岡田暁生『西洋音楽史』(「クラシック」の黄昏)
先日、読みたいと書いた 岡田暁生著『西洋音楽史』 「クラシック」の黄昏 (中公新書1816 780円+税)をようやく購入し、通読した。
立て続けに石井宏、西原稔、そして以前買っておいた 許光俊『クラシックを聴け!』を読んだ後、この比較的最近の音楽史の新書を買って読んでみたわけだが、これはなかなか素晴らしい。素人の私が漠然と感じていたり思ったりしたことが筋道をたててわかりやすく整理されて提示されているように感じる。西洋芸術音楽は、文字の読めるエリート(貴族、聖職者)によって作られたもの、という規定は目からうろこでなるほどその通りだと思った。
さらに、石井宏のイタリア音楽復権のアジテートもきちんとフォローされており、また石井の本で不満を感じたシューマン以降とジャズについても、現代のポピュラー音楽を含めてきちんと整理されていて、さすがだと思った。加えて、許の本で強調されていたクラシックのコンサートは宗教的な祭祀の代替であるという考え方は新鮮だったが、それについても後期ロマン派について全体の中できちんと位置づけがなされて書かれていた。
全体を通して、とにかく整理整頓がいきとどいており、これほど分かりやすい音楽史は初めてだ。多くの点で納得できたのは、いわゆるパースペクティヴが効いており、あくまでも通史にこだわっているためだろう。J.S.バッハの位置づけは、本当にこの通りだろうという感じがした。バロック最末期における孤高の天才バッハの存在自体が、その後の音楽史に及ぼした影響と、音楽史の流れを見えにくくしたというのは、最近自分もよく思うところだ。
現代のポピュラー音楽がロマン派音楽の感動至上主義の末裔であるという指摘も、ハリウッドの映画音楽がロマン派の流儀だということがつとに言われていたことに通じ、ポップスやロック、流行音楽全般がそうなのだという指摘は、快刀乱麻である。このドイツ・ロマン派の進歩主義史観的な動きが、後にロマン主義者だったシェーンベルクをして、無調から十二音、そしてセリーへと通じさせたということが整理されて書かれているが、このことが石井宏が前掲書で言わんとしていたことなのだろうと思った。
さらに、ジャズについても、石井宏のクラシック音楽体系における価値判断のゆらぎのようなことはなく、しっかり音楽史的な把握がなされていた。コルトレーンの実験的な音楽の評価は、彼の一番親しみやすいと言われる『バラード』しか聴いたことのない私にとっては、非常に興味をそそられ、最近中古屋で、コルトレーンの棚を覗く日々が続いている。
1950年代以降の音楽世界が、前衛音楽(サブカルチャー)と、過去の音楽の巨匠の演奏、ポピュラー音楽(ビートルズなど)の三つに分かれていたという指摘、巨匠の名演もそろそろ種切れだという指摘もなるほどと思った。
時代時代の様相と音楽の絡みについても短く、深くはないが的確な結びつきがされていて、面白かった。
なお、巻末の参考文献には、許や石井の名前はなく、石井の本で批判にさらされていたパウル・ベッカーが参考書に挙げられていたのはご愛敬というところだろうか?(別に、著者が、許氏や石井氏の本を下敷きにしたという事実はないのだが。)
グレゴリオ聖歌から書き起こし、20世紀の記述で終わっているもので、下記のように少々疑問、不満はあるが、これほど大づかみであり、かつ面白い歴史書は久しぶりに読んだような気がする。
それこそ、自分なりに整理して書きたいことは山ほどあるような気がするが、とりあえず一端備忘録として。
疑問: ブルックナーへの言及がないようだが。 惜しい: 人名・事項を探す場合、巻末索引があれば便利だった。
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