カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の230件の記事

2009年11月15日 (日)

2009横浜国際女子マラソンを見物した

昨年まで東京で行われていた東京国際女子マラソンが、東京マラソンとの兼ね合いで中止になり、そのレースを横浜に移管するような形で、今年から横浜国際女子マラソンが開催されることになったようで、今日11月15日日曜日に、横浜の市街地を3回周回するという日本では珍しい周回コース型で、女子の一流の招待選手も出場して行われ、天気もよかったので、子ども達と見物に出かけてきた。

スタート直前の様子(未だ招待選手たちは入場していない)

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最初の小周回、中華街東門付近のトップ集団

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駅伝、マラソンを生で見たのは初めてだったが、結構面白かった。帰宅後、ビデオ録画を見たら、この場面でカメラを構えている私と子ども達もしっかりテレビカメラに捉えられていたのには驚いた。

子どもの頃から詳しい解説付きのトップ集団の先頭争いだけをみていたのだが、トップ選手だけではなく、多くの市民ランナーも参加する大会では、黙々と時間内完走を目指して走るランナーの姿を見ることもできる。また、トップアスリートたちとは言え、贅肉がそぎ落とされていることもあり、比較的小柄で折れそうなほど細い選手達であることを実感できる。目の前をあっという間に通り過ぎるだけで、順位などはワンセグテレビならぬ、旧式のトランジスタラジオ頼みなのだが、3回大回りの周回があるということで、場所を変えながらの応援が出来、何度も選手達を応援できるのも面白かった。

結果は、上の写真に写っている黄色のユニフォームのロシアの伏兵インガ・アビトワ、ゼッケン6番が優勝。青のユニフォームのゼッケン11番嶋原清子が大健闘の2位、そして3位にはケニアの女王ゼッケン2番のキャサリン・ヌデレバが入った。

比較的平坦なコースで、風の影響がなければ好記録が期待されたのだが、これ以上ない快晴ながら、気温も上着がいらないほどの小春日和となってしまい、あまつさえ、突風のような強風が風向を定めずに吹き荒れるという天候のためか、記録的には非常に平凡なもの(2時間27分程度)に終わってしまったのは残念だったが、何と横浜としては初めての本格的なマラソン大会ということで、多勢の観客、観光客が詰め掛けて応援していたのはなかなかよかったと思う。

ただ、最近はゴミ問題や選手に危険?ということで、応援の小旗は用いられず、代わりにネックウォーマーが主催新聞社から配られていたが、応援小物としては少し疑問だった。

横浜のマラソン大会と言えば、日産スタジアム(横浜国際競技場)に立派なマラソンゲートもあり、新横浜近辺も使ってのコース設定ができないものかとは思うが、この関東南部の膨張した巨大人口を擁する都市は、比較的平坦部が少なく、丘と谷が織り成すヤチ(ヤツ)地形の高低差のために、あまり適当なロングコースが取れないのかも知れない。むしろ、相模平野の方面の方が平坦部も多く、マラソンには適しているのではなかろうか?

 

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2009年11月11日 (水)

ブログを更新しなくなったこと

この数ヶ月、ブログ更新をめっきりやらなくなった。

一つには、Yahooの知恵袋というものを知り、そのクラシック音楽の質問に回答するのが面白くなり、6月から9月くらいにかけてすっかりハマったこともあったが、こちらも10月後半から飽きてしまって遠ざかっているので、ネットでのコミュニケーションに飽きてしまったということもある。

また、もう一つには、メタボリックシンドロームという少々基準があいまいながら、健康診断の各種指標を見るとやはり無視できない過剰な体重を食事と運動によって減らしていくのに「凝って」おり、そちらが面白く、また運動疲れで夜更かしも減ったため、パソコンに向かう時間が減ったこともある。

この間、母方の従姉の夫君が、10月25日(日曜日)の朝日新聞のオピニオン(耕論)日本農業を強くする で、記者の取材を受けて顔写真入りで大きく登場したというようなこともあり、実家に伝えたりもした。

さて、運動といっても、メタボ対策で少し流行になっているウォーキングというもので、通勤の往復に、一駅手前の駅で乗り降りして、片道約2kmずつ歩行時間を増やし、また仕事の昼休みに、近所の巨大スタジアムの周囲を往復を含めて約3km歩くようにして、以前に比べて一日約7kmは確実にエクササイズに相当する歩行を増やした。また、土曜、日曜日にも近所の堤防道路や森林公園をつとめて歩くようにしている。そのためにOMRONの Walking Styleという1週間のメモリ付きの歩数計、スーパーがシューズメーカーと共同開発したという廉価なウォーキングシューズ(黒の合成皮革なので通勤にも使える)を買い求めたりもした。

その効果もあり、臀部と脚部はスラックスがゆるくなるほどにスリムになった。だが、腹回りが思ったよりも減らない。少しきつくなっていたスーツの腹部がすんなりと前ボタンが留まるようになったことで、確実に腹囲も減ってはいるのだが、85cmを下回るまでにはいたっていない。体重は昨年の今の時期に比べて8kgは確実に減ったのだが。まだ、職場の人間ドックの呼び出しが来ないので、他の数値がどうなっているのかが気になるところだ。

ブログから遠ざかっている時期、あまり本も読めなかったが、故・加藤周一の「羊の歌」「続・羊の歌」を読み直し、ちくま文庫から出ている「日本文学史序説 上、下」に取り掛かったが、これが面白い。文学史とはいいながら、思想史、宗教史、文化史でもあり、虫食い状態で蓄えられている知識が、世界的な広い視野から整理し直されるような快感がある。

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2009年10月17日 (土)

ウォーキングで体脂肪率を落とそうとしている

レコーディングダイエットにもいろいろあるようだが、「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫)の推奨するような食べた物の記録とカロリー計算までは出来ないので、体重、体脂肪、腹囲、歩数などを記録しているのは、9月末に書いた通り。

昨年の11月の人間ドックでのメタボリック症候群認定を受けてから、月に1kgの減量を目指していたが、記録をエクセルで整理して折れ線グラフにしてみると、若干の増減はあるが、この5月までは、ほぼ横ばい。6月に少し減り始め、7月中旬に風邪を引きそのときに食事量が減ったこと、7月下旬に下痢でやはり食事制限をしたことで急激に体重が落ち、その後はリバウンドせずに、順調に減ってきたが、大台を9月下旬に切ってから、少し気がゆるんだのか、ほぼ維持という状況になってしまっていた。

その頃、体脂肪率を以前買っておいた体脂肪率計で測り直し、腹囲を測ってみたところ、意外にも隠れ肥満で、腹囲はメタボ基準を下回っていないことが分かり、少なからず衝撃を受けた。

日々の加齢により、次第に基礎代謝量が減っているため、主に食事だけの減量ではやはりだめなようなので、先日の台風の日に朝の通勤でバスや別の交通機関を使って歩行距離が不足したこともあり、昼休みのウォーキングをその日の強風の吹き荒れる中始めてみたところ、これがなかなかよいようだ。次第に歩き方も様になり、分速100mは越えられるようになり、歩幅も伸びるようになってきた。

一週間ほどは、体重に変化はなかったが、大台の次のステップをようやく今朝下回ることができ、体脂肪率も腹囲も減少してきた。しばらくこの調子で続けてみたいものだ。問題は、土日、休日のグータラだ。

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2009年9月27日 (日)

連続テレビ小説「つばさ」、新聞連載小説「麗しき花実」の完結

昨日土曜日でNHKの連続テレビ小説「つばさ」が最終回を迎えた。

視聴率は振るわないという報道がされていたが、我が家では、岩手県と横浜市を舞台にした「どんど晴れ」、福井県の小浜市と大阪が舞台の「ちりとてちん」以来、久しぶりによく見たドラマだった。実家でも、結構見ていたようで、夏休みに帰省した際に、父が「リアリティのあるドラマという先入観で見るからトンチンカンなので、いわゆる寓話やファンタジーとしての観点から見れば、つばさという題名の意図も分かるはずだよ」と話しており、家族でよく似た感想を話していたので、さすがに、父の見方の影響を私も受けているのかも知れないと思ったものだった。

途中に乱入するリオのカーニバルダンサーたち、主人公のつばさにしか見えない「ラジオの妖精」(イッセー尾形)の登場、和菓子屋甘玉堂の千代主人の遺影(小松政夫)の表情が変わる部分など、演劇的、トリックスター的な要素があってかえって面白かった。ヒロインの多部未華子は、以前「鹿おとこ あをによし」というドラマで、印象的な女子高校生を演じたときから、我が家では愛称「鹿女」と呼んでいることもあり、彼女のよく変わる表情など独特な個性がこのドラマを面白くしてもいたし、また家族関係というものを登場人物たちの様々なパターンによって描いていたのが、最終的にはこのドラマの主題だったと思うが、それなりに成功していたのではないかと思った。川越市出身の人のドラマへの不満の投書が掲載されたことがあったが、川越に対してはかえってよい印象を持つことができたドラマだった。

また、少し以前のことになるが、朝刊の新聞小説 乙川優三郎「麗しき花実」が201回をもって9月9日に終了した。ヒロインの女流蒔絵師理野が故郷の松江に帰る決意をするところまでは丁寧に書き続けられてきたが、そこからは急転直下の終結になってしまい、余韻は残ったが、少しフィナーレ部分の重みが欠けていたようで、惜しかった。時代として、酒井抱一等の活躍した江戸時代後期であり、下記の国語辞典での解説にある根岸が小説の中心的な舞台だった。この時代の「芸術家」「職人」のことが詳細に描かれておりその意味でも面白い小説だった。この小説家は、WIKIPEDIAによると山本周五郎に傾倒しているとのことだが、直木賞も受賞した時代小説家とのこと。他の作品にも興味が涌いてきた。

さかい‐ほういつ(さかゐハウイツ)【酒井抱一】 江戸後期の画家。本名、忠因(ただなお)。姫路藩主酒井忠似(ただざね)の弟として江戸に生まれた。仏門に入ったが、すぐに隠退し、江戸根岸に雨華庵をいとなみ、書画俳諧に風流三昧の生活を送った。絵は、狩野派、沈南蘋(しんなんぴん)派、浮世絵などを学んだが、のち、光琳に傾倒し、独自の画風を開いた。代表作「夏秋草図屏風」。(一七六一~一八二八) Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)  Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988


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2009年9月17日 (木)

鳩山民主党政権がスタート

昨日、麻生太郎内閣が総辞職し、鳩山由紀夫氏が内閣総理大臣に指名されて、民主党政権がスタートした。

20世紀の終わりごろ、細川、羽田、村山と、非自民の首相が短命内閣を組閣したことがあったが、基盤が脆弱だったため、事実上の自由民主党による政権はほとんど揺るがなかったが、一時的な小泉純一郎人気によりかかったブームの後の、安倍、福田、麻生というサラブレッド的政治家による無責任な放り出しと有権者不在の安易な政権継承への不満から、自民党にレッドカードが突きつけられたのが、今回の衆院選の民主党の圧勝という結果を招いたので、多くの投票行動が必ずしも民主党のマニフェストに期待しての投票ではなかったことは、衆院でも参院でも多数党となった民主党は肝に銘ずるべきだと思う。

当面、大きな失政でもない限り、または、内部分裂でもない限りは、安定多数による政治運営が行われるのだろうが、おごりの兆候が見えるとなると、有権者の目は厳しく変貌する。

今回の組閣を見ても、国民新党の亀井氏と、社民党の福島氏を閣僚とした連立内閣を組閣したわけだが、要は右も左もごちゃ混ぜな感は否めない。これは、自民党でも派閥バランス内閣が長く続いたこともあり、同様の右も比較的左もというごちゃまぜとは似て非なるものがあるように思う。自公連立と似たような印象で、同床異夢的な印象を持ってしまう。

経済、外交、環境と難問が山積している中での門出であるが、後世、2009年8月政変とでも呼ばれることになるのか、それとも小手先の変化で終わるのか、生活者としてはそのような大所高所からの評論家的な見方よりも、世の中に蔓延している不公正感の払拭がどのような政治的な手法によって達成されるのかに注目したいところだ。鳩山首相などは、小泉、安倍、福田、麻生各氏などをはるかに凌ぐ政治的なサラブレッドなわけで、同様な「無責任さ」「信念の薄さ」「放り出し」を感じさせるところが不安といえば不安だ。




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2009年8月31日 (月)

2009年の8月が終わる

2009年8月30日は、戦後日本で初めて自由民主党が衆議院の第一党ではなくなった日として歴史に記録されることは確かだろうが、その後の民主党の308議席による政治がどのように書き綴られていくことだろうか?期待半分、心配半分というところだろう。

ムードに踊らされやすい日本人、前回の郵政民営化選挙の時には、あの小泉元首相の写真集までが女性に相当売れたという皮相な人気により自民党が大勝したのだったが、今回はその掌を返したように、民主党が大躍進した。まさか民主としてもここまでの大勝利は望んではいなかっただろうし、自民もここまでの大敗北は想定外のことだっただろう。

とにもかくにも、二大政党による政権交代という図式が、戦後憲法体制の中で初めて実現した意味は、国民の政治への関心をさらに高めることになるかも知れない。昨日、久しぶりに事前投票ではなく、当日投票に出かけてみたら、最寄の投票所に長蛇の列が出来ている。それも小雨模様の決して選挙日和ではない日のお昼前に。列に並んでから投票を終えるまでに10分以上かかっただろうか?こんなことは初めてだと、周囲の人々も小声でささやき合っていた。そのような関心の高さが、政権を大きく変えることにつながったのだ。

参議院では、既にねじれと言われていたように、自民が第2党で、民主が第1党という構図だったが、民意をこれまで無視し続け、頼りない三人の二世、三世議員による無責任な政権のたらいまわし劇と、特にろれつの回らない記者会見で日本の恥をさらした今回の落選議員など、衆議院の多数にあぐらをかいた野放図な政治に呆れたというのが一つある。その混迷ぶりにまったく終止符を打とうともせず、有権者にお伺いも立てずに粗末な政治を続けていたことへのフラストレーションは大きなものがあった。

1990年代に一時的に、自民を下野させ、日本新党(細川)、新生党(羽田)、自社さ連立(村山)という時代があったが、自民が多数であったことは変わらず、その後、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生という自民党内閣が続いた。今回は、その意味では、自民党が少数党に転落した初の政局になるわけだ。

民主党は、それこそ防衛問題、憲法問題などではまったく思想信条の異なる政治家の寄せ集めであり、その意味では、自民党内のリベラルと保守との差よりも大きな差異があることが感じられる。極右から極左とまでは言わないが、相当基本的な主義主張が異なった政治家の寄り合い所帯であり、今回は新人政治家がどのくらいの割合を占めるのか、新鮮ではあるが、当面の混乱は避けがたいだろうと思う。

最も懸念されるのが、小沢一郎の動向で、彼がキングメーカーを気取ってあれこれと強権、恫喝を始めれば、あっという間に民主分裂になる懸念も出てくる。

また、ともあれだが、日本の人々にも、平和的、民主的な政権の交代ができることを世界の人々は少し揶揄の気持ちを持って見ているらしい。

これで世の中がよくなる、政治が良くなる、暮らしが楽になるなどと考えている人は少ない。とにかく、早くお手並みを拝見したい。

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2009年8月 7日 (金)

ブログ更新が滞ってしまった

もう8月も7日になってしまった。特に心身ともに不調ではないのだが、ブログ更新への熱意のようなものが相当減退気味だ。もともと、雑文を綴るのがすきなので、ブログを始めたのだが、最近は、ネットの質問に対して回答するというサイトでの書き込みが多くなっているので、そのせいもあるのだが。

昨日は、広島原爆の日。64年前の投下時刻の8時15分に黙祷しようと朝のテレビニュースを見ながらふと思いついたのだが、ちょうどその時間は通勤電車の中で、うっかり忘れてしまった。

昨年11月の健康診断で、メタボリック・シンドロームの判定が出てから、保健相談員と相談しながら、いわゆるダイエットプログラムを続けてきたが、11月から5月ごろまでは2kgくらいしか減らなかったのが、それ以降今までにさらに5kgくらい減った。これは、ほぼ20代のテニスやスキー、登山を盛んにやっていた頃の体重とほぼ同じだ。

食事の摂取カロリーの多少の制限と日々のウォーキング程度で、特に無理な運動はしていない。ただ、減り始める直前か直後に、以前ブックオフで買っておいた「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫)を改めて読み、簡単な食事メモを付け始めたのも大きいし、デスクワーク主体の業務の内容が6月ごろから少し変わったこともあるとは思う。


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2009年7月 1日 (水)

6月30日は1年の中日

一年のへそとも言うと今朝の天声人語に出ていたような記憶がある。

南西諸島では梅雨が明けたというが、今日は西日本、特に九州が記録的な大雨だとYAHOOニュースに記事が出ていた。心配なことだ。

ところで、先日Doblogがハード障害で最終的にサービスを終了したが、このココログも今日の昼過ぎから障害が発生して、夜の9時ごろまで記事の更新などが出来なかったようだ。

このようなサービスの安定稼動というのは、システムを開発運営している会社にとってもなかなか大変なことだろうと想像する。最も安い有料コースに入っているだけなので、偉そうなことは言えないが、Doblogの二の舞だけは避けてもらいたい。

明日から、2009年の後半がスタートする。日本には暦日と会計年度や学校年度の二本立てで、会社生活では会計年度上は 1Q09が終わるところなので、それほど経過したという感覚はないのだが、正月まではあと半年になってしまっているわけだ。一種のダブルスタンダードというやつだろうか?

ところで、『1Q84』は、近所の個人経営の書店にも平積みになっていたのをこの前見かけて、パラパラめくってみた。Qはやはり Quarter 四半期を示してもいるような感じだ。第1巻、第2巻が それぞれ3ヶ月ごとの出来事を描いているようだからだ。

もう1Qも経過すれば、この本と、セルの『シンフォニエッタ』がブックオフなどに大量に陳列されるかも知れないと思うと、書籍の方を焦って買うのも何となくもったいない感じがする。

ただ、第1,2巻が半年の期間を扱ったのだろうから、多分第3、4巻が年の後半を描くのではないかというのが、現時点での予想だ。あたるかはずれるか?

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2009年6月 7日 (日)

一日順延された春季運動会を応援に出かけて日に焼けた

予定では、6月6日(土)開催予定だった次男の小学校の運動会だが、あいにくの金曜日からの降雨で今日日曜日に順延された。仮に日曜日がだめなら、平日の明日月曜日、火曜日・・・ということでとにかくこの時期に運動会が行われることになっていたが、金土とはうってかわった朝からの快晴に恵まれて無事運動会が挙行された。

最近、近隣の小学校では春の時期に運動会が行われることが多くなっているが、これも小学生の中学受験の影響だという話もあるようだ。新入生の1年生にとっては練習期間が短くて大変だろうとは思うのだが。

今日は、快晴なのはよかったのだが、夏至の直前の最も太陽の力の強い時期にあたり、気温も急上昇して、父兄も日陰の場所に席を確保できた人たちは何とか日焼けを免れたが、そうでない人たちやもちろん児童、先生たちは猛烈な日差しに肌を真っ赤にしていた人が多かった。熱中症も心配されたが、どうやらそのような症状が出た人は、知る限りではなかったようだ。

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校庭には、メタセコイヤが学校のシンボルとして植えられているが、そのほかに桜も既に大木になっているものがあり、今日はちょうどその木陰に助けられた。この写真は、ちょうど陣取った場所からみたところ鮮やかな若葉紅葉になっている木があり、8年間この学校の運動会には通い続けたが初めて気がついたもので、大変美しい見物だった。

先日、生意気なことを書いた「五月晴れ」だが、今日は旧暦の5月15日になるそうなので、一応古来からの「皐月晴れ」の範疇に入るのだろう。まだ梅雨入りはしてはいないが、爽快な新暦の五月の晴れとは違い、夏至の南中高度の高さの日差しは、ここ数日、「ミニ氷河期」で相変わらず注目を集めているようだが、太陽黒点が現われず、太陽活動が不活発になっている(その影響が実際に顕著に現われるのは数年後か?)といいながら、日焼けの強さに、太陽の偉大さを改めてかみ締めた(とは大袈裟か?)。

ところで、最近、医薬品のネット通販の規制が話題になっているが、それかあらぬか、海外の医薬品販売業者だろうか、いわゆる医薬品の(といっても普通のものではないが)スパムトラックバックが増えている。トラックバックは一応いったん保留にして、私が公開してもいいと判断したものだけを公開しているので、実害はあまりないのだが、それでもトラックバックのサイト規制をして、迷惑トラックバックとしてCOCOLOGに報告兼削除をするのは結構手間がかかる。インターネットの伝道者のような梅田望夫氏が、日本のネットの現状を憂えて、それに対する批判も相当多いようだ。それとは別の次元の問題ではあるが、ネットを流れるメールやこのようなトラックバックの相当な割合がいわゆる「スパム」だという調査もあるという。いわゆる「色と欲」をターゲットにした引っ掛けが「スパム」だと思っているが、結局人間は本能的な部分からは逃れられない宿命にあるのかも知れないし、またそれがなければ、逆にこのような急激な技術の進展もないのかも知れないなどと、考えた。

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2009年6月 3日 (水)

村上春樹『東京奇譚集』(新潮社 2005年9月18日発行)と新作

4月中旬だったが、何で人気作家の比較的最近発行されたハードカバーの初版本がこんなに廉いのか分からないが、とにかく最低価格で売っていたのを求めてきた。

ここ数日は、この作家の新作の上下二冊の小説が記録的な売れ方をしているというニュースが喧しいほどだ。「1Q84」という題名らしい。うっかり「IQ84」の誤植かと思ってしまうような題名で、少し驚く。

2009/06/06 追記:まだ入手もできていない「1Q84」だが、ネット情報では、題名的にはジョージ・オーウェルの「1984」のモジリらしいということが言われている。今は当たり前のように使っているネットのアクセス解析だが、実際に自分のcocologでその内容の詳細さに触れたときに、まさにこれは「1984」の世界ではないかと感じたことを書いたことがあったのを思い出した。「ココログ アクセス解析の導入で考えたこと」2006年8月 3日 (木)

1Q84というのはまた、「仕事の上では、1st Quarter,1984 1984年の第1四半期のことだよな」ともおもったりもした。とにかく入手困難なほどの売れ行きだとのこと。新型インフルエンザ予防のマスクもとうとう某ネット企業による買占めなどの噂がたったほどのブームだったが、意外にも国内感染が拡大しないことから急に売れ行きが鈍っているようで「ブーム」はあっという間に過ぎてしまったようだ。「1Q84」は果たして一時的なブームで終わるのか、それとも読み継がれるものになるのか?少々気になる噂だが、どうも作者と出版社が事前に「情報統制」を行って読者の飢餓感を煽ったらしいというようなことも伝わっているので、そのあたりが少し胡散臭さを感じてしまう。2009/06/06追記ここまで。

RSSリーダーに登録させてもらっている「アマオケホルン吹きの音盤中毒日記」の記事には、「村上春樹とヤナーチェク」という題名があったので、一体何事かと思い読ませてもらったところ、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』がどうやらジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団の演奏という名前入りで登場するらしい。 先日読んだ『意味がなければスイングはない』や、『海辺のカフカ』でもこの作家の音楽への強い思い入れが表現されていたが、新作でのヤナーチェクの音楽への言及はどういうものなのか興味が沸く。

さて、『東京奇譚集』だが、比較的難解な設定の登場人物設定や奇想天外というか常軌を逸した展開についていけずにあまり楽しめていない村上春樹の作品にしては、短編集ということもあり、それほど混乱することなく何作かの短編を楽しむことができた。『偶然の旅人』『ハナレイ・ベイ』『どこであれそれが見つかりそうな場所で』『日々移動する腎臓のかたちをした石』『品川猿』の五編の短編。

奇妙なようだが、本当にあった話という体験談であるという自己規定的な文章が第一作の冒頭に書かれている。普通の前書きというわけではない。その意味では、短編集というよりも、一種のテーマをもった連作集と呼んだ方がいいのかも知れない。

村上春樹は、世界的に多くの読者を持つ現代日本きっての作家であり、先日の「エルサレム賞」でのイスラエル政権への痛烈な講演は、勇気をもった文学者として高く評価された。 ただ、彼の作品をすべて読んだわけでもなく、好みの作家かと聞かれるとそうとはとても言えないが、関心を持っているという程度の小説家なので、えらそうなことは言えないが、彼の音楽に関するエッセイはとても面白いので、先の『意味がなければ・・・』の続編のようなものがあれば読んでみたい。(『意味がなければ・・・』では、ジョージ・セルとルドルフ・ゼルキンのヴィーンでの少年の頃の修業時代のことに触れているくらいなので、ジョージ・セルが好みなのか、『1Q84』を読んでみなければ分からないが。)

p.s.
ところで、今日はやけにこのブログへのアクセスが多いので、アクセス解析で調べてみたところ、『ミニ氷河期」というキーワードで検索して、2006年ごろに書いた記事にアクセスしてくださる方が多いようだ。

2006年2月 7日 (火) ミニ氷河期(小氷河期)が到来するのだろうか?

最近になって太陽活動が停滞期になっているということが言われ始めたが、この2006年当時、このロシアの天文学者は既に予想していたということになるのかも知れない。

科学も当たるも八卦あたらぬも八卦的な部分が多かれ少なかれあるので、この停滞期がいつまた活発期に遷るかどうかは誰にも分からない。ただ、過去の観測から読み取れる太陽活動のリズムの低迷期がちょうど今頃だとしてもそのサイクルに矛盾しなということだけで、これこそ人為の及ぶところではない。

達観しているようだが、実はとても懸念しているので、以前からこのようなことに関心があるというだけなのだが。

音楽評論家の黒田恭一氏が逝去されたという。音楽雑誌を読み始め、FM放送を聴き始めてから存じ上げていたが、70歳を少し越したばかりで亡くなられたという。非常にソフトで、少しひらがなが多すぎるほどの評論を書く方で、ソフトながらぶれない芯も持っていたようで、当時アンチカラヤンが多かった評論界の中では珍しくカラヤンへの賛辞を隠さなかったのが、強く印象に残っている。御冥福を祈りたい。

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