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2011年8月25日 (木)

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)

去年から大変評判になっていて興味を引かれていた。

痛風が出る前に、職場最寄の書店に立ち寄ったところ、特設コーナーに平積みされていた。(平積みの背景として、内容が横浜の私学の栄光学園中学高校の歴史クラブの生徒達を対象にした特別講座の筆記録を基にしたものなので、地元押しということもあるのかも知れない。)

新聞広告では、なぜ「一般の日本人」(庶民)が(多くの選択肢の中から)戦争という手段を選んだのかというイメージでこの本を宣伝していたという印象があり、そのようなことが書かれているのかと期待して読んだのだが、書かれていることは日清から第二次大戦までの通史で、専らエリート為政者(元老、政治家、官僚)や軍人、マスメディアの選択であるように読め、その点では拍子抜けした。

改めて、出版社のHOMEPAGEを見てみると、http://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255004853/

かつて、普通のよき日本人が「もう戦争しかない」と思った。世界最高の頭脳たちが「やむなし」と決断した。

という惹句が書かれていたので、新聞広告から得た印象は必ずしも間違いではないと思うのだが、果たしてこの宣伝文句のような内容だったろうか?この宣伝文句はミスリードを誘うものではないか?そして「世界最高の頭脳」とは?

特設ページも絶賛にあふれている。http://www.asahipress.com/soredemo/

「普通のよき日本人」という表現も、ひどく情緒的な言葉だと思うが、かりにそのような存在があったとして、それらの人々が主体的な判断で戦争を選択したのかどうか?この本では、どうもそこまでは突っ込んで議論されていないように感じた。

この本では、有名な丸山真男の「超国家主義の論理と心理」などの日本特有の「無責任体制」(誰も責任を取らない仕組みで、現代でも続いている)については、特に触れていないようだが、主体的な選択をしないということが、日本社会の特徴であり、「それでも、戦争を選んだ」(他の選択肢があったのに敢えて戦争を選んだという意味だろう)というこの本の表題は、違和感を覚えた。その意味で丸山の分析に対しては挑戦をしているわけではないようだ。ただ、敢えて「選んだ」と書くのは、主体的な責任を持てと鼓舞しているのかも知れない。そうでなければ、日本社会は変わらないぞ、と。その点、大正デモクラシーと呼ばれた時代が転換点だったのかも知れない。

ネットで検索してみると、最近池上彰が加藤陽子と対談をしているのを見つけた。http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110802/221831/

原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?

全文は、こちらでも読める。

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d6593fbc2c1d960cae91ea990d3f19b0

ここでは、そのような集団的な無責任心理について、それとなく触れられているように思う。

威勢のいい「大本営発表」には乗せられてしまう。このような国民の姿を見ている為政者やマスコミは、ある意味で、国民を舐めてかかる気性が生ずるでしょうね。ここに、情報を握る政府や官僚や企業が、「本当のこと」や「都合の悪いこと」を隠したがる、という悪循環が生まれる。日本の国民は、本当の危機を、その危機のその渦中に、政府によって率直に吐露された経験がないのではないか。いつも後になって、ああ、瞞されたと嘆き、なぜ伝えてくれなかったと嘆くことになる。

 たとえば、1944年6月、日本は前線司令部を構えていたサイパンで米軍と激突し、7月にはほぼ全滅状態でサイパンが陥落します。この時点で日本が戦争に負けるであろうことは、天皇も近衛文麿首相も大本営も国家の中枢にいた人たちはみんなわかっていた。けれども、事実をひた隠しに隠し、まさに大本営発表を繰り返しました。なぜかといえば、国民の前に真実を伝えた時の国民の反応が恐い。そのような経験がないからです。敗北という事態を想定しないわけですので、合理的な敗け方がわからないのです。政府も国民も。

それでも、この本は面白かった。中国の「日本切腹、中国介錯論」を唱えて容易に降伏せず日中戦争を長期戦に持ち込み米ソの参戦を促した胡適という政治家のことは知らなかった。参加した歴史クラブの生徒も感想を述べていたが、このような政治家がいたことに驚いた。参考:http://pinhukuro.exblog.jp/11315594/

また、加藤陽子は、松岡洋右(日本の国際連盟脱退のとき首席全権として国際連盟総会に出席、のち満鉄総裁を経て第二次近衛内閣の外相。日独伊三国同盟・日ソ中立条約を締結)を自分でも言うように、相当評価(弁護)しており、意外だった。

なお、蛇足だが、本書では第二次大戦終戦までの日ソの航空戦力比較グラフを加藤著の岩波新書からの引用という形で紹介しているが、その岩波新書の該当部分を確認しなければ、このグラフが何を意味しているのか(配備戦力か、製造能力か)が分からず、その本を参照してようやく配備戦力ということが分かったように、もう少しかゆいところに手が届くような説明があったほうがよかったと思う。

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