルチャー)と、過去の音楽の巨匠の演奏、ポピュラー音楽(ビートルズなど)の三つに分かれていたという指摘、巨匠の名演もそろそろ種切れだという指摘もなるほどと思った。

時代時代の様相と音楽の絡みについても短く、深くはないが的確な結びつきがされていて、面白かった。

なお、巻末の参考文献には、許や石井の名前はなく、石井の本で批判にさらされていたパウル・ベッカーが参考書に挙げられていたのはご愛敬というところだろうか?(別に、著者が、許氏や石井氏の本を下敷きにしたという事実はないのだが。)

グレゴリオ聖歌から書き起こし、20世紀の記述で終わっているもので、下記のように少々疑問、不満はあるが、これほど大づかみであり、かつ面白い歴史書は久しぶりに読んだような気がする。

それこそ、自分なりに整理して書きたいことは山ほどあるような気がするが、とりあえず一端備忘録として。

疑問: ブルックナーへの言及がないようだが。 惜しい: 人名・事項を探す場合、巻末索引があれば便利だった。

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2007年12月12日 (水)

任天堂 Wii Fit を購入

12月1日に発売の任天堂のゲーム機 Wii につなげて使うボードとソフトのセット、Wii Fit(任天堂の公式ページ) を自分用のクリスマスプレゼント?に、帰宅時に最寄の量販店に立ち寄って購入してきた。

「フィット」はいわゆるフィットネスのことらしく、付属(というかこれがメインのハードになる)の体重計のようなボードに素足で乗り、その上で前後左右のバランスを取りながら、ゲームやヨガなどのフィットネスを行いつつ、体重、BMIを遊び感覚で管理できるというものだ。

このゲームについては、ネット量販のサイトでは、発売予定の発表があった頃から、先物買い的なレビューが相当ついていて、その注目度が高いことに驚いていたが、あまり運動をしないので、室内で遊べるものもいいかと購入した次第。

早速、帰宅後、子ども達がワイワイ騒ぐのをなだめながら、接続にかかったが、説明書の説明が充分ではなく、接続までに少々手間取った。まずは、ソフトの入ったディスクを挿入して、本体のOSにあたるプログラムをアップグレードし、その後、このWii Fitソフトを起動して、その指示に従って本体とボードを接続してやればよかったのだが、ソフトを起動する前に何度か接続にトライしてうまくいかなかった。

CMも盛んに流されており、既に結構売れているようだが、子ども達に聞くと、Wii本体なしに使えるという誤解があるようで、これだけ購入して使えないというクレームが多いらしい。確かにこれだけの値段で、かつこれだけの大きさなのでその誤解も無理からぬところなので、是非任天堂にはそのような誤解がないようにコマーシャルや販売店を通じて正しい情報を流してもらいたいものだ。

家族を登録して、少しバランスゲームをやってみたが、結構難しい。それでもスキーのジャンプなどは本格的なCGの中に自分の分身がプレーするというスタイルで迫力もあり、面白いし、アルペンスキーのジャイアントスラロームでは昔取った杵柄を披露しようとしたのだが、まだボード上でバランスを移動するのに慣れないため、巧くできなかった。

体重管理も簡単にできるし、結構はまりそうだ。

参考:日経BP記事 12/5付け 、 日経BP トレンディネットの記事 12/10付け

なお、ネットでの値段は定価8,800円(税込み)を上回る現象がおきているようだ。これは、人気ゲーム機では最近よく起きる現象で興味深い。

追記:2008/1/20
1/13(日)版の朝日新聞 be on Sunday の「日曜ナント カ学」に「踏ん張る時代は終わった」という題名で、カービングスキーとトラディショナルスキー(旧式のスキーをこういうらしい)の技術の差を科学的に解説した特集が載っていて、ちょうどpfaelzerweinさんからのコメントに関係していてタイムリーだった。トラディショナルは、「右ターンなら外足となる左足を踏ん張る、いわゆる『外足荷重』が基本だった」とあり、「一方のカービングは、『曲がりたい方向に体を傾ければ、板が勝手に曲がってくれる。踏ん張る必要がない。とにかく楽です。」(サロモン担当者による) そして肝心の荷重は旧式スキーと違って「内足」でのコントロールが大切で、外足荷重的な滑り方をすると思うように滑れない、らしい。

その意味で、Wii Fitの設定は、カービングスキー時代に合致しているとも言えるのかも知れない。(少し上達すると、長い距離で旗門も難しい上級コースにチャレンジできるが、うまくいかない!)

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2007年12月11日 (火)

コーヒードリップ専用ケトルとドミニカン・トリプルA

近所のコーヒー用品、コーヒー豆専門店が年末セールをやっており、以前から欲しかったドリップ専用のやかんが安売りになっていたので購入した。自宅で開梱してみたところ、新潟県の燕市の会社の製品だった。注ぎ口が微妙なカーブを描いていて美しい。説明書の通り、洗剤で内部を洗い、よくすすぎ、2回沸騰させては捨てを行ってから、早速ドリップに使ってみた。

これまで2リットルは入る注ぎ口が大きい普通のやかんでドリップしていて、それなりに自分好みのコーヒーを飲めてはいたのだが、この専用ケトルは使い勝手が格段に違い優れている。細く適量のお湯が美しい注ぎ口から出るので、自分の思い通りの分量のお湯をコーヒーの粉に注ぐことができる。約30秒蒸らしてから、数度に分けて渦巻きを描くように注ぐのだが、これまでのやかんではドバドバとお湯が注がれてしまっていたのが、今度はうまく注げるので、粉からの泡立ちもことのほかよいようだ。

さて、味だが、嗜好品一般と同じく、こちらの体調などに大きく左右されるため、格段に旨くなったかは分からないが、妻に聞いても雑味が減り、透明感のある味になったようだ。また香りのたち方もこれまでよりも高く香る。

ところで、この店はこれまで何年もその前を通っていたのだが、この機会に初めて焙煎済みの豆を購入してみた。店員に売れ筋を尋ねたところ、いくつか紹介してくれたが、中でドミニカントリプルAというのが面白そうで、「珍しいですね」などと言いながら100gほど購入してみた。例のブルーマウンテンの取れる島はどこだったか、ドミニカではなかったように思うのだが、などと考えて、帰宅後調べてみたところ、ブルマンはジャマイカで、ドミニカのコーヒーはそれほど有名ではないようだ。

早速これも挽いて、専用ケトルでドリップして飲んでみたが、少し深煎りのようで、バランスはいいが、大手メーカーのモカブレンドの方が美味しいように感じた。

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2007年12月10日 (月)

ヘンデル Dixit Dominus, ヴィヴァルディ Gloria (BBC music付録CD)

Handel_vivaldi
昨日触れたヘンデルとヴィヴァルディの作品のCDがこれ。

演奏者は、ディエゴ・ファゾリス Diego Fasolis 指揮の ルガーノ・スイス放送合唱団 Swiss Radio Chorus of Lugano と イ・バロッキスティ I Barocchisti

Soprano は、レーナ・ルーテンス Lena Lootens, ロベルタ・インヴェニッツイ Roberta Invenizzi, Altoは グロリア・バンディテッリGloria Banditelli, Tenorはマルコ・ビーズリー Marco Beasley, Bassは アントニオ・アベーテ Antonio Abete という人たち。イタリア系が多いようだが、Beasley などは姓からはアングロ・サクソン系だろうか。スイスは、ヨーロッパの坩堝(パッチワーク)なのがこのソリストからも想像される。

これは、1999年当時できたてというわけではなく、1995年12月12日、ミラノの教会(Basillica di San Simpliciano)でライブ録音されたもの。

ヘンデルの宗教曲は、一応オペラの一種でもあるオラトリオ『メサイア』で親しいが、ラテン語の祈祷文に付けたモテット(というのだろうか?)のような曲は、これが初めて聴いたもの。

また、ヴィヴァルディは、最近読んだ音楽史の本でも、膨大な器楽による協奏曲のほかに、多数のオペラを作り、またこのような宗教曲も多く書いたのだという。

ヘンデルの音楽は、平明なバロック後期の音楽というよりも、対位法を駆使した短調の緊張感のある音楽になっている。

一方、ヴィヴァルディの方は、沸き立つような明快なGloriaで開始される主調は長調の音楽であり、トランペットの明るい響きが、彼の活躍したヴェネツィアの生活を彷彿とさせるようだ。ただし、第2楽章(楽段)の Et in terra paxのように偶数楽章は、悲しげな短調も用いられており、全体的にメリハリのある音楽を聴くことができる。ヴィヴァルディは本当に多作だったようだが、作品の質がそれなりに高いのは驚異的だ。

探したところ、BBC music Magazine December 1999 が出てきた。レコード芸術誌よりずっと薄く各記事も短いが、結構読み応えがある。まだ、この頃は過去の名演のバジェットプライス洪水を迎えていない頃だったと思うので、1999年1年の新譜の推薦など結構の数が挙げられていて興味深い。

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2007年12月 9日 (日)

クリスマス・キャロル集 (BBC music付録CD)

Christmas_carols つい先日のように思うのだが、もうこのCD付きのBBC music Magazineを買ってから8年も経過してしまった。当時、アイルランドのダブリンと仕事の関係があり、11月ごろダブリンへ出張した折に、ダブリン郊外のホテルの近くの日本のコンビニのような店の雑誌コーナーにこの雑誌が置かれていて、面白そうだと思って購入したのだった。

12月号のクリスマス特集ということで、このBBC Singers によるChristmas Carols ancient and modern と、もう1枚スイス・ルガーノの団体によるヘンデルとヴィヴァルディの宗教曲が付録だった。雑誌の方は、本棚のどこかにあると思うのだが、この2枚のCDはしっかりCD棚に保管してあり、クリスマス・シーズンになると聴くことが多い。

演奏者は、20名ほどの混声合唱団で、指揮者はブライアン・ケイ、オルガンがリチャード・ピアースという人。全部で20曲収録されている。バッハ、メンデルスゾーン、ブラームスの曲があり、Stille Nacht があり、Coventory Carolなどが含まれている。

録音は当時の最新1999年6月にロンドンの教会のものだが、雑誌付録のためか、録音の音量レベルが全体的に低く、その辺がちょっと惜しい。高い音量ピークでも音割れやビビリがないのはいいのだが。

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2007年12月 8日 (土)

Google検索の更新?

この12月の初めから最近にかけてGoogleの検索リストの更新が行われたのだろうか?

自分のブログでも
  "シューベルトの誕生日" site:kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber
のように、Googleを使って内部を検索することがあるのだが、少し前までは 2005年1月31日の記事シューベルトの誕生日  がヒットしたのだが、最近の結果は、このようになってしまい、その記事が検索結果で挙がらなくなってしまった。

このような古い記事でなくても、つい今年の記事で最近までヒットしていた「ピーターと狼」の 2007年6月10日 (日) 小澤/ボストン響の『ピーターと狼』『動物の謝肉祭』『青少年のための管弦楽入門』が、ヒットしなくなったのはなぜだろうか? 自分のBlog内の記事の検索をGoogleに頼ること自体情けない話なのは分かっているが、結構驚かされたし、今後注意すべきだと思った。

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2007年12月 7日 (金)

JUSTSYSTEM xfy Blog Editor を使って記事を書いてみる

Cocolog でも使えるというお知らせがあったので、ダウンロードして使ってみている。オフラインでも書けるというのがミソのようだが、入力画面が狭かったりして、まだ使い勝手が分からない。

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2007年12月 6日 (木)

シフのJ.S.バッハ『インヴェンションとシンフォニア』

Schiff_bach_invention グールドに続くピアノでのバッハ弾きとしては、このハンガリー生まれのシフ・アンドラーシュが挙げられることが多い。彼は、日本出身のヴァイオリニスト塩川悠子女史の夫君でもあり、モーツァルトやシューベルトの演奏でも名は高い。彼の演奏では、テレビで見たブラームスの2番の協奏曲が面白かった記憶があるが、モーツァルトは彼のソナタ全集が出た頃非常に評判が高かったが、私としてはあまり好みではなかった。

さて、このインヴェンションとシンフォニアだが、非常に装飾音が独特なのが特徴と言えようか。また、テンポを動かしたり独特のアーティキュレーションをつけたりしてもいるので、少々ロマンティックな表現だと感じられることもある。以前、グールドとエッシェンバッハのミュージックカセットの録音を取り上げたが、このCDは、それらとも違う独特なものだ。

かつてはよくピアニストに弾かれた「半音階幻想曲とフーガ」がこのCDに収録されているが、この曲は現在ではなぜか弾かれたり聴かれる機会が減ってしまったので、シフの演奏で聴けるのは楽しい。

その他珍しい4つのデュエットBWV802-805が収録されている。

ピアノの音色は、ロンドンレーベルの特徴(ドイツ・グラモフォンと違う)で、華やかだがやや滲みのあるものになっている。

録音は、1980年代初めにロンドンのキングズウェイホールで録られたもの。

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2007年12月 5日 (水)

ミュンシュ/パリ管の『幻想交響曲』

Munchberliozfantastique

昨年2006年はモーツァルト生誕250年の記念年だったが、モーツァルトの命日の頃はブログ更新に疲れていたので、パスしてしまった。今年は年末になって何冊か音楽史関係の本を読んだり、コシを聞いたりしたので、自分のモーツァルト観が相当変貌したように思う。特に、ランドンの著書と、文句は付けたが『反音楽史』の影響が強い。

さて、最近の書店では、文化、芸術、歴史、哲学、数学、科学など『何々がすぐ分かる』というようなシリーズ本がよく目につく。クラシック音楽やオペラも手っ取り早く「分かる」ガイドブックが多く見られる。その中に、音楽評論家の諸石幸生氏の『クラシックがわかる超名盤100 (ON BOOKS 21)という本が並んでおり、『分かる』『超』『名盤』などなど最近の流行の形容詞がなんて一杯ついたガイドブックだろうと思いながら手にとってめくってみたところ、自分でも所有している音盤がいくつか掲載されていたので読んでみた。

この本はまだ未入手だが、美辞麗句を並べてあるわけではなく、情報量が多く結構面白いガイドブックだった。その中に、『幻想交響曲』の代表的な名盤として挙げられていたのが、このミュンシュ/パリ管の録音だった。

この録音は、10代のころLPで入手し、もう飽きるほど聴きまくったものだ。高校生の年代は、このベルリオーズという破天荒な作曲家の不可思議な世界が、モーツァルトやベートーヴェン、ブラームスなどとは違った意味で魅力的であり、特に終楽章の猛烈な演奏には聴くたびに興奮させられたものだった。

かつてLPで所有していた愛聴盤もときおりCDで買いなおしたりしているのだが、このフランス製のCDは、たまたま中古店で今年になって廉価で入手できたもので、LPもしばらく聴いていなかったり、幻想交響曲自体への関心が薄くなっていることもあり、聞く前に以前の感動が消滅してしまうのではないかとの躊躇があったのだが、聴いてみたところ、やはり乗りに乗った情熱的な演奏だった。終楽章が凄いだけでなく、第1楽章からすべて凄いとしかいいようのない激烈な演奏だと思う。

クリュイタンス/PO, モントゥー/サンフランシスコカラヤン/BPOと、CDで入手したものは、比較的品のよい演奏が多かった(モントゥーの感触は独特だが)が、このミュンシュの指揮によるグイグイ進むような演奏は、興奮の渦に巻き込まれながら懐かしさを感じさせてくれるものだった。

そういう意味で私にとっては、他の録音に冠たる後世にも必ず残る名盤というよりも、数少ないLPをとっかえひっかえ何度も聞きなおした頃の音楽との幸福な関係を思い出せてくれる大切な音盤という感じだ。

こういうのを聴くと録音芸術としてのクラシック音楽のピークは、1960年代から1970年代だったのかと思ったりもする。

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2007年12月 4日 (火)

デュメイ&ピリスのフランク、ドビュッシー ヴァイオリンソナタ

Dumayfranckdebussyravel

オーギュスタン・デュメイとマリオ・ジョアオ・ピリス(ピレシュ)夫妻は、1990年代にこのフランスのヴァイオリンソナタ集のほかにブラームスのソナタ全集(3曲で1枚)を録音している。

フランクとドビュッシーのソナタは、比較的古くから愛聴していたヴァイオリン・ソナタ作品で、CDではフランクはカントロフとルヴィエ、ティボーとコルトーそれにミドリとマクドナルド。ドビュッシーは、シルールニクとユボー、そして同じくティボーとコルトーのものを聴いてきた。

フランクでは、このデュメイとピリスのものは、カントロフやミドリの端正な演奏よりももっと表情が濃いように感じる。以前放送(FM、AM)で聴いたときに結構しっくり来る演奏だと思ったが、いざCDでじっくり聴いてみたところ、非常にいい。デュメイについては、フランス系の中堅ヴァイオリニストであることしか知らなかったが、ピリスとのコンビで化けたのだろうか?ピリスは、ピアニストとしては1970年代からデンオン録音のモーツァルトのピアノソナタで知られていたが、この時期相当メジャーな存在になったような記憶がある。

フランクのソナタは、以前IMSLPで楽譜を見たところ意外にも読みやすい譜面の様子で驚いたが、出てくる音楽は譜面の様子よりもずっと濃厚であり、ピアノもそれほど難しくなさそうだが、鳴ってくる音は非常に多彩な音楽になっているのが不思議だ。ベートーヴェンまではモダンピアノとヴァイオリンのバランスはあまりよくないが、フランク、ブラームスあたりになると書法上の工夫のためか音楽として2つの楽器がバランスよく書かれているように感じる。

ここでは、デュメイとピリスはまったく技術的、音程的に不安なく多彩で表情豊かな音楽を聴かせてくれる。

フランクに比べるとドビュッシーの方はそれほど熱心に聴く曲ではないが、現代のフランス風というのはこのようなものを言うのだろうと感じさせる趣味のよい演奏だと思う。

余白のラヴェルのツィガーヌなども迫力があり楽しい。

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2007年12月 3日 (月)

ジャック・ルーシェ・トリオ プレイ・バッハ1,2

Play_bach_jacques_loussier 日経BPのセカンドステージというページをメルマガで購読しているが、ときどき面白い記事が掲載される。

今回のジャック・ルーシェのプレイ・バッハは、小川隆夫という筆者による「大人スタイル 永遠のジャズ」というコラムで紹介された。

私が持っているのは、プレイバッハ1、2というものだが、このコラムによると、第4集まで録音されているらしい。

Modern Jazz Quartet や、Swingle Singers などジャズ畑でバッハを取り上げるケースは少なくないようだが、このルーシェのピアノと、ドラムス、ベースのピアノトリオによるバッハは、ルーシェのものすごい指捌きもあって、相当爽快なバッハを聴く事ができる。それに、テンポのゆっくりな曲もスイング感とはちょっと違う、たゆたう感じがあって、結構面白い。

Disc 1  G線上のアリア/2声のインヴェンションよりNo.8/シチリアーノ/トッカータとフーガ・ニ短調/主よ人の望みの喜びよ/イタリア協奏曲/目覚めよと呼ぶ声あり/協奏曲BWV1052 など

Disc2 クラヴィア協奏曲 BWV1054,1060,1056/ 小フーガ・ト短調/ガヴォット/パッサカリア・ハ短調/パルティータ・ホ長調など 

名曲が目白押しで、そのジャズ編曲(というのか)も、テーマとジャズ風の編曲という感じで非常に面白い。

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2007年12月 2日 (日)

芥川龍之介とMozart

DS文学全集で芥川龍之介『或阿呆の一生』を読んだ。かつて熱心に芥川を新潮文庫で買い集めて読んだが、この絶筆となった短い自叙伝は読んだ記憶がなかった。

芥川は、ぼんやりとした不安を抱えて、斎藤茂吉から処方された睡眠薬で自殺したという。(これは、茂吉の長男の斎藤茂太の著作ではなく、茂吉の次男北杜夫の著作で読んだ記憶がある)。

さて、『或阿呆の一生』を読むと、晩年の彼が発狂の恐怖に捉えられていたことが分かるような気がする。(実母が発狂したという。)

この41「病」という章に、不眠症、胃酸過多、胃アトニイ、乾性肋膜炎、神経衰弱、慢性結膜炎、脳疲労・・・・・・ と病名が連ねられている。その彼は、ある日カツフエで蓄音機から流れて来る音楽に耳を傾けている。それは彼の心もちに妙にしみ渡る音楽だった。音楽が終わってからレコオドのラベルをしらべてみたところ「Magic Flute ----- Mozart」とあった。「彼は咄嗟に了解した。十戒を破つたモツツアルト(ママ)はやはり苦しんだのに違ひなかった。しかしよもや彼のやうに、・・・・・・彼は頭を垂れたまま、静かに彼の卓子(テエブル)へ帰つて行つた。」  

これは、1927年、芥川が自殺の年に書かれ、死後公表された一種の自叙伝だが、35歳で病死したモーツァルトの最晩年の作品(このことを芥川は知っていたかどうか)を同じ35歳で自殺した芥川に妙にしみ渡る音楽であったことが不思議な暗合のように思われた。

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2007年12月 1日 (土)

シュナーベルのベートーヴェン ピアノソナタ全集(EMI)

Schnabel_beethoven_1_32 シュナーベルのベートーヴェンのピアノソナタは、以前から聴きたいと思っていたが、店頭ではなかなか入手できないでいた。それが、最近開店したばかりのブックオフをクラシック系のCDはどんなものがあるだろうかと覘いてみたところ、輸入盤のEMI8枚組みセットが陳列されており、すぐに購入し、早速聴いてみた。

これが1930年代の古臭い録音、演奏だろうか?ブラインドテストをしてみたら、録音はモノで帯域も狭めなので少し古い録音だとは分かるかも知れないが、SP特有のスクラッチノイズはほとんど聞こえず、またピアノの音色には高中低域ともつやと存在感があり、むしろ最新録音よりも美しく聞こえることもあり驚いた。(EMI盤の1枚目、第3番 作品2-3の第2楽章、第3楽章など)。ポータブルCDで聴いても、ステレオセットで聴いてもその音の魅力は現代の最新録音に勝るとも劣らないように聞こえる。音楽としての実質が伝わるかまぼこ型の周波数特性のためかも知れないとも思ったが、意外だった。

有名曲では、『熱情』の終楽章が凄い。全体的にシュナーベルの採るテンポは速く、ハンマークラフィーアでは第1楽章など不可能といわれるテンポに挑戦しているが、熱情の第3楽章でも、コーダのギア切り替えでさらに速くする部分など充分に音としてはなりきっていないが、迫力ある音楽になっているのに驚かされる。

シューベルトの第21番でも感じたが、シュナーベルの音楽は生気が溢れているのが特徴に思われる。戦前から聴き継がれた「聖典」とも言われる歴史的な録音で、長らくその精神性の深さが称揚されてきたものだが、70年後の現在聞いてみると、むしろ精神性という不確かなものよりも、ベートーヴェンの音楽の持つムジチーレンの楽しさが伝わってくるかのようだ。

なるほど、このような演奏解釈の土台(ベートーヴェンからチェルニー、レシェティツキーを経てシュナーベル。チェルニーの弟子としては、リストの系譜もあり)があって、その後のベートーヴェン演奏の系譜があることを知ることができる。温故知新とはこういうことを言うのかも知れない。

これはさすがに以前から語られてきたことだが、速いテンポにより細部の細かい音符が精緻に再現できていない点は結構多く、またロングテイクで細部の修正なしのためだろう、ミスタッチもそのまま収録されていたりもする。それに、簡単なソナタ(ソナチチネ・アルバム所収)では、勢いに任せた弾き飛ばし的な演奏も聞こえたりもする。そういう点では、現代CD時代の一点一画をゆるがせにしない精密な録音には譲るが、ベートーヴェンの音楽を大づかみ(といっても細部も充分美しいが)で聞かせてくれるのはこのシュナーベルの演奏が最右翼かも知れない。

順序が逆だが、これを土台に、バックハウス、ケンプ、ソロモン、ナット、R.ゼルキンアラウグルダブレンデル変奏曲)、バレンボイム(EMI, DG)、ゲルバー、ポリーニ、リヒテル、ギレリス、ヴェデルニコフ、アシュケナージ、ホロヴィッツ、ルビンシュタイン、グールドなどなどのベートーヴェン演奏を味わうのはまた楽しみだ。

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