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2011年9月19日 (月)

クルト・ザンデルリングが亡くなった

Google リーダーを漫然と見ていたら登録させてもらっている ブログ Taro's Cafe に、「クルト・ザンデルリンク逝去」の記事を見つけて読ませていただいた。

Googleで検索したところ、読売新聞朝日新聞共同通信が配信しているようだ。9月18日にベルリンで逝去、98歳だったとのこと。

ユダヤ系と言われてきたが、母がユダヤ人だったとのこと(当時のドイツの悪名高いニュルンベルク法では血統主義により決定されたので、ザンデルリングもユダヤ人とされたのだろう)。そのことで、ナチス政権奪取後、ソ連に亡命したのだという。当時ユダヤ人とされた人達の中で、東側に亡命した人も、ポグロムやソ連でのスターリンによる大規模な粛清・迫害があったわけで、ザンデルリングが、その後あのムラヴィンスキーとともにレニングラードフィルの指揮者として活躍できたのは、相当奇跡的なことだったのではないかと想像する。同じユダヤ系とされる指揮者ヴァルター(ワルター)や、作曲家シェーンベルクなど、当時のドイツ・オーストリアの「ユダヤ人」は多く米国に亡命することが多かったようで、そのような亡命は相当詳しく知られているが、寡聞にして東欧へ亡命したユダヤ人のことはこのザンデルリングについての少ない知識くらいしかない。

(広島大学 島谷謙氏の「第三帝国時代の亡命者をめぐる社会的考察」という論文を見つけた。pdfファイルへの直リンクだが、この117ページ目からソ連における当時のドイツからの亡命者について論じられている。

 http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/81936204/ningen13_shimatani.pdf )

このブログでも、シュターツカペレ・ドレスデンとのブラームスの交響曲第1番、フィルハーモニア管とのベートーヴェン交響曲全集、ベルリン響(東ドイツ)とのマーラーの第10番、同じオケとのシベリウスの第2番など多大な感銘を受けて取り上げさせてもらった。

ザンデルリングや指揮者である息子たちの信仰がどのようなものだったか分からないので、宗教的にどのような言い方をすればいいのか分からないが、謹んで哀悼の意を表したい。

*できるだけ現地発音に沿うことを目標にしているので、通常ザンデルリンクと称されているが、ザンデルリングと呼称している。

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