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2015年12月 7日 (月)

第6回音楽大学オーケストラフェスティバル(ミューザ川崎 2015/12/6 最終日)

○2015年12月06日 (日)15:00 開演(14:30開場)   会場     ミューザ川崎シンフォニーホール
◇東邦音楽大学 (指揮:田中良和)     シベリウス/交響曲第2番 ニ長調 作品43
◇東京音楽大学 (指揮:現田茂夫)     ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲『展覧会の絵』
◇国立音楽大学 (指揮:尾高忠明)     ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調 作品27

どの演奏も素晴らしかった。先週の2大学の時(3Cの中央最前列)よりも、若干前よりの席(2CBの3列目中央)だったこともあるのか、作品自体の性格のせいか、弦楽器群が管楽器・打楽器にマスクされずよく音が伝わり、その点でも満足できた。

20151206_2

シベリウスは、指揮者の田中良和氏の抑制された指揮振りと12型(?)と比較的小型な編成にもかかわらず、シベリウス的な壮大さが感じられるいい演奏だったと思う。第2楽章の沈鬱な表情もよかったが、やはり第3楽章スケルツォから第4楽章への盛り上がり、そしてコーダに向けての壮大な高揚感にはやられてしまった。最近はこの曲はオーディオでの視聴をすることは減ってしまったが、やはり生演奏はいい。

この交響曲が2管編成で作曲されていることを今回改めて意識したのだが、ベートーヴェンやシューベルト、シューマン、ブラームスらとそれほど変わらないオーケストラ編成で、これほどユニークな作品を作曲したのはすごい。シベリウス生誕150年の記念年でもあり、この演奏を聴けてよかった。

2曲目のムソルグスキー作曲ラヴェル編曲のこの人気曲は、ディスクや放送などで長らく親しんだおかげで細部まで耳に親しく、7・8年前にはファミリーコンサートでプロの生演奏を聴いたこともあった曲だったが、今日のこの演奏は本当に堪能できた。とてもまとまりがよく、一体感の強いオケだと思った。

トランペットが大活躍する曲だが、第1奏者の男性は、見事にこの大役を果たしていた。金管楽器群が大活躍する「キエフの大門」での輝かしく透明で豪快な演奏で、一瞬オーケストラの各楽器の溶け合いが、パイプオルガンの響きに聞こえるほど素晴らしいもので、耳の御馳走を味わった気分だった。指揮者現田茂夫氏の指揮は暗譜で、曲想をよく示し、奏者たちに安心感を与えさせるようなフレンドリーな指揮ぶりだった。前回聞いたプロオケとホールでの記憶よりも数段強い感動を味わえた。

先週の「春の祭典」もそうだったが、本来感涙を絞るような曲ではないのだが、一心不乱にクライマックスに向かう学生オーケストラの演奏に没入してしまい、完全に曲・演奏と一体になった感覚で、不覚にも熱いものがこみあげそうになった。魔術師ラヴェル的なソロの多いこの曲で、古城、ビドロなど各ソロの奏者たちや打楽器奏者たちも大活躍。本当にブラヴォー。

もうこのあたりで大満足だったが、休憩を挟んで、次の長大な交響曲。

3曲目のラフマニノフは、この曲の完全版の蘇演に貢献したプレヴィン指揮のものを含めて何種類かのCDを聞いてきた曲だが、前述の2曲に比べては親密度が低い。映画音楽にも多大な影響を与えたラフマニノフの真骨頂的な情緒的な美しいメロディーがふんだんに聞かれるのだが、素人の耳には統一的な交響曲作品として各楽章間の統一感が少ない印象であり、マーラーほどの構成力もないように思え、これを名指揮者の尾高忠明氏が学生オーケストラと一緒にどのように取り組むのかが関心事だった。

コントラバスが7本もそろい、16型(?)のフル編成の弦の響きはすごいものだった。暗譜で指揮棒を持たず、指揮台の上を軽く踊るように流麗に指揮する指揮者に率いられて、若い学生たちの演奏は濃厚ではあるものの爽やかさを感じさせてくれたものだった。(芥川也寸志、黒柳徹子によるNHKテレビの音楽番組でクラシック音楽に一層親しみをもつようになったが、その時の指揮者が若き尾高忠明氏だったが、隔世の感がある。)

退屈はしなかったものの、やはり自分にとっては少し長すぎる曲だった。一番面白いのは第2楽章のスケルツォなのだが、この形式もシンプルではなく、なかなか把握しにくい。ホルン群はよくそろって印象的な主部主題を奏で、効果的なグロッケンの奏者も上手だった。第4楽章では、循環形式的に先行する楽章の主題を引用したりするものの、いわゆる展開・変奏が行われず、たっぷりとした旋律がフォルテで延々と繰り返され続くので、次第に耳が麻痺状態になってくるような感に捉われた。そういう意味で同じく長大なブルックナー、マーラーの交響曲とは違い、なかなか親しめない曲なのだ。

感涙を絞ると言われる有名な第3楽章は、比較的早めのテンポで演奏されすっきりと優美に聞こえるものだった。この第3楽章は、ホール中が集中力を高め、楽章終了後にはしわぶきの音一つ立たない完全な静寂状態に包まれ、すごかった。フィナーレが終わると会場はブラヴォーの嵐だった。指揮者も結果に満足したようだったが、最後の異例の御礼とこのフェスティバルへの賞賛はよかったが、〇オーケストラ批判を交えたのは、口が滑ったとはいえ少々意図不明でもあった。

2日間とも、さすがに若い学生たちのパワーに中てられた感じで、一リスナーながら後半に疲れてしまったのは、まだ50代半ばとしては少々だらしないかも知れない。それ以上の年齢の指揮者たちの活力と、多くの比較的高齢なリスナーたちを見習わなくてはなるまい。

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