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2008年7月26日 (土)

現代の中学校の教科書を見て

昨日、7月25日は朝の通勤時間帯から28℃ほどの気温に加えていわゆるピーカンの完璧な快晴で、日射の強さが半端ではなく、勤務先にたどり着くまでに、クールビズの半そで姿にも関らず汗でぐっしょりになってしまった。この時期は、そのままでいると28℃冷房とは言え冷え過ぎるおそれがあるため、下着の換えを通勤カバンに忍ばせておき、汗が引いたら休憩時間にトイレで換えるようにしている。それでもシャツやズボンが汗をたっぷり吸っているので、次第に汗臭くなるのは避けがたい。

昨夜は、この月曜日の早起きに続き、子ども会のラジオ体操が夏休みの初めの一週間だけ開催されて、毎日6時おきに付き合ったので、熱帯夜とあいまって毎日睡眠不足気味だったため、金曜日夜の気の緩みからブログも書かずに早寝してしまった。

ところで、夏休みになって学校の宿題をやっている子どもの教科書を見せてもらったところ、現代の教科書は約30年ほど前の自分の時代や、20年ほど前の教育実習の時代(一応教職免許を取得するため、中学校で教育実習を受けたことがある。免許は取得できたが、教職には就かなかった)の教科書に比べると、非常にカラフルで、まるで当時の参考書のように懇切丁寧な作りになっているのに驚かされる。教科書問題には別の意味での批判が多いが、体裁的には至れり尽くせりだと感じる。

時代の流れを感じたのは、中学校の地理の教科書。私の当時は、日本の人口が1億、アメリカが2億人と覚えていたのだが、現在は相当様変わりしているようだ。

日本の人口が1億2千万人程度ということは日々の報道で知ってはいるが、2007年の統計では、アメリカ合衆国は現在では3億人を越えている。 また、中国が13.2億人で世界一の人口大国なのは変わらないが、インド11.2億人とパキスタン1.6億人、バングラデシュ1.4億人を合わせると 英国植民地時代の「大インド圏」14.2億人で世界一になる。 貧しいパキスタンと極貧と思われるバングラデシュの人口が多いのはどうしてなの だろうか。インドネシア2.2億人が多いのは知っていたが、旧東西パキスタンの人口の多さ には驚いた。

ちなみに、億人単位で示すと 中国 13.2360、 インド 11.1950、 アメリカ 3.0100、 インドネシア 2.2550、 ブラジル 1.8890、 パキスタン 1.6120、バングラデシュ 1.4440、ロシア 1.4520、ナイジェリア 1.3440、日本 1.2777、メキシコ 1.0830 の順になるようだ。

経済発展の第2グループとしてBRICS  ブラジル、ロシア、インド、中国、(南アフリカ)という言葉がここ数年流行だが、人口の多さから見ても最後の南アフリカを除いては、大国揃いなわけだ。

アフリカのナイジェリアの人口の多さも驚かされる。

子どものような夏休みはないが、教員免許を持っている社会にしても、それ以外の理科、数学にしても(国語や英語は何とかなるだろうが) 「大人」も時間をみて「義務教育」教科書を読み直して最新知識を取り入れるというのは、結構必要ではないかと考えた。

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コメント

少し前になりますが、私も子供の教科書を面白く読みました。中学校の技術家庭の「情報」や、高校の普通科の「情報」の教科書などは、私たちの時代にはなかっただけに、こちらはなかなか興味深いものでした。
従来の科目では、長女のとき、中学校の理科の教科書の内容の薄さに驚きました。理系人間としては、思わず「なんだこれは!」と叫びそうになりました。末の息子の時の中学社会の地理など、各県・各国の主な特徴なんていうのは、やらないんですね。驚きました。知識の調べ方は習うが知識は教えないなんて極端なことをやっているのですね。考えるということは知識を組み合わせることにほかならないでしょうに、知識と思考を別物として扱う、変な時代です。

投稿: narkejp | 2008年7月27日 (日) 15:18

narkejpさん、コメントありがとうございます。

教育界は、大分県の問題で大揺れのようですが、この辺りの噂はどの地方でも囁かれていたことでもあり、またかの唐土の国の数代に渡る王朝での官僚制腐敗の歴史を見るにつけても、さもありなんと慨嘆するばかりですね。

ただ、そうは言っても、義務教育としての基礎学力と、受験競争という成人になるための通過儀礼を経なければ、この国ではなかなか生活が難しいこともあり、また、人が「資源」でもありますから、教育問題はいくら論じつくしても論じつくせない問題ですね。

今回中学校の教科書をざっと見て、ゆとり教育からのゆりもどしが感じられるような気がしました。詰め込み教育の是正からのゆとり教育で、その理念は正しいのですが、生きるための知恵を身につける時間は、哺乳動物の親から子への躾けを見ても短期間が勝負ですから、人間の場合にも「生きる知恵」を体系的、組織的に身に付けさせるために大人たちも知恵を絞るべきだと思います。

PTA,教育委員会制度は、専門家ではない地域の成人が教育に参画する制度がそもそもの趣旨ではなかったかと思いますが、私などは高等教育をそれなりに受けてきた多くの大人達が少し「専門家」たちに任せすぎてきてしまったように反省しております。

投稿: 望 岳人 | 2008年7月27日 (日) 23:28

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