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2009年4月19日 (日)

まだ続けているiTunesへの取り込み

今日、ブロムシュテットとシュターツカペレ・ドレスデンによるシューベルトの交響曲全集を取り込んで、累計の収録時間が30.7日となった。この中には、ネットで教えてもらったロイヤル・コンセルトヘボウ・アムステルダムの10曲の交響曲やハイティンクの3曲の交響曲も含まれている。ほぼ一ヶ月間毎日24時間途切れることなく音楽を流し放しにして、ようやく「聴き終える」という「時間」が持ち運びのできる小型HDDの中に収録されたことになる。

1枚60分として、手持ちが1000枚だと1000時間となり。約40数日となるわけだ。

当然といえば当然だが、このような音楽の記録は、収集しようとすればするほど容易に集まるが、もう既に現実問題としてとても一息に聞けるようなものではなくなってしまっている。

今回の試みも、引越しで整理がいきとどかなくなった音盤を確認する作業でもあったのだが、CD棚の背表紙を眺めると、聴いたときの記憶が一部反芻され、記憶の定着が図られていくようなのだが、背表紙を見ないCDは記憶のかなたに埋もれていく。しかし、このように演奏者、作曲家、録音年などで検索できるようなデータベースにしておけば、物体としての個性は失う代わりに、(ランク付けの機能はあるが)、一曲一曲がほとんど等価値の情報としてずらりと並べられていき、容易な検索によりいつでも好きな演奏・曲を楽しめるようになるだろうという期待があった。

しかし、取り込みしながら再度記憶の層を新たにしてはいても、リストの量の多さにそれも次第に押しつぶされていき、また渾然とした状況になってきているような思いもする。

そのような徒労にもなるような作業だが、この1月から少しずつの空きはあるが、もくもくと続けているのは、自分の自己確認なのかも知れないなどと思ったりもする。

ただ、重要な記憶とか感動とか、そのようなものは、このようなリストからは立ち上がって来ず、やはり何かLP(CD)だったらジャケットのデザインだとか、コンサートだったら、休憩時間のホワイエのざわめきだとか、何か具体的な記憶のよすがのようなものによって心の中に大切に仕舞いこまれるものかも知れず、データ化され、羅列されたこのような音楽で、たとえば、今、ギレリスによる『ハンマークラフィーア』の深遠なアダージョ・ソステヌートを「ながら聴いて」それなりに心を震わせていても、それは単なる消化に過ぎないのかも知れないという疑念がまとわりついたりもする。

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