2005年6月13日 (月)
久しぶりの生演奏鑑賞 で聞いて以来、久しぶりで近所の公会堂の区民音楽祭のふれあいコンサートを聞いてきた。
清水和音 ピアノリサイタル ~ショパン生誕200年を前に~
2009年9月13日(日)午後2時開演
前売り券は6月から発売されていたというが、このリサイタルを知ったのは土曜日に妻が外出した際に駅でポスターを見かけて、「明日こんなリサイタルがあるらしいよ」と伝えてくれたため。自分のアンテナはまったく低くなっていることを実感。
日曜日の朝、公会堂に電話で聞いてみたところ、当日券も若干あるということで、少し早めに出かけて、前売り券より500円高い当日券を長男の分と一緒に購入。自由席制なので、そのまま入場者の列に並ぶ。既に7,8人が入場1時間半前くらいから並んでいた。(その後、最前列に後から来た家族が横入りするというような嫌な場面も見てしまったのだが、このようなのは、行列にはよく見る光景で、周囲は冷たい視線を送るくらい。)
どうも余談が長くなったが、感想は簡単に。
以前も書いたが、古い公会堂で反響板も移動式のものが舞台後方に並べられるだけ。備え付けのピアノか、普通のYAMAHAのグランドピアノだったので、どのような音が鳴るのかとあまり期待せずにいた。会場の入りはほぼ満員。比較的年配の女性が多く、ピアノを習っているような子どもや学生風は少なく、ピアノ教師のような雰囲気の女性は比較的多かった。普通の音楽リスナーのような感じの人はあまり見かけなかった。
今年48歳になる清水和音(日本人の場合、敬称を付けないと違和感があるが、著名人ということで敬称なし)の演奏を聞くのはもちろん生では初めてで、数年前のテレビ放送でN響とブラームスの2番のコンチェルトを、特別に弦の張力を強くして音量を増したというピアノで演奏した番組を見て以来だろうか。
そのときにも増して、上半身が非常にマッチョな筋肉をまとった雰囲気で静かに現われて、おもむろにショパンの即興曲を幻想即興曲まで入れて4曲立て続けに弾いてみせてくれた。音響は、相当残響が少ないこの会場がむしろピアノ演奏にはあっているようで、クリアな直接音が、濁りなく耳に届く。細かいパッセージもよく聞き取れるほど。夜想曲は初期の第4番と5番。プログラム前半の最後は、スケルツォの第2番。特に左手の力があるようで、低音が爽快に響く。右手はよくショパンにある装飾的な軽やかな部分が少しもつれるようで多少苦手そうだった。前半は相当満足のいくでき。
後半は、バラードの第1番から始ったが、出だしのユニゾンで少し音を外すなど前半よりも少し集中力が欠けた感じで、ミスたっちもところどころで聞こえて、あまりいい出来ではなかった。隣に座っていたピアノ教師らしい女性も拍手を少し控えていた様子。
子犬のワルツ、ワルツ嬰ハ短調(作品64の1と2)のポピュラーな作品では、「子犬」は相当のスピードで軽やかに弾こうという意識は感じられたが、粋な洗練は感じられずもつれたような演奏で残念だった。夜想曲第13、14番の2曲は、たっぷりとした豊かな音で、あまり聞くことのないこれらの曲を丁寧に弾いていた。プログラムの最後は、アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ。ダイナミックな演奏だったが、やはり細かなパッセージの軽やかな処理が少し不満。
アンコールでは、多分夜想曲の第18番(帰宅後、夜想曲集を聞いて確かめたが確信はない)。トリは、「英雄ポロネーズ」。これは掌中に入ったレパートリーだけあってピアノが壊れるのではないかと思われるほど、ダイナミックでブリリアントな演奏だった。
大都市圏とはいえ、地方の小ホールのリサイタルだったが、生の演奏をたまに聴くのは、いろいろわずらわしさはあるが、やはりよいものだった。
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