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カテゴリー「自然・環境・生物・宇宙」の155件の記事

2012年5月24日 (木)

池田清彦『新しい生物学の教科書』(新潮文庫)と福岡伸一『生物と無生物の間』(講談社現代新書)

池田清彦『新しい生物学の教科書』(新潮文庫)は、2010年7月に苦労して読了した。こちらは、読者に対して高校卒業程度の生物科目の知識を求めるもので、盛りだくさんの上、記述も堅苦しく、ところどころ挟まるエッセイ的な検定教科書批判はわかったような分からなかったようなものでありつつある程度の面白さはあったが、肝心の記述は教科書的に読みにくいものだった。この本を読んで理解するためには、参考書・解説書の類が必要なくらいだと思った。

これに比べたら、ブルーバックスで出されているアメリカの生物学の教科書(カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 )のようなものの方が、一般読者にとって有益だろう。

福岡伸一『生物と無生物の間』(講談社現代新書)は、最近購入して一日もかからずに読了した。こちらは大ベストセラーでロングセラーになるだけあり、私のような一般読者にとって読みやすい。野口英世のエピソードと現代の公平な評価については、この本が種本だったのか、どこかで読んだり聞いたりしたことがあったが、もの悲しささえ覚える偉人伝となっていた。

この福岡伸一氏は、最近銀座のフェルメールセンターを立ち上げたり、その関連テレビ番組に出演したりしているが、ボストンのハーバード大学でポスドクとして研究に従事していたときに、いつか見ようと思っていたボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵のフェルメールの『合奏』が強盗にあって見れなくなったことも書かれており、現在のフェルメール熱もポーズではないようだとも思ったりした。ニューヨークの通奏低音のエピソードなど、非常にエッセイとしても気が利いており、なるほどこれほど堅苦しそうな題名なのにベストセラーになったのも無理からぬとも思った。

以前利根川進と立花隆の「精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか」をハードカバーで購入して読んだときに、インタビューながらさすがに難解だったので、その先入観があって、この『生物と無生物の間』は手に取らなかったのだが、それはあまりにも杞憂だった。

ワトソン・クリックの先駆者や、縁の下の力持ちとして知られずにいる女性科学者の話など、第一線の遺伝生物学研究にいる学者による現代生物学史として、とてもためになる本でもある。

この本によるとハーバードでの最後の研究は、福岡氏の生物への認識を深めたものの、「研究としては」成果が上がらなかった(ように思える)のだが、その代わりに、生命というものへの認識を素人にもわかりやすく教えてくれるこのような好著が生まれたのは僥倖であろう。エピローグの少年時代のとかげの卵のエピソードには感動させられた。

2012年5月21日 (月)

金環日食(日蝕)が辛うじて見られた

早朝の空は雲に覆われていて、期待していた金環日食が見られないのではないかとやきもきしていた。

テレビで各地の金環日食の欠け具合が報道されるのを見るにつけ、東京方面から流れてくる雲の切れ間が近づいて、太陽が顔を出してくれと思いながらときおり空を眺めて、見えなかった記録でもいいかと間歇的に写真を撮影していた。

最早7時20分を過ぎ、あきらめかけていたところ、金環日食のほんの直前の7時25分頃に次男が「見えそうだよ」と言うので、ベランダに出て見上げたところ、雲間に月に隠された円周がくっきりと輝いているのが見えた。

ちょうど雲がフィルター替わりになってくれて光度が相当弱まり、それでもと日食グラスを掛けるて見上げてみるとと何も見えないほどの弱さ。これならフィルター無し撮影できると思い写真を撮りまくった。(下の写真は、7時27分にすでに金環日食状態になった太陽が見えたところ)

R0011766

我が家のあたりは、ちょうど今回の金環日食の中心線が通っているとのことで、ほぼ同心円上に太陽と月が重なり、きれいな円周上に金のリングが浮かび上がった。

よろしければ、金環日食 2012年5月21日 写真アルバムをどうぞ。

2012年5月20日 (日)

金環日蝕を待つ

R0011749_3 5月21日月曜日の午前7時30分頃の金環日蝕(日食)観測のために、太陽観測用メガネを買ったり、子ども達が学校からもらったり自作したりした。

私が小中学生だった時代は、色つきの下敷きでの太陽観測が普通だった。その後、中学生の時に屈折式の望遠鏡を買ってもらったときには、太陽観測用の投影盤も付属してきたが、接眼レンズにねじ込んで使える色つきのフィルターが付いてきて、直接覗き込んで黒点観察をしたこともあった。誠文堂新光社の「天文ガイド」が懐かしい。

しかし、現在では、太陽光線に含まれる紫外線と赤外線を通さないフィルターが開発されており、今回はそれを使うように指導されるようになっている。上の写真のフィルターはすべてそのような効果を謳っているもので、これで蛍光灯を見ても全く光を通さず、太陽を見ると、それぞれ色合いが異なるものの、目に優しい照度に減光された太陽の円盤が見えるようになっている。

カメラでの撮影は、金環日食になった時点でもそれほど暗くならず、太陽光の直接撮影はカメラの受像素子を破壊する恐れがあるため、絶対やらないように呼びかけられている。写真マニアは、NDフィルターの相当強力なのを準備しているらしく、そのフィルターの機種は売り切れになっていると聞く。

自己責任で試してみようと、上の写真の手作りフィルターが適度に大きいので、デジカメの前にフィルタとして翳して撮影したのが、下記の写真(参考:星ナビ)。光学ファインダーは付いていない液晶モニターのみのデジカメなので、特に問題はないようだ。

倍率は等倍のままで、露光をマイナス2にして、ピントを∞にして撮影したもの。ほんの光点にしか見えない。

R0011745

これをトリミングして拡大したものがこの写真。この程度に拡大すれば、相当粒子が粗くなるが、なんとか蝕の模様もわかるだろう。

R0011745r_2

当日の天気は、まだはっきりしないけれど、今のところ見られそうだ。

http://tenki.jp/forecaster/diary/

近隣の動物園では、チンパンジーなどの動物の行動観察も行われるそうで、そのため開園時間を午前6時からにしたそうだ。(よこはま動物園ズーラシア)

追記:2012/5/21 朝5時30分 残念。東の空は雲がかかっていて、太陽の姿は雲の向こう。

2012年5月 9日 (水)

5月5日スーパームーンの満月

5月5日の夜は晴れてスーパームーンの満月を拝むことができた。

さて、写真をアップしようとしてファイルサイズを見たところ、拡大写真は、一様にファイルサイズが小さいことに気が付いた。ココログ写真は1MB未満にリサイズする必要があり、フリーソフトとリサイズしてからアップしているのだが、今回は不要なようだ。

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2012年5月 8日 (火)

荒れ模様の天気だった連休の最終日

フランスはサルコジからオランドに大統領が変わったが、ロシアはまたプーチンが大統領となった。フランス的変化とロシア的停滞だろうか?

一昨日の5月6日(日)の連休最終日の竜巻は恐るべき自然の猛威だった。当地では午前中から午後3時ごろまでは好天で、天気が不安定との予報は出ていたものの、いやに蒸し暑く、少し風が強いだけでこのまま天気は持つのではと思っていた。ちょっと外出して街路樹を撮影したときは初夏らしいいい天気だった。

皐月もレッドロビンも花盛り(14時ごろ)

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が、次第に西空が黒雲に覆われてきて、遠雷も鳴り始め、風が強まってきたので、天気が崩れそうなので洗濯物を取り込み始めた。15時ごろにいきなり大きな雨粒が落ちてきたかと思うと突風が吹き始め、南西側からの強風が雨粒とともに窓ガラスに吹き付ける嵐となった。白いものが混じっているので雹かと思いベランダを見てみると果たして雹だった。風と雨はこれまであまり記憶が無いほどの強さで、このまま続いたら大変なことになると思っていたら5分もせずにやんでくれてほっとした。

R0011688


テレビを付けると川崎の等々力競技場では、陸上競技大会がテレビでライブ中継されており、日本の一線級に交じって海外の一流選手も招待されて参加していたが、こちらからは30分ほど遅れて風雨に見舞われたようだった。

そのうち、NHKで関東地方の暴風情報とかいう青囲みの情報が出始め、北関東で被害が発生したとのテロップが流れたが、他の局ではその時点ではまったく緊迫感もないふつうの放送が行われていた。

17時ごろには東北の方向に虹がかすかに掛った。

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竜巻被害の報道が始まったのは6時のニュース頃からだったように思う。

2012年4月30日 (月)

遥かなるはしばみの実

「銃・病原菌・鉄」の補遺の日本についての翻訳(非公式)を読んでいたら、思い出したものに、「はしばみ」の実がある。

そのまま生で食べられる野生のナッツで、西洋のヘーゼルナッツ(Wikipedia) の近縁種なのだという。

小学生の頃、住んでいた村の小学校の通学路の南方に見える小山の頂上に稲荷社があった。その小山の神社への参道とも言えぬほど狭い登山道の周囲は、カラマツも植樹されず大木は相当昔に伐採されたのだろう、灌木の茂みで、そのほとんどが「はしばみ」だったようだ。

年に一度のお祭りがあり、誰と誘い合って行ったのだったろうか、頂上の神社まで参道の周囲に色とりどりの色紙が飾られ、その間を縫って神社にお参りしたのを思い出す。その行きだか帰りだかに、実っていたはしばみの実を食べた記憶があるので、おそらく秋の日だったのだろう。

もちろん砂糖のような強烈な甘さではないが、カリコリとした触感とあいまった青臭みをまとったほのかな甘みが感じられ、子供心にもとても美味だった記憶がある。少年の日のかすかな思い出である。

WIKIPEDIAではアジア東部に自生していると書かれているので、おそらく遥かなる縄文人たちも貴重なナッツとして他の木の実とともに食料にしていたのではなかろうかと思い、この本の補遺と昔の記憶がつながったのだった。

ところで、各種のドングリやオニグルミ、栃の実、栗の実は、縄文ナッツとして取り上げられることが多いが、はしばみについてはあまり読んだことが無いように思う。ドングリや栃の実は相当根気と技術を要する処理をしなければ食べられるものではなく、またクルミも現在の菓子シグルミほど実の量が多くない。その点、はしばみの実はそのまま生食できるので、とても貴重なナッツだったのではなかろうか?

セイヨウハシバミの同属異種であるハシバミ(榛、英語名:Asian Hazel)やツノハシバミ(角榛、英語名:Asian Beaked Hazel)の実も、日本などでは同様に食用とされる。しかし、セイヨウハシバミの知名度と消費量に比べれば、至極ささやかな利用ではある。

はしばみの実関連のブログなど:

なお、榛の木(はんのき) は、こちらの画像 http://pub.ne.jp/tetraodon/?navi_id=26639 の通り、「カバノキ科の落葉高木。各地の山野の湿った所に生え、水田の畔に植えて稲掛け用としたり、護岸用に川岸に植えたりする。高さ一五メートル、径六〇センチメートルに達する。」 (Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)  Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版) 小学館 1988)という喬木だが、「はしばみ」も漢字では、榛 と書くため少々紛らわしい。

はしばみ(榛):カバノキ科の落葉低木。北海道、本州、九州の日当たりのよい山野に生え、ヨーロッパでは果実を食用にするため近縁種を栽培している。高さ三~五メートル。葉はほぼ円形で先が急にとがり長さ約一〇センチメートル、縁に浅い欠刻があり、さらに細かい鋸歯がある。雌雄同株。春、葉に先だって枝先に黄褐色の雄花を尾状花序に密生し、その下部に紅色の雌花を上向きにつける。果実は球形で堅く、下部は葉状の二枚の総苞につつまれる。漢名、榛。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)  Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988)

はしばみの実の画像 http://blog.kirinkan.biz/2008/09/2008_4.html (岩手の方のブログのようだが、亜寒帯の寒さに強い植物のようだ。)

2012年4月29日 (日)

「銃・病原菌・鉄」の補遺の日本についての翻訳(非公式)を読んで

この補遺的な日本人論において、縄文時代の日本が、非常に食料に恵まれた地域であり、狩猟採集によって食料を得ていたにも関わらず、住居は定住型だったという指摘は、啓蒙的だった。定住生活は、縄文時代を特色づける遺物である大型の土器類がそれを示すということで、なるほどと合点がいった。

確かに持ち運びが困難なほどの大型の土器を抱えての移動は非常な困難を伴っただろうことから、狩猟採集生活を送っていたにも関わらず、彼らが定住していたという推論は至極納得できることだ。

かつての学校教育では、縄文時代は狩猟採集生活であるとされていただけだったが、果たして定住していたとかいなかったとかを教科書で教わっただろうか?記憶があいまいだが、定住ということは強調されていなかったように思う。

これが啓蒙的だったというのは、定住型の住居跡の遺跡が日本各地で出土しているにも関わらず、私の脳内ではどうも縄文時代=定住という常識にはなっていなかったからだ。無知・無関心が恥ずかしい。

(縄文時代の定住に触れたウェブページ)

http://samuraiworld.web.fc2.com/rediscover_joumon.htm

http://www.wound-treatment.jp/next/dokusyo/281.htm

http://www.pat.hi-ho.ne.jp/hirosilk/osha001.htm

http://bunarinn.fc2web.com/kodaitatemono2/jiyomonnmura/jiyomonmura.html

http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/880.html

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=244240

http://joumon-juku.com/zatkan/10.html

http://hensuiryuu-taijyutu.seesaa.net/article/216592823.html

http://soundsteps.jugem.jp/?eid=686

http://archaeology.jp/journal/con20abs.htm (考古学会論文要旨)

http://sakudaira.info/history/2011/04/28/  (長野県の佐久地方)

さて、これは特にこの翻訳に出ていたのではないが、同じ遺跡に数千年に渡って縄文人たちが住み続けたことを示すような複合遺跡があることでも、狩猟採集生活にもかかわらず定住していたという推論が成り立つのだろう。

その定住を可能にしたのが、氷河期が過ぎて、温暖化していくにつれ日本列島の大部分が落葉広葉樹林化して多くの木の実(ナッツ)類が取れるようになり、また淡水・海水ともに豊富な漁獲や貝類なども収獲できたことだと指摘されている。

縄文土器があまりにも日本式の新石器時代とペアになっているので、狩猟採集イコール住居移動型、放浪型という至極当然なモデルが逆に思いつかず、縄文式の定住型の特異さに思い至らなかった。

発掘・出土の程度にもよるのだろうが、炭素測定法によると今のところ縄文式土器が「全世界で」最も古い土器になるのだという。これも環境変化に伴い日本列島が人々の定住を許すようになったことの賜物であり、他の世界各地で土器が使用されるのは、現在の出土物からの推定では、相当時代が下り、農業により定住が可能になってからだとされる

日本列島の特異さのもたらしたものであり、縄文人の直系の子孫にあたるかどうかは判然としないが、日本人のナショナリズムをくすぐる指摘でもある。。ただ、その一方で作物の栽培、家畜の飼育に頼らずとも、多くの人口を養えるほど国土が豊かだったがために、縄文時代は約1万年の長きにわたり、当初は先進的だった日本の縄文生活も延々と約1万年も継続したという。

ナショナリズムと書いたが、この日本についての補遺が日本で出版されないのは、朝鮮半島と日本列島の人々の対抗意識を赤裸々に描いていることも理由の一つであるかもしれないし、少々日本人にとっては突っ込みどころがある点にも理由があるのかもしれない。

興味のある方は、ぜひ昨日の記事からリンクをたどってpdfファイルを閲覧してみることをお勧めする。

2012年4月28日 (土)

文庫本が出たので『銃・病原菌・鉄』(草思社)をようやく読み始めた

我々現生人類であるホモ・サピエンス・サピエンス(旧人ネアンデルタール人はホモ‐サピエンス‐ネアンデルターレンシスと言うらしいが、最近の知見では、現生人類にもネアンデルタール人の遺伝子が少し入っているらしい, 別記事だが、1997年の時点で書かれた表題作ではネアンデルタール人は現生人類に絶滅させられたとされている)が作り上げた現代文明がまだ氷河期を経験していないことはつい忘れがちだ。

本ブログ子は、学生時代に読んだ安部公房の『第四間氷期』が忘れられずに、地球温暖化を危惧しつつも、現在が間氷期であることをときおり思い起こしている。

先に太陽の磁気反転が確認され、その冬眠と呼ばれるほどの活動停滞がどうやら本物らしく、数年前の関連ニュースに触れたこのブログの記事も少なからぬアクセスをいただいたが、江戸時代の八代将軍吉宗の頃の時代(ヨーロッパ音楽史では、ちょうど大バッハの時代)の小氷河期に、記録によると同じように太陽黒点が消えた状態となっており、どうやら太陽の活動の低下 → 太陽表面の黒点が減少する → 地球が寒冷化する という各現象間には因果関係が認められるということらしく、今回の太陽の状態からみてもそう遠くない将来に小氷河期がおとずれる確率が高まっているということのようだ。

このようなシミュレーションのためには、それこそ「京」などのHigh Performance Computer (HPC, スーパーコンピューター)の出番だと思うのだが、シミュレーションのためのモデルの策定は難しそうだし、パラメーターとしてそれに用いる観測データもまだまだ乏しいのではなかろうかと危惧する(このあたり素人談義。というより全篇素人談義だが。)。

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さて、朝日新聞が2010年にこの10年間で最も重要な本であると宣まった表題の『銃・病原菌・鉄』 (Guns, Germs and Steel The Fates of Human Societies by Jared Diamond 1997, 2000年日本語版 2012年文庫版) だが、ハードカバー2冊で書店で手に取ることはあったけれど、なかなか購入に踏み切れずにいたところ、ようやく最近草思社としては珍しく?文庫版が刊行された。文庫とは言え相当高価な部類に入るのだが、何とか購入して、ようやく読み始めた。

西洋人の本に多いのだろうが、このような一般向け(と思う)の本でもまえがきが結構長く、また、すでにあれこれと書評などからの予備知識のような粗筋的先入観、バイアスも入っていることもあり、まずはパラパラと興味のある章から読み始めてみた。病原菌に関する章やアフリカに関する章を読んでみたが、これは面白い。(ただ、プロローグで、「環境決定論」について触れてはいるが、やはり「環境決定論」的な主張だと思うし、こうなってしまっている現状の原因を探り説明を加え、決定論的な解釈に至るということは、一面では過去肯定でありかつ現状肯定、過去の人類の罪悪の免責という誹りも受けることにもなるのではないかと思った。)

そういう根本的なところでの疑問はありながらも、このような大風呂敷的な展望が得られる概観書は面白い。あらゆる理論は仮説でもあり解釈でもあると思うが、このような壮大な仮説・解釈には心を揺さぶられる。(原書はもちろん、翻訳も読んだことはなく、竹内久美子の受け売りだがドーキンスの「利己的遺伝子」説だとかもそうだった。)

さて、これに絡めて検索していたら、増補版の「日本人とは何か」の日本語訳があるのが分かり、読んでみた。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-7392.html

これも訳者が脚注でツッコミを入れているような、書かれている対象としての我々日本人からすれば偏った、不正確な記述もあるが、日本人起源論について粗雑ながら大づかみに要領よくまとめてあり、刺激的だし、ここから議論が出発することもあるだろうと思った。これが正規に出版されないのは惜しいと思う。

2012年4月 6日 (金)

朝の桜、夕の桜

今週は、コンパクトデジカメ(コンデジ)を通勤鞄に入れているので、通勤路の写真をちょっと撮影してみた。

朝の桜 4月5日午前8時6分

R0011408_r

夕の桜 4月5日午後6時5分

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通勤路にある桜の木。月曜日には綻び始めたが、昨日、今日の暖かさで一気に咲き始めた。

2012年4月 4日 (水)

またしても春の嵐

4月3日 夜9時前。

猛烈に発達した低気圧に吹き込む風で、暴風と大雨に見舞われている。暴風圏の大きさでは、超大型台風並みということで、昨年9月21日に襲来した台風15号を思い出す。

あの時は、勤務先からの帰宅勧告が1時間ほど遅く、乗っていた列車が途中駅で運転中止になりそうになり、同僚の中には帰宅困難になった人もいたほどだったが、今回は気象庁やマスコミも昨日から大荒れ予報を繰り返し流したこともあり、帰宅勧告が1時半ごろには出て、最寄の通勤電車が運転取り止めになる前に帰宅できた。

現在21時前だが、風速はピークを迎えた感じで、通勤路線は軒並みストップしているようだ。

次男の通う学習塾は、ちょうど春期講習の最終日になるのだが、暴風波浪警報が発令しているにも関わらず、講習中止の連絡が無く、自主的に危険と判断して出席を取りやめた。マスコミが盛んに外出を避けるように呼びかけていたのだが、もし出席していれば風が一番吹き荒れる時間帯に帰宅することにもなりかねなかったので、まあよしとしよう。

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金環日食 2012年5月21日

  • 2012-05-21 07:42:31
    2012年5月21日撮影 神奈川県