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2013年9月の26件の記事

2013年9月30日 (月)

「3月のライオン」第9巻(羽海野チカ)

先週末に発売された「3月のライオン」第9巻は、ピンクを基調とした色彩の何とも可愛らしい表紙絵で、まさかこれが「ヤングアニマル」なる男性(少年)向け雑誌連載だとは思えないだろうというものだった。逆に第8巻は、老棋士が表紙を飾るというもので、対照的に渋いものだったのだが。書店でも、もともと「ハチミツとクローバー」などで著名な女性漫画家として知られた作者の作品であり、女性向けコーナーと男性向けのどちらに陳列するか迷っているのではなかろうか?ちなみに職場最寄りの書店では、女性向けの棚に並んでいる。

今回も読みごたえがあった。

棋士たちの才能・努力・勝負、いじめ問題、受験、家族、恋愛、老人の生きがい、生計の道などなど、扱っているテーマが多彩だが、どれもしっくりくる出来栄えだった。

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2012年4月17日 (火) 3月のライオン 羽海野チカ (第7巻)

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2013年9月29日 (日)

家系ラーメンとサンマーメン

「家系」は、普通「かけい」 と読むのだが、ラーメンが後に続くと、「いえけい」と読むのをご存じの方は、神奈川方面の人か、ラーメン好きの方だろう。

醤油豚骨スープに、チャーシューと海苔とホウレン草が載せられているのがスタンダードらしい。下の写真は、海苔を追加載せし、さらに煮卵を載せた のりたまラーメン。ここ20年ほど前に、吉村家という屋号のラーメン屋さんが始めたスタイルで、その「家」の流れをくむということで、家系ラーメンと呼ばれるらしい。屋号には、「家」が付く店が多い。

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また、サンマーメンと聞いて、秋刀魚が具材として乗せられた不思議な料理ではなく、どんな麺料理かを正確に想像できる方も、同じタイプの方々だと思う。

酸麻麺と書くらしい。モヤシ炒めを葛餡で閉じて、ラーメンに載せたもので、いたって素朴な麺料理である。こちらは、相当古い時代から横浜で食べられていたラーメンらしい。

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2013年9月28日 (土)

コミック(アニメ)「銀の匙」と中勘助「銀の匙」

9月も最終日が近づきつつある。4月開始の年度では、上半期が終わることになる。

先日の台風の後、彼岸を経て、涼しくなりつつあったが、秋晴れに誘われて蝉がこの晩夏の名残を歌っていた。

上半期の最終週の今日土曜日、人気の高さが話題となったNHKの朝ドラ「あまちゃん」が最終回を迎えた。コネタ満載という意味では面白かったが、ここ数年間の朝ドラ(*)を録画視聴で見続けた者としては、質の点ではとりたてて高度だったわけではなく、偉大なるマンネリに風穴をうまく明けたという感じではなかろうか?

(*)てるてる家族、どんど晴れ、ちりとてちん、つばさ 、ウェルかめ、ゲゲゲの女房 、てっぱん、おひさま、梅ちゃん先生、純と愛 など

朝ドラの女性ヒロインの半生記というマンネリ的・伝統的モチーフは、来年の上半期の村岡花子訳の「赤毛のアン」に影響されたのではないか、という分析をあるところで読んだが、うべなるかなと思った。前回の「純と愛」は、面白かったものの、この朝ドラの固定視聴者層にはアン・ハッピーエンドや不要になった登場人物を死なせてしまうような部分がエキセントリック過ぎた感はあったが、今回の三世代のマーメイドによるドラマは、そこまで奇矯さを際立たせず、コネタが分からなくても、ついて行ける一貫した伝統的な半生記性も持ち合わせていたのも人気の秘密だったのかも知れない。

さて、この春に遅ればせながら家族ではまったファンタジーコミックの巨編『鋼の錬金術師』の作者荒川弘(あらかわ・ひろむ)という女性漫画家(*)が、今度は実体験に基づいたリアリズム系の「銀の匙(Silver Spoon)」というコミックを発表していて、それがこの夏シーズンの(深夜)アニメ時間帯に放映された。

女性漫画家の出身校の北海道の農業高校を舞台にした現代的な青春もので、食と生命、農業への強い意識がうかがわれるもので、その点同じ農業系の学校(農大)を舞台にした「もやしもん」とは若干方向性が違うようで、こちらの方がシリアス路線だろう。

書店の平積みコーナーでも見かけ、評判は幾分知ってはいたが、アニメーションが面白かったので、コミックも読み始めた。

「銀の匙」というと、古い世代にとっては、例にもれず、中勘助の小説「銀の匙」を思い出した。私が以前求めたのは、ちくま文庫の日本文学全集に入ったものだった。

神戸の灘中学・高校でこの「銀の匙」をテキストに国語授業を行ったことで有名になった橋本武氏が、つい先日長寿を全うされて亡くなったと新聞に出ていたが、その前に岩波ジュニア新書で出されていた「<銀の匙>の国語授業」を入手しており、ざっと読ませてもらっていた。

何も文庫本一冊ですべての授業を行ったのではなく、あくまでも現代国語の教材として、橋本氏自身が生徒のために毎回膨大なプリントを準備して、関連する故事来歴や様々な言葉の意味などを解説し、生徒には要約や感想などの課題を課すと言った、綿密なものだったようだ。

(*) 恩田陸(りく)、有川浩(ひろ) 桜庭一樹 など著名な女性作家だが、字面だけでは男女が判断ができない人が増えているのだろうか? 

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2013年9月27日 (金)

リチウムイオン電池 

一回使った後、普通に充電したところ、モニターランプが「点滅」して再充電ができなくなったデジタルカメラ用のリチウムイオン電池。並行輸入品で少々素性が怪しいものなので、仕方がないかと思いつつ、まだ劣化しているはずがないので、どうにかならないかと、調べてみた。

すると、再充電可能にする方法があった。

甦れ!リチウムイオン充電地 というブログ記事。

http://k3001v-max.blog.enjoy.jp/blog/2012/04/post-0b69.html

オリンパスのLI-42B (我が家のはこれとは違う並行輸入品。純正品だと非常に高価。)というリチウムイオン電池なのだが、上記記事を参考に、試行錯誤してみたところ、点滅が収まり、点灯状態になった。そのまま充電したところ、発熱も膨張もせずに、数時間でフル充電でき、カメラにセットしても正常に動いてくれ、今のところ問題はない。

プラスとマイナス端子のほかについている第三の端子、T端子(Thermistor端子)のロックがかかっているのを外すというアラワザだ。

しかし、B787の電池事故のように、リチウムイオン電池はまだまだ安定性が低いようなので、安全面からは決して推奨できない。あくまでも自己責任だ。電池が膨張したり、発熱したりする危険性がある。

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2013年9月26日 (木)

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

2013年8月11日 (日) 村上春樹の旧作品のまとめ読み で、初期の羊男のシリーズ以外の大物は大体読んだと思う。

今年の4月に最新作書き下ろしが発売された時には、職場最寄りの書店での山積みディスプレイを横目で見ていた。その後、妻が比較的早くに図書館から借りてきたのだが、天邪鬼の自分としては、まだ旧作品のまとめ読み中だったこともあり、読まずにいた。

一昨日の昼休み久々にブックオフを訪れたところ、初版本が棚に2冊陳列されていた。時間の流れが速すぎるのだろうが、すでに話題の本ではなくなってしまっている。ただ、ベストセラーこそ中古書店に出るのが早いし、また中古書店側でも早く入手すれば私のように少し高くても買う人がいるという目論見で、少し高めで購入したりもするらしい。これが一年もすれば、「ハリポタ」同様投げ売りになってしまうのだろう。

帰宅してから、就寝前に読み始めたところ、先が気になるミステリ仕立ての展開のせいか、相当のスピードで読み進めたのだが、途中で爆睡。しかし、なぜか4時頃目が覚めてしまい、そこから6時半まで一気に最後まで読んでしまった。そのため、9月25日は少々寝不足だった。

この小説は、村上作品の中では、リアリズムの系譜になるのだろうか?取り立てて平行世界や別次元めいたトリックがあるわけではなく、奇矯なキャラクターが登場するでもなく、「ノルウェイの森」の「リアリズム」に比較しても、とても普通の小説に感じられた。むしろ普通過ぎると言っていいのかも知れない。エンターテインメントとしても「軽く」読めるようにも思えた。

解決されない謎はいくつか残りはしたが、それもこれまでの作品の比ではなく、とても少ない。そのため、不安定な読後感は残らないのかも知れない。

ネタバレ的になるが、最終章は、それまでと文体も違うようで、少々とってつけたような感触がした。

それにしても、村上春樹の小説の登場人物の存在感というのは、わざとなのかも知れないが、人工的で希薄なものがあるようだ。イメージが結べないというか、ピントが甘いようにも思える。

精神的に弱さのある美少女(美女)が、一貫したモチーフのように思えるが、この作品でもそのヴァリエーションが見られた。

さて、前回の「1Q84」では、NHKの受信料集金人への執拗なほどの固執が見られたが、今回は名古屋という町がその対象のようにも思えた。何らかのルサンチマンなのだろうか?

なお、「巡礼の年」は、直接にはリストのピアノ作品集の「巡礼の年(報)」から取られているのだろう。作品中に、繰り返し「巡礼の年」のラザール・ベルマンによるLP全集3枚組が登場し、ブレンデルのCDも登場した。作品中に登場するピアニスト、友人の父親のエピソードも日本的な「巡礼」を思わせた。

Liszt - Années de pèlerinage - I. Suisse - 8. Le mal du pays

◎ラザール・ベルマンによる全集から (小説中で言及されたものと同じ音源か?)

◎ジョルジュ・シフラ(小説とは関係ないが、この演奏が好きだ)

◎アルフレート・ブレンデル の演奏も 言及されているが、Youtubeでアップされているそれらしき音源のものは音質があまりよくない。

「巡礼の年 第1年全曲」 (テレビスタジオでの録画か?) を発見した。

Liszt anni di pellegrinaggio libro 1 - brendel

35'29"あたりからLe mal du pays が演奏される。

直リンク Le mal du pays

 

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2013年9月25日 (水)

NHK交響楽団 ザルツブルク音楽祭出演 2013/8/25

シャルル・デュトア指揮のNHK交響楽団が日本の常設オーケストラとしては初めてザルツブルク音楽祭に登場した。先日のNHK-BSでその模様が放送された。会場は、祝祭大劇場ではなく、フェルゼンライトシューレの方だった。客席には、サイモン・ラトルの姿も見え、盛んに拍手を送っていた。

武満徹の「ノヴェンヴァー・ステップス」、細川俊夫の新曲(委嘱曲)「嘆き」、ベルリオーズの「幻想交響曲」、そしてアンコールにビゼーの「アルルの女」の「ファランドール」が演奏された。フェルゼン・ライト・シューレとは言え、ザルツブルクの晴れ舞台だけあり、N響団員の表情にも緊張が感じられた。

演奏は、残響が長めの会場のようだったが、音も美しく、キレ味のよいものだった。耳に親しい「ファランドール」は、ノリがイイにもかかわらず、すごく精妙なパフォーマンスだった。

詳しい紹介記事が日経新聞に出ているのを見つけた。

最近のBS放送は、つい先日終わったばかりのバイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭などを短い期間で放送してくれるようになった。かつては、FM放送で、その年の晩秋から年末にまとめて聴いたものだったが、その点時代が変わったのを思い知る。

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追記:

■読売日響のザルツブルク音楽祭招聘キャンセル という記事を発見

(2006年の音楽祭のことらしい)

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2013年9月24日 (火)

ドラマ『半沢直樹』最終回の取締役会議事録

話題のドラマ『半沢直樹』を、毎回HDD録画をして見てきたが、この9月22日(日)が最終回だった。翌日の秋分の日に夕食を食べながら見た。

いわゆる「ドラマ」の王道を行くような、「劇的、言い換えれば大袈裟な」テレビドラマで、結構ご都合主義的にごまかされているような部分もありながらも、堺雅人の迫力ある演技と、個性的な敵役・脇役たちの演技により楽しめたことは確かだ。

突っ込みどころとして、最終回、少しネタバレになるが、半沢対大和田常務の対決となった取締役会の議事録は、いったいどのように記録されたものだろうか、心配になった。

この議事録は裁判所による開示請求があれば株主でも閲覧可能なのだし、おそらく例の黒崎たち金融庁による検査でも閲覧される重要文書であるので、あそこまで赤裸々に業務上の背任行為が暴かれたにも関わらず、その背任を犯した常務取締役を、代表取締役である頭取の権限で取締役に降格させたとはいえ留任させたとなると、非常にまずいのではなかろうかと思われるのだった。

東京中央銀行に対する次回の金融庁検査が待たれる。

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2013年9月23日 (月)

選択肢が多すぎると決まらない

経験則としては、多くの人に覚えがあると思うのだが、「多すぎる選択肢」が提示されると、決められないということがままある。

かつてなら、特に買いたいCDを決めずにCDのメガショップに立ち寄り、あれもほしい、これもほしいと悩んでいるうちに、結局、今回はいいやということになることがままあった。

ネット検索をしてみたところ、

心理的トラップ:選択肢がたくさんあるとむしろ選べなくなる~マネーハック心理学15 2013.04.22 22:00

あまりにも多すぎる選択肢は、結果として合理的な判断を邪魔する可能性もあります。むしろ思考停止を招いたり、非合理的行動に走らせる恐れがあるのです。

消費者の不安心理と消費行動

 選択肢が多いと選べない

多くの商品を並べて好きなの選びなさいと言われると、消費者は選べなくなってしまうからです。これも、先ほどの「すべての消費者が商品の品質を正しく判断 して商品を買っているわけではない」ということと関連します。進化の話で言えば、人類がサバンナで暮らしていた頃は、選択肢が山ほどあったから迷うなんて ことはなかったはずなんです。人間は選択肢が多すぎると、対処できないようになっているんですね。

この三連休は、時間が余っていたので、ブログのデザインを久しぶりに変更してみようと思って、既存の選択肢から選ぼうと思ったが、数十種類もあると試すのにも時間がかかるし、いずれも帯に短し襷に長しに感じてしまい、いろいろ試した結果、結局以前カスタマイズして使ったことのあるものを微調整して使うことにした。最後は、もういいや、という半ば「自棄」気味の決定になってしまった。これも一種の「非合理的」な判断なのだと思う。

なお、ブログのレイアウトは、CSSという言語?を使えば微調整ができるようなのだが、習得するには時間がかかりそうだ。

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2013年9月22日 (日)

数年ぶりのよこはま動物園ズーラシア

2009年4月にアフリカの熱帯雨林ゾーンに「チンパンジーの森」ができて、その年の11月28日にそれを見に行って以来、とんとご無沙汰をしていたズーラシアだった。それまで毎年最低一回は行っていたのだが、さすがに子ども達も小学生高学年、中学生の年代になると、動物園には行きたがらなくなる。

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9月22日の日曜日は連休の中日でもあり、それほど暑くなさそうな晴天なので、ぶらっとでかけてみた。しかし、予想に反して屋外は暑い日だった。

動物園の入園者は、とても特異な年齢分布を見せるところで、幼児や小学生低学年とその親の年代(20代と30代)が圧倒的に多く、それに加えて幼児の祖父母の年代の人たちが目立つ。中学生、高校生の年代はほとんど見られない。20代の男女や、女性の友人同士のようなグループはたまに見かけるが、40代、50代の中年層もほとんど見られないことに気が付いた。

今回目新しかったのは、2008年2月12日 (火) ツシマヤマネコをナマで見るではいい写真が取れなかったツシマヤマネコが、すっかりケージでの生活に慣れたらしく、ケージ外から見つめるヒトの目を何のその、ケージ内を盛んに動き回っていた様子だった。

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森見 登美彦の「有頂天家族」で注目のタヌキも珍しく全身を見せてくれていた。

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ちなみに同じムジナの仲間である?(たぬき・むじな事件)アナグマはこちら。暑さでぐったりしていた。

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ズーラシアのシンボル オカピは 優美な姿態を披露してくれていた。

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モウコノロバ(蒙古・野驢馬)がかわいかった。

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ズーラシアは、10数年かけて現在も整備中で、ようやく待望のアフリカ・サバンナの動物たちのエリアができあがるようだ。工事もだいぶ進んでいた。


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2013年9月21日 (土)

北信濃 小布施 北斎めぐり

8月に駆け足で帰省した際に、子ども達と行ってきた。

子ども達は北信濃生まれであるのに幼いころに引っ越してしまったため、夏の帰省ではこれまで妻の実家の母が志賀草津や白馬大池など連れていってくれたのだが、今回は身近な場所ながら訪れていない名所ということで、小布施を散策してきた。

北斎館では、ちょうど、北斎の冨嶽三十六景の浮世絵展が開かれていた。

小布施町 北斎館 特別展

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北斎の肉筆による天井画で知られる岩松院も訪れた。

小布施町 岩松院

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岩松院 本堂

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岩松院 蛙池 と 一茶句碑 「痩せかえるまけるな 一茶是に有」(書は水原秋櫻子だろうか?)

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2013年9月20日 (金)

曲の出来栄えと、演奏の出来栄え

クラシック音楽という再現芸術で受ける感銘は、曲そのもの、演奏そのもの それぞれから受ける割合はどの程度の割合なのだろうか、などと素朴な疑問を呟くことがある。

とても大雑把な疑問だが、少年の頃クラシック音楽を聴き始めて以来、時に応じて念頭に思い浮かぶものだ。

世評で圧倒的な名曲と言っても、趣味に合わない演奏などではかえってイラつくことが生じるし、またそれほどの名曲でなくても演奏によって感銘を受けることはままあることだ。

様々な要素が複合しているので、一概には言えないのだが、自分にとってある一定の許容度以上の演奏では感銘を受けるような曲の場合には、曲そのものの持つ力の方が若干大きいのかも知れないとも思ったりする。

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2013年9月19日 (木)

春の別所散策 信州の鎌倉(長野県上田市)

アニメ映画「サマーウォーズ」の舞台にもなった上田市の千曲川の左岸(塩田平)の奥に別所温泉がある。

清少納言「枕草子」の第117段「湯は」の「ななくりの湯」が、この温泉を指すという説があるほど古くから知られた名湯である。(ただし、「ななくりの湯」として最有力なのは、三重県津市榊原にある榊原温泉だと言われているらしい。)

また、この地は、鎌倉時代に、執権北条氏の一族の領地であり、北条氏にゆかりのある古寺が多いことでも知られている。そのため信州の鎌倉の別称がある。

さらに時代を下ると戦国時代には真田氏が上田を本拠にしていて、池波正太郎の「真田太平記」には、この温泉を舞台にしたフィクションも含まれている。その影響か、外湯には「幸村の隠し湯」の名を持つものもある。

べっしょ【別所・別処】
1 別のところ。よその場所。
2 仏語。八大地獄のそれぞれに一六ずつ付属する小地獄。
3 修行者が大寺院などから離れた一定の区域内に集まり、それらの草庵が一村落のような形になっている所。法華念誦・念仏修行の場所として、浄土信仰の盛行によって各地に形成された。別院。
4 新しく別にかまえた道場。別に開いた修行の場所。
5 墓所。墓地。
べっしょ‐おんせん(‥ヲンセン)【別所温泉】 長野県上田市にある温泉。泉質は単純硫化水素泉。皮膚病・リューマチ・婦人病などにきく。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)  Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988

3月末に次男の高校合格の報告に帰省した際に、上田電鉄に乗ってみたいという子ども達と、列車に乗りがてら、久しぶりに別所温泉を訪れた。これまで何度となく散策しているが、最近では1990年代に初詣で北向観音にお参りして以来かも知れない。

あいにくの春雨だったが、半日のんびりと過ごせた。

上田電鉄別所線 上田駅

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上田電鉄 丸窓電車 (展示車両)

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北向観音 愛染桂

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安楽寺 本堂への参詣路

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本堂 屋根の 三つ鱗(みつうろこ)紋 (鎌倉北条氏との縁を示すものか?)

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国宝 八角三重塔  (最下段の 裳階(もこし)は、重には数えない。)

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2013年9月18日 (水)

旧軽井沢 散策  8月15日

この夏に帰省したときに、しなの鉄道の引退列車の展示が見たいというので、次男に付き合って、軽井沢に行ってきた。(新幹線開通前は、特急停車駅として栄えた地元の駅前があまりに変貌していて驚いたが、それはまた別の話。)R0012759

しなの鉄道沿線は、赤松の松枯れが目立つが、モグラ新幹線と違い、小諸から御代田、追分あたりからの浅間山の眺めは見ごたえがある。上の写真は、追分駅で停まった時の車窓からの風景。

終点の軽井沢駅で降り、木造時代の軽井沢旧駅舎が鉄道ミュージアムになっているところに、くだんの引退列車が展示してあるので、料金を払って入場して、二階の貴賓室などもゆっくり見学させてもらった。(この復元駅舎は、妻の弟が勤務している設計事務所が担当して復元図面を引いたものと聞いていたが、後日当の弟に確認してみたところ、国会図書館まで出かけて当時の資料を調べたと言っていた。)

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ここでの見学を済ませてから、旧軽井沢まで足を延ばしてみようかということになった。

これまで約半世紀、東信州の土着民としては、都会人が「避暑」に訪れる軽井沢なんて、と相当斜に構えて、真夏の旧軽銀座などに行くものではないと思っていたが、短い帰省でもあり、子ども達も南関東育ちで、偏見・先入観もないので、歴史散歩的に、中山道の面影でも追っみるつもりで、軽井沢にしては最大級の猛暑の中、テクテクと歩を進めた。

カトリック聖パウロ教会

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100年前の軽井沢 (土屋写真店)

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ショー記念礼拝堂入口

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芭蕉句碑「馬をさへなかむる雪のあした哉」

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室生犀星別荘

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2013年9月17日 (火)

台風一過の夕焼け 2013/9/16 18時頃

主に、京都や福井にここ数十年経験の無いほどの大雨を降らせた台風18号は、山梨・長野県境を通り、群馬から、栃木、茨城、福島、宮城を抜け、北海道を通り過ぎ、オホーツクのかなたに消えていった。

台風が過ぎた日の夕焼けは、久しぶりに見事だった。

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2013年9月16日 (月)

ヴォイジャー(ボイジャー)のゴールデンレコード

2007年9月 4日 (火) 今日の新聞のWIKIPEDIA記事 で触れたゴールデンレコードを積んだヴォイジャー(ボイジャー)1号NASA探査機が、惑星から降格された冥王星の軌道の3倍もの距離を越え、「太陽風の影響がわかる範囲」である187億キロの距離を、この8月末に抜けたと報道された。

朝日新聞には、グレン・グールドの平均律クラヴィーア曲集の前奏曲の収録を提案したのが、日本人研究者だったとの記事が載っていた。平均律の前奏曲と言っても、フーガはどうしたのか、第1巻、第2巻計48曲中曲目は何だったのかと思い、調べてみた。

ボイジャーのゴールデンレコードのWikipedia記事

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89

から、クラシックなどの収録曲等を抜粋してみたが、収録時間が帯に短し襷に長しで、グールドの演奏のどの曲なのか、収録時間を元に調べてみても、ぴったり一致するものが無い。

クレンペラーのベートーヴェンの第五にしても、手持ちのCD収録の第1楽章は8'56"なので、7'20"という収録時間は、多分提示部のリピートをカットしたものかも知れない。カール・リヒターのブランデンブルクもどの曲の何楽章であろうか?

ベートーヴェンの第13番の弦楽四重奏曲は、元の表にカヴァティーナとあるので分かるが。

                                                                                       
作者演奏者収録時間
ブランデンブルク協奏曲ヨハン・ゼバスティアン・バッハミュンヘン・バッハ・オーケストラ 指揮者 カール・リヒター4:40
鶴の巣籠り(別名:巣鶴鈴慕) 山口五郎4:51
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータヨハン・ゼバスティアン・バッハアルテュール・グリュミオー2:55
魔笛ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトEdda   Moser (soprano) from the Bavarian State Opera, 指揮者 ヴォルフガング・サヴァリッシュ2:55
コンドルは飛んでいくダニエル・アロミア・ロブレス 0:52
春の祭典イーゴリ・ストラヴィンスキーコロンビア交響楽団 指揮者 イーゴリ・ストラヴィンスキー4:35
平均律クラヴィーア曲集ヨハン・ゼバスティアン・バッハグレン・グールド4:48
交響曲第5番 (ベートーヴェン)ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンフィルハーモニア管弦楽団   指揮者 オットー・クレンペラー7:20
ヴァイオルもしくはヴァイオリン属と管楽器のためのパヴァン集、ガリアード集、アルメーン集ならびにエア集アントニー・ホルボーンデイヴィッド・マンロウとロンドン古楽コンソート1:17
弦楽四重奏曲第13番 (ベートーヴェン)ベートーベンブダペスト弦楽四重奏団6:37    

「日本版で分からない時の」英語版で見てみると今回も詳細な情報が出ていた。

http://en.wikipedia.org/wiki/Contents_of_the_Voyager_Golden_Record

                                                                                       
PieceAuthorPerformer(s)Length
Brandenburg Concerto No. 2 in F. First MovementJ. S. BachMunich Bach Orchestra conducted by Karl Richter4:40
"Tsuru   No Sugomori" 《鶴の巣籠り》 ("Crane's Nest")Goro   Yamaguchi4:51
"Gavotte en rondeau" from   the Partita No. 3 in E major for ViolinJ. S BachArthur   Grumiaux2:55
Die   Zauberflöte, Queen of the Night aria No. 14 Der Hölle Rache kocht in meinem   HerzenWolfgang Amadeus MozartEdda Moser (soprano)   from the Bavarian State Opera, conducted by Wolfgang Sawallisch2:55
El Cóndor PasaDaniel Alomia Robles0:52
The Rite of Spring, Sacrificial DanceStravinskyColumbia Symphony Orchestra conducted by   Igor Stravinsky4:35
The Well-Tempered Clavier, Book 2, Prelude   and Fugue No.1 in C majorJ.S. BachGlenn   Gould4:48
Symphony No 5, First MovementBeethovenPhilharmonia Orchestra   conducted by Otto Klemperer7:20
"The Faerie Round"   from Pavans, Galliards, Almains and Other Short AeirsAnthony   HolborneDavid Munrow and the Early Music Consort of London1:17
Cavatina   from the String Quartet No. 13 in B flat, Opus 130BeethovenBudapest String Quartet6:37    

なるほど、第2巻の第1番ハ長調の前奏曲(3:02)とフーガ(1:50) 合計4:52なので、ほぼ一致した!

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2013年9月15日 (日)

再生音の「ビリつき」というもの 

台風18号による朝8時から9時頃の豪雨は、午後にはひと段落したが、凄いものだった。坂の多い町なので、丘に降った雨が道路に流れ出るときには滝のようだった。この雨が続けば、土砂災害もありうるな、と思うほどだった。明日12時頃、浜松付近に上陸する恐れがあり、明日は荒れ模様になりそうだ。

ビリつき OR 音割れ OR クリッピング site:kniitsu.cocolog-nifty.com/zauberで自分のブログを検索すると相当ヒットする。私は、ずっと「ビリつき」という言葉を使ってきたが、「音割れ」や 「クリッピング」とも言うことがあるようだ。

同じ雑音でも、古いSPレコードの復刻の針音等の定常的なスクラッチノイズは、あまり気にならないのだが、音量ピーク時の「飽和」というか、上記の「ビリつき」、「音割れ」や 「クリッピング」には耐性が無い。定常的なノイズは、耳(脳)が無意識に、補正してくれるのだろうが、「ビリつき」はだめだ。ピアノやピアニシモの弱音領域では満足のいく音質なのが、音量的なピークだけ歪むというのは、それ以外の部分が素晴らしい場合には、余計その落差が辛くなってしまうのだろうと思う。そのため、気に入った演奏でも、ビリつき故に敬遠している音盤が結構ある。

先日来、これまでの音源コレクションを再生音が伸びやかなfoobar2000で聴きなおすのが楽しみになっていて、たままた以前「ビリつき」が気になった音源を、比較試聴の際に聴いてみたところ、これが意外なことに前には「詰まった」ように歪んでいた部分が、それほど気にならなくなって、私基準の実用的なリスニングには問題ないように聞こえたものがあった。それは、うれしいことに、オイストラフとセルのブラームスのヴァイオリン協奏曲!

そこで、いくつか再度聴きなおしてみた。

以前、臆面もなく挙げたのが以下の記事群。

"以前音質的に不満だった音源を聴きなおしてみて" site:kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber


この内、特にひどくて落胆したのが、2012年3月 7日 (水) 以前音質的に不満だった音源を聴きなおしてみて(5) アンサンブル、声楽編

◎合唱:ロジェ・ワーグナー合唱団 (EMI)

「黒人霊歌集」 以前持っていて、知人に貸してそのままになったCDでは、録音の飽和やレベル設定のミスによるようなビリつきはまったく気にならな かったのだが、今回購入した同じ(?)CDではそのビリつきがひどく感じられた。DAPに取り込んでもビリつきは残っていて少々聴くのがつらい。

だった。

外付けHDDに収録してある mp3 で、 サンプルレート 44.1kHz, ビットレート 192kbps は変わらないのだが、foobar2000 で聴くと、コーラスの残響がたっぷりしすぎているためか、少し濁りは感じるものの、ピークになっても、「音割れ」で聴くに堪えないというほどではなくなっていた。

ただ、「音割れ」の程度は、ステレオヘッドフォン(イアフォン)によっても多少異なる。カナル型の少し高価なイアフォンの方が、オープン型の廉価なイアフォンよりも多少「ビリつ」いたりする。また、比較的高価なステレオヘッドフォンは、音質がまろやかにはなり聴き疲れはしないが、ピーク時の「ビリつき」は、イアフォンよりも残る。

さらにピアノの音色についても反省を促された。

2012年3月 4日 (日) 以前音質的に不満だった音源を聴きなおしてみて(4) ピアノ編

今回、黒人霊歌の残響の豊かさを聴き、その残響の飽和のようなものが「ビリつき」の一因だということに気が付いたが、これまで感じていたデッカレーベルのピアノ録音の「にじみ」は、もしかしたら直接音ではない音(間接音)の響き、つまり、反響、残響を豊かに取り入れたためなのかと思いいたった。それほど、ラローチャの「謝肉祭」のピアノは豊麗に鳴り響く。これまで相当文句を付けてきたアシュケナージの録音も同じ性格の音なので、、DAPの時にもそう思ったのだが、もう一度聴きなおすべきだろう。

また、

2006年3月10日 (金) セル/クリーヴランド管弦楽団によるシューベルトの大ハ長調

だが、あれほど悩んでいたビリつきが気にならずに鑑賞できるようになった!

ドヴォルザークのピアノ協奏曲(EMI) リヒテル(p), C.クライバー/シュターツ・カペレ・バイエルン も、「ビリつき」が気になった音盤だったが、聴きなおすと、そうでもない。

全体的に、foobar2000での再生に感じる、風通しのよい感じ、ヌケがよい感じのような何かの特性が、これまでビリつきが気になった音源に何らかの影響を与えているのだろうか?

これらを考え合わせると、同じ音盤を聴いていても、このようなクリティカルな部分で、オーディオ環境によって音質の良しあしの判断には相当違いがあるのだろうし、音色という基本的でもあり根源的なものの評価は、改めて難しいものであると、感じた。

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2013年9月14日 (土)

春の鎌倉ハイキング

この春に、久しぶりに鎌倉を訪れた。花見の時期だったので、段葛の桜を愛でようかということになった。

江ノ島電鉄に乗りたいという子ども達のリクエストで、藤沢まで東海道線で出てから、江ノ島駅まで乗車した。いつもながら休日の混雑は凄かった。

これまで何度も行った江の島側ではなく、初めて竜口寺を参拝した。ここは、日蓮が元寇の時の幕府批判によって、鎌倉幕府から斬首の刑に処せられそうになったが、落雷?によって刑を免れたことで知られるお寺で、五重塔や仏舎利塔が遠くから眺められたのだが、初めてお参りしてみた。

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どうせなら、腰越のこの辺りを散策してみようということになり、江ノ電モナカを買ったり、腰越名物のシラス丼をお昼に食べたり、腰越状で知られる義経、弁慶ゆかりのお寺万福寺を訪ね、腰越神社に参詣したりした。

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ここから、腰越駅まで戻るのも電車の混雑もおっくうなので、そのまま江ノ電と海に挟まれた国道を延々と歩いてみることにした。渋滞の名所だが、意外に道路は空いていた。よくドラマのロケなどに使われる鎌倉高校前までは比較的簡単に歩けたが、そこからが結構遠かった。それでも、腰越・鎌倉高校前・七里ヶ浜・稲村ケ崎駅まで江ノ島駅からだと四駅分を歩いたことになる。稲村ケ崎駅から江ノ電に乗り、極楽寺駅、長谷駅を経由して、鎌倉文学館を訪ねるため、由比ヶ浜駅で下車した。

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文学館を訪れるのも初めてだった。鎌倉を舞台にした三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが大ヒットし、さらにテレビドラマに取り上げられて話題になったことがきっかけらしく、鎌倉・神奈川ゆかりのミステリー小説の特別展(鎌倉文人録シリーズ7「ミステリー作家翻訳家」)が開かれていたのだが、その中に、澁澤龍彦は没後25周年特集展示で紹介されていた。サドの翻訳などで知られ耽美・倒錯的な作家というイメージではあったが、そういえば晩年の作「 高丘親王航海記」を読みたいと思いつつ、読んでいなかったのを思い出した。また、何でもこの洋館は、このころ放送された「カラマーゾフの兄弟」の舞台にも使われたと妻が言っていたが、由緒ある歴史を持つ洋館のようだった。

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鎌倉文学館を見学してから、バスで鎌倉駅前まで行き、そこから段葛の花見をしながら、久しぶりに鶴岡八幡宮に詣でた。

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数年前に倒れた大銀杏の切り株からは、ひこばえが生え始めていたが、舞殿からみる石段と神社の遠景は相当印象が変わっていた。

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2008年3月の大銀杏のありし日の姿

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参詣した後、以前鎌倉を訪ねた父母が歩いて廻ったという北鎌倉方面へ、やはり歩いて行ってみることにした。八幡宮の裏山に当たるのだが、歩道はあまり広くない。それでも北鎌倉方面から歩いて来る行楽客は結構多く、すれ違いに難儀することもあった。

初めてみる建長寺の山門は巨大だったが、時間もあまりなく門前で記念撮影をしてから、円覚寺方面に向けて歩き、しばらく小道を行くと北鎌倉駅にたどり着いた。

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ビブリア書店が設定上あるはずの北鎌倉駅前の小道は、現実の風景の中では円覚寺側にしか道路が無いため、小説の舞台設定と現実には少し齟齬があるように思えたが、どうなのだろうか?

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2013年9月13日 (金)

堀辰雄の年譜と『風立ちぬ』の時間設定の対比

インターネットで評論やあらすじなどを読ませてもらうと、「死のかげの谷」の章の冒頭に記されている「三年半」の影響だと思うのだが、「死のかげの谷」での記述がサナトリウムでの療養の年から「三年半後」とするものがときどき見かけられ、そうだったろうかと違和感を覚え、再確認してみた。

青空文庫図書カード: 堀辰雄 『風立ちぬ』 

「冬」の章と「死のかげの谷」の章は、この小説の語り手である「私」が、それぞれの章を1935年と1936年として、年月日を明確にした「日記体」で書いているので、それをもとにすると小説の全体のおおまかな時間設定がほぼ確認ができる。

その結果を自分なりの覚書として、実際の年譜と作品との対比を整理してみた。

関連年譜 抜粋 と ※『風立ちぬ』の時間設定 との対比

◆1933年
7月 矢野綾子と軽井沢で出会う

   ※『風立ちぬ』「序曲」の章では、西暦は明示されていない。

 
   「それらの夏の日々」

   「そのうちにすべてが他の季節に移って行った。」等の季節を示す
      表現があるのみ。

   「死のかげの谷」の章の冒頭で、「殆ど三年半ぶりで見るこの村」
      とある ことから1933年の夏から秋にかけてと類推される。年譜と
      一致。

   「春」の章の4月には、また「私達がはじめて出会ったもう二年前にも
      なる夏の頃」ともある。

◆1934年
9月 矢野綾子と婚約
 

  ※『風立ちぬ』「春」の章では、3月に「その頃私と婚約したばかり」とある。

  
   1934年は小説設定上で明確に言及されることは無いようだ。省略
   というよりも空白の期間?

◆1935年  
6月 矢野綾子の病状悪化、自身の病状も思わしくないためともに富士見療養所に入院
11月 自身の健康は回復、創作欲がおこるもなかなか書けず
12月3日 矢野綾子、早朝にひどい喀血
12月6日 矢野綾子死去(満24歳)

  ※『風立ちぬ』 「春」の章 : 1935年3月から4月下旬にかけて(1935年
       であることは「冬」の章の日記の日付からわかる)

   「三月になった。」、「四月になってから」
        ⇒ 3月、4月:節子の(父の)家

   「四月下旬の或る薄曇った朝、停車場まで父に見送られて、私達
   はあたかも蜜月の旅へでも出かけるように、父の前はさも愉しそう
   に、山岳地方へ向う汽車の二等室に乗り込んだ。」
    ⇒ 4月下旬に二人はサナトリウムに出発 

  ※『風立ちぬ』 「風立ちぬ」の章 

   1935年4月下旬 サナトリウムに出発した列車内。

   「季節はその間に、いままで少し遅れ気味だったのを取り戻すように、
   急速に進み出していた。春と夏とが殆んど同時に押し寄せて来たか
   のようだった。」

     4月下旬から10月末 サナトリウム

     「とうとう真夏になった。」

     「八月も漸く末近くなったのに」

     「それは或る十月のよく晴れた、しかし風のすこし強い日だった」

 
  ※『風立ちぬ』「冬」の章 1935年10月20日から12月5日(日記体)
         サナトリウム

◆1936年         
7月 軽井沢に行く
8月 信濃追分・油屋に行く(この年の暮れまで逗留)
9月 「婚約(仮)」(のち「風立ちぬ・序曲」)を書き始める
11月 「冬」(風立ちぬ続編)を執筆
12月6日 矢野綾子一周忌のため帰京、誰にも会わず2、3日してすぐ追分に戻る
    「風立ちぬ」エピローグを書こうと追分で冬を越すも書けず
12月  「風立ちぬ」(序曲・風立ちぬ)を「改造」に発表

 ※『風立ちぬ』には、この年の年譜的な事実はほとんど反映されていない。

◆1937年
6月   短編集『風立ちぬ』を新潮社より刊行
11月26日 川端康成帰京、その別荘を借りて(27日から?)ひとり執筆作業に入る
11月29日 野村英夫が来る 二人で薪拾いや水汲みをして半自炊生活に入る
12月5日  神保光太郎の結婚式と矢野綾子の三周忌のためひとりで上京
12月7日  ふたたび軽井沢の川端別荘に戻る
12月20日(23日?) 「風立ちぬ」終章の「死のかげの谷」を脱稿

  ※『風立ちぬ』「死のかげの谷」の章

  「一九三六年十二月一日 K・・村にて」

  「それは去年のいま頃、私達のいた山のサナトリウムのまわりに、
      丁度今夜のような雪の舞っている夜ふけのことだった。」

   ⇒ 1936年12月1日から12月30日(日記体)にはこの12月の経験が
     反映されている。ただし、綾子の命日の12月6日付けの日記は無い。

こうしてみると、年譜と作品との食い違いは、年譜の1937年と、作品の「1936年」だけのようだ。

なお、第3章にあたる章が「風立ぬ」と名付けられ、小説全体の題名と同じ題名を担っている理由について思いを馳せ読み直してみたが、「風」についての少しでも印象深い記述と言うと

それは或る十月のよく晴れた、しかし風のすこし強い日だった。近頃、寝たきりだったので食慾が衰え、やや痩せの目立つようになった節子は、その日からつとめて食事をし、ときどきベッドの上に起きて居たり、腰かけたりしだした。彼女はまたときどき思い出し笑いのよ うなものを顔の上に漂わせた。私はそれに彼女がいつも父の前でのみ浮べる少女らしい微笑の下描きのようなものを認めた。私はそういう彼女のするがままにさせていた。

くらいだろうか?

それ以降の『風立ちぬ』関連の年譜
◆1938年
3月下旬 向島の自宅に帰った後、杉並成宗の加藤多恵宅で結婚式
              前日まで静養
      「死のかげの谷」を「新潮」に発表、「風立ちぬ」完成

4月17日 室生犀星夫妻の媒酌で目黒雅叙園にて加藤多恵と結婚
             参列者は両家親族のほかは室生朝子(犀星の娘)と矢野透
            (綾子の父)と娘良子、それに立原道造のみというささやかな
             結婚式
5月    『風立ちぬ』を野田書房より刊行

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年譜で参考にさせていただいたサイト:タツノオトシゴ
http://tatsuno.shisyou.com/biographical-sketch.html

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2013年9月12日 (木)

堀辰雄が聴いたフォーレの「レクィエム」(1938年リヨン録音)

軽井沢町追分の堀辰雄記念館のSPレコードの目録は、音楽愛好家の方が作成に協力したのだろう。きちんとまとまった興味深いものだが、残念ながら演奏者の記載が少々不完全のように思えた。

プルーストが「失われた時を求めて」で、屋敷に招いてその生演奏を聴いたカペー四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲の古く有名な録音のSP(リンクはYoutube 第14番Op.131嬰ハ短調の第1、2楽章。最も内省的なフーガの第1楽章の幽遠な演奏!)があるのは、実際に記念館で見かけて感激したので覚えていたが、今回、フォーレのレクイエムのSPレコードがあるのに気付いた。ただ、演奏者欄に、指揮者の名前が見当たらない。

このような古いSPレコードの情報は、たいがいネットにアップされているので検索してみたところ、

http://www.cadenza-cd.com/label/goodies_cdr.html

で、多分これだろうというものが見つかった。

フォーレ:レクイエムOp.48

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 シュザンヌ・デュポン(S) モーリス・ディディエール(Br)
 エルネスト・ブールモーク指揮リヨン器楽合奏団&cho.、エドアール・コメット(Org)

(CD番号)米 COLUMBIA 70295/9-D (英 COLUMBIA LX773/7と同一録音)。
録音:1938年5月30日-31日、6月1日、リヨン、サン=ジャン大聖堂。

 リヨンのサン=ジャン大聖堂で録音されたこの名曲の記念碑的録音。英コロンビアのプロデューサー、ウォルター・レッグによる録音。SP時代の同曲はフランスHMVが1929年に録音したギュスタヴ・ブレ指揮バッハ協会合唱団とo.(仏 LA VOIX DE SON MAITRE W1154-58)があったが1936年に廃盤になっていて、この新録音が大歓迎されたとの記述がある。

独唱者やオルガニストが同じなので、恐らくこれに間違いないだろう。

当時は知られた録音のようなのだが、独唱者も指揮者も、演奏団体も初めて目にする名前なので、原語ではどのように表記されているのだろうかと興味を持ち、調べてみた。

すると、以下の情報が見つかった。

http://en.wikipedia.org/wiki/Requiem_(Faur%C3%A9)

このWikipedia 英語版に、以下の記述があった。

The exception was a Columbia set released in 1937, with Suzanne Dupont, soprano; Maurice Didier, baritone; Les Chanteurs de Lyon and Le Trigentuor instrumental lyonnais, conducted by Ernest Bourmauck.

さらに、このSPと同じだろうと思われる音源(演奏者は同じだが、1938年録音とされている)の音を Youtube で聴けることも分かった。

Gabriel Fauré
Requiem

Suzanne Dupont, soprano
Maurice Didier, baryton
Les chanteurs de Lyon
Le Trigentuor instrumental lyonnais
Edourd Commette, orgue
Direction Ernest Bourmauck

Enregistré le 31 mai 1938 en la Cathédrale Saint-Jean de Lyon
VINYL, repiquage de 78 tours

現代がフォーレに求める清楚で静的なイメージとは異なり、比較的濃厚でアマチュア的な演奏スタイルの演奏を聴くことができる。一面ではとてもベルエポック的な雰囲気のある演奏ではあり、スクラッチノイズも消されていて、比較的聴きやすい。

さらに、この音源はLPでも再発売されていたらしい

http://mobius.missouri.edu:2082/search~S0?/aBourmauck%2C+Ernest./abourmauck+ernest/-3%2C-1%2C0%2CB/frameset&FF=abourmauck+ernest&1%2C1%2C

指揮者も、演奏団体も、この音盤以外ではヒットしないようで、詳しい情報が分からないのだが、Le Trigentuor instrumental Lyonnais (上記 cadenzaのサイト情報で、リヨン器楽合奏団 と訳されている)とはどんな団体で、大文字の Trigentuor とは何だろうという疑問がわいてきた。

いろいろ調べると、Le Trigentuor instrumental Lyonnais とは実在のオーケストラだったらしい。

古いものだが、コンサートのプログラムが見つかった。

http://numelyo.bm-lyon.fr/BML:BML_02AFF01000AffM0496?params=a:6:%7Bs:3:%22pid%22;s:25:%22BML:BML_02AFF01000ffP0198%22;s:8:%22pg_titre%22;s:0:%22%22;s:14:%22collection_pid%22;s:23:%22BML:BML_02AFF01000COL01%22;i:0;s:38:%22collection_pid=BML:BML_02AFF01000COL01%22;s:4:%22rows%22;s:1:%229%22;s:9:%22pager_row%22;i:116;%7D

Trigentuor は定かではない。フランス語の、人名なのか、地名なのだろうか?

現存するオケならば、googleでヒットしないことは無いだろうと思ったが、ヒットしないので、恐らく他のフランスのオケのように吸収合併再編成の歴史をたどったのだろうと見当を付けて、日本でも知られる リヨン国立オケを調べてみた。

http://fr.wikipedia.org/wiki/Orchestre_national_de_Lyon

以下を読むとリヨン国立オケの前身の一つらしい。

En decembre 1938, la Societe des Grands Concerts fusionne avec une autre societe musicale le Trigintuor et prend le nom de Association philharmonique.

1938年に「大コンサート協会」が、その他の音楽協会である「Trigintuor」 と合併して、フィルハーモニック協会に改称、ということらしい。ただし、ここでは、Trigintuor となっている。

リヨンフィルハーモニーのサイトでは

http://www.philharmoniquedelyon.org/historique/

1938  La societe des Grands concerts fusionne avec l’orchestre du Trigintuor et devient
とある。

(リヨン国立オケの HPは、これ http://www.auditorium-lyon.com/L-Orchestre/Orchestre-national-de-Lyon )

以下のページにも出ている。

http://home.arcor.de/christoph_gaiser/diss.htm

Trigintuor (auch Trigentuor geschrieben), Lyon, gegrundet 1925, Leitung: Charles Strony und Ernest Bourmauck

それでも、いったい、Trigintuor (Trigentuor)とは、いったい何だろう?

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2013年9月11日 (水)

「一億人の英文法」のTOEIC効果

2012年8月18日 (土) 「攻略 英語リスニング」の効果実感 TOEIC リスニング では、リスニングの能力が、集中リスニングトレーニングでも高まることが実感できた。

リスニング:445/495点  リーディング:425点/495点  合計 870点/990点

2月のIP試験は、廊下から聞こえてきた話し声に集中力を妨げられて、リスニング、リーディングとも散々の出来だった。

今年高校に進学した次男に英語がまともに教えられるのを確認するために、高校の英文法の参考書を何冊か購入したが、その中で一般向けの「一億人の英文法」が、面白そうなので読み始めたところ、これが英語という言葉の構造を、文法用語を駆使せずに、特に語順というものが持つ意味によって徹底的に解説したもので、ある程度英語を勉強してきたものにとっても目から鱗的な内容が多く、刺激的だった。10日程度で読了してほしいとあったが、それは無理としても半月程度で読み終えた。

昨年の8月以来、リスニングトレーニングからは離れていたのだが、今回は、それほど自信は無かったにも関わらず、

リスニング:455/495点  リーディング:440点/495点  合計 895点/990点 というスコアを取ることができた。

リスニングは、まったく自信が無かったが、聞こえた内容を、理性よりも感覚で把握したような気がする。

リーディングは、やはり上記の英文法の語順理解が効いているように思う。ただ、能力別の得点では、あまり勉強していないのがばれるのだが、語彙の理解が73%だったのが、失点の要因だったようだ。

どうやら、語学力は、知命を過ぎても向上できるもののようだ。

p.s. ぺんてるのマークシートシャープ(1.3mm)は、使いやすい。軽く一筆でマークができるので、筆記用具を気にすることなくテストに集中できるようだ。

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2013年9月10日 (火)

「風立ちぬ、いざ生きめやも。」 原詩の tenter という動詞

映画『風立ちぬ』に触発されて、堀辰雄の小説『風立ちぬ』を読み返した。

映画の記事で書いたが、中学生時代に通読できなかったという記憶は誤りだった。読み進めるにつれ、この作品を読んだ時の記憶がよみがえってきた。

この小説の主部では、結核患者である婚約者節子とのサナトリウムでの療養生活が小説家のモノローグと日記で綴られるが、その年(「冬」1935年)の12月に彼女の病状がさらに重くなっていく様が描かれる。そして突然、その翌年(最終章「死のかげの谷」1936年)の12月(「幸福の谷」の対極)が始まり、前年の同じころの追憶として、病状が重篤となった節子のためにその父を電報で呼び寄せたところが描かれるのだが、父が到着した後の節子は書かれず、そこに存在しない節子へつい語りかけてしまうような孤独な冬の山荘での暮らしが描かれる。
(「殆ど三年半ぶりで見るこの村は」と冒頭にあるが、これは節子とK村で夏に出会って以来3年半ということで、彼女の最期から3年半ではない。この小説の時系列については、別にまとめてみたい。)

 

今から40年ほど前の少年の当時は、あらすじも知らず、伝記的な事実も知らず、節子が亡くなったのかどうかが気になって、最終章を飛ばすように読み、そこで仄めかされていたことはほぼ理解したが、事実がはっきりと書かれていないことにはぐらかされたような気分を持ったのだった。おそらく少年の当時の私には、愛する人を永遠に失ったことを描くことがどうしてもできず、最終章においてもその失われた人の気配を感じ、面影をたどるようにしか書けなかった堀辰雄の気持ちに思いいたらなかったのだろう。(それにしても、小説家がその小説の中でその草稿を書くという、巧まざるものと思われる入れ子構造は、意識すると結構読みにくいものだ。)

さて、「いざ生きめやも」という詩句を巡っては、ポール・ヴァレリーの原詩の誤訳だという意見が有力になっているようだ。

果たして誤訳なのであろうか? 映画の感想記事のコメント欄でも以下のように少し触れたのだが、このことについてもう少し考察してみた。

・・・・・、監督や制作者の意図に反することになるのだと思いますが、映画での二郎と菜穂子は、「生きねば」のキャッチフレーズに反して、ある種の諦念を抱いていたかのように思われました。

原作の「いざ生きめやも」の解釈問題にもなりますが、il faut tenter de vivre. 英語では、it must try to live. となるそうで、「生きることを試みなければならない」「生きようとしなければならない」と一面では、気持ちを奮い立たせるような解釈になるのでしょうが、その心理の裏側には、ただ「生きよう」という前向きさだけではなく、そのことを「試みる」「努める」 という心理的な段階であり、不安定な心理状態が隠されているようにも思えます。そこで、堀辰雄の「生きめやも」という反語的表現が効いてくるのではないかと思うのです。

風立ちぬ、いざ生きめやも。

この小説で有名になったこの詩句は、冒頭でヴァレリーのフランス語の原詩がエピグラフとして掲げられ、第1章(プロローグ)の序曲での印象的な場面で作者によってエピグラフを和訳したと思われるこの詩句が口ずさまれるのだが、それがリフレイン的に第2章「春」で、二人でサナトリウムに転地療養しようと決める前後でも以下のように再現する。一つは節子の告白として。そして、それに呼応する詩句として。さらに節子の自らの運命を悟った上での決意として変奏される。

「私、なんだか急に生きたくなったのね……」
 それから彼女は聞えるか聞えない位の小声で言い足した。「あなたのお蔭で……」

 それは、私達がはじめて出会ったもう二年前にもなる夏の頃、不意に私の口を衝いて出た、そしてそれから私が何んということもなしに口ずさむことを好んでいた、

風立ちぬ、いざ生きめやも。

という詩句が、それきりずっと忘れていたのに、又ひょっくりと私達に蘇ってきたほどの、――云わば人生に先立った、人生そのものよりかもっと生き生きと、もっと切ないまでに愉しい日々であった。

***

或る日、やっとのことで郊外にある節子の家までその院長に来て貰って、最初の診察を受けた後、「なあに大したことはないでしょう。まあ、一二年山へ来て辛抱なさるんですなあ」と病人達に言い残して忙しそうに帰ってゆく院長を、私は駅まで見送って行った。私は彼から自分にだけでも、もっと正確な彼女の病態を聞かしておいて貰いたかったのだった。
「しかし、こんなことは病人には言わぬようにしたまえ。父親にはそのうち僕からもよく話そうと思うがね」院長はそんな前置きをしながら、少し気むずかしい顔つきをして節子の容態をかなり細かに私に説明して呉れた。それからそれを黙って聞いていた私の方をじっと見て、「君もひどく顔色が悪いじゃないか。ついでに君の身体も診ておいてやるんだったな」と私を気の毒がるように言った。

***

私は、殆ど悲しげな調子でそう応じながら、扉の握りに手をかけて、それを引きかけた。
「あなた……」彼女の声は今度は殆ど中性的なくらいに聞えた。「いま、泣いていらしったんでしょう?」
 私はびっくりした様子で、急に彼女の方をふり向いた。
「泣いてなんかいるものか。……僕を見て御覧」
 彼女は寝台の中から私の方へその顔を向けようともしなかった。もう薄暗くってそれとは定かに認めがたい位だが、彼女は何かをじっと見つめているらしい。しかし私がそれを気づかわしそうに自分の目で追って見ると、ただ空を見つめているきりだった。
「わかっているの、私にも……さっき院長さんに何か言われていらしったのが……」
 私はすぐ何か答えたかったが、何んの言葉も私の口からは出て来なかった。私はただ音を立てないようにそっと扉を締めながら再び、夕暮れかけた庭面を見入り出した。
 やがて私は、私の背後に深い溜息のようなものを聞いた。

「御免なさい」彼女はとうとう口をきいた。その声はまだ少し顫えを帯びていたが、前よりもずっと落着いていた。「こんなこと気になさらないでね……。私達、これから本当に生きられるだけ生きましょうね……」

そして、サナトリウムでの二人の療養生活が始まる。

ポール・ヴァレリーのフランス語原詩は、
Le Cimetière marin という表題で、
http://fr.wikisource.org/wiki/Le_Cimeti%C3%A8re_marin
で見ることができるが、この詩の最終連の冒頭に

" Le vent se lève !… Il faut tenter de vivre !"

はある。

その英語訳では その詩句は、

"The wind is rising! . . . We must try to live!"

(by Paul Valéry, translated by Cecil Day-Lewis)
http://en.wikisource.org/wiki/The_Graveyard_by_the_Sea
と訳されている。

そして、その日本語訳(門司邦雄氏)では、

「風が起る!… 生きてみなければならない!」

http://rimbaud.kuniomonji.com/etcetera/cimetiere.html
(なお、この日本語訳を読んでみても、「海辺の墓地」は大変難解な内容だ。ただ、一部の詩句は、私には親しいシラーの「歓喜に寄す」を想起させるのだが。)

(フランス語入門の解説では、Il faut +原形 (主語は非人称、Il)「必要である。しなければならない。すべきである。」
http://daccord.seesaa.net/article/16254232.html

さて、この誤訳論議において、私の見た限り、この「めやも」の反語用法が原詩の原義を伝えていないという以外はあまり議論されることがないようなのだが、むしろここで重要だと考えられるのは、tenter (英語では try 「試みる」にあたる。try が endeavor になっている別の訳もあるらしい。) ではなかろうか、と思う (*1)

①ある行為が当為(すべきである must, should, shall, have to )であること 
②ある行為を試みることが当為であること
この二つは、当然ながら微妙にニュアンスが異なる。

日常会話では、①「さあ食べなくちゃ」は、既にその行為が可能であることが前提となっている。しかし、②「さあ食べてみなくちゃ」というのは、「してみる」の無い場合に比べて、その行為に対するある種の心理的な抵抗感や、その行為の実現可能性に対する懸念や不安、自由意思というよりも目に見えぬ強制などをニュアンス的に含んでいる。

有名な「土佐日記」の序言 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」の「してみむ」は、「上手くはいかないかも知れないが試みる」というエクスキューズのニュアンスが覗われる。

「さあ、生きなくちゃ」(少し軽い表現過ぎるが)と、「さあ、生きてみなくちゃ」も「してみる」という言葉のあるなしで、相当印象が異なる。

英語の用法:tryは努力の意を含み,試みが成功する可能性を示唆するが,attempt は努力の意を含まず,試みが困難で必ずしも目指した結果に結びつくとは限らない.try hard(一生懸命やってみる)と言えるが,×attempt hardとはいえない.endeavor 困難に打ち勝って目標の実現を図る試み.成功が自明のことには使えない.また×endeavor hardとはいえない.strive 苦労しながら懸命に試みる.(Progressive English-Japanese Dictionary, Third edition ゥ Shogakukan 1980,1987,1998/プログレッシブ英和中辞典  第3版  ゥ小学館 1980,1987,1998)

そのような観点から考えると、堀辰雄が、彼が好んだ西洋音楽における音楽の主題(テーマ)のようなこの詩句に対して、意思の助動詞「む」の已然形の「め」+ 反語の係助詞「やも」(下記辞典の(2)の2)を敢えて使ったのは、古文の伝統的な反語の解釈

「さあ、生きようか、いや、生きるつもりはない(「いや、長くは生きられはしないだろう」と読み替えたいところだが)。」

という反語表現の解釈を前提にした場合には、かなりの意訳になってしまうとの逡巡があったのかも知れないと想像する。だが、tenter という言葉のもつ微妙な心理的なバランス(*2), (*3)、「生きたいと思う、しかし生きられる可能性ははっきりしない」という綯い交ぜになったニュアンスをその日本語の古語訳に込めようとしたのではなかろうか、とも思えるのだ。それも、音楽形式のごとく、序曲で触れられ、更に提示され、再現されるときに、意味合いや色合いが異なる効果を持つように。

「やも」
(係助詞「や」「も」の重なったもの)
(1) 文中用法。文中の連用語を受け連体形で結ぶ。
1 疑問・反語の意を表す。*万葉‐九七八「をのこ也母(ヤモ)空しくあるべき」
2 詠嘆を表す。*万葉‐三七九一「古へささきし我れやはしきやし今日八方(ヤも)児らにいさにとや思はえてある」
(2) 文末用法。
1 活用語の終止形を受け、疑問・反語の意を表す。*万葉‐二二四「今日今日と吾が待つ君は石川の貝に交じりてありと言はず八方(やも)」
2 活用語の已然形を受け、反語の意を表す。*書紀‐允恭一一年三月・歌謡「常しへに君も逢へ揶毛(ヤモ)」(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988)

ところで、この「(め)やも」の用例で、古くから人口に膾炙しているのは、万葉集 山上憶良の

「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」
 (銀母 金母玉母 奈爾世武爾 麻佐禮留多可良 古爾斯迦米夜母)

ではなかろうか。

「銀金宝玉なんて宝ものだって言うけれど、素晴らしい宝である子どもに匹敵するだろうか、いや、しないよ」。

この有名な実例からも「めやも」が「正しく」反語として解されないことを、堀辰雄自身が予想しなかったことは無かっただろうと思う。

追記:「めやも」について

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/intro/josi05.html

試みに、この詩句のいろいろな文語的な訳を考えてみると、

ストレートに「いざ生きむ」とか
否定の反語で「いざ生きざらめや」(生きざらむや)とか
少し試みの気持ちを込めて「いざ生きてみむ」
否定と試みで「いざ生きてみざらめや」(生きてみざらむや)
意志を強めて「まさに生きむとす」
意志と試みで「まさに生きてみむとす」
試みと当為を込めて「生きてみるべし」

などの候補もありえただろうか?五七のリズムに合うものは少なく、さらにどれも勇ましい感じで語感がよくない。このようなリズム語感の問題もあったにはあっただろうが、むしろ、堀辰雄自身は、「めやも」の「反語」性を十分意図して意識的に選択したのではなかろうか?
(係助詞「や」文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付くので、「めや」も「むや」もありうるように思う。) 

敢えて「いざ生きめやも」とすることで、上記のような希望と絶望の間の不安定な気持ちの揺れと、免れがたい結核による死と向かい合い、一日一日を大切に生きられるだけ生きたいという一種の諦念を表現しようとしたのではあるまいか。映画に触発されて小説を改めて読み直して、思いいたったのだった。

敢えて自分の言葉に直してみると、

風が吹き始めた。
(長くは生きられないかもしれないけれど、)生きられるだけ生きてみよう。 

となるだろうか

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(*1) 原詩の tenter  (努める 試みる) に着目した意見をとうとう見つけた。ただし、tenter に含まれるニュアンスが、私見とは少し異なる。 (2013/9/11) 

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa358940.html

質問:

「生きめやも」を肯定表現にすると?

堀辰雄の『風立ちぬ』で訳されているポール・ヴァレリーの詩の一節、
il faut tenter de vivre. は彼のように「いざ生きめやも」と訳すると、「やも」が反語(あるいは疑問)ですので、原詩の意味からは誤訳になる、と知りました。
では、「さあ、生きよう」「(努力して)生きてゆこう」「生きようと努めよう」という積極的、肯定的な意味の古文にするとしたら、どういう言い方が適しているでしょうか。
投稿日時 - 2002-09-15 12:32:43

回答:

>「さあ、生きよう」「(努力して)生きてゆこう」「生きようと努めよう」という積極的、肯定的な意味

質問はこうなっているので、「さあ、生きよう」ではないというのがあります。「生きようと努めよう」というのは、「……しよう」という「意志」だけでなく「積極的努力意志」ともいうべき表現です。

ただ、「生きようとしよう」ではなく、「生きようと努力しよう」です。

どうしてこういう「努力意志」になるかというと、元の詩が:

>il faut tenter de vivre.

であって、これは、「わたしは、生きようとする必要がある」「わたしは、生きることを試みるべきだ」などの意味で、「生きよう」という単純意志ではなく、かなり屈折した心理表現になっているのです。

わざわざもってまわった言い方になっているので、文脈解釈次第では、「わたしは生きることを試みるべきだ(そうなのか)」という「反問」があるようにも見える可能性があり、そで「やも」を入れた可能性があります。

少なくとも、フランス語は、「いざ、生きむ」というような、単純なことを云っていません。だからこそ、「(努力して)生きていこう」と「生きよう」に強調などの付加があるのだと思います。

私見では、「(努力して)生きていこう」なら、「いざ、生きむとせむ」という風な表現がよいのではないかと思います。「生きむとす」で、予定の「生きようとする」の意味で、これを更に「む」で意志にすると、「生きようとすることにしよう」で、意志が強調になります。

あるいは「生きむとつとめむ」もよいかも知れません。

原文のフランス語は、「生きむとすべし」「生きむべし」「生きむとつとむべし」のような感じだとも思えます。

投稿日時 - 2002-09-15 19:25:43

 (質問者の)お礼

 原詩の分析も加えて検討していただき、ありがとうございます。
tentreは英語でいえばattempt 努力する、つとめるという意味を含んでいますから、おっしゃるように単純に「~しよう」とは訳せないと思います。
ただ、「いざ」という感動詞によって、ある程度、意志が強調されているとも思えるのですが。
もっともil faut~(不定詞)de.......は「せねばならぬ」という義務、強い要請の意をもちますから、「いざ」程度では不足でしょうか。
このあたりで堀辰雄も悩んだのだと思います。(笑)
「生きむとせむ」が一番適した表現だというご指摘はまったくそのとおりだと思います。

 

投稿日時 - 2002-09-18 09:14:25

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(*2) フランス語の tenter のニュアンスについてのブログが見つかった。

風立ちぬ 本当はどんな意味? 2013年 08月 15日

訳しにくいには、動詞のtenterです。
試みるという意味なのですが、essayerとは 違います。

tenterとessayerはどう違うか?

esseyer de ~の場合は、出来る可能性を感じて、出来るだろうと思って試みる
tenter  de ~の場会は、うまくいくかどうか分からないが、思い切ってやってみる

Je essayerai de te voir demain 明日、君に会えるようにするよ は、いいですが、この場合に tenter de を使うのは不自然ですよね。

tenterは、Tente ta chace ! 一発当ててみなよ のように、 かなり可能性が低いニュアンスになります。

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(*3) 上記の(*2)の裏付けになると思うのだが、フランス語 tenter のニュアンスが英語に伝えられたものとして、英語の形容詞 tentative が挙げられる。

tentative
[形容詞] 《形式》
1 試験的な,仮の,一時的な
a ~ plan  試案
~ agreement  仮の合意.
2 不確かな,自信のない;煮えきらない;おずおずした,ためらいがちな.


[名詞] 仮説,試案;試み.

語源 中ラテン語←ラテン語 tentatus (temptare 試みる)「試みられた」

Progressive English-Japanese Dictionary, Third edition ゥ Shogakukan 1980,1987,1998/プログレッシブ英和中辞典  第3版  ゥ小学館 1980,1987,1998e

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参考情報:


小説「風立ちぬ」の感想
http://blogs.yahoo.co.jp/albireo_spica/17032926.html

矢野綾子について
http://ghibli.jpn.org/report/yano-ayako/

タツノオトシゴ(堀辰雄サイト)
http://tatsuno.shisyou.com/index.html

後に夫人になる加藤多恵への書簡
http://tatsuno.shisyou.com/words.html#syokan-s13-2-4-taeko

http://book.asahi.com/reviews/column/2013090500001.html?ref=com_fbox_d2

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"いざ生きめやも" 誤訳 の検索結果は、膨大だ。自分もそうだが、特に映画が公開されてから関心が高まっているようだ。

http://www.google.co.jp/search?q=%22%E3%81%84%E3%81%96%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%81%E3%82%84%E3%82%82%22+%E8%AA%A4%E8%A8%B3&lr=&tbas=0&tbs=qdr:y,sbd:1&source=lnt&sa=X&ei=3K4uUvTDN8KjkAX_u4CQCQ&ved=0CCQQpwUoAQ&biw=1184&bih=819

「生きめやも」を巡っての意見さまざま

http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/1212/05kaze_kaguya_sk.html

「いざ生きめやも。」というキャッチコピーが添えてありますが、これはどういう意味ですか?

鈴木プロデューサー: 「風立ちぬ」の小説の冒頭に、フランスのポール・ヴァレリーという人が書いたフランス語の詩が引用されていて、堀辰雄が訳しているんです。それが「風立ちぬ、いざ生きめやも」なんですね。いろいろな方が指摘していることですが、これはどうも誤訳なんじゃないかと言われています。直訳すると「風が吹き始めている。我々は生きなければならない」ということらしいんですが、堀辰雄は「風立ちぬ」、つまり「風が立った」と過去形にしてしまう。そして、「いざ生きめやも」は反語ですから、「生きようか、いや死のう」なんですよね。なぜ堀辰雄がそんな誤訳をしたのか、国文学史上ずっと論争が続いているそうなので、いろいろ悩んだんですが、そのまま使うことが堀辰雄への敬意に相当するかなと思って今回使わせていただきました

http://8917.teacup.com/akutamako/bbs/574

http://halleluya.no-blog.jp/amber/2013/03/post_bf00.html

http://gotzzz.tumblr.com/post/54177279710

http://d.hatena.ne.jp/killhiguchi/20130731

http://takitaki.cocolog-nifty.com/kannsou/2013/07/post-4794.html

http://morinodiary.blog29.fc2.com/?m&no=453

http://blogs.yahoo.co.jp/pakinkinnou/32001850.html

http://t-sato.blog.ocn.ne.jp/my_housing/2013/08/post_eb41.html

http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/qaetc/20130807-OYT8T00841.htm

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/maruta_t_t/view/20130822/1377256654

http://turner-b.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/25-9ebd.html

http://blogs.dion.ne.jp/le_fou/archives/11291298.html

http://blog.livedoor.jp/shubou37-iko/archives/32480291.html

http://promontory.cocolog-nifty.com/promontory/2013/08/post-12cd.html

http://promontory.cocolog-nifty.com/promontory/2013/08/post-a7fc-1.html

http://murasaki-cube.blogspot.jp/2013/03/blog-post_25.html

http://okwave.jp/qa/q358940.html

http://www.shin-araragi.jp/zakki_bn/bn_07/zakki0709.htm

http://english-fountain.blog.ocn.ne.jp/supplement/2005/07/post_5cff.html

http://english-fountain.blog.ocn.ne.jp/supplement/2005/07/post_5fc2.html

http://english-fountain.blog.ocn.ne.jp/supplement/2009/09/

http://blog.livedoor.jp/up_down_go_go/archives/5133928.html

http://misotukuri.wordpress.com/2007/08/31/%E3%80%8C%E9%A2%A8%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%AC%E3%80%81%E3%81%84%E3%81%96%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%81%E3%82%84%E3%82%82%E3%80%8D%E3%81%A3%E3%81%A6%E8%AA%A4%E8%A8%B3%E3%81%AA%E3%81%AE%EF%BC%9F%EF%BC%8D/

http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p10921287c.html

http://kbaba.asablo.jp/blog/2013/07/25/6918498

http://schale.exblog.jp/5516493

http://miyatajuku.blog61.fc2.com/blog-entry-859.html

http://yyy23.sblo.jp/article/71944934.html

http://mccammon.info/archives/92

http://d.hatena.ne.jp/masudako/20130823/1377269489

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「死のかげの谷 風立ちぬ」というキーワードの検索結果

https://www.google.co.jp/search?q=%E6%AD%BB%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%92%E3%81%AE%E8%B0%B7&rls=com.microsoft:ja:IE-Address&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&gws_rd=cr&ei=AyUtUu-fJce2lQWN74DQBg#q=%E6%AD%BB%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%92%E3%81%AE%E8%B0%B7+%E9%A2%A8%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%AC&rls=com.microsoft:ja%3AIE-Address

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今回はあまり参考にならなかったが、松岡正剛 641夜 
http://1000ya.isis.ne.jp/0641.html

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2013年9月 9日 (月)

プロコフィエフ 交響曲全集 ゲルギエフ/ロンドン響

Gergiev_prokofiev_symphonies_2


6月の長男の誕生日に購入した音盤。第7番を聴きたいというリクエストだったので、それでは全集にしようということになった。

蘭フィリップスレーベルではなく、英デッカレーベルが時の流れを感じさせる。

HMVによれば、2006年にフィリップスレーベルから発売されたものらしい。

プロコフィエフ:交響曲全集(4CD)
CD1:
・交響曲第1番ニ長調 作品25『古典交響曲】
・交響曲第4番ハ長調 作品112[改訂版]
CD2:
・交響曲第2番ニ短調 作品40
・交響曲第3番ハ短調 作品44
CD3:
・交響曲第4番ハ長調 作品47[オリジナル版]
・交響曲第5番変ロ長調 作品100
CD4:
・交響曲第6番変ホ短調 作品111
・交響曲第7番嬰ハ短調 作品131『青春』
 ロンドン交響楽団
ヴァレリー・ゲルギエフ(指揮)
 録音:2004年5月、ロンドン、バービカン・ホール[ライヴ]

意外だが、プロコフィエフの交響曲全集の大物による全集としては、このほかに、小澤/ベルリンフィル、ロストロポーヴィチ/フランス国立管、ワルター・ウェラー/ロンドン響、ロンドンフィルのものなどがぱっと目につくほどで、ソ連時代の大物の指揮者の全集はロジェストヴェンスキーのものはあるようだが、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフ、コンドラシンと言ったあたりはどうも見当たらないらしい。

この内、有名な第1番「古典交響曲」、セルとクリーヴランド管も録音している第5番、「青春」というニックネームで以前ラジオで聴いてやけにメロディアスな曲だと記憶の残っている第7番以外は、ほぼ初めて聴く曲だった。

第2番、第3番は、いわゆる当時先鋭的だった「モダニズム」という言葉を思い起こさせるような不協和音と変拍子の曲調の曲で、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に親しんだ耳には、むしろ懐かしいような感触を持たせる曲だった。と言ってもガンガン力で押すような曲ではなく、意外に聴きやすかった。

プロコフィエフの曲は、ピアノ協奏曲もヴァイオリン協奏曲もあまり親しめないでこれまで来て、せいぜい古典交響曲、キーゼ中尉、ロメオとジュリエット、ピーターと狼程度の入門曲でとどまっていたが、第2、第3交響曲などは先入観が無いためか、意外にすんなり親しめる感じだ。ショスタコーヴィチの「戦争交響曲」「革命交響曲」群よりは、相性はいいようだ。

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2013年9月 8日 (日)

foobar2000によるPCでの音楽鑑賞

CDの取り込み、整理、リスニングは、長らくiTunesを使用してきた。これまでに外付けの250GBのHDDに取り込んだmp3は、61日18時間56分40秒(1482時間56分40秒)になる。
実家に置きっぱなしの小学館(フィリップス)のモーツァルト全集のCDを取り込めていないので、まだまだ未取り込みの音盤は多いのだが、それでも24時間演奏しっ放しでも、2か月以上の膨大な音楽データが収録されてしまったことになる。ただ最近は、新譜やBOXセットを買いたいという気持ちも段々薄れてきたし、こうやって整理することも結構億劫になってきた。それでも、長男がクラシック音楽ファンなので、mp3プレーヤーに好きな曲を素早く転送してやることはできている。(下記はiTunesの様子。いわゆるアルバムアートワークのスキャンも最近は怠り気味)

Itunestop

ところで、以前、flacに興味を持ったときに、ダウンロードしたままになっていた foobar2000をたまたま何気なしに使ってみた。聴き慣れた音楽を聴いてみると、意外に良いので、少し見栄え(ビュー)をカスタマイズして、上記iTunes用のHDDのフォルダを読み込ませたのが下記の画像。

Foobar2000top

小口径のステレオイアフォンで聴いている分には、iTunesでも問題ないのだが、同じ音源をfoobar2000の方で聴く方が、音質が伸びやかで明るく、情報量が多いような差があるように感じられる。

特に、ピアノ音楽では、ペダルを踏んだときには、弦が共振して音色が変わり、また、次第に減衰していくといった様が、iTunesよりもしっかり聞き取れるような気がする。

これまで読み込ませてきた音楽データをじっくりと聴きなおしてみるのが楽しみになってきた。

今回は、これ。

ギレリスのボックスセットを買って以来、きちんと聞きとおしていなかった。

Beethoven: Piano Concerto No. 3 in C minor, Op.37
- 1. Allegro con brio
- 2. Largo
- 3. Rondo: Allegro - Presto
Emil Gilels(piano); Andre Cluytens: Orchestre de la Societe des Concerts Conservatoire
1954, monaural

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2013年9月 7日 (土)

Windows 7 が次第に重くなってきた時は

2010年6月14日 (月) Windows XP の長年のアップデートの蓄積による重さを解消するというを以前書いたが、最近までよく読んでいただいている記事になっている。

とうとうこのXPも2014年4月8日で、サポート期間が終了するということで、中小の企業などはまだまだ使えるXPを使用しているところも多いらしく、このサポート切れを機にして、XPから次世代のVISTA、そして次の 7 をすっ飛ばして、8に切り替えざるを得ないところも多いと聞く。

さて、私が以前にXPの記事を書いた後、XP機のディスプレイがブラックアウトしてしまい、仕方なしにWindows 7 機に買い換えたのだが、そうでなければ、いまだに多少の重さに我慢しながらXPを使っていたかも知れない。

WINDOWS 7 は、安定していた XPよりも、また不安定だった次世代のVISTAに比べると、安定は増したような気がする。自分のPC特有の現象かも知れないが、ときおり無反応になることがあるのを棚上げすればだが。

ハードウェア(CPU、メモリ、HDDなど)の性能アップももちろんあるのだろうが、XPから 7に買い換えた時の、レスポンス速度の向上は目覚ましいものがあり、感激したものだが、そんな 7も、3年も経つと次第に遅さが気になるようになってきた。

XPの時ほど、イラつくほどの遅さは見せないものの、少しは改善できればいいという気軽な気持ちで、いくつかの対策を施してみたが、中ではレジストリクリーナーによる不要レジストリデータの削除とデフラグが効果があるように思える。

自宅用のPCはそれほどイライラしなかったのだが、会社で使っている非力なノートがこのレジストリークリーナーで不要データの削除、デフラグを施したところ、見違えるほど反応がよくなった。

いつものことで、あくまでも自己責任でやっていただきたいが、私がやってよかったのは、Wise Registry Cleanerの日本語版。

公式サイト

http://jp.wisecleaner.com/wise-free-download

ダウンロードサイト(ヴェクター)

http://www.vector.co.jp/soft/dl/winnt/util/se500301.html

Ws000000

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2013年9月 2日 (月)

アニメーション映画「風立ちぬ」(宮崎駿監督、スタジオ・ジブリ、2013年夏公開)

夏休み直前に公開された映画だが、ようやく夏休み最終の土曜日に見に行ってきた。

Photo(前売り券の画像)

ゼロ戦と堀辰雄と言えば、自分にとって小中学生の昔から興味のある対象だったので、あまりに壺に嵌り過ぎているような気がして、自分としてはむしろこの映画を敬遠する気分で、当初は自分だけロードショーでは見ずに、妻が子どもたちと見に行く予定だったのだが、妻の夏風邪で8月初めの予定が延期になり、その後子ども達の宿題の進み具合や、実家への帰省、妻の資格試験の受験勉強などが重なり、ようやく8月の最終日に私が子ども達を連れていくことになったのだった。

ジブリ映画を映画館で見るのは、横浜が舞台になった『コクリコ坂から』(2011年)以来だが、その前の『崖の上のポニョ』も印象深かった。『風の谷のナウシカ』(1984年)のロードショーを映画館で観て何か救われたような感じがしたのだが、その映画の監督が、高校生のときに熱中して初回放映を見たテレビアニメ『未来少年コナン』の監督だと知って以来の付き合いでもある。

さて、この映画公開が7月20日でもあり、10スクリーン以上もあるシネコンということもあり、さらに話題ホラー映画『貞子3D2』が8/30に公開されたばかりだったり、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』という一部に熱狂的なファンがいるアニメ映画の公開日だということもあったのか、12時からの回は意外なほど座席が空いていた。また、アニメーション映画ではあまり見かけない比較的年輩の観客の姿が目立った。

涙腺が弱くなっているせいで、ちょっとしたエピソードですぐハンカチが必要になった映画ではあった。ただ、「ナウシカ」のように浄化・カタルシス的に癒されたかと言えばそうではなく、いろいろ複雑な感慨をもたされた宮崎監督72歳の作品でもあった。

構成上は、二つのストーリー(堀辰雄の「小説」と、飛行機設計エンジニア堀越二郎の半生)の融合感はあまり良くなかったように感じられた。その意味では逆に二つの源泉を知らない方が素直に見られたのかも知れない。映画に先立った宮崎監督自身の原作漫画があるそうなので、それと見比べてみたいものだ。

その意味で大きな一本線のストーリーとしてではなく、部分部分のエピソードの方に強い印象を受けた。特に冒頭の関東大震災の描写は(音量の大きすぎる映画館のモノーラル!の音響設定とも相まって)迫力がありすぎだった。相模湾を震源とする地震の波が、小田原の町(?)から広がり、大正、昭和の日本の都市の瓦葺の低層木造家屋の美しい街並みが、地震の波によってのたうつように揺れる様は、ショッキングだった。地震の揺れのために蒸気機関車が急ブレーキをかけて緊急停車するシーン(二郎の故郷上州藤岡からすると、信越線・高崎線だろうか?)なども含めてこのようなデフォルメ的な動きの描写こそに、アニメーションの面目躍如があるように感じた。ただ、災害や強風の描写にはアニメ的な迫力があったが、飛行機による空中戦や爆撃のシーン(96式陸攻が空襲に赴くようなシーンはあったが)など戦争自体を描くシーンは意外にも少なかった。

さて、この映画の一つのテーマでもあるであろう「ゼロ戦」については、このブログでも以前とりあげたことがあった。

2005年2月22日 (火) 国立科学博物館の零式艦上戦闘機

(参考 坂井三郎について:松岡正剛の先夜千冊568夜「大空のサムライ」

2006年7月14日 (金) 映画「トラトラトラ」

2010年の夏に、太平洋戦史を読んだ頃には、立て続けに大学時代に謦咳に接した故・池田清教授の『海軍と日本』(中公新書632)や、百田尚樹の『永遠のゼロ』、水木しげる『敗走記』、吉村昭『零式戦闘機』などをまとめて読んだのだった。

Hyakuta_eien_no_zero_3 Yohimura_reishiki_3

吉村昭のノン・フィクション的な小説である『零式戦闘機』での印象に残った記述、名古屋の三菱の工場から岐阜の各務原の試験飛行場まで、舗装されていない道路を延々と、人家の軒先をかすめながら牛車によって試作機が運搬される部分が、今回の映画でも二回も描かれていた。社会インフラも人々の暮らしも貧しく、非力な飛行機エンジン(『海賊になった男』の燃料のオクタン価の話題では、航空燃料も劣っていたという)を生かすための、防弾能力を割愛せざるを得ず、極限まで軽量さを求めた機体の開発、設計の末に生み出された零式艦上戦闘機、ゼロ戦。そして、それに先立ち、その対極でもある、戦艦大和と武蔵の大艦巨砲主義のちぐはぐさ。(世界一を目指すスーパーコンピュータの現代も、もしかもすれば、似たり寄ったりなのかも知れない。今でもどこかアンバランスな感じが拭えないのだ、わが国は。)

ところで、日本の戦争映画や、ドキュメンタリーを見たり、読んだりすると、米英との物量差も考えずに「負ける戦争」に無謀に突っ込んでいったことを批判することが多いのに気が付く。それでは勝てる見込みのある戦争ならどうだったのだろう、思わされることが多い。戦争それ自体の悪、不正義、を問題にすることは少ないように思う。

この作品中でも、ソ連スパイのリヒャルト・ゾルゲをモデルとしたと目される西洋人(ドイツ人?)が、「日本も破裂、ドイツも破裂」(?)というようなカタコトの日本語で、主人公の堀越二郎に向かって戦争の先行きの予測を述べるシーンがあったし、堀越らの高等教育を受け、海外視察(留学)も行い、英独の雑誌を購読するようなインテリ層でもあるエンジニアたちも、英米との戦争には懐疑的な感想を述べているのが描かれていた。そのようなシーンでそんなことがふと頭をよぎった。(ゾルゲ?がピアノの弾き語りで歌う「会議は踊る」からの「ただ一度だけ」。昔、NHKラジオのドイツ語会話で、今月の歌で掛かっていた歌だった。東西の歴史の諸層が複雑に絡み合った感がある。ドイツのユンカー社だとかも。)

(2'20"あたりからDas gibt's nur einmal のオリジナルが聴かれる)

要するに、「勝てる戦」ならよかったのだろうか?という疑問だ。

2011年8月25日 (木) 加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)でも触れたのだが、「原発もあの戦争も、負けるまではメディアも庶民も賛成だったのではないか?」ということだ。支配層や一部のインテリ識者は、その危険性や不可能性を知っているのだが、庶民層である世間は、マスメディアや世論によるある種の集団催眠(生得的な条件反射=文化)に掛かったかのように、レミング的に、深層雪崩のように根こそぎ時局を動かしていくのかも知れない。 仮に、第二次大戦で枢軸国側が何らかの偶然の結果、勝利を収めていれば、そのような戦争遂行の「無謀さ」に対する、結果論的な反省はあまり行われなかっただろう、などと辛辣なことを思ってしまう。

さて、この映画は、堀辰雄の「風立ちぬ」がストーリーの下敷きになっているのだが、ヒロインの名前は節子ではなく、「菜穂子」であり、同じく堀の小説から取られている。姓の里見だが、これは作家の里見弴(さとみとん)から取られたように思われた。

里見弴 同じく小説家の有島武郎画家有島生馬は共に実兄。

姉の有島愛は旧三笠ホテル経営者の山本直良と結婚。指揮者作曲家山本直純は、その孫にあたる。また愛の息子の山本直正は、与謝野鉄幹与謝野晶子夫妻の二女の与謝野七瀬と結婚した。俳優の森雅之は長兄・有島武郎の息子なので、甥にあたる。

堀辰雄の小説「風立ちぬ、美しい村」は、おそらく集英社文庫だったと思うが、中学生時代に父母のどちらか忘れたが、買ってきてくれた。当時は通読できなかったように思うし、その後も流し読み程度しかしなかった。その後、彼の小説に、フーガ(遁走曲)だの、カペーカルテットだのが登場して興味が湧き、追分の「記念館」を訪れ、カペー四重奏団のSPレコードがあるのを見て感激したりした。軽井沢の文人の中では、堀よりも立原道造の方が好きだったりもしたのだが。

菜穂子が結核の療養のため入院した富士見町のサナトリウムだが、その描写の前だったか後だったかの列車が深山の山峡の鉄橋を渡るシーンは、同じ八ヶ岳山麓だが富士見側とは反対にあたる小海線のこの橋梁と八ヶ岳のシーンではなかったろうか?(写真-5  小海線  撮影年:昭和46年  撮影場所:清里-野辺山)

結核、労咳が、不治の病だった時代。若くして、ゆっくりとした死と向かい合わざるを得なかった人々。軽井沢がトーマス・マンの「魔の山」に擬せられるが、富士見のサナトリウムは、喧噪とは隔絶された静かさの中にあったようだ。真冬の零下20度にもなるような戸外で、寝袋にくるまって結核患者の人たちは過ごしていたのだろうか?印象的でありショッキングな描写だった。(近年「治療不可能結核」(薬物耐性結核)が登場してきているらしい。)

嫌煙派から批判のあったタバコのシーンは、確かに多かった。ヘビースモーカーが多かった時代であり、文学者や研究者などはタバコとともにあったようなイメージがある。その時代のアイテムとしては欠かせないものだろう。嫌煙派の偏狭過ぎる批判は、「痛い」。

軽井沢のホテルで、「ゾルゲ」がぱくついていたクレソンだが、故郷信州の高冷地では、「台湾せり」と称した。日本の在来種のセリとは異なる外来植物だろうが、千曲川源流地帯の清流のほとりに自生していたものだった。生で食べるよりも、おひたしにして食べることが多かった。あの爽やかな味は子ども時代ながらも忘れがたい。もう源流地帯も農薬の心配もあり、簡単に食べることはできないだろうが。

風景描写では、夏の軽井沢の高原の透明な空気感、木陰の羊歯と水流の様子など、ジブリ一流の風景画としての魅力が十分に詰まっていたのが印象的だった。

声優では、論議を呼んだアニメーション監督の庵野秀明の起用は、「トトロ」での父親役の糸井重里や、「耳をすませば」でのやはり父親役の立花隆に比べれば、「エヴァ」の監督だけのことはあり、ただの素人的な棒読みではなく、演劇的な劇的な要素も多少含まれ、それほど違和感は無かった。しかし、ロセッティの「風」の詩の朗読などは少々つらいものがあった。

ヒロイン菜穂子役の瀧本美織は、ソニー生命のCMや朝ドラ「てっぱん」の頃から爽やかな美声で印象があったが、陰影のある役柄をうまく演じていたように思った。個人的に惜しむらくは、「菜穂子」のアニメーションとしての映像キャラクターが多面的なものを含むからなのか、同一人物には見えないような、一貫性がないように感じられるところがあったことだ。リアリズムよりも、主人公やヒロインの心象と見ればいいのかも知れないけれど。

なお、ポスター等で使われている主翼がW字型の飛行機のシルエットは、ゼロ戦の前に堀越たちが設計した九試単座戦闘機 とのこと。

そして、今日9月2日に、ジブリの社長がベネチア映画祭での記者会見で、宮崎駿氏の長編映画からの映画監督引退を発表したニュースが伝わってきた。宮崎監督と長年コンビを組んできた鈴木敏夫プロデューサーが、「この映画は宮崎の遺言」と語っていたようだが、それに呼応するものだろうか?

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2013年9月 1日 (日)

数少ない親日国のトルコ

東京での2回目のオリンピック招致が、IOC委員会で決まりそうなんだとか。

長野の時は、バブル景気に湧く日本が大接待攻勢を掛けて、各国選手団の旅費や滞在費まで全部開催地持ちにするという口約束までして、経済の力で勝ち取ったオリンピックとも言われたものだった。それを真似したソルトレーク市では、大量の「汚職」摘発が行われたが、長野は、田中康夫前知事も、結局伝統的なムラ社会と官僚主義の厚い壁に阻まれ、摘発が無しに終わってしまったという経緯があった。当時のサマランチIOC委員長の豪遊振りは、地元でも話題になっていたが、ものすごいものだったらしい。

立候補都市のひとつ、トルコのイスタンブールは、ビザンチウム、コンスタンチノープルでもあった都市であり、ギリシャ・ローマの歴史に思いをいたし、キリスト教とイスラム教の融和への象徴的な都市として、オリンピックを開催する意味は、2回目の東京よりも大きいように個人的には思われる。

さらに、トルコは日本にとっては数少ない親日的な国でもあり、大切にすべき国ではなかろうか?

100年の計を考えるならば、東京が辞退をして、イスタンブールを応援するという手もあったように思う。

どうも、トルコの政治情勢や、スペインの経済不振などの影響もあり、東京が開催地に決まりそうなので、こんなことを考えた。

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