カテゴリー「スポーツ」の74件の記事

2014年2月13日 (木)

山中大地選手お疲れ様

日本時間の2月12日深夜11時頃(現地時間の午後6時頃)から始まったスピードスケート男子1000mに、山中大地選手と近藤太郎選手が出場した。

NHKBS1と地上波の日本テレビが生中継で放送したのを観戦して応援した。

母から電話で、大地選手の父母と姉、母方の伯父、父方の親戚、母方の親戚が9日に日本を発ってソチまで応援に行ったと聞いていたので、応援席で映るかなと見ていたら、第1組の近藤選手の出番の直前に、「応援団」として映されたを見ることができた。

近藤選手は、全20組中の第1組ということで、特に緊張感が強かったのだろう、固さが見られた。

山中大地選手は、10組までの前半終了後、製氷機が入って、その後2組目の第12組。同走は、南半球のオーストラリア出身のグレイグという選手。大地選手はアウトコーススタート。テレビに映った表情は硬く、相当緊張している様子が伺われた。

スターターは、日本の北沢氏(銀メダリスト)。

スタートダッシュは素晴らしかった。200m通過は、これまでの最速タイだった。グレイグがインコーススタートでグングン飛ばすので、ホームストレートで結構差がついてしまい、焦ったのかも知れない。懸命な滑走をするが、オリンピック代表選考会のときのような伸びやかさが見られないようだった。最後のコーナーでは相当疲れたのか、動きに大きさが見られなかった。そして、ゴール。1分10秒台を持っている大地選手だが、1分11秒93で最終的に36位となった。近藤選手は、1分11秒44で35位。

本来のタイムよりも1秒ほど遅いタイムだったわけで、レース後のコメントでも二人とも悔しさを表していた。

それでも立派に堂々と滑りきった姿は、恰好よかった。全世界で40人しか出場できないこの種目であり、その中で本人としては不本意な部分もあっただろうが、精いっぱいの力で滑りきったのだから。応援団も大地選手も、ここ数日の内に帰路に就くのだろうが、本当に長旅お疲れ様でした。

競技結果は、これまでオリンピック2連勝中の、アメリカの黒人スケーター シャニー・デイヴィスは8位となり、この種目でもまたオランダ勢が金メダル。銅もオランダ。銀はかろうじてカナダの選手が入った。

製氷技術者がオランダ人ということだが、記録的にも勝負としてもここまで強いのは少し不思議な感じだ。スラップスケートのスケート靴にも何かとてつもなく軽いとかの秘密があるのかも知れない、などと勘繰りたくもなってしまう。

それにしても、冬季大会は、番狂わせが多い。絶対王者の女子ジャンプの高梨紗羅、スケートボードハーフパイプのショーン・ホワイトもメダルを取れなかったのだから。


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2014年1月31日 (金)

紅梅が開花していた。ソチ五輪間近。

定点観測の天神社の梅だが、昨日紅梅が開花しているのに気が付いた。おそらくその数日前には綻び始めたのだろう。昨季よりも少し暖かいこの冬なので、うべなるかな、といったところだ。

ロシアのソチオリンピックの開幕までもう少し。スピードスケート陣はいち早くソチに向けて旅立ったようだ。先日の壮行会では、山中選手の姿はちらっとテレビに映り、朝日新聞でも顔の上半分がカラー写真で確認できた。

今回は、男子500mがメダル候補ということで、他の種目はあまり注目されていないが、持ち前の冷静なレース運びを見せてくれることを期待したい。

それにしても、あの加藤や長島、女子の小平らと一緒に日本代表として、すでにソチで始動しているというのだから、本当にすごいものだ。

頑張れ大地選手!

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2013年12月29日 (日)

ソチオリンピック 代表選出 おめでとう 山中大地選手

約5年前に紹介した山中大地選手が、2014年のロシア、ソチで開催される冬季オリンピックのスピードスケート男子1000メートルの代表に選出された。

2009年1月31日 (土) スピードスケート 長野高専3年 山中大地選手

本日12/29 のレース結果 日本スケート連盟のホームページより
ソチオリンピックスピードスケート日本代表選手選考会
2013年12月27日~2013年12月29日
長野市オリンピック記念アリーナ
男子1000m結果

順位選手名所属名レーンタイム備考1備考2
1 山 中 大 地 (株)電算 IN 01:10.94  

SBC杯 第20回全日本スピードスケート距離別選手権大会 兼ワールドカップ/ユニバーシアード/ジュニアワールドカップ派遣選手選考競技会 2013年10月25日~2013年10月27日長野市オリンピック記念アリーナ(エムウェーブ) で行われた大会で、1000mで初の日本一となり、期待が高まっていたが、その後ワールドカップでの報道は、男女の500mが主で、一般紙には目立った報道がなかったので、気をもんでいた。

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/131229/oth13122919130011-n1.htm

山中「うれしいのひと言」 男子1000メートル制し喜び爆発

2013.12.29 19:08
男子1000メートルで優勝した山中大地=29日、長野市エムウエーブ(大里直也撮影)

男子1000メートルで優勝した山中大地=29日、長野市エムウエーブ(大里直也撮影)

 男子1000メートルを制した山中は「うれしいのひと言です」と破顔一笑した。ただ1人、1分10秒台となる1分10秒94のタイムを出し、ゴール直後に記録を確認すると大きく右拳を握りしめた。

 女子の第一人者、小平とも練習に取り組んできた23歳。10月の全日本距離別選手権でも男子1000メートルで優勝したが、その後のW杯では結果を残せないでいただけに「日本で勝てるだけの選手ではなく、世界で戦えるようにしたい」とレベルアップを誓った。

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/131229/oth13122919430014-n1.htm

加藤、長島ら五輪代表17人決定 田畑は5度目

2013.12.29 19:34
女子1000メートルの表彰式で手を振る1位の小平奈緒(中央)、2位の住吉都(右)、3位の辻麻希=29日、長野市エムウエーブ

女子1000メートルの表彰式で手を振る1位の小平奈緒(中央)、2位の住吉都(右)、3位の辻麻希=29日、長野市エムウエーブ

 日本スケート連盟は29日、スピードスケートのソチ冬季五輪代表として男子は500メートルで金メダルを期待される加藤条治、長島圭一郎(ともに 日本電産サンキョー)ら7人、女子は小平奈緒(相沢病院)ら10人を発表した。5度目の出場となる39歳の田畑真紀(ダイチ)は女子1500メートルと団 体追い抜きで選ばれた。

 代表は次の通り。

 【男子】500メートル 加藤、長島、及川佑(大和ハウス)上條有司(日本電産サンキョー)▽1000メートル 山中大地(電算)近藤太郎(専大)▽1500メートル 近藤▽5000メートル ウィリアムソン師円(山形中央高)

  【女子】500メートル 小平、辻麻希(開西病院)住吉都(ローソン)▽1000メートル 小平、住吉、辻▽1500メートル 田畑、菊池彩花、押切美沙 紀(ともに富士急)高木菜那(日本電産サンキョー)▽3000メートル 藤村祥子(宝来中央歯科)穂積雅子(ダイチ)石沢志穂(トランシス)▽5000 メートル 藤村、穂積、石沢▽団体追い抜き 田畑、菊池、押切、高木

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2013年9月 1日 (日)

数少ない親日国のトルコ

東京での2回目のオリンピック招致が、IOC委員会で決まりそうなんだとか。

長野の時は、バブル景気に湧く日本が大接待攻勢を掛けて、各国選手団の旅費や滞在費まで全部開催地持ちにするという口約束までして、経済の力で勝ち取ったオリンピックとも言われたものだった。それを真似したソルトレーク市では、大量の「汚職」摘発が行われたが、長野は、田中康夫前知事も、結局伝統的なムラ社会と官僚主義の厚い壁に阻まれ、摘発が無しに終わってしまったという経緯があった。当時のサマランチIOC委員長の豪遊振りは、地元でも話題になっていたが、ものすごいものだったらしい。

立候補都市のひとつ、トルコのイスタンブールは、ビザンチウム、コンスタンチノープルでもあった都市であり、ギリシャ・ローマの歴史に思いをいたし、キリスト教とイスラム教の融和への象徴的な都市として、オリンピックを開催する意味は、2回目の東京よりも大きいように個人的には思われる。

さらに、トルコは日本にとっては数少ない親日的な国でもあり、大切にすべき国ではなかろうか?

100年の計を考えるならば、東京が辞退をして、イスタンブールを応援するという手もあったように思う。

どうも、トルコの政治情勢や、スペインの経済不振などの影響もあり、東京が開催地に決まりそうなので、こんなことを考えた。

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2012年12月24日 (月)

フィギュアスケート全日本選手権

女子では、浅田真央選手の復活のシーズンとなったが、ベテランの鈴木選手も頑張った。しかし、初優勝は惜しくもすり抜けてしまった。ショートとフリーが二本とも安定することが必要なのだろうが、なかなか難しいようだ。2位の村上選手は久々の満面の笑顔が見られた。まだ18歳。心身とも安定してくればまだ伸びるだろう。やはりその選手の個性が発揮できるプログラム・音楽が大切だと感じた。

第一線の選手の世界に残るだけでも大変なのは、大学4年の選手がこれで引退するということでも感じられた。村本選手や高山選手など、この数年の全日本のテレビ中継で馴染みになってきた選手が引退だというと少し寂しさを覚える。一方、数年前に引退した中野友加里元選手がフジテレビの記者として浅田選手のインタビューをしていたところが放送されたが、懐かしかった。

ジュニア世代の活躍が素晴らしかった。3位の小柄な宮原選手はもちろんのこと、最終滑走の本郷理華選手の健闘は光った。テレビ放送で見入ったときには、ほぼノーミスの素晴らしい演技で、会場も解説者・アナウンサーも引き付けられたものだったが、あまり得点は伸びず総合で5位どまりだった。その得点に少し違和感を感じたのだが、録画していたので、その演技を見直すと、ジャンプは本当に素晴らしいものの、全体の流れや細かい振付の洗練、技と技の移行部分などまだまだ改善の余地がある少々荒削りの部分が分かった。さすがに審判員は冷静のようだ。だが、宮原選手、本郷選手が世界ジュニアに派遣されるので、その活躍が楽しみだ。

大会結果 

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2012年7月26日 (木)

ロンドンオリンピックが開幕する

まずは、日本時間の7月26日午前1時、現地時間(夏時間のため日本との時差は-8時間)17時に始まるサッカー女子のカナダとの予選リーグ第一戦。サッカーは試合日程の関係で、開会式前に予選が始まるのが常で、今回もその例にならっている。

4年前の北京。8年前のアテネ。12年前のシドニー。16年前のアトランタ。20年前は思い出せなかったが調べたらバルセロナだった。すると24年前はソウル。そして1984年は東側が不参加のロサンゼルス。1980年は西側が不参加のモスクワオリンピックとなるわけだ。1976年がモントリオール。1972年がミュンヘン(このあたりは記憶が鮮明)。1968年がメキシコ。そしてオリンピックの記憶は、1964年の東京オリンピックまでさかのぼる。東京オリンピック音頭で盆踊りを踊った思い出がかすかにあるのだ。

ロンドンのオリンピックは、これで史上初となる3度目(中止となった1944年も回次に加えるため実際は4回目)とのことだ。第1回目が1908年、第2回目が1948年。

前回はもう64年前というので、目新しさは無いとはいえ、ほとんどの人にとっては初のロンドンオリンピックにはなるのだろう。

さて、この記事をアップする7/26の6時には、女子サッカーの結果はどうなっていることだろう。

追記:朝6時16分 なでしこジャパンは、2-1でカナダに勝った!

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2011年7月18日 (月)

撫子の奇跡的な勝利

猛暑が続く三連休の最終日の払暁から早朝にかけて、ドイツのフランクフルト・アム・マインのスタジアムで行われたFIFA主催の女子フットボールワールドカップで、日本代表チーム、なでしこジャパンが見事優勝を成し遂げた。

ナデシコ、Nadeshiko というニックネームは地元ドイツや決勝戦の相手国USAでも新聞の見出しに使われ、サッカー界では、ちょっとした国際語になったようだ。

現地のテレビレポートで紹介されたが、このナデシコという言葉はどういう意味かを日本人選手や関係者たちは海外の記者などに尋ねられたらしい。

日本女性を象徴する言葉として、ヤマトナデシコという美称があるが、それではナデシコとはどういう意味かというと、すぐには即答が難しい。漢字では、撫子と書くので、子を撫でる、撫でるほど可愛い子、ということで、愛らしいものを表すのだろうが、辞書で調べてみると、植物としては当て字として瞿麦(くばく)を用い、そこから石竹やカーネーションとか、カーネーションの英語名のpink とかが連なって出てくるので、とても深く広い言葉でもあるようだ。

予選リーグで、イングランドに敗れたものの、決勝トーナメントでは開催国で過去のW杯で2回の優勝を誇るドイツにかろうじて勝ち、準決勝ではスウェーデンを圧倒、そして今日のランキング1位で、女子サッカー大国(裾野の広さからトップクラスまで、日本の競技人口が約5万人のところ、アメリカはなんと170万人近い)であるアメリカに対戦。過去引き分けはあるものの、一度も勝ったことが無かった相手だという。日本時間の5時ごろ1対1の後半途中から生中継を見始めたが、アメリカチームの体格やスピード、個人技は日本を圧倒していたように見えはしたが、日本チームは後半も、延長でも走り続けるスタミナと気力が失われず、それが数少ないチャンスを得点に結び付け、そしてPK戦での集中力の維持にもつながったように思われる。第二次大戦の戦車と竹やりではないが、裾野の広さという物量から言えば、いくら少数精鋭とは言え、勝てる公算はとても低いものだったと思うが、本当に奇跡的に勝利の女神が日本にほほ笑んだように思う。

女子の団体競技の近年の白眉と言えば、同じくアメリカを破った女子ソフトボールの金メダルが思い浮かぶ。二つの競技を比較することに意味があるかどうかはわからないが、ソフトボールでは絶対的エースピッチャーとして上野由岐子を擁しその彼女が大活躍し、サッカーでは、精神的な支柱的大ベテランの澤穂希(さわ・ほまれ)が、得点王・MVPを獲得するほどの大活躍を成し遂げた。もちろん強力な相手の攻撃を撥ね返す守備陣の活躍もあり、また、ナデシコスタイルとでも言うほどのダイレクトパスでつないで相手を崩すパスサッカーの組織性が土台ににあったように思う。

いずれにしても、日本のスポーツ界にとっては歴史的な勝利であるようだ。FIFA主催の国際大会で、男女や年代を問わず、頂点に立ったのは今回のナデシコが初の快挙だそうだ。

バレーボールやバスケットボールでは圧倒的に背の高い選手が有利だが、サッカーでは体格的には勝れていないチームでもこのように勝てる可能性があるということを如実に示したことも、スポーツ界への貢献という意味でも大きいことだったかもしれない。

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2011年1月31日 (月)

誉田 哲也『武士道』シックスティーン セブンティーン エイティーン

これも昨年の夏に読みきった3部作。『一瞬の風になれ』は男子高校生の短距離走者たちの青春を描いたものだったが、こちら『武士道 シックスティーン』から始る三部作は、女子高校生の剣士たちの物語だ。シックスティーンは16歳。そして17歳、18歳と二人の対照的な剣士の友情と戦いが描かれる。これも、文体的には、一人称の独白なのは『一瞬の風になれ』と似ているが、こちらは二人の主人公が、交互に物語を紡いでいく。陸上の方は神奈川県の公立高校がモデルだったが、こちらは同じ神奈川ながら桐蔭学園の女子部をモデルにしたもので、身近な地名が登場するのも興味をそそる一因にはなっている。

作者の誉田哲也(ほんだてつや)は、このような青春モノよりも推理小説の方がよく知られている作家らしいが、私はこの作品から入ったので違和感は感じなかった。ここまで剣道バカのムスメが実在するとは思えないけれど、対照的な性格造型がなかなか決まっていた。昨年もベストセラーになった村上春樹の『1Q84』も、同じく二人の主人公を交互に綴っていく構成で、自分自身大昔に文学少年だった頃に、そのような構成の小説が書けないかなどと思ったこともあったので、この両面的な書き方は、二重螺旋のようでもあり、結構使えるのかも知れない。

この作品はそこそこ読まれたようで、映画化もされた。それも成海璃子と北乃きいという旬の若手女優により香織と早苗の二人の少女剣士が演じられたようなのだが、ただあまりヒットしなかったようで、上映館も少なく、まだ見てもいない。剣道ブームになったという話も聞いていない。それでも自分にとっては相当面白かったのは、自身が少年の頃少し剣道を習ったことがあったからかも知れない。広くて浅くでも、いろいろ経験しておくのも悪いことではなかったようだ。

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2011年1月29日 (土)

佐藤多佳子 『一瞬の風になれ 1イチニツイテ 2ヨウイ 3ドン』、『黄色い目の魚』 

2010年は、日本でスマートフォンの普及がこれほど急速になるとは思われず、勤務先の再編もあり、4月から9月までの期間、長年通いなれた通勤経路より、倍以上かかる勤務地で勤務していたこともあり、生活のリズムも変わり、ブログでの投稿は大幅に減ったが、その間は特に読書に相当勤しんだ。

しかし、ブログの下書き記事としては、タイトルの入力はしても、記事を書き起こす気力が湧かずにそのままにしていたものが多かった。

昨年10月以来の再度の勤務先変更からようやくリズムも落ち着いてきたので、その当時記事にしようと思っていたものを、前回の『神曲』から少しずつアップしてみようと思う。

ここ数年、行きつけの本屋では、その本屋の店員さんたちが投票して決める「本屋大賞」なる賞が相当目に付くようになってきているが、この佐藤多佳子の三部作『一瞬の風になれ』も数年前の本屋大賞の上位に食い込んだ小説のはずだ。

妻が、数年前に図書館から第1巻を借りてきたのを借りて読んでみたところ、一人称の言葉遣いがとても新鮮な青春スポーツ小説で、面白かった記憶があった。昨年の6月、7月は会社の帰路に本屋に立ち寄るのが習慣になって自分としても読書ブームとなっていて、その続きの第2巻のヨウイ、第3巻のドンも読んでみたら、やはり大変面白かった。シリトーの『長距離走者の孤独』が私の高校生時代には、新潮文庫のリストでよく目に付いたものだったが、この三部作は副題が、『短距離走者の青春』ともいうべき小説で、神奈川県の公立高校の陸上部での青春模様が詳しく迫真的に描かれている。箱根駅伝をテーマにした三浦しをんの『風が強く吹いている』 も面白かったが、何かこのようなスポーツものや音楽もの、芸術ものの青春小説、コミックが最近の自分にとってはどうやらツボのようだ。

『一瞬の風になれ』は昨年の読書だが、『黄色い目の魚』は同じ作者の小説で、やはり妻が借りてきたもの。今日数時間で一息に読んで面白かった。こちらは新潮文庫から出ている。これも主人公たちの一人称の語り(心の声)的な構成で、どうやらこの作家はこの作法が得意のようだが、流行の言葉でいうと登場人物のキャラが立って(性格や容姿の描き分けが巧いということ)おり、物語の世界にスイスイ入っていけた。

自分の子ども達がそのような年代になるこの歳になって、どうも青春小説づいている(コミックにしても『君に届け』!)ようで、自分ながら不思議なのだが、この小説は印象が強く残る小説だった。

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2010年4月10日 (土)

Jリーグ 横浜Fマリノス対セレッソ大阪 観戦、そしてワールドカップ

新聞販売店から観戦チケット(ホーム側自由席大人2枚)をもらってあったので、小中学生用の自由席チケットを子ども用に買い足して、家族で日産スタジアム(横浜国際競技場)に行ってきた。サッカー観戦は同じスタジアムでの数年前のJ2の横浜FC対コンサドーレ札幌以来。

ようやく春らしい暖かい微風が吹く陽気になり、駅までの道を歩くのも心地よい。スタジアムの最寄り駅にも多勢観客が詰め掛けていたが、それでも公式発表は15000人ほどの入場者。7万人入るスタジアムなので、空席が目立ったが、席に余裕があり観戦するのには楽だった。ホームチーム側の2階席にお茶や串団子などを持ち込み、選手たちには失礼ながらちょっとした花見気分の観戦。ビールの場内販売もあったが、日が陰るとさすがに肌寒くあまり売れ行きはよくなかったようだった。

201004102

今季日本復帰で先日の国際親善試合に出場したばかりの注目の中村俊輔選手が控えとしてスタートしたゲームだが、圧倒的にボールを支配し相手陣内でプレーするホームチームのマリノス有利だと思われた。前半終了直前、セレッソのラフプレー(両足タックル)でレッドカードが出され、後半は11人対10人となり、さらにマリノスのボール支配率は上がったのだが、ゴール間際の詰めが甘いのか、まったく点にならない。シュートも枠内を強力に捉えて相手ゴールキーパーの巧守に阻まれたというような好シュートはほとんどなかった。あっという間に時間は過ぎ、終了10分前ごろに中村俊輔が投入され、さすがのボール捌きで決定的なチャンスを演出したが、やはり点が入らず。相手のゴール前でのファウルによる直接フリーキックもゴール枠を捉えられず、0対0の引き分けという結果に、ユニフォームを着て旗を振り、鳴り物入りでの応援を繰り広げた熱心なサポーターからは大ブーイングが飛ぶ結果となった。

現在では格下のセレッソ相手にホームゲームでの引き分けは負けに等しいもので、多くのファンはがっかりした足取りでまだ桜の花の残る新横浜郊外に散って行ったのだった。

なお、セレッソサポーターも数は圧倒的に少ないながら応援に来ており、けなげだった。

201004103

Jリーグは地元密着で、このようにそれなりに活気があるが、あと数ヵ月後に開かれ、日本代表が出場する南アフリカでのワールドカップサッカーへの関心が日本中で低いという報道がある。

既にワールドカップ出場は、フランス、日韓、ドイツ大会と3回を数え、今回で連続4回ということもありものめずらしさがなくなったこともあるだろうし、またこれまでの実績から世界の壁が余りにも高いことは事実なのに、それを正面から見ようともしていないのではないかと思われ、選手決定も試行錯誤が多すぎると思われる現在の日本代表監督の手腕と方向性に疑問が付いていて、あまりにも馬鹿げた世界四強という目標の立て方が荒唐無稽過ぎるのも、もう一つシラケムードが漂う理由ではないかと想像する。

早くから選手を選考して、チーム独自の戦術、戦法により、謙虚にまずは1勝、そして予選突破を目指すというような地に足が付いた意思表明が望ましいのではなかろうか。

ただ、Jリーグはそれなりに盛り上がっているとは言え、今日のようなストレスが溜まるようなゲームしかできないJリーグのレベル自体が、今の日本代表の実力に直結しているものなのだろう。発足期のバブリーな世界レベルの選手達が揃ったJリーグは、あれはあれで問題があったがのだが、懐かしくなる。

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