カテゴリー「Bartok」の14件の記事

2009年2月 1日 (日)

今日のリッピングは主にバルトーク

iTunes 8 の スマートプレイリストは大変便利で、自分が以前から実現したかった作曲家、ジャンル、演奏者、録音年などの情報を検索キーにして、自動的にリストを作成してくれるので、大変面白くてはまってしまっている。

今日は、金曜日から土曜日の朝に掛けての暴風雨もおさまり、朝から雲ひとつない天気だった。南の窓を開けると、今日から2月で立春も2月4日と間近なこともあり、春風のような暖かさだったが、北の窓を開けると一転して身を切るような強風が吹いており、同じ建物の南北で季節の差ができているようで驚いた。

長男のスキー合宿に備えて、先日の帰省の折に、雪国ならではの量販店の品揃えに助けられて非常にリーズナブルなスキーウェア一式を購入できたので、市内にある人工スキー場に出かけようかという話も出ていたが、朝からどうものんびりしてしまい、結局室内で一日過ごしてしまった。そんなわけで、私はリッピングに勤しんだ。

バルトークでは、ミシェル・ベロフの1970年代のEMIへの録音のピアノ曲集。バルトーク自作自演のコントラスツやラプソディ1番、ヴァイオリンソナタ2番。委嘱者クーセヴィツキーの指揮によるオケコン。ジュリアード四重奏団の2回目の録音(初のステレオ)で、4番が1枚目と2枚目のCDに分けて収録されたCDを巧くつながるように、番号順にリッピングしたりして過ごした。久々に4番の弦楽四重奏曲を通して聴いたが、すごい緊張感と解放感(カタルシス)のある曲だと思った。また、アルゲリッチとコワセヴィッチによる2台のピアノと打楽器のソナタもリッピングして聴いたが、こちらもすごい。ライナーの『弦チェレ』も恐るべき演奏だということを再認識した。ブロンフマンとサロネンのピアノ協奏曲も改めて聴きなおしている。

他に、パレストリーナのミサ曲集(プロ・カンティオーネ・アンティクア)や、アダム・フィッシャーのハイドン交響曲全集の取り込みも開始したが、まったく眠らせておいた音盤の多いのには我ながら呆れるし、こうして整理しておくと、つまみ聴きは多くなるが、私のスタイルのようなリスナーには相当利便性が高まるようだ。

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2008年9月19日 (金)

『バルトーク 民謡を「発見」した辺境の作曲家』(伊東信宏著 中公新書1370)

以前から読みたかったこの本をようやく8月末に「書店で」購入でき、先日読了した。

USAに移住する前に訪米した折にシゲティとワシントンの国立図書館でデュオリサイタルを開き、その時の録音が現在CD化されて、ブダペスト音楽院のピアノ科教授バルトーク・Bのピアノの腕前を聴くことが出来るわけだが、コダーイ・Zとともに東欧の民謡研究を行ったということは彼の小伝にも必ず登場する話とはいえ、その詳細はほとんど知ることがなかった。この新書は、知っているようで知らない「民謡研究学者」としての面からバルトークの生涯に焦点を当てた本で、この書籍は吉田秀和賞を受賞しているという。

新書ということで、一般向けの記述であり紙数は限られているが大変中身の濃い本だった。オーストリア・ハンガリー二重帝国下でのバルトーク達の日常生活では、彼らはチェコのスメタナがそうだっように一般的にはドイツ語が使用され、バルトークが受けた音楽教育も、バッハ、ベートーヴェン、シューマン、ブラームスが主だったのだという。(モーツァルト、シューベルトは少し軽視されていたらしい)。

その中で、民族意識、ナショナリズムに目覚めながら、さてハンガリーの音楽とは何かと求めたのが、民謡を研究するきっかけだったようだ。というのも、いわゆるハンガリー風、東欧風は平行5度の使用や、五音音階の使用によって、「それらしい」風を漂わせたいわゆるお土産品的な音楽が多く、真性な民族音楽というものが見出しがたく、またリストやブラームスのハンガリー風の音楽も都会化したジプシー音楽(ロマの音楽)が主要素であり、それに対してバルトークは極度に批判的だったという。

面白いエピソードとしては、ラヴェルがヴァイオリンとピアノ(後にオーケストラ)によるリスト風の『ツィガーヌ』を作曲したのに対して、バルトークがその後、ラプソディー第1番、第2番という「リスト的」なハンガリー狂詩曲のモデルに従ったかのような曲を作曲したことだ。

なお、バルトークとコダーイによるヒガシヨーロッパ(及び北アフリカ)の民族音楽の研究は、分類上の困難や、分類の恣意性(非科学性)などがつきまとい、膨大な民謡と歌詞の集積にも関らず、必ずしも学問的に体系だった業績にはなっておらず、音楽的にはそれほど高い評価を得られていないというのはこの本を読んでの印象なのだが、体系的にはそうだとしても、蒐集家、マニアとしてのバルトークの克明な記譜を見ると鳥肌が立つほどの驚きが感じられる。学問体系としては完熟しなかったのかも知れないが、バルトークの音楽には民族的、民俗的な素材が再び命を授かったかのように、そのシンメトリーや鏡像的な音楽構成の中で生き生きと活動しているというのが、素人である私なりのこの本を読んでの結論だろうか。

その他、面白いエピソードとしては、p.179 に日本の言語学者である徳永康元氏がブダペストに1940年代に留学しており、その従弟である柴田南雄氏に徳永氏が買い求めたバルトークの楽譜を送り、それを元にして柴田氏がバルトークの作品の詳細な分析を書いたというのがあった。音楽之友社の名曲解説全集のバルートークの弦楽四重奏曲などは柴田氏の解説だが、非常に簡潔なものなので、どこかでその有名な詳細な分析を読んで見たいものだと思わされた。

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2008年7月31日 (木)

ベニー・グッドマンとブダペストQ、シゲティ、バルトーク、トスカニーニ

Goodman_bartok_szigeti_toscanini 昨夜は、職場の暑気払いで少々ビールの量が過ぎて、帰宅後、ヘルベルト・ケーゲルの『展覧会の絵』を聴き、相当ユニークな演奏だと思いながらうたた寝をしてしまい、目が覚めたら夜中の1時半で、結局ブログ記事も、いただいたコメントへの返事も書けずに終わってしまった。

今日は久しぶりに、音楽を聴き、ブログを読み、書いていられる。

帰途、その道を通るときには必ず立ち寄るブックオフがあり、そこのクラシック音楽のCDの品揃いはあまりよくないのだが、たまにあれっという珍盤があり、今日もそこで、表題の演奏者たちによる珍しいヒストリカル録音のCDが廉価で入手できた。

モーツァルトのクラリネット五重奏曲 1938年録音 グッドマンのクラリネット ブダペスト弦楽四重奏団(ヨーゼフ・ロイスマン、アレクサンダー・シュナイダー、ボリス・クロイト、ミッシャ・シュナイダー)によるもの。ブダペストQは、ノイエ・ザッハリヒカイトの影響か、非常にすっきりした解釈。グッドマンは崩すこともなく巧い。

2曲目は、バルトークがグッドマンに献呈したあの「コントラスツ」を、その当人グッドマンと、ヨーゼフ・シゲティ、ベーラ・バルトークが演奏したもの。1940年録音。比較的マイルドな解釈。

そして、3曲目は、トスカニーニとNBC響が アール・ワイルド Earl Wild というピアニストと珍しく?ガーシュインのラプソディー・イン・ブルーを演奏したもの。クラリネットパートにグッドマンが参加という形なのだろうか。1942年のライブ録音。このコンビによる強烈なスフォルツァンド(アクセント)のついた演奏なのだが、比較的に残響が多めに取られているため、音の鮮度はあまりないが、結構聞きやすい音楽になっている。演奏としてのメリハリは、これまでいくつか聴いたものの中で随一の録音だ。

CEDAR CD48047 という型番のCDで、すべて英語表記なので、おそらくUSA製だと思うが、いずれも聴き応えのある録音だった。

追記:検索をすると、ナクソスのミュージックライブラリでは、第1曲目を聴くことができるようだ。同じく2曲目も「バルトーク・アト・ザ・ピアノ」という組み物の中で聴ける。また、第3曲目もNMLには入っていないようだが、ネット上ではPDとして聴けるようだ。

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2008年7月19日 (土)

小澤征爾のEMI録音選集 BOX SEIJI OZAWA conducts・・・

ようやく、関東、甲信越地方も「梅雨明け」宣言が出た。朝から日差しが強烈で、35℃以上を猛暑日と言うらしいが、山梨県の甲府の近くでは体温を上回る37℃を越す気温を記録したという。確実に夏は暑くなっているようだ。ただ、梅雨明けというのに蝉の声が、前の寺の巨木の森から聞こえてこないのが、少し気にかかる。

Seiji_ozawa_emi_7cdsこれまで小澤征爾の録音は、もっぱらフィリップス、ドイツ・グラモフォン(テラーク、RCAも数枚)で聴いて来て、音盤で持っているEMI録音は、LPのパリ管弦楽団とのストラヴィンスキー『火の鳥』全曲だけだったと思う。このLPは、CDへの切り替え期の直前に購入したこともあり、いい演奏、録音だとは思いながらあまりじっくり聴けないままでいた。

先日、生活圏に数軒あるブックオフの内、時々クラシック音楽関係のいいCDが売られている店を久しぶりに覗いてみたところ、 "SEIJI OZAWA conducts・・・" という 数年前、HMVの店頭かどこかで見かけたDisky 社発売のEMI録音のオムニバス的な選集7枚組みが売られており、以前から聴きたかった初期のシカゴ響との録音などが含まれていたので、購入して聴き始めた。

(残念ながら一枚目の最後の部分の音飛びがどうしても直らずに落ち込んだが、)若き日の小澤征爾の指揮はEMI録音と今回のリマスタリングの所為もあるのだろうが、結構解像度が高く、いわゆる中心メロディー偏重に聞こえ、副次的な声部がおろそかに聴こえるような傾向の最近の指揮とは違い、対旋律や副次的なモチーフなども立体的に演奏され、それに加えてキビキビとした若々しいリズムと、本当に繊細な魅力を持つメロディーの歌わせ方、豊富な色彩感のあるオーケストラの演奏など、大変魅力のある演奏が多く、驚かされた。

シカゴのラヴィニア音楽祭への抜擢は小澤征爾の演奏史の中では、それほど大きく取り上げられないように感じるが、何しろあのフリッツ・ライナーの鍛え上げたシカゴ交響楽団をそれこそ新鮮な感性で指揮したバルトークのオケコンや、ものすごく繊細な魅力に溢れた『シェエラザード』など、立派な演奏・録音として、他の「名盤」とされるものに十分に伍すだけの力があるのではないかと感じた。これなら、時代の寵児として世界中で引っ張りだこになったのも無理はないと思わせるだけの魅力に溢れていた。

小澤征爾専門のHPは意外にもあまり見かけないのだが、昨日R.ゼルキンとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番の記事を書き、それへいただいたコメントに対する返事を書いているときに偶然、このディスコグラフィーを発見することができた。

Seiji_ozawa_emi_list 世界のメジャーレーベルでは、最初RCA録音が多かった、1969年ごろからシカゴ響を指揮した録音がEMIで発売され始めている。1970年代は、DGとPhilips が主だが、1980年代になってフランス国立やベルリンフィルなどとまたEMIにも録音をしており、これらの録音はこれまでほとんど聴いたことがなかったものだった。

特に上記で触れたバルトークの「オケ・コン」とリムスキー=コルサコフ『シェエラザード』は、特筆すべき演奏だと感じた。いずれ、詳しく感想を書いて見たいが、こういうことで、小澤征爾の演奏史の中でも非常に魅力的な時代として1960年代末を忘れることはできないと感じるようになった次第だ。

HMVのサイトによると現在このボックスセットは廃盤だというが、このほかにも1960年代にCSOと入れた『春の祭典』『展覧会の絵』、チャイコフスキーの5番、いわゆる『運命』『未完成』にも興味がある。

追記:2009/6/16 同じボックスセットのシンフォニエッタ、オケコン、ガランタ組曲などを取り上げられgeezenstacの森 小沢征爾のシンフォニエッタ にコメント、トラックバックさせてもらった。せっかく『1Q84』で取り上げられたのに、小澤氏本人が若い頃の録音ということであまり再発を望んでいないのだろうか。

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2006年10月15日 (日)

バルトーク 弦楽四重奏曲 第4番 Sz.91 ハンガリーSQ, ABQ,ジュリアードSQ

バルトーク・ベーラ(1881-1945) 弦楽四重奏曲 第4番 Sz.91(1928)

Bartok_sq_hungary ハンガリー弦楽四重奏団 (セーケイ、クットナー、コロマゼイ、マジャール) 

〔1961年6月,9月、ハノーファー、ベートーヴェンザール〕 

Allegro 6:02/ Prestissimo, con sordino 2:59/ Non troppo lent 5:40/ Allegretto pizzicato 2:46/ Allegro molto 5:41


Bartok_sq_julliard1963 ジュリアード弦楽四重奏団 (マン、コーエン、ヒリヤー、アダム)

〔1963年5月15日、16日〕

5:47/2:47/5:44/2:55/5:25


Bartok_sq_albanbergqアルバン・ベルク四重奏団(ピヒラー、シュルツ、カクシュカ、エルベン)

〔1983年-1986年、セオン、エヴァンゲリスト教会〕 

5:59/2:50/5:20/2:54/5:34


バルトークの弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の後継であり、傑作揃いだという話をよく目にしたものだった。学生時代にエアチェックを盛んにしていたときにたまたま録音したのは、ブランディス四重奏団による第6番だったと思う。同じバルトークでも「オケコン(管弦楽のための協奏曲)」には早くから親しんでいたのだが、当時弦楽四重奏曲ではベートーヴェンのラズモフスキー第1番(「第7番」)や七楽章の第14番にはぞっこんだったが、バルトークとなると歯がたたず、ずーっと(聴く上での)難曲の地位はゆらがなかった。

どんなきっかけかは忘れたが、バルトークの6曲の弦楽四重奏曲を初めて聴いたのは、ようやく2000年の秋だった。ちょうどCDプレーヤーを持ち歩いていたので、早速喫茶店でCDを開封して聴き始めたのだが、まったく耳に入って来ないのには閉口した。あまりに異質な音楽なので自分が何を聞いているのか、頭が理解できないのだ。その後、上記リンクのホームページにも書いたが、図書館でスコアを追いながらタカーチュQのCDを聴いたり、廉価盤のABQ、ジュリアードSQと購入して様々なアプローチを試み、聞き比べる内に次第にこの第4番が耳なじみになってきた。無調に近いち言われ、リズムも複雑で覚えにくい音楽ではあるが、それでも第4番などは、第1楽章に執拗なモチーフの繰り返しがあるので、そのモチーフを耳が自然に記憶したりしてきたし、第5楽章のバルトーク的な疾走感のある猛烈な音楽に共感を覚えたりもしてきた。

ハンガリー弦楽四重奏団のゾルタン・セーケイは、バルトークにヴァイオリン協奏曲第2番を委嘱したこともある名ヴァイオリニストで、この四重奏団員全員がハンガリー出身でバルトークの音楽への共感は非常に強くこれらの曲集の十字軍的な位置にいた団体のようだ。たまたま店頭で見つけて初めはこのCDから入門したが、その後特にジュリアードSQの録音を聴いてからは、このハンガリーSQの音程が少し甘いのではないかと感じられるようになった。初めの頃分かりにくいと感じたのはその辺りも関係しているのかも知れない。それでもジュリアード、ABQと聴いてきて、またハンガリーSQに戻ると、味のある演奏だという感想を持つ。

ハンガリーSQの次に聴いたのはABQ。これはレコードアカデミー賞を受賞するなど、一時期はバルトークと言えばまず第一に指を屈すべき録音として知られていた。それほど有名な録音だったが、FM放送などでも耳にした記憶がなく、このCDを買って聴いたのが初めてだった。これは、粗いほどの迫力を持つハンガリーとジュリアードに比べて、響きが豊かで微妙な音色の差異がはっきり聞き取れ、また各奏者とアンサンブルとしての技量も高度だということもあるのだろうが、不協和音も決して濁ってはおらず美しいバルトークになっている。もちろん音楽の性質上、アグレッシブで孤高な本質は変わらないのだが、色彩が感じられる音楽になっている。
 ABQは、学生の時に来日公演(仙台)を聴くことができた弦楽四重奏団で、この録音のメンバーはそのときのメンバーであり、非常に親近感がある。惜しくも近年ヴィオラのカクシュカ氏が逝去されてしまったが、宮城県の古い県民文化会館での演奏を今でも思い出す。

Bartok_sq_julliard_1963_cd最後に聞いたのは、ジュリアードSQの2回目の録音。ジュリアードSQの精密な表現により、バルトークの弦楽四重奏曲の本格的な演奏が始まったとも言われるほどで、音程やリズムなど今聴いてもビシっと決まっているようだ。この録音を聴いてから、バルトークの音楽の構造、形式のようなものがおぼろげながら分かって来たように思う。ヴェーグやケラー、エマーソン、近年のハーゲンなどの録音を聴いていないのだが、バルトーク演奏史上期を画すという意味で画期的な演奏だったという評もうなずけるものがある。なお、ジュリアードのCDは、Sony Franceが初CD化したもののようだ。なお、CDそのものは、CD番号は入っているが、曲目、演奏者情報がまったく記載されていない非常に珍しいものだ。

バルトークの弦楽四重奏曲は、親しめるようになった今でも決して聞きやすい音楽ではない。特にこの第4番は、バルトーク中期の傑作で、無調に近い調性。鏡像的な対称形式 ABCBA。特に第1楽章のモチーフが躍動的なリズムの第5楽章で効果的に再帰するのは印象的。第2楽章は、猛烈なテンポのスケルツォ的な音楽。第3楽章は、いわゆる夜の音楽。民謡的なモノローグが印象的。ここではハンガリーSQがいい味を出している。第4楽章は、チャイコフスキーの交響曲第4番と同様全曲ピチカートによる音楽だが、バルトークピチカートが効果的に用いられている。そして終曲はバルトーク的に疾走する曲。

漫然とは聴けず、猛烈な集中力と体力を要する曲だ。付き合いにくい存在だが、じっくり辛抱すれば音楽的に得るものがあるというところだろう。以前、前日に記事をアップしたヴァーグナーの『ニーベルングの指環』を聞いたあとで久しぶりにバルトークを聞いたところ、「ヴァーグナー以前と以後、ヴァーグナーの克服」というものが分かったような気がしたのも収穫のひとつだった。

*関連記事 2003年11月12日 第3番

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2006年7月15日 (土)

バルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番 チョン(Vn) ショルティ/LPO

Chung_bartok_stravinskyバルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112(1937/8)
ストラヴィンスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調(1931)
チョン・キョンファ(Vn) ショルティ/ロンドン・フィル (バルトーク) 〔1976〕
              プレヴィン/ロンドン交響楽団(ストラヴィンスキー) 〔1972〕

このバルトークの傑作と評されるヴァイオリン協奏曲第2番は、これまでNaxos盤(ハンガリー生まれの名ヴァイオリニストのジョルジ・パウクのヴァイオリン、ショパコンの指揮者とオケであるアントニ・ヴィト指揮ポーランド国立放送交響楽団 カトヴィツ、第1番と第2番を収録)を入手して何度となくトライした曲だったが、他のバルトークの難曲たちと同様、難攻不落を誇っていた。トライしてもはね付けられることが多く、どうにもなじめないでいた。(この演奏のほかに、五嶋ミドリとメータ盤も聞いたことがあったが、こちらもなじめずにいた。)

ところが、このチョンとショルティによるこのCDが入手でき、それほど期待せずに聞いてみたところ、パウク盤よりもなぜか耳に入りやすく、なぜかずっと理解しやすく感じた。理解できるからと言ってこちらが名演で、あちらが名演ではないとは言えないのだし、どこが違うと要領よく文章化するのは困難なのだが、なるほどと思った指摘は、パウクはなるほど名手だがソリストとしての身振り手振り(表現力の大きさ)がそれほどある方ではないので、大向こうを唸らせるようなアピール力があまりないというものだった。そういう点で聴いてみれば、チョンのヴァイオリンは、ソリストとして生まれてきたと言えるほど集中力が高く激しいものだし、ショルティの指揮するロンドンフィルは、バルトークを得意とするショルティだけあり、ヴィトのオケよりも明瞭であいまいさが少ないように聞こえる。

このCDの記事をいつかアップしようと思っていたところ、blog「音に巡る思い」のエントリーを読ませていただき、ようやく記事にすることができた。

バルトークの難解な曲たちは、弦楽四重奏曲でもようやくその複雑なリズムと独特なメロディ、不協和音になれて、ところどころのパートを諳んじられるようになるほど聞き込むと、突然魅力を現してくれるようなところがある。そういう意味で、協奏曲という分野は大勢の聴衆向けのアピールをする曲種でもあり、この曲も盟友セーケイからの委嘱によって作曲されたものだから、セーケイのヴァイオリニストとしての実力を示すものだろうとは思うが、一度聴いた程度ではまったくなじむことができなかった。(今でもピアノ協奏曲の第1番、第2番にはなじめないでいるのだが)

なお、相互リンクをいただいている「トロンボーン吹きによるクラシックの嗜好」のシャハム ブーレズ盤の記事は、この曲の見事な解説記事になっていて参考にさせてもらっている。

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2006年6月11日 (日)

バルトーク 2台のピアノと打楽器のためのソナタ アルゲリッチ、コワセビッチ

Bartok_2piano_percussion_argerich_kovaceバルトーク 2台のピアノと打楽器のためのソナタSz.110(1937/1938初演)*
モーツァルト 4手のためのアンダンテと5つの変奏曲ト長調 K.501(1786) (1台ピアノの連弾)
ドビュッシー 白と黒で (2台ピアノ))(1915/1915出版)

*打楽器: Willy Goudswaard, Michael de Roo
<1977年5月録音>

おかしなジャケットだが、英国の「グラモフォン誌」による年度賞を受けたものをユニバーサル・インターナショナル(に属する フィリップス、デッカ、ドイツグラモフォン)が Awards Collection というタイトルで売り出しているものしか見つからなかったので、これを購入した。中古でないCDの買い物は久しぶり。次男と妻がキャンプに出かけて、参加しなかった長男と二人で町まで買い物と食事に出かけた。他に、フルニエ&ケンプのベートヴェンのチェロソナタ集(2枚組み)、ABQによるベートーヴェンの初期弦楽四重奏曲作品18の6曲セット(中期と後期はスタジオ録音だったので、これで同じ録音が全部揃えられたと思ったらこの初期のものはその後のライヴ録音のものだった)、それにこれまでまともに聴いたことのなかったシューベルトの「白鳥の歌」シュライヤーとシフによるもの。これらについては、おいおい書いてみたいと思う。

さて、バルトークの曲だが、最初に聴いたのは、高校の音楽の授業だったと思う。鑑賞教材にこの曲が入っていた。そのときはエネルギッシュな音楽だとは感じたと思うが、古典派からロマン派に夢中だった当時は、この曲の面白さはあまり分からなかった。(音楽の先生は、ツトム・ヤマシタという打楽器奏者が、通常二人で担当するこの難曲を一人でこなしたことがあると賞賛していたのを覚えている)。大学になってこの曲に触れたのは、指揮者の岩城宏之がパーカッションを担当(彼は芸大の打楽器科の出身)、夫人の木村かをりがピアノを弾いた演奏会をFM放送でエアチェックしたときだった。それ以来、バルトークの曲としてはオケコンと並んで親しんできた作品だが、これまで音盤を入手する機会がなかった。

アルゲリッチは、DGにネルソン・フレーレと組んで録音したものもあるようで、彼女の好きなレパートリーのようだが、コワセビッチとのフィリップス盤は、1977年5月に録音されたもの。

バルトークの作曲年表を見ると、代表的な傑作、弦チェレとヴァイオリン協奏曲第2番にはさまれて作曲されている。

1936 弦と打楽器とチェレスタのための音楽
1937 2台のピアノと打楽器のためのソナタ (1940 同管弦楽付き)
1937/38 ヴァイオリン協奏曲第2番

弦チェレ、弦楽オケのためのディヴェルティメントと並んで、バーゼルの国際現代音楽協会からの委嘱により作曲されたもので、初演はバルトークと彼の2番目の妻ディッタがバーゼルで行った。

打楽器:3台のティンパニ、シロフォン(木琴)、2台のサイドドラム(一台はスネア:響線付き、もう一台はスネアなし)、シンバル、宙吊りシンバル、バスドラム、トライアングル、タムタム。(いくらツトム・ヤマシタでも一人ではこれは無理ではなかろうか?)

【追記 ツトム・ヤマシタ 2台のピアノ でGoogle 検索したところ、ツトム・ヤマシタが一人で演奏したという記事を発見した。shinchanという打楽器奏者の方の日記 2003年01月24日(金)

第1楽章:Assai lento の序奏部を持つソナタ形式。主部はAllegro molto。ピアノと打楽器が多彩に交錯する。第2楽章のLent, ma non troppo の緩徐楽章は、「夜の音楽」的な音楽になっている。Allegro non troppoの終楽章の爽快な運動性は、ちょうど「弦チェレ」「オケコン」や、弦楽四重奏曲第四番のフィナーレと同じ性格を持っている。鹿爪らしい難解さだけではなく、彼の音楽には心を浮き立たせるリズミカルな運動と、質朴な民謡性があるのが、やはり生命力を失わない要因のひとつではなかろうか?(自分の好みがそうなのだが)。

なお、このようなユニークな編成の曲を同時代の他の作曲家たちは書かなかったのだろうか?

アルゲリッチと組んでいるスティーヴン・(ビショップ)・コワセビッチは、一時アルゲリッチと結婚したこともあったアメリカ生まれのピアニストで、先日読んだジャクリーヌ・デュプレの本にも、一時期デュプレと同棲していたこともあったと書かれていた。優れたピアニストという評判を聞いたことがあるが今はどのような活動をしているのだろうか?この演奏は、左から聞こえるのが第1ピアノで右が第2ピアノだろうが、やはりクレジットで先に書かれているアルゲリッチが第1だろうか?

HMVの現行盤は10種類ほどあるようで、なかには作曲者、初演者バルトークとディッタによる演奏も入手できるようだ。

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2006年5月31日 (水)

ミヨー、バルトーク、ストラヴィンスキー、ハチャトゥリアンのCl,Vn&Pトリオ アンサンブル・インカント

Milhaud_bartok_stravinsky_khachaturian_c
ミヨー         組曲(1936)
バルトーク      「コントラスツ」(1938)
ストラヴィンスキー 「兵士の物語」組曲(1919)
ハチャトゥリアン  トリオ(三重奏曲)(1932)
Ensemble Incanto Neftel(Vn), Manno(Cl) Klahn(P)

今日は、ヨーゼフ・ハイドンが197年前に亡くなった日。1809年、すでにモーツァルトの死から18年後、ハイドンは世を去ったわけだ。ベートーヴェンは、モーツァルトの死後、ヴィーンに行き、ハイドンに師事したのだし、ハイドンのロンドンセットなどの交響曲、オラトリオ「四季」「天地創造」は、モーツァルトの死後作曲されたもの。生まれが早いからモーツァルトの後期交響曲の方がハイドンのそれら傑作よりも後の作品のように思い勝ちだが、作曲年代から言ったら相当違いがある。

ところで、今晩はハイドンの曲ではなく、たまたま入手できた面白い曲集を聞いている。ブラームスのクラリネット三重奏曲は クラリネット、チェロ、ピアノの三重奏だが、このCDに収められたのは、チェロではなくヴァイオリンが入ったもの。

ミヨーの音楽を音盤で聴くのは初めてかも知れない(聴くともなしに聴いたFM放送は別にしてという意味だが、「世界の創造」あたりは多分聞いたことがあるとは思う)。こんなに平易な音楽を書いた人だとは思わなかった。

バルトークの「コントラスツ」を聞きたくてこのCDを買ったようなもの。シゲティとあのベニー・グッドマンのために作曲した、いかにもバルトークらしい激しくエネルギッシュな曲。第3楽章の冒頭はしばらく前の日曜日夜のNHK芸術劇場のオープニング音楽になっていたと思う。中間部のモチーフは、バルトークの他の曲で聴いたことのあるような気がする。

ストラヴィンスキーの「兵士の物語」は、原曲からの編曲だろうか?ライナーノートではその辺があいまいだった。コクトーの語り入りのマルケヴィッチ盤を先日入手して聞いたばかりだが、その中から5曲を抜粋したもののようだ。コクトーの激しい語りが入らないこちらの方が音楽を楽しめる。

ハチャトゥリアンの曲は、四曲の中で唯一伝統的なイタリア語による発想記号が使われている。アルメニア出身だけあって、カフカス地方の民謡を素材に用いているようだ。大変親しみやすい平易な音楽だ。(このようなトルコ的、ペルシャ的、とでもいうような音楽を聴くとついて「エキゾチシズム」という言葉が条件反射的に出てくるというのは、美学的に欧化してしまっているということなのだろうか?)

クラリネット、ヴァイオリン、ピアノの組み合わせは、音響的にも非常に面白い。20世紀の作曲家たちがこの編成でこのような曲を書いたのもうなずける。

初めて聴いたが、このアンサンブル・インカントというアンサンブルは、1988年ハノーバーのメシアン・フェスティバルで結成された団体だという。ヴァイオリンのネフテルはアメリカ生まれの女性でエリーザベトやチャイコフスキーコンクールの入賞者。クラリネットのマンノはドイツ生まれの男性で、ケルンやミュンヘンのオーケストラに所属、ケルンの音楽院の教授。ピアノのクラーンは、ドイツ生まれの女性。ハンゼンに師事とのこと。すごく上手いアンサンブルだと思う。

補記: メシアン・フェスティバルで結成とのことで、メシアンの「世の終わりのための四重奏」を録音している。これには、チェロが加わっている。というより、もともとアンサンブル・タッシのようにこの曲を演奏するために臨時で集まったメンバーにより結成されたのかも知れない。

なお、incanto とは イタリア語で、英語では spell となり、それを再度日本語にすると、呪文、魔法、魅惑のような意味があるようだ。魅惑のアンサンブル、魔法のアンサンブル、呪縛するアンサンブル?

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2006年4月21日 (金)

セル/クリーヴランド管弦楽団による「オケ・コン」「シンフォニエッタ」

Szell_bartok_janacek

バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Sz116 (1965年1月15,16日録音)
ヤナーチェク シンフォニエッタ (1965年10月15日録音)
ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

セル没後30周年で発売されたおりにもとめたCD。セルのCDは比較的多く所有しているが、その中でも気に入っているもののひとつ。輝かしく透明感があり、精緻でかつリズミックな推進力のある熱い演奏を聴くことができる。

バルトークは、終楽章にセルの独自の「解釈」または「改変」により、バルトークの残した原曲にカットおよび追加されていることで、少々「悪名」が高い録音ではある。しかし、演奏の素晴らしさはなかなか比較の対象が見つからないほど。ホームページやこのブログでも書いたが、一時期この「オケ・コン」に凝ったことがあり、ショルティ、オーマンディ、マゼールなどの演奏で聞き比べを楽しんだ。現在でもCDで、ライナー/CSO, ブーレーズ/NYPを聴くが、それらと比べても、この演奏の精度の高さは大変なものだと感じる。

「シンフォニエッタ」は、学生時代に、ノイマン/チェコフィルの演奏する冒頭のファンファーレの土俗的で開放的な響きを聞き参ってしまった曲なのだが、このセル盤はその記憶にもまして素晴らしい。ヤナーチェクの非常にユニークに聞こえるオーケストレーションをセルとクリーヴランド管弦楽団は、独特の土臭さは残しながら、洗練された音色や演奏法で再現しているように思う。聴いていて心が躍るような境地に入る。すでに、「利口な女狐の物語」でも親しいものになったヤナーチェクの本当に個性的な音楽が1960年半ばの、クリーヴランドで奏でられていたというのも面白い。セルは、ハンガリー出身だが、母方の家系はチェコ系だったと聴いたことがある。それゆえ、彼のチェコの作曲家の演奏が、整然としながらも熱い血潮を感じさせるのだという説を聞いたことがあるが、この「シンフォニエッタ」もその仲間になるのだろうか?

P.S. 「がまだす」というBLOGにセルのプロコフィエフの第5交響曲とバルトークの「オケコン」の記事を発見して、トラックバックを送らせてもらった。以前発売されていたセルの音盤と最近の没後30年のリマスタリングやヘリテージシリーズでは相当音質が違うようだ。

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2006年4月12日 (水)

バルトーク ピアノ協奏曲全集 ブロンフマン(p) サロネン/LAPO

Bronfman_salonen_bartok_p_concertos◎バルトーク ピアノ協奏曲第1,2,3番
イェフィム・ブロンフマン(P), エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック

録音 1994/10/17,18 California (1996年グラミー賞
(グラミー賞のサイトでクラシック部門をいろいろ検索してみると、Soltiの受賞の多さが目立つ。)

高校の音楽の授業で「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」を聞いたことはあったが、実質的なバルトーク入門は王道的(?)に「オケコン」と「ルーマニア民族舞曲(VnとP用編曲)」からだった。

傑作弦楽四重奏曲に惹かれてからは、いつのまにかバルトークのCDも増えてきた。とはいえ、バルトークの作品は、決して耳あたりがよかったり聴きやすかったり、いわゆるヒーリング的な癒しにつながる音楽はほとんどなく、アグレッシヴな不協和音や形式的・構成的にも難解な曲が多く、常に対決姿勢的な真剣さを要求され、聴くほうがエネルギー切れの場合には付いていけないこともあり、漫然とは聴けない。そういう意味での集中力の要求度は、ベートーヴェン以上だと思う。そうは言っても、オケコンのフィナーレや弦楽四重奏曲第4番のフィナーレなどの猛烈に疾走する音楽には一種の爽快感やカタルシスを感じるのも確かだし、若き日コダーイとともに東欧の民謡研究に没頭したことに由来があるのだろうが、ときにセンチメンタルとさえいえるような非常に魅力的なメロディーやテーマが聴かれることもあるのも彼の音楽に惹きつけられる理由だろうと自己分析している。

バルトークが名ピアニストだったことは、先日のシゲティとのワシントン・リサイタルのCDでも触れた(パリのルービンシュタインコンクールで、バックハウスに次ぐ第二位!)が、彼の傑作には弦楽器系の曲、ヴァイオリン協奏曲や弦楽四重奏曲などが多いのは不思議だ(ショスタコーヴィチもピアノ演奏をよくしたが、同じくピアノ協奏曲など取り立てての傑作とは言えずむしろヴァイオリン協奏曲の方がすごい曲だし、バルトークと同様に15曲の弦楽四重奏曲がある)。

今回のCDは、ピアノ協奏曲第3番を聴きたくて求めたもの。安定したメカニックを誇るブロンフマンと、天才指揮者サロネンの指揮のものが、一枚で全曲が揃うところが非常にお徳用だと思った。

しかし、バルトークのピアノ協奏曲といえば、私の年代としては、まずはポリーニとアバド/シカゴ交響楽団の録音を挙げることになる。1977年2月に録音された第1番と第2番は、まだバルトークの曲をあまり知らない自分にとっては、完璧なピアニストが、盟友アバドと世界一のヴィルトゥオーゾオーケストラ シカゴ交響楽団と入れた難曲ということで、その演奏のすごさが喧伝され、印象深かった。今聞いてもその迫力は失われていない。(しかし、アバド、ポリーニともこの曲以外のバルトークにはあまり熱心でないようで残念だ。)

第1番、第2番は、ポリーニ、アバドに軍配があがるように思う。決してブロンフマンやサロネンの演奏が悪いわけではないが、どうも漫然と聞けてしまうのが難点だ。ブロンフマンやサロネンにとっては、難曲バルトークも易しすぎるのだろうか。その点ポリーニ盤には全盛期だった70年代の彼の集中力により、ピアノが打楽器として使われたといわれるこれらの曲の迫力がすごい。原色的なピアノの音色やブラスの輝きと力強さもこちらの録音の方が勝っているようだ。

第3番は、アメリカ亡命後の最晩年に作曲され、最後の17小節を残して作曲者が亡くなってしまった作品で、ヴィオラ協奏曲(草稿段階で残されシェルリーにより補筆完成。息子ピーター・バルトークによる補筆完成版もある)と並んでバルトークの白鳥の歌となっている。晩年の特徴である美しいメロディーや分かりやすい新古典主義的な形式で、バルトークの中でも親しみやすい作品だと思う。特に第二楽章の宗教的な調べは印象的だ。ブロンフマンとサロネンの演奏もこの作品がもっとも適しているようだ。

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