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2008年7月22日 (火)

「海の日」の翌日に交響詩『海』を聴く

Martinon_debussy_orchestral_worksドビュッシー
 交響詩『海~3つの交響的素描』
  海上の夜明けから正午まで 
  波の戯れ
  風と海の対話
  (8:59/6:59/8:06)
ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送局管弦楽団
〔1973年6月1,2,4&6日、9月21日 パリ、サル・ワグラム〕

ドビュッシーの管弦楽曲集は、1989年頃買ったEMI90周年特別企画の2枚組み4,000円なりでほぼ満足してしまい、他にはモントゥー/LSOの『映像』『聖セバスチャンの殉教』、ショルティ/CSOの『牧神の午後への前奏曲』程度しかなく、いわゆる非正規盤でセル/CLOによるモノ録音の『海』がある程度。人口に膾炙した『小舟にて』の含まれる『小組曲(ビュッセル編)』の音盤は手元にない。

今日は、二十四節季の一つ「大暑」に当たる日で、ちょうど真冬の「大寒」と対称的な日になるらしい。大寒から立春までが最も寒さの厳しい頃だが、大暑から8月上旬の立秋までが最も暑さが厳しい季節になるのだろうが、四季ではなく五季の梅雨の関係もあり、まだ年によっては梅雨が明けないこともあるため、大暑の暑さというのはそれほど印象に残らない。むしろ、9月上旬の残暑の方が身に応えることが多いような気がするのも、温暖化の表れだろうか。

『海の日』には、鉄道博物館で、テツに徹していたので、海の香りもかぐこともなかったが、今晩は、ドビュッシーのオーケストラ曲の最大傑作と言われる『海』を、マルティノン盤で聴いている。印象派の画家達のジャポニズムの影響で、パリに多くの浮世絵が流入したこともあり、ドビュッシーが葛飾北斎の富嶽三十六景『神奈川沖浪裏』を見る機会が生まれたのだろう。この版画からインスピレーションを得て、この交響詩『海』を着想したと言われるが、真相はどうなのだろうか。日本人にとっては少しうれしい話ではあるが。

皮肉屋サティは、この曲の初演を聴いて「何時何分ごろの海がよかった」とかこぼして、煙に巻いたというが、この名演と言われているマルティノン盤を聴いていても、なかなか理解が行き届かないでいるのが現状だ。

音楽が描写するものを映像化しようと想像力をたくましくしても、北斎の絵のような光景は脳裏には浮かんでは来ない。『海』をスケッチ(素描)した音楽だといわれれば、なるほどとは思うのだが、なかなかピンと来ない。ただ、ドビュッシーの他のオーケストラ曲に比べると金管楽器が高らかに活躍することもあり、ダイナミックな印象が強い。

このCDでは、この曲の次に収録されている『牧神の午後への前奏曲』などは、ずっと親しみやすいのだが、明瞭なストーリー性のあるなしも、理解しやすさ、親しみやすさに関係があるのかも知れない。

追記:このところ記事に取り上げている小澤征爾氏だが、ブザンソンで優勝し、ミュンシュに私淑していたということもあり、フランス音楽が得意だという印象もあり、事実フランスでの人気は大変なもので、レコーディングでもベルリオーズ、ラヴェルなどでは全集に近い選集を録音しているのだが、ドビュッシーのオーケストラ曲については、非常に慎重なのか、この『海』や『映像』『夜想曲』『牧神』などの録音はカタログには載っていないようだ。少し不思議な感じがする。 ただ、探してみたら、小澤征爾指揮パリ管の『海』のYoutube映像が見つかった。決して敬遠しているわけではないらしい。以前フォン・シュターデとフランス歌曲集でドビュッシーの曲の録音もあったという記憶もあるし。

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コメント

私は昔レコードを通じてマルティノンの大ファンでしたが、実演にはもちろん間に合いませんでした。

フランス本国では評価はどうもいま一つパッとせず、今ではほぼ忘れられてる感もあり、悔しいのですが。

ジャケット写真を見てハッとしましたが、地中海ギリシャ・コルフ島沖の小島ネズミ島ですね。
現地で、シェロー演出「ヴァルキューレ」3幕の舞台装置のモデルになったベックリン「死の島」にあまりに似てるんで驚いたことがありますが、ベックリン自身はコルフを訪れたことがなくコルフ・モデル説は確証を得られないようです。

強烈な太陽の照り返しを受け、上を静々と歩けそうな平らな海で、ドビュッシーの念頭にあった英仏海峡のジャージー島やノルマンディー海岸(愛人との逃避行でシテール島気取りで滞在した)の荒海とは正反対ですが、ドビュッシーと静かな地中海というのも何となくしっくり来る部分もありますね。

「海」の音楽が北斎版画に触発されたという説に確証はないそうですが、初版楽譜の表紙に北斎を希望したのは確かにドビュッシー自身とのことです。

投稿: 助六 | 2008年7月30日 (水) 09:42

助六さん、こちらの記事にもコメントをいただきありがとうございます。

マルティノンもなくなってからもう30年以上経過しているようですが、本国フランスで忘れられている様子というのは意外な感じですね。日本では、本場物が有り難がられることは昔も今も変わらず、マルティノンのドビュッシーもラヴェルも「レコ芸」の名盤選などでは今でも必ずリストアップされていますので。

このジャケット写真は、エーゲ海方面の写真だろうかと思っておりましたが、コルフ島沖の小島のものでしたか。とは言え、コルフという地名も知らなかったので調べたところ、オフィシャルサイトが見つかりました。http://www.corfu.gr/en.htm

そして
http://www.visitgreece.jp/attractive/ionian/index.html
には、この写真の建物が、ヴラルヘレナ修道院であることが分かりました。
■カノニ
市街地から 4km 南、島内で最も人気のある観光名所。狭い遊歩道を通り抜けると、海に浮かぶヴラヘルナ修道院にたどり着きます。少し沖合に、ポンディコニシ(ネズミの形という意味)島が見えます。オデュッセウスがイタキ島に帰る為にスケリア(今のケルキラ)島の王から贈られた船が、ポセイドンの怒りで岩に変えられたという伝説の島です。

ドビュッシーと北斎という取り合わせは俗説的には相当人口に膾炙しているようですが、「海」という楽譜の表紙に北斎の「神奈川沖浪裏」を希望したというのは、その海の描写のイメージとしてこのような荒海が念頭にあったという可能性は結構高そうですね。

投稿: 望 岳人 | 2008年7月31日 (木) 23:28

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