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2009年1月の23件の記事

2009年1月31日 (土)

スピードスケート 長野高専3年 山中大地選手

先日の岐阜の恵那で開かれた高校総体(インターハイ)で、1000m, 1500mの2冠に輝き、1/31の国民体育大会(国体)でも少年男子1500mを制して2連覇を飾った長野県の山中大地選手。

昨日の朝日新聞の夕刊のスポーツ欄に、囲み記事で結構大きく取り上げられていた。長野県川上村出身で、川上中学校時代には、全国中学校大会で4位に入賞した実績があるが、スケートの盛んな地元の佐久長聖高校や、野沢北、野沢南、小海、臼田などには進学せずに、「先生の奨めで何となく、長野市の国立長野工業高等専門学校(いわゆる長野高専)に進学」して、たった一人のスケート部員として大会に出場し、見事3年生の今年は、全日本ジュニアでの総合優勝インターハイ1000m と 1500mの2冠を成し遂げたことが、署名記事で載っていて驚いた。

早速、昨夕実家に電話をしたら、父が電話口に出て、「今年は負け知らずで頑張っているんだ。普段は、長野市の長野オリンピックの舞台となったMウェーブなどで、信州大学に結構強い学生たちがいるんで一緒に練習をしているそうだが、親元を離れて一人暮らしなんだからな」と、驚き喜んでいた。

部員が一人?しかいない高専のスケート部ということで、身近にどのような指導者がいるものかは聞いていないが、普通監督やコーチなどがトレーニングメニューやメンタル面でのサポートをする年代だと思うが、父の話ではどうやらいわゆる強豪校の監督やコーチのような存在はいないようで、ほとんど自力でここまでの成績を上げているらしく、もしそれが本当ならこのことが非常に驚きだと思う。(もし素晴らしい指導者が身近におられるならば、これを読まれて気を悪くされてはいけないので、断定は避けたいが。)

新聞は、情報工学を専攻している高専生としてのユニークさを取り上げ、「計算力」の勝利のようなことを書いていた。それも否定はできないだろうが、それよりも部員がわずか(一人?)な環境でのトレーニングこそ、驚異だと感じる。

この選手は、実は、私の母方の親戚にあたる。一昨年あたりに、中学の時には活躍したのだが、スケート部のない高専に進学したというような話を聞き、その後どうしたかと気にかかっていた(昨年の国体での優勝は聞いたような気もするのだが)ところ、昨日の新聞記事を読んで、思わず実家に確認の電話をして、選手の祖父母の家へお祝いを伝えてくれるように頼んだところだった。

すると、今日の午前中には、実家の母から電話があり、今度は国体1500mでも優勝したとの連絡が、選手の父から選手の祖父母の家に入ったというではないか!国体は、明日の2/1までリレーなどの競技があるようで、滞在や移動も大変だと思うが、頑張って欲しい。(5000mは振るわなかったようだが、500m*4の2000mリレーでは北海道、群馬に続く3位に入った。)

2月下旬には、ポーランド ザコパネで開催される世界ジュニア・スピードスケート選手権への出場も決まっている。

 20 - 22 Feb, 2009  World Junior Speed Skating Championships Zakopane, Poland

親戚の欲目ではなく、稀に見る大器だと思うが、これからの進路には迷うところだとも思う。ただ、米国の名スケーターのエリック・ハイデンなど、医学の勉強を続けながらオリンピックやW杯で活躍した選手もいるので、頑張って文武両道を達成してもらいたいというのが勝手な願いだ。本人にとっても、両親や家族にとっても大変なことではあるが、陰ながら応援したい。

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2009年1月30日 (金)

昨日の『アンビリーバボー』で紹介されたイレーナ・センドラーという女性

この番組を見るのはほとんど初めてだったかも知れない。ビート・たけしが司会者というのではなく、ぶたいの狂言回しのような役割?をつとめ、所ジョージが司会をしているバラエティ番組だが、内容は結構「驚き」「信じられない!」ものだった。

2話の実話を再現ドラマ仕立てで紹介していたが、2話目の、イレーナ・センドラーという女性の物語には驚かされた。家族で見ていたのだが、思わず目に涙が溢れてきて、子どもの前で少し恥ずかしい思いをしてしまったほどだった。

ネットで調べると、Wkipediaがやはりそれなりにまとまった記事になっていた。番組は、アメリカの女子高生たちがまったく知られていなかった人物を掘り起こしたような印象を持たせる作りだったが、実際はもっと早くから知られていて、自由化後のポーランドではそれなりの時期から再評価が始っていたようだ。

米流時評というブログでも詳しく紹介されていた。

ちょうど、あの映画『戦場のピアニスト』のワルシャワのゲットーでの実話であり、その勇気ある行動と、最後の奇跡的な出来事には驚かされた。

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2009年1月29日 (木)

ベートーヴェン "See, the conqu'ring hero comes"による変奏曲 フルニエ、ケンプ

ベートーヴェン チェロ作品集 フルニエ(Vc) ケンプ(P) 2006年6月18日 (日) には、ピアノとチェロのためのソナタの全集(第1番から第5番まで)のほかに、同じ編成による3つの変奏曲が収録されている。

12 Variations on "See The Conqu'ring Hero Comes", WoO 45

7 Variations on "Bei Männern, Welche Liebe fühlen", WoO 46

12 Variations on "Ein Mädchen oder Weibchen", Op. 66

の3曲だ。ヘンデルとモーツァルトは、ベートーヴェンが特に私淑した作曲家であり、主題として取り上げられたメロディーはどれも名旋律として現代でも愛好されている曲だというのがさすがにベートーヴェンの慧眼というべきか、それとも当時もよほどこれらの旋律が愛好されていたのだろうか?

昨日の『マカベウスのユダ』は、ぼちぼち聴き始めているが、解説パンフレットが英仏独仕様の輸入盤なので、英語で辛うじてオラトリオの歌詞の意味は取れても十分な理解までには至らず、ざっと流し聴きをしている段階だ。

そんなところで、少し脇道にそれて、今日もiTunesに読み込ませたコレクションの、この『マカベウスのユダ』に縁のあるフルニエとケンプによるライヴ録音を聴き始めた。(以前聴いたときにはあまり気がつかなかったが、さすがにライヴだけあり、かすかな会場の雑音、咳などがかすかに聞こえてくる。特に「愛を知る殿方」では結構聴こえた。)

iTunesとソニーの小型イアフォンの相性は、特にチェロソナタでは大変よろしく、チェロの朗朗とした音色とピアノの冴え冴えとした音が絶妙に絡み合い、とても贅沢な音楽を聴かせてくれている。少しこれで耳のリフレッシュをして、また『マカベウスのユダ』に挑戦してみよう。

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2009年1月28日 (水)

ヘンデル オラトリオ『マカベウスのユダ』(マッケラス/ECO)を聴き始める

ヘンデルイヤーでもあり、過去の録音も多く再発されるだろうが、このサー・チャールズによる『マカベウスのユダ』(Archiv)もこれから発売されるデッカのヘンデルマスターワークスに入るようだ。

有名な第三幕の合唱「見よ、勝者は還る」 "See the Conqu'ring Hero Comes !"あたりを聞いてみた。『メサイア』ほどの大ヒット曲ではないが、結構音楽的に楽しんで聴けそうだ。

1977年ごろの録音で、モダン楽器によっているが、むしろ聞きやすい。

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2009年1月27日 (火)

モーツァルトの254回目の誕生日 

Arrau1 PHILIPS 420 170-2

Mozart Piano Sotanas
  Nr.11 A dur K.331  16:23/7:12/3:35
  Nr. 7  C dur K.309  9:16/7:43/6:49

  Claudio Arrau (1903.2.6-1991.6.9)
   〔1985年3月24-29日 スイス、ラ・ショー・ド・フォン〕

1756年1月27日を1回目の誕生日とすると、今年2009年の今日は、254回目の誕生日となる。満で数えると253歳ということだが。

この録音の時には、ピアニスト アラウは、何と満82歳。

もともと無骨なタッチの人だが、最初聴いたときには、いくら名ピアニストの録音だとは言え、リズム的な重さやタッチのムラなど少したどたどし過ぎるのではないかと思ったほど。

玉を転がすような粒の揃ったタッチ、滑らかな技術、誇張のない解釈とダイナミックスなど、現代ピアノでのモーツァルト演奏は規範のようなものがあるけれど、その意味ではこのアラウの演奏はお世辞にも規範どおりとは言えない。特に、聴きなれたK.331では、アラやムラが最初のうちは確かに気になる。しかし不思議なもので、天衣無縫の境地とでも言うのだろうか、本能的に奏でる幼子の演奏とまでは行かないが、聴いているうちにそのようなムラやアラは気にならなくなり、むしろ不思議な魅力に捉われてしまっている。

K.331のフレージングは、昔風のスラーによるものではなく、新全集などで見られる折り目正しい短めのそれを採用しているようで、その意味ではこのピアニスト歴70年以上という超ベテランにも関らず、昔取った杵柄に寄りかからずにいたということが窺がわれるようだ。

K.309のハ長調のソナタはそれほど馴染みのある曲ではないが、アラウの演奏は比較的堂々と、「ドイツ風」というキャッチフレーズを想起させるようなところもある。

ルドルフ・ゼルキン(1903.3.28-1991.5.8)、ウラジーミル・ホロヴィッツ(1903.10.1-1989.11.5)も、アラウと同じ年の生まれで同様に晩年までピアニストとして活躍し、少し先輩にあたるアルトゥール・ルービンシュタイン(1887.1.28 - 1982.12.20)ともども、老熟の味わいを味あわせてくれたピアニストだった。

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2009年1月26日 (月)

明日はW.A.モーツァルトの誕生日

また、義理の弟の誕生日でもある。また今日は次男の誕生日で、少し前が私の誕生日。来月早々は、義理の弟の長女の誕生日で、また義母の誕生日でもある。私と妻の家族という範疇では、水瓶座生まれの比率が極端に高い。

ノーマン・レブレヒトの『巨匠神話』(だれがカラヤンを帝王にしたのか) 原題 The Maestro Myth (Great conductors in pursuit of power 1991年刊) 河津一哉・横佩(よこはぎ)道彦訳 (文藝春秋社 1996年)。2000年ごろ、図書館で借りて読んだ本だが、最近、ブックオフで見つけたので、購入してまた読み直している。当時の音楽業界の暴露本のはしりのような本で結構批判も多かったが、10年以上経過した今読み直してみるとどういう関心を持てるかという点で、興味があった。

風邪の後は、どうも午後になると疲れがどっと出るようになり、就寝前の読書もあまり捗らないのだが、少しずつ読んでみて、感想を書いてみようと思う。

書き忘れたが、この日は旧正月の元日。先日のCalend Mate で見てみると、月齢の朔望では、見事に(というか当たり前なのだが)、朔という表示になっていた。月がちょうど太陽の方向にあり、輝く月面が見えないわけだ。これが World Watch の city informationでよく確認できる。

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2009年1月25日 (日)

iTunes に 200枚ほど取り込んでみて

当面、iPodを入手するつもりはないのだが、音盤の整理を目的として コレクションしているCDの取り込みを開始してからちょうど半月ほどになった。

これまでに(正確に数えてみたわけではないが)、iTunesの取り込み音楽の通算時間が8.7日と表示されているので、CD1枚60分として約200枚という計算だ。

最初は、ランダムに取り込んでみようかと思って、手元にあった ミドリ(五嶋みどり)のパガニーニの『カプリース(奇想曲)』全曲を取り込んでみたのだが、その後デッカの ピアノマスター50枚(DPM)、DHM50を取り込み始め、その内ザンデルリングのベートーヴェン交響曲全集の順番揃え、ベートーヴェンのピアノ協奏曲集、ピアノソナタ全集(グルダとシュナーベル)、それからバッハなどを取り込んで、取り込んだ順に棚に並べ直しているのだが、よくもこんなに無計画に増えてしまったものだと思うほど、未だ読み込んでいないのが残っている。

ただ、それでも先日の音質の変化が楽しめるのも面白いし、曲情報をきちんと整理しながら読み込ませることにより、iTunesのデータベース機能「スマートプレイリスト」で、記録済みの曲目から作曲家、演奏者などの情報で簡単に曲をピックアップやセレクトできるのも面白い。

音質的には、不満がある鑑賞ではあるが、それでも多くのCDを棚に乱雑に並べておく(引越し以前は、年代順、作曲家順にグループ分けして整理していたのだが、引越し後つい面倒になり、バラバラの並べ方になっている)よりは、こうして直ぐに検索できるような状態で音楽を整理しておくと、あの曲をこの演奏家で聴きたいというようなことにも直ぐに対応できたり、すっかり忘却のかなたに沈んでいた音盤が蘇ってきたりで、なかなか面白いことになってきている。

これまで取り込んだものすべてに改めて耳を通しているわけではないが、CDとして聴く場合には普通に聴けるのに、リッピングしようとするとどうしてもそこから先に進まなくなるもの(モントゥーの『シュテファン王序曲』)や、少し時間がかかるが何とかリッピングできるが聴いてみると雑音が沢山まじっているもの(マルゴワールの『王宮の花火の音楽』の終曲)などがあった。相性のようなものがあるのだろうか?

今日は、ヘンデルとハイドン、メンデルスゾーンという記念年の作曲家のCDを読み込ませているのだが、自分で前2者の不人気を嘆いて以来相当時間が経過するのに、自分のコレクションにも彼らのCDは増えていないという事実に改めて気が付いたのだった。

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2009年1月24日 (土)

海老名という町

子どもの学校行事があり初めて小田急線の海老名駅に下車してみた。さすがに自宅からは遠くに見える大山、丹沢の山々が間近に眺められる。ただ、今日は雪雲のような雲が丹沢から西にかかっていて、富士山の姿は拝むことはできなかった。

海老名は、古くは相模の国の国分寺、国分尼寺が置かれたという土地で、その遺構も確認され出土物もあるようだ。市民会館(文化会館)の史料展示室に展示されていた。(駅東口の繁華街には、その国分寺の五重塔の巨大な模型が見られた。)

相模の国は国分寺は、海老名に置かれたことが確実のようだが、国府跡はおそらく相模原近辺だったろうと言われるようだが、位置が確定していないようだ。

雪でも舞ってきそうな寒風が吹いていた日だったが、子どもの学校行事は無事終了してくれ、安心した。

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2009年1月23日 (金)

ハイドン クラヴィア協奏曲 ニ長調 Hob.18-11 アルゲリッチの弾き振り

Haydn (1732.03.31-1809.05.31)
Keyboard Concerto in D, Hob.ⅩⅧ-11
   1. Vivace 7:12
   2. Un Poco Adagio 7:51
   3. Rondo All`Ungarese 4:05
Martha Argerich(piano) / London Sinfonietta
(DENON COCO-6117  Licensed by DISCHI RICORDI)

ハイドンと言えば、交響曲(最後の番号が第104番)、弦楽四重奏曲(同様に第83番)など、膨大に作曲した人だが、弦楽三重奏曲29曲ほど、バリトン三重奏曲などは126曲!、ピアノ三重奏曲41曲以上、ピアノソナタ52曲以上、などなども膨大な作品数を残している。

そんな中、比較的少ないのはクラヴィア(チェンバロ)、ヴァイオリンなどの独奏楽器による協奏曲だ。ハイドン自身、ヴィーン少年合唱団の前身にあたる宮廷合唱隊で美しいボーイソプラノを披露(弟のミハイルもそうだったという)した後、変声期で合唱隊を追い出され、その後苦労しながら音楽家とした大成していったという話が伝えられている。その過程で、モーツァルトやベートーヴェンのような独奏楽器の名人だったという伝説は伝わっていないようなので、そのためもあるのだろう。

それでも有名なところでは、チェロ協奏曲、トランペット協奏曲などが知られているが、このCDであのマルタ・アルゲリッチがロンドン・シンフォニエッタを珍しく弾き振りして録音しているのは、いつも参考にさせてもらっている作品表 では、チェンバロ協奏曲ニ長調Hob.XVIII-11(1780頃/1784出版)[3楽章]とされている曲だ。ハイドン48歳頃の作品となる。

今年は、ハイドンが亡くなってから満200年という記念年になり、音盤の世界では、あのアンタル・ドラティの交響曲全集やまとまったオペラ録音が話題になっているが、上記の膨大なバリトントリオやピアノトリオなどの録音はどうなることなのだろうか?一度、生演奏で、このピアノトリオかバリトントリオのうち、高音楽器をフルートに持ち替えて、チェロとピアノとで演奏したものを聴いたことがあるが、ハイドンらしくすんなりと耳に入るわりにはとても知的でさっぱりした音楽が聴けて面白かった記憶がある。交響曲のように連続で聴くとさすがに耳が飽和してしまうだろうが、折に触れて(もったいないが)機会音楽的に一期一会的に聴けるならば、それはたいそう贅沢な経験だろうと思う。

ハイドンのニ長調のクラヴィア協奏曲(おそらく、チェンバロで弾いたものだろう)は、モーツァルトの名作群に比べると非常に影が薄い。この曲の成立事情や初演、その当時の評判など(リーフレットには書かれているかも知れないが)、一般的な知識としてはまったく知らないで聴いている。

ハイドンは、決してクラヴィアの名手ではなかっただろうが、それでも数多く残したピアノソナタを聴いても決して凡百の奏者であったとは考えられない。ハイドンがこのアルゲリッチのように、弾きぶりでこの曲を恐らくエステルハージ宮廷で披露したものだろう。

耳に快く、聴いているときはいい音楽だと感じながら聴くのだが、聴き終わった後には、ととりたてて印象的なメロディがあるわけでもなく、また特別の形式的な工夫もないので、後で思い出そうとしても、思い出せないような音楽ではあるのだが、耳を澄ましているときの心の豊かさは、そう感じられるものではない、というのが、一種ハイドンの魅力の一つではないだろうか?また、機会音楽的な古典派の音楽というもの自体、そのような本質を持っていたのかも知れない。ベートーヴェンにしても、交響曲の第1、2番、同じくピアノ協奏曲の第1,2番など、それ以降の個性的な作品に比してやはり同様の深く記憶に刻みつけられる要素という意味では没個性的なのかも知れないと感じる。その意味で、深化が始ったモーツァルトのヴィーン定住以降の作品群というのは、それが注文仕事、誂え仕事であったにも関らず、多くの作品がそのような古典派のルーチン的な没個性に陥っていないというのは、すごいことだったのだと改めて思う。

ハイドンの曲のことを書こうと思っていたが、ついモーツァルトまで筆が滑ってしまった。それでもハイドンの曲の第2楽章などの少しカデンツァ風の部分や、第3楽章など「ハンガリー的なロンド」であり、後年のシューベルトがよくハンガリー風の曲を書いたように、オーストリア・ハンガリーの音楽の象徴のような音楽になっていて面白い。

なお、併録のベートーヴェンの2番の協奏曲も、アルゲリッチの弾き振りによるもの。

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2009年1月22日 (木)

オバマ新大統領の父系と母系 

オバマ新大統領の家系は、ちょうど一般的には「黒人系」とされるゴルフのスーパースター タイガー・ウッズが、黒人、アジア人、アメリカ先住民など多くの人種の血を引いているように、特に母系を辿ると非常に興味深い。もちろん、オバマ氏自身が興味深い存在だからこそ、その父母、祖父母、生育、教育環境、宗教、思想信条などが気になる。

ケニア人の父と米国の白人の母との間に生まれた子どもなので、アフリカン・アメリカンである「黒人系」とするのはおかしいと相当以前から言われていたが、父系と母系それぞれを見れば、父系的にはアフリカ人系であり、母は米国移民の多くの血が複雑に交じり合った白人系のようだが、いろいろ興味深い考察もあるようだ。

http://xarisma.blog38.fc2.com/blog-entry-155.html によると 「つまり、バリバリの南部の血、いや南部の貴族中の貴族の血を引いているのが、このオバマ候補なのである。しかも母系によってというのが、キーポイントである。そして、 その人が大統領に出馬しているのである。つまり日本で言えば、A級戦犯の子孫である、 ... 」というような穿った分析も相当以前からなされているようだ。

wikipedia によると、母は アン・ダナム という人。 Dr. Stanley Ann Dunham Soetoro, Ann Dunham, Ann Sutoro  

アン・ダナムをgoogleで調べると、http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLJ,GGLJ:2006-43,GGLJ:ja&q=%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%80%e3%83%8a%e3%83%a0

そのアン・ダナムの物語を、"Time"が特集したことがあったようで、その抄訳、全訳が読める。
抄訳:
http://maclalalaannex.wordpress.com/ http://maclalalaannex.wordpress.com/2008/11/24/%e3%82%aa%e3%83%90%e3%83%9e%e3%81%ae%e6%af%8d%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%80%e3%83%8a%e3%83%a0%e3%81%ae%e7%89%a9%e8%aa%9e/

全訳: http://longtailworld.blogspot.com/2008/11/12the-story-of-barack-obamas-mother.html

オバマ氏の就任演説の草稿の日本語訳は各紙に掲載され、相当興味深いものだった。それ以上に、オバマ氏の母親の物語は読まされる内容のものだった。

また、オバマ氏がハワイ育ちということで、日系ハワイ人との交流も興味が持たれる。

バラク・オバマと日系米国人 http://ameblo.jp/shinopan/entry-10068592127.html

エリック・シンセキ 退役軍人長官  wikipedia

退役軍人長官に日系シンセキ氏=支援拡充へ元陸軍トップ起用-次期米政権 【ワシントン7日時事】オバマ次期米大統領は6日、NBCテレビの番組収録で、次期政権の退役軍人長官に日系人のエリック・シンセキ元陸軍参謀総長(66)を指名すると表明した。オバマ氏は選挙戦で、イラクやアフガニスタンからの帰還兵を含む退役軍人の支援拡充を公約しており、元陸軍トップの起用で実現を目指す。 ハワイ州出身で日系3世のシンセキ氏は、陸軍に38年在籍し、ベトナム戦争やボスニア・ヘルツェゴビナ紛争など現場経験も豊富。1999年6月から2003年6月まで陸軍参謀総長を務めた。03年3月開戦のイラク戦争では、数十万人の兵力展開が必要と主張し、これを退けた当時のラムズフェルド国防長官と対立した。(2008/12/07-11:00) http://www.jiji.com/jc/zc?k=200812/2008120700041

シンセキ退役軍人長官ら7閣僚承認=米上院 【ワシントン20日時事】米上院は20日の本会議で、日系3世のシンセキ退役軍人長官やビルサック農務長官らオバマ新大統領が指名した7閣僚を承認した。ヒラリー・クリントン次期国務長官は21日に承認される予定。 このほか承認されたのは、チュー・エネルギー長官、ナポリターノ国土安全保障長官、サラザール内務長官、ダンカン教育長官、オーザグ行政管理予算局(OMB)長官。(2009/01/21-08:05) http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009012100104

退役軍人長官 wikipedia

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2009年1月21日 (水)

バラク・フセイン・オバマ第44代米国大統領に就任

初の有色人種、初のハワイ州出身の大統領ということになるようだ。

現代世界における地上最大の権力者の一人が、約2億人のアメリカ国民の投票によって選出された。世界の軍事と富と科学技術をほぼ一手に握る超大国アメリカ。世界を支配するアメリカである。

ブッシュ前大統領の2期目の選挙は、最先進国のアメリカらしからぬ、投票の数え直しというような異常な方法で、辛うじてブッシュの勝利、民主党候補のゴアの敗北という形でけりが付いた。そのブッシュのこの4年の政治とは何だったのか?そのレーム・ダック期に突如起こったサブ・プライムの破綻という非常に低レベルな金融不安から巻き起こった世界同時不況という恐るべき現実。たった2億の民の浪費に支えられた世界経済のもろさが露呈したのだった。

強力なリーダーシップを一人の指導者に求めるのは、非常に危険なことではあるが、就任演説に集まったアメリカ国民は、誠実で新鮮で強力なリーダーを待望しているようだ。

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2009年1月20日 (火)

とても優れた万能カレンダーソフトを発見

旧暦や二十四節季は普通のカレンダーでも出ているが、さて、太陰暦の代表であるイスラム暦(といってもそれほど使うわけではないがラマダーンなどを調べるときにあると便利)が調べられるフリーのカレンダーソフトはないかと検索したら、"Calend Mate"  というソフト名のフリーソフトを発見した。

公式ページは、こちらのプログラミング研究室というサイト。

カレンダー機能のみならず、太陽、月、惑星の情報までも盛り込んであり、その他カレンダーとしては、ユリウス暦(革命までのロシア暦はこれに基づいていた)も表示されるので、歴史的な事項の確認にも有用。

世界時計の World Watch も単なる世界時計だけではなく、太陽、地球、月の位置関係が確認できる機能があり、相当有用だが、Calend Mate はそれと同等以上に楽しめる。

p.s. ある場所の位置(経度、緯度)は、Google Earthでも確認できるが、Gecoding というサイトでもある程度確認できることが分かった。また、Google Mapを使った緯度・経度算出という確認サイトもあった。

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2009年1月18日 (日)

NHK大河ドラマ『天地人』の感想など

2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の第3回の放映を見たが、初回、第2回と比べて少々違和感を覚えてしまった。

ココログニュース、ブログネタという欄がこのcocologの編集画面登場して相当の期間が経つが、結構ココログニュースという欄に興味を引く話題が多く、楽しませてもらっている。最近の話題に、『天地人』子役の泣ける演技で視聴者獲得 というのがあり、確かに初回、第2回はこの子役たちの演技で、我が家の子ども達もぐっとドラマに引き込まれたほどだった。

しかし、主役たちを成人の俳優達が本格的に演じ始めた今回は、少し勝手が違った。

直江兼続と景勝、秀吉、三成、家康との攻防をテーマにした『密謀』(藤沢周平)の再読を終え、火坂雅志の原作を上中と読み終え、また童門冬二『北の王国 智将直江兼続』も再読を開始し、それらに書かれた兼続、景勝の容貌、性格などの記述から、自分なりの直江兼続、上杉景勝像が出来たこともあり、ドラマとそれとの食い違いが気になったことが一つ。兼続は、身長180cmを越す美丈夫で、目から鼻に抜けるような才気を持つ沈着冷静な人物だったはずだが、妻夫木聡演じる兼続は小柄でひょうきんもので、おっちょこちょいという人物設定らしく、半分木下藤吉郎のようだ。

また、原作を脚本家が相当大きく脚色している点 ①兼続の川中島偵察のエピソードに対する景勝の母仙洞院のドラマでの叱責は兼続を単なる無軌道なやんちゃ者として印象付けるもので、原作では違っていた。 ②ドラマでは後に兼続の妻となり重要な役割を果たす直江家の息女お船(おせん)との出会いが、余りにも劇画調というかベタな設定(暴れ馬を活発な姫 お船が取り押さえる)だったこと ③景勝が謙信に取っての最重要の家臣直江景綱の娘お船をある宴席で見初め、それを兼続が主君景勝に頼まれもせずに恋の取り持ち役をするエピソードなど 相当作りすぎの脚色が目立ったように感じた。

一番大切なのはこの描き方では、若き日の樋口与六兼続が、あの怜悧な子ども時代の与六とは別人の如き変貌になってしまい、このような若者のどこをあの謙信が弟子として見込み、仙洞院が我が子喜平次の補佐役として見込んだのか理解ができない。ドラマ仕立てでより親しみやすく魅力的に面白おかしくという狙いがあるのだろうが、今回は最初の2回との断絶的な違いがあったため余計違和感があったのかも知れない。興味のある人物なのでこの後も見続けようとは思うが、少し残念だった。ただ、初回からの配役陣、謙信の阿部寛(謙信は小柄だったようなので上背がありすぎ)、仙洞院の高島礼子などはなかなかハマった役どころのようで期待は持てそうだ。

さて、今日はまだ風邪の熱の引けたあとの養生で大人しくしていたため、iTunesへの登録などで時間を費やした。主にベートーヴェンのピアノ独奏曲関係と、バッハのゴルトベルク変奏曲を入れたのだが、グールドの1981年録音を読み込ませた後に聴き始めたら途中でやめられなくなってしまって50分間聴き入った。

そんなわけで、テレビはドラマ以外には見ずにいたので、注目していた全国都道府県対抗の男子駅伝の中継をうっかり見逃してしまったが、期待通り長野県が新記録で優勝したとのことで、喜ばしい。東海大の佐藤は少し調子が悪かったようだが、佐久長聖のメンバーと上野らの活躍もあり、完勝だったようだ。陸上界では北京五輪の4×100mリレーのメンバーで銅メダリストの塚原直貴も長野県の出身だという。かつて、東京五輪時代のハードルの依田郁子選手や、マラソンの中山竹通(たけゆき)選手など一流ランナーを輩出したことはあるが、最近の選手達の活躍は本当に目覚しいものがあり驚きだ。

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2009年1月17日 (土)

風邪を引き熱が出た

1/15,16 と 風邪を引き、ブログの更新が滞ってしまった。

今週の日曜日に、子ども達と青梅の鉄道公園に出掛けたときに少し風邪の予感はあった。

翌月曜日の成人の日の朝に、長男が朝食後、突然だるいと訴えたので、熱をはかったら37度を越えており、直ぐに布団に入らせたが、急に熱があがり38度後半になった。インフルエンザかと心配したが、熱はその日一日で出きったようで、翌日は熱ざましの効果もあり平熱、その翌日の水曜日には薬を飲まなくても熱が上がらず食欲も戻ったので、木曜日から学校に通学できるようになった。

ところが、その木曜日の夜頃から今度は私の方が寒気と鼻水が始り、よく金曜日はこれまでの記憶から、これは風邪がうつったかも知れないと懸念しながら、この冬一番の冷え込みの中を出社した。午前中は近所への出張などもあったが何とかこなした。しかし次第に発熱してきたのが自分でも分かったので、昼休みに近所の薬局で市販の風邪薬を購入して、弁当の後に服薬。午後も少し外に出る用事があったが何とかなったけれど、夕方になったらさすがにヤバイという体調になった。こういう日に限って、帰路の電車は激込みだったが、発熱だけで、胃腸や鼻水、咳の症状は未だだったので、何とか電車とバスを乗り継いで帰宅。直ぐに妻に「風邪を引いた」と告げて、早い夕食を摂り、風邪薬を服用して布団にもぐりこんだ頃には、熱は38度を上回っていた。長男の風邪と同じ症状だった。

こういうときの食事は動物的なもの、油脂を使ったものは食べられなくなる。また、熱が出始めているときには温かいものも食欲をそそらない。夕食がたまたま炊き込みご飯だったので、それを冷まして食べたところ結構食べられた。また先日の長男の風邪の折に、ポカリスエットの仲間のイオン飲料と、ゼリー状の栄養補給剤をある程度用意しておいたのが役に立った。

体温が上昇しているときには、周囲の温度との差が大きくなるため寒気を感じるのだというが、特に足先の冷えがひどかったので余裕があれば欧米でよくやるという足湯も考えたが、今回は湯たんぽを用意してもらい掛け布団を厚くして身体を温め、熱が出切るまで頑張って耐えた。午後8時頃は悪寒がおさまらず、ひどいことになったものだと思っていたが、それでも夜の10時頃になると足が温まったためか、発熱が平衡状態になったためか悪寒が引き、猛烈に熱さを感じるようになった。頭部は「熱さまシート」で発熱を和らげながら、それでも熟睡できずに、時折枕元に置いたペットボトルの「ポカリスエット」で水分補給した。熱に浮かされていろいろな変な夢を見ながら、今朝を迎えた。発熱して高熱に苦しみながら考えることはいつも似たりよったりで、普段いかにだるいとか体調が優れないといっても、本格的に風邪を引いたときのこのような状態とは違うということだ。それほど、体温が上昇しているときは苦しいものだ。また、身体の免疫機構が風邪のウィルスと体内で猛烈に戦っているイメージのようなものが思い浮かぶこともある。

発熱での体温の上昇は収まったようで、昨日のような悪寒やダルさはなく、食欲も戻ったが、体温は38度近くあり、今日一日も養生することになった次第だ。日中は、PCに取り込んだ音楽を聴いたり、小説を読んだりして過ごした。夕方になって少し腹具合が悪くなったのは風邪のせいか、服薬のせいかよく分からない。

小説では、藤沢周平『密謀』の再読が完了。なぜかスラスラと読めなかった。NHK大河ドラマ『天地人』の原作の火坂雅志(ひさかまさし)著『天地人』(NHK出版)を妻が図書館から借りてきたものを上、中と読んだ。微熱がある時の頭脳の回転でもスラスラ読める文体と叙述で読みやすかった。

音楽では、以前ブログで見かけた何種類かの『平均律クラヴィーア曲集』をiTunesで聴くというのにヒントを得て、iTunesでグールド、リヒテル、グルダのものを取り込んでおいたのを、プロパティの「名前を並び替え」欄にBWV番号を入れることで、3者の演奏を1曲ずつ連続で聴けるようにしてみたのがあるので、それをのんびりと聴いた。この曲集は、すっかり耳なじみになっていることもあるのだが、集中して聴いてもいいし、読書をするときなどのBGMとして聞いてもいい。 

長男の風邪は、その後、咳が残っているが、大丈夫なようなので、私の風邪もこの後、咳の方に向かうのかも知れない。

昨年の秋口から、気管支炎的な風邪が相当長引いて、ひどく難儀したのだが、年末年始の帰省ですっかりそれもおさまったと思ったら、今回の風邪だ。手洗いや紅茶うがいは励行しているが、それこそ不特定多数が乗り合わせる通勤電車と、全国各地からの人々が出入りする会社の事務所、それに家族も多くの人々と同様に接しているので、どこで風邪をもらって来るのか分からないので、予防は難しい。抵抗力を付けるしかないのだろうと思う。

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2009年1月14日 (水)

DHM16 ジュリオ・カッチーニ(1550-1618) Le Nuove Musiche

Giulio Caccini(1550-1618) カッチーニ
Le Nuove Musiche  新しい音楽/新しい音楽の書法

・『愛の神よ、何を待つのか?』
・『愛の神よ、我去りゆかん』
・『翼あれば』
・『天にもかほどの光なく』
・『気高き至福の光よ』
・『我は見ん、我が太陽を』
・『ひねもす涙して』
・『いとど優しき溜息の』
・『東の門より』
・『麗しのアマリッリ』
・『憐れみの心動かし』
・『麗しき真紅のばらよ』
・『この苦き涙よ』
・『ああ、戻り来たれ』
・『輝く麗しの瞳もて』
 モンセラート・フィゲーラス(Sp)
 ジョルディ・サヴァール(gamb)
 ホプキンソン・スミス(バロック・ギター&リュート)
 バーゼル・スコラ・カントールム
(以上、HMVの紹介サイトからの引用)

2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の影響もあり、直江兼続(1560-1619)を主人公に据えた藤沢周平『密謀』を読み直しているところだが、ちょうどこのカッチーニは、直江兼続と洋の東西を遠く離れているとは言え、同時代人になる。

DHM50を入手するまでは、このカッチーニという作曲家のことはほとんど知らず、後知恵で考えてみると『麗しのアマリッリ』の題名を知っている程度だったが、今回iTunesへの取り込みの最中にたまたまつまみ聴きをしてみて、世俗的な歌詞内容らしいが、シンプルなリュートやガンバの伴奏を伴うソプラノ・ソロが、鎌倉・室町時代に流行したという小唄も恐らくこんな雰囲気のものだったかも知れないなどと思わせるような粋な感じで、つい聞き入ってしまった。シェークスピアの『ロミオとジュリエット』も成立は1594年か1595年とされるので、やはりちょうど同時代。そのせいか、あのゼッフィレッリ監督でオリビア・ハッセーがジュリエットを演じた映画の雰囲気に通じるものがあるようにも感じた。

ソプラノの独特のメリスマ唱法というのだろうか、こぶしを回すような歌い方は何とも魅力的なものだ。この今となれば、親しみやすい曲集が、当時「新しい音楽/新しい音楽の書法」と題されて出版されたというのは、このような単旋律(monody)の歌曲自体が新しいということだったのだろうか?


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2009年1月12日 (月)

パソコンでのリッピングの音質の変化、のようなもの

mp3に変換したデータは、原理的には圧縮データなので音質は劣化しているはずだ。しかし、ノートパソコンのイアフォンジャックからステレオイアフォンで実際に聴いてみると耳あたりがよくなり、いつもの古いポータブルCDプレーヤーで聴くよりも特に解像度が向上しているように感じるのが不思議だ。

音の鮮度というようなものは失われている感じで、少しベールが掛かったというか大人しい感じの音になっているのは否めないけれど、mp3の音質劣化ということが先入観としてあったので、結構意外だった。

これは、パソコン付属のDVD/CDドライブの読み取り精度が携帯CDプレーヤーや旧式の据え置きCDプレーヤーなどよりも優れているという要因もあるだろうし、また読み取り時のエラー補正もよく効くだろうし、また再生時にはHDDからのデータ読み出しになるため、通常のCDプレーヤーでの再生時よりも欠落する情報が少ないだろうことなどからもたらされるのかも知れないと思った。

以前、生意気にも「バルトークの耳の良さと、20kHz以上の高域音波をばっさり切り捨てるディジタル音楽再生、SACDのこと」を記事にしたことがあったが、圧縮音楽情報も実際に体験してみると、まったく捨てたものではないと、論より証拠で、驚いてしまった。

思い返せば、これは我が家の据え置きCDプレーヤ系の特徴かプリメインアンプのそれかはよく分からないが、最近はとんと使わなくなったカセットデッキにCDをダビングした方が、聞きやすい音質になったということが以前はよくあった。このあたりは、どのような理屈なのだろうか?

なお、昨日は、クルト・ザンデルリング指揮フィルハーモニア管によるベートーヴェンの交響曲全集をiTunesでデータ化した。リンクした自己記事でも触れたように、第1交響曲の扱いがとてもひどい詰め込み方になっているもので、とても安心して聴ける代物ではなかった。これをきちんと楽章順に整理してデータ化することにより、不愉快な思いをせずに聴けるようになった。narkejpさんのクーベリックのドヴォルザーク交響曲全集の記事と同じようにHDDへのコピーにはこのような利点もあることが実感できた。

据え置き型のHDDプレーヤーについては、以前調べたことがあったが、今はどうなっているのだろうか?(参考記事

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2009年1月11日 (日)

iTunesでの音盤管理を始めてみる

今朝の山々の様子。大山、丹沢にも積雪があった。寒波の影響だろう。

200901112_2

さて、2007/07/08にこんなことを考えて記事を書き始めたが、iTunes, iPodなどからはしばらく関心が薄れていたので、寝かしておいた。

iTunesでの音楽管理は可能か?

外付けのHDDに専用フォルダを作って、音楽専用HDDとして、自分のCDコレクションのバックアップを取っておく。CD一枚700MBとすると、非圧縮データではiPodの40GB品では、57枚ほど入ることになる。現在のコレクションは、モーツァルトの小学館全集を除いて、1000枚ほどなので、700GBが必要となるが、MP3でも高音質で圧縮すれば、相当枚数を稼げることだろう。現在、オーディオ機器の世界でもOnkyoやKenwoodなどで、相当ディジタル録音との親和性の高いものができているらしい。

もしくは、iso-イメージで、完全バックアップをとるようにするすごいことになる。
1000枚で700GBだが、その程度の外付けHDDは現在普通に売っているからだ。

メモリー型の携帯音楽プレーヤーの購入を考えてもよくなった。アップルのiPodがようやく「ギャップレス」に対応したらしい。これで、トラック番号はそのままで、トラック間でかならずギャップが入るということがなくなるらしい。

2年ほど前にこのようなことを考えていたのだが、最近訪問させてもらっているいくつかのブログの記事を拝見すると、iTunes&iPodでの膨大なコレクションの取り込みやLinux系のリッピングソフトを使ってCDデータをHDDに記録して楽しんでいるという記事、あのアムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団(Royal Concertgebouw)が 過去のコンサートを mp3で無料配布していてPCをミニコンポにつないで鑑賞するなどの記事が目に留まり、いつもながら重い腰を上げて、今更ながらiTunesを再インストールして試してみることにした。

まずは、昨年末に購入したBoxの大物、Decca Piano Masterworks50枚を外付けのポータブルHDD120GBに取り込んでみたところ、結構重宝しそうだということが分かった。ネットで自動的に得られるCD情報を整理しながらでも1枚あたり5分もあれば、データ化でき、またこれにより結構強力なデータベースが自動作成される。ただ、やはり情報入力は難点で、ネットの情報がすべてiTunesフレンドリーに整理されているのではないので、後日分かりやすいように曲名、作曲家名、アルバム名、演奏者名を、できるだけ同一のスタイルで整理する必要があるようで、今日取り込み始めた Deutsche Harmonia Mundi 50 も 必ずしも統一的な情報整理がなされておらず、面白いとは面白いのだが、時間が掛かる。たとえば、J.S. Bach とするか、Johann Sebastian Bachとするか、単にBachとするか、Bach, Johann Sebastian のようにするかで、検索のしやすさが変わってくるように思うので。

それでも、同曲異演盤を何枚か取り込んでみたところ、PCのイアフォンジャックを通じての簡易な鑑賞だが、続けての聴き比べなどが容易にできるのは結構面白い。

Itunes

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2009年1月10日 (土)

三連休の初日 1月15日の小正月が懐かしい

P1101008

1月の三連休が始った。どの政権時代にハッピーマンデー制度という軽薄な名前で改悪されたのだったか、伝統的に小正月かつ成人の日の1月15日の休日が無視されて、1月の第2月曜日が自動的に成人の日の休みになるようになってしまって久しい。

保守主義者であるならば、このような民俗的な習俗上重要な小正月を無視しるような挙に出るのはおかしいと思うのだが、経済最優先の偏った思惑から、他にも体育の日などが割りを食っている。しかし、皇室行事に関係のある祝日はそのままであることから、国民軽視とも言いえるかも知れない。

小正月には、カンガリヤ、どんど焼き、獅子舞など子どもを中心とした正月行事が多かった。そのような地域の子どもたちを活性化するような行事がどんどん廃れていく。

写真は、左から大山、富士山、丹沢山地のシルエット。寒気が南下して日本海側は降雪のようだが、南関東は昨日の低気圧の通過による久しぶりの大雨の翌日の今日はこのようによく晴れ、北西風が身を切るように冷たかった。

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2009年1月 9日 (金)

バックハウス イッセルシュテット/VPO の ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番

Backhaus_emperor

Beethoven Piano Concerto #5 in E Flat, Op. 73, "Emperor"(皇帝)

1. Allegro 19:49  (CDジャケット表記:19:30)
2. Adagio Un Poco Mosso 7:19 (同上:7:19)
3. Rondo(Allegro) 10:27 (同上:10:28)

Wilhelm Backhaus
Hans Schmidt-Isserstedt
Vienna Philharmonic Orchestra

Producer : Erik Smith (ハンス・シュミット・イッセルシュテットの息子)
Enigineer : Gordon Parry
Location : Sofiensaal, Viennna
Date: 1959

昨日、HMVのサイトの記事で『レコード芸術』誌主催のレコード・アカデミー賞の受賞盤に、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が数多く目に留まった。

1974年アシュケナージ&ショルティ/CSO
1976年ルービンシュタイン&バレンボイム/LPO
1977年ブレンデル&ハイティンク/LPO
1984年ブレンデル&レヴァイン/CSO
1985年アシュケナージ&メータ/VPO
1989年アラウ&C.デイヴィス/SKD
1999年ブレンデル&ラトル/VPO

以上が(協奏曲部門か録音部門、企画部門かで)選ばれており、その他にも選集が数点ある。よほどこの協奏曲全集が好きなレコード評論家がいたのだろう。ただ、同じ曲目をこれほど選ぶというのは、賞としての意味があるのだろうかとも疑問に思った。

それではということでもないが、いわゆる古典的な名盤とされるヴィルヘルム・バックハウスの晩年の録音を取り出して来て聴いてみた。

バックハウスの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタも非常に権威のあるものだが、これまであまりそのピアノ・ソナタの演奏を好んだことがなかった。独奏の時には、どうもリズム的に前のめりや寸詰まりになるのか、弾力性が失われる感じがして違和感を持つのだが、ベームとのブラームスのピアノ協奏曲第2番や、このイッセルシュテットとのベートーヴェンのピアノ協奏曲は、指揮者・オーケストラのサポートの効果かそのような癖も感じられず、豪快で鮮明なピアニスティックな魅力を存分に味わうことができる演奏になっている。

LPで3番から5番までの2枚組みを父が購入してよく聴いたものだったが、今日久しぶりにこのCD化された録音を聴いてみたのだが、改めてこれほど素晴らしいものだとは思わなかったくらいで、堪能することができた。

2009年のディスク音楽感想記事としては初めての記事になるが、このCDは温故知新の大切さを思い出させてくれるものだった。満50年も経過した古い録音だが、今生まれたように瑞々しい。録音芸術というもののありがたさだろう。

参考:

2008年7月18日 (金) ルドルフ・ゼルキン、小澤/BSOによる『皇帝』

2007年7月12日 (木) セルとギレリスの『皇帝』(米EMI盤)

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2009年1月 7日 (水)

HMVサイトのレコードアカデミー賞全記録を見て

HMVのサイトで、1963年からのレコード・アカデミー賞の全記録 を眺めてみた。

なるほど、この名盤が受賞していたのかとか、受賞した割りには最近とんと話題にもなっていないなというものとか、いろいろあり面白かった。『レコード芸術』誌をほぼ毎号読んでいた大学時代と社会人になってからの独身時代のアカデミー賞は記憶に残っているものも多いが、それでもまだまだ聴いたことのないものが多い。(1970年の受賞盤に1980年録音のベームの第九がリンクされているなど、誤植的な情報もあるにはあるが、気をつけてみればそれほど問題はないようだ。)

こうして通して見ると、偏った選曲(『春の祭典』)や、偏った演奏者(メータがやけに受賞している)など、完全には公明正大ではない日本でのクラシック音楽音盤の選考状況が伺われて、それがむしろ面白かった。ビジネス的にはマイナーな分野だが、同様の自動車賞の乱立や映画賞、文学賞などと並んで、賞というものを考える場合のよいケーススタディになるような感じだ。

なお、日本のレコード・アカデミー賞以外の各国のレコード賞も同じHMV内のここで見ることができる。これを見ると、クラシック音楽という西洋芸術音楽の受容の彼我の差、欧米の差というものも見えてくるようで興味深い。

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2009年1月 6日 (火)

正月の駅伝と『風が強く吹いている』

恒例の正月1日の実業団駅伝、2・3日の関東大学駅伝は、いずれも白熱したドラマが展開されて非常に面白かった。父は、駅伝偏重が日本の長距離を弱くしているという持論を以前から持っているが、マラソンの孤独な戦いとはまた別の面白さが、この長距離のリレーにはあるように思う。

100kmという長丁場を、浅間おろし、赤城おろしの空っ風の中で日本の一流長距離ランナーたちが襷をつなぐ実業団駅伝では、富士通が2000年の初優勝以来久しぶりに2回目の優勝を果たした。それもアンカーの最後の50mまで、日清食品、旭化成との三つ巴の戦いだったのがすごかった。マラソンの前日本記録保持者で、残念ながら故障が多くオリンピックには縁がなかった藤田が富士通の現役で、彼の存在が大きかったし、監督がインタビューに答えていたが富士通の各ランナーが、各区間の最後の最後で力を振り絞り、一つでも上位で襷を渡した積極性が最終的には功を奏したように感じた。

大学駅伝は、2区の二人のケニア人留学生、山梨学院のモグスの区間新、日大のダニエルの20人抜きの快挙もすごかったが、日本人エース対決では、3区の早稲田竹澤と、東海大の佐藤の快走も興味深かった。二人とも本調子ではなかったようだが、竹澤は佐藤の区間記録を破る快走。佐藤も13人抜き(途中までは15人抜きで最後で2人に抜き返された)の快記録を打ち立てた。このまま早稲田の往路優勝かと思っていたところ、山登りで奇跡が起こり、19歳の一年生東洋大の柏原が何と昨年までの「山の神」今井の区間記録を破る大激走で、トップとの5分ほどの差を一挙に逆転して東洋大に初優勝をもたらした。復路では当然早稲田の優勝、総合優勝だと多くが予想していたが、東洋大は復路でも信じられないような粘りを見せ、復路優勝、総合優勝も果たした。長い歴史の中で東洋大の優勝は初めてだったという。直前の不祥事で監督が辞任するなど出場自体が危ぶまれた東洋大だったが、それが選手一丸の開き直り的な気持ちをもたらしたのだがから万事塞翁が馬を地でいくようなドラマだった。読売新聞(報知新聞)のガイドブックを見ると、駒大、早大に並んで、東洋大も下馬評にあがっていたが、それもそのはず、高校時代の無名ランナーをスカウトしてじっくり鍛え、持ちタイムでは出場大学中トップクラスにまで育て上げたのだという。ダイヤの原石を探す努力は怠ってはいけないものだ。なお、駒沢大学は、前哨戦とも言える全国大学駅伝などで優勝するなど本命だったのだが、翌年のシード権を取れる10位以内にも入れないという低迷だった。勝負は水物とは言え非常に意外だった。

12月の都大路での高校駅伝も長野勢が活躍したが、広島で毎年開催されている全国都道府県駅伝では長野県は数度優勝するなど強い。また楽しみだ。

さて、昨年の秋に妻が図書館から借りてきた三浦しをん『風が強く吹いている』という関東大学駅伝に挑んだ無名ランナーたちを主人公にした大長編フィ クションは、妻が面白いよころというので、あまりの分厚さに辟易しつつ素人的な文章で始まり「何これ?」という感じで直ぐに読み始めたのだが、夕方から読み始めたところ、あまりにも面白くほとんど徹夜をして読んでしまったほど面白かった。

この面白さにはまった人が多いらしく、現在は(読んだことはないが)『ヤングジャンプ』という青年コミック誌で連載中のようだし、何とこれが今度映画化されることになったという話を聞いた。ネットで調べて見ると、現在エキストラを募集している。駅伝は日本の長距離選手育成にとっていいことかどうかは分からないが、駅伝は日本を熱くするスポーツであることは確かだと思う。

P.S. 日経ビジネスオンラインの「市場経済化する箱根駅伝」というコラムは、コラムニストが早大時代に瀬古選手から襷を受け取ったという経済小説家 黒木亮氏のもので、結構読み応えがあった。


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2009年1月 4日 (日)

年末から年始に掛けての身近な山々の様子

Pc270680真白き富士の嶺(2008年末) 自宅より 13倍ズーム
 

Pc270684大山の山頂部(2008年末) 自宅より 13倍ズーム

Pc270681 大山(左)と富士山(右)の山頂部(2008年末) 自宅より 1倍


P1010023新春の浅間山 帰省先より 3倍ズーム


P1030767新春の上信国境の山の樹氷 帰省先より 7-13倍ズーム


P1030770

 戸隠山 西岳の新雪 帰省先より 13倍ズーム


7倍-13倍望遠を駆使?して、雪山を撮影して見ました。クリックで拡大します。

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2009年1月 1日 (木)

明けましておめでとうございます

本年も気の赴くままブログ記事を投稿していくつもりです。

2009_3

P.S. どうも挨拶文は、「です、ます」調でないと不自然なようなので、ここでは禁を破って「ですます」を使用中。  できれば、moblogで投稿をしたいと思いますが、PCからの投稿はしばらく休みます。1月中にプロフィール写真は、野毛山動物園のテンジクねずみからズーラシアのゴールデンターキンに変更予定です。

(本記事は、公開日時指定で投稿しています。)

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