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2012年4月22日 (日)

『第九』  中川右介 (幻冬舎新書)

副題「ベートーヴェン最大の交響曲の神話」

昨年の12月に書店店頭で目に留まり購入し、そのころに通読したもの。

ベートーヴェンの第九交響曲の初演から現代にいたる演奏史と受容史を、音楽愛好家向けにまとめたもので、マニアックな力作と言ってもいいかも知れない。

作曲の過程や曲の分析、演奏の比較などは、先行して存在する多くの研究に譲っていて、これ一冊ですべてというわけではないところに、副題による「神話の形成」的な限定が入ったのだろう。

日本における演奏史、例の第一次対戦のドイツ兵の捕虜による鳴門収容所での第九の初演や、学徒出陣の際の第九演奏も掲載されているし、ドイツのライプツィヒでの年末の第九演奏の習慣なども書かれている。このあたりの論議は、この本をもって打ち止めという感じがした。

名曲や著名演奏家には、多かれ少なかれこのようなストーリー、神話がまとわりつく例が多いように思われる。いかに優れた演奏家でも、いわゆる官僚的・ビジネスマン的に神話のかけらもまとわないような場合には、もてはやされることが少なく、逆に神童伝説や奇矯なエピソードなど、ある種の物語性をまとっていることが、ひとを引き付ける要因なのかも知れない。また、ハイドンの交響曲のザロモンセットにみられるように、どの曲も非常に高水準の曲でありながら、ニックネーム(エピソード)付きとそうでないものでは、取り上げられ方がまるで違うのもその類だろう。

ところで、昨年夏に購入したフルトヴェングラー生誕125年記念で発売されたEMIのバイロイトの第九をこの記事を書くおりに聞き直したが、以前発売されていた同じ音源に大量に入っていた楽音以外の各種ノイズがほとんど聞こえないように処理されているのを再認した。ここまでやる必要があったのだろうか、と疑問に思った。アナログ時代には編集といってもつぎはぎがせいぜいだったのだろうが、デジタルになるとピンポイントでオーディエンスが立てる咳などの雑音を消してしまうようなのだが、あまりそのように処理されてしまうと、録音の同一性保持という点では怪しくなってしまうような気がした。

訂正記事: 上記「ところで」以下について。

2007年7月30日 (月) フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管の第九(東芝EMI盤)で聞いたときには、もっとマーカーとなる雑音がはっきりと多く聞こえたように思ったのだが、改めてPCのiTunesを通してみると結構聞こえた。ただ確かに聞こえたはずの第1楽章 「1:31のコツンという雑音」は聞こえなかったが、「2:39の2回の咳払い」は、数回の咳払いとして聞こえた、など。 今回の記事の際には、DAPの分解能がよいと思い込んでいたので、あまり音量をあげずに聞いていたこともあり、楽音主体でほとんどマーカーの雑音が聞こえないように感じただけだったようだ。デジタルでのオーディエンス雑音除去というのは、根拠の無い思い込みだった。

なお、先日導入したmp3ファイル編集ソフトの mp3DirectCutは、再生を行うと音量(dB)グラフと経過時間が詳細に表示されるので、上記のような聴衆の咳のような雑音の位置の正確な位置(経過時間)特定にはとても役立つ(?)ことが分かった。再生プレーヤーとしても結構面白く使えるようだ。

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