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2011年7月の12件の記事

2011年7月31日 (日)

中国高速鉄道事故とその周辺記事を読んだ

ネット記事を拾い読みしていたら、Diamond Online の「China Report 中国は今」という連載記事が目に留まって読んでみた。

少々醜聞的な内容ながら、

【第79回】 高速鉄道事故の陰に腐敗と安全軽視 “鉄道金脈”を食い物にした男と女  は、今回の事故につながる背景・経緯が詳しくまとめられていた。

併せて 「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」【第63回】 中国高速鉄道事故で国民が鉄道部に怒り狂う背景には、これだけの伏線がある を読んだ。

これらに書かれている中国鉄道部(鉄道省)のような組織は、強大化・閉鎖性と、なりふり構わぬ私欲追求が今回のような巨大システムでの事故として現われたという点で、日本の原子力村と共通しているように思われた。

原子力村では、福島第一原発の見通しのつかない放射線漏れだけでなく、それが全国に蔓延して、ついにはいかにも公平でござい然の姿をNHKが強力にプッシュしていた現佐賀県知事(実は九州電力一家)のやらせメール誘発の愚行までにつながる巨大なモラルハザードと共通しているように思えた。

(菅首相の玄海原発の再稼働のストレステストによる延期に対して、佐賀県知事とNHKの21時のキャスター氏はたいそうな剣幕でかみついていたが、その背景には運転再開を日程に入れた陰の動きがあったというわけだ。あのときのNHKのキャスター氏の感情的な反応は、正義感からと見るのは苦しく、見その背後にあるものをうかがわせるに十分だった。)

そして、中国高速鉄道の前記の記事に関連して、これまでときおり気になっていた東北大学総長の疑惑について、中国人留学生からの観点から切り込んだ 【第78回】 魯迅ゆかりの東北大学で研究不正疑惑に失望する中国人留学生たち が目にとまった。

井上総長による異常に多い論文の数が目を引く。  井上氏が東北大学総長になったのは06年11月。東北大学のHP「研究者紹介」によれば、2011年までに合計2784本の論文を書いたとされている(6月24日現在)。同総長は05年までの登録数ですでに1900本の論文実績があることから、総長就任以後06~11年の5年間で書いた本数は800本に上ることがわかる。年平均にして約160本、1週間に換算すれば約3本以上を書き上げる、超人的大量生産ぶりである。  これにはさすがに「私は勤続40年になるが、40年で95本の論文を書くのが精一杯だった」と呆れる教授もいるが、さて、この超高速大量生産を支えた舞台裏はどうなっているのだろうか。そこには、裏方として疑惑に巻き込まれた中国人留学生の存在がある。

たとえが悪いがオランダ絵画の巨匠レンブラントの工房では弟子たちが絵画制作を手伝ったという。それ以前、イタリアルネサンス時代でも、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ボッティチェリが、それぞれ著名な工房で弟子として活動を始めたというし、このような徒弟制度的な職人工房は洋の東西を問わず、広く広まっており、創作者として名前が顕現することを望むような考え方は、このルネサンスを経由してからなのではないかと、乏しい知識で考えている。

しかし、個人の創意工夫を尊重し保護する著作権制度が確立された現代でも日本の漫画界(その作品の多くを楽しませてもらいつつではあるが)では多くのアシスタントを駆使した作品が漫画家の個人名のみで出版されている。まさにそれと同様の名誉や金銭の独占が知的エリートによって構成されている研究現場、学会でも大々的に行われているということなのだろうか。そして、そこに中国からの留学生が巻き込まれているかもしれないというのは、日本における低賃金労働制度に頼るアウトソーシングの象徴であり、また私欲がどこまで肥大するのかという悪しき自己実現の蔓延が現代を覆っている象徴に思われてならない。

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2011年7月27日 (水)

他山(たざん)の石(いし)以(もっ)て玉(たま)を攻(おさ) むべし

今回の中国高速鉄道の事故に関して7月26日朝刊の天声人語子が「日本に生まれた幸運を思う」とのたまった。

なんとバランス感覚を欠いたことを書くのかと朝からショックを覚えた。中国高速鉄道について、中国鉄道当局による独自開発という虚偽発言、欧米で特許申請をするという思いあがった発言、日独を凌駕したという勘違い発言は確かに不愉快なものだったが、それとは別に多くの罪もない人命が失われた事故に対して、このような国粋的で揶揄的な発言は、人道的に愉快なものではないと感じた。それにもまして原発事故には触れてはいるが、人災とそれに伴う広範囲長期に渡る放射性物質による汚染に日本が襲われているときに、何が「日本に生れた幸運」であることか?天声人語の質も底まで落ちたような気がする。

こういうときこそ、これを他山の石として、日本国内の鉄道再総点検をぶちあげるべきではなかろうか?鉄道大国日本は、そうであるからこそ、これまで数多の鉄道事故を起こしてきている。記憶に新しいJR西日本の大事故、利用することが時々あるのでひとごとではない営団日比谷線脱線衝突事故、信楽鉄道事故などなど。確かに新幹線は鉄道事業の努力はもちろんあり、奇跡的に人命事故ゼロではあるが、千年に一度の不測の災害に対して必ずしも対策が万全にということにはならないだろう。こういうときこそ、普段の鬱憤晴らしなど低級な反応はせずに、冷静に考えたい。

中国の鉄道事故と、日本の原発事故が人災であり、その隠蔽体質や利用者、国民の軽視という本質は同じではないか?

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2011年7月26日 (火)

尿酸値とメタボ

備忘録として保存していたが、夜間の大量発汗で痛風のリスクが高まってきたので、アップして予防に努めよう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070805-00000076-san-soci

尿酸値高いとメタボの恐れ 先行指標に活用も

2007年8月5日8時0分配信 産経新聞

血液中の尿酸値が高い人は、生活習慣病につながるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)になりやすいことを虎の門病院健康管理センターの辻裕之医長ら研究グループが突き止め、4日、大阪市内で開かれた「高尿酸血症・メタボリックシンドロームリサーチフォーラム」で発表した。人間ドックの健診データを解析したもので、メタボリックシンドロームを予測する因子として病気の予防、診断に役立ちそうだ。

 辻医師らは昨年、同病院で8年間に人間ドックを受診した男性約1万4500人のデータを統計的に解析した。BMI(体重を身長の2乗で割った値)が25以上の肥満者で高血圧、高血糖など危険因子を複数持つメタボリックシンドローム該当者と尿酸値、尿のpHの関連を調べたところ、初診時に尿酸が7・1mg/dl以上か尿のpHが5・5未満で酸性が強いと、メタボリックシンドロームに陥ることが分かった。今回の発表は、約7100人の女性について調べたもので、尿酸値が5・1mg/dl以上で有意な関連があることが示された。

 辻医師は「性別、年齢と関係なく、尿酸値が高まれば、メタボリックシンドロームの状態になる可能性があるので先行指標に使えることが分かった」と話している。

激しい運動で尿酸値上昇(2006年読売新聞)

 千葉県松戸市立病院の整形外科医、丹野隆明さん(48)は、マラソン歴17年。月平均200キロを走る市民ランナーだ。

 身長173センチ、体重63キロ、体脂肪率15%の引き締まった体で、さっそうと走る姿は、病気と無縁に見える。だが、実は痛風の原因となる尿酸の値が高く、足の指に激痛が走る痛風発作を起こしたこともある。

 高尿酸血症の一因に、運動不足が挙げられる。ところが、激しすぎる運動は、かえって高尿酸血症を悪化させる恐れがあるのだ。

 丹野さんは10年前、初めて痛風発作が起きて以来、尿酸値を測るようになった。ふだんの尿酸値(基準値は7未満)も7~8と、やや高めだが、過酷なレースに出場すると、さらに上昇する。

 昨年秋に秋田で行われた100キロレースに出た翌日、尿酸値は9・5。夏の盛りの8月に開かれる75キロ山岳レースでは、翌日に尿酸値が10を超えた。

 激しい運動は、なぜ尿酸値を上昇させるのか。東京女子医大・膠原(こうげん)病リウマチ痛風センター教授の山中寿さんは、〈1〉体を酷使した後は、老廃物の尿酸が増える〈2〉運動で汗をかき、脱水症状になると、血液が濃縮し、尿酸の濃度が高まる〈3〉発汗で尿量が減ると、尿からの尿酸の排出量も減る〈4〉筋肉疲労に伴い発生する乳酸も、尿酸の腎臓からの排出を低下させ、体内に尿酸がたまる――と説明する。

 夏場のレースで尿酸値の上昇が著しい丹野さんは、「発汗による脱水の影響が大きいのでしょう」と自己分析する。

 山中さんによると、一般に尿酸値を上げるのは、筋力トレーニングなど、瞬発力を使う激しい無酸素運動だ。逆にウオーキングなど、やや軽めで、呼吸しながら酸素が筋肉に行き渡る有酸素運動は、内臓脂肪を減らすことから、痛風患者にもお勧めだ。

 ただ、通常なら有酸素運動と考えられるランニングは、丹野さんのようにスピードを競い、長距離に及ぶと、体全体の酷使につながり、無酸素運動に近い側面も出てくるという。

 尿酸値を上げないためには、軽めの運動が望ましいが、山中さんは「激しい競技を行う選手は、できるだけ水分補給を心がけてほしい」と話す。

 運動後、仮に体重が2キロ減るなら、その分、2リットルの水分を補給するのが理想だ。運動の合間に、こまめに補給するのが望ましい。

 「体に良くないとわかっていても、好きな運動をやめられない」という丹野さんも、練習中は500ミリ・リットルの水のペットボトルを携帯して走っている。

 痛風患者に勧められる有酸素運動 1回15分以上のウオーキングを週2回以上行うのが望ましい。心拍数は毎分110回を超えない程度とする。有酸素運動とされるエアロビクスも、個人の運動耐久能力によっては無酸素運動になるので、スポーツジムでは、慣れていない人は初級クラスから始める。(山中寿さん監修)

(2006年2月23日  読売新聞)

http://kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber/2004/06/post_13.html

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2011年7月18日 (月)

撫子の奇跡的な勝利

猛暑が続く三連休の最終日の払暁から早朝にかけて、ドイツのフランクフルト・アム・マインのスタジアムで行われたFIFA主催の女子フットボールワールドカップで、日本代表チーム、なでしこジャパンが見事優勝を成し遂げた。

ナデシコ、Nadeshiko というニックネームは地元ドイツや決勝戦の相手国USAでも新聞の見出しに使われ、サッカー界では、ちょっとした国際語になったようだ。

現地のテレビレポートで紹介されたが、このナデシコという言葉はどういう意味かを日本人選手や関係者たちは海外の記者などに尋ねられたらしい。

日本女性を象徴する言葉として、ヤマトナデシコという美称があるが、それではナデシコとはどういう意味かというと、すぐには即答が難しい。漢字では、撫子と書くので、子を撫でる、撫でるほど可愛い子、ということで、愛らしいものを表すのだろうが、辞書で調べてみると、植物としては当て字として瞿麦(くばく)を用い、そこから石竹やカーネーションとか、カーネーションの英語名のpink とかが連なって出てくるので、とても深く広い言葉でもあるようだ。

予選リーグで、イングランドに敗れたものの、決勝トーナメントでは開催国で過去のW杯で2回の優勝を誇るドイツにかろうじて勝ち、準決勝ではスウェーデンを圧倒、そして今日のランキング1位で、女子サッカー大国(裾野の広さからトップクラスまで、日本の競技人口が約5万人のところ、アメリカはなんと170万人近い)であるアメリカに対戦。過去引き分けはあるものの、一度も勝ったことが無かった相手だという。日本時間の5時ごろ1対1の後半途中から生中継を見始めたが、アメリカチームの体格やスピード、個人技は日本を圧倒していたように見えはしたが、日本チームは後半も、延長でも走り続けるスタミナと気力が失われず、それが数少ないチャンスを得点に結び付け、そしてPK戦での集中力の維持にもつながったように思われる。第二次大戦の戦車と竹やりではないが、裾野の広さという物量から言えば、いくら少数精鋭とは言え、勝てる公算はとても低いものだったと思うが、本当に奇跡的に勝利の女神が日本にほほ笑んだように思う。

女子の団体競技の近年の白眉と言えば、同じくアメリカを破った女子ソフトボールの金メダルが思い浮かぶ。二つの競技を比較することに意味があるかどうかはわからないが、ソフトボールでは絶対的エースピッチャーとして上野由岐子を擁しその彼女が大活躍し、サッカーでは、精神的な支柱的大ベテランの澤穂希(さわ・ほまれ)が、得点王・MVPを獲得するほどの大活躍を成し遂げた。もちろん強力な相手の攻撃を撥ね返す守備陣の活躍もあり、また、ナデシコスタイルとでも言うほどのダイレクトパスでつないで相手を崩すパスサッカーの組織性が土台ににあったように思う。

いずれにしても、日本のスポーツ界にとっては歴史的な勝利であるようだ。FIFA主催の国際大会で、男女や年代を問わず、頂点に立ったのは今回のナデシコが初の快挙だそうだ。

バレーボールやバスケットボールでは圧倒的に背の高い選手が有利だが、サッカーでは体格的には勝れていないチームでもこのように勝てる可能性があるということを如実に示したことも、スポーツ界への貢献という意味でも大きいことだったかもしれない。

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2011年7月13日 (水)

リスト 『エステ荘の噴水』 ベルマン

Liszt_liebestraum_piano_musics

フランツ・リスト(1811-1886) は、今年が生誕200年の記念年になるそうだ。

大ヴィルトゥオーゾで、自作の曲を「暗譜」で弾くスタイルにより、その後のプロフェッショナルのピアニストに「暗譜」を強いることになったとも言う功罪相半ばの音楽家でもある。

もう1986年の没後100年には、リストの再評価という動きがあったようだが、今年はどうなのだろうか?

さて、水を題材にした音楽は、ドビュッシーの「水の反映」やラヴェルの「水の戯れ」、レスピーギの「ローマの泉」が思い浮かぶが、このリストの『エステ荘の噴水』は、その先駆けになるらしい。なかなか聴く機会がなかったが、このピアノ名曲集をたまたま手にとったら、ラザール・ベルマンのピアノによるこの曲が収録されていたのを見て、購入した(2010年3月)。『巡礼の年第3年』の第5曲。ソ連時代の幻のピアニストの一人、ラザール・ベルマンの演奏。とても静かで余裕のあるピアノだ。

小山実稚恵の演奏(Youtube)

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2011年7月12日 (火)

WINDOWS7 「応答なし」が時々起きる

WINDOWS 7 は、これまで慣れ親しんだ WINDOWS XP に比べて パーソナルユーズでも、ビジネスユーズでも取り立てて便利になったり、高速になったりという印象はない。

むしろ、XPに親しんだユーザーにとっては、慣れるまでは相当使いにくいように感じる。さらにいろいろなアプリケーションが突然動かなくなる「応答なし」という現象が時々起きるのだ。完全にフリーズすることは無いにしても、はっきりした理由もわからずにアプリケーションが停止するのはとても使いにくい。もっとも基本的なエクスプローラーにしても、OFFICEにしても、IEにしても突然に動かなくなるのだから、ストレスフリーとはいかない。この現象はバージョン(プロフェッショナル、ホーム)を問わず、またメーカーも問わないようだ。

となれば、OS由来のバグではなかろうかと思われる。ネットで検索すると、結構「応答なし」がヒットするので、多くのユーザーが困っているようだ。

7は、人気のなかったVISTAの後継であり、XPのサポートの期限が近付いていることもあり、結構売れているようだが、もっと完成度を高めることができなかったのだろうか?

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2011年7月11日 (月)

2011年本屋大賞ノミネート作品のいくつかを読んでみて

2011年4月に発表された2011年の本屋大賞 http://www.hontai.or.jp/
サイトからコピペしてみたが、このリストの本は結構読んだ。読んでいないのが、3、4、6、7位でそのほかは全部読んだ。妻が図書館から借りてきたものだ。

10位と9位は、このブログの別記事で簡単すぎる感想をアップしたが、この作家で気に入ったのは、もっとも甘ったるいと言われている『植物図鑑』で、次点が『キケン』と『阪急電鉄』。

8位は、つい先日読んだばかりだ。信州松本が舞台の、民間病院に勤務する若き内科医の物語。枝葉末節を省けば、現代の日本の医療は、勤務医たちの過重労働によってかろうじて支えられているというもの。「細君」は、辞書によれば自分の妻を呼ぶ言葉とのことで、謙譲語のようだが、他人の妻を呼ぶのにも使うので、漱石フリークの主人公とは言え、語感的に違和感があった。また、御嶽山に登山するときに、南アルプスが言及されたが、北アルプス最南部か、中央アルプスなのではなかろうか?

5位は、昨年生誕200年だったが、ショパンとかぶってしまい、陰に追いやられた感のあったシューマン(没後150年も、モーツァルトの生誕250年とかぶった)の音楽を重要な素材にしたミステリー小説。この作家はテレビでもシューマンの熱狂的なファンということを語っていて、実際この小説にも自己紹介に恥じない濃さがあったが、小説の構造自体があまり気にいらなかった。詳しくは別記事で取り上げてみようと思っているが。

第2位は、昨日読み終えたばかり。テーマ的にはとても深いのだが、題材が少々ポルノグラフィー的でアブノーマルな部分もあり、R18指定の女性向け小説で賞をもらったように、中高生には読んでほしくないものだ。女性作家だが中上健次的な猥雑さにひるむところがないようだし、助産院での出産や産婦人科医の減少の問題も的確に扱われている。文章や構成も上手く、重いテーマを扱っているわりには後味は悪くなかった。

第1位は、書店に山積みになっているが、前に読んだ。なかなか考えられたトリックがあって面白くはあったが、少々否定的に言うとライトノベル的な小説で、執事とお嬢様というコミックにはよくあるベタな設定が類型的で少々鼻白んだ。ここまで書店員の人たちの評価が高かったのは、不思議だ。売らんかな主義の悪い点が出てしまったのではなかろうか?

本屋大賞のサイトをザットみたら、以前読んで面白かったものも掲載されていた。『映画篇』は、妻購入の文庫で読んだのだが、期待していなかった分、相当感心した。

2011年本屋大賞の受賞作発表
順位書籍名/作家得点
大賞 『謎解きはディナーのあとで』
著/東川篤哉(小学館)
386.5点
2位 『ふがいない僕は空を見た』
著/窪美澄(新潮社)
354.5点
3位 『ペンギン・ハイウェイ』
著/森見登美彦(角川書店)
310点
4位 『錨を上げよ』
著/百田尚樹(講談社)
307.5点
5位 『シューマンの指』
著/奥泉光(講談社)
270.5点
6位 『叫びと祈り』
著/梓崎優(東京創元社)
263点
7位 『悪の教典』
著/貴志祐介(文藝春秋)
259.5点
8位 『神様のカルテ2』
著/夏川草介(小学館)
259点
9位 『キケン』
著/有川浩(新潮社)
241点
10位 『ストーリー・セラー』
著/有川浩(新潮社)
202点

2008年5位 『映画篇』 著/金城一紀 (集英社)

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2011年7月10日 (日)

フルトヴェングラー ベートーヴェン交響曲全集・他 2011新リマスター

関東南部などは昨日梅雨が明けたとみられるとの「宣言」が出された。昨日も今日も一昨日までのじっとりとした湿気の多い暑さとは違い、カンカン照りの本格的な夏がやってきた。ただ、ここ一週間ほどは梅雨らしい雨はなかったので、実際にはもう少し早く梅雨が明けていたのかもしれない。

生誕125周年記念 Wilhelm Furtwängler The Great EMI Recordings に含まれている 2011新リマスターによるベートーヴェンの交響曲全集を聴いた。

リスニング環境は現在整っておらず、据え置き型CDプレーヤーのヘッドフォンジャックからのリスニングとポータブルCDプレーヤーでのリスニングで、大型スピーカーでのリスニングはしていない。

先日のブログ記事でも書いたが、ベートーヴェンの新リマスターは概ね大変聴きやすいものになっているようにい感じた。

これまでLP,(FM放送),CDで聴いたことのある第3、第5、第9で比較すると、楽器の分離(弦楽器群が団子にならずヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが聴き分けられる、木管がしっかりとした個性をもって聞こえる、フルトヴェングラー独特の揃って力強いピチカートの効果がわかる、トゥッティでも音がそれほど濁らないなどなど)や、高域の伸び(寸詰まりにはそれほど聞こえない)があり、モノーラルの広がりのない音場でも狭苦しさはあまり感じず、音楽の力だけでなく音色の感覚的な美しさも感じられるものになっているようだ。

印象を断片的に(うまくまとめて書けないのだが)。

古いライブ録音である第2番はさすがにSPのサーフェイスノイズが大量に残っており、演奏自体はとても充実したものながら以前通りにヒストリカル録音的にしか聴くことができない。

第3番は、これまでLPで聴いた記憶に残っているピントのあっていないもやつきが解消され、フルトヴェングラーの音楽を十分堪能することができるのだが、逆に終楽章のコーダへ向かう部分など疲労感なども感じられるものになっている(丸山真男が晩年の録音を「張り子の虎」のようだと評したのは言い過ぎだと思う。ヴィーンフィルは憑かれたように熱演を繰り広げ、まるで「ウィーンフィル」ではないようだ)。ただ、「英雄」と言えば、ここで聴かれるようなフルトヴェングラー的なうねりのようなテンポの緩急のある解釈が一方の理想であるのだろうが、クリュイタンス的なインテンポで引き締まって溌剌とした軽騎兵のような運動性のある解釈にも抗しがたい魅力を感じる。

第九のEMI録音はこれまで最も多く聴いたフルトヴェングラーの録音。今回のリマスタリングで音が磨かれすぎていたり、ノイズリダクションが聴きすぎたのか、咳や物音などの会場ノイズが以前ほど聴きとれなくなっているようにも感じた。それでも、ドキュメントというよりは音楽に対峙できる。(参考:日本盤EMIの記事

第1 CD1の最初の曲で、音質の鮮明さに驚かされた。フルトヴェングラーは、この曲を特に大交響曲として扱うわけではなく、若々しいベートーヴェン像を描き出しているようだ。

第4 これだけ音質が鮮明になると、ギリシャの乙女的ではない、雄渾な演奏が十分に楽しめる。こんな録音が残っているのに、誰がいつまでもこの曲をギリシャの乙女などと呼んでいたのか疑問に思えてくる。確かに、カルロス・クライバーの残した第4番の録音はエキサイティングだが、そういう意味ではフルトヴェングラーはすでに十分エキサイティングなように思うのだが。

第5 1947年のベルリンフィルとの冒頭の不揃いながら恐ろしいほどの迫力のある演奏に比べて、セッション録音のこの録音はフルトヴェングラーでないほどの整った、客観的な解釈に聞こえるものだが、新リマスターにより付加されたのではないと思いたいが会場の残響も聴きとれるほど潤いのある録音になっている。これを聴くと、フルトヴェングラーの音楽は、今日聴かれるピリオドアプローチ的な日常的なものではなく、特別に濃密な時間を追体験するような感じを味わう。

第7 今回のリマスタリングにあたり、EMI本社で新たに発見されたムキズのメタルマスターを使用したとのこと。音質の潤い的には第5に譲るように感じたが、これも「ウィーンフィル」的でない、熱演。

第6 第1楽章のゆったりテンポゆえおどろおどろしいという評(諸井誠)もあったが、響きがすっきりしたためかそのような印象はなく、第5とは対照的な長閑さを味わうことができるし、第2楽章の情景も、農民の踊りや嵐から感謝の歌の迫力も素晴らしい。

第8 ストックホルムフィルとのライヴ録音。第2と同じく、SPのサーフェースノイズが残り、今回の新リマスタリングでも相当聴きにくい。また、プロコフィエフの古典交響曲ではないが、ベートーヴェンにしては温故知新的なこの曲を少々重く解釈しているようだ。ヴィーンフィルとのセッションが残されなかったのも、フルトヴェングラーがこの曲と第2番をそれほど重要視していなかったためだろうか? ストックホルムフィルは、現在でもそれほど聴く機会のないオーケストラだが、相当貧弱な録音にもかかわらず、ライヴにしてはなかなかのアンサンブルで引き締まった好演のように思われる。

(なおベートーヴェンには関係のない細かい点だが、付属の英仏独語によるパンフレットのデータは、ブラームスの第2から第4はベルリン・フィルなのにヴィーン・フィルとなっているように目立つ間違いがあるのは惜しい。とはいえ、そのような欠点は本質的なものではない。)

フィッシャーとのピアノ協奏曲第5番やメニューヒンとのヴァイオリン協奏曲も聴きごたえがあり、少々情緒過多なのかもしれないが、ベートーヴェンが音楽に希求した、“Von Herzen ― möge es wieder zu Herzen gehen ! 心より出で  ― 願わくば再び、心に帰せられんことを!” を実現した演奏というものがこのようなものかもしれないと感じさせるものだった。メニューヒンとのヴァイオリン協奏曲は、テスタメントによるリマスターで、ヴァイオリンの音色が大変美しく聴くことができる。またフィッシャーのピアノもところどころ苦しいパッセージがあるものの、高潔な印象の音楽だ。

大雑把にいえばベートーヴェンの作曲の動態的で緻密な構造性をクローズアップしてきたのがノイエ・ザハリヒカイト以降の解釈なのであろうし、その客観性を保った再現音楽によっても十分感動することがあるのだが、表層的なメカニカルの面では、再現性・忠実性が完全とは言えないフィッシャー、メニューヒン、フルトヴェングラーの音楽が、心に沁み、その緩徐楽章などはほとんど祈りの音楽に聞こえる(ような気がする)というと点が、彼らが途切れることのなかったドイツ音楽の本流の末裔であるという証なのかもしれない、などと少々大げさなことを考えてしまった。

以前、カルロス・クライバーが亡くなったときに、同様に本能的なところがあるフルトヴェングラーの音楽をその対照であるかのように書いたことがあったが、クライバーの振る同じ曲を聴いても、思惟に誘われるようなことがほとんどないのに、フルトヴェングラーを聴くと、なぜかいろいろ考えさせられてしまうのは、不思議なことだ。

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2011年7月 7日 (木)

この夏の節電

昨日ポストに入っていた電気料の請求書をみたところ、昨年の同じ時期に比べると非常に少なかったので、節電が結構うまくいっているようだ。そこで、過去の7月検針分(使用は6月の梅雨時)の電気使用量を調べてみた。

1日あたりの平均電力に直して比較してみると、2002年と同じくらいなので、ベストの節電というわけではないが、もっとも消費が大きかった昨年に比べると30%の削減ということになる。

今年の6月は観測史上最も暑いと言われているが、それでも最少と同じだけの電力消費で済んだのは、おそらく冷蔵庫の買い替えが一番だと思う。この4月の計画停電で17年近く使った冷蔵庫のコンプレッサーがだめになったのだが、ここ数年夏場になると側面の放熱の温度がすごかったので、相当電気を食っていたのだと思う。

また、テレビも昨年晩秋にCRTテレビからLCDテレビに買い替えたのも影響があるだろうし、白熱灯を(まだLEDではないが)電球型蛍光灯にしているのも多少の効果があるだろう。

エアコンは、つけないとさすがに室温が30℃を越え、湿度も70%を越えるので、夜寝る前には付けているが、それでも設定温度を28℃以上にして、風量や風向を自動にするようにしているのも影響があるだろう。

これで、7月、8月、9月がどうなるかだ。昨年は、史上最高の猛暑だったので、我が家でも相当エアコンを使い、古い冷蔵庫もフル稼働だったが、それをどこまで抑えられるかだ。

2011年7月分(6/6~7/5)  207kWh 6  30日間 6.90kWh/日
2010年7月分(6/4~7/5) 317kWh 2  32         9.91 
2009年7月分(6/4~7/5)  299kWh 2  32    9.34
2008年7月分(6/4~7/3)  252kWh 2  30         8.40
2007年7月分 data なし              2
2006年7月分(6/6~7/4)  270kWh 6     29        9.31
2005年7月分(6/6~7/5)  257kWh 6     30        8.57
2004年7月分(6/4~7/5)  275kWh 6     32        8.59
2003年7月分(6/4~7/3)  234kWh 6     30        7.80
2002年7月分(6/5~7/3)  200kWh 6     29        6.90
2001年7月分(6/6~7/3)  224kWh 6     28        8.00
2000年7月分    29日間   257kWh 6     29        8.86

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2011年7月 6日 (水)

生誕125周年記念 Wilhelm Furtwängler The Great EMI Recordings

R0011703 フルトヴェングラーの音盤は、LP期にはベートーヴェンの「英雄」、「第5」(ヴィーンフィル)、「第9」(バイロイト)を購入して聴いた。CDになってからは、第5(ベルリンフィル 1947)、大フーガ(同)、第9(バイロイト、Orfeoのバイロイト)、ブラームスの第1、ハイドン変奏曲(ヴィーンフィル)を購入して聴いた程度で、エアチェックではブラームスの第4に感心したけれど、演奏の猛烈さに比べて音質が団子状で高域の伸びがないのが隔靴掻痒でもどかしく、どちらかと言えば敬遠気味だった。

今週の日曜日に、用事で横浜駅に行った帰りに、久しぶりにモアーズのタワーレコードに立ち寄ってみた。ここは数年来クラシック音楽のスペースを縮小することなく、また並び替えもしていないため、目当てのCDを探しやすい。今回はブラーボを長男にもらって帰ろうか程度で、これまで所有していない音盤でもあればと思っていたのだが、タイトルのフルトヴェングラー生誕125周年という少々中途半端な記念年の21枚組ボックスが目にとまった。

上記の印象から古典回帰で、懐古趣味的かなとは思ったけれど、FM放送などでは触れたもののベートーヴェンの交響曲、ブラームスの交響曲のそれぞれ全曲は未聴のものがあり、フィデリオやトリスタンも聴いたことがなかったし、上記の交響曲が新リマスターということもあり、5000円ちょっととお買い得だったこともあり、購入した。

すでに何枚か聴いてみたが、リマスターの効果は出ているようで、まずは楽器が団子にならずに分離しており、それなりに高域も伸び、これまでに比べてぐっと聴きやすい音質になっている。解像度が上がったことで、これまでマスクされていたキズがあらわになるのではないかという懸念もあったが、逆に各パートの充実が聴きとれるようになっている。

毎日すこしずつ聴いているが、新たな発見があり、とても楽しめている。

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2011年7月 5日 (火)

2011-07-04Twitterまとめ

  1. 松本復興大臣の岩手県庁、宮城県庁でのテレビカメラや関係者が多数いる前での恫喝的な発言は、菅内閣を民主党内部からつぶそうという意図によるパフォーマンスだと考えなければ、解釈のつけようがない。もしくは、松本という政治家が、真に最低な人格の持ち主という解釈もありうる。非常時の人材難。
  2. 松本龍という衆議院議員らしい。このようなパフォーマンスがなくても、おそらく、今の民主党政権の体たらくでは、次回の衆院選挙では落選を免れないと思われる。自暴自棄的な言動だったのかもしれない。震災の被害者への思いやりがないとかいうレベルではなく、その後の弁明をフォローしても異常だ。
  3. もっとまともな人材は、民主党だけではなく、政界にはいないのだろうか?自民党の石原幹事長や谷垣総裁もここぞとばかり相も変わらぬ政府民主党批判だが、自分たちも何もやっていないことを国民は知っている。この大災害を単なる政局にしか過ぎないと考えている政治家のいかに多いことか。

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2011年7月 1日 (金)

2011-06-30Twitterまとめ

  1. 15時から先ほどまで豪雨と雷。今年もゲリラ豪雨の年になるのだろうか? → 東京アメッシュ http://t.co/0uyhuMa

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