« 玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』の左側通行 | トップページ | 時ならぬ春の雪 »

2010年3月 8日 (月)

ブルックナー 交響曲第3番 を聴く

Szell_skd_bruckner3

ブルックナー 交響曲第3番ニ短調

 ジョージ・セル指揮シュターツカペレ・ドレスデン ザルツブルク音楽祭ライヴ1965

Bruckner: Symphony No.3 in D minor
  - 1. Mehr langsam, Misterioso    19:11
    - 2. Adagio, bewegt, quasi Andante 13:45
    - 3. Scherzo. Ziemlich schnell - Trio 7:15
    - 4. Finale. Allegro 12:00

Salzburger Festspiele 1965
Live Recording: Grosses Festspielhaus on August 2,  1965, monaural

ジョージ・セル指揮のシュターツ・カペレ・ドレスデンによるザルツブルク音楽祭でのライヴ録音。1965年の収録だが、残念ながらモノーラル録音であり、音質もハイあがり気味で潤いが不足する。

スイトナーやブロムシュテットの指揮した1970年代以降のシュターツ・カペレ・ドレスデンの潤いのある音響のステレオ録音をいろいろ聴くことができるので、この録音が万全であったならと余計なことを考えてしまう。同じセルのザルツブルク音楽祭でのライヴでも1969年収録のオルフェオレーベルでのギレリスとのベートーヴェンプログラムは、少し音質が粗いとは言え適度な残響を伴った広がりのあるステレオ録音で聴くことができるから、惜しい。

とにかく、どの楽章でも金管の強奏の部分が激しい音楽が聞こえる。耳を叱咤するような感じで、音楽を楽しめるという風ではなく厳しすぎるのだ。ブラスがいらついて演奏しているようにも聞こえてくる。第2楽章のシューマンを連想させるような弦を中心にした穏やかな楽想は穏やかに演奏されているので、ブラスの峻厳さはセルの要求だったのかも知れない。ライブ録音だけあり最後に拍手が収録されているが、少し恐る恐るという風に聞こえる。そして、拍手の音が相当ハイ上がりの音になっている。

この曲に関しては、ベームとヴィーン・フィルによる1970年録音の音響の美しい音盤を以前から聴いていたので、余計音質面での差が気になってしまいがちだ。

こちらもセルの他流試合の録音を聞いてから改めて聞いてみると、美しい響きで細部も丁寧に仕上げられているのだが、特に第1楽章の見得を切るような激しさがあるのに気が付いた。

Bruckner_sym_3_boehm

カール・ベーム指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団

Bruckner: Symphony No.3 in D minor
  - 1. Mehr langsam, Misterioso    22:00
    - 2. Adagio, bewegt, quasi Andante 14:49
    - 3. Scherzo. Ziemlich schnell - Trio 6:59
    - 4. Finale. Allegro 12:43

Recorded: September 1970, Sofiensaal, Vienna (Wien)

付記:narkejpさんからコメントをいただいたが、ブルックナーの音楽には切り離すことができない改訂と校訂、版(バージョン)の問題は以前からとてもわかりにくいものだと思っていた。これを機会に少し調べてみようと思って、検索してみた。

海外サイトのブルックナーディスコグラフィーでは、膨大な録音が細かく分類されている。

これによると、セルとドレスデンの録音は、"1890 Thorough revision Bruckner with Joseph and Franz Schalk Ed. Theodor Raettig" とのことで、ブルックナー伝記に必ず登場する協力者・弟子のヨーゼフ・シャルクとフランツ・シャルク及びブルックナー本人による1890年の「全面改訂版」とでも言うのだろうか。エディター(出版社)はテオドール・レッティヒという人らしい。これが第2番目の出版譜ということだ。そしてブルックナーによる「第3稿」というものにあたる。(ここまでで随分過ぎるくらい複雑だ。)

ただし、narkejpさんに紹介していただいた記事によると、後述のベームと同じ「ノヴァーク版第3稿」とされている。その一方で、このCD付属の藤田由之氏の解説では、「基本的には1888~89年版にもとづいているが、1876~77年のエーザー版からも示唆を得、さらにまた、一部で独自のオーケストラ処理も見せている。もっとも、現在では、基本的に"ノヴァーク版"と呼んでも、とくに誤りとは云えまい」と書かれている。(こうなると「同定」作業は非常に困難を極める。)

また、ベームとヴィーンフィルの録音は、"1889 Version (aka 1888/89) Ed. Leopold Nowak [1959]" 1889年版(別名1888/1889版)によるもので、エディターはレオポルト・ノヴァーク1959年。いわゆる「ノヴァーク版第3稿」。「1889年版=第3稿によるノヴァーク1959年校訂版」と言いかえれば私には分かりやすい。

それでも、この二つの版は、「基本的には」同じもので、ノヴァークの版は「校訂版」と呼ばれるものとのことだ。

ちなみにオリジナルの第1版(1873年完成)は、ヴァーグナーの楽劇からの引用が多く含まれ、1873年にヴァーグナーに献呈された。このために「ヴァーグナー交響曲」の別名があるという。上記のディスコグラフィーによれば、第1版の録音も結構あるようだ。

日本語のページではこちらに第3番の版の比較と聞き比べがあり参考になる。

|

« 玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』の左側通行 | トップページ | 時ならぬ春の雪 »

ディスク音楽01 オーケストラ 」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。ジョージ・セルが、手兵クリーヴランド管でなく他のオーケストラを指揮した場合、音楽の身振りが大きくなるというか、意図がやや誇張ぎみになる傾向があるようです。本人自身が、やっぱりクリーヴランド管とのほうが意図が忠実に再現できる、といったような談話を残していますし、おそらく自覚もあったのではないでしょうか。
ブルックナーの交響曲第3番については、もっぱらセルの正規録音を聴いていますが、当地の山形交響楽団で、初稿の演奏を聴きました。先日CDが出たばかりで、通勤時に聴いたりしております。セルの録音と版の選択について、ずいぶん前の記事ですが、トラックバックいたします。

投稿: narkejp | 2010年3月 9日 (火) 05:56

narkejpさん、コメント、トラックバックありがとうございました。ブルックナーの版については深入りすると大変だというのが念頭にありましたが、ご紹介のリンクで読んでみるとやはり避けて通れないですね。おかげで少し調べるきっかけをいただきました。

また、セルとクリーヴランド管以外の組み合わせは、確かに言われる通りですね。他のオケの反応の大きさも結構面白かったりしますが、この録音はそれが少し厳しく出すぎた感じでした。

投稿: 望 岳人 | 2010年3月 9日 (火) 19:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/37411/47535058

この記事へのトラックバック一覧です: ブルックナー 交響曲第3番 を聴く:

» ブルックナーの交響曲第3番を聞く [電網郊外散歩道]
ここ一週間ほど、通勤の音楽に聞いていたのが、ブルックナーの交響曲第3番です。ヘンな言い方ですが、エンドレスに再生していると、第4楽章の終わりから第1楽章の頭に戻るのがなんだか自然に(?)聞こえます。その意味では、ロングドライブでも大丈夫かもしれません。 第1楽章、Mehr langsam, Misterioso (20'05")。適度にゆるやかに、神秘的に、と訳せばよいのでしょうか、解説では「適当に運動的に」とされていますが、これはなんだかヘンな訳です。弦のリズミカルだが不安気な動きの中で金管が加... [続きを読む]

受信: 2010年3月 9日 (火) 05:47

« 玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』の左側通行 | トップページ | 時ならぬ春の雪 »