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2011年8月22日 (月)

痛風を我慢しながら島崎藤村『夜明け前』第1部を読み終えた

金曜日には相当の痛みをこらえて、そろりそろりとした歩みで勤務してきた。

痛風の痛みの緩和に、生のタマネギが効果があるという情報があり、タマネギには血液をサラサラにする効果(その強い効能ゆえにイヌ、ネコには禁忌とされるのだろうか?)があることは以前から聞いていたので、痛風の英語goutの語源である「病んだ血液」という連想からも、血のめぐりをよくすることは効果があるのだろうと見当を付け、実家が夏野菜で送ってくれたタマネギをスライスして水にさらさず、マヨネーズ醤油で一個ほど食した。もともとオニオンスライスは好物で、サバの水煮缶をオニオンスライスの上に開けて、マヨネーズ醤油で食べるのはとても美味なのだが、今回は動物性たんぱく質をできるだけ摂取しないようにするために、当然食べなかった。

既に痛みのピークは過ぎていたこともあるだろうし、食品であるタマネギにそれほどの即効性は期待していなかったが、土日には鎮痛剤を服用しなくてもすごせるようになったのは多少効果があったのかも知れない。(それでもまだ腫れと痛みは引かない。)

ただし、タマネギの刺激性の成分は結構食道や胃を刺激するようなので、一日一食程度にしたほうが無難だと感じた。(ちなみにタマネギもその一種に含まれるネギ類「葷」の「不許葷酒入山門」についての面白いエッセイをみつけた。)

さて、今回の痛風の気晴らしに、「ジェノサイド」を読了した後、何を読もうかと思案し、購入以来30年近く「積ん読」だった島崎藤村『夜明け前』新潮文庫の暗紅色の四分冊を本棚から持ってきて読み始めた。

1985年に購入したもので、すでにページは薄く褐色に変色しており、また活字のポイントも最近のものに比べて小さめで少々読みにくい。(既に著作権保護期間の50年は経過しており、青空文庫などでも読めるようにはなっているし、その関連でDSソフトにも含まれている。)

以前はその文体の独特さ(「何々であるのは、何々だ」「何々だからで」など)になじめなかったことなどもあり、少々学校の課題図書を読まされるような義務的な感じで、購入以来第一部の上の巻を、断続的に相当の時間を掛けてようやく読み終えた程度だったのだが、今回寝床に伏せながらもう一度この第一部の上巻から読み始めたところ意外にもスラスラと読み進められた。

上巻では、訪れたことのある馬篭、妻籠、奈良井宿の風景やJR中央西線の風景など思い浮かべつつ、◆主人公青山半蔵の初めての江戸への旅と偶然判明した祖先のゆかりの地横須賀訪問(作中の青山家が平安・鎌倉時代に活躍した三浦半島の豪族三浦氏の末裔ということで、実際に作者の島崎家も三浦氏の末裔になるらしい)、◆先駆的な生糸貿易のために美濃の中津川から出向いた半蔵の国学の師匠の目を通して見るペリー来航と開港から間もない横浜の様子(西洋では重量ベースで金1に対して銀15が交換比率だったが、日本では1:5だったため、銀を仲介にして西洋の金1あれば、日本の金が3入手できることになり、金が大量に国外流出したことなども)が詳細に描写される部分、◆水戸天狗党の逃亡(佐久と諏訪の境界の和田峠を越える際の諏訪藩・松本藩による防御戦は実際にその慰霊碑跡を訪ねたこともある)など、その他これまでに触れてきた幕末史を扱った多くの小説、ドラマなどで登場してきた事件、人名がクロノジカルに次々に登場するなど、こんなに面白い小説だったのかと、長年の蒙が啓かれたような気がした。牛方騒動などの印象的な事件も。また、◆当時の交通行政(本陣、問屋)や村落行政(庄屋)が、組織ではなく、個人的な能力や義務感によって行われていたらしいことも驚いたし、◆綿密な帳簿付けで交通費用や交通量を記録して、それらを元にして幕府や代官所、藩への報告を行っていたという点にも驚かされた。

下巻では、読書ペースは少し落ちたが、◆当時の五街道制度を支えた街道周辺の農民による助郷制度が時勢の変化による参勤交代制の廃止やそれに伴う大名家族の帰国や大規模な幕府役人、大名の京都への上京などに対応できない不備を正すため助郷の常備(定助郷の設置)を江戸幕府の道中奉行に対して木曾の十一宿を代表して半蔵等が江戸に出張して訴えることや、◆数年前の大河ドラマ『篤姫』が詳細に描写した安政の大獄や14代将軍の座を巡る暗闘、◆和宮降嫁や桜田門外の変などから、◆主人公の半蔵が傾倒した真淵、宣長、篤胤にいたる国学(長野県の伊那、飯田地方では、現在でも神葬祭の風習が残っているところもあるらしい)、◆馬篭を襲った地震や暴風雨などの災害や飢饉や馬篭の宿役人や名古屋藩の対策などなど、そして◆大政奉還、王政復古を宣長の説く「自然」(神武天皇の御世)への復古(ルソーの自然に帰れや、マルクスの原始共産制を想起させる)であると期待を掛ける国学者たち、などなど誠に盛りだくさんで面白いものだった。また、◆窮民救済などの政治制度が幕末の名古屋藩できちんと働いていたというのも興味深く、◆江戸幕府のそれまでの権威は、葵の紋の提灯を下げていけば狐狸盗賊からも守られるほどのものだったと書かれているのも、庶民側からの歴史小説という面目躍如だと思った。◆公家による日光例幣使は、民話や伝承で「恐ろしいもの」の象徴になっているように聞いたことがかすかに記憶にあるが、そのゆすりたかりの実態についても書かれていた。◆横須賀のアジア初の近代造船所を開いた小栗上野介や、函館奉行、外国奉行を務めた喜多村瑞見(栗本鋤雲)についても書かれていた。その意味で、幕藩体制の行政組織の末端を務めていたという点で、倒幕側の情報よりも幕府側の情報が多く書かれているようだ(元の「大黒屋日記」の記述がそうだったのかも知れない)。

以前、実家に帰省したおりに高校時代に買った川端康成『雪国』の文庫本を読み始めたら結構面白くて驚いたことがあった(2003年2月5日 (水)  読書と年齢)のだが、どうやら古典的な名作と呼ばれるものを楽しめるようになるには年齢を選ぶらしい、と至極当たり前のことをそのとき実感として気がついたのだが、今回もそうだったのだろうか?

島崎藤村は故郷にゆかりのある作家で、「初恋」の若菜集や「千曲川旅情の歌」の落梅集の詩人で、小諸・佐久の風物を描いた「千曲川のスケッチ」や問題作『破戒』の小説家としては親しかったり、郷土にゆかりがある作家ということから実家の母が地元の著名な藤村研究家が主催する市民対象の「藤村講座」の熱心な受講者だったりしたのだが、どうも家族をテーマとした『家』や姪との不倫を告白した『新生』などは陰惨な印象が強く、明治の文豪としては、漱石、鴎外に比してもうひとつ親しめる存在ではなかった。その一方で、文芸評論家の篠田一士が「二十世紀の十大小説」に挙げている(松岡正剛の千夜千冊参照)こともあり、この「夜明け前」を読むことには義務的な意識が長いことあったのは、前段で書いた通りだ。

なぜ、以前は面白さを感じなかったのに、今回は面白みを感じるのか?

これも前段に書いた受容年齢のことだと言えばそれまでだが、今更ながら主に司馬遼太郎などの小説によって日本の「夜明け」の時代についてそれなりに広範な知識が蓄積されたことや、日本と欧米との接触史の問題意識などが次第に蓄えられたためではなかろうかと思う。(参考サイトによれば、徳富蘇峰の『近世日本国民史』という大部の歴史書も資料のひとつだという。)数多くの歴史上の登場人物について、この小説は詳しく触れることはないので、それらの人物について史的な知識を「ある程度」持っていることが、この小説を退屈せずに読み通すための十分条件なのかも知れない。

なお、この小説の第一部は「大黒屋日記」に多くを拠っていることで、その点が批判されることがあるようだが、たとえうずもれた「大黒屋日記」を重要な幕末維新小説の中に蘇らせ多くの読者の目に触れられるようにしたことだけでも、この小説の意義は高いのではなかろうか?(少々上から目線でおこがましいが)

参考:第42回「浅野晃先生のお話を聞く会」 ―島崎藤村の「夜明け前」―― 浅野晃先生の部屋より

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