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2011年3月の5件の記事

2011年3月29日 (火)

Twitter を再開 

newport8865

今回の震災をきっかけに、ツィッターを再開してツィートを公開するようにした。災害関係のニュースのツィートを見ることが多い。

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2011年3月20日 (日)

結構精神的に疲弊しているが音楽で慰められる

3月11日の大震災発生以来、あっという間に一週間が過ぎてしまった。東北地方の太平洋沿岸を中心とした大災害による多くの犠牲者の御冥福をお祈りするとともに、被災者の皆様にお見舞いを申し上げたい。

海外メディアは、暴動も略奪も起きない日本社会の不思議さについて様々な分析をしているようだが、被災地はもとより、原発事故の行方が見えず、放射性物質の拡散による影響の懸念がある関東地方4000万人あまりの人々の精神的な疲労も段々濃くなってきているのは、周囲、家族、自分の状況を見ても感じられる。みなじっと耐えているのが現状で、緊張の糸は相当張り詰めている。食料、生活必需品、燃料の買占めは利己主義的であるが、安心感を求めるという心理も垣間見える。

ところで、先日放映されたNHKのBS 名曲探偵アマデウスが、なんという計らいだったのか、バッハの「マタイ受難曲」を取り上げてくれた。番組のストーリー自体は、地震が起きるまでの旬の話題だった Facebook に mixi をくっつけたようなソーシャルネットワークを題材にしたもので、それ自体には慰藉の要素は少なかったのでが、音楽については心に沁みるものだった。その何度も音程と和声を変えて繰り返される著名なルター派の会衆歌コラール "O Haupt voll Blut und Wunden" (「血潮したたる主の御頭」)、アルトのアリア"Erbarme dich"に、張り詰めた緊張で荒みかけ始めた気持ちが相当癒され、平静さをもたらしてくれるのを感じた。

このようなときに、音楽の慰めは格別なものがあるようだ。それこそ、人それぞれだろうが、イエスを裏切り、十字架に架けた罪人としての人類の後悔と悲しみの感情が堅固な形式の中に込められたということもあるのだろうが、この悲痛な魂の叫びの音楽がむしろ今の気持ちを落ち着かせてくれるようだ。

番組では、鈴木雅明氏のバッハ・コレギウム・ジャパンの素晴らしい演奏を使っていたが、Youtubeでは、カール・リヒターの1970年代になってからのビデオ作品を聞くことができる。

アリア Bach - St. Matthew Passion BWV 244 (Karl Richter, 1971) - 13/22

コラール Bach - St. Matthew Passion BWV 244 (Karl Richter, 1971) - 17/22

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東北関東大震災義援金 ゆうちょ銀行以外からゆうちょ銀行へ振込む場合

追記:18:51

日本赤十字のサイトで、ゆうちょ銀行の振込み先が出ていたのに気がついた。この下にあるゆうちょ銀行の口座が掲載された(もともと掲載されていた?)。

義援金窓口2
■ 銀行振込
三井住友銀行:銀座支店 (普)8047670
三菱東京UFJ銀行:東京公務部 (普)0028706
口座名義 日本赤十字社(ニホンセキジュウジシャ)

ゆうちょ銀行:〇一九店(ゼロイチキュウ店) (当)0000507
金融機関コード 9900
店番 019

------

今のところ大震災に対して、積極的な支援は何もできないでいる。日常生活で粛々と計画停電(これまで3/15から3/18まで4回の輪番停電があった)に協力し、朝晩の50%程度しか運行しない通勤電車の猛烈な混雑に耐える程度で、学生時代や社会人になってもお世話になった東北地方、仙台市に何かできないかという焦りはある。勤務先では仙台営業所への支援物資などを送るなどの動きはあり、社内でも労使による義援金募集がこれから行われるが、個人としても何かしたい。

まずは、個人で送れる義援金だろうか。

日本赤十字社のホームページに 東北関東大震災義援金を受け付けます があるが、ネットバンクでゆうちょ銀行以外からゆうちょ銀行へ振込む場合の口座が書かれていない。

義援金窓口1 

■ 郵便振替(郵便局)
口座記号番号   00140-8-507
口座加入者名   日本赤十字社 東北関東大震災義援金
取扱期間     平成23年3月14日(月)~平成23年9月30日(金)

※郵便局窓口での取り扱いの場合、振替手数料は免除されます。
※郵便窓口でお受取りいただきました半券(受領証)は、免税証明としてご利用いただけますので、大切に保管してください。
※通信欄にお名前、ご住所、お電話番号を記載してください。

とあるが、ネット銀行から振り込もうとしたら支店名が分からずに先に進めなかった。そこで調べたところ、ネットから振り込む場合には、日本赤十字社の公式サイトには掲載されておらず、ゆうちょ銀行の「お金を受け取るには(他の金融機関→ゆうちょ銀行口座への振込)」で、上記口座を変換してやる必要があるのが不便だ。是非これを改善するように、日本赤十字社にお問い合わせメールで申し入れた。

調べたところ、札幌市のサイトには、振込先情報が掲示されていた。

【銀行振込】

  • 金融機関名 「ゆうちょ銀行」
  • 金融機関コード・店番 「9900-019」
  • 預金種目・口座番号 「当座0000507」
  • 口座名義 「日本赤十字社 東北関東大震災義援金」

これで間違いないはずなのだが、もし実行される方は各自の責任において慎重に振込をしていただきたい。既に義援金詐欺が発生していると報道されているので、注意を要する。

もっとも、ゆうちょ銀行のみならず、すでに多くの銀行で義援金受付を開始しているので、それを通じて義援金を送金することもできるので、それほど日本赤十字にこだわることはないかも知れない。

是非とも有効な使われ方がなされて欲しいものだ。

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2011年3月13日 (日)

マグニチュード8.8が9.0に訂正されたが

金曜日に自宅に帰りついて、停電が復旧してからテレビは特別放送でずっと地震の報道を続けていてる。次々に明らかになる三陸地方と宮城福島の海岸部の惨状は、まさに目を覆うばかりだ。

今回の記録的、歴史的な大地震は、発生当初マグニチュード8.8と公表されたが、本日の気象庁の訂正発表で、M9.0になった。1900年以来地球で発生した地震規模のうち、チリ、アラスカ、カムチャツカについで大規模なものだったということだ。

報道によると、今回壊滅的な津波被害を受けた三陸の町町は、明治、昭和の三陸大津波を教訓に、高さ10mもある防潮堤を設けていたにも拘わらず今回の津波の威力はそれを上回ったということを知り、愕然とした。これまでの人智では想定のできなかった大地震であることは紛れも無いことのようだ。

関東地方でも、茨城、千葉など津波の被害があり、その他の原因で亡くなった方もいるが、あれほどの揺れにも拘わらず、この2日は何度も余震はあったにしても概ね平穏で、テレビや新聞の報道が無ければ、本当の夢だったのではないか、フィクションだったのではないかと思いたいほどだ。

今回の大地震は、震源域から近い場所に、東北電力の女川原発、東京電力の福島第一、第二原発があり、昨日来福島第一のいくつかの原子炉の停止後の冷却機能が失われ、第一号機がメルトダウンではないかとか、水素爆発で放射能が漏れたのではないのかというような懸念がある。それが昨夜来の海水注入とホウ素投入で落ち着いたと思ったら、今日は第三号機で、水位低下で燃料棒が露出し、第一号機と同じ懸念が発生し同じように海水が注入されたが、20時の政府発表ではそれがうまく行っていないようだ。何とか成功して欲しい!

また、気象庁発表では、マグニチュード7以上の余震が13日午前10時からの3日間に発生する確率が70%と発表した。これに対して厳重に備える必要がある。

地震の影響で原発、火力発電所が停止した影響で明日から輪番で停電することにもなった。

まさに、これまでの平穏な日常から非常時になった。

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2011年3月12日 (土)

大地震

1978年の宮城県沖地震の直後から仙台で学生生活を始めたこともあり大地震の恐ろしさを下宿の先輩や大家さんから聞いていたのだが、その後私が仙台を離れてからも宮城県は何度か大地震の被害に遭っていた。今回、岩手、宮城、福島の大津波の被害が特に大きく、被災された方々には慎んでお見舞いを申し上げたい。テレビで見る惨状は、映画のようなフィクションのようで、ちょうど2001年の同時多発テロの映像が、夢を見ているような現実感の無さだったのと同様に、まったく信じられないような様子だ。そして、今回は福島の浜通地方にある東京電力の福島第一、第二原発に放射能漏れの恐れがあり、地震国、原発国日本のリスクの大きさをひしひしと感じている。

足裏の痛みとふともも、ふくらはぎの筋肉痛が、この地震が決して夢ではないことも教えてくれている。

昨日の14時46分の地震の発生時は、事務所のビルを出て、他の事業所があるビルに向かう途中だった。会社の上司と世間話をしながらビル街を歩いていると、突然グラグラと足元がゆらいだので、最初はひどいめまいでいったい自分はどうしたのだろうと感じたのだが、直ぐに地面や周囲がゆれているのに気がついた。ビルからの落下物があるといけないので、揺れる中、上に気をつけながら揺れが収まるのを待ったが、本当に運良く落下物もなく、無事だった。

直ぐに携帯電話で事務所や家族に電話をしたのだが、繋がらない。事務所のビルに戻ってもエレベーターが止まっており、非常階段の様子もよく分からず戻れず、また事務所の人たちも外に避難してこないので、しばらく近くの広場で多くの避難者と一緒にいたが、再度大きな揺れが起きた。これが2回目の茨城県沖の地震だったようだ。20階建てのビルが大きく左右に揺れていて、このまま揺れが強まれば倒壊してしまうのではなかろうかと恐怖を感じた。

最寄の通勤電車は、駅間で緊急停車しており、復旧のめどが立たないということで、乗客は非常口から線路に下ろされて、線路上を駅に向かい歩いていた。ワンセグでテレビ放送を見ると、大津波注意報が発令されており、何と高さ10m以上とのことで、まさかとその時は思っていた。

1時間ほど外で過ごし、数十回リダイヤルしてようやく家族とも連絡がついて、みな無事だが家の周囲は停電で、マンションは断水とのこと。事務所に戻ったところ、鉄道は地下鉄も含めて全線不通となっていて、以前から言われていた帰宅難民にとうとうなってしまった。

以前ウォーキングに凝っていたときに帰宅時に自宅まで歩いて帰ったことがあったので、いちおう定時まで過ごし、徒歩で帰ることにした。タクシーはこれ以上ないというほどのタクシー待ちの列で、バスもどうやら運行停止のようだが待つ人が多い。事務所周辺の界隈は幸い停電していなかったので、牛丼やで夕食を摂り、ドラッグストアで懐中電灯と飲み物を調達して、冷たい北風が吹く約9kmの道を2時間ほどかけて歩き続けた。道路の交差点の信号機が停電で消えているところでは警察官が出て交通整理をしていたが、ちょうど帰宅時にあたるためかクルマは大渋滞を起こしていた。その渋滞は結局自宅の前まで続いており、クルマで迎えに来てもらわなくて正解だった。

自宅では、近所のコンビニが停電の中大奮闘で商品を売ってくれていたとのことで、弁当などを買ってあり、懐中電灯で灯りをとり、ラジオのニュースに耳を傾けていた。非常用のペットボトルの水と卓上コンロでお湯を沸かし、お茶を飲んで人心地つけた。

それでも10時過ぎに幸いにも電気が復旧したので、テレビで被害の大きさを見、風呂にも入ることができたが、地震の直前とその後では、世界は一変してしまったようである。

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