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2008年2月の29件の記事

2008年2月29日 (金)

「モーツァルトの精神、掘り下げる」指揮者オノフリという記事

2008年2月26日(火)の夕刊の11面の文化欄に、「指揮者オノフリ、モーツァルト「交響曲40番」をCD化」という見出しの記事が、オノフリという指揮者の顔写真とともに掲載された。音楽専門の吉田純子記者の署名記事だ。

ネットで検索したら、その記事が現在asahi.com で読めるようになっている。

「イタリアの若手指揮者エンリコ・オノフリ。ポルトガルの古楽合奏団ディビーノ・ソスピーロと録音したCDが昨年末、日本のインディーズレーベルからリリースされた。」とあり、オノフリという指揮者による交響曲第40番の解釈が語られている。

先日、本当にゆっくりしたテンポながら非常に魅力のあるクリップスとACOとの伝統的なモダンオケ(という表現もおかしいが)による演奏の記事を書いたが、吉田記者がディスク紹介欄ではなく、わざわざ単発で取り上げたということは、相当注目に値する録音なのだろうか?オノフリの解釈・主張自体は、「生への希望をつなぐユーモア」という表現以外はそれほど目新しいものではないが、演奏自体には少し興味がそそられる。

追記2008/3/3 : まったく縁がないと思っていたこのオノフリという指揮者が、実はイル・ジャルディーノ・アルモニコの「ブランデンブルク」で、凄い演奏をするヴァイオリニストとして書いたエンリコ・オンフリ(Onofri が綴りだからオノフリが正しいようだ)と同一人物らしいことが、「オノフリ」を検索して分かった。あのような演奏は、一種の表現主義に分類されるのだろうか?

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2008年2月28日 (木)

交響曲2番を選ぶ 

1月に、ブラームスとシベリウスの1番を聴き、2月にはラフマニノフの2番を聴いた。2番をもう一曲くらい聴こうかと思うが、どれにしようか迷う。

ハイドン全集の2番は? モーツァルトの2番は今手持ちにはない。ベートーヴェンの2番はいくつもあるし迷う。ブラームスも同じ。ボロディンの2番という手もあるし、カリンニコフの2番もいいかもしれない。チャイコフスキーとドヴォルザークの2番はこれまでまともに聴いたことがないし手持ちもない。シューベルトの2番もブロムシュテットの全集にあるが。シベリウスのは先月1番を聴いたし。メンデルスゾーンの2番は讃歌だったか、これは聴いたことがないし音盤もなし。ブルックナーの2番も自分的には欠番状態。マーラーの『復活』はつい先日8番を聴いたばかりだし。シューマンの2番というと、あのバーンスタインが存命の頃、札幌のPPMだったかのオケを入魂の指導していた緩徐楽章と、セルのルガーノライヴを思い出すが今は聴きたい気分ではない。グラズノフ、プロコフィエフやスクリャービン。サン=サーンス、ルーセル。ヴォーン=ウィリアムズ、エルガー。彼らの2番は未聴、未所持。ショスタコーヴィチの2番はちょっと敬遠気味だ。疲れているし。そういえばフルトヴェングラーの交響曲第2番というのも一時話題になったこともあったが聴いたことがない。バーンスタインのも。

そうそう、ニールセンの2番があった。これは、のだめ関連で、ニールセンの『不滅』(第4番)を買ったときに、カップリングされていたが、まだまともに聴いた記憶がない。せっかく思い出したので、これを機会に聴いてみよう。

Nielsen_24_bernstein_nyp ニールセン 交響曲第2番 作品16 というのだが、『四つの気質』という変わった題名が付けられている。

気質というと、クレッチマーによる気質の分類が思い浮かんだりするが、CDの解説によると「胆汁質」「粘液質」「憂鬱質」「多血質」を表現しているということで、WIKIPEDIA 性格をひも解くと、ルドルフ・シュタイナーの性格分類がちょうどこれにあたっているらしい。(ブルーノ・ヴァルターはこのシュタイナーの人智学に傾倒していたということを読んだことがあるが、ここでは直接の関係がない。)といっても、このシュタイナーの性格分類自体、ギリシャのヒポクラテスによる四体液説に基づいているので、シュタイナーとニールセンのこの交響曲に直接の関係があるかどうかは分からない。ただ、時代的には1856年生まれのニールセンと、1861年生まれのルドルフ・シュタイナーであるので、ちょうど同時代人ではあるからまったく関係がないとは言い切れないかも知れない。

このCDは、今マゼールに率いられ、日系人の富豪(女性)の資金援助を受けて北朝鮮を訪問しているニューヨーク・フィルハーモニックによる1973年の録音。指揮者は、桂冠指揮者のレナード・バーンスタイン。彼の性格分類は非常に難解そうだが、音楽は非常に解説的だったと評される。ヤングピープルズコンサートやテレビレクチャーの印象も強く、音楽を自ら生きるのではなく、どのように感動しているかを外側から解説するようだということらしいが、いまいち分からない。マーラーなどでは没我的に音楽にのめり込んでいるようにも聴こえるが、NYP時代はどちらかというと啓蒙的な使命感から解説的な音楽だったのかも知れない。

第1楽章 Allegro collerico  Collerico とはイタリア語で「短気な、怒りっぽい、かんしゃくもちの」という意味のようだ。

胆汁質:古代ギリシアの医学者ヒポクラテス以来の気質分類の一つ。情動反応が強く激しく怒りやすい性格をいう。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)とあるから、ちょうど当てはまる。

第2楽章 Allegro comodo e flemmatico  心地よくかつ冷静なアレグロ。

flemmatico は、英語の phlegmatic にあたるようで、「沈着、冷静な」「粘液質の;無精な,無気力な,のろまな;無感動な」(Progressive English-Japanese Dictionary, Third edition ゥ Shogakukan 1980,1987,1998/プログレッシブ英和中辞典  第3版  ゥ小学館 1980,1987,1998)とある。 ねんえき‐しつ【粘液質】 気質類型の一つ。感情的につめたく遅鈍な気質。保守的な傾向があるが、意志強く耐久力がある。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)

第3楽章 Andante malincolico  これは想像がつく。メランコリックだろう。つまり憂鬱質だ。

ゆううつ‐しつ(イウウツ‥)【憂鬱質】 些細なことも重大に考え、心配し続ける気質。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)

第4楽章 Allegro sanguineo  英語でも sanguine という形容詞がある。イエス・キリストの受難で、ラテン語の聖句にsauguine という言葉が出てきて血を意味するので、多血質ということだろう。たけつしつ【多血質】 古代ギリシアの医学者ヒポクラテス以来の気質の分類の一つ。快活・活動的であるが、感情が激しく、変化しやすい性格。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)

全体的に、『不滅』同様、晦渋な印象の曲だが、何回か聴くうちに味が出てきたり、愛着が湧くというタイプだろうか。ニールセンは、気質分類の中では何タイプだったのだろう?

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2008年2月27日 (水)

佐伯泰英の時代小説を読み始める

佐伯泰英という作家の時代小説は、「平成の大ベストセラー」として大変な人気らしい。大体、ベストセラーというと、比較的敬遠しがちなのだが、朝日新聞の土曜日版(be Business)の「逆風満帆」という連載記事で取り上げられて、その内容に興味を持ったので、入手して読んでみたところ、流行作家にありがちなやっつけ仕事的な味の薄さや文章量の少なさはあまり感じず、相当濃密な味わいのある作品になっているので驚いた。

最初に読んだのは、双葉文庫の『居眠り磐音(いわね) 江戸双紙』シリーズの『陽炎の辻』という小説。とにかく、この小説家は、書き下ろしが多いことが特徴だということで、その筆力は驚くべきものがある。この『居眠り』シリーズも相当の巻数を数え、20巻を越えているようだ。

また、「逆風満帆」にもエピソードとして紹介されていた時代小説としての処女作『密命 巻之一 見参!寒月霞斬り』(祥伝社文庫)もその後に入手して読んでみたが、こちらも面白かった。まだ、時代小説の書き始めということもあり、設定上少々大げさすぎるように感じる部分もあったが、それでも面白い。ベストセラーになるのも無理からぬところだろう。「逆風満帆」にもエピソードで紹介されていたのだが、この作品が売れなければ、この小説家が今このように膨大な時代小説を書いていなかったかも知れない可能性のある転機となったものだというので、運命というものの不思議さを感じる。

追記:2008/09/23

電網郊外散歩道のnarkejpさんも佐伯泰英の時代小説を読み始められたとの記事を拝読。トラックバックさせていただいた。

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2008年2月26日 (火)

インバルのマーラー交響曲第8番

Inbal_mahler_8グスタフ・マーラー
交響曲第8番 『千人の交響曲』
エリアフ・インバル指揮
フランクフルト放送交響楽団
独唱者:フェイ・ロビンソン(s),テレサ・ケイヒル(s),ヒルデガルト・ハイヒェレ(s),リヴィア・ブダイ(a),ジェーン・ヘンシェル(a),ケネス・リージェル(t),ヘルマン・プライ(br),ハラルト・シュタム(b)
合唱団:バイエルン放送合唱団、北ドイツ放送合唱団、シュトゥトガルト・ズュートフンク、西ドイツ放送合唱団、RIAS室内合唱団、リムブルク大聖堂児童合唱隊、ヘッセン放送児童合唱団 フリッツ・ヴァルター=リントクヴィスト(org)
〔1986年10月14日-18日、フルンクフルト・アルテオーパー〕 第1部 23:19, 第2部 54:38

昨日の記事の川口義晴氏が、デンオン/日本コロンビア側の制作担当に名をクレジットされているインバルのマーラー交響曲全集-8 PCMヨーロッパ録音シリーズ。確かに、ヘッセン放送との共同制作と記されている。CDの裏ジャケットには、まるP1987 NIPPON COLUMBIA CO.,LTD. となっており、当時の購入だけあり、定価は2枚組で\6,000となっている!また、解説パンフレットは、日英独仏の4ヶ国語で書かれている。

昨日の記事で書いた連載インタビューで、デンオン(デノン)のスタッフが企画・制作して、世界的に高い評価を受けベストセラーになった全集だということを改めて知るとそれなりに感慨深いものがある。

マーラーのこの大規模な「交響曲」は、"Veni, creator spirtus"を歌詞とする第1部だけでも20分以上になり、上記のフルオーケストラ、8人もの独唱者、そして膨大な合唱団(児童合唱も含む)による、まさに演奏者千人を数える膨大さの極致でもあり、大概第1部を聞いただけで耳が飽和状態になり、もういいやという感じになるのが常だ。それも、このCDと最初期のヤマハ製のCDプレーヤーとの相性が悪く、冒頭が音飛び状態になってしまうことが多く、高い金を出したわりにはあまり聴かないCDのうちの1つだった。LPでは、ヴィーンで特別に録音されたというショルティ指揮シカゴ響の当時定評のあったものを購入したが、それほど愛好する曲にはなっていない。

柴田南雄の『グスタフ・マーラー 現代音楽への道』(岩波新書)では、Ⅳ背後の世界の作品としてこの曲、『大地の歌』、第9番が並べられて論じられている。このうち、『大地の歌』は同じ歌入りでも素材に統一感があり、また第9番は別格の凄さを以前から感じてはいたが、この第8番は題材的には、カトリックの聖歌と、ゲーテの『ファウスト』第2部の最終場面(私には第1部は比較的読みやすかったが、第2部は途中で投げ出した)というなかなかややこしい題材を無理やり?1つの曲にまとめたようで、どうも1つの曲というイメージが湧かないのもこの作品が名前がよく知られている割には自分にとっての難曲の1つになっているように思う。

よく理解もできず、親しめてもいないので、うかつなことはいえないが、以前から非常に分裂的な印象がある解釈という印象があり、その後、テンシュテットとロンドンフィルのスタジオ録音の全集を入手してこの8番を聴いたときに初めてこの曲の第1部に少し親しみを感じられたというほどで、第8番の第1部は鑑賞歴の1つの躓きの石でもあった。

また、第1部は、以前のプレーヤーでは音飛びがしたようにどうも初期不良なのかエラーが多いようで、全体的に音色にざらつきが感じられるが、それでも、第2部は透明感と広がりのある音響を聴くことができる。そんなわけで、第1部を抜かして第2部を聴くこともある。マッスの音響の多い第1部に比べ、ファウストの戯曲としての台詞に音楽をつけているので、マーラー独特の線を細かく編み上げたような室内楽的な美しい音楽を味わうことができるのは、この細部まで透明な音響と手際のよいインバルの指揮のおかげなのかも知れない。

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2008年2月25日 (月)

日経ビジネス オンライン(NBonline)の音楽記事

以前からシゴト関係で、日経BP社のメルマガ配信に登録していろいろな情報を収集していてよくその記事に接していることもあるのだが、日経ビジネス オンライン(NBonline) というページの多彩さはネットの中でも特筆すべきものがあると常々思っている。

そのなかに、趣味関係でもライフというジャンルがあり、美術・音楽というサブカテゴリもある。以前から、その中のコラムのいくつかは読んでいたのだが、最近になって非常に面白い連載記事を読み逃していたのに気が付き読み始めた。

音楽プロデューサーという仕事」 という記事で、「以前、日本コロムビアのクラシックCDを制作されてきた大ベテランのレコードプロデューサー、川口義晴氏」のプロデューサー人生を、音楽評論家の諸石幸生(もろいし さちお)氏がインタビューで聞き書きしていくというもの。

既に2007年4月の連載開始から既に第20回を数える。今でも愛好者の多いDENONレーベルのクラシック音楽録音の裏話として非常に興味深いものがある。中には、「おいおいちょっと、そこまで言いますか」という率直過ぎるほどショッキングな告白などもある。

なお、このNBonlineの記事を読むには、会員登録が必要な場合もあるので、ご注意を。

p.s. 2/24(日)は、やけにplalaによるRobot検索が多い日だった。検索エンジンのロボット、巡回ソフトらしい。昼の12時ごろから21時ごろまでで1000件近くもアクセスがあったようだ。いったい何事だろうか?

追記:2010/03/06(土)電網郊外散歩道 モーツァルトのピアノソナタ第11番K.331「トルコ行進曲」を聴く 「音楽プロデューサーという仕事」【第2回】 アクシデントから生まれたピリスのピアノソナタ全集 関連でトラックバックを送らせてもらった。

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2008年2月24日 (日)

新聞記事「持ち運べるブラウザー」を実験

2/23(土)は、めまぐるしい天気の変わり方の一日だった。

2/21(木)、2/22(金)と暖かい天気が続き土曜日の朝方の暖かさと最高気温は3月並みだったようだが、昼前から西風が強く吹き始め、我が家の前のお寺の森をユサユサ揺らすほどになり、洗濯ものも取り込まなければならないほどだった。金曜日夕方の天気予報でも赤い北風の矢印が出ていたが、まったくピッタリと的中した。

そのうち、その強風が吹き募り雲行きが怪しくなると、窓からの景色が霞み始め、いつもなら見える8km程度先の約40階建のビルがまったく見えなくなるほど黄色く霞んだ。次男が黄砂現象?と尋ねるほどだった。

ところが、それが一時間ほどで収まると急激に気温が下がり始め、今度は風向きが変わり空も晴れ始めた。5時ごろには晴れ渡った空が薄く夕焼けして、大山(詣でで有名な神奈川の)や富士山、丹沢方面がシルエットとなり美しかった。

さて、朝日新聞の土曜日版 be on Saturday business の てくの生活入門は、「持ち運べるブラウザー」という題で、USBメモリに入れて出先でも使えるfirefox version 2 の portable版 FFP を紹介し、その日本語化まで解説してあり、早速手持ちのUSBにインストールしてみたところ、結構使い勝手がよさそうだ。

一応紹介するが、自己責任でのトライをお願いしたい。

Mozilla Firefox, Portable Edition の下記ページで、英語版のFFPをデスクトップなどにダウンロード。http://portableapps.com/apps/internet/firefox_portable

実行ファイルを実行してファイルを展開すると Firefox Portable フォルダができる。

それを USBメモリ(128MB以上の空きが必要とのこと)にフォルダごとコピー。

フォルダ内の Firefox Portable.exe をクリックすると英語版の FFPが立ち上がり、そのままでいい人はこれで使えるようになる。

日本語版にするためには、Firefoxの日本語版をダウンロードしてそのインストーラを使えばFFPも日本語化されるというので、試してみたところ、割と簡単にできた。

Firefox 2のページ http://www.mozilla-japan.org/ を開き、無料ダウンロードのFF2をやはり適当な場所(デスクトップなど)にダウンロード。Firefox setup 2.0.0.12.exe を実行して、カスタムインストールを選ぶ。ここで注意するのは、インストール先を、上記で作成したUSB内の Firefox Portable フォルダ内の App フォルダの中の Firefox フォルダを選択すること。そして、途中のチェックはすべてはずして、最後の今すぐ起動も外し、これで完了。Internet Explorer からのブックマークのインポートもできる。

前回は、USB に Knoppix 5.1.1 をインストールして少し遊んだが、このFFPのUSBでの持ち運びは結構便利かも知れない。

私なら、実家に帰省したときとか、親戚の家に遊びに行った場合とか、もちろん出張先やネットカフェでも使えそうだ。

ただし、新聞にも書かれていたが、パスワードなど個人情報の入ったUSBを持ち歩くことにもなるので、紛失等には十分注意したい。

詳しい使い方は、サポートのページに出ている。

http://www.mozilla-japan.org/support/firefox/2.0/

最近、IEがWindows update によりいつの間にか6.0から7.0にアップデートされてしまうようになったが、私の場合以前7.0がリリースされたばかりのときに自主的にインストールして懲りたことがあり、しばらくしてから6.0に戻し、そのことをこのブログにも書いたこともあり、今回のアップデートでは7.0にならないように事前に注意を払っていたが、最近その2006年11月30日 (木)付けの「IE7.0からIE6.0に戻す」という記事が閲覧される回数が増えている。

IE7.0に比べると このFirefox Portable の使い勝手は、なかなかよいようだ。安定性も優れている(今回アップデートで自動リリースされている7.0の安定性が改善されたかどうかは不明だが)。

追記:2/24(日)09:19

2007年3月28日 (水) KNOPPIX 5.1.1 日本語版の記事で懸念したUNIX, LINUX系OS対象のウィルスは実在するようで、それなりの対処が必要だと聞いた。企業内のプロでもうっかりUNIX,LINUXはネットでのウィルス感染は心配ないというような認識をしている向きもあるようで、警告記事が出ていた。このFFPは、2007年6月19日 (火)KNOPPIXのUSBメモリブートにようやく成功したでも書いたIceweasel とほとんど同じものだが、一応ハードとソフトでウィルス対策を施したWindows 上で動くので、その点では、USBメモリー起動のKNOPPIXでのネット接続より少し安心というのが利点の一つかも知れない。

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2008年2月23日 (土)

ドヴォルザーク スラヴ舞曲作品46の2 ホ短調

先日、西崎崇子とイェネ・ヤンドーのデュオCDで、ドヴォルザークのスラヴ舞曲をクライスラーが編曲したものを聴いたが、曲目リストをよく見ると「スラヴ舞曲第1番ト短調」と書かれていた。何かの間違いではないかと、クーベリック指揮バイエルン放送響のオーケストラ版の全曲のCDと、ベロフ&コラールによるオリジナルの連弾用の全曲CDを取り出して来て確認したら、くだんの曲は両方とも 「作品46の2 ホ短調 アレグレット・スケルツァンド」となっていた。

こういうときは、頼りになるクラシック・データ資料館の作品表にあたってみると、クライスラーはドヴォルザークのスラヴ舞曲から3曲編曲しており、また演奏のしやすさのためか、移調も行っているようだ。それについては、西崎・ヤンドーの元記事にも訂正を入れておいたが、簡単にまとめると次の通り。

原曲                                         クライスラー編曲
スラヴ舞曲第2番ホ短調 Op.46-2  スラヴ舞曲第1番ト短調(移調)
スラヴ舞曲第10番ホ短調Op.72-2  スラヴ舞曲第2番ホ短調
スラヴ舞曲第16番変イ長調Op.72-8 スラヴ舞曲第3番ト長調(移調)

同じOp.46-2 でも、ベロフとコラールの連弾は、ナマの素材という感じで少々粗っぽい音楽に聞こえる。彼らのデュオだけでなく、どうも連弾のピアノというのは、ソロピアノに比べて響きの透明性やアンサンブルの精緻さのようなものはあまり聴けないように感じるのだがどういうものだろうか。それでも耳が慣れてくると音楽の骨格がよく見えるようでそれなりに楽しめる。ただ、実際にはこの程度の連弾を弾きこなせるチカラがあれば、アンサンブルをするのが楽しいだろうとは思う。(所要時間 3:53)

一方、ドヴォルザークがオーケストラ用に編曲した方は、クーベリックとバイエルン放送響の黄金コンビのもので、非常に丁寧な(少々丁寧すぎる)演奏が特徴のもので、同じ曲でも流麗さや繊細さが際立ち、中間部のリズミカルな部分でも別の曲を聴いているような感じがするほどだ。華麗なオーケストレーションというわけではないが、オーケストラの表現能力の幅広さというものを感じさせてくれる。また、こういう演奏を聴くとドヴォルザークのオリジナルの作品(ピアノ連弾)の音型(トリルの多用など)も必ずしもピアノの演奏だけを前提にしたものではなく、オーケストレーションを前提にしたものだと想像されてくる。(所要時間 4:42)

最後に、改めてクライスラー編曲でOp46-2を聴いた。こちらは、ホ短調から3度上に移調しているのはそれほど気にならないが、アレグレット・スケルツァンドというよりもずっとノスタルジックで優雅な演奏になっているのは、演奏者の解釈なのか編曲者の指定なのだろうか?また中間部で、転調が微妙な部分が現れるが、これも編曲者の指定なのか、演奏者の音程的なミスのようなものなのか。また時間的にも相当原曲を縮めている。結構いろいろ考えさせられる録音ではある。(2:43)

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2008年2月22日 (金)

マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲

Cavalleria_rusticana_i_pagliacchi_d マスカーニ(1863-1945)
 オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』(田舎の騎士道)間奏曲 

プレートル指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団

(同上オペラと レオンカヴァッロのオペラ『道化師』(パリアッチョ) のハイライト盤)

 いずれも主役は、プラシド・ドミンゴ(テノール)

イタリア・ヴェリズモ・オペラの二大傑作として、この2曲はLP時代からよくカップリングされていたが、このCD1枚の抜粋盤も同じようにカップリングされている。

私が高校生の頃、音楽班というクラブ活動があり、その顧問の先生が芸大出の人で、文化祭には必ず小規模ながらオペラを舞台に掛けた。私が在校時には、上記の『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『道化師』、そしてなんと私が3年生のとき、結構歌えるソプラノの学生がいてベルリーニの『ノルマ』を上演し、「清き女神よ」などを熱演したのを覚えている。また、私が卒業した後も、弟が『道化師』のカニオ&パリアッチョを歌ったということでもあり、結構懐かしい曲目でもある。

さて、今日はそれらの歌ではなく、なんとも美しい『カヴァレリア・ルスティカーナ』の有名な間奏曲をゆっくりと聴いている。アダージョ・カラヤンは1から4まで出ているが、なぜか含まれていない。DGにこの全曲録音マスカーニ : 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」も行っているし、オペラ間奏曲集という録音もあるのに、と思ったらアダージョ・カラヤン・ベストという正規シリーズ以外のものにはこの間奏曲が含まれていた。この間奏曲こそ、オペラの下世話で悲劇的な内容とは異なり、『癒し』の典型的な音楽のように感じている。

なお、このCDは結構以前に買ったものだが、今年のヴィーンフィルの新年コンサートを振ったフランスのオペラ指揮者ジョルジュ・プレートルがミラノ・スカラ座を指揮しているのを今頃になって気が付いた。歌手は豪華版で、カヴァレリアのヒロインは、エレナ・オブラスツォワ。レナート・ブルゾンも加わっている。

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2008年2月21日 (木)

エロール『ザンパ』序曲 オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団

OrmandyOrmandy_overtures_list
エロール(ヘロルド)は多作なオペラ作曲家だったらしい(wikipedia)が、今日も比較的よく聴かれるのが歌劇『ザンパ』の序曲だ。といっても、最近はいわゆる名序曲集にもあまり収録されることがないようで、ようやくこのオーマンディのRCA録音盤に入っているのを見つけた。(『天国と地獄』 序曲名曲集) 

The Great Collection of Classical Music の分売だが、RCAの原盤によるものでFDCA802という型番がついている。CBS時代より後のものなので、恐らく1970年代の録音だろう。

これとほぼ共通する曲目を、バリー・ワーズワース指揮のロンドン交響楽団『天国と地獄』 序曲名演集というCD(こちらはFDCA 602で、ディジタル録音)で持っており、これはこれで楽しいのだが、さすがに格の違いというか、オーマンディとフィラデルフィアの名コンビによる演奏、録音には一日の長があるように思う。

ゴージャスさを売り物にしたこのコンビだが、やはり基本的な性能の高さがこのようなホームコンサート的なものでも如実に現れるようだ。カラヤンもこのような小曲集を決してないがしろにせずにきっちり演出して仕上げたことで知られるが、オーマンディのものはむやみに演出せずに、オーマンディの芸風なのだろうが、あっさりと素のまま提示してくれるという感じだ。

『天国と地獄』も面白かったが、『詩人と農夫』に登場するアメリカ民謡『線路は続くよ』を思わせる部分でも思わずにやっとし、『ザンパ』は「ああ、こういう曲だったな」という懐かしさを持たせてくれた。『ウィリアム・テル』序曲は、さすがにフィラデルフィア管弦楽団というところを聞かせてくれる。

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2008年2月20日 (水)

皇居東御苑を巡る

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2月17日(日)は、第2回東京マラソンで都心がにぎわった日だったが、以前から訪れたいと思っていた皇居東御苑を、寒風をおして巡ってきた。

以前、北の丸公園の科学技術館を訪ねたおりに、北の丸方面から非常に見事なお濠と石垣に囲まれた皇居内(東御苑)に橋を渡って入っていく一般の人たちがいるのを見て不思議に思っており、そのときにブログ仲間の方から、江戸城の本丸地区は東御苑として公開されていて、天守台や松の廊下跡なども残っていると教えてもらったのだった。

今回はそのとき以来の念願がかない、広大な江戸城の本丸、二の丸、三の丸を一巡りすることができた。入園は無料で、三の丸尚蔵館という博物館も無料。大正期皇室御慶事の品々を展示していた。内部は当時の建築物としては富士見櫓がある程度だが、さすがに大江戸城の石垣と堀の見事さは、地方の城の比ではなく、それを眺めるだけでも十分入園する価値があった。

上の写真は、忠臣蔵でも有名な松の廊下の付近。下の写真は、江戸城の本丸御殿や大奥のあったと思われる付近は広大な芝生になっており、そこから見た天守台。

P2170163_2

外国人観光客も結構多く、東京見物のルートになっているらしい。

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2008年2月19日 (火)

クレンペラーのヴァーグナー管弦楽曲集

Klempere_wagner ヴァーグナー

1.楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲 (10:52)

2. 歌劇『さまよえるオランダ人』序曲(10:44)

3. 楽劇『ジークフリート』より『森のささやき』(8:25)

4. 楽劇『ヴァルキューレ』より『ヴァルキューレの騎行』(2:51)

5. 歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲(2:55)

6. 歌劇『タンホイザー』序曲(14:40)

7. 楽劇『トリスタンとイゾルデ』より前奏曲と『愛の死』(9:54 + 5:50)

オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 〔1960年2月、3月。1961年10月、11月〕

セルとクリーヴランドの明晰で活気に溢れる『リング』のオーケストラ演奏を聴き、クレンペラーのヴァーグナーを聴きたくなってこのCDを取り出した。先のテレビ番組では、ルートヴィヒ2世は、ノイ・シュヴァンシュタイン城に「歌合戦の間」までも作り、ヴァーグナーを招聘することを夢見ていたとも言っていた。パトロンとして、ヴァーグナーへ多大の経済援助をしたはずだが、ヴァーグナーはルートヴィヒの元を訪れたのだろうか?

ヴァーグナーの音楽は、歌劇(楽劇)としての言葉が障害になり、ようやく先年『リング』をなんとか全曲リブレットで確認しながら聴きとおした程度で、カルロス・クライバー没後に追悼盤としてもとめたあの名盤の『トリスタンとイゾルデ』もじっくり腰を据えて聴きとおしてはいないほどだ。初期の『オランダ人』『ローエングリン』『タンホイザー』もさわりを聴いた程度で、『マイスタージンガー』も『パルジファル』も年末のFM放送でもいつも途中脱落をしていた。勿論生の舞台など接したこともない。

そんなわけで、魅力は感じつつ、未だにこのような抜粋オーケストラ曲集どまりの段階だ。

オーケストラ曲集でも、LPではカラヤンのヴァーグナー序曲・前奏曲集2枚組み、CDではレーグナーやトスカニーニのオーケストラ曲集、先のセルやショルティの『リング』の抜粋、ヴァーグナー入門というようなもの程度で、それほど突っ込んで聴いてはいないので、まだまだヴァーグナー山脈は未踏峰が多い。

そんな中、このクレンペラー盤は、LP3枚からの抜粋盤とのことだが、主要なヴァーグナーのオペラ作品の全容を見渡せる内容になっており、また晩年のクレンペラーの悠揚迫らないが、それでいて緻密な音楽作りが味わえる音盤になっており、録音も古い割りに比較的聴きやすく、愛聴盤になっている。

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2008年2月18日 (月)

セル/CLO ヴァーグナーの『リング』抜粋オーケストラ曲集

Szell_wagner_ring ヴァーグナー 

楽劇『ニーベルングの指環』より

1.『ラインの黄金』より『ヴァルハラへの神々の入城』
2.『ヴァルキューレ』より『ヴァルキューレの騎行』
3.『ヴァルキューレ』より『魔法の炎の音楽』
4.『ジークフリート』より『森のささやき』
5.『神々の黄昏』より『夜明けとジークフリートのラインの旅』
6.『神々の黄昏』より『ジークフリートの葬送の音楽と最終場面』
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 (MYK36715 Produced by Andrew Kazdin, マルC 1985)

先の土曜日は、午前中に家族と用事に出かけた。そのおり、知人に噂話を聞いていてブログ記事で確認できたコーヒー豆の焙煎販売店で、ブラジルサントスとマンデリンを買い求め、早速ブラジルを挽いて飲んで見た。癖がなくスタンダードな味を楽しめた。

その午後は特に用事もなかったので、コーヒーを飲みながらテレビを楽しんだ。

世界の建築100選の後半50選をBSで放映しており、日本の城郭(松本城や姫路城)のほかに、ヴェルサイユ宮殿やアルハンブラ宮殿なども取り上げられており、その中にバイエルン王の例のルートヴィヒ二世のノイシュヴァンシュタイン城とそのほか彼が作った2件の宮殿が放映され、ヴァーグナーとの関わり合いについても結構詳しく紹介されていた。(ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』も、こういう予備知識を持っていればもっと鑑賞が面白かったかも知れない)。

ノイ・シュヴァン・シュタイン 新しい・白鳥の・石 は、名前自体が白鳥の騎士ローエングリンの伝説に基づくものらしいし、城内にはなんとタンホイザーのヴェヌスブルクの洞窟まで再現しているのだという。また礼拝堂の見事な中世風のステンドグラスの下絵はルートヴィヒ自身によるものだという。まるで、ディズニーが一国の国王になったような人物だったわけだ。

そんな番組に刺激されて、最近ようやく入手できたセルとクリーヴランド管による"Ring"の抜粋盤を楽しんだ。同趣向のものは、以前ショルティとVPOによるものを取り上げたことがあるが、このセル盤はそれよりももっとずっと早い時期のもので、セル自身が曲と曲のブリッジの部分を作曲したとも言われているものらしい。

(じっくり耳を通していないのがばれてしまう記述だった^^; 抜粋にブリッジを追加して作曲したのはマゼールで、ベルリンフィルとテラークに入れた録音でそれを聴くことができる。セルのこの抜粋集にはそのような経過部はついていない。2010/1/29追記)

この盤自体、1985年の発売であり、最新ディジタルリマスタリングでもないので、音響は少々鮮明さを欠くものだが、これこそ「リング」入門に最適との評価もむべなるかなと言う非常に理解し易いまとまった音楽になっているように感じた。

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2008年2月17日 (日)

今度は、高橋、浅田 ダブル金(四大陸選手権)

2007年12月17日 (月) 大河ドラマ『風林火山』最終回、浅田・高橋ダブル銀で書いたようにフィギュアスケートグランプリファイナルでは、残念な思いをしたが、今回の四大陸(アジア、アメリカ、オセアニア、アフリカ)選手権では、高橋、浅田が男女とも金メダルを獲得した。

高橋にとっては、手ごわいヨーロッパ勢が出場せず、浅田にとっては最大のライバル韓国のキム・ヨナが世界選手権に備えての腰痛の治療のため地元開催にもかかわらず勇気ある欠場というラッキーな面もあったが、二人ともほぼ完璧な内容での圧勝だった。

女子の安藤は、四回転への挑戦を大会前から宣言しており果敢に挑戦したが失敗。それが浅田に大差を付けられ、カナダのロシェットに僅差で敗れた原因だったが、その失敗を除けば、シチェドリン(?)編曲のカルメンに乗って見ごたえのある演技を披露してくれた。

2007/2008シーズンは、2009/2010のオリンピックシーズンまでの前哨戦ではあるが、女子では今回のカナダのロシェットのように22歳ながら実力を上げてきている選手もいるし、韓国のキム・ナヨンのように17歳で第2のキム・ヨナと呼ばれるようにジャンプに非凡な才能を見せた選手もいた。

四大陸とは言え、実質は北アメリカと東北アジア選手権とも言うべきもので、日本はエースを出場させたが、アメリカは経験を積ませるためかルーキーたちを起用したようだった。

3月のスウェーデンでの世界フィギュアでは、男子女子とも子の調子で金メダルを獲得してほしいし、そのチャンスがある時だと思う。

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2008年2月16日 (土)

ラフマニノフ 交響曲第2番 初演満100周年

Rachmaninov

Rachmanino_previn

ラフマニノフ

交響曲第2番 ホ短調 作品27

ロリン・マゼール指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団〔1982年12月録音〕

 17:53/9:21/15:29/13:07

アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団 〔1973年1月録音〕

  18:59/10:00/15:37/13:59

先日もバッハの独奏チェロ組曲(無伴奏チェロ組曲)のときに言及した『(続)私の名曲・レコード探訪』(柴田南雄)には、p.99 に 「ラフマニノフ ピアノ組曲と交響曲 ペキネル姉妹、マゼールとアシュケナージー」という章があり、意外にもマゼール/BPOの録音が高く評価されていて驚いた。

そのマゼール/BPOの録音が、左のPANORAMAシリーズに収録されている。これまで何度も聴いてきたのは、ラフマニノフの2番のカットなし演奏をスタンダードなものに定着させた右のジャケットのプレヴィン/LSOの録音。

柴田氏のエッセイは、題名から分かるようにアシュケナージ指揮のACOによる第1交響曲と並んで、マゼールの第2、3交響曲の録音が取り上げられている。

プレヴィンによるラフマニノフ交響曲の復興の功績は認めつつも、マゼールの解釈・指揮を新たなラフマニノフ像と位置づけているが、現在この録音の評判は一般的にはそれほど高くはないようだ。私自身もパノラマシリーズを購入したのが『鐘』を聴きたいと思っていたので、このマゼールによる(ヴォカリーズも含まれている)演奏をそれほどじっくり聴いていないので、なんとも言えないが、この本をきっかけにこの2枚を聴き比べてみたいと思う。

今年は1908年の1月某日にラフマニノフのこの曲が初演されてからちょうど100年だという。

プレヴィンとロンドン響の演奏は、当時のソ連楽旅でも「モスクワの聴衆、特に女性を泣かせた」とプレヴィン自身が自慢するほど感覚的に鋭敏で、情緒表現に徹したものだと、柴田氏は評している。確かに、映画音楽に紛うほどの甘美さを持ち、実際日本のテレビドラマでも使われたこともあったらしい(このCDの音源というわけではないが)。その情緒纏綿たる演奏の魅力は一種抗し難いものがある。

マゼールはと言えば、それに比べてまずは変わった演奏だという印象が強い。これをきっかけにじっくり付き合ってみようと思う。

追記 2008/2/16

リンクさせていただいているアマオケホルン吹きの音盤中毒日記(山本晴望さん) が所属されている沼津交響楽団内の ■コラム:「~を聴く」シリーズで、山本さん自身が現在連載されている「『ラフマニノフの2番』を聴く」に、この曲の作曲の経緯と初演年月日が明記された記事があり、読ませていただいた。

 「ラフマニノフの2番を聴く」4・・・・作曲の経過 

・ 1908年1月26日 ペテルブルクで初演 ラフマニノフの指揮
・ 1908年2月2日  モスクワで再演  ラフマニノフの指揮 

ということで、月日も明確になっているようだ。

追記:2008/03/23の記事で 電網郊外散歩道さんが、プレヴィン/LSOの録音を記事にされており、トラックバックさせてもらった。

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2008年2月15日 (金)

ショーソン『コンセール』 アモワイヤル、ロジェ、他

Chausson_franck_amoyal エルネスト・ショーソン(1855-1899)
  コンセール(ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための)ニ長調 作品21 〔4楽章形式〕

 併録 フランク ヴァイオリン・ソナタ〔1994年2月録音〕

  ピエール・アモワイヤル(vn), パスカル・ロジェ(p), イザイ弦楽四重奏団〔1994年5月録音〕

ショーソンといえば、ヴァイオリンとオーケストラのための『詩曲』(Poèm)作品25で知られる作曲家だが、不思議な縁でこの人の「交響曲 変ロ長調 作品20」を先日江藤俊哉氏関係で書いた東北大学の交響楽団をチェコの名指揮者ズデニェック・コシュラー氏が指揮したコンサートでナマで聴いたことがある。予習をするにも身近に音源も楽譜もなかったので、まったくの初演を聴くようなぶっつけ本番の体験だったため、曖昧模糊とした記憶しか残っていないのだが。

傑作『詩曲』は、ヴァイオリンのアンソロジーCDにいくつか収録されているかと思って探したら、ウチにはハイフェッツの1952年録音のものしかないようだ。

ショーソンは、サン=サーンスのフランス国民音楽協会に参加し、主に器楽曲を作曲したらしい。このコンセールという曲は、そのまま綴ると Concert であり、コンサート、コンチェルトとなるが、大変珍しい編成で、ピアノ五重奏曲+独奏ヴァイオリンというのか、ヴァイオリンとピアノ独奏のソロと弦楽四重奏のリピエーノでの合奏協奏曲的なもののようにも思えるが、他にこのような珍しい編成の曲はあまりないように思う。ショーソンの曲の中では比較的有名なものらしい。

ヴァイオリン2本とヴィオラ、チェロの弦楽四重奏に同じヴァイオリンが加わるので、ヴァイオリンは合計3本にもなるが、伴奏的な弦楽四重奏は背景を務め、ソロと弦楽合奏との間には協奏曲的な掛け合いはそれほど用いられれないようで、独奏ヴァイオリンと独奏ピアノのデュオがほとんど前面に出ている。その意味で楽器編成としては特殊だが、それほど効果的ではないように(まだ数回聴いただけだが)感じる。

第1楽章 Décidé - Calme - Animé 

第2楽章 Sicilienne

第3楽章 Grave

第4楽章 Trés animé

どの楽章も「どことなくフランス近代音楽だ」という雰囲気を漂わす物憂げで流線型で明快でない楽想に溢れている。その点、フランクにも相通じるところがあるが、フランクの場合には、平明な長調で朗々と歌う部分でカタルシスが得られるのだが、ショーソンの場合は、ニ長調が主調のはずだが、交響曲の印象と同様、どうも曖昧模糊、行きつ戻りつが多いようだ。

その意味では、フォーレの少々晦渋なピアノ五重奏曲などに通じる部分があるようにも思える。

併録のフランクのヴァイオリン・ソナタは、この前のデュメイとピリスに次いで購入したもので別の機会に感想を書いてみたいが、結構楽しめた。

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2008年2月14日 (木)

ハイドン『ひばり』四重奏曲 ベルリン弦楽四重奏団

Haydn_lark

ヨーゼフ・ハイドン

弦楽四重奏曲第67番ニ長調Op.64-5「ひばり(Lerchen)」, Hob.III-63 (1790) 

ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ四重奏団)

併録 伝ハイドン作 弦楽四重奏曲第17番ヘ長調Op.3-5「セレナード(Serenade)」Hob.III-17〔疑作〕〔※R.ホーフシュテッター作?〕 フィルハーモニア・クァルテット・ベルリン

モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩り(La chasse[Jagd])」(1784/1785出版)〔ハイドン・セット第4番〕 パノハ四重奏団

音楽史 初演 カレンダーによれば、昨日2月12日は、1797年には「ハイドンが、神聖ローマ皇帝フランツ2世の29歳の誕生日を記念して皇帝賛歌「神よ、皇帝フランツを護りたまえ」をブルク劇場で初演させる。」、1924年には「ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」が初演される。」という日だった。

ハイドンの『皇帝』四重奏曲は、2006年10月22日 (日) ハイドン 弦楽四重奏曲『皇帝』『日の出』 東京クヮルテットで一応取り上げているので、同じハイドンの四重奏曲から、『ひばり』を聴いてみた。

このCDは、相当初期のもので、このような別団体によるオムニバス的な編集ものだが、2800円もしたもので、私とCDとの付き合いのうちでは最初期からの友でもある。

『ひばり』は、作品64の5(ホーボーケンⅢの63)という番号を持つ曲で、ここでは、カール・ズスケ主催のズスケ・カルテット(ベルリン弦楽四重奏団)という名団体の演奏が収録されている。ベートーヴェンの四重奏曲の録音でも馴染んだ団体による非常に丁寧な演奏であり、一曲目の西ベルリンの団体の明朗さに比べると、録音のせいもあるのか、いわゆる渋さを感じさせる。そのためか音楽が音響として上滑りせず、実質のあるメッセージを語りかけてくれるような感じの演奏だ。

伝ハイドン(現在は、ホフシュテッター作とされている)の『セレナード』と呼ばれている作品3の5(ホーボーケンⅢの17)は、フィルハーモニア・クァルテット・ベルリンによって演奏されているが、このメンバーには、日本人初のベルリンフィル団員だったヴィオラの土屋邦夫氏がメンバーとして名を連ねている。また、モーツァルトの『狩』の四重奏曲は、パノハ四重奏団によるもので、ベルリン弦楽四重奏団の落ち着いた演奏に比べると、非常に初々しい流動的な表情付けが印象的だ。名四重奏団を沢山生んだプラハの団体だが今はどうしているだろう。

もう20年以上も前に室内楽入門用に購入したもので久しぶりに取り出して聴いてみたが、音も劣化せずにしんみりと聴け、懐かしかった。

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2008年2月13日 (水)

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲『大公』『幽霊』アシュケナージ、パールマン、ハレル

Beethoven_pianotrio_ashkenazy_perlm ベートーヴェン

ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 作品97『大公』

同 第5番 ニ長調 作品70の1『幽霊』

アシュケナージ(p), パールマン(vn), ハレル(vc)

〔作品97 1982年2月22-24日ニューヨーク、RCAスタジオ ディジタル録音。作品70の1 1979年6月&1984年4月ロンドン、アビーロードスタジオ アナログ録音〕

これまで、デッカレーベル録音のアシュケナージのピアノの音について、結構辛らつに批判を書いてきた。ところが、このEMIレーベルの録音でのアシュケナージの音色は、デッカ録音とは少し様子が違うのに驚いた。相変わらずにじんだような音色ではあるのだが(これがやはり彼のピアノの音色なのだろう)、それほど違和感を感じないのだ。ただ、少し指捌きの点では不安定な部分がところどころあるように聞こえてしまうことがある。

名曲『大公』トリオでは、『海辺のカフカ』関係で、例の百万ドルトリオの古い録音のリマスタリングCDを先年聴いたが、今回はこの「新・名曲の世界82」で気軽に楽しませてもらっている。ルービンシュタイン、ハイフエッツ、フォイアマンという当時のビッグネーム達の張り合いとは異なり、現代のビッグネームたち(往時に比べると少し超絶性や神秘性のヴェールが剥ぎ取られた現代人でもあり、ハレルはソリストとしてはアシュケナージとパールマンよりも少し格下だろう)は、ずっと和やかにベートーヴェンの後期の傑作で対話を繰り広げている。

勿論、この曲には、百万ドルトリオ以外にも、例のカザルス、ティボー、コルトーによる超絶的な名人達のトリオの録音も残されており、今なおその評価が高いので、同じ路線で対抗しても仕方がないというところもあるのだろう。

ベートーヴェンのピアノトリオは、それほど多くの演奏や曲目に接したことがあるわけではなく、これまでに有名な『大公』トリオ以外は、グールドがピアノを務めた『幽霊』程度しか聴いたことがない。それでも『大公』『幽霊』ともアシュケナージ・パールマン・ハレルトリオの演奏は、伸び伸びと健康的で楽天性を感じさせてくれるところに長所があるように感じた。特に、『大公』では時に退屈することのある第3楽章の変奏曲を彼らは丁寧にメリハリをつけて弾いているのが好ましい。

録音は、特に『大公』の方は相当のオンマイクだが、音割れ等はなく、パールマンとハレルの弓と弦の擦れる瞬間の音までが捉えられており、細部まで明瞭で、全体的なバランスにも悪くないように聞こえる。

ところで、録音データで『幽霊』の方が、ミスの編集なのか1979年録音と1984年録音が並べて書かれているのが不思議だ。

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2008年2月12日 (火)

ツシマヤマネコをナマで見る

2007年11月20日 (火)ズーラシアの植樹祭と再見キンシコウのときにもらった無料招待券の有効期限が3月末で切れてしまうので、そのとき以来しばらく御無沙汰をしていたズーラシアに2月11日の建国記念の日の祝日に子ども達と見に行ってきた。

12月末で上海へ帰ったはずのキンシコウが、まだ両国間の手続きが手間取っているということで、継続展示されていたのは御愛嬌としてうれしかった。

前回行ったときにすでにアマゾンセンターでお別れ記念のメッセージ募集が始まっており、そのときのメッセージが貼り出されていたので見ていると、次男がこれお母さんが書いた絵に似ているねというので、よく見てみると確かに筆跡が妻のものだ。下の写真がそれだが、帰宅後(所用のため妻は今回は同行しなかったため)この写真を見せると、確かに自分のだと喜んでいた。
P2110110

さて、前回は公開直後ということもあったのだろう、まだ人馴れしておらず見ることのできなかったツシマヤマネコ(対馬山猫)に対面するのが今回のハイライトだったが、以前はハクビシンが使っていたケージの中を悠々と歩き回っていた。それほど人だかりはしていなかったが、興味のある人たちは、望遠レンズでその姿を狙っていた。我が家の3倍望遠で撮ったのが下の写真だが、左右の真ん中、下から2番目の横の鉄線のところに小さい顔を出しているのがツシマヤマネコのナマのお姿だ。
P2110104


大きさや姿はそこらにいるキジトラとあまり変わらないが、まずは模様が特徴的なのと、尻尾の先の方が太い。また、耳の先が(言われてみれば)丸みを帯びている。今日は一頭(現在、ズーラシアには、オス2頭、メス2頭が「飼育下繁殖事業」により飼われている)がケージの奥の方をいったり来たりしていたが、我が家の子ども達は、ニホンオオカミの滅亡に関心があり、学校の自由研究に発表したほどなので、特にレッドデータブックには関心があるため、生きた絶滅危惧種に会えたのはずい分感激だったらしい。

このツシマヤマネコは、勿論イエネコと同じネコ科だが、wikipediaによるとベンガルヤマネコの亜種であるアムールヤマネコの変種になるという(wikipedia ツシマヤマネコ)が、対馬では、急速にその生息数を減らしているのだという。

さて、園内では、寒さに強いウンピョウ(雲豹 Clouded Leopard) が、暑いときとは違う結構活発な動きをしていたり、ニホンザルが陽だまりでグルーミングをしていたのもほほえましかった。また、アカカワイノシシのウリボウたちが、瓜模様も消えすっかり大きくなっていた。

ところで、珍しいものをみた。ウォークインバードケージの中に、ネズミが結構沢山繁殖しており、放し飼いの鳥達の餌をヒトの気配を気にしながら掠めている現場が数匹目撃されたのだ。ナマネズミというものもあまり直に目にする機会がなく、ネズミ年ということもあり、面白い見ものではあった。

なお、今日は朝開園9時半直後に行ってみたのだが、午後2時ごろに帰るときには、ズーラシア方面の道路が珍しく渋滞していた。不思議に思ったが、冬季は、午後からの駐車場料金が半額の500円になっているのと、三連休中はようやく春先らしいお出かけ日和になったことの二つが理由だろうか。(訂正:午後2時以降の駐車料金半額は、平日のみ。)

p.s. ドライブミュージックは、コープマンによるモーツァルトのディヴェルティメントK.136の快適な演奏。

追記:ズーラシアのホームページも相当リニューアルされており、飼育員の人たちのブログ記事が結構面白い。

追記:2007年11月に撮影された動画発見

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2008年2月11日 (月)

最近の新聞記事から 「コーヒーの香り」とDVDの寿命

ひとつは、2月3日付けの朝日新聞のbe on Sunday の「日曜ナント カ学(NANTO-KAGAKU)」 の「豊かな香りで脳リラックス」の特集記事。昨年秋のカンボジアコーヒー以来毎日のように自分で挽いたコーヒーを楽しんでいて、比較的精神的な調子もいいので、結構興味深く読ませてもらった。

以前、コーヒーを飲むと便通がよくなるので、大腸ガンの予防になるとかいう話が広まり、知人にも「コーヒーを飲んでいたときにはポリープの指摘がなかったが、やめたら定期健診で指摘され、またコーヒーを復活したら良いようだ」という体験談を語ってくれた人もいた。その一方で、相当焙煎によって豆のたんぱく質や糖分、油脂分を炭化させるので、発がん性云々という話はまだ消えないし、カフェイン中毒や不眠の害もまだ絶えない。

この新聞記事では、コーヒーの香りが脳をリラックスさせるということ、豆の種類によって効果が違いブルーマンテンやグアテマラで特に効果が高いという実験結果などが紹介されていた。ただ、その香りの成分が多すぎて分析はまだまだ途上のようだ。また、上記の「大腸ポリープ」ではなく、肝臓がんの減少効果が日本の厚生労働省による10年9万人に渡る追跡調査で裏付けられているらしい。また、糖尿病にかかっていない人に対しては予防効果があるのだという。

別に健康のためにコーヒーを飲むということはないし、単なる嗜好品として飲んでいるだけだが、このような記事を読むと、なお一層飲んでしまいそうだ。これまで、味わったのは、例のカンボジアコーヒー以降、普通のブラジルのストレート、ドミニカントリプルA、UCCのモカブレンド、スターバックスのクリスマスブレンド(妻購入)、キリマンジャロのストレート、トラジャのストレート、南蛮屋の炭火焼きスペシャルブレンドとうまかブレンド、それに最近生豆からその場で焙煎してくれる店のマンデリン。

豆の種類もさることながら、挽きの細かさ・粗さ、粉の量、カリタ・メリタ、蒸らし方、ドリップ時のお湯の注ぎ方(一息に、また、数回に分けて)などといろいろ試みているので、これは美味いhappy01というときと、少しビミョーdespairというというときが交錯するが、総じて挽いているときの香り、ドリップしているときの香りには確かにリラックスさせてもらっている。

2月9日(土)の夕刊のトップは、DVDディスクに寿命格差があり、メーカーによって「数年から永遠まで」の差があるのだという。これは、日本のディジタルコンテンツ協会による実験結果で、2003年から4年かけて日本国内で市販されている18ブランドを対象にしたものだという。DVD-R8件、DVD-RW5件、DVD-RAM5件。日本ブランドと台湾ブランドのもののみ。 調査の原文は、この「長期保存のための光ディスク媒体の開発に関するフィージビリティスタディ」 http://www.dcaj.org/h17opt/17optstudy.html 内の126ページにも渡るpdfで読むことができる。

愛用のhpのノートPCは、購入直後にライティングソフトで苦労したのでいろいろ試した結果、現在はお気に入りのブランドは確立しているのだが、そのブランドの良否はどうか気になるところだけれど、一応新聞記事と上記報告書を照合すると、どのブランドがどの結果なのかは分かるようには思える。

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2008年2月10日 (日)

アバドの『プルチネルラ』と『西洋音楽史』

Abbado_pulcinella

イーゴル・ストラヴィンスキー(1882-1971)
 バレエ『プルチネルラ』(全曲)(1947年改訂版)

クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団
 テレサ・ベルガンサ(s), ライランド・デイヴィーズ(t),ジョン=シャーリー・カーク(b)

〔1978年3月,5月録音、イギリス〕

昨夜は、夕方から南海上を進む低気圧と立春明けとは思えぬ冷え込みにより、関東南部もまた大雪になっている。先週も、日曜日の降雪だったので、我が家の日常生活にはあまり影響がなかったが、雪に慣れないこの地方の人々にとっては大変なことではある。

さて、底冷えのするこの休日は、先日読んで大変啓蒙された岡田暁生『西洋音楽史』(「クラシック」の黄昏) の「第7章 20世紀に何が起きたのか」 の章のそれまでの章にも増して刺激的だった内容に示唆を受けて購入した上記のCDを聴いてみた。

この章は、ストラヴィンスキー等の新古典主義についてp.208-209あたりに書かれているが、ここで取り上げた『プルチネルラ』のようなペルゴレージの原曲をほとんどそのまま生かした「作曲」について面白く書かれている。「・・・冒頭の典雅な主題。最初のフレーズには一箇所だけ、18世紀には絶対ありえなかった不協和音が混入している。・・・」とあり、なかなか挑戦的な感じだ。楽譜が手元にないので確信はないのだが、敢て恥を忍んで書いてみると、第3小節目に最初の主題が反復される冒頭でヴィオラ?か何かが同音を弾き続けて不協和音になるところだろうか?

この時代のストラヴィンスキーの音楽については、2007年8月 7日 (火) ストラヴィンスキー 『兵士の物語』 指揮:マルケヴィッチ 語り:コクトー や 2006年4月 6日 (木)ストラヴィンスキー 詩篇交響曲、交響曲ハ長調 ネーメ・ヤルヴィ スイス・ロマンド管弦楽団2006年7月15日 (土)バルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番 チョン(Vn) ショルティ/LPO(併録のストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲) のようなものを聴き、同趣向のものとしてシェーンベルクによるモンの原曲をチェロ協奏曲に編曲したマと小澤盤(R.シュトラウスの『ドン・キホーテ』の併録)を聴いたりした経験はある。プロコフィエフには、その名も『古典交響曲』とういう傑作があるが、全体として古典の換骨奪胎はそう楽しめた経験がないように思う。

それでも、この『プルチネルラ』には、原曲を作曲したジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710-1736)が、その傑作『スターバト・マーテル』(これもアバドとロンドン響の録音で愛聴している)で見せたような、天性の歌と劇的な魅力が備わっており、それをストラヴィンスキーが巧みにつなぎ合わせているので、結構楽しめる作品にはなっているように思う。

アバドのこのCDには、同じストラヴィンスキーの『火の鳥』組曲(1919年版)が収録されており、果たしてアバドが新古典主義的な作品としてこの『プルチネルラ』に対したのか、同郷の夭折の天才ペルゴレージの古典派初期の名作を演奏するように向き合ったのか、微妙なところは分からないが、オーケストレーションの天才でもあったストラヴィンスキーの室内楽的なオーケストラの妙技とベルガンサの艶やかなメゾ・ソプラノも楽しめる面白い聴き物になっていることは確かだ。

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2008年2月 9日 (土)

マルゴワール『水上の音楽』『王宮の花火の音楽』

Malgoire_handel_water_fire ヘンデル 組曲『水上の音楽』(全17曲)
      組曲『王宮の花火の音楽』(全5曲)

ジャン=クロード・マルゴワール指揮 

ラ・グランド・エキュリー・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワ

マルゴワールの名前は、とても不思議な名前のオーケストラ(La Grande Ecurie et La Chambre du Roy王室大厩舎・王室付き楽団)とモーツァルトの名オペラをいくつか録音して、その評判が結構高いことで頭の隅にあったので、例の分売もの(The Great Collection of Classical Music) を店頭で見て試し聴きのつもりで購入してみた。

とても驚いた。何と面白いヘンデルだろうか。これまで、ピノックとイングリッシュ・コンサートというピリオドアプローチ界でも比較的穏健派の誠実な録音のCDを長いこと聴いてきて、子ども達もバッハはまだ苦手だがヘンデルは好きというほどになっており、その演奏に十分満足していたのだが、マルゴワールの指揮による演奏は、表情や音色が多彩で自由闊達なので、すっかり面白くなってしまった。先のイタリアの新鋭ピリオド合奏団イル・ジャルディーノ・アルモニコによるバッハのブランデンブルク協奏曲集は、新鮮ながらあまり好みではないと感じたのだが、このマルゴワールは好みの演奏だ。

なお、マルゴワールは、ジュネーヴ国際のオーボエ部門で1968年1位なしの2位に入っているのだという(wikipedia)。

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2008年2月 8日 (金)

ベートーヴェン 交響曲第1番 飯守泰次郎指揮 東京シティ・フィル

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Iimori_taijiro Iimori_taijiro_b

2002年3月21日に発売された新ベーレンライター版に基づく日本初の全集(2000年3-11月、2001年12月 東京文化会館におけるライヴ録音)というキャッチフレーズがついたベートーヴェンの交響曲全集から、まずは小手調べというわけではないが、第1番を聴いてみた。(上の写真が交響曲全集の表裏、下の写真は2002年にもらったキャンペーン用の無料配布CDの表裏で、この無料配布盤で、この指揮者のユニークな経歴や活動を初めて知った。)

まずは、例の演奏そのものは非常に面白く魅力的なジンマン指揮のチューリヒ・トーンハレが世界初の新ベーレンライター版による全集と銘打って発売されたが、実は最後に録音された第九を除いて、新ベーレンライター版を用いていなかったことが「ばれ」てしまい、せっかくのユニークな演奏解釈にミソをつけてしまったというような経緯がある。ベーレンライター版については、そのような経験から少々眉唾だったが、以下のような研究成果を読んで初めてその位置や全貌が少し理解できた。

ベートーヴェンの日本での研究については、国立音楽大学の音楽研究所 ベートーヴェン研究部門がつい最近まで活躍していた(サイトはそのまま残されている)。

この中の研究年報論文および報告のページ http://www.ri.kunitachi.ac.jp/lvb/rep/rep.html には、

藤本一子(論文)
《第9交響曲》の楽譜とベーレンライター版が提起する問題 (PDFファイル:約353KB)というベーレンライター版についての非常に詳しい論文が掲載されており、相当勉強になる。
(この論文、報告のページに掲載されているその他の多くの記事もまったく時間の経つのを忘れるほど面白い。)
飯守泰次郎指揮の東京シティ・フィルの録音は、ライヴ録音だというが、数回のテイクを編集したものか、ほとんどミスは聞き取れず、客席などの雑音もないものになっている。しかし、ライヴならではの感興は感じられる。
新ベーレンライター版以前のピリオド楽器派のアプローチや、先ほどのジンマンによるモダン楽器を用いてのピリオド楽器的なアプローチなど先例は多くある。ベーレンライター版と旧版との違いは、楽譜を参照しながら聴かなければ本当の面白さは分からないとは思うが、第1交響曲を聴く限りこの飯守の全集は一度聴いてその奇抜さに腰を抜かすというものではなく、音楽としての流れのよさ、そしてライヴならではの緊張感にあるように思う。全体的にスリムな編成で、音響的にも爽やかな聞きやすいものだ。これから少しずつ楽しんでみようと思う。

追記:2008/03/13 相互リンクいただいているみー太の音楽日記に同じ全集の『英雄』の記事がアップされたので、コメントとトラックバックを送らせてもらった。

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2008年2月 7日 (木)

ヴァイオリン小曲集 西崎&ヤンドー

Violin_miniatures_nishizaki_jando

Viloin Minatures

Naxos 8.550306(Naxos へのリンクで、ここから曲目紹介をコピーさせていただいた)

曲目一覧:

1.F. クライスラー FRITZ KREISLER (1875-1962) 美しきロスマリン Altwiener Tanzweisen No. 3, "Schön Rosmarin"

2. L. ボッケリーニ LUIGI BOCCHERINI (1743-1805) 弦楽五重奏曲 ホ長調 Op. 11 No. 5, G. 275 - 第3楽章 メヌエット (編曲:G. ハドック) String Quartet in E major, Op. 11, No. 5, G. 275: III. Minuetto (arr. G. Haddock) 03:31

3. S. ラフマニノフ SERGEI RACHMANINOV (1873-1943) パガニーニの主題による狂詩曲 Op. 43 - 第18変奏 (編曲:クライスラー) Rhapsody on a Theme of Paganini, Op. 43: Variation 18 (arr. F. Kreisler) 02:58

4. F. クライスラー FRITZ KREISLER (1875-1962) ベートーヴェンの主題によるロンディーノ Rondino on a Theme by Beethoven 02:33

5. Z. フィビヒ ZDENEK FIBICH (1850-1900) (詩曲)Moods, Impressions and Reminiscences, Op. 41: No. 6. Poeme 02:43

6. E. エルガー EDWARD ELGAR (1857-1934) 愛の挨拶 Op. 12 Salut d'amour, Op. 12 03:04

7. F. クライスラー FRITZ KREISLER (1875-1962) 愛の悲しみ Liebesleid 03:28

8. 愛の喜び Liebesfreud 03:35

9. E. グラナドス ENRIQUE GRANADOS (1867-1916) (アンダルーサ 祈り)12 danzas espanolas, Op. 37: No. 5. Andaluza (arr. F. Kreisler) 03:46

10. C. ドビュッシー CLAUDE DEBUSSY (1862-1918) ベルガマスク組曲 - 月の光 Suite bergamasque: III. Clair de lune (arr. A. Roelens) 04:50

11. J. ブラームス JOHANNES BRAHMS (1833-1897) ハンガリー舞曲集 WoO 1 - 第17番 (編曲:F. クライスラー) 21 Hungarian Dances, WoO1: Hungarian Dance No. 17 in F sharp minor (arr. F. Kreisler) 04:05

12. F. シューベルト FRANZ SCHUBERT (1797-1828) 6つの楽興の時 Op. 94/D. 780 - 第3番 ヘ短調 (編曲:クライスラー) 6 Moments musicaux, Op. 94, D. 780: No. 3 in F minor: Allegro moderato (arr. F. Kreisler) 01:56

13. J. マスネ JULES MASSENET (1842-1912) 歌劇「タイス」 - 第2幕 瞑想曲(編曲:M.P. マルシック) Thais, Act II: Meditation (arr. M.P. Marsick) 05:16

14. A. ドヴォルザーク ANTONIN DVORAK (1841-1904) ユーモレスク 変ト長調 Op. 101 No. 7 Humoresque No. 7 in G flat major, Op. 101, B. 187 (arr. F. Kreisler) 03:11

15. P.I. チャイコフスキー PYOTR IL'YICH TCHAIKOVSKY (1840-1893) (ハプサールの想い出) Souvenir de Hapsal, Op. 2: No. 3. Chant sans paroles (arr. T. Nachez) 03:02

16. A. ドヴォルザーク ANTONIN DVORAK (1841-1904) スラヴ舞曲第2番 Op. 46 No. 2 Slavonic Dance No. 2 in E minor, Op. 46, No. 2, B. 170 のクライスラー編曲(ト短調)03:52
(クライスラーの編曲では、ト短調に移調されて、スラヴ舞曲第1番とされる。なお、スラヴ舞曲第10番ホ短調Op.72-2は、クライスラー編曲では第2番ホ短調で、スラヴ舞曲第16番変イ長調Op.72-8は、クライスラー編曲では第3番ト長調となる。)

17. P.I. チャイコフスキー PYOTR IL'YICH TCHAIKOVSKY (1840-1893) 中級程度の12の小品 Op. 40 - 第2番 悲しい歌 ト短調(編曲:T. ナシェ) 12 Morceaux, Op. 40: No.2. Chanson triste (arr. T. Nachez) 02:46

18. F. クライスラー FRITZ KREISLER (1875-1962) ウィーン奇想曲 Op. 2 Caprice viennois, Op. 2 04:40

西崎崇子 - Takako Nishizaki (ヴァイオリン)イェネ・ヤンドー - Jeno Jando (ピアノ)

ナクソス社長夫人である西崎崇子(にしざき たかこ)のヴァイオリンと ナクソスの重要なピアノレパートリーを任されているハンガリー出身のイェネ・ヤンドーによるヴァイオリンの小曲集。 いちいち曲目を打ち込むのは面倒だと思って、ナクソスのサイトで検索したら、これほどの小品集に対してこれほどの詳細な曲目リストがついていたので、驚いて引用した次第。(日本語名がないものを若干補足してみた。)

西崎のヴァイオリンとヤンドーのピアノは、ピアノの低音のバランスが少々強くかぶり気味なのと、自然な録音を心がけているとは言え、少々音色的な魅力に乏しいのがちょっとした難点だが、どの曲も素直にストレートに弾かれており、リラックスできる演奏になっているように感じる。

2月6日の関東地方は、午後から雪交じりの小雨になり、非常に寒い一日だった。入試シーズンでもあり、我が家でも長男が挑戦して、何とか志望の学校に入れることになった。非常に手のかかる世話を教員の皆さんにお願いすることになるのだが、本人の資質が萎縮することなく伸びていって欲しいと思う。

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2008年2月 6日 (水)

ドラティのコダーイ、アバドのヤナーチェク

Dorati_hary_galanta_abbado_sinfonie コダーイ・ゾルタン(ゾルタン・コダーイ) 1882-1967
 組曲『ハーリ・ヤーノシュ』 (1926)
 ガランタ舞曲(1933)

 ドラティ・アンタル(アンタル・ドラティ)指揮フィルハーモニア・フンガリカ〔1973年9月、12月、西ドイツ、マール Marl〕

レオシュ・ヤナーチェク 1854-1928
 『シンフォニエッタ』(1926)
   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団〔1968年12月、ロンドン、キングズウェイホール〕

ヤナーチェクの「利口な女狐」を聴着直したら、これまであまり熱心に聴かずに放置していたアバドの「シンフォニエッタ」を聴きなおしてみようという気になり、聴き始めたところ、これがなかなかよろしいようだ。

第1楽章は、リファレンスのセルやクーベリックに比べると青空への抜けるようなファンファーレの明るさに乏しく感じるのだが、あまり目立たない第2、第3楽章を実に丁寧に音化しているのだ。また、1960年代末とは言え、デッカの録音はさすがに鮮明で、このようなフルオケの鳴りのよい音楽は特に面白く聴ける。アバドは、この後、ベルリンフィルと同曲を再録音しているといい、そちらの評判もいいと聞く。ただ、この曲に感じるローカルな郷愁めいたものは、クーベリックはもとよりセルに比べても非常に薄く、またフィナーレでのファンファーレの晴れやかさや切れも相当物足りないように思う。モラヴィアの自然と、イタリア人アバド、霧のロンドン交響楽団の縁は非常に薄いということもあるのだろう。

そういえば、小澤征爾も若い頃、シカゴ響のラヴィニア音楽祭の監督を務めていた頃、この「シンフォニエッタ」やバルトークの「オケ・コン」などをRCAに録音したように記憶するが、当時1960年代としては、ヤナーチェクやバルトーク、コダーイなどは比較的新鮮な存在だったのだろうか?

ところで、併録のコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」は、ホームミュージック選集で、これと同じ音源の「ウィーンの音楽時計」だけが収録されていた関係で我が家の子ども達には親しく、特に弟の方がこれを好んでいた時期がある。よく、セルの「ハーリ・ヤーノシュ」の組曲盤のそれと聴き比べをして楽しんだものだが、この曲の演奏と録音に関しては、セルとしては存分に羽目を外しユーモラスさをアピールした演奏とは言え、ドラティの細やかな描写の方が私には楽しめるように感じる。因みにドラティはバルトークやコダーイに師事したこともある。同じハンガリー生まれでも、セルがヴィーン育ちでR.シュトラウスの薫陶を受けたというのと対照的である。

ガランタ舞曲は、コダーイが幼少期を過ごしたガランタという街(現在はチェコ領だという:柴田南雄『おしゃべり交響曲』より)のハンガリー・ジプシーの民謡に基づくものだという。よくCDなどのフィルアップ曲として見るのだが、聴いたのはこの盤が初めて。コダーイの達者なオーケストレーションにより、ブラームスやリストの同趣向曲より、洗練味が感じられる。フィルハーモニア・フンガリカは、ドラティとハイドンの交響曲全集を完成している団体だが、録音で聴く限り、どのパートも非常に安定しているように思う。現在はどうしているのだろうか?

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2008年2月 5日 (火)

ヤナーチェク 歌劇『利口な女狐の物語』マッケラス/VPO、ルチア・ポップ、他

Cunning_little_vixen レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)

歌劇『利口な女狐の物語』(Prihody Lisky Bystrousky : The Cunning Little Vixen)

チャールズ・マッケラス指揮ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団
 ヴィーン国立歌劇場合唱団、ブラチスラヴァ少年合唱団
ビストロウシカ(女狐):ルチア・ポップ(S)、猟場番:ダリボル・イェドリチカ(Br)、男狐:エヴァ・ランドヴァー(Ms)、穴熊/神父:リハルト・ノヴァーク(B)、その他(校長、蚊、ハラシタ、猟場番の女房、ふくろう、犬、きつつき、めんどり、おんどり、かけす、かえる、きりぎりす、など) 〔1981年録音〕

併録:『利口な女狐の物語』管弦楽組曲(ヴァーツラフ・ターリヒ編)

ようやく立春。吉田秀和『私の好きな曲』(新潮文庫)は大学図書館の白水社の全集でも何度か読んでいたのだが、昭和60年4月25日の発行(一応初版だ)の頃文庫本で入手してからいったい何度読んだことか分からない。全部で26曲の好きな曲がリストアップされているのだが、恐らくこの本での紹介を読まなければ聴かなかった曲の筆頭がこのヤナーチェクの『利口な女狐の物語』だったことは確かだろう。それほど、吉田秀和のこの曲の紹介は魅力的なものだ。オペラで、チェコ語で、近代作品で、となれば、いくら魅力的な題材でも二の足を踏んでしまう私が、どうしても聴きたいと思ったのだから。

このCDを入手したのは、もうそうとう以前になるが、確か「レコード芸術」のレコードアカデミー賞を獲得した名盤ということで、地方都市のCD屋でも陳列していたのかも知れない。当時指揮者のマッケラスのことはあまり知らなかったが、VPOと組んで次々にヤナーチェクの作品を録音していたということを後で知った。ただ、この名盤がしばらくの間は、廃盤として入手できない時期もあったということを別の機会で知り驚いたことも覚えている。

ヤナーチェク入門の『シンフォニエッタ』、『タラス・ブーリバ』、『内緒の手紙』『クロイツェルソナタを読んで』の弦楽四重奏曲程度しか聴いたことがなく、この『女狐』のほかにもサイトウキネンフェスティバルなどでも取り上げられたような多くのオペラが近年では注目されており、ヤナーチェクはすっかりビッグネームの仲間入りになっているのかも知れない。

そんな中で、寓話的な筋というよりも、女狐や穴熊、ふくろう、かえる、きりぎりすなど、まるで鳥獣戯画の世界のように、人も動物も区別、差別なく同じ世界に生きる、生きとし生けるものとして描いたこの脚本とヤナーチェクのつけた音楽は、西洋文化の中でも非常にまれなのではあるまいかと最近思う。以前、ドイツの子どもは「虫取り」を遊びだと考えていないというエッセイを読んで驚いたことがあるが、モラビア(モラバ)の人々は、昆虫やかえる、鳥なども親しいものとして共生する伝統があるのだろうか?

まあ、そんな小難しい文化、伝統のことを考えずとも、特に自然との一体感に強い共感を持つ日本人は、このオペラに魅力を感じることは不思議ではないと思う。ヤナーチェクという不思議な音楽を作るのが得意だった作曲家が、本当に魔法のような音楽を書いたものだと思う。

歌手は有名どころでは、若くして亡くなったスロヴァキア生まれの名ソプラノ、ルチア・ポップが、母国語に近いチェコ語(モラヴィア方言)により本当に魅力的なビストロウシカを歌い演じている。

草いきれがするような音楽という意味では早春から一気に盛夏へと飛ぶようだが、生き物がざわめく自然の世界へトリップである。

なお、チェコの名指揮者ヴァーツラフ・ターリヒの編曲した組曲もとても楽しい。

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2008年2月 4日 (月)

ムーティ/フィラデルフィアの『ローマ三部作』

Muti_respighi_roman_triology

オットリーノ・レスピーギ

交響詩『ローマの松』『ローマの泉』『ローマの祭り』

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(1984年、ディジタル録音)

今日は立春。これで、一応寒が明け、暦の上では春が始まったわけだ。古い時代は、この日が新年の初めで、古今集の「 袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ 紀貫之」の歌は、立春を歌った歌だが、ちょうどこの頃が旧暦(太陰太陽暦)では、正月だったわけで、今年も2月7日が旧正月となり、アジア諸国では、約1週間の長期連休になる国が多い。

外は、数年ぶりの大雪に見舞われた節分の日、寒い部屋で、少しでも春の息吹を感じたいと取り出したのがこのCD。新婚旅行で春のローマ・フィレンツェを楽しんだこともあり、イタリアには、季節としての春、人生の春を連想することが多い。

これまで、 ローマ三部作のCDでは、決定盤ながらモノーラルの、ホールトーンが乏しいトスカニーニの名盤と、2006年4月18日 (火) レスピーギの命日に聴く スヴェトラーノフの「ローマ三部作」で書いたソ連時代のスヴェトラーノフによる異常とも言えるテンションと解釈の演奏しか手元になく、『ファンタジア2000』でのレヴァイン指揮シカゴ響並みの鮮明な録音でこの曲を聴きたくなり、自分としては珍しくムーティ指揮のCDを購入した。(LP時代は、ムーティの前任者オーマンディによるRCA録音の三部作で華麗な水しぶきを浴びていたのだが)。

そういえば、ムーティの音盤には、ほとんど縁がなく、もしかしたら協奏曲の伴奏なども含めてもこれが唯一のものかも知れない。

レスピーギは比較的現代の作曲家のようだが、あの『シェヘラザード』のリムスキー=コルサコフにオーケストレーションを教えてもらいにロシアまで出向いたことのあるという経歴を持っているらしい。また、近代は圧倒的にオペラの国だったイタリアで、器楽曲中心の作曲を行った、かの国としては変り種の音楽家でもあったらしい。

ムーティのお国ものとは言え、オペラを得意とする彼が(シニフォニー指揮者としても評価は高いが)、シェフとなった名人オーケストラでどのような演奏をしているかが興味の焦点だったが、しごくまっとうな音楽を聴かせてくれる。トスカニーニほど剛直ではないし、勿論スヴェトラーノフ張りの爆演でも勿論ない。またオーマンディ風の余裕のある大人の音楽でもなく、やはり颯爽としてスタイリッシュなムーティの外見のイメージを思わせる音楽になっているのが不思議だ。外見や立ち居振る舞いの印象と特にその指揮者が作り出す音楽というものの関係は少し興味深い関係があるように思うのだがどうだろうか?

近年EMIのディジタル録音はあまり評判がよくないようだが、このフィラデルフィアでの録音はそれほど悪くないように思える。ただし、曲が曲だけにダイナミックレンジが広くとってあり、聞こえるか聞こえないかのピアニシシモから大音量のフォルティッシモまでが再生されるため、我が家のような集合住宅では隣近所の反応に気兼ねしながらの鑑賞になるため、ヘッドフォン(イアフォン)鑑賞となることが多い(>_<)

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2008年2月 3日 (日)

カザルスの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調(Opus蔵)

Casals_vc_suites あっと言う間の1月も過ぎ、今日はいよいよ立春前の節分。昨日は、もう一度基本に戻ろうではないが、今や録音芸術の古典でもあるカザルスのバッハの「独奏チェロ組曲」(一般的には無伴奏チェロ組曲)を、最近の盤起こしのCDで聴いてみた。

Opus蔵というレーベルのもので、EMI盤の古いSP盤からLPで再発されたもののエアチェックではよく聞いた音源がどのように聞こえるのか興味があった。(最近ではNaxosからも出ているようだが。)

1938年の録音。久しぶりにスピーカーから音を出して聴いてみると、子ども達は「何このパチパチという音、いつの録音?」と文句を言い、台所からは妻が「誰の演奏? カザルス? いい音ね」と来る。子ども達は、LPのスクラッチ音さえ生体験としてはほとんどないので、パチパチ音が続くこと自体気になるようだ。私も妻同様、パチパチ音を除けば、こんなに実在感のある生々しいチェロの音はそうは聴けないように感じた。一言で言えば、この盤起こしは成功だと思う。昔のSPにこんなに豊かな音が入っていたというのはまったく信じがたいほどだ。こうなると、SPを高級機で愛好していた既に物故者になってしまった昔の通人たちの「SPはいい音がしていたもんだよ。」というのも、単なる懐古趣味ではないと思われてくる。特に、これは独奏の弦楽器であることも影響しているのだとは思う。

さて、2007年9月 1日 (土) J.S.バッハ 独奏チェロ組曲(無伴奏チェロ組曲) ヨーヨー・マとビルスマ という記事で、おこがましくも故・柴田南雄氏の『(続)わたしの名曲・レコード探訪』(音楽選書48 音楽之友社)ばりの聴き比べを試みたのだが、この正月に実家の本棚の奥から見つけ出してきた(昭和61年4月10日 初版)。それを改めて読み返しているのだが、いろいろと面白い記事が多い。当時は読むだけで実際に聞けなかった音盤なども実際に耳にする機会が格段に増えたからでもある。

この本を読みながらいろいろ改めて聴きなおしてみたいものもあるが、今回はBWV1007 ト長調の第1楽章を、カザルス、マ、ビルスマの順で家族で続けて聴いてみた。マの演奏はさすがに滑らかで、ダイナミックも大きくとっており、今でも優れた演奏だと思う(柴田氏は、上記の著書で、1番から6番までどの曲も馬友友青年の妙技に塗りつぶされているというような少々辛口のコメントを残されているが)。ビルスマのCDをかけるとやはり、音程が低めであり、弾き方の違いも子ども達にも分かるようで、「変わった演奏だね」との感想。「エンドピンという現代のチェロにはある道具(装置)がないため、膝で挟んで演奏しているらしいよ」と一応説明をしておいた。

1938年というと、ナチスがオーストリアを併合した年であり、ヨーロッパは危機的時代へ向かっていた頃でもあり、その時代の緊張感の影響もあるのだろうし、そしてカザルスのバッハの音楽の力への信仰もあるのだろう、現代もある意味危機的時代ではあるが、それとは異なる精神的なエネルギーを感じることができるような気がした。

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2008年2月 2日 (土)

マタチッチの『シェヘラザード』

Matacic_scheherazade_2リムスキー=コルサコフ
交響組曲『シェヘラザード』作品35
 ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮フィルハーモニア管弦楽団

(1958年録音 Shinseido 1000Classics Angel1000 ⑯ SAN-16)

10:15/11:19/9:55/12:06

先日のクリップス/ACOも、新星堂の復刻的な廉価盤シリーズのものだったが、この珍しい組み合わせの録音もそのうちの一つだ。

ロシアの生んだオーケストレーションの天才で、彼の五人組の盟友たち、ボロディンやムソルグスキーの未完の作品に手を入れて(賛否両論はあるが)完成させたことでも知られる。海軍士官で、海上勤務も経験したというが、そのときの海の印象がこの曲に大きく反映しているようだ。特に第1曲の「海とシンドバッドの船」では、大きくうねる大洋を航海する船が自然に思い浮かばれる。

マタチッチは、ユーゴスラヴィア生まれの指揮者で、NHK交響楽団の名誉指揮者として楽団や聴衆から尊敬を集めた。経歴は、往年のハプスブルク帝国の残照であろうか、ウィーン少年合唱団員として活躍し、その後ヴィーン音楽大学でオルガン、ピアノ、指揮を学び、その後ドイツ、オーストリアを中心に活躍した。先日のクリップスも第二次大戦時には、ユダヤ系ということもあったのかヴィーンを追放され、ユーゴスラヴィアで辛うじて生活をたてていた時代もあったというが、意外にも中欧のオーストリアとハンガリー、チェコ・スロヴァキアはもちろんのこと、旧ユーゴスラヴィア諸国などもオーストリアの音楽文化圏として捉えることもできるようだ。

N響の団員のエッセイか何かに、マタチッチは巨体で、非常に不器用だったことが書かれていたが、彼の作り出す音楽は、そのような茫洋とした大きさがあったりするけれども、意外に繊細な面もある。この珍しいレパートリーの「シェヘラザード(シェエラザード)」だが、1950年代後半のフィルハーモニア管といえば、カラヤンやクレンペラーがよく振っていた時代で、あのデニス・ブレインなども在籍していた頃だと思う。

私の持っている音盤では、マゼール/BPOのマルチマイクの極致と呼ばれる録音のものや、チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送響のライヴの精緻なモザイクのような「シェエラザード」もあるが、このマタチッチ盤は、それほど集中することなく、おおらかに音楽を楽しめるという利点がある。一部では大層評価の高い隠れた名盤という噂もあるようだが、どうだろうか?ただ、意外にも第3曲の「若き王子と王女」が繊細な表現で聞かせてくれる。

録音は、さすがに古いステレオ録音だが、それほど古さを感じさせない。

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2008年2月 1日 (金)

クーベリックの『ハフナー』『リンツ』

Kubelikmozart3536

モーツァルト

交響曲第35番ニ長調 K.385 『ハフナー』
 5:45/9:04/3:13/4:03

交響曲第36番ハ長調 K.425『リンツ』
 10:50/7:34/3:27/5:34

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

「スタジオ録音では」穏健派だったクーベリックがCBSに残したモーツァルトの後期の交響曲集は、私の読ませてもらっているいくつかのBLOGでの評判がすごくいい。

ト短調K.550をいろいろ聴き比べていたころ、ちょうどクーベリックの交響曲選集がLPで発売され、その頃は話題盤はすぐにFM放送で放送されたので、エアチェックして楽しんだ。先日のクリップスの録音と同様、せかせかしたものではなかった。

上記の曲目とは違うが、当時ト短調K.550第1楽章のみを実際に計測した記録がポケットスコアに書き付けてあるので、ちょっと書き写してみようと思う。 タイミング表示は、第1楽章トータル(提示部)。提示部反復有りは有、無しは無。初版:①、第2版:②(クラリネット入り)。分からないのもあり。

フルトヴェングラー/VPO<1951>  6:44(1:40)①有
ケルテス/VPO                        7:48(1:56)②有
ワルター/コロンビア響             6:30(2:08)②無
カラヤン/VPO                        7:32(1:53)?有
ベーム/VPO                          8:44(2:13)①有
セル/クリーヴランド管            8:04(2:00)②有
クーベリック/バイエルン放送響 8:38(2:09)②有
スイトナー/NHK響(放送録音) 5:34(1:49)?無 とにかく速い演奏だった
マリナー/ASMIF                     7:43(1:55)①有
アバド/LSO                           8:38(2:11)①有
アーノンクール/ACO               6:40(1:38)?有
バーンスタイン/VPO               8:00(2:02) ②有

ここまでがスコアに書いてあった1980年代ごろの記録。

以下は手持ちのCDの表記による。
トスカニーニ/NBC響      7:20(1:50) 有
ワルター/VPO<1952>            7:10だが拍手0:53を除き実測6:02(1:59)無
ベーム/BPO<1961>               8:27(2:09)有
カラヤン/BPO(DG)                7:20(1:48)有
セル/クリーヴランド管<1970>  8:15(1:56)有
スイトナー/SKD                    8:07(2:01) 有
ホグウッド/AAM                   7:03(1:45) ①有
クリップス/ACO                    9:31(2:23)②有

クリップスのゆっくりさはこれだけの数の演奏の中でも際立つ。クーベリックやベームがこれに継ぐテンポのようだ。カラヤンのテンポ感はトスカニーニそっくりでVPOとBPOでも同じくらい。ベームも若い頃のBPOと晩年のVPOでも同じだ。ワルターもセルもスタジオ録音とライヴとでほとんど変わらない。

キビキビした軽快なピリオドアプローチ全盛の現在、否、トスカニーニ、フルトヴェングラー、ワルターの三大巨匠の時代においても、モーツァルトにおいてゆったりとしたアレグロはあまり主流ではなかったようだ。

しかし、のんびり派とは言わないまでも、テンポを遅めにとり音楽の緊張感を持続し、アンサンブルを整えるのは至難の業だと言われる。クリップスの40番では有名なヴィオラの刻みが実に正確に冒頭からコーダまで奏でられているのも凄い。

クーベリックから相当話がずれてしまった。クーベリックが晩年1991年にプラハでチェコフィルと「新世界」と一緒に生演奏した「プラハ」を先日聞いたが、こちらは熱気溢れる実演型のクーベリックの演奏だった。しかしこのスタジオ録音のクーベリックは、曲目は違うが、音楽を慈しむように、丁寧に指揮しオーケストラを導いていく。録音の関係か、同じゆっくり系でもクリップスほど鮮烈さは少ないが、「疾走する悲しみ」という固定観念に囚われないアプローチとして、このような滋味溢れるモーツァルトもいいものだと思う。

追記:「私の読ませてもらっているいくつかのBLOGでの評判がすごくいい。」と書かかせてもらったmoart1889さん御本人からコメントとトラックバックをいただき、トラックバックをお返しした。

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