指揮者のテンポ保持の難しさ
今日、5/25(日)の「題名のない音楽会」で、ゲストのジャーナリスト鳥越俊太郎氏がモーツァルトの第40番交響曲の第一楽章の提示部第1主題部までを指揮したが、次第にテンポが遅くなっていくのが聴いていて分かった。
その実演の後、司会者の佐渡裕氏が、テンポを維持するのは、CDを聴きながら指揮の真似をするのと違い難しいと語っていたが、このテンポの維持能力というのが職業指揮者の必要条件の一つだろうと思った。以前から有名曲で同じ指揮者の時期の違う録音を聴き比べを楽しみそのタイミングを比較することをときおりやっているが、同じ指揮者ならば録音時期や楽団、場所が異なっても、ライブでもスタジオでもほぼ同じテンポが維持されているのはに驚かされた(セルのCLO,VPO、バーンスタインのNYP, VPOのベートーヴェンの第5など)。トスカニーニがその点ではまったくプロフェッショナルな正確さを持っており、当時まだ編集技術が高度でなかった時代には切り貼りが非常に容易だったのだという。またそのような正確なテンポ感を持っていたがゆえに、トスカニーニはフルトヴェングラーの即興的な演奏をアマチュア的だと評していたとも聞く。
私事だが、以前、コーラスをやっていたとき、指揮者やリーダーが不在のとき、私も練習指揮をやってみたことがあったが、テンポがどんどん速くなってしまい困ったことがあった。ピアノを弾いていても、弾けるテンポでつい弾いてしまい、あるべきテンポでの演奏がなかなかできない。
今回の鳥越氏の場合には、演奏後に、自分の音楽がやけに遅いなと感じたと語っていたが、オーケストラ(東京シティフィルハーモニー)がその次第に遅くなる指揮のテンポに追随して聞かせたのもなかなか高度な演奏であろうと思った。めったにそのような稚拙な演奏を聞くことができないので、逆にあの「のだめ」のときの下手な演奏のような面白さがある。その点、他の応募指揮者たちは子どもも大人もなかなか素晴らしい指揮を繰り広げていた。
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