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2008年10月 5日 (日)

カラヤン/BPO チャイコフスキー 交響曲第6番『悲愴』(1976年録音)

Karajan_tchikovsky_4_5_6

チャイコフスキー  交響曲第6番『悲愴』 

カラヤン/ベルリン・フィル
 (交響曲第4番('76)、第5番('75)、第6番('76)、2枚組み)






以前のブラームスの2枚組み全集と同様、これも1970年代のDG録音を2枚組みにしたお徳用盤。中古店で昨年12月に入手。

これも余勢を駆って、これまで聴いてなかった第6番『悲愴』を聴いてみた。

カラヤンの『悲愴』(DG1964年録音、イエス・キリスト教会)は、中学高校時代の数少ない手持ちLPの中の一つとして、(針圧が比較的軽く、大切に扱ったため擦り切れてはいなが)「擦り切れるほど」聴いたもので、『悲愴』の刷り込みがこの録音。意識してはいても、第1楽章の展開部の開始を告げる痛烈な一撃には、毎回驚かされた。

今回、未聴だったのも、そのイメージと10年後のこの録音が違い過ぎるのではという杞憂も理由の一つだったが、勢いで、聴いてみた。

少しボリュームを大きめにしてステレオイアフォンで聴いたのだが、ブラームスの交響曲の時と同様、とにかく豪華な音響に圧倒されてしまった。ブラスセクションの力強く整然とした強奏も凄いし、弦楽器群の水も漏らさぬようなアンサンブルと磨かれた音色も凄かった。

生誕100周年ということもあり、アンチカラヤンも少しは丸くなり、私のように聴いてみて再評価をするリスナーもいるのではなかろうかとしばし思った。

確かにブラームスにしてもこのチャイコフスキーにしても、その楽譜という素材を調理して出てくる料理はどれも濃厚で豪勢なものになっており、それがカラヤン的なのだろうとは思う。絢爛豪華さだけが、音楽の魅力でないことは確かだが、その絢爛豪華さも簡単に作り出そうとしても作れるものではないことも確かだ。他の多くの演奏を聴いてきて、カラヤンの録音を聴いてみると、音楽を味わうよりも、圧倒されるという感を強く持つ。

カラヤンはチャイコフスキーの後期の交響曲をこのセット以外にも何種類も、それこそ驚くほどの数の録音を残しているが、その思い入れというものはどこにあったのか、他の番号の録音を聴いてもすべて自家薬籠中のものとしており、間然とするところがない。そこがルーチンワーク的でつまらないという意見も当然あるが、なぜここまでチャイコフスキーにこだわったのか。アルメニア系とも言われるその家系伝説も少しは関係があるのだろうか?

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